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OP夢



血が。真っ赤な血が広がっている。

「ちっ、汚いんだえ!さっさと掃除するえ〜!」

 [[rb:天竜人 > ゴミ]]がなにか喚いていた。血だまりに沈むのはこの部屋の使用人だったモノ。ピクリとも動かず、床を赤く染め上げている。

「リズ、さっさとコレを片付けるんだえ。あぁ、それから――コレの家族を此処に持ってくるんだえ」

 話をしたことがある。天竜人の使用人をやっているのに子供みたいに笑う人だった。病気の弟がいるから助けたいんだと、言っていた。

「……家族を、ですか?」
「当たり前だえ。下々民上がりがわちしの命令を拒んだんだえ。親族諸共処罰しなきゃいけないえ〜!!」

 彼女が革命軍と繋がっていたのは知っていた。天竜人の行動ひとつひとつに嫌悪を抱いていたのも。それを上手に隠していたのに、今日に限って――

「なんなんだえ!!あの奴隷を殺せって言ったのに逆らうなんてどうかしてるえ!あんなゴミみたいな子供要らないえ!」

 入ったばかりの少年がへまをした。彼女は殺すよう言われたのに出来なかったそうだ。私が部屋に来た時には既に彼女は少年を庇って撃たれていた。彼女の弟と同い年くらいの子を守るように。

 彼女が守りたかったものを壊すのは流石に看過できなかった。
 ツーッと腕をなぞって、外に出る時につける防護服の無い無防備な顔に吐息がかかるくらい近づける。そして甘ったるい、媚びた声で[[rb:お願い > ・・・]]をした。

「……あら、旦那さま。その程度にかっかなさらないで。それよりも私の踊りを見て下さいな」
「むっふーん。そんなにわちしに踊りを見てもらいたいんだえ?可愛い奴だえ〜」
「なら……」
「でも今日はダメだえ〜」
「……え」

 聞いてもいないのにペラペラ喋り出す。
 この少年は電伝虫に映った少女を探すよう命じられた。それなのに何の情報も得られなかったため殺そうとしたら、いきなり使用人の女が飛び出してきた。そして、ごちゃごちゃと煩かったから黙らせた。まだイライラしている、下々民のくせに神に逆らうとは何事か、この世に存在した全てを消してやる――

 天竜人の癇癪に巻き込まれたらもうどうしようも出来ない。世界政府の元ではいつものことだ。

「そろそろ持ってくる頃かえ?リズもそこで見てると良いえ〜!早く片付けるから踊ってみせるえ〜!」

 武勇伝を語るように誇らしく言い放つ。当たり前だ、私が引き止めても別の人がこいつに従うだけ。奴隷が、女が、子供が殺されるなんていつものことだ。耳を塞ぐ必要もない、もう私は慣れたんだから。

 
 連れてこられた少年は身体を震わせ怯えていた。きっと肌が白いのは病気のせいだけじゃない。足元に跪き、他の奴隷に拘束される。奴隷たちには表情と呼べるものはない。
 撃ちやすいように、殺しやすいように、頭を下げさせる。天竜人用に派手に飾られた銃は即死できるように作られた一品だ。銃口が彼女の弟に合わさった。

「ひっ……あ、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさ」
「最後までうるさい奴の血縁はうるさいえ〜」

 弾丸はあっけなく頭を撃ち抜く。血がまた部屋に飛び散った。
 殺した本人は既に全てを忘れ、振り返りもせず部屋を出て行った。

 いつものことだ。そう自分に言い聞かせても歪んだ顔はしばらく戻りそうになかった。





「驚くんだえ!やっとあの女の手がかりが掴めたえ!」

 事が終わって頭を撫でてやっている時に思い出したようにチャルロス聖はそう言った。
 ぶくぶくと太った顔は重くて膝に乗せているのも限界だったから丁度いい、と身体を起こさせる。

「あの電伝虫から聴こえる歌!あの歌を歌っている奴が見つかったんだえ〜!」

 そういえば、最近電伝虫から流れる歌をよく聴いていたらしい。天竜人に見つかってしまうなんて可哀想に。そう他人事のように思った。

「それは良かったですわ。どんな人なんですの?」
「お前も歌を聴いてみるえ〜。わちしが手に入れるにふさわしいえ」

 電伝虫から軽快な音楽が流れ出す。聴こえてきた歌声に私は耳を疑った。
 どこかで聴いたことがある。さっと血の気が引いていく。

「……ま、あ。とっても素敵な、歌声ですわ」
「そうだえ!お前が気に入ったならこいつに歌わせてお前が踊るといいえ〜。その為にも早く連れてくるんだえ」

 どうにか絞り出した答えは震えていなかっただろうか。嘘だと思いたかった。

「近ごろライブがあるらしいえ!特別にお前も連れてってやるえ!」
「……お心遣い感謝いたしますわ、旦那さま」

 口元に作り笑いを浮かべて反射的に礼を言う。躾けられた身体は私の思い通りにならない。だから、その後に続いた言葉を聞きたくなくても耳を塞げやしなかった。

「確か、ウタ!ウタとかいう奴だえ!早く手に入れるえ〜!」

 なんで。酷い、酷い酷い酷い。頭の中で赤子のように繰り返す。なんて世界は残酷なんだろう。なんであの子なんだろう。
 理不尽な世界を恨む。過ごした時間は短くても、私にとってあの子は家族だった。あぁ、本当に―─理不尽だ。


♢ ♢ ♢

 世界の歌姫、ウタ。
 彼女は電伝虫を通して世界に歌を届けた。その歌声は貧しい地域や海賊にまで響き、熱狂的なファンも多い。

『世界を変える』

 そんな想いが込められた歌。誰も傷つかない、理想の世界を目指す歌。

 今日はそんな歌姫の初ライブである。



「U T A!U T A!」
「わあぁぁぁ!!!」

 盛り上がる観客の中、中心にある特別席のひとつは静まり返っていた。
 いや、正確には一人だけしか盛り上がっていない。

「むっふ〜ん!良いえ〜!早く、早くわちしの手元に欲しいえ〜!」

 周りに居た黒服の護衛や奴隷は黙ったまま。いくら素晴らしい歌でも、現在進行形で命の危機にさらされていては感動すらできない。
 
 つかの間の平和もそろそろ終わるだろう。下々民と呼ぶ彼らが楽しそうに盛り上がるのを黙って見ていられる訳がないからだ。

「わちし直々に迎えに行ってやるえ〜!さっさと準備するえ〜!」

 いつもの防護服を見に纏い、だらしなく鼻の下を伸ばした姿。
 ウタは天竜人なんて見たことがないはずた。万が一間違って危害を加えないよう、ついていった方が良いだろうか。
 
 ふと、自分の身体を見下ろした。
 ギリギリまで露出した、センスのおかしい天竜人好みの服装。
 服の下には痣と傷が見え隠れしている。昨夜つけられた跡だってまだ残ったままだ。
 口元に手を当ててみれば、張り付いたように口だけ弧を描いている。そういえば、いつから作り笑いが当たり前になったっけ。連れてこられた当初は泣いて叫んで怒っていたはずなんだけどな。

「……醜いなぁ」

 誰にも聴こえない声で呟いた言葉は風に攫われて消えていった。


 ウタは歌い、踊り続けた。恐ろしい海賊に狙われるのも、観客を盛り上げるパフォーマンスの一部に過ぎない。
 本当に心の底から新時代を信じている。私にはその姿がひどく眩しい。

 ウタは強かった。でも、それも終わるのだろう。なにせ天竜人がいるのだから。

「お前を10億ベリーで買うえ〜!」

 チャルロス聖が宣言する。世界は自分の思い通りになると信じている傲慢な声。
 あんなに楽しそうだった会場はペンライトが消え、静まり返った。観客は次々と頭を地面に擦り付け、飛び火しないよう身体を震わせるばかり。

 この歌声が失われるなんて。だから出てこない方が良かったのだ、ずっとずっとエレジアで平和に過ごしていればこんなことにはならなかったのに。
 舞台袖で唇を噛み締める。弱い私をウタに見られたくなかった。

 でも。

「ヤだ」
「ここではみんな一緒、天竜人のおじさんもみんなとおんなじだよ!」
「これから仲良く過ごそうね!」

 何を、言っている?

 耳を疑った。
 だってこいつは天竜人だ。世界の支配者、誰も逆らうことの許されない特権階級。望まれたものの先には破滅しかなくて、ただの人にはどうしようもない腐りきった王さま。

 私が呆然としている間にも事態は進んでいく。

 チャルロス聖は激怒して護衛にウタを殺すよう命じる。それでもウタは不思議な力で守られて傷ひとつつかない。
 
「使えない奴はもういらないえ〜」

 忌々しげに護衛に向けて銃を撃った。弾丸は護衛たちの身体を貫く。当たり前、当たり前だ、天竜人の命を果たせなかったのだから。あたりまえ、なはずなのに。
 
「なんてことするの!?」

 ウタは血相を変えて護衛に手をかざす。みるみる内に傷口が塞がっていく。
 それを見て更に頭に血がのぼったチャルロス聖は海軍に命令した。

「このガキを殺すだえ〜!」
「少しお待ち下さいな、旦那さま」

 ステージに踏み入る。観客は頭を下げながらこちらの様子を伺っていた。命令された海軍も訝しげに私を見る。

 ウタが驚愕に目を見開いた。

「まだやるんですの?もう、私飽きてしまいましたわ」

 騙せ、騙せ。
 天竜人に対してこんなことを言ったら命はない。でも私なら少しは。

「……せん、せい……?」

 呆然とウタが呟く。探るようにチャルロス聖が私に尋ねた。

「知り合いかえ〜?」

 絶対に騙し通せ。ここが私の正念場だ。

「……さあ?ちぃとも、知らない子ですわ」

 首を傾げてにっこりと笑って見せる。
 無邪気に、残酷に、冷酷に。なんの感情も乗せないよう意識する。

 万が一にもあの子に注意が向かないように。

「ねえ、それよりも旦那さま?私じゃ足りないのかしら。ひどいわ、また新しい玩具に興味がおありになるのね」
「そ、そんなことないえ〜!まだ新しい妻を迎えたのを怒ってるえ?そんなに拗ねなくてもお前だけだえ〜!!」

 情けなく懇願してくる姿は滑稽で仕方ない。馬鹿みたいだ。チャルロス聖も、私も。

 ウタは私に知らないと言われてくしゃくしゃに顔を歪ませた。小さく口が動く。

「……うそつき」

「ち、チャルロス聖さまがお帰りだ!」

 何が起こったのか理解していない海軍も、私が天竜人を宥めたのは分かったようだ。向けられる視線は感謝と、畏怖と、蔑み。天竜人に媚びを売る私を憎々しげに睨めつけた。

 異様なほど静かだったウタがパッと顔を上げた。その様子は今にも泣き出しそうなのを押し込めているようだった。

「……そっか!そうだよね先生!天竜人が怖いんでしょ?大丈夫だよ、ここでは何も怖いことなんてない!怯えなくていいんだよ!」

 錯乱したとしか見えないウタはチャルロス聖に狙いを定め、音符を放った。

「ヴゥエ〜〜〜!!!」

 太った身体は空高く吹き飛ばされ、先ほどの海賊たちと同じように五線譜に引っかかった。

「なにを……!」

 ダメだ、こんなことをしてはいけない。
 ウタは止めようと腕を伸ばした私を悲しげに見つめ、音符を飛ばす。音符に拘束され、身動きが取れなくなってしまった。

 拘束された後もステージでは目まぐるしく状況が変化する。
 コビーとかいう海軍に告げられた、今見ている世界の真実。ここは架空の世界でありみんなウタによって騙されている、と。

 ざわざわ、ざわざわ。
 誰もが疑心暗鬼で、今にも暴動が起きそうな雰囲気だ。そんな中、ウタが観客に向き直る。

「分かったよ!もっと楽しいことがあればいいんだね!」

 ウタの身体から光が溢れ、観客が次々と可愛らしいぬいぐるみやスイーツに変わる。私が最後に見たのはチャルロス聖がソフトクリームに変えられる姿だった。








 目を開ける。どこか楽しい、ふわふわした気持ちが残っていた。何が起きたんだっけ。何をしていたんだっけ。そうだ、ここはエレジアだ。

 辺りは火がちろちろと燃え、瓦礫の山があった。優しい歌声が全てを癒していく。あぁ、でもその前に。私にはやるべきことがある。



 よろよろと歌の聴こえる方へ向かう。大きな男たちがウタを囲んでいる。赤髪の男の腕の中にいるウタは穏やかな顔をしていた。

 それをぶち壊すかのように、偉そうな海軍が声をあげた。

「そろそろウタを……世界を滅ぼそうとした極悪人を渡して貰おうかねェ」
「あら、違いますわ海軍さん?」

 怖かった。ここにいる人なら私なんて簡単に殺せてしまう。それでも引くわけにはいかなかった。

「君は……天竜人の愛人が何の用かねェ?」
「せん、せい……」
「知り合いか、ウタ?」

 血だらけのナイフを掲げてみせる。これが何か分かった人はまだいない。

「見て下さいな、アレを」

 すっと指をさす。視線が近くに倒れていたモノを見つけた。

「な……!」
「バカな、チャルロス聖だと?!」

 特徴的な防護服。その服は脱がされ辺りに転がっている。顔も肌も出しているのに、チャルロス聖は喚き出したりしなかった。

「貴様……!分かっているのか?!天竜人殺しは大罪だ!!!」

 周りは血まみれ。もう死んでいることは一目瞭然だ。
 歌うように、踊るように、軽やかに告げる。

「あぁ、可哀想な歌姫ウタ!ちょっとの間仲良くしてくれた人に騙されて……!その人は天竜人を殺すためにウタの力を利用した!極悪人に騙されて架空の世界を作り出した!世界すらも巻き込んで、行われたのは天竜人殺し!あぁ、ひどい、一体、だれがやったのかしら?」

 にこにこ笑う。けらけら嗤う。

「……そんな戯言に騙されると?」
「えぇ、もちろん」
「ち、がう……!いや、せんせい!」
「あら、ウタは黙ってらっしゃい?これは私の復讐だもの」

 もう目も見えていないはずなのに、ウタは私に手を伸ばす。赤髪の男は何か察して目を伏せた。

 とん、と地面を蹴って踊り出す。
 静かに左手を上に掲げる。何も手に持っていないのにどこからか鈴の音が聴こえた。
 静かな踊りだ。布の擦れる音、地面を蹴る音ひとつ聴こえない。そこに歌が加わる。
 私の喉は楽器に。身体を震わすような低音から人には聴こえないほどの高音まで。


 くるくる回って、回って、廻って。


 そうすれば、ほうら、完成だ。

「……そうだねェ。ついてきて貰おうか」

 ぼうっとした目のまま、誰も私の踊りを止めなかった。何か起こるって分かりそうなものなのに。やっぱり、天竜人を殺した方が悪いのかもしれない。世界を滅ぼそうとするよりも、ね。

「い、や……!せんせい、いかないで!」
 
 呆れた子。貴方はもう家族と一緒にいるのに。
 赤髪の男はウタを抱えて歩き出す。海軍に連れられた私とは反対方向に。

 私は久しぶりに心からの笑みを浮かべていた。




♢ ♢ ♢

リズ
 ほぼ名前の出てこなかったエレジア出身の踊り子。最後は復讐を成し遂げた。
 本来『エレジアの伝統舞踊』はここまで人の心を操ることはできない。相手が油断していたこと、リズが命を削っていたことなどが重なり、ぎりぎりで成功した。あるいはこれは奇跡だったのかもしれない。
 弱くて諦めが早くて臆病。結局最後まで自分勝手だった。最後までエレジアを滅ぼしたのは赤髪のシャンクスだと思ってるし、ウタに大切に思われていたことも知らない。

 海軍に連れて行かれた後は普通に処刑された。そのため踊りの効果も切れ、ウタは賞金首になる。いてもいなくてもあまり変わらない。チャルロス聖が殺され、ゴードンとウタの罪悪感がちょっと増す程度かな?

チャルロス聖
 天竜人なりにリズに恋をしていた。しかし根っからの天竜人なので扱いが少しマシになったか?程度。出番が多かった。

 作者は実質こいつの夢小説を書いたのでは?


ウタ
 世界の歌姫。リズを家族のように思っていたのに裏切られた。映画と違ってシャンクスと会えて満足したままではないので執念で生き残る、かもしれない。リズのことなんて忘れて赤髪海賊団で楽しく生きておくれよ。
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