🎼本編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『気付いてます、知ってますよ……あたし。』
俺の呟きにこたえるように、柚子は言った。
『ツナさんが優しいこと、ちゃんと分かってます。あの木の下に供えた花は…あたしのお父さんへの手向けですよね…?あたしを遠ざけて突き放すのも、あたしのこと考えて……』
違う、違うんだ、柚子。
俺は…臆病なだけだ。
これ以上柚子を巻き込みたくないってのは、傷つく柚子を見たくないっていう臆病者のエゴなんだよ。
『…そんなツナさんだから…あたし……好きになったんです。』
俺だって、同じだ。
巻き込まれても大丈夫だと笑う、その強さと眩しさ…
そんな柚子だから、俺は惚れたんだ。
『傍にいたいって…思ったんです…』
同じだよ、柚子。
一番近くでその輝きを守りたいって、心から思ったんだ。
『なのに…なのにっ……惚れさせといて、どっか行っちゃうなんて……ズルいにも程がありますよっ…!』
強気の主張とは裏腹に、柚子の声は上ずっていた。
表情は見えなかったけど、何となく想像ができた。
何だよ、怒るか泣くかどっちかにしろっての。
強いクセに弱々しくて…
だから、俺は……
---「忘れろとは言わねぇ、乗り越えろっつってんだ。」
刹那、リボーンの言葉が脳裏をよぎった。
……ああ、そうか。
そうだったんだ。
俺は、あの時から何も変わってなかった。
理由をつけて、大切な存在を遠ざけて、見ないフリして。
それなのに、そんな俺でも、柚子は許してくれるのか。
傍にいて、支えてくれるってゆーのかよ…。
問いかけなくても、分かった。
柚子の覚悟は、痛いほどに伝わって来る。
そっか……覚悟が足りてなかったのは、俺の方だったんだ。
「……ごめん、俺…」
中途半端に傍に置いて、
振り回して、傷つけて、ごめん。
せめてもの償いで遠ざかろうと思った。
それでもお前は引きとめた。
だったら……覚悟し直すしかねーだろ。
「俺……耐えらんねぇよ。」
髪を一撫ですると、柚子はそうっと顔を挙げて、俺の次の言葉を待った。
こんな不安そうな顔をさせたのが自分だと思うと、情けなくなった。
朽葉さん、俺……もう迷いません。
俺が、もう一度柚子を笑顔に出来るなら。
柚子が、俺を選んでくれるなら。
「可愛い柚子に、そんなに甘えられたらさ。」
『……へ?』
「てゆーか柚子、そこまで俺に惚れて…」
『ななな何を言い出すんですか急にっ…!!』
「だって、やめたくないんだろ?家政婦も、婚約者も。」
笑ってみせると、柚子はぽかんとした。
-------
-------
何がどうなっているのやら。
さっきまですっかりしょぼくれていたツナさんが……横暴ボスに戻ってる!??
「誰が横暴?」
『ひえっ、ごめんなさい!』
あれっ…あれ!??
『ツナさん…?』
「何だよ。」
『なんか……元気になってません…?』
あたしの問いかけにツナさんはニヤッと笑って、あたしを強く抱きしめ直した。
「誰のおかげだと思ってんだよ、バカ柚子。」
『えっ…』
「ホント、お前の強さには恐れ入ったよ。普通、マフィアとの生活受け入れるか?」
『だ、だって…』
もう、怖くないから。
ツナさんがいてくれるって、そう信じられるから。
あたしはこの出会いを大切にしたいって、心から思ったの。
『ツナさんが、ぶっ壊してくれるんでしょう?前に言ってました。』
きゅっと抱きしめ返すと、上からツナさんが「ふっ」と笑う声。
「ありがとな……俺といる道を選んでくれて。」
優しく囁かれた言葉は、胸の奥にしみ込んでくる。
好き。好きなんです。
ツナさんのことが、誰よりも。
『どういたしまして』と返すと、ツナさんは腕をほどきバイオリンケースを手に持つ。
「帰るか、7号館に。」
『はいっ!』
隣に並んで歩く。
たったそれだけのことなのに、とってもとっても、幸せだった。
まるで、すごく久しぶりであるかのような感覚。
「あ、9代目と父さんに連絡しなくちゃな…」
『イタリア行きのことですか?ってゆーか、どうするんですか!?まさか本当に午後の便で…』
「うーん……柚子、寂しい?」
『へっ?』
「俺がこの後すぐに発ったら、寂しい?」
じっとあたしを見つめて尋ねるツナさん。
そんなの、そんなの…
聞かなくても分かるクセに…!!
わざと答えさせるつもり…!?
『さ、寂しいに決まってるじゃないですかっ!!ツナさんのバカ!意地悪!!』
「じゃあ、明日の便にするよ。」
『えっ?あ…明日!?そ、そんな……どの道すぐじゃないですか…』
「ごめん……けど、なるべく早く行って、たくさん学んどかないといけねーんだ。柚子を、みんなを守るために。」
『守るためって……学ぶって、何をですか…?』
真っ直ぐ前を見るツナさんの横顔を、そっと見上げる。
意思は固まってるようだった。
「日本にいちゃ、イタリアのことは分からないままだ。ボンゴレの組織のこと、歴史のこと、同盟のこと……俺は、引き継いでいかなきゃならない。」
そもそも、前から父さんに急かされてたんだ、とツナさんは苦笑する。
「だからタイミング的にも、引き際だと思ったんだ。今が、柚子を遠ざける最後のチャンスだって。けどお前、泣きついてくるんだもんなー。」
『そっ、それは……だって……!』
「それだけ俺に惚れてるってこと、だろ?」
『うっ…』
突然ぐいっと引き寄せられて、囁かれる。
ビックリし過ぎて、顔の熱が急激に上がった。
『そ、そんな聞き方…ズルいです…!』
「俺のこと泣いて引きとめた柚子の方が、よっぽどずるいから。」
さらりとそう返して、ツナさんはまた歩き出す。
あたしは慌てて小走りで追った。
ツナさんの背中を、前よりも大きく感じる。
ああこれが…大人数のトップに立つ人の風格なんだ……
悔しいけれど、少し遠いようにも思える。
まだまだ、一般人のあたしには遠く及ばない存在なのかも知れない。
『……ツナさん、』
「ん?」
『中辛カレーでいいですか?』
行かないでください、とか、
もう少し延ばせませんか、とか、
そんな陳腐な会話はしたくなかった。
だから代わりに、今夜のメニューを聞く。
ツナさんを見送る前の、最後のメニューを。
「ああ…もちろん。」
柔らかく微笑んだツナさんは、あたしに手を差しのべた。
そうっと握って、隣を歩く。
いつまでも7号館に着かなければいいのに……
この時は、心の底からそんな願望が溢れた。
------
------
その後は、色々と大変だった。
まず、7号館に戻りながら父さんに出立の1日延期を連絡し(「それでも俺の息子か!」とか「正統後継者か!」とか言われたけど)、
9代目にも謝罪の電話を入れた(こちらは笑って許してくれた)。
で、7号館に帰ってからは更に面倒な……つまり、リボーンやみんなに色々と説明し直して謝った。
(ここでもリボーンに「このダメツナが」とか「フラフラ考え変えてんじゃねぇ」とか言われた)
散々色んな人に迷惑かけたから、文句言われるのは当然だ。
けど、みんな何故か大して驚いてないような空気で、山本にそれとなく尋ねてみたら、「柚子の記憶が戻ったから、こうなるんじゃねーかって思ったぜ」と返された。
俺も、そんな気がしてた。
もし柚子が記憶を取り戻してしまったら、きっと引き留められるって。
だから早めに離れちまおうと思ったんだけど……
やっぱ、柚子の強運には敵わなかったってことかな。
あとはまぁ、とりあえず柚子に飛びつこうとした骸を撥ね退けたり、
「良かったっス!」と泣きそうになる獄寺君を宥めたり、
かかりきりで柚子を診てくれてたシャマルに礼を言ったり、
飛行機のチケット取り直したり……
一日はこんなにもあっという間なんだって、実感した。
柚子の方はというと、夕飯の食材を買いにいつものスーパーに行った。
念のためリボーンが一緒に行ったらしい。
「(そっか……俺が柚子の手料理食えるのも、今晩で最後、か……)」
それだけじゃない。
髪を撫でるのも、抱きしめるのも、
柚子が真っ赤になるまでからかうのも、
綺麗なフルートの音色も、あの笑顔も、
全部、しばらくお預けなんだ。
電話やメールが出来ないワケじゃねーけど…多分、そう頻繁には出来ないだろうな……
俺、向こうでやってけるのか…?
柚子いねーのに。
「(…いや、違うか。)」
永遠の別れじゃないんだ。
だから最後じゃない。
俺は俺の道を行って、柚子は柚子の道を行く。
5年前の夏に一度会ってから、大学で再会するまで長かった。
けど今度は違う。
俺の努力次第では早く戻って来れるし、それに……今度は、また会うことを約束できるんだ。
大荷物の傍に置いていたバイオリンを、そっと撫でた。
---
------
-------------
夕飯はリクエスト通り中辛カレー。
隠し味のすりおろしリンゴがいつもより多めみたいで、少しまろやかだった。
色々なことがあったから、柚子の手料理を食べたのが久しぶりのような気がした。
「柚子も花嫁修業しねーとな。」
「リボーン、何言い出すんだよ。」
『えっ、な、何か特別な修業が必要なんですか!?』
「柚子も乗るなって…」
「多少は武器にも慣れねーとな。」
『ええっ!!?そんなぁ……ほ、包丁ならなんとかなりそうですけど…』
「からかうなって、リボーン。柚子、そんなん必要ねーから。」
大体、包丁ならなんとかなる、ってどーゆー意味だよ。
包丁で戦う気か。
スプーンを握ってシミュレーションしようとする柚子を見て呆れる。
「念には念を、だぞ。ダメツナはまだまだ弱ぇからな。」
「うるさい。だからイタリア行くんだろ。」
「やっぱり小僧も一緒に行くのか?」
「まーな。さっき家光と連絡して決めたんだが、お前たち守護者には交代で2国を行き来してもらうことになったぞ。」
「交代ですか、退屈はしなさそうですね。」
「…面倒だな。」
「雲雀てめぇ!リボーンさんとお父様の決定だぞ!!」
「まーまー、獄寺。」
「つまりイタリアでは沢田をサポートし、日本では柚子の警護に徹する、というワケだな。」
「ああ。」
『ご、ご迷惑をかけます…』
申し訳なさそうに頭を下げる柚子。
山本が「気にすんなって」とフォローする。
リボーンの話では、明日俺とリボーンと共に日本を発つのは、獄寺君と了平さんだそうだ。
言われた途端に獄寺君は目を輝かせて「喜んでお伴させて頂きます!!」と姿勢をただした。
夕飯の後、なるべくいつも通り過ごすことにした。
明日は特別な日でも何でもない。
ただ、俺がイタリアに長期滞在するだけ。
帰って来れるんだから、また柚子に会えるんだから、別れを惜しむ必要だってないはずだ。
自分にそう言い聞かせながら、荷物を確認し、風呂も済ませ、あともう寝るだけとなった。
もうじき、日付が変わる。
明日の朝は早いのに、眠れない。
カフェオレでも飲もうかと、キッチンへ向かった。
と、そこには先客が。
「柚子、」
『あ、ツナさん……どうかなさったんですか?明日早いんじゃ…』
「お前こそ…髪、まだ渇いてねーじゃん。」
『ええ、さっきあがったので…何だか長風呂しちゃって。』
そう言って柚子はコップに入った水を飲む。
冷たいお水が一番ですね、と微笑んだ。
『…何だか、まだ、ちゃんと実感なくて……ツナさんが明日いなくなっちゃうなんて…』
「ああ…」
『でも、応援します!あたしも負けないように、ちゃんとフルート練習して、一流を目指します!』
飲み終わったコップをサッと荒い、食器棚に戻す。
柚子は改めて俺の真正面に立ち、強い眼差しを向けた。
『一秒でも早く帰って来てくれるって、信じてます。なので、あたしもいっぱい勉強しておきますね。』
「…お前って、ホントに……」
『つ、ツナさん…!??』
抱き寄せると、柚子は戸惑い慌てふためく。
この感触もしばらくお預けかと思うと、やっぱり少し惜しくなった。
「柚子、俺の抱き枕になれよ。」
『えっ?』
「眠れなくてさ。」
率直に言ってみると、柚子は目を丸くして。
ツナさんが眠れないなんて珍しいですね、と笑った。
『でもあたし、髪の毛まだ湿ってるので乾かしてから…』
「そんなのいーから。」
『え、わわっ…!』
逃げられないうちに、抱え上げて寝室に戻る。
布団をめくって柚子を降ろし、俺も隣に寝そべった。
間髪いれずに抱きしめると、『布団かけないと風邪ひいちゃいますよ!』と言われる。
「分かったよ」と布団をかけ、また両腕で柚子を抱きしめる。
柔らかい髪は半乾きで、トリートメントの香りが少し強い。
『なんかちょっと、懐かしいですね。』
「ん?」
『あたしが初めて7号館に来た日も、こうして抱き枕にされました。』
「あー…そうだったな。無防備すぎだろ、いくら何でも。」
『拒否権くれなかったのはツナさんじゃないですかっ。』
「当たり前だろ?お前は、俺のなんだから。」
言いながら、柚子の髪を撫でる。
まだ少し、水気が残ってる。
と、柚子がクスッと微笑を零したのが聞こえた。
「何だよ、どーかしたか?」
『いえ、ただ……ツナさん、可愛いなぁって思って。』
「可愛いって…お前なぁ……」
クスクスと笑う柚子の頬に手を添え、目を合わせる。
窓から差し込む月明かりが、紅潮するその表情を照らした。
『な、何ですか…』
「可愛いのは、柚子の方。もっと…自覚しとけ。」
『じ…自覚って……つ、ツナさんこそ、プレイボーイ発言は自粛してくださいっ。』
「だから俺は柚子にしか言わないって。」
『そ、そーゆーのがっ、し…心臓に悪いと言いますかズルいと言いますか……』
目を逸らしてごにょごにょと零す柚子。
このバカ柚子……心臓に悪いのはどっちだ。
明日早いのに、このままじゃ眠れない。
「…あのさ、あんまり可愛いこと言うな。いくら俺でも、我慢できなくなるから。」
無防備な柚子の額に自分の額を合わせ、警告した。
こうして触れるのも、しばらくお預けなんだ。
本当は、今晩が終わって欲しくない。
ずっとこのまま、柚子を抱きしめていたい。
そんな欲求を押し込めて、俺は夜明けを待たなきゃいけない。
『……だったら…、』
目を逸らしていた柚子が、ゆっくりと、俺と視線を絡ませた。
躊躇いながら、小さく小さく、続ける。
『我慢…しなくて、いいです……』
その声は、少し震えていたように思う。
予想の範疇を飛び越えた返答に、俺は数秒固まった。
「柚子さ……それ、意味分かってんのか…?」
『わ、分からなかったら…言いませんし……』
真っ赤になって俯こうとする柚子の顎を上げさせて、唇を重ねた。
柔らかいその唇は、いつもより少し熱っぽい。
啄むように何度か重ね直し、そっと離れる。
「……我慢、しなくていいんだよな?」
『に、二回も言わせないでくださいっ……ツナさんのバカ…』
「誰が、何だって?」
『えっ、あっ、すみませ…!』
「許してやんない。」
言葉を遮って、もう一度キスをする。
唇から、頬、瞼、そして……ゆっくりと、その首筋に顔を埋めた。
---
------
--------------
『ん……』
窓から差し込む朝日と、流れる風に目を覚ます。
心なしか少しだるくて、起き上がりたくない気分。
あれ?あたし、早起きしようとしてたような……何でだろ。
今日って、何か大切な……
『…ツナさん!??』
今日が出発の日だと思いだして、勢いよく起き上がった。
瞬間、すごい痛みが走る。
『いっ……』
何でこんな鈍い痛み………あ。
フラッシュバックしてきた、昨晩の出来事。
途端に恥ずかしさが込み上げて、自分の頬を両手で覆う。
でも、何だか、夢みたい……もしかして、夢?
だって隣にツナさんいないし、
あたしちゃんと服着てるし、
体はだるいけど、疲れてるだけかも…
そう思いながら部屋の中を見回したあたしは、その部屋の物がほとんど無くなっていることに気付いた。
まるで、空いてる貸別荘のように、必要最低限の物しかなくて、そこがツナさんの部屋だってことが分からないほど、私物は残されていなかった。
そんな……そんな……
まさか、何も言わないで行っちゃうなんて……
泣きそうになるあたしの頬を、窓から入る風が撫でる。
と、その風は部屋の中でバササッと机の上の紙を揺らした。
ツナさん、書類忘れてっちゃったんだろうか。
そんなことあり得ないだろうな、と思いつつ、ゆっくり立ち上がって机まで歩み寄る。
そして気付いた。
『これ、手紙…?』
ツナさんの字体だった。
万年筆で留められてる、2枚綴りの手紙。
―柚子へ
―まずは、挨拶なしで出発しちまってごめん。
―朝一番の飛行機に乗るから、柚子がこの手紙を読んでる頃、俺はもう日本にいないと思う。
―お前のことだからきっと、空港まで見送りたかった、とか文句言うんだろう……けど、情けない話、見送られたら俺、行きたくなくなっちまうと思った。
―だから、見送られたくなかったワケじゃないってこと、分かって欲しい。
『…ツナさんの、バカ……分かりづら過ぎますっ…』
―これまで、柚子にはたくさん迷惑をかけたと思う。
―それでも俺、嬉しかったんだ。
―柚子が、俺の傍で笑ってくれて、俺と一緒にいたいって言ってくれて、俺のことを信じてくれて。
―あの病院で初めて見た時から、俺はお前に惚れてた。
―真っ直ぐで強いその姿に、惹かれた。
―だから…この7号館で一緒に過ごせて、手料理も食えて、演奏もできて、幸せだった。
『そんなのっ……』
そんなの、あたしだって、同じです。
あたしをココに連れてきてくれたツナさん、
あたしに父の死を乗り越える勇気をくれたツナさん、
あたしのことを、愛してるって言ってくれたツナさん……
たくさんたくさん、幸せをもらったんです。
―そういうことだから、俺は柚子を幸せにできるように、今度はしっかり守れるように、頑張って来るよ。
―約束通り今のマフィアをぶっ壊せるように、9代目ファミリーや父さんから学んでくる。
―柚子が怖がらないような組織に作り直してみるのも悪くないな。
―とりあえず、見違えるくらい立派になって帰ってきてやるから、覚悟しとけよ。
これ以上立派になっちゃうなんて…
あたしもますます頑張らなきゃいけないじゃないですか。
リボーンさんが言うように、修業が必要かなぁ…。
―それと、最後にもう一つ。
―愛してる。
―俺は、柚子のことを、心から愛してる。
―今までも……そして、この先も、ずっと。
―それだけは、忘れんなよ。
溢れる涙を、止めることが出来なかった。
ツナさんは、どこまでもズルい。
手紙で言い逃げするなんて、本当にズルいです。
泣いちゃダメ、泣いちゃダメよ、柚子。
ツナさんが頑張るんだから、あたしも頑張って進まなくちゃ。
でも……でも、今だけ……
しばらくの間、あたしは、手紙を握りしめてぼろぼろと泣き続けた。
今この瞬間に感じている寂しさも、これから感じるであろう寂しさも、
全部全部、今のうちに流してしまえるように。
---
------
「柚子、いる?」
不意に部屋のドアが一回だけノックされ、向こうから雲雀さんの声がした。
ビックリして飛び上がるように返事をする。
『あ、えと、はい!います!』
「僕、今日用事あるから、お昼いらない。」
ハッとして、時計を見た。
10時55分……ヤバい、皆さん朝ご飯どうしたんだろう…!?
寝坊して泣いてたせいで家政婦業すっかり忘れてたー!!!
『えっ!?あの、ま、待って下さいっ!!』
「…何?」
『今すぐお出かけですか!?』
「あと少しで出るけど。」
『でしたらあの、あたし今すぐ着替えて軽食用意します!!少々お待ちを…!!』
ツナさんの部屋とあたしの部屋が繋がってて良かった。
だるい体を気力で動かして、いつものジャージに着替える。
と、その時、
『……あ。』
鏡に映ったあたしの胸元には、濃く残された赤い痕。
意識した途端、顔の熱が上がってくのを感じた。
『(……って、思い出してる場合じゃない!)』
急がなきゃ、とジャージのボタンを一番上までしめて隠す。
上からエプロンをして、部屋の外へ飛び出した。
『お待たせしました、サンドウィッチでいいですか?』
「…別にいいのに。」
『そんなこと言って、雲雀さんがお腹すかせて外食して経費で落とすことになったら、あたしが獄寺さんに怒られるんですよ!』
「ふぅん、じゃあ外食しようかな。」
『ダメですってばー!』
昨日は、色々あった。
けれど全部、夢じゃなかった。
ツナさんは“らしくない”置き手紙を残して、旅立った。
自分の未来を、きちんと形作るために。
だからあたしも……
「やけに張り切ってるね。」
『家政婦ですからっ♪』
あたしに出来ることをちゃんとこなして、
あたしの道をしっかり進んで、
胸を張って隣に立てる存在になろう。
大切な人と、再会を果たすその日まで。
イノセント
ただ純粋に心から、横暴ボスを愛してる
next epilogue...
俺の呟きにこたえるように、柚子は言った。
『ツナさんが優しいこと、ちゃんと分かってます。あの木の下に供えた花は…あたしのお父さんへの手向けですよね…?あたしを遠ざけて突き放すのも、あたしのこと考えて……』
違う、違うんだ、柚子。
俺は…臆病なだけだ。
これ以上柚子を巻き込みたくないってのは、傷つく柚子を見たくないっていう臆病者のエゴなんだよ。
『…そんなツナさんだから…あたし……好きになったんです。』
俺だって、同じだ。
巻き込まれても大丈夫だと笑う、その強さと眩しさ…
そんな柚子だから、俺は惚れたんだ。
『傍にいたいって…思ったんです…』
同じだよ、柚子。
一番近くでその輝きを守りたいって、心から思ったんだ。
『なのに…なのにっ……惚れさせといて、どっか行っちゃうなんて……ズルいにも程がありますよっ…!』
強気の主張とは裏腹に、柚子の声は上ずっていた。
表情は見えなかったけど、何となく想像ができた。
何だよ、怒るか泣くかどっちかにしろっての。
強いクセに弱々しくて…
だから、俺は……
---「忘れろとは言わねぇ、乗り越えろっつってんだ。」
刹那、リボーンの言葉が脳裏をよぎった。
……ああ、そうか。
そうだったんだ。
俺は、あの時から何も変わってなかった。
理由をつけて、大切な存在を遠ざけて、見ないフリして。
それなのに、そんな俺でも、柚子は許してくれるのか。
傍にいて、支えてくれるってゆーのかよ…。
問いかけなくても、分かった。
柚子の覚悟は、痛いほどに伝わって来る。
そっか……覚悟が足りてなかったのは、俺の方だったんだ。
「……ごめん、俺…」
中途半端に傍に置いて、
振り回して、傷つけて、ごめん。
せめてもの償いで遠ざかろうと思った。
それでもお前は引きとめた。
だったら……覚悟し直すしかねーだろ。
「俺……耐えらんねぇよ。」
髪を一撫ですると、柚子はそうっと顔を挙げて、俺の次の言葉を待った。
こんな不安そうな顔をさせたのが自分だと思うと、情けなくなった。
朽葉さん、俺……もう迷いません。
俺が、もう一度柚子を笑顔に出来るなら。
柚子が、俺を選んでくれるなら。
「可愛い柚子に、そんなに甘えられたらさ。」
『……へ?』
「てゆーか柚子、そこまで俺に惚れて…」
『ななな何を言い出すんですか急にっ…!!』
「だって、やめたくないんだろ?家政婦も、婚約者も。」
笑ってみせると、柚子はぽかんとした。
-------
-------
何がどうなっているのやら。
さっきまですっかりしょぼくれていたツナさんが……横暴ボスに戻ってる!??
「誰が横暴?」
『ひえっ、ごめんなさい!』
あれっ…あれ!??
『ツナさん…?』
「何だよ。」
『なんか……元気になってません…?』
あたしの問いかけにツナさんはニヤッと笑って、あたしを強く抱きしめ直した。
「誰のおかげだと思ってんだよ、バカ柚子。」
『えっ…』
「ホント、お前の強さには恐れ入ったよ。普通、マフィアとの生活受け入れるか?」
『だ、だって…』
もう、怖くないから。
ツナさんがいてくれるって、そう信じられるから。
あたしはこの出会いを大切にしたいって、心から思ったの。
『ツナさんが、ぶっ壊してくれるんでしょう?前に言ってました。』
きゅっと抱きしめ返すと、上からツナさんが「ふっ」と笑う声。
「ありがとな……俺といる道を選んでくれて。」
優しく囁かれた言葉は、胸の奥にしみ込んでくる。
好き。好きなんです。
ツナさんのことが、誰よりも。
『どういたしまして』と返すと、ツナさんは腕をほどきバイオリンケースを手に持つ。
「帰るか、7号館に。」
『はいっ!』
隣に並んで歩く。
たったそれだけのことなのに、とってもとっても、幸せだった。
まるで、すごく久しぶりであるかのような感覚。
「あ、9代目と父さんに連絡しなくちゃな…」
『イタリア行きのことですか?ってゆーか、どうするんですか!?まさか本当に午後の便で…』
「うーん……柚子、寂しい?」
『へっ?』
「俺がこの後すぐに発ったら、寂しい?」
じっとあたしを見つめて尋ねるツナさん。
そんなの、そんなの…
聞かなくても分かるクセに…!!
わざと答えさせるつもり…!?
『さ、寂しいに決まってるじゃないですかっ!!ツナさんのバカ!意地悪!!』
「じゃあ、明日の便にするよ。」
『えっ?あ…明日!?そ、そんな……どの道すぐじゃないですか…』
「ごめん……けど、なるべく早く行って、たくさん学んどかないといけねーんだ。柚子を、みんなを守るために。」
『守るためって……学ぶって、何をですか…?』
真っ直ぐ前を見るツナさんの横顔を、そっと見上げる。
意思は固まってるようだった。
「日本にいちゃ、イタリアのことは分からないままだ。ボンゴレの組織のこと、歴史のこと、同盟のこと……俺は、引き継いでいかなきゃならない。」
そもそも、前から父さんに急かされてたんだ、とツナさんは苦笑する。
「だからタイミング的にも、引き際だと思ったんだ。今が、柚子を遠ざける最後のチャンスだって。けどお前、泣きついてくるんだもんなー。」
『そっ、それは……だって……!』
「それだけ俺に惚れてるってこと、だろ?」
『うっ…』
突然ぐいっと引き寄せられて、囁かれる。
ビックリし過ぎて、顔の熱が急激に上がった。
『そ、そんな聞き方…ズルいです…!』
「俺のこと泣いて引きとめた柚子の方が、よっぽどずるいから。」
さらりとそう返して、ツナさんはまた歩き出す。
あたしは慌てて小走りで追った。
ツナさんの背中を、前よりも大きく感じる。
ああこれが…大人数のトップに立つ人の風格なんだ……
悔しいけれど、少し遠いようにも思える。
まだまだ、一般人のあたしには遠く及ばない存在なのかも知れない。
『……ツナさん、』
「ん?」
『中辛カレーでいいですか?』
行かないでください、とか、
もう少し延ばせませんか、とか、
そんな陳腐な会話はしたくなかった。
だから代わりに、今夜のメニューを聞く。
ツナさんを見送る前の、最後のメニューを。
「ああ…もちろん。」
柔らかく微笑んだツナさんは、あたしに手を差しのべた。
そうっと握って、隣を歩く。
いつまでも7号館に着かなければいいのに……
この時は、心の底からそんな願望が溢れた。
------
------
その後は、色々と大変だった。
まず、7号館に戻りながら父さんに出立の1日延期を連絡し(「それでも俺の息子か!」とか「正統後継者か!」とか言われたけど)、
9代目にも謝罪の電話を入れた(こちらは笑って許してくれた)。
で、7号館に帰ってからは更に面倒な……つまり、リボーンやみんなに色々と説明し直して謝った。
(ここでもリボーンに「このダメツナが」とか「フラフラ考え変えてんじゃねぇ」とか言われた)
散々色んな人に迷惑かけたから、文句言われるのは当然だ。
けど、みんな何故か大して驚いてないような空気で、山本にそれとなく尋ねてみたら、「柚子の記憶が戻ったから、こうなるんじゃねーかって思ったぜ」と返された。
俺も、そんな気がしてた。
もし柚子が記憶を取り戻してしまったら、きっと引き留められるって。
だから早めに離れちまおうと思ったんだけど……
やっぱ、柚子の強運には敵わなかったってことかな。
あとはまぁ、とりあえず柚子に飛びつこうとした骸を撥ね退けたり、
「良かったっス!」と泣きそうになる獄寺君を宥めたり、
かかりきりで柚子を診てくれてたシャマルに礼を言ったり、
飛行機のチケット取り直したり……
一日はこんなにもあっという間なんだって、実感した。
柚子の方はというと、夕飯の食材を買いにいつものスーパーに行った。
念のためリボーンが一緒に行ったらしい。
「(そっか……俺が柚子の手料理食えるのも、今晩で最後、か……)」
それだけじゃない。
髪を撫でるのも、抱きしめるのも、
柚子が真っ赤になるまでからかうのも、
綺麗なフルートの音色も、あの笑顔も、
全部、しばらくお預けなんだ。
電話やメールが出来ないワケじゃねーけど…多分、そう頻繁には出来ないだろうな……
俺、向こうでやってけるのか…?
柚子いねーのに。
「(…いや、違うか。)」
永遠の別れじゃないんだ。
だから最後じゃない。
俺は俺の道を行って、柚子は柚子の道を行く。
5年前の夏に一度会ってから、大学で再会するまで長かった。
けど今度は違う。
俺の努力次第では早く戻って来れるし、それに……今度は、また会うことを約束できるんだ。
大荷物の傍に置いていたバイオリンを、そっと撫でた。
---
------
-------------
夕飯はリクエスト通り中辛カレー。
隠し味のすりおろしリンゴがいつもより多めみたいで、少しまろやかだった。
色々なことがあったから、柚子の手料理を食べたのが久しぶりのような気がした。
「柚子も花嫁修業しねーとな。」
「リボーン、何言い出すんだよ。」
『えっ、な、何か特別な修業が必要なんですか!?』
「柚子も乗るなって…」
「多少は武器にも慣れねーとな。」
『ええっ!!?そんなぁ……ほ、包丁ならなんとかなりそうですけど…』
「からかうなって、リボーン。柚子、そんなん必要ねーから。」
大体、包丁ならなんとかなる、ってどーゆー意味だよ。
包丁で戦う気か。
スプーンを握ってシミュレーションしようとする柚子を見て呆れる。
「念には念を、だぞ。ダメツナはまだまだ弱ぇからな。」
「うるさい。だからイタリア行くんだろ。」
「やっぱり小僧も一緒に行くのか?」
「まーな。さっき家光と連絡して決めたんだが、お前たち守護者には交代で2国を行き来してもらうことになったぞ。」
「交代ですか、退屈はしなさそうですね。」
「…面倒だな。」
「雲雀てめぇ!リボーンさんとお父様の決定だぞ!!」
「まーまー、獄寺。」
「つまりイタリアでは沢田をサポートし、日本では柚子の警護に徹する、というワケだな。」
「ああ。」
『ご、ご迷惑をかけます…』
申し訳なさそうに頭を下げる柚子。
山本が「気にすんなって」とフォローする。
リボーンの話では、明日俺とリボーンと共に日本を発つのは、獄寺君と了平さんだそうだ。
言われた途端に獄寺君は目を輝かせて「喜んでお伴させて頂きます!!」と姿勢をただした。
夕飯の後、なるべくいつも通り過ごすことにした。
明日は特別な日でも何でもない。
ただ、俺がイタリアに長期滞在するだけ。
帰って来れるんだから、また柚子に会えるんだから、別れを惜しむ必要だってないはずだ。
自分にそう言い聞かせながら、荷物を確認し、風呂も済ませ、あともう寝るだけとなった。
もうじき、日付が変わる。
明日の朝は早いのに、眠れない。
カフェオレでも飲もうかと、キッチンへ向かった。
と、そこには先客が。
「柚子、」
『あ、ツナさん……どうかなさったんですか?明日早いんじゃ…』
「お前こそ…髪、まだ渇いてねーじゃん。」
『ええ、さっきあがったので…何だか長風呂しちゃって。』
そう言って柚子はコップに入った水を飲む。
冷たいお水が一番ですね、と微笑んだ。
『…何だか、まだ、ちゃんと実感なくて……ツナさんが明日いなくなっちゃうなんて…』
「ああ…」
『でも、応援します!あたしも負けないように、ちゃんとフルート練習して、一流を目指します!』
飲み終わったコップをサッと荒い、食器棚に戻す。
柚子は改めて俺の真正面に立ち、強い眼差しを向けた。
『一秒でも早く帰って来てくれるって、信じてます。なので、あたしもいっぱい勉強しておきますね。』
「…お前って、ホントに……」
『つ、ツナさん…!??』
抱き寄せると、柚子は戸惑い慌てふためく。
この感触もしばらくお預けかと思うと、やっぱり少し惜しくなった。
「柚子、俺の抱き枕になれよ。」
『えっ?』
「眠れなくてさ。」
率直に言ってみると、柚子は目を丸くして。
ツナさんが眠れないなんて珍しいですね、と笑った。
『でもあたし、髪の毛まだ湿ってるので乾かしてから…』
「そんなのいーから。」
『え、わわっ…!』
逃げられないうちに、抱え上げて寝室に戻る。
布団をめくって柚子を降ろし、俺も隣に寝そべった。
間髪いれずに抱きしめると、『布団かけないと風邪ひいちゃいますよ!』と言われる。
「分かったよ」と布団をかけ、また両腕で柚子を抱きしめる。
柔らかい髪は半乾きで、トリートメントの香りが少し強い。
『なんかちょっと、懐かしいですね。』
「ん?」
『あたしが初めて7号館に来た日も、こうして抱き枕にされました。』
「あー…そうだったな。無防備すぎだろ、いくら何でも。」
『拒否権くれなかったのはツナさんじゃないですかっ。』
「当たり前だろ?お前は、俺のなんだから。」
言いながら、柚子の髪を撫でる。
まだ少し、水気が残ってる。
と、柚子がクスッと微笑を零したのが聞こえた。
「何だよ、どーかしたか?」
『いえ、ただ……ツナさん、可愛いなぁって思って。』
「可愛いって…お前なぁ……」
クスクスと笑う柚子の頬に手を添え、目を合わせる。
窓から差し込む月明かりが、紅潮するその表情を照らした。
『な、何ですか…』
「可愛いのは、柚子の方。もっと…自覚しとけ。」
『じ…自覚って……つ、ツナさんこそ、プレイボーイ発言は自粛してくださいっ。』
「だから俺は柚子にしか言わないって。」
『そ、そーゆーのがっ、し…心臓に悪いと言いますかズルいと言いますか……』
目を逸らしてごにょごにょと零す柚子。
このバカ柚子……心臓に悪いのはどっちだ。
明日早いのに、このままじゃ眠れない。
「…あのさ、あんまり可愛いこと言うな。いくら俺でも、我慢できなくなるから。」
無防備な柚子の額に自分の額を合わせ、警告した。
こうして触れるのも、しばらくお預けなんだ。
本当は、今晩が終わって欲しくない。
ずっとこのまま、柚子を抱きしめていたい。
そんな欲求を押し込めて、俺は夜明けを待たなきゃいけない。
『……だったら…、』
目を逸らしていた柚子が、ゆっくりと、俺と視線を絡ませた。
躊躇いながら、小さく小さく、続ける。
『我慢…しなくて、いいです……』
その声は、少し震えていたように思う。
予想の範疇を飛び越えた返答に、俺は数秒固まった。
「柚子さ……それ、意味分かってんのか…?」
『わ、分からなかったら…言いませんし……』
真っ赤になって俯こうとする柚子の顎を上げさせて、唇を重ねた。
柔らかいその唇は、いつもより少し熱っぽい。
啄むように何度か重ね直し、そっと離れる。
「……我慢、しなくていいんだよな?」
『に、二回も言わせないでくださいっ……ツナさんのバカ…』
「誰が、何だって?」
『えっ、あっ、すみませ…!』
「許してやんない。」
言葉を遮って、もう一度キスをする。
唇から、頬、瞼、そして……ゆっくりと、その首筋に顔を埋めた。
---
------
--------------
『ん……』
窓から差し込む朝日と、流れる風に目を覚ます。
心なしか少しだるくて、起き上がりたくない気分。
あれ?あたし、早起きしようとしてたような……何でだろ。
今日って、何か大切な……
『…ツナさん!??』
今日が出発の日だと思いだして、勢いよく起き上がった。
瞬間、すごい痛みが走る。
『いっ……』
何でこんな鈍い痛み………あ。
フラッシュバックしてきた、昨晩の出来事。
途端に恥ずかしさが込み上げて、自分の頬を両手で覆う。
でも、何だか、夢みたい……もしかして、夢?
だって隣にツナさんいないし、
あたしちゃんと服着てるし、
体はだるいけど、疲れてるだけかも…
そう思いながら部屋の中を見回したあたしは、その部屋の物がほとんど無くなっていることに気付いた。
まるで、空いてる貸別荘のように、必要最低限の物しかなくて、そこがツナさんの部屋だってことが分からないほど、私物は残されていなかった。
そんな……そんな……
まさか、何も言わないで行っちゃうなんて……
泣きそうになるあたしの頬を、窓から入る風が撫でる。
と、その風は部屋の中でバササッと机の上の紙を揺らした。
ツナさん、書類忘れてっちゃったんだろうか。
そんなことあり得ないだろうな、と思いつつ、ゆっくり立ち上がって机まで歩み寄る。
そして気付いた。
『これ、手紙…?』
ツナさんの字体だった。
万年筆で留められてる、2枚綴りの手紙。
―柚子へ
―まずは、挨拶なしで出発しちまってごめん。
―朝一番の飛行機に乗るから、柚子がこの手紙を読んでる頃、俺はもう日本にいないと思う。
―お前のことだからきっと、空港まで見送りたかった、とか文句言うんだろう……けど、情けない話、見送られたら俺、行きたくなくなっちまうと思った。
―だから、見送られたくなかったワケじゃないってこと、分かって欲しい。
『…ツナさんの、バカ……分かりづら過ぎますっ…』
―これまで、柚子にはたくさん迷惑をかけたと思う。
―それでも俺、嬉しかったんだ。
―柚子が、俺の傍で笑ってくれて、俺と一緒にいたいって言ってくれて、俺のことを信じてくれて。
―あの病院で初めて見た時から、俺はお前に惚れてた。
―真っ直ぐで強いその姿に、惹かれた。
―だから…この7号館で一緒に過ごせて、手料理も食えて、演奏もできて、幸せだった。
『そんなのっ……』
そんなの、あたしだって、同じです。
あたしをココに連れてきてくれたツナさん、
あたしに父の死を乗り越える勇気をくれたツナさん、
あたしのことを、愛してるって言ってくれたツナさん……
たくさんたくさん、幸せをもらったんです。
―そういうことだから、俺は柚子を幸せにできるように、今度はしっかり守れるように、頑張って来るよ。
―約束通り今のマフィアをぶっ壊せるように、9代目ファミリーや父さんから学んでくる。
―柚子が怖がらないような組織に作り直してみるのも悪くないな。
―とりあえず、見違えるくらい立派になって帰ってきてやるから、覚悟しとけよ。
これ以上立派になっちゃうなんて…
あたしもますます頑張らなきゃいけないじゃないですか。
リボーンさんが言うように、修業が必要かなぁ…。
―それと、最後にもう一つ。
―愛してる。
―俺は、柚子のことを、心から愛してる。
―今までも……そして、この先も、ずっと。
―それだけは、忘れんなよ。
溢れる涙を、止めることが出来なかった。
ツナさんは、どこまでもズルい。
手紙で言い逃げするなんて、本当にズルいです。
泣いちゃダメ、泣いちゃダメよ、柚子。
ツナさんが頑張るんだから、あたしも頑張って進まなくちゃ。
でも……でも、今だけ……
しばらくの間、あたしは、手紙を握りしめてぼろぼろと泣き続けた。
今この瞬間に感じている寂しさも、これから感じるであろう寂しさも、
全部全部、今のうちに流してしまえるように。
---
------
「柚子、いる?」
不意に部屋のドアが一回だけノックされ、向こうから雲雀さんの声がした。
ビックリして飛び上がるように返事をする。
『あ、えと、はい!います!』
「僕、今日用事あるから、お昼いらない。」
ハッとして、時計を見た。
10時55分……ヤバい、皆さん朝ご飯どうしたんだろう…!?
寝坊して泣いてたせいで家政婦業すっかり忘れてたー!!!
『えっ!?あの、ま、待って下さいっ!!』
「…何?」
『今すぐお出かけですか!?』
「あと少しで出るけど。」
『でしたらあの、あたし今すぐ着替えて軽食用意します!!少々お待ちを…!!』
ツナさんの部屋とあたしの部屋が繋がってて良かった。
だるい体を気力で動かして、いつものジャージに着替える。
と、その時、
『……あ。』
鏡に映ったあたしの胸元には、濃く残された赤い痕。
意識した途端、顔の熱が上がってくのを感じた。
『(……って、思い出してる場合じゃない!)』
急がなきゃ、とジャージのボタンを一番上までしめて隠す。
上からエプロンをして、部屋の外へ飛び出した。
『お待たせしました、サンドウィッチでいいですか?』
「…別にいいのに。」
『そんなこと言って、雲雀さんがお腹すかせて外食して経費で落とすことになったら、あたしが獄寺さんに怒られるんですよ!』
「ふぅん、じゃあ外食しようかな。」
『ダメですってばー!』
昨日は、色々あった。
けれど全部、夢じゃなかった。
ツナさんは“らしくない”置き手紙を残して、旅立った。
自分の未来を、きちんと形作るために。
だからあたしも……
「やけに張り切ってるね。」
『家政婦ですからっ♪』
あたしに出来ることをちゃんとこなして、
あたしの道をしっかり進んで、
胸を張って隣に立てる存在になろう。
大切な人と、再会を果たすその日まで。
イノセント
ただ純粋に心から、横暴ボスを愛してる
next epilogue...
