Vol.26
夢小説設定
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***
先ほどまで明るかった日はとっくに沈み、真っ暗な夜が訪れていた。
警察の聞き込みも終了し、私は警察署を後にしようとしていた。
パイプ椅子に長時間座っていたせいか体はもうバキバキ。
体を空に向かってうんと伸ばす。ああ、ほぐされていく感じが気持ちいい。
ヴィランの怪我については相澤先生が上手く話をしていてくれたようで、警察から私に何か言われることはなかった。
あれは正当防衛だよ。正当防衛。
「…」
救急隊員にお母さんを引き渡した後、バタバタしていたせいもあってか弟に会うこともなかった。今頃親子共々病院だろう。
私は単純だから、たったあれだけで全部がどうでも良くなってしまったのだ。たかが名前を呼んでくれただけで。とは言ってもね?最後に名前を呼んでもらったのなんてもう覚えてないくらいだし、多分その時も怒鳴られていたと思うんだ。
だから、普通に、偶然でも名前を呼んでくれたことは『私』を見てくれたことだと思ってるから、なんだか嬉しくなっちゃって。
すとん、って自分の中で何かが落ちた気がしたんだ。
だからかな。今すっごい気分がいい。
「今なら相澤先生にも勝てそうかも」
「ならやってみるか」
「ぎょえっ!?いつの間に!?」
「帰るんだろ。送るよ」
相澤先生も今終わったのだろうか、警察署から気だるげに出てきた。
まさか独り言を聞かれてしまうとは不覚…!
相澤先生が送ってくれるというならば、素直にその言葉に甘えよう。
私の隣に並ぶ先生の足は大きくて、一歩歩くたびに私は二歩進まないと置いてかれてしまうけど。
でも先生はそれを分かっているからゆっくり歩みを進めていた。
「…今日、悪かったな」
「えっ!?いやいや、もう今日のは先生何も悪くないですよ!神様の悪戯レベルの事故ですって」
「…大丈夫か?」
「…残念ながら、大丈夫ですよ。私も立派になったもんですよ」
「本当に?」
「いや、疑い深いですね!?」
「お前前科持ちだからな」
「ぐっ…否定できないのが悔しい…」
相澤先生は歩きながら私の頭をぽんぽんと軽く撫でた。
「お前は良くやってるよ」
「当たり前です!頑張ってますからね!」
「そのクセ、やめろ」
「…」
クセ、になっていた、のか。
無自覚だった。でも今までもずっとこうしていたから、自分ではどうやったらいいのか分からないんだ。
悲しい気持ちにふたを隠して、笑顔で取り繕うのが。
「え?じゃあここでギャン泣きしていいんですか…?」
「無理しなくていいって話だよ」
「んん…そーですね…じゃあ静かに泣くので、場繋ぎは任せました!」
「お前ほんとどんな情緒してんだよ…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「あ、あれっ?!」
泣け…ない!?涙が、出てこない!?
ここは泣いていい感じになるシーンだったはずなのに!?」
「感情が追いついてないんだろ。その…」
「お母さん、ですか?」
「…ああ」
「まぁ…色々と思うところはあります。でも教えてくれたじゃないですか。相澤先生が私をずっと気にかけてくれてたから。相澤先生がいてくれたおかげで…私、今まで辛いことが…あっても…っ…」
笑っていた、のに。
目から大粒の涙がこぼれ落ちていった。大きな大きな涙が勝手に溢れて、零れ落ちる。
「あ、あれ?悲しくないのに…」
「柳崎…」
「あい、ざ、わ…せんせい…」
「!」
溢れてしまった。
胸の内に密かに積もり積もっていたもの全部が。
相澤先生の顔を見たら、なぜか止まらなくなってしまった。
「柳崎」
相澤先生はぎゅっと力強く私を抱きとめてくれた。
その胸の中で私はただただ子供のように泣きじゃくることしかできなかった。
「大丈夫、大丈夫だ柳崎。俺がいる。だから、大丈夫だ」
「っ…せんせぇ…」
結局いつもこうなってしまう。
最後には相澤先生に泣きついて、本当に情けない。
私もいい加減大人にならなくちゃ。
だから、少し落ち着いてきたところで私は先生から離れるべくその体を押し返した。
「…?」
「いいよ。もう少し、お前が落ち着くまで」
「!」
押し返したのを、逆に相澤先生に押し戻されてしまった。
だから私はもうしばらく先生の厚意に甘えることにした。
「…先生」
「なんだ」
「ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことはしてねぇよ」
それでも。
私には十分すぎるご褒美だった。
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