Vol.26
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「―――…ハーフフォルム・100%」
全身から青白い光が瞬き、刹那に弾ける。
その衝撃波がフロアを一掃し、海水が大きく波打った。
意識を失ったお母さんを抱えて安全な場所へ移動させる。久しぶりに、本当に久しぶりに触れた母の体は細く、私よりも遥かにその老いを身体に表していた。
気が付かないうちにお母さんは年を重ね、そして私も大人になっていくんだろう。
お母さんが意識を失っていて良かった。
今の私の姿を見たら今度は人格が崩壊してしまうかもしれない、なんて。超絶笑えないブラックジョークだよ。
「柳崎…それはハーフフォルム…なの、か…?」
相澤先生とヴィランは困惑した様子で私を見ていた。
それもそのはず。私もこの姿に『成』るのは初めてだから。
例え対峙しているのがヴィランだとしても、以前のように個性を強引に使ってはいけない。ヒーロー科編入が決まったばかりなのに、それを台無しにするほど冷静さを欠いているわけではなかった。むしろ、今は落ち着いていると言える。
ハーフフォルムは体の一部分が竜化するものだが、今は全身の肌にうっすらと鱗が浮かび上がり、角が生え、尻尾も以前より長いものが生えていた。
手足は竜化していない。まるで人の形を保ったまま。
そして以前と違うのは圧倒的に感じる体の軽さと高揚感。
竜化100%とはまた違った力の強さを感じる。
全身の血が駆け巡って、熱い。
お母さんを安全な場所まで移動させると私は後ろを振り返った。
先ほどまで私を威嚇していたはずのヴィランは冷や汗をたらりと零す。
力の優劣が、立場が逆転したと悟ったのかヴィランは相澤先生に目もくれずこちらに飛びかかってきた。
ヴィランの殴りかかってきた拳を飄々と受け止めると、今度は反対の手で殴ってきた。
動きが見える。そして力が不思議と湧いてくる。
今なら誰にも負けない気がした。
「ッ!テメェのその姿!!マシな異形か!?」
「……まともじゃないよ。私だって立派な『化け物』さ」
今でこそ多様性の世だとどんな人も手を取り合って生きているが、人とは違うものは差別され、嫌悪される。
授業でその昔の歴史を聞かされた。異形の人たちが暴行を受け残虐なことをされ続けていたということを。
でも現代になろうが。都会だろうが田舎だろうが人間は人を差別する生き物だ。取り繕うことなんて、できない。そのメッキは剥がれ落ちるときは来る。ただ、それでも―――
「ならばどうしてそこまで平和ボケしてられる!?お前も『化け物』ならよ!!!!」
ヴィランは私の両手を押し返そうと力を籠める。
だが、私は一歩前に足を踏み出しヴィランを押し返した。
「ああそうだよ!私は化け物だ!生みの親に見捨てられその個性を忌み嫌い世界を呪った!!あなたが受けてきた痛みは分からない!でも理解はできる!!私も異形で生まれたから!!だからこそ私がトップヒーローになれば!異形への嫌悪は称賛へ、称賛は他の異形への新しい道標になるんだ!!!」
ゴッ!!!!
頭を大きく振りかぶって、ヴィランに頭突きを食らわせる。
その一撃にヴィランは怯み、仰け反った瞬間に鳩尾に向けて握りこぶしを放つ。
「がっ…!!」
その勢いを殺しきれずに、ヴィランは観客ステージに吹っ飛ばされた。
加減したつもりだったのに思いのほか力んでしまったようだ。
相澤先生の視線が怖い気がする。今はそちらを振り向けない。
あとでたくさん怒られよう。とにかく今は捕獲を優先に思考を巡らせよう。
砂煙が立ち込める中それでもヴィランはふらりと立ち上がって鋭い眼光をこちらに向ける。
その目に映るのは私ではなく『憎悪』
「ッテメェ…温室育ちの化け物が…!じゃあなンだってんだよ!やられた方は黙って目ェつぶれっていうのかよ!」
「違う!でも暴力に逃げるのはあなたに暴力を振るった人間と同じになるだけだ!」
「綺麗ごとばかり並べンな!!!」
「戦争は戦争を生むのと同じだ!一生異形が卑下される世界は変わらない!!だから変えるのは世界だ!!今この世界が多様性が認められる世になったのは自らの命を懸けて戦ってきた先人たちのおかげだ!その道のりは険しく辛い!でもその先人がいたおかげで世界はそれでも確かに変わったんだ!!!」
「うっるせええええ!!!!」
再びヴィランが私に向かって襲ってくる。
迎撃しようと身構えたが―――
「そこまでだ!」
相澤先生の捕縛武器がヴィランを捉えた。
全身を拘束され、飛びかかってきた勢いを殺せずにヴィランはそのまま床へ倒れこむ。
「このッッ…!!」
「あんまり暴れると、1、2本貰うぞ」
「あぁ!?」
「折ってもいいんだな?その両手、両足」
「ッ…!」
ヴィランは私との問答に夢中になっていたせいか、相澤先生のマークが外れていたのだろう。
それに水中さえ潜らなければ相澤先生も苦戦することはない。
しかし、捉えられえたというのにこのヴィラン、未だに反抗の意志を見せ続けている。
相澤先生一人で止められていられるだろうか。
「クソヒーローが…!お前らが!お前らのせいで!殺してやる!!」
「てめぇいい加減に「殺すなら私を殺せばいいよ」
私は倒れているヴィランの前にしゃがみこんで、その顔を両手で掴む。
魚類特有の肉の柔らかさが私とは違うことを証明していた。
そして再び頭を振り上げて、二度目の頭突きを食らわせた。
私の額からは額同士ぶつかった衝撃でわずかに煙が発生していたが、私の方からは血が出ていない。
硬い鱗のおかげだろう。
「次会う時は拳で殴るからね」
譲歩した結果がこれだ。
グーパンの方がもっと怒られそうだったから、頭突きならOK!という勝手な解釈。
「柳崎、もう気絶してるよ…一体どんな頭してるんだ」
「え?」
ヴィランは白目をむいており、完全に意識は飛んでいた。
「色々言いたいことはあるが…とにかく先に怪我人を病院へ連れて行くのが優先だ」
相澤先生は深くため息をつく。
せっかく相澤先生が計画してくれた水族館もこんな大事になってしまった以上、今日の営業は間違いなく停止。
それにこの後は警察への調査や聞き込みで帰るのが遅くなってしまうだろう。
遠くからサイレンの音が聞こえ、それはやがて大きくなり近くで止まった。
警察、救急車が到着したのだろう。
「先生、私はお母さんを救急隊に引き渡してきます!」
「っ!?あの人、お前の…!」
「…はい」
「……柳崎、戻って来いよ」
「はいっ」
私は背中の翼をばさりと生やして、倒れているお母さんを抱え急いで外へと向かっていった。