夢術廻戦
これで終わりか。
伏黒甚爾はぼんやりと考える。
御三家である禪院家に生まれ、そこでの生活に嫌気が差した。家出した後も裏に関わって散々な目にあった。ようやく好きな女ができて、子供が産まれたと思ったらその女が死んだ。クソみたいで最低な人生。
で、今度は裏のさらにやべー所に目をつけられて、死にかけている。天与呪縛によって凄まじい身体能力を持つ甚爾であってもいく先々で一年間ずっと毒殺暗殺仕掛けられて、精神的に疲れていた所を狙われれば無事ではいられない。相手は呪霊なんて見えない知らない非呪術師であったはずだが呪術なんぞなくても人は簡単に殺せる。裏で関わった奴は圧倒的にやばかった。これまでの認識を壊された。
実家の「呪術師に非ずんば人に非ず」なんて言ってるジジイどもに裏社会の常識を教えてやりたい。呪詛師なんぞ目じゃない程頭がおかしい奴らがごろごろいる。さらに深い所だと甚爾でも敵わない奴が居てもおかしくない。戦ったことなどないが、噂だけでもバケモンだ。これでもそこそこ強いはずだったんだが。
俺なんて浅いとこでさくっと呪術師殺してぶらぶら生きてりゃ良かったんだ。クソッ、関わんなきゃよかった。あんな奴助けたせいだ。なんで助けてしまったのだろうか。
生きているのが不思議なくらいぼろぼろで、何もしなければあと二時間くらいで死ぬだろう。
その時だった。
ふらっと影が現れる。甚爾の優れた五感は人の気配を感じ取った。
トドメ刺しにきたってとこか。あーいやだいやだ執念深くてやになるな。
「!!生きてる…!」
諦めている甚爾のそばに人影が寄ってくる。指一本動かせないしどう考えてもこいつはプロだ。辛うじて意識がある程度の体じゃ逃げ切る事なんてできない。
「違うよ」
聞こえた声は思っていた以上に幼い声だった。こんな年齢の子供が殺しに関わるのが普通である、そんな裏社会に嫌気がさす。
「私のせいで…」
ついに目の前が真っ暗になった。
丁寧に包帯を巻き、意識を失った甚爾を抱えて人影は姿を消した。
夜の町を一組の男と少女が歩いている。
男は精悍な顔つきをしている。だが滲み出る堅気ではない雰囲気がそれを台無しにしているせいか誰も近寄ろうとしない。
少女は男の一歩後ろを静かに歩いていく。長い黒髪のお淑やかそうな美少女だが、表情が動かず、人形の様に見えるだろう。
「おい。…このままじゃ通報されんじゃねえか?どう考えても犯罪者と被害者だろ。」
「ご安心ください、甚爾さま。周囲が通報したらすぐに逃走する手段はあるので。」
「そういう問題じゃねえんだな、これが…」
甚爾はツッコむのを諦めた。二人が出会った頃から続く会話だったからだ。
「会ったばっかの時はこんなんじゃなかったんだけどな。いい加減それやめろって。」
「私は甚爾さまを主としてからこの口調を止めるつもりはありません。」
「そーかよ。ところで依頼はどうした?」
「はい。二つ程良い依頼があります。どちらかを捨てる形になりますが…」
甚爾は死にそうなところを助けてからずっと引っ付いているこの少女を見る。
闇口壊理。
『暗殺者』闇口家出身の家出少女だ。ぶっちゃけ裏社会の中でも関わりたくない家、上位である。
家から逃げようとして、殺されかけていたところを助けてしまった。あの時は酔っていたし、ちょうど金もなかった。明らかに訳ありでいいとこのお嬢さんぽかったので、助けて金をせびってやろうとか、裏社会のもうちょっと深いとこにコネ作ろうなんて馬鹿なことを考えていた気がする。
「家の人にね、黒い気持ち悪い奴がいっぱいついてるの。でもみんな気づかないの。私がおかしいのかな。」
裏社会では呪霊が見えているものはほとんどいない。たくさん人を殺しているせいで、どす黒い呪霊が大量に憑いている。見えているならそんな一目でわかるやばい奴らには近づかないし、祓えるほど強いなら呪術師になった方が生きやすい。
もっとも、たくさん人を殺して呪霊がたくさんついていて今にも殺されそうなのに奇跡的に回避している者が裏社会にはたくさんいることが呪霊を感じられる甚爾には信じられないのだが。
「私の家ね、ほんっと最悪でね。まるで奴隷なの。『暗殺者』なんて呼ばれてるけど全然違う。主の命令をきくだけの人形。あそこにいたら洗脳されそうだからさっさとでていきたかったんだよね。」
闇口家は呪術師界でいう御三家並みの権力を裏社会で握っているというわけではない。なぜそこまで恐れられるのか最初は分からなかった。
簡単な事だった。ただ多くの人を殺し、壊し、生涯の主のために文字通りなんでもする集団。最悪の殺人鬼ではないが、十分恐ろしい家である。
壊理は幼い頃から殺し方を学んできた、殺人のプロである。家出をしてもその技術は変わらない。呪術師相手や単純な破壊ならば甚爾の方が得意だが、人を殺すことにかけては壊理の方が上だ。そのため護衛兼保護として現在はそばに置いていた。
「聞いていますか?どちらの依頼をするのか決めてください。」
壊理が甚爾を主と定めたのは闇口からの暗殺で甚爾が死にかけた時だ。あの時から壊理は甚爾の命令をなんでもきくようになった。
皮肉なものだ。誰よりも自由になりたかったはずなのに主を見つけて自分で自分を縛るようになった。家出をしても家の呪縛からは逃れられない。
だからかも知れない。甚爾はこの哀れな少女を自分に重ね、手放すことができていない。主からならこの契約を破棄することができるというのに、それをしない。
「きいてるきいてる。こっちを壊理がやれよ。んで俺がこれな。このくらいお前なら出来るだろ。」
「しかし、それでは側を離れてしまいます。万が一のことがあったら…」
「あ?平気だっての。一日二日だろ?」
「…分かりました。なるべく早く戻ります。どうか危ないことはしないで下さいね。」
依頼は三千万と一千万。
どちらも高額で、捨てるには惜しい。どうせなら壊理と別れて久々に一人でやろう。
実は壊理は“普通”の女の子に憧れている。本人も気づいていないが見かけるたびにちらちらと羨ましげに視線を向ける。こんだけ金が入れば適当な施設にでも入れて学校に行かせることくらいは出来るだろう。
そろそろこの主従関係は潮時だ。
壊理は近くに呪霊がいても祓うことができず、人を殺す度に自分についていく呪霊をどうしようもできなかったような未熟ではなくなった。呪力を持たない甚爾ではこれ以上のことはできないのだから。
「甚爾さまっ!」
血だらけになって倒れている甚爾を見て壊理は悲鳴をあげる。そして元凶である五条悟をにらめつけた。
この時点で壊理は五条のことを知らない。壊理が詳しいのは裏社会のことであって呪術師のことではないからだ。
近くにいるだけで五条が強いことが分かる。自分ではきっと敵わないだろう。甚爾が殺されかけるような呪術師に壊理が勝てるはずもない。
でも。
それでも。
「甚爾さま。お逃げ下さい。」
錯乱させながら死角からナイフを投げる。
「っと!危ない危ない。君はだれ?そいつの仲間?」
「甚爾さまの敵は私が殺す。」
五条は難なくナイフを避けると質問を投げかける。
壊理はひたすらに相手の急所を狙うも、ことごとく防がれる。そもそも壊理は暗殺が得意なのであって、正面からの戦闘ははっきりいって苦手だ。それなのに何故正面から向かっていくのか。
「術式展開ーー跖狗吠尭」
人の悪意とはこんなにも醜い。狂ったように“人にのようにみえるもの”が襲いかかる。すぐに蹴散らすも、五条が一瞬気を取られた隙に甚爾も壊理もその場から消えていた。
「大丈夫です、治せます、人体には詳しいですから!だから…しなないで。」
主従契約を結んでからこんなに壊理が感情を表に出したことはなかった。甚爾は乾いた笑みをこぼす。
「おまえは…これでいいのか。俺の近くにいちゃまともな人生送れねえ。」
この依頼で壊理が離れた時、もう一生会わないつもりでいた。卑怯なことに壊理といた痕跡を全て消したのだ。そうすれば普通の人生を過ごせるはずだ、と。
「…何を言っているんですか。」
「俺みたいなクズに引っかかるなってことだよ。契約でもなんでも解除してやるぞ?便利な道具を手放すなんて滅多にないんだからありがたく離れとけよ、な?」
にやにやと余裕があるように見せかける。死にかけてはいるが心にもない嘘をつけるくらいには元気があるらしい。自分でもしぶとすぎるくらいにしぶといと思う。
「馬鹿言わないで下さい。私が甚爾さまを主にすると決めたのです。絶対に離れませんし、必ずお役に立ちます。なので…置いていかないで下さい。捨てないで下さい。私を側に置いてください…!」
いつものポーカーフェイスを崩し、目から涙を流しながら必死で訴える。
甚爾はがしがしと頭を掻き、
「…そーかよ。好きにしな。」
「…はい!まずは鍛え直しですね!」
「げ。怪我人なんだから加減しろよ…」
♢ ♢ ♢
闇口壊理
暗殺少女。
周りには呪霊が見えず、かなり精神が不安定だった。家出先で会った甚爾が呪霊につい
て教えてくれたため、ついて行くことにした。その後、闇口家からの刺客で死にそうになった甚爾を主として選ぶ。恋愛感情は今のところ無し。
暗殺者としての才能はピカイチで期待されていた。状況を整えてから確実に殺すことが得意。
“普通の人生”にあこがれている?
術式 跖狗吠尭
周りの人から呪霊を取り込み、混ぜ混ぜして作り出した人形。グロいしなんかもう色々と気持ち悪い。見た人はSAN値チェックです。
伏黒甚爾
死亡を免れた人。思ってた以上に裏社会はやばかった。結構ちゃんと大人してた。
恋愛感情は無し。
死にかけすぎとかいうな。
クロスオーバーありますが、僅かだと思うので分からなくても大丈夫です。ぶつ切りばっかりでごめんなさい。
この後は五条から逃げて、捕まって高専に行くかも知れないし、捕まらないで二人で生きていけるかもしれない。