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夢術廻戦




「やった!成功だ!」
「ついに私達の悲願が…!」


おとうさんとおかあさんがよろこんでる。


「出来損ないだと思っていたけれど、こんな使い道があったなんてね。」
「ああ、流石僕達の娘だ。」


わたしをほめてくれてるのかなあ?
そうだったらうれしいな。


「まあ、完全に定着はしなかったが…子宮としての役割は完璧に近いぞ。」
「子供はきっと相伝の術式を持っているし、呪力も強化されているはずだわ。」


これでおわりかなあ?
もう、いたいのはいやだよう。
でも、おわったからきっとだいすきっていってくれるよね。


「細菌を使った肉体の操作は正解だった。術式としても十分使えるさ。」
「ええ、遺伝子からいじれるんだもの。もうこれで落ちこぼれなんて言わせないわ。」


おかあさん、くるしいんだ。
ならわたしがかわりになれるかな。
そうしたらよろこんでくれるかな。

「まだ小さい。本家の悟様の婚約者としては不安かもしれないな。」
「あら、平気だわ。精子さえあれば子供は産めるもの。腹としてはあと10年もすれば機能するはずよ。」


はらってなんだろう。なにかいやなことはなしてるのかな。


部屋の中に黒い影が渦巻いていた。


あ、まっくろさん!
どうしてここにいるの?いつもはいたいののあとにしかいないのに。
あ、でもまっくろさんはわたしがふあんだとすぐにきてくれるね。


夫婦は影には気づかず、話を続ける。


「おや、起きた。あはは、泣いてるじゃないか。どうしたんだい?」
「アイしてるわ、私達の大切な娘。あなたはとっても重要な役割を果たすのよ。だから、ほら。泣かないで。今日はあなたの婚約者様に会いにいくのよ。」



あいしてる?
やったぁ、わたしもだいすき!
こんやくしゃになったらもっともっとよろこんでくれる?
おとうさんとおかあさんがうれしいならわたしもうれしいなあ。



まっくろさんもよろこんでくれるよね?




♢ ♢ ♢





その日、五条悟の機嫌は最高に悪かった。いつもならからかう同級生二人もうんざりするくらいには。

「ね、なんなのか聞いてきてよ。」
「いやだな硝子。機嫌の悪い悟に近づくなんてごめんだよ。」

「きこえてるし!」

やっぱり機嫌が悪い。
こそこそ話していたのを聞かれて怒られる。目配せをして肩をすくめ、二人は諦めて五条に事情を聞く。

「なんかあったのかい?」
「なにもくそもねーよ。あのクソ野郎ども勝手にお見合い組ませやがった。」

顔をしかめて、吐き捨てるように言う。そんな様子に同情したのか、家入が口を開く。

「家で決まってんでしょ。さっさとやってこいよ。もしかしたらそのクズな性格でも良いって子がいるかもよ。」

訂正。さらに煽っただけだった。
にやにやしながら面白いものを見た、とからかう。思っていたよりも興味を惹く話題だったらしい。これでも女子高生なのだ。性格はクズだが、顔だけは良いクラスメイトのことだ、面白い修羅場が起こるかもしれない。

「はああ?俺、そんなに女に困ってるわけないじゃん。いやなのは、この年で結婚とか、子供とか言われるってこと!」

現在高校生の五条には、お見合いが苦痛で仕方がないようだった。じたばたと手足を暴れさせて苛立ちを教室の机にぶつけていた。そんな姿に流石に同情したのか夏油が助け舟を出す。

「まあまあ、そんなに嫌なら断れば良いじゃないか。この前見た昼ドラみたいにさ。」
「!!!っ、それ採用!」
「その昼ドラってドロドロの遺産相続のやつじゃん。なにを真似すんの。」
「あのちゃぶ台返しだよ!!食事とか乗ってるのを怒り任せにひっくり返してたじゃん。あれ、一回やってみたかったんだよね!」
「相手からの印象も最悪だろうしね。確実にお見合いは流れるな。」
「うわ、クズだな。」

相手や家の迷惑が分かっていながら、笑ってお見合いぶっ壊し作戦を立てる夏油と五条は、確かに家入の言う通りクズであった。



「お土産話きかせてよ。」
「あと煙草も買ってきて。」

五条を送り出した二人は面白いことが起こるに違いないと確信していた。






しかし。


帰ってきた五条は顔色が悪く、手にナニカを抱えていた。
笑い話として聞いてやろうと思っていた家入と夏油はただならぬ雰囲気に呑まれる。

「ね、これ治せる?」

五条が家入に突き出したのは小さく丸まる少女だった。
四、五歳くらいだろうか。ふっくらとした頬は愛らしく、安心したようにすやすやと眠る姿は庇護欲をかき立てる。
 
「なにこれ、呪われてる?…違う。呪いというには守るようになってるし、この子の体からでている…?」
「こんなにも濃い呪いを幼い子が纏う訳がない。どういうことだい、悟。」
「分かんねー。高専に入ってもコレ取れないし、害も無さそう。おまけにコレ、他の奴らには見えてなかったっぽいんだよね。」

呪術師として呪霊の姿を知っている者には少女が呪われているようにしか見えない。残穢のようなものが少女を覆っている。
だが五条の六眼を持ってしても、呪いらしきものが複雑に絡み合っていて原因がなんなのか予測がつかない。天元様の結界が張られている高専においても変わることのない、まるで魂に絡みついているような黒い縁。
五条は普段では考えられないほど優しい手つきで少女を撫でる。

「この子、色々弄られてたらしい。五条悟の子供も相伝術式を確実に持つように、生まれる前から調整され続けて。それで体はボロボロ、二十歳までは生きられない。なのにあいつら、子宮に問題はありませんなんてほざきやがって。ホント、一回殺した方がいいんじゃないかな。」



『こちらが婚約者候補の繰丘つばきです。』
『あなた様の術式を受け継ぐために様々な調整を加えた、腹として適切な子供となっております。』
『正真正銘、あなた様のためだけに生まれた子供ですとも!』

絶句している五条にぼんやりとした目を向ける子供をなにかの商品かのように進める腐りきった大人。

あまりの事に思わず静止の声を振り切って連れてきちゃったと苦笑する。
ついこの間までは一般人だった夏油はその腐りきった思考に驚愕する。家入も女性を道具としてしか見ていない奴らを嫌悪した。

「でさ、少しでも治せたらいいと思って硝子のとこに連れてきた。」
「知ってると思うけど、反転術式は本人の体力次第だ。そもそも術式が効くのかさえ分からない。ま、これでも医者志望だからね。助けられる命は助けるさ。」
「……。」

自分の影響でこんなことになっている少女を前にいつもの横暴さもなりをひそめ、複雑そうに顔を曇らせる。
そんな五条から少女を受け取り、医務室のベッドにそっと寝かせる。

「うん、なんとかするよ。ほら出ていきな。こんな小さい子でもちゃんと女の子なんだから、男子は入っちゃダメ。」

きちんと患者に配慮する家入はどこから見ても良い医者だった。






「…う…?」
「おや、起きた。こんにちは、名前とか何が起こったかとか言える?」
「こんにちは。わたしは、くるおかつばき、です。おねえさんはだあれ?」

目を覚ましたつばきが最初に見たのは真っ白な天井だった。
テストや練習の後、こんなにふかふかなベッドで寝た事のなかったつばきにとって、何が起こっているのか全く分からなかったが、質問にはきちんとお返事すること、と言われていたのでとりあえず名前を答える。

「つばきちゃんね。私は家入硝子。お医者さんだよ。」

おろおろと戸惑っているつばきに家入は優しく声をかけた。
なんとか体を健康な状態まで持っていったものの、強制的に増やされた呪力と無理矢理弄られた子宮は体に負荷をかけている。生涯、つばきは子供を産めなくなるだろう。完全に治せなかったことがとても悔しかった。

そしてつばきが起きてから、あの呪いみたいなモノが大きく動いた。ほわほわと煙のように漂っていたのが明確に集まり始めたのだ。
少しまずいかもしれない。そう思ってつばきが起きたことと一緒に同級生に連絡しようとする。
その時、扉が勢いよく開いた。

「っ!起きた?」

飛び込んできたのは五条だった。その後ろに夏油も続いた。
比較的顔色が良くなったつばきを見て、ほっと安堵したようにため息をつく。
つばきはいきなり入ってきて大声を出した年上の男の人にびっくりして、かちんこちんに固まってしまう。
その様子に気づかず、焦ったように五条は早口で囃し立てる。

「起きたばっかだけどいい?その周りの呪いみたいなのは何?なんで祓え無いワケ?しかも何もしない。六眼でも分からないし、呪術師でも見えない場合があるんだけど。」
「昨日の落ち込みはどこいったんだ。質問ばっかりじゃ戸惑うだろう?」

つばきが運び込まれたのは昨日のことだ。つまり、運び込まれてから今までずっと眠っていた事になる。
そんな事を知らないつばきは起きあがろうとしてよろけてしまう。
倒れかけた時、自然に夏油が手を貸した。そのまま頭を一撫ですると、昨日とは打って変わって遠慮の無い五条を宥める。
その動作にこの人達は良い人かも知れない、と警戒を解いて、一生懸命質問に答えようとする。

「まっくろさんのこと?まっくろさんがみえるの?ほんと?」
「見える見える。そのまっくろさんについて教えてくれない?」
「まっくろさんはわたしのおともだちだよ!いっつもまもってくれるんだよ。」

呪いみたいなモノを友達と呼び、自身を守護するものとして認識している少女に三人は憐れみを抱く。そんなモノに頼らなければ生きていけないほど環境が悪かったことを悟ったからだ。

「でもおかしいなあ?いまのまっくろさんげんきがないみたい。ほんとはもっとおおきいのに……」
「………。普段はもっと大きいの?」
「うん!おとうさんよりもおおきくて、おうちのてんじょうにとどいちゃうくらい。あ、でもこわくないよ!やさしいもん!」
まっくろさん、だいじょうぶかなあ?

つばきが心配そうに声をあげると更に異変が起こった。
集まり始めていたといっても未だあやふやだった存在が急速に確定していく。つばきの言っていた通り天井まで届く大きさになると、今まで感じられなかった呪力が膨れ上がる。


なんだコレは。嘘だ、どうして、なんでこんなことが起こったの、置いていかないで、なんで、ずるい、痛い、理不尽だ、苦しい、辛い、生きたい、死にたくない、怖い、違う、もう死にたい、死なせて、もういやだ、憎い、憎い憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い…………


「こ、はぁっ…!」
「うぐ、ああああぁぁ!」
「っっっ…!」

呪霊じゃない。コレ・・が呪霊であってたまるものか。普段から呪いに関わり、人の悪意に触れている五条や夏油、家入でも吐き気が止まらなかった。純粋な悪意の塊。本能的にどうしても恐れてしまう。

決して逃げられない、××への恐怖。






「えっと、だいじょうぶ?いたい?まっくろさん、おねえちゃんたちをたすけられる?」

瞬間、呪力が収まる。
なにが起こったのか分からないつばきは、戸惑ったようにキョロキョロと周りを見渡す。
もう綺麗さっぱり悪意は見えなくなっていて、むしろ空気が綺麗に感じられた。


誰も喋らない。


「あ、」


静寂な空気を破ったのは五条の声だった。

「は、あはは、あははははは!クッソ、マジかよ!無理無理、どうしようもねえって!」
「確かに無理だな、ふ、ふふふっ!」
「何笑ってんの、可笑しいでしょ。もっと、しっかり、ぷっ!」


くすくすくす、ゲラゲラゲラ。

笑って、笑って、腹が捩れるくらい、息が出来なくなるくらい、大声で笑い続ける。
ずっと笑っている三人を見て楽しくなったのか、つばきもくふくふと控えめに笑い出す。

人間、どうしようもない時は笑ってしまう。
笑い疲れて問題を考えていなかったことに気づいたのは、もう日が暮れた頃だった。



「さて、どうする?」
「どうするもこうするも、無理だろ。殺せる訳ねーし、監視で精一杯。」
「この子自体にはなんの罪もない。高専預かりが妥当だろうな。それにアレもこの子に危害を加えなければ大丈夫だろう。」

家入はちらりとつばきの方を見る。まっくろさんとつばきに呼ばれるモノは声をかけられると怯えさせないよう大人しくなり、周りをふわふわ飛んで遊ばせていた。その様子は子供用の玩具のようで、先ほどの威圧感はかけらもない。
拍子抜けするなあ、と五条は体をだらけさせる。緊張しなくても、つばきに敵対しなければ何もされないと分かってからは適度に力を抜くことが出来た。
夏油も同じようで、まだあんなにも小さいのだから守られるべきだと感じていた。

つばきはまっくろさんと遊ぶのを中断し、とてとてと家入のそばに近づくと、そっと抱き上げて膝に乗せてもらった。

「おねえちゃん、わたしね、こんやくしゃになりにきたんだって。おとうさんとおかあさんはどうすればよろこんでくれるかな?」

内緒のお話、と耳元で囁かれたその言葉に家入は目を見開く。最初に声をかけ、同性でもある家入につばきは一番懐いていた。
小さい声のつもりだったかも知れないが、その声はしっかりと前の二人にも届いていた。

「は?こんな風にした両親のことが好きなわけ?意味わかんねー。」
「確かに虐待されてても依存することはあるだろうけど…」

「つばきちゃんはおとうさんとおかあさんのことが好き?喜んで欲しいの?」
「うん!わたしががんばったら、『いいこね、愛してるわ』っていってくれるの!だからがまんするの。もう、あえないかもしれないけど、がんばるの。でも“こんやくしゃ”になって、“ごちょうあい”をうければまたあえるかもなんだって!」

繰り返し言われた“婚約者”という言葉に五条は瀕死の状態だ。意味も分かっていないだろうが、こんな小さい子が婚約者とか有り得ない。
夏油としても親友の婚約者が幼女というのはイヤだったため、呪術師は碌でもないなーと現実逃避していた。

「待って。でも良いかも知れない。」
「「は???」」

いきなりなにを言い出したんだ、と家入を詰め寄るが全く悪びれずに話を続ける。

「婚約者ならなんかあっても守れるでしょ。ほら、この子を恐れたジジイ共が殺そうとして、結果人類が滅びましたーとか洒落にならないし。」
「…なるほど、一理あるな。」
「いやいやいや!おかしいでしょ!」
「五条悟の婚約者で、高専預かりで、夜蛾先生にも事情説明して、あんたらが直接保護しとけばそんなに危険はないでしょ、多分。」
「多分?!…う、でもそうかも…」
「でしょ?一応ここ学校だし、教育にも良いんじゃない?知らないけど。」
「もうちょっと自分の言葉に責任持とうか。
つばきはどうしたい?」

すっかり話に置いていかれて、ポカンとしていたが自分に悪いことを言われているのではなさそうなので、こくりと頷く。
夏油と家入は頷いたつばきの頭を満足そうに撫でる。

「俺の意思は?!ったく、分かったよ。つばきは俺の婚約者!実家に従うみたいなのは嫌だけど、婚約するっつーの!」
「わーおめでとー同級生が婚約したー」
「おめでとう、悟。ちょっと犯罪臭いけど将来は安泰だね。」
「祝う気ねーだろ、ゴラァ!特に傑!表出ろや!」
「あはは、婚約者ができて浮かれてるのかい?受けて立とう!」

校庭に飛び出していく馬鹿二人を見届け、膝の上で眠そうにしているつばきにそっと声をかける。

「完全に治せなくてごめんね。………これからよろしくね、つばきちゃん。」

家入に体を任せ、安心して眠るつばきをまっくろさんは優しく見守っていた。




♢ ♢ ♢



繰丘つばき

無事に五条悟と婚約した。
大好きなおとうさんとおかあさんのために一生懸命頑張っている。
呪力は多いがそれは生来のものでは無く、無理矢理に増幅されたもの。他にも弄られてた箇所があり、家入によって治してもらった。それでも子宮は負担が大きく、今後出産は絶望的。

まっくろさんが大好きで、感謝しているがそれが伝わることは永遠に無い。



五条悟

高専一年生
つばきと婚約した。
軽い気持ちでお見合いに行ったら厄介なモノを見つけてしまった。たぶんここから上層部嫌いが加速していった。
まだ反転術式が使えないので最強ではない。どうやっても勝てないと思えるモノに初めて出会う。

クソガキ成分薄めの綺麗なごじょさと。
今後のモンペ①




夏油傑

高専一年
この度親友が幼女と婚約した。
まだ猿なんて言っていない時期。一般家庭出身なので呪術師の闇を初めて目にする。
呪霊だったら取り込んでやろうと考えていたが、絶対無理だと悟る。

今後のモンペ②




家入硝子

高専一年
同級生が婚約した。
作者が夢を見過ぎているからか、子供に優しくて良い医者になった。
つばきがいるため喫煙は控えるようになる。

今後のモンペ③




つばきの両親

普通にイカれてる呪術師。
娘を本家の婚約者にして、上にいくという野望を持っている。そのために実の娘の体を細菌で弄り、良い母体にしようとしていた。
つばきを愛しているのは本当。だが、それは娘に対する愛ではなく、使える道具として。つばき本人はそれに気づいていないため、それを利用していた。
















・・・・・・まっくろさん


“それ”は古くからあるものだった。
“それ”に意思などなかった。
“それ”は最も多くの人を殺し、最も多くの人から恐れられた。
“それ”は神罰とも災厄そのものとも呼ばれるものである。
“それ”は世界を征服したものである。
“それ”は『ヨハネの黙示録』に記述されている、終末の四騎士の内の一人である。


すなわち「疫病という概念」「死」を恐れる気持ちから生まれたモノ。


蒼き死の使い手ペイルライダー

つばきを守るモノ。つばきの願いを叶え、危害を加える者を殺す。



要するにめちゃめちゃ物騒なモンペ。
モンペ不動の殿堂入り






つばきちゃんが「ずっと一緒にいられますように」と願うことで死亡フラグがバッキバキに折られる。やったね!東京高の生徒はみんなつばきちゃんの家族になる。



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