🎼本編
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いつもスッとしてる雲雀さんの瞳が、少し丸くなったのが分かった。
きっと、それほど驚いたんだと思う。
「柚子…まさか、君……」
『思い出しました、全部。その…本当に、ご迷惑おかけしました…』
申し訳なくなって俯くあたしの耳に、ふっと安堵の吐息が聞こえる。
見れば、雲雀さんは滅多に見せてくれない微笑を浮かべていた。
『雲雀さん…』
「本当に柚子は、強運の持ち主だね。」
『え?』
「沢田は今日の午後、イタリアに発つって言ってた。あの様子だと、どうやらしばらく戻らないつもりらしい。」
『い、イタリア…!?』
「ボンゴレ9代目のサポートをするためだそうだよ。前々から話はあがっていたらしい。」
『前々から…?』
「これまでは日本に残ることを選んでいたようだけど…今回の件で沢田は君と離れることを選んだ。」
『そ、そんな……でもあたしっ……あたしは…!!』
じわりと涙を浮かべる柚子に、雲雀は言った。
「発つのは午後。まだ間に合うよ、柚子。」
『えっ!?そうなんですか!?あ…ありがとうございます!!』
ベッドから飛び出て、雲雀さんにお辞儀をする。
まだ間に合うなら、ツナさんとちゃんと話したい。
離れてしまう前に、話さなくちゃ。
あたしが記憶をなくしていた時のツナさん、ずっとおかしかったもん。
ずっと元気なかった。
食事もまともにとってなかったらしいし…
「柚子、」
『えっ?』
部屋を出ようとしたあたしの手を、雲雀さんが引いた。
何だろう……雲雀さん、元気ない…?
少しの間あたしを見つめていた雲雀さんは、ふぅと一息吐いてまた微笑する。
「…何でもない、行っておいで。」
『あ、はい。行ってきます!』
ぐっと意気込んで、部屋を駆け出した。
ただ…雲雀さんの手が離れる瞬間、何故か、何となく寂しい風が流れた気がした。
『どこに居るんだろう、ツナさん…』
書斎にいる可能性は低いと思ったけど、とりあえず行ってみよう。
隣の部屋のドアを開ける。
と、中には大きな荷物が既に用意されていた。
旅行なんてものじゃない。
本当に、室内にある物を片づけて持って行ってしまうつもりなんだ…。
『…ツナさんの……バカ…!』
ひどい、ひどいよ。
どうして急にこんなっ…
泣きそうになったけど、そんな場合じゃない。
ツナさん捜し出して、問い詰めてやるんだからっ!!
でも何処に居るのか、あたしには見当もつかない…。
もしかして演奏室かな?
思いついてすぐに、あたしは階段を駆け上がった。
3階まで一気にダッシュすると、さすがに息が上がってしまう。
『ツナさん…いますか…?』
演奏室の扉を開けた先には…
「おや、起きていたんですね、柚子。」
『骸さんっ!』
「体の具合は良くなりましたか?」
『え、えぇ…大丈夫です。と、いうか…ツナさん、知りませんか…?』
あたしがそう言った途端、骸さんは目を丸くした。
そして、ずいっと距離を縮めて両肩を掴む。
『ちょっ…骸さん!??』
「待ってましたよ柚子、君がこうして記憶を取り戻す日を……僕は信じていましたから。」
『あ、あのっ…!』
骸さんは両肩に置いていた手をあたしの背に回し、ぎゅうっと抱きしめた。
『なっ、なななな何するんですかぁーっ!!』
バチンッ!
「クハッ…!」
混乱のあまり咄嗟に平手打ちを喰らわせてしまった。
と、骸さんは頬をさすりながら「クフフ」と笑う。
『あ、えっと…』
「間違いありませんね、いつもの柚子です。」
安堵の表情を見せられて、あたしは思わずポカンとする。
骸さん、あたしが記憶を失くしてた時は、普通に優しい人だったのに……何よもう、キャラ違い過ぎ!!
「それはですね、思いきり抵抗しない柚子では何かしても面白くないと思ったからです。」
『な、何ですかソレ!あたしはおもちゃじゃありませんっ!!』
「クフフ♪」
『ってゆーか、ナチュラルに読心術やめてください!!』
「聞こえてきたものですから。」
見慣れた笑顔を見せる骸さんに、あたしも何だかホッとしてしまった。
と、ここであたしはふと思い出す。
『あっ、あの!ツナさん何処にいるか知りませんか!?』
「綱吉ですか?先ほどまで出立の準備をしていたと思いましたが……もしかすると、外に出たかも知れません。獄寺隼人に聞いてみてはいかがでしょう。」
『獄寺さんか……そうですね、分かりました!ありがとうございます!』
「おや、僕との絡みはもう終わりですか?」
『なっ、何言ってるんですか!…もう。』
演奏室を退室しようとして、ハッとした。
記憶を失くす前、骸さんはあたしを庇って怪我をしたんだ。
あれから拉致されて、こんなことになったから、まだちゃんとお礼を言ってなかった。
『骸さん、あの…腕はもう、大丈夫なんですか…?』
「ええ、もう何とも。」
『あたし、ちゃんとお礼を言ってなくて……すみませんでした。それと、ありがとうございました。』
「クフフ…では今度僕のためにメイド服を…」
『お断りします!!』
思いきり遮って、ドアをバンッと閉めた。
もう!骸さんはすぐにあーやって変態キャラ炸裂させるの!?
『えーっと、獄寺さーん!獄寺さん何処ですかー?』
「獄寺だったら外で洗車してるぜ?」
『えっ?あっ、山本さん!!』
振り向くと、山本さんの爽やかな笑顔。
あぁ…この人は変わらないな…。
7号館における唯一の癒し的な存在…!
「よぉ柚子、体の具合はどうだ?地震の時に頭打ったって聞いたんだが…」
『はいっ!大丈夫です!あと、全部思い出しました!!』
「ほ、本当か!?それって…あの医者のオッサンには…」
『あっ…まだです、けど!でも、先にあたし、ツナさんに会いに行かなくちゃいけなくて……雲雀さんに聞いたんです。ツナさん、今日の午後にはイタリア行っちゃうって…だから…!』
「それで獄寺に聞こうと思ってたのか?」
『そうなんです、骸さんが“彼なら知ってるかも知れない”って。』
でも、獄寺さんが洗車してるってことは……何も聞いてない可能性が高い。
じゃあ…一体どうすれば…
「そーだ!ツナならさっき、“皆にお別れ言ってくる”とか何とか言ってたぜ?」
『えっ!それって、フゥ太君やランボ君やハルさんに、ってことですか!?』
「あぁ。そうだと思うぜ。」
『ありがとうございます!山本さんっ!!あたし、行ってきます!』
駆け出そうとしたあたしに、山本さんが呼びかける。
「柚子!」
『はいっ、』
「頑張れよ!ツナの元気を取り戻せるのは、柚子だけだからさ。」
『……了解ですっ!』
輝きを放つ山本さんの激励に、あたしも満面の笑みで返事した。
よしっ、商店街方面に行ってみよう!
---
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走って走って、商店街の入り口に着いた。
見渡してみても、ツナさんの姿は無い。
もしかして、おうちに直接ご挨拶に行ってるのかな…。
『何処に居るんですか……ツナさんのバカっ…』
どうしていつも、一人で勝手に決めちゃうんですか?
一人で勝手に傍に置いて、突き放して。
あたしの気持ちとか、意思とか、覚悟とか、ガン無視するつもりですか?
バカ、バカバカ、ツナさんの自己中…!!
「柚子ちゃんですかっ?」
『あっ…ハルさん!!』
商店街を駆けまわっていたあたしに声をかけたのは、お買い物中のハルさんだった。
もうすぐお昼のタイムセールなんですよ、と。
「今日はスペシャルラッキーデーです!ツナさんに続いて柚子ちゃんにも出会えるなんて♪」
『えっ!ツナさんに会ったんですか!?』
「はい、15分ぐらい前でしょうか……イタリアに長期滞在するからって、わざわざハルにも挨拶しに来てくれたんです。今回も、柚子ちゃん一緒に行くんですか?」
『あ…えと……それをこれから問いただしに行くんです!ツナさん、あたしに相談なしで……』
「ええっ!?」
“記憶喪失でした”なんて言えず、思わず適当なことを言ってしまった。
だけどイタリア行きを相談されてないことは確か。
ハルさんは「ツナさんてばひどいです!」と口を尖らせて、あたしに言った。
「ツナさん、午後の便で行くんですよね?その前に、何処か寄りたいトコがあるみたいでしたよ?」
『寄りたい所…?』
「綺麗な花束買ってましたけど…」
『花束………あっ!ありがとうございます!ハルさんっ!!後で必ずお礼します!』
「柚子ちゃん…」
ハルさんにぺこっとお辞儀して、あたしはまた走り出した。
思い浮かんだ場所が、たった1つあった。
花束だなんて、らしくないですよ。
ツナさんのバカ、本当に……
『優しい人、なんですからっ…』
こんな風に、暑い暑い真夏日で。
太陽が上がっていく時間でしたね。
あたしは木陰に立って、フルートをひたすら吹いていた。
本当はフルートに触れるのもつらかったけど、約束していたから。
何度吹いても悲しい音しか出なくて、
音がどうしても泣いてしまって、
辛かった、苦しかった、
寂しかった、捨ててしまいたかった、
それでも……
それでもあたしが、フルートを続けられたのは……
『ツナさんっ…!!』
ツナさんは、くぼ地の木陰からこちらを見て、目を丸くした。
息を切らしたあたしは、もうひと踏ん張りしてくぼ地まで駆け降りる。
「何で…ここに……」
そう問いかけるツナさんの足元には、花束。
くぼ地の真ん中に立っている木に、供えられるように置かれていた。
『ツナさんの……考えなんて……お見通し、なんですから、ね…!』
「柚子……記憶…戻ったのか…?」
『戻ってなかったら……ここに来ません…!』
受け答えしながら、額の汗を拭う。
暑くて、くらくらする。
ツナさんは、優しいから。
花束を持って何処かに寄るつもりだと聞いて、絶対にあたしのお父さんに供えに行くんだと思った。
それも、お墓じゃなくて、この病院の木の下に。
あたしとツナさんが、初めて言葉を交わしたこの場所に。
お互いが、お互いを変えたあの日。
ツナさんがいたから、あたしはフルートを続けられた。
誰かのために吹けるようになった。
『イタリア…行くんですってね。7号館の皆さんに、聞きました…。』
「…そうだよ。これでもうお別れだ。」
ツナさんは、目を逸らして背を向けた。
素っ気ない声色で、続ける。
「今まで本当にご苦労さま、柚子。」
『…何ですか……ソレ…』
「もう終わりってことだよ、全部。婚約者役も、家政婦も、やめていいから。」
ツナさんの、うそつき。
ちゃんとこっち見て言って下さいよ。
あたしは、あたしは…!
『じゃあ!あたしがもし、やめたくないって言ったら…どうするんですか!?あたしはっ…!』
「雇うか雇わないかは、こっちが決めることだから。」
ツナさんは持っていたバイオリンケースを握り直し、歩き出した。
くぼ地の階段を上り、病院から去っていく。
走り過ぎて足が動かないあたしは、すぐに追いかけられなかった。
やっと、やっと見つけたのに……
またツナさんがどっかに行っちゃう…!
全部、全部ウソだったなんて、そんな言葉、もう信じませんから。
ツナさんは優しいから、きっとまた負い目を感じてるんですよね?
そうなんでしょう?
動け、お願いだから…
あたしの足、動いて…!!
『待って下さいっ…!』
広い川に渡された橋の上で、ツナさんに追いついた。
ホント、どんだけ走らせるつもりなのよ、ツナさんのバカ。
ツナさんは背を向けたまま、ピタッと止まる。
駆け寄って引っ叩いてやりたかったけど、いよいよ足が限界で、ツナさんの2メートル手前で止まってしまう。
「…まだ、俺に何か用?」
『納得、できなくて……ツナさんに、どうしても聞きたくて……』
震える指先に力を込めて、拳に変える。
肺が酸素を求めて苦しかったけど、声を振り絞って問いかけた。
『あたしはもう……用済みですか?…ツナさんに……必要ない、赤の他人ですか?』
どうしよう、自分でこうして口にするのも辛いのに、
辛くて潰れてしまいそうなのに、
『いらないなら、“いらない”って、言って下さい……そしたらあたし、すぐにでも……出て行きます…』
ツナさんは、背を向けたまま返事をする。
「…そんなの、決まってんだろ。」
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“いらない”……そう言えば柚子は、俺から離れてくれる。
いや、裏の世界から離脱できる。
俺の一言で、柚子はマフィアから切り離されるんだ。
もうあんな危険な目に…怖い目に、合うことなんてない。
分かってる、んなこと分かってんだよ。
なのに…
「俺には、もう…」
“いらない”と、たったそれだけを言えばいいのに。
口が、動かない。
言葉が、続かない。
『…ぐすっ……』
後ろから、柚子のすすり泣く声。
やめろよ、泣くなよ。
俺のあの決断は、お前から離れるこの決断は……
他でもない、柚子自身のためなんだ。
いくら自分に言い聞かせても、“いらない”なんて、言えるわけなかった。
代わりに出た言葉は、柚子への問いかけ。
「柚子、嬉しくねぇのかよ。」
もうお前は、何にも巻き込まれない。
「自由の身だってことだ。」
俺の言葉に、柚子は少し間を置いて答える。
『嬉しいワケ…ないじゃないですかぁっ……』
バイオリンケースを地面に置き、俺は溜め息を一つ。
コイツには、ハッキリ言わないとダメなのか、と。
意を決して振り向く俺に、柚子は言う。
『あたしにとって7号館はっ……皆さんはっ……何にも代えがたい大切なっ……』
「だから、さっきから言ってんだろ!!」
耐えきれなくなって、
これ以上、涙を流す柚子を見ながら話すことは出来なくて。
2メートルの距離を詰め、表情を隠すように抱きしめた。
「柚子はもう自由の身で、こき使われないし束縛もされない!!拉致されたり…記憶飛ばしたりしなくて済むんだよっ!!!」
俺の腕の中で抵抗もせず、柚子はただ肩を震わせる。
一息で強く言った俺は、静かに付け足した。
「それくらい……わかんねぇのかよ……バカ柚子…」
ダメだ、一度触れてしまったら、離れたくなくなっちまう…。
分かってたハズなのに、だから遠ざけたってのに…
抱きしめた瞬間、こんなに安心するなんて。
『…ツナさんこそ……』
小さな小さな返答が聞こえて、俺は少しだけ腕を緩めた。
柚子は、震える手で俺の服を握りながら言った。
『ツナさんこそ…分かってくれないんですか……?』
真っ直ぐな、真っ直ぐな視線。
俺を射抜く、綺麗な瞳。
『いつも…会話みたいに読心術するクセにっ……こんな時に限って、分からないんですか…?』
「何、言ってんだよ…」
『ちょっとくらいこき使われたって、ちょっとくらいハラハラしたって、あたしは折れたりしませんよ。』
驚くほど柔らかい笑みを向ける柚子の頬を、残っていた涙が転がった。
こんな時でさえ、これほど綺麗に笑えるなんて、
本当に柚子は…強い。
『それは…ツナさんが一番知ってるはずです。あたしのこと“強い”って言ってくれる、ツナさんが。』
「柚子…、」
その強さに、今まで俺は助けられて来たんだ。
一体どれだけ怖い思いをさせたか分からないってのに、
何でもないかのように、『ツナさん』と笑う。
そんな柚子の強さがあったからこそ、俺たちは今まで一緒にいられた。
俺は、柚子なら大丈夫だと慢心してたんだと思う。
結果が…あの記憶喪失だった。
なのに柚子、お前はまだ……
まだ俺を、引きとめる。
『…だからっ…あたし、頑張りますから……ツナさんっ…』
次の瞬間、柚子は再び涙を滲ませ俺に抱きついた。
『傍に、いさせて下さいっ……』
それは、出会ってから今までで、初めてのことだった。
こんな風に、柚子の方から俺に抱きついてきたのは。
「何で…そんなこと……俺はっ…」
どうしたらいいか、分からない。
俺は、柚子の幸せを考えて、
この方が安全だって思って…
……俺だって、離れたくないに決まってんだろ。
俺が傍で守れたら、それ以上のことなんてない。
けど……守れなかったんだ。
俺の傍にいたら、柚子は危険に晒されてばっかりで。
目の前で、これ以上柚子が傷つくのに、耐えられねぇんだよ。
「気付けよ……バカ柚子……」
頼むから、分かってくれ。
祈るような、縋るような思いで、俺は柚子を抱きしめる腕に力を込めた。
一緒にいたいなんて言わないでくれ。
俺の覚悟をぶれさせないでくれ。
そんな気持ちと裏腹に、柚子は俺に抱きついたままで、
俺の方も、柚子を抱きしめた腕をほどけずにいた。
放したくない…
放したくないんだ。
どうすればいいんだよ。
今この瞬間にも、俺の命と一緒に柚子の命も狙われてるかも知れないのに。
陽は、すっかり高く昇っていた。
外にいるだけで汗が滲んできそうな真夏の中、俺と柚子は互いを抱きしめ表情を隠し合っていた。
ウィークポイント
俺の一番大切な存在は、俺の一番の弱点でもあるのに
continue...
きっと、それほど驚いたんだと思う。
「柚子…まさか、君……」
『思い出しました、全部。その…本当に、ご迷惑おかけしました…』
申し訳なくなって俯くあたしの耳に、ふっと安堵の吐息が聞こえる。
見れば、雲雀さんは滅多に見せてくれない微笑を浮かべていた。
『雲雀さん…』
「本当に柚子は、強運の持ち主だね。」
『え?』
「沢田は今日の午後、イタリアに発つって言ってた。あの様子だと、どうやらしばらく戻らないつもりらしい。」
『い、イタリア…!?』
「ボンゴレ9代目のサポートをするためだそうだよ。前々から話はあがっていたらしい。」
『前々から…?』
「これまでは日本に残ることを選んでいたようだけど…今回の件で沢田は君と離れることを選んだ。」
『そ、そんな……でもあたしっ……あたしは…!!』
じわりと涙を浮かべる柚子に、雲雀は言った。
「発つのは午後。まだ間に合うよ、柚子。」
『えっ!?そうなんですか!?あ…ありがとうございます!!』
ベッドから飛び出て、雲雀さんにお辞儀をする。
まだ間に合うなら、ツナさんとちゃんと話したい。
離れてしまう前に、話さなくちゃ。
あたしが記憶をなくしていた時のツナさん、ずっとおかしかったもん。
ずっと元気なかった。
食事もまともにとってなかったらしいし…
「柚子、」
『えっ?』
部屋を出ようとしたあたしの手を、雲雀さんが引いた。
何だろう……雲雀さん、元気ない…?
少しの間あたしを見つめていた雲雀さんは、ふぅと一息吐いてまた微笑する。
「…何でもない、行っておいで。」
『あ、はい。行ってきます!』
ぐっと意気込んで、部屋を駆け出した。
ただ…雲雀さんの手が離れる瞬間、何故か、何となく寂しい風が流れた気がした。
『どこに居るんだろう、ツナさん…』
書斎にいる可能性は低いと思ったけど、とりあえず行ってみよう。
隣の部屋のドアを開ける。
と、中には大きな荷物が既に用意されていた。
旅行なんてものじゃない。
本当に、室内にある物を片づけて持って行ってしまうつもりなんだ…。
『…ツナさんの……バカ…!』
ひどい、ひどいよ。
どうして急にこんなっ…
泣きそうになったけど、そんな場合じゃない。
ツナさん捜し出して、問い詰めてやるんだからっ!!
でも何処に居るのか、あたしには見当もつかない…。
もしかして演奏室かな?
思いついてすぐに、あたしは階段を駆け上がった。
3階まで一気にダッシュすると、さすがに息が上がってしまう。
『ツナさん…いますか…?』
演奏室の扉を開けた先には…
「おや、起きていたんですね、柚子。」
『骸さんっ!』
「体の具合は良くなりましたか?」
『え、えぇ…大丈夫です。と、いうか…ツナさん、知りませんか…?』
あたしがそう言った途端、骸さんは目を丸くした。
そして、ずいっと距離を縮めて両肩を掴む。
『ちょっ…骸さん!??』
「待ってましたよ柚子、君がこうして記憶を取り戻す日を……僕は信じていましたから。」
『あ、あのっ…!』
骸さんは両肩に置いていた手をあたしの背に回し、ぎゅうっと抱きしめた。
『なっ、なななな何するんですかぁーっ!!』
バチンッ!
「クハッ…!」
混乱のあまり咄嗟に平手打ちを喰らわせてしまった。
と、骸さんは頬をさすりながら「クフフ」と笑う。
『あ、えっと…』
「間違いありませんね、いつもの柚子です。」
安堵の表情を見せられて、あたしは思わずポカンとする。
骸さん、あたしが記憶を失くしてた時は、普通に優しい人だったのに……何よもう、キャラ違い過ぎ!!
「それはですね、思いきり抵抗しない柚子では何かしても面白くないと思ったからです。」
『な、何ですかソレ!あたしはおもちゃじゃありませんっ!!』
「クフフ♪」
『ってゆーか、ナチュラルに読心術やめてください!!』
「聞こえてきたものですから。」
見慣れた笑顔を見せる骸さんに、あたしも何だかホッとしてしまった。
と、ここであたしはふと思い出す。
『あっ、あの!ツナさん何処にいるか知りませんか!?』
「綱吉ですか?先ほどまで出立の準備をしていたと思いましたが……もしかすると、外に出たかも知れません。獄寺隼人に聞いてみてはいかがでしょう。」
『獄寺さんか……そうですね、分かりました!ありがとうございます!』
「おや、僕との絡みはもう終わりですか?」
『なっ、何言ってるんですか!…もう。』
演奏室を退室しようとして、ハッとした。
記憶を失くす前、骸さんはあたしを庇って怪我をしたんだ。
あれから拉致されて、こんなことになったから、まだちゃんとお礼を言ってなかった。
『骸さん、あの…腕はもう、大丈夫なんですか…?』
「ええ、もう何とも。」
『あたし、ちゃんとお礼を言ってなくて……すみませんでした。それと、ありがとうございました。』
「クフフ…では今度僕のためにメイド服を…」
『お断りします!!』
思いきり遮って、ドアをバンッと閉めた。
もう!骸さんはすぐにあーやって変態キャラ炸裂させるの!?
『えーっと、獄寺さーん!獄寺さん何処ですかー?』
「獄寺だったら外で洗車してるぜ?」
『えっ?あっ、山本さん!!』
振り向くと、山本さんの爽やかな笑顔。
あぁ…この人は変わらないな…。
7号館における唯一の癒し的な存在…!
「よぉ柚子、体の具合はどうだ?地震の時に頭打ったって聞いたんだが…」
『はいっ!大丈夫です!あと、全部思い出しました!!』
「ほ、本当か!?それって…あの医者のオッサンには…」
『あっ…まだです、けど!でも、先にあたし、ツナさんに会いに行かなくちゃいけなくて……雲雀さんに聞いたんです。ツナさん、今日の午後にはイタリア行っちゃうって…だから…!』
「それで獄寺に聞こうと思ってたのか?」
『そうなんです、骸さんが“彼なら知ってるかも知れない”って。』
でも、獄寺さんが洗車してるってことは……何も聞いてない可能性が高い。
じゃあ…一体どうすれば…
「そーだ!ツナならさっき、“皆にお別れ言ってくる”とか何とか言ってたぜ?」
『えっ!それって、フゥ太君やランボ君やハルさんに、ってことですか!?』
「あぁ。そうだと思うぜ。」
『ありがとうございます!山本さんっ!!あたし、行ってきます!』
駆け出そうとしたあたしに、山本さんが呼びかける。
「柚子!」
『はいっ、』
「頑張れよ!ツナの元気を取り戻せるのは、柚子だけだからさ。」
『……了解ですっ!』
輝きを放つ山本さんの激励に、あたしも満面の笑みで返事した。
よしっ、商店街方面に行ってみよう!
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走って走って、商店街の入り口に着いた。
見渡してみても、ツナさんの姿は無い。
もしかして、おうちに直接ご挨拶に行ってるのかな…。
『何処に居るんですか……ツナさんのバカっ…』
どうしていつも、一人で勝手に決めちゃうんですか?
一人で勝手に傍に置いて、突き放して。
あたしの気持ちとか、意思とか、覚悟とか、ガン無視するつもりですか?
バカ、バカバカ、ツナさんの自己中…!!
「柚子ちゃんですかっ?」
『あっ…ハルさん!!』
商店街を駆けまわっていたあたしに声をかけたのは、お買い物中のハルさんだった。
もうすぐお昼のタイムセールなんですよ、と。
「今日はスペシャルラッキーデーです!ツナさんに続いて柚子ちゃんにも出会えるなんて♪」
『えっ!ツナさんに会ったんですか!?』
「はい、15分ぐらい前でしょうか……イタリアに長期滞在するからって、わざわざハルにも挨拶しに来てくれたんです。今回も、柚子ちゃん一緒に行くんですか?」
『あ…えと……それをこれから問いただしに行くんです!ツナさん、あたしに相談なしで……』
「ええっ!?」
“記憶喪失でした”なんて言えず、思わず適当なことを言ってしまった。
だけどイタリア行きを相談されてないことは確か。
ハルさんは「ツナさんてばひどいです!」と口を尖らせて、あたしに言った。
「ツナさん、午後の便で行くんですよね?その前に、何処か寄りたいトコがあるみたいでしたよ?」
『寄りたい所…?』
「綺麗な花束買ってましたけど…」
『花束………あっ!ありがとうございます!ハルさんっ!!後で必ずお礼します!』
「柚子ちゃん…」
ハルさんにぺこっとお辞儀して、あたしはまた走り出した。
思い浮かんだ場所が、たった1つあった。
花束だなんて、らしくないですよ。
ツナさんのバカ、本当に……
『優しい人、なんですからっ…』
こんな風に、暑い暑い真夏日で。
太陽が上がっていく時間でしたね。
あたしは木陰に立って、フルートをひたすら吹いていた。
本当はフルートに触れるのもつらかったけど、約束していたから。
何度吹いても悲しい音しか出なくて、
音がどうしても泣いてしまって、
辛かった、苦しかった、
寂しかった、捨ててしまいたかった、
それでも……
それでもあたしが、フルートを続けられたのは……
『ツナさんっ…!!』
ツナさんは、くぼ地の木陰からこちらを見て、目を丸くした。
息を切らしたあたしは、もうひと踏ん張りしてくぼ地まで駆け降りる。
「何で…ここに……」
そう問いかけるツナさんの足元には、花束。
くぼ地の真ん中に立っている木に、供えられるように置かれていた。
『ツナさんの……考えなんて……お見通し、なんですから、ね…!』
「柚子……記憶…戻ったのか…?」
『戻ってなかったら……ここに来ません…!』
受け答えしながら、額の汗を拭う。
暑くて、くらくらする。
ツナさんは、優しいから。
花束を持って何処かに寄るつもりだと聞いて、絶対にあたしのお父さんに供えに行くんだと思った。
それも、お墓じゃなくて、この病院の木の下に。
あたしとツナさんが、初めて言葉を交わしたこの場所に。
お互いが、お互いを変えたあの日。
ツナさんがいたから、あたしはフルートを続けられた。
誰かのために吹けるようになった。
『イタリア…行くんですってね。7号館の皆さんに、聞きました…。』
「…そうだよ。これでもうお別れだ。」
ツナさんは、目を逸らして背を向けた。
素っ気ない声色で、続ける。
「今まで本当にご苦労さま、柚子。」
『…何ですか……ソレ…』
「もう終わりってことだよ、全部。婚約者役も、家政婦も、やめていいから。」
ツナさんの、うそつき。
ちゃんとこっち見て言って下さいよ。
あたしは、あたしは…!
『じゃあ!あたしがもし、やめたくないって言ったら…どうするんですか!?あたしはっ…!』
「雇うか雇わないかは、こっちが決めることだから。」
ツナさんは持っていたバイオリンケースを握り直し、歩き出した。
くぼ地の階段を上り、病院から去っていく。
走り過ぎて足が動かないあたしは、すぐに追いかけられなかった。
やっと、やっと見つけたのに……
またツナさんがどっかに行っちゃう…!
全部、全部ウソだったなんて、そんな言葉、もう信じませんから。
ツナさんは優しいから、きっとまた負い目を感じてるんですよね?
そうなんでしょう?
動け、お願いだから…
あたしの足、動いて…!!
『待って下さいっ…!』
広い川に渡された橋の上で、ツナさんに追いついた。
ホント、どんだけ走らせるつもりなのよ、ツナさんのバカ。
ツナさんは背を向けたまま、ピタッと止まる。
駆け寄って引っ叩いてやりたかったけど、いよいよ足が限界で、ツナさんの2メートル手前で止まってしまう。
「…まだ、俺に何か用?」
『納得、できなくて……ツナさんに、どうしても聞きたくて……』
震える指先に力を込めて、拳に変える。
肺が酸素を求めて苦しかったけど、声を振り絞って問いかけた。
『あたしはもう……用済みですか?…ツナさんに……必要ない、赤の他人ですか?』
どうしよう、自分でこうして口にするのも辛いのに、
辛くて潰れてしまいそうなのに、
『いらないなら、“いらない”って、言って下さい……そしたらあたし、すぐにでも……出て行きます…』
ツナさんは、背を向けたまま返事をする。
「…そんなの、決まってんだろ。」
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“いらない”……そう言えば柚子は、俺から離れてくれる。
いや、裏の世界から離脱できる。
俺の一言で、柚子はマフィアから切り離されるんだ。
もうあんな危険な目に…怖い目に、合うことなんてない。
分かってる、んなこと分かってんだよ。
なのに…
「俺には、もう…」
“いらない”と、たったそれだけを言えばいいのに。
口が、動かない。
言葉が、続かない。
『…ぐすっ……』
後ろから、柚子のすすり泣く声。
やめろよ、泣くなよ。
俺のあの決断は、お前から離れるこの決断は……
他でもない、柚子自身のためなんだ。
いくら自分に言い聞かせても、“いらない”なんて、言えるわけなかった。
代わりに出た言葉は、柚子への問いかけ。
「柚子、嬉しくねぇのかよ。」
もうお前は、何にも巻き込まれない。
「自由の身だってことだ。」
俺の言葉に、柚子は少し間を置いて答える。
『嬉しいワケ…ないじゃないですかぁっ……』
バイオリンケースを地面に置き、俺は溜め息を一つ。
コイツには、ハッキリ言わないとダメなのか、と。
意を決して振り向く俺に、柚子は言う。
『あたしにとって7号館はっ……皆さんはっ……何にも代えがたい大切なっ……』
「だから、さっきから言ってんだろ!!」
耐えきれなくなって、
これ以上、涙を流す柚子を見ながら話すことは出来なくて。
2メートルの距離を詰め、表情を隠すように抱きしめた。
「柚子はもう自由の身で、こき使われないし束縛もされない!!拉致されたり…記憶飛ばしたりしなくて済むんだよっ!!!」
俺の腕の中で抵抗もせず、柚子はただ肩を震わせる。
一息で強く言った俺は、静かに付け足した。
「それくらい……わかんねぇのかよ……バカ柚子…」
ダメだ、一度触れてしまったら、離れたくなくなっちまう…。
分かってたハズなのに、だから遠ざけたってのに…
抱きしめた瞬間、こんなに安心するなんて。
『…ツナさんこそ……』
小さな小さな返答が聞こえて、俺は少しだけ腕を緩めた。
柚子は、震える手で俺の服を握りながら言った。
『ツナさんこそ…分かってくれないんですか……?』
真っ直ぐな、真っ直ぐな視線。
俺を射抜く、綺麗な瞳。
『いつも…会話みたいに読心術するクセにっ……こんな時に限って、分からないんですか…?』
「何、言ってんだよ…」
『ちょっとくらいこき使われたって、ちょっとくらいハラハラしたって、あたしは折れたりしませんよ。』
驚くほど柔らかい笑みを向ける柚子の頬を、残っていた涙が転がった。
こんな時でさえ、これほど綺麗に笑えるなんて、
本当に柚子は…強い。
『それは…ツナさんが一番知ってるはずです。あたしのこと“強い”って言ってくれる、ツナさんが。』
「柚子…、」
その強さに、今まで俺は助けられて来たんだ。
一体どれだけ怖い思いをさせたか分からないってのに、
何でもないかのように、『ツナさん』と笑う。
そんな柚子の強さがあったからこそ、俺たちは今まで一緒にいられた。
俺は、柚子なら大丈夫だと慢心してたんだと思う。
結果が…あの記憶喪失だった。
なのに柚子、お前はまだ……
まだ俺を、引きとめる。
『…だからっ…あたし、頑張りますから……ツナさんっ…』
次の瞬間、柚子は再び涙を滲ませ俺に抱きついた。
『傍に、いさせて下さいっ……』
それは、出会ってから今までで、初めてのことだった。
こんな風に、柚子の方から俺に抱きついてきたのは。
「何で…そんなこと……俺はっ…」
どうしたらいいか、分からない。
俺は、柚子の幸せを考えて、
この方が安全だって思って…
……俺だって、離れたくないに決まってんだろ。
俺が傍で守れたら、それ以上のことなんてない。
けど……守れなかったんだ。
俺の傍にいたら、柚子は危険に晒されてばっかりで。
目の前で、これ以上柚子が傷つくのに、耐えられねぇんだよ。
「気付けよ……バカ柚子……」
頼むから、分かってくれ。
祈るような、縋るような思いで、俺は柚子を抱きしめる腕に力を込めた。
一緒にいたいなんて言わないでくれ。
俺の覚悟をぶれさせないでくれ。
そんな気持ちと裏腹に、柚子は俺に抱きついたままで、
俺の方も、柚子を抱きしめた腕をほどけずにいた。
放したくない…
放したくないんだ。
どうすればいいんだよ。
今この瞬間にも、俺の命と一緒に柚子の命も狙われてるかも知れないのに。
陽は、すっかり高く昇っていた。
外にいるだけで汗が滲んできそうな真夏の中、俺と柚子は互いを抱きしめ表情を隠し合っていた。
ウィークポイント
俺の一番大切な存在は、俺の一番の弱点でもあるのに
continue...