第3話 任務のために
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男たちも殴り疲れたのか、一切抵抗を見せなくなったボクを見てその手を止めた。
せっかく目くらましをしたというのに、シヅルの視力は回復してしまったらしい。が、それはこちらも同じ。
幸か不幸か、先ほどの殴打と何度も吐いたせいで薬の効果は切れたようだった。
「シヅルさん、この女…見たことあると思ったらアンジュじゃないっすか?」
「誰だ?」
「この間ニュースでやってたんですよ。ほら、この前福岡でハイジャックがあったっつーやつです」
「へぇ…じゃあ一部の間では有名ってことか」
シヅルはボクの髪の毛を掴んで持ち上げる。
「ま、確かに天使みてぇな可愛い顔はしているし…今回も物好きな奴らに高値で売り付ければいい話だ」
「ちょっと勿体なくないですか?顔も身体も上玉ですし、俺らで使った方が楽しそうですけど…」
「バーカ。お前ら、あの人の言うことに逆らったら俺らが殺されるっての」
色んな箇所が痛い。
体に力は入らないし、今のボクでは抗うことができない。
せめて意識を途絶えさせないことが、唯一できることだと思った。ので、後は気合で頑張る。
少しでも情報を。何か、この事件の解決の糸口を。
「あの人って…そんな怖いンすか?俺らあの人笑ってるところしか見たことないんですけど」
「そういう奴ほど、裏の顔はこえーんだよ」
「確かヒーロー名って子供好きからとってファーザーとか、そんな名前でしたっけ?マジウケますよね。自分、裏では女をめちゃくちゃにして売りさばいてるってのにさ」
「それ以上喋るな!」
「す、すいません!」
「ま、今のお前には何もできないだろうがな…アンジュ」
ファーザー?ヒーロー名か?
上手く思考が回らないが、とにかく有益な情報を得られた。あとはこの情報を、どうやってホークスに伝えるか、だ。
果たしてこの後は男たちに輪姦されるのか、バラされて闇市にでも売りさばかれるのか、麻薬漬けにして一体何をされるのか。
どうせこのままだったら。
どうせ殺されるくらいなら。
「めちゃくちゃにしても、始末書で済みますかね…」
「こいつまだ笑って…!」
「落ち着け。何もできやしな―――」
ボクはシヅルに顔を持ち上げられていたことに感謝し、そのまま奴の唇に噛みついた。ボクの口内には血が沢山溜まっている。それを強引にシヅルへ流し込んだ。
「いってぇな!」
シヅルはボクの頭から手を離す。
ファーストキスだの、好きな人だの、もう、どうにでもいい。
今は任務のために。ただボクが生きて戻るために。
プライドなんか捨てて、この現状を打破するために足掻くだけだ。
「殴られすぎて忘れてましたよ…ボクが動けないんだったら、あなた方がここから退場すればいい」
ボクの血液を飲み込んだシヅルは無数の光翼が体から生えた。
かと思えば、大きく広げた翼はシヅルの全身を覆うように閉じ、その体を締め上げた。
「ぐっ…がっ…」
「ボクの個性は悪意に反発する…一般人に同じことをしても、ボクの光翼は彼らに力を貸すでしょう…でも、
「シヅルさん!!」
「この女ッッ!!シヅルさんを離せ!!」
男たちは再びボクを襲おうと、その拳を振り上げる。
ああ、これも忘れていた。
「ボクの血液が、その体に付着していても、同様の事が可能です」
ボクを散々殴ってきた男たちの手や顔には、ボクの血が付いている。
震える手を持ち上げて、指をぱちん、と鳴らせば。
「は、羽が…!」
「や、やめてくれ…頼む…!」
大量に血液に触れたわけではないから、シヅルのように全身締め上げるほどの光翼は生えないが。
殴った拳から二翼が生え、その腕に纏わりついて折るのは容易だった。
「があああああっ!!!!」
「やめてくれ?助けてくれ?それって他の女の子達もそう言ってたはずですけど…あなた方は助けなかったんですよね?」
「ひっ…!」
「て、天使なんて…そんな生易しいもんじゃねぇ……こいつ……悪魔だ!」
「失礼ですね。どっちが悪魔みたいなことしてると思ってるんですか」
結局、殴ってもらわなければ彼らに光翼を生やすことは不可能だったわけで。
自分を犠牲にする代わりに、拘束することができたのだ。
結果オーライというやつですね。
既にシヅルは光翼によって絞め落とされ、意識を失っていた。が、なんか絵面がやばい。
ほとんど光翼に包まれているわけで、ある意味繭のようにも見える。
本人が気を失っても直接ボクの血液を摂取したわけだから、しばらく消えることがない。
「はぁ~~~~~」
ボクは深いため息をついて、よっこいせ、と体を起き上がらせた。
それらか再びシーツを拾い上げて体にくるくると巻き付ける。
とりあえずは、安堵。
徐に前髪をかき上げて、呟いた。
「ほんっとに…しんど…」
任務は成功、だと思う。
こうして証人も得られたことだし、後はホークスに引き渡せばいいだけだ。
今はとりあえず体を休めて、どうにかしてホークスに連絡を―――
刹那、バルコニーの窓が砕け散る音。
驚いてそちらを振り向けば、一瞬にして視界が真っ暗に。
やばい、新手が来たか。思わず身構えるも、その体は強く抱きしめられた。
…抱きしめられた?
「ホークス…?」
もしかして、と思って声をかけてみるけど、返事はない。
ボクも確認のため彼の背中に手を回すと剛翼が手に触れた。
ああ、良かった。来てくれたんだ。
顔をあげたくても、ホークスが強く顔を胸に抑え込むから、その表情を見ることができない。
「イヤホン壊れて…スマホもどっかいっちゃって…連絡、困ってたんですよ。ナイスタイミングでした」
「…タイミング、全然良くねぇよ」
「えっ」
その声音は、怒気を含むような、苦しそうなものだった。
何か怒っている?もしかして、ボク任務遂行できなかった?
ホークスはしばらくボクを抱きしめていた後、ようやくその腕を離してくれた。
「ごめん、アンジュちゃん。俺のせいで…こんなに…」
「いや、ホークスは謝ることないですよ。そもそも今回の任務はボクが囮になる話でしたし、多少怪我の一つや二つや三つや…」
「…この人たち、光翼が生えてるってことは、もしかして…」
「はい!DNA摂取させてやりました!」
「!」
「触れる、程度ならここまでにはならないんですけどね」
ホークスは腫れあがっているボクの顔を気遣うこともなく、その服の袖で全力で唇を拭き上げる。
「いだだだだ!!ボク、これでも怪我凄いんですから!加減して…いだだだ!」
「…本当にごめん」
「…そんな顔されたら、ボクも悲しくなってしまいます。とにかく帰りましょう。ボク達の事務所へ」
ホークスは上着をぬぐと、それをボクに羽織らせてくれた。
「…アンジュちゃん」
「はい?」
「この先、もしかしたら今日みたいな、いや、今日以上に君に危険が及ぶかもしれない。酷いこともたくさん経験するかもしれない。それでも、それでも…俺についてきてくれる?」
「…」
ボクにはホークスの意図が読めなかった。
今回の任務での判断の過ちに対して自己嫌悪しているのか。
思っていたよりもボクが弱かったから、自身の判断の甘さを悲観しているのか。
それはボクには分からない。
どちらにせよ、ボクはヒーローとしてここにいる。
怪我も、たとえ死んでも。それは上司であるホークスの命令に従ったから、なんて到底思わない。
尊敬して、敬愛しているあなたの傍にいられればボクはきっと悪魔にだってなれる。
あなたのためなら死ぬことさえ、厭わない。
ボクの顔から視線を外すホークスの顔をがしり、と掴んで、強引にボクと目を合わせた。
「ホークス。この怪我はボク自身の弱さの証拠です。あなたが責任を感じることはないんですよ。…げほっ」
「アンジュちゃん!?」
「だ、大丈夫です。とにかく、ボクはもう子供じゃないので、社会人として、ヒーローとしての責務を全うするためにここにいます。今更逃げることなんてしません。死んでもあなたについていきますから!」
「…」
解雇されてもまとわりつきますからね、なんて冗談を言って見せてもホークスの表情の陰りは消えなかった。
彼の心中は到底ボクには理解できない。ただ、そこに
だからボクは知らないふりをする。
ホークスの傍にいたいがために。
「帰りましょう、ホークス」
「そうだね」
そう言って、彼は寂しそうに笑った。