「おはよう御座います。お父様。」


ドレスの裾を持ち上げ、お礼をする。
ここのマナーは全部、記憶の戻る前のウチが教えられたものだ。

そりゃあそうか。
今のウチは１６歳だもの。

「おはよう、ナマエ。」

そう、ここでのウチの名もナマエだ。
勿論、苗字は違うけれど。

執事が引いた椅子に腰かけ、出された料理へとフォークを伸ばす。
どれもお高そうなものだ。偏食のウチに食べられるのだろうか。

しかし、出された料理は栄養バランスのとれたメニューばかりではなく美味しいとまできた。

もきゅもきゅと料理を頬張りたい気持ちをぐっと堪え、あくまでも淑女として料理を楽しんだ。


「おほん…、実は偶然オペラのチケットを手に入れたんだ。」

まるで好きな女子をデートに誘うかのような口ぶりだ。
今世のウチの父は随分可愛らしい人のようだ。

「良ければ…お前にあげよう。」

「ありがとうございます。お父様。
でも、私が頂いてもよろしいのでしょうか？」

父の態度に緩んだ口角のまま、そう答えると、父の顔がぱぁっと華やいだ。無表情だが。

「よ、良い…。お前が喜ぶかと思って買っただけだ。」

本当に親ばかだなぁ…。
「ありがとうございます。」そう答えながらウチは記憶を辿った。前世の記憶を持つ前の。

どうやら今世のウチはものすごい親嫌いの娘だった。

母親が亡くなってからはとくに酷かった。


父を無視したり、人の前で罵ったりとやりたい放題だった。「これぞまさに悪女」と言える。

だからこそ、ウチは申し訳なく思っている。

父はそんな親不孝な娘を咎めもせずに笑って許してしまう優しい人だった。親ばかは親ばかだけれども、優しすぎたのだ。そんな父に余計に腹が立って、ウチは非行を繰り返した。

「今度はちゃんと大切にしないと…。」

自室へと戻る中、ウチはそう心に決めた。




＊＊＊＊＊



「ユーリさ…ユーリ、私のドレスってどれくらいあったかしら？」

部屋に戻り、ユーリにそう尋ねる
敬語になりかけたのは忘れてほしい。まだこの貴族社会に慣れていないものだから…。

ウチの言葉にユーリは目を丸くした。
今までお洒落に興味のなかったウチがいきなりドレスの話をするなんて思ってもいなかったのだろう。

「…たしか２、３着くらいかと…。」

いや少な！！！

いくら本の虫だからって…。
ふぅっとため息を一つ吐くと、ユーリはキラキラした瞳でウチを見上げた。

「お嬢様、ドレスを買いに行かれるのですか？！」

一緒に買いに行きたいのかな？期待の籠った瞳で見上げられれば断らないなんて選択肢はなくなるのに。
ユーリの無邪気さに自然と笑みを溢した。

「そうね、オペラ座にこんなドレスでは行けないわ。」

ご令嬢のような言葉遣いでそう言うと、ユーリはあからさまに喜んだ。

「わ、私馬車のご用意をしてきます！！！」

急いで部屋から出ていくユーリ。
うん。可愛らしいな。



よし、可愛いメイドの為に、出かける準備でもしよう。