Vol.17
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記者会見の前日に話を少し巻き戻す―――
*
柳崎の個性は扱いが難しい分、うまくコントロール出来ればかなりの戦力となる。
だが現実はそう易々とはいかないもので、朝から疲労が見られる。
この合宿で多少なりとも成果が出れば御の字。
出なかった場合は…。
俺はふと、柳崎の動きが少し鈍っているように見えた。
原因はゆるりと縛られた髪だった。
いつもはきつく黒い紐止めでくくっているのに、鍛錬中だというのにシュシュで留めていた。
そのせいでゆるくなった髪が柳崎の顔に当たる。それを振り払ってはいるが、邪魔そうだ。
「おい…柳崎、今は合宿中だ。そんな髪留め邪魔なら外せ」
「相澤先生…邪魔なわけないじゃないですか」
ふふん、と柳崎が笑ったかと思えばその場でくるりと一回転してみせた。
ふわりと綺麗な髪が舞い上がり、シュシュにつけられていた鈴が小さく「リンッ」と鳴いた。
「これ初めて心操君からプレゼントしてもらったんです。
これつけてると、心の底からがんばろーって!思えちゃって」
「…」
「鈴は熊避けってくれたんですけど、熊なんてでるわけないですよねー」
「…最近の熊は人慣れしてきてるからな。鈴が意味ねぇらしいぞ」
「…嘘ですよね?」
「本当だ」
一瞬にして柳崎の顔が真顔になるのを俺は見逃さなかった。
結局その日はずっとシュシュをつけたまま柳崎は訓練していた。
vol.17 平和の象徴
キーンコーンカーンコーン…
久しぶりに聞いた学校のチャイムは、5限の開始を知らせるものだった。
記者会見の準備もある。早めに帰って支度をしたいというのが半分本音。
もう半分はというと―――
「…せんせい…なんですかこれ…」
俺は心操に、血が付着し、汚れたシュシュを手渡した。
由紀が連れ去られたとき、髪から滑り落ちたものだった。
その行動が、その意味が、心操にとってどれだけ大きなショックを与えるかと言う事を理解した上で。
…正直、迷った。本当に伝えて良いものか。
だがここで言わないのは、ヒーローとして、一人の教師として失格だと思った。
もう半分の本音は、こいつに真実を告げなければいけない。だから今は、俺はこの場を離れることが出来ない。
心操は受け取ったシュシュを見るなり、顔を真っ青にした。
合宿での出来事は当に伝えてあった。ただ、柳崎がどうなったかということまでは、言っていなかった。
それを記者会見によって知るよりも、俺の口から直接伝えたほうが良いと、判断したまでだった。
「由紀は…由紀は今どこにいるんですか!!?」
「…敵に、連れ去られた」
「!!?」
「俺の監督不行き届きだ」
心操は右手でシュシュを握りしめると、反対の手で俺の胸ぐらを掴み上げた。
歯を食いしばって、目を見開いて。
握りしめた右手を振り上げたかと思えば、一瞬躊躇って、そして静かに下ろす。
激情に任せずに、心操は俺から手を離した。
頭では分かってるけど体が勝手に、っていう感じだった。
「ふざけないでくださいよ…ふざけんな…!!だったら俺が由紀を連れ戻しに行く…!」
「馬鹿言え。あの柳崎でさえも手も足が出なかったんだ。お前が行ったところで…」
「アンタも良く言うな!!相澤先生のせいで…生徒が連れ去られたっていうのに…!!」
「…俺の、力不足だ」
「ふざけんな!!!」
「!」
ぐっと唇を噛みしめたかと思えば、心操は酷く悔しそうな表情を浮かべて俺に告げた。
「あいつは相澤先生の事を話すときいつも目が輝いてるのを知ってんだよ…
由紀は、アンタの事をすっげぇ信頼してるんだよ!!なのに、なんでアンタはそんな冷静でいるんだよ!!
生徒が敵に連れ去られたんだぞ!?大問題だろ!!あいつは、どんな時でもあんたを待ってる!!
放課後演習場でどんだけアンタが遅くなっても、由紀は相澤先生が来るのをずっと待ってる!!!
待ちぼうけ食らっても、何があっても、笑顔でお前を待ってるんだよ!!!!」
「…心操」
「由紀は俺の話を聞かねぇ…でも相澤先生のことはよく聞くんだよ…ふざけんなって話だよな…
だから…どんな時でも…由紀は相澤先生を待ってる。だから先生!!」
「…」
心操は、深く頭を下げた。
「お願いします…由紀を救けてください…」
「お前が頭を下げる必要はねぇだろ」
「俺じゃ…由紀を救けられない…だから、ヒーローの相澤先生に頼むしかないんですよ…!!」
「!」
「乱暴にしてすみませんでした」
「心操」
「はい」
「俺はこの場を動けねぇ。だからあいつを救けに行くことは出来ないが…伝えることは、伝えてきてやる。俺が出来る事を、全力でやってくるよ」
「…先生?」
すまなかった。
そう一言呟いて、俺は心操の横を通り過ぎた。
心操の気持ちが十二分に俺に伝わった。
そしてこの後俺がすべきことも。
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