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『おはようございます、シャマルさん。』
「おお柚子ちゃん、おはよう。調子はどうだ?」
『何ともないです。相変わらず…皆さんのこと、思い出せてないんですけど……すみません…』
「気にしなくていいさ。ここにいる奴らは全員、気長に待つ覚悟は出来てっから。」
『ありがとうございます…』
「さ、大広間行こうぜ。隼人が腕によりをかけてオムレツを作ったらしい。」
『本当ですか!?楽しみです!!』
シャマルさんと一緒に大広間に入ると、リボーンさん、雲雀さん、骸さんが優しく迎えてくれた。
そこに、獄寺さんと山本さん、了平さんが全員分のオムレツを運んでくる。
沢田さんは、自室にて一人で食べているらしい。
『いただきます。』
一口食べると、ふんわりと卵の食感が広がって幸せになった。
甘くておいしいオムレツは、ミルクパンとも相性が良い。
『獄寺さん、お料理上手なんですね!』
「普通だろ。」
「何だよ隼人、照れてんのか?」
「うっせぇ黙れ!ヘンタイ藪医者!!」
「まーまー獄寺、落ち着こーぜ。」
「そうですよ、せっかく柚子が褒めてくれたんですから、素直に受け取ったらどうです?」
「るせっ。」
この賑やかな食卓にもだいぶ慣れてきた。
皆さんは、よくこうして口喧嘩のような会話をするけれど、実はそんなに不仲でもないんだな…と思う。
ただ……
「ねぇ、僕、静かに食べたいんだけど。」
「おやおや、雲雀君ご立腹ですか。」
「けっ、」
雲雀さんは、他の方と少し違う空気を持ってる。
仲が良いとか悪いとかじゃなくて、本当に成り行きでここにいるだけ、みたいな雰囲気。
特に、沢田さん絡みの話となると本当に冷たい空気を放つ。
その空気を、あたしは昨日直に感じ取った。
---
------
-------------
昨日、沢田さんが骸さんと一緒に演奏室を出た直後のこと。
何となくピリリとしているのが分かって、あたしは恐る恐る雲雀さんに尋ねた。
『雲雀さんは……その、沢田さんと仲良くないんですか?』
「…どうして?」
『あっ、妙なこと聞いてすみません!でも、あの……今の雲雀さん、少し、怖い顔してるので…』
自分で言って、後悔した。
思い出せていないからって、こんなことを聞くのは失礼だったと。
それでも雲雀さんは、あたしの頭の上に手を乗せて。
ビックリして見上げると、何故か優しく、けれど切なそうに、微笑まれた。
「柚子は、ちゃんと柚子なんだね……」
『えっ?』
「僕、表情は保ってたつもりなんだけど。」
『わ、分かりますよ!雲雀さんの表情は能面じゃないですから、笑ったり、怒ったり、色んな表情がありますっ…!だから、さっき……沢田さんに対して表情が冷たくて…』
「まぁね。」
『どうして、ですか?呼び方も、名字ですし……』
我ながら、細かいところに目を付けてしまったと思った。
雲雀さんは「笹川だってそう呼んでる」と反論したけれど、雲雀さんと了平さんでは、感じさせる距離感が違う気がして。
そもそも、沢田さんだって雲雀さんを「さん」付けで呼んでるから、そこにまた距離を感じてしまう。
『でも雲雀さん……あたしのこと、柚子って呼んでくれるじゃないですか…』
「周りがそうだから。」
淡々とした答え。
確かに筋は通っているけど……
納得しかねてるあたしを見て、雲雀さんは溜め息をついた。
「文字数、多いからね。綱吉、だと4文字で。」
『そんな理由、ですか…?』
「そうだよ。実際、沢田を下の名で呼ぶのは六道ぐらいだ。」
確かに……皆さんは“ツナ”って呼んでる…。
獄寺さんは何故か“10代目”だけど。
一体何の10代目なのかよく分からない。
「僕は、あだ名の類は好きじゃないから。」
『そう、でしたか……じゃあ、仲が悪いわけではないんですね?』
「…良くもないけどね。」
掴みどころのない感じが、不思議。
雲雀さんはまるで、取り巻く全ての人間に一線を引いているみたい。
『それにしても、ツナってあだ名、可愛いですね。』
「ふぅん。だったら柚子も呼んでみたら?」
『えっ!で、でも急に変えるのはちょっと…』
「もっとも、そう呼ばれた沢田が良い反応を示すかどうかは、保証しかねるけどね。」
『(あ……)』
まただ。
雲雀さんの雰囲気、冷たくなった。
やっぱり、沢田さんの話はしない方がいいのかなぁ…。
疑問に思うあたしを余所に、雲雀さんはチェロを片づけ始めた。
---
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--------------
『あの…獄寺さん、』
「あ?何だよ、何か用か?」
『手伝います、洗いもの。』
朝食の後、キッチンで食器を洗っていた獄寺さんに話しかけてみた。
あたしに出来ることは手伝いたいと思って。
「…柚子、」
『何ですか?』
「お前、俺が怖くねーのか?」
『そんなこと、一度も思ってませんけど……獄寺さん、怖い人なんですか?』
聞き返してみると、獄寺さんはポカンとしてお皿を洗う手を止めた。
何かおかしなこと言ったかな、とあたしも黙って獄寺さんを見つめ返す。
と、盛大な溜め息をついて作業を再開した。
「お前に聞いた俺が間違ってたよ…」
『な、何ですかそれ…怖がって欲しかったんですか?』
「うっせ、もういいっての。」
…獄寺さんは、ちょっと分からない。
だけど沢田さんの容体を一番心配してるし、しっかり者だし、ツッコミ役みたいだし……
とりあえず、悪い人ではないんだな…とここ数日で実感している。
だから、聞いてみようと思った。
『あの、一つ聞いていいですか?』
「何だよ。」
食器の泡を洗い流しながら、口を開く。
獄寺さんはケチャップをゴシゴシっとこすって落としている。
『沢田さんと雲雀さんって、仲悪いんですか…?』
「はぁ?何だよ急に…」
『雲雀さん、優しい人なんですけど…沢田さんの話になるとちょっと空気がぴりっとするんです。だから、仲悪いのかなって…』
「……俺は知らねぇ。」
妙な間があった。
何かを隠されてる……?
けどそれを問い詰める勇気はなくて、「そうですか…」とだけ返す。
と、後ろから声が聞こえた。
「あながち間違っちゃいねーぞ。」
『えっ?あっ…リボーンさん…!!』
「リボーンさん、柚子には…」
「問題ねーぞ、多分な。」
獄寺さんは不満そうに、というより心配そうにあたしを見つめる。
けどリボーンさんの言葉に押されたのか、一人でお皿を拭き始めた。
『獄寺さん…?』
「俺の口からは言えねぇから、リボーンさんに聞いてこい。」
『わ、分かりました…!』
リボーンさんと小さな客間に行き、ふかふかのソファに座った。
「ツナと雲雀だがな、そんなに仲悪くはねーんだ。」
『ホントですか!?良かったです…』
「雲雀はもともと慣れ合うのが嫌いでな、成り行きでここに暮らしてる。ツナもそれを良く知ってるから、必要以上に歩み寄ろうとはしてねぇ。それだけだ。」
だったら大丈夫なのかな、と安心するあたしにリボーンさんは続ける。
「つっても今は、雲雀はツナを毛嫌いしてるな。」
『えっ!?そ、それじゃ…』
「けどそれはツナが悪ぃんだ。ツナの、柚子に対する態度に雲雀はイラついてるみてーだしな。」
『沢田さんの、あたしに対する態度…?』
急にあたしのことが話に入り始めて、何だか混乱してしまう。
どうして沢田さんのあたしに対する態度で、雲雀さんが怒るの…?
首を傾げるあたしに、リボーンさんは意味深に笑って。
「ま、あの二人のことはあんま気にすんな。柚子は今、記憶を呼び起こすことを一番に考えてればいいぞ。」
『そう、ですよね…』
思い出せばきっと、ヒントも得られるはずだもの。
あたしは、あたしを大切な仲間として接してくれる人たちのことを、早く思い出さなくちゃ。
優しい人たちと、どんな時間を過ごしてきたのか…。
『リボーンさん、ありがとうございました!』
「ああ。」
『あたし、頑張って思い出すヒント探します!』
「なら、楽譜がいいヒントになると思うぞ。俺たちは器楽サークルだからな。柚子の部屋にもこれまでの楽譜が残ってるはずだ。」
『本当ですか!?分かりました、探してみます!』
客間を出て、自室に向かう。
楽譜って何処にしまってあるのかな…?
とりあえず机の上にあるファイルを見てみるけど、どうやら授業の課題で使っていた楽譜ばかり。
『あれ…?』
ふと目に留まった緑色のファイル。
そこには曜日が書いてなくて、授業に使っていた物じゃないみたいで。
開いてみると、有名な作曲家が作った楽譜ばかりが入っていた。
『セシル・シャミナード、ライネッケ、バッハに、モーツァルトが二つ……』
一体何の楽譜だろう?
授業じゃないとするなら……
キョロキョロと辺りを見回してみると、机がある方と反対側にある棚の中段に、キラキラした盾が見えた。
背伸びをして、取り出してみる。
『こ、これって…!!』
フルートコンクール銀賞の盾だった。
掘られている文字は、あたしの名前。
埃かぶってないってことは……最近受賞したってこと…?
驚きっ放しのままそれを元あった位置に戻す。
すると、今度は棚の一番上にあるクリアケース目が行った。
あれって、何が入ってるんだろう?
『(う~~~ん……)』
頑張って背伸びをしても、届かない。
あっ、椅子に乗っちゃおう!
車輪つきの椅子だから若干怖いけど、ちょっと踏み台にするくらいなら。
椅子を棚の傍に移動させ、そうっと乗っかった。
うん、これなら余裕で届く♪
ワクワクしながらクリアケースを持ちあげた、その時だった。
がたがたっ…
『えっ…?』
バランス崩してない、ハズなのに。
今の揺れ、何…?
気のせいかなと思った、次の瞬間。
さっき感じたのとは全然違う揺れが、足元からやって来た。
『わっ…』
気付いたら、クリアケースは宙に浮いてて、
あたしは椅子ごと後ろに傾いて……
『きゃあっ…!!』
---
------
------------
柚子に言われたから、一応朝食をしっかり食べた。
まだ体はだるくて、気分も沈んだままで。
様子を見に来たシャマルは、ハッキリと言った。
俺の具合が良くならないのは、心の問題だと。
精神に連動して、身体が回復しづらくなってるんだ、と。
分かってんだよ、そんなこと。
けど、俺にどうしろってんだよ…。
俺の傍に居続けたら、柚子はこれからもずっと危険な目に合う。
全力で守るって決めたのに、その結果が現状だ。
俺は、無力だったんだ…。
母さんを巻き込んで怪我させたあの頃から、
何一つ成長しないまま……
また、大切な人を傷つけちまったんだ…。
柚子が、ヒステリックにならないまま前向きに記憶を取り戻そうとしているのは、奇跡だと思う。
いや、それも柚子の強さがなせることなのか…。
けれどもし……もし柚子が記憶を取り戻したとして、
俺のことを思い出したとして、
一体俺は、どんな顔して向き合えばいい?
「どーすりゃいんだよ、俺……」
悩みに悩んでいると、隣の部屋から物音がした。
ごそごそと何かをあさる音、ぺらぺらと紙をめくる音。
「(柚子か…?)」
きっと今日も、必死に思いだすヒントを探そうと頑張ってんだろうな…。
それで自分の部屋の物を見てる、ってトコか…。
ホント、すごいヤツだよ、柚子は。
と、その時、小さな縦揺れを感じた。
ベッドに座っていたから、よく分かった。
それに、カップに入ったコーヒーも波紋を作ってる。
「(地震…?)」
当然のことながら、縦揺れの次は横揺れが来た。
思っていたより大きめの揺れ。
街に被害が出るほどじゃないだろうな……
-『きゃあっ…!!』
欠片も心配していなかった俺の耳に、隣の部屋から悲鳴が聞こえた。
直後に、何かが落ちる音、散らばる音。
「柚子…!?」
考えるより先に、体が動いていた。
隣の部屋に繋がる扉を開いた俺の目の前には、ひどい光景。
倒れた椅子と、落ちているクリアケース、散らばった楽譜の中に…
仰向けで倒れて気を失っている柚子の姿があった。
「お、おい…柚子!!」
棚の上のケース、取ろうとしてたのか…?
何てタイミング悪いことを…!
咄嗟に抱き起こして、呼びかける。
「柚子!おい、大丈夫か!?柚子っ!!」
これでまた柚子の脳に悪影響が出ちまったら……
そう思うと、身が凍るような思いだった。
今度は目を覚まさないかも知れない、なんて一番恐ろしい想像も駆け巡る。
「目ぇ開けろっ、柚子……頼むっ……柚子っ…!」
久々に、触れた。
乱れた髪をかき分け、抱きしめる。
変わらない感触に、愛しさばかりがこみ上げて。
だからこそ、失うのが怖くなって。
「柚子…頼むから……」
その時、柚子の肩がぴくりと動いた。
抱きしめていた腕を緩め、柚子の顔を見つめる。
「柚子!柚子!!」
『う……、』
ゆっくりと、柚子は細く目を開けた。
俺の中に、安堵が溢れだす。
「大丈夫か?柚子…どこも痛くないか?」
ところが柚子は、俺の問いかけに答えずぼーっと俺を見つめ返すだけ。
頭を強く打ったのか、再び不安が背筋を冷たくする。
「おい、柚子…?」
もう一度呼びかけると、柚子は小さくゆっくりと、口を動かした。
『…沢田、さん……』
「そうだ、俺だよ。分かるか?」
『……今…“柚子”、って……』
意識がハッキリしない状態の柚子を前に、俺は固まった。
自分で距離を置いてたことを、忘れてたんだ。
「そ、それは……」
『どう、して……?』
涙を一粒零して、柚子は目を閉じた。
「お…おいっ、柚子、柚子!?」
「ツナ!どした!?」
「山本……柚子が…!」
俺の様子を見に来た山本が、柚子を病室まで運んでくれた。
シャマル曰く、頭を強く打っただけで軽い脳震盪らしい。
「大事には至らねーよ。良かったな、ボンゴレ坊主。」
「ああ…ありがとう。」
シャマルが退室した後、部屋には俺とリボーンだけが残った。
拳を握る俺に、リボーンが言う。
「随分回復したみてーだな、ツナ。今朝まですぐぶっ倒れそうな顔してやがったクセに。」
「…俺、必死で……」
「そこまでお前が柚子に執着してるってことだ。」
分かってる、
分かってるんだ、そんなこと。
それでも俺は、これ以上……
「情けねーぞ、ボンゴレ10代目候補だろ。」
「……そうだな、情けない。」
自嘲的にオウム返しをすると、リボーンは黙った。
眠っている柚子を見つめながら、俺は続ける。
「リボーン……俺、さっき思わず、呼んじまってさ…」
自分で決意した、ハズなのに。
もう関わらないと、一線を引いたのに。
「気付いたら…“柚子”って、何度も何度も、叫んでた……」
「……だろーな。」
「俺……何がしたいんだろうな…」
項垂れる俺に、リボーンはツカツカと歩み寄って、
思いきり胸倉を掴んで、言い放った。
「自分のことだろ。甘ったれてんじゃねぇ、ダメツナが。」
そうだ、俺のことだ。
分かってるんだよ、俺が自分で歩まなきゃいけないって。
リボーンはそれ以上何も言わずに、俺の胸倉を乱暴に放して出て行った。
残された俺は、眠る柚子を見てまた拳を固く握る。
「柚子……ごめんな、ごめん…」
記憶を取り戻したお前が、俺を嫌ってくれたらどんなにいいだろう。
そうなればきっと、俺は否応なく諦められる…ハズだ。
俺の傍にいても、巻き込まれてしまうだけだから。
もう、傷つけたくないから。
「…あ、あれ……?」
どうしてか分からない。
目頭が熱くなって、視界がぼやける。
ぼたぼたと、柚子の眠るシーツにシミが出来ていった。
「柚子っ…」
今まで無理に巻き込んで、ごめん。
危ない目にあわせて、ごめん。
怖い思いさせて、ごめん。
涙を流させて、ごめん。
謝っても、謝り切れない。
お前の人生を大きく狂わせるほどに影響しちまったんだ。
---『あたしは、7号館に居られて幸せです……だからっ…ツナさんにも、笑顔で幸せでいて欲しい…』
「俺の幸せ、か……」
柚子の言葉がフラッシュバックして、その頃が懐かしく思える。
正式な婚約者として発表されてなかった頃、本当に平和なあったかい日々を過ごしてた。
柚子、俺にとっての最上級の幸せを作れるのは、お前だけなんだ。
だからお前のいない世界は、俺からごっそり幸せを奪った世界ってことになる。
けど……お前の幸せは…?
お前の将来の夢は…?
考えて考えて、答えを出した。
意外にもすんなりと、覚悟を決められた。
柚子の手を軽く握って、髪を撫でる。
「なぁ柚子、俺、決めた。」
俺は今まで何を迷っていたんだろう。
どうして俺は、こんなに戸惑っていたんだろう。
混乱してただけだよな、うん、きっとそうだ。
始めから、道は決められていたんだ。
「愛して…ごめん……」
君を守るためなら、非情なヤツにもなれる。
俺は、マフィアなんだから。
もう二度と、もう決して、泣かないでくれ。
「さよなら……柚子、」
オブリガート
俺の大切な旋律は、もう決して傷つけさせない
continue…
「おお柚子ちゃん、おはよう。調子はどうだ?」
『何ともないです。相変わらず…皆さんのこと、思い出せてないんですけど……すみません…』
「気にしなくていいさ。ここにいる奴らは全員、気長に待つ覚悟は出来てっから。」
『ありがとうございます…』
「さ、大広間行こうぜ。隼人が腕によりをかけてオムレツを作ったらしい。」
『本当ですか!?楽しみです!!』
シャマルさんと一緒に大広間に入ると、リボーンさん、雲雀さん、骸さんが優しく迎えてくれた。
そこに、獄寺さんと山本さん、了平さんが全員分のオムレツを運んでくる。
沢田さんは、自室にて一人で食べているらしい。
『いただきます。』
一口食べると、ふんわりと卵の食感が広がって幸せになった。
甘くておいしいオムレツは、ミルクパンとも相性が良い。
『獄寺さん、お料理上手なんですね!』
「普通だろ。」
「何だよ隼人、照れてんのか?」
「うっせぇ黙れ!ヘンタイ藪医者!!」
「まーまー獄寺、落ち着こーぜ。」
「そうですよ、せっかく柚子が褒めてくれたんですから、素直に受け取ったらどうです?」
「るせっ。」
この賑やかな食卓にもだいぶ慣れてきた。
皆さんは、よくこうして口喧嘩のような会話をするけれど、実はそんなに不仲でもないんだな…と思う。
ただ……
「ねぇ、僕、静かに食べたいんだけど。」
「おやおや、雲雀君ご立腹ですか。」
「けっ、」
雲雀さんは、他の方と少し違う空気を持ってる。
仲が良いとか悪いとかじゃなくて、本当に成り行きでここにいるだけ、みたいな雰囲気。
特に、沢田さん絡みの話となると本当に冷たい空気を放つ。
その空気を、あたしは昨日直に感じ取った。
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昨日、沢田さんが骸さんと一緒に演奏室を出た直後のこと。
何となくピリリとしているのが分かって、あたしは恐る恐る雲雀さんに尋ねた。
『雲雀さんは……その、沢田さんと仲良くないんですか?』
「…どうして?」
『あっ、妙なこと聞いてすみません!でも、あの……今の雲雀さん、少し、怖い顔してるので…』
自分で言って、後悔した。
思い出せていないからって、こんなことを聞くのは失礼だったと。
それでも雲雀さんは、あたしの頭の上に手を乗せて。
ビックリして見上げると、何故か優しく、けれど切なそうに、微笑まれた。
「柚子は、ちゃんと柚子なんだね……」
『えっ?』
「僕、表情は保ってたつもりなんだけど。」
『わ、分かりますよ!雲雀さんの表情は能面じゃないですから、笑ったり、怒ったり、色んな表情がありますっ…!だから、さっき……沢田さんに対して表情が冷たくて…』
「まぁね。」
『どうして、ですか?呼び方も、名字ですし……』
我ながら、細かいところに目を付けてしまったと思った。
雲雀さんは「笹川だってそう呼んでる」と反論したけれど、雲雀さんと了平さんでは、感じさせる距離感が違う気がして。
そもそも、沢田さんだって雲雀さんを「さん」付けで呼んでるから、そこにまた距離を感じてしまう。
『でも雲雀さん……あたしのこと、柚子って呼んでくれるじゃないですか…』
「周りがそうだから。」
淡々とした答え。
確かに筋は通っているけど……
納得しかねてるあたしを見て、雲雀さんは溜め息をついた。
「文字数、多いからね。綱吉、だと4文字で。」
『そんな理由、ですか…?』
「そうだよ。実際、沢田を下の名で呼ぶのは六道ぐらいだ。」
確かに……皆さんは“ツナ”って呼んでる…。
獄寺さんは何故か“10代目”だけど。
一体何の10代目なのかよく分からない。
「僕は、あだ名の類は好きじゃないから。」
『そう、でしたか……じゃあ、仲が悪いわけではないんですね?』
「…良くもないけどね。」
掴みどころのない感じが、不思議。
雲雀さんはまるで、取り巻く全ての人間に一線を引いているみたい。
『それにしても、ツナってあだ名、可愛いですね。』
「ふぅん。だったら柚子も呼んでみたら?」
『えっ!で、でも急に変えるのはちょっと…』
「もっとも、そう呼ばれた沢田が良い反応を示すかどうかは、保証しかねるけどね。」
『(あ……)』
まただ。
雲雀さんの雰囲気、冷たくなった。
やっぱり、沢田さんの話はしない方がいいのかなぁ…。
疑問に思うあたしを余所に、雲雀さんはチェロを片づけ始めた。
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『あの…獄寺さん、』
「あ?何だよ、何か用か?」
『手伝います、洗いもの。』
朝食の後、キッチンで食器を洗っていた獄寺さんに話しかけてみた。
あたしに出来ることは手伝いたいと思って。
「…柚子、」
『何ですか?』
「お前、俺が怖くねーのか?」
『そんなこと、一度も思ってませんけど……獄寺さん、怖い人なんですか?』
聞き返してみると、獄寺さんはポカンとしてお皿を洗う手を止めた。
何かおかしなこと言ったかな、とあたしも黙って獄寺さんを見つめ返す。
と、盛大な溜め息をついて作業を再開した。
「お前に聞いた俺が間違ってたよ…」
『な、何ですかそれ…怖がって欲しかったんですか?』
「うっせ、もういいっての。」
…獄寺さんは、ちょっと分からない。
だけど沢田さんの容体を一番心配してるし、しっかり者だし、ツッコミ役みたいだし……
とりあえず、悪い人ではないんだな…とここ数日で実感している。
だから、聞いてみようと思った。
『あの、一つ聞いていいですか?』
「何だよ。」
食器の泡を洗い流しながら、口を開く。
獄寺さんはケチャップをゴシゴシっとこすって落としている。
『沢田さんと雲雀さんって、仲悪いんですか…?』
「はぁ?何だよ急に…」
『雲雀さん、優しい人なんですけど…沢田さんの話になるとちょっと空気がぴりっとするんです。だから、仲悪いのかなって…』
「……俺は知らねぇ。」
妙な間があった。
何かを隠されてる……?
けどそれを問い詰める勇気はなくて、「そうですか…」とだけ返す。
と、後ろから声が聞こえた。
「あながち間違っちゃいねーぞ。」
『えっ?あっ…リボーンさん…!!』
「リボーンさん、柚子には…」
「問題ねーぞ、多分な。」
獄寺さんは不満そうに、というより心配そうにあたしを見つめる。
けどリボーンさんの言葉に押されたのか、一人でお皿を拭き始めた。
『獄寺さん…?』
「俺の口からは言えねぇから、リボーンさんに聞いてこい。」
『わ、分かりました…!』
リボーンさんと小さな客間に行き、ふかふかのソファに座った。
「ツナと雲雀だがな、そんなに仲悪くはねーんだ。」
『ホントですか!?良かったです…』
「雲雀はもともと慣れ合うのが嫌いでな、成り行きでここに暮らしてる。ツナもそれを良く知ってるから、必要以上に歩み寄ろうとはしてねぇ。それだけだ。」
だったら大丈夫なのかな、と安心するあたしにリボーンさんは続ける。
「つっても今は、雲雀はツナを毛嫌いしてるな。」
『えっ!?そ、それじゃ…』
「けどそれはツナが悪ぃんだ。ツナの、柚子に対する態度に雲雀はイラついてるみてーだしな。」
『沢田さんの、あたしに対する態度…?』
急にあたしのことが話に入り始めて、何だか混乱してしまう。
どうして沢田さんのあたしに対する態度で、雲雀さんが怒るの…?
首を傾げるあたしに、リボーンさんは意味深に笑って。
「ま、あの二人のことはあんま気にすんな。柚子は今、記憶を呼び起こすことを一番に考えてればいいぞ。」
『そう、ですよね…』
思い出せばきっと、ヒントも得られるはずだもの。
あたしは、あたしを大切な仲間として接してくれる人たちのことを、早く思い出さなくちゃ。
優しい人たちと、どんな時間を過ごしてきたのか…。
『リボーンさん、ありがとうございました!』
「ああ。」
『あたし、頑張って思い出すヒント探します!』
「なら、楽譜がいいヒントになると思うぞ。俺たちは器楽サークルだからな。柚子の部屋にもこれまでの楽譜が残ってるはずだ。」
『本当ですか!?分かりました、探してみます!』
客間を出て、自室に向かう。
楽譜って何処にしまってあるのかな…?
とりあえず机の上にあるファイルを見てみるけど、どうやら授業の課題で使っていた楽譜ばかり。
『あれ…?』
ふと目に留まった緑色のファイル。
そこには曜日が書いてなくて、授業に使っていた物じゃないみたいで。
開いてみると、有名な作曲家が作った楽譜ばかりが入っていた。
『セシル・シャミナード、ライネッケ、バッハに、モーツァルトが二つ……』
一体何の楽譜だろう?
授業じゃないとするなら……
キョロキョロと辺りを見回してみると、机がある方と反対側にある棚の中段に、キラキラした盾が見えた。
背伸びをして、取り出してみる。
『こ、これって…!!』
フルートコンクール銀賞の盾だった。
掘られている文字は、あたしの名前。
埃かぶってないってことは……最近受賞したってこと…?
驚きっ放しのままそれを元あった位置に戻す。
すると、今度は棚の一番上にあるクリアケース目が行った。
あれって、何が入ってるんだろう?
『(う~~~ん……)』
頑張って背伸びをしても、届かない。
あっ、椅子に乗っちゃおう!
車輪つきの椅子だから若干怖いけど、ちょっと踏み台にするくらいなら。
椅子を棚の傍に移動させ、そうっと乗っかった。
うん、これなら余裕で届く♪
ワクワクしながらクリアケースを持ちあげた、その時だった。
がたがたっ…
『えっ…?』
バランス崩してない、ハズなのに。
今の揺れ、何…?
気のせいかなと思った、次の瞬間。
さっき感じたのとは全然違う揺れが、足元からやって来た。
『わっ…』
気付いたら、クリアケースは宙に浮いてて、
あたしは椅子ごと後ろに傾いて……
『きゃあっ…!!』
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柚子に言われたから、一応朝食をしっかり食べた。
まだ体はだるくて、気分も沈んだままで。
様子を見に来たシャマルは、ハッキリと言った。
俺の具合が良くならないのは、心の問題だと。
精神に連動して、身体が回復しづらくなってるんだ、と。
分かってんだよ、そんなこと。
けど、俺にどうしろってんだよ…。
俺の傍に居続けたら、柚子はこれからもずっと危険な目に合う。
全力で守るって決めたのに、その結果が現状だ。
俺は、無力だったんだ…。
母さんを巻き込んで怪我させたあの頃から、
何一つ成長しないまま……
また、大切な人を傷つけちまったんだ…。
柚子が、ヒステリックにならないまま前向きに記憶を取り戻そうとしているのは、奇跡だと思う。
いや、それも柚子の強さがなせることなのか…。
けれどもし……もし柚子が記憶を取り戻したとして、
俺のことを思い出したとして、
一体俺は、どんな顔して向き合えばいい?
「どーすりゃいんだよ、俺……」
悩みに悩んでいると、隣の部屋から物音がした。
ごそごそと何かをあさる音、ぺらぺらと紙をめくる音。
「(柚子か…?)」
きっと今日も、必死に思いだすヒントを探そうと頑張ってんだろうな…。
それで自分の部屋の物を見てる、ってトコか…。
ホント、すごいヤツだよ、柚子は。
と、その時、小さな縦揺れを感じた。
ベッドに座っていたから、よく分かった。
それに、カップに入ったコーヒーも波紋を作ってる。
「(地震…?)」
当然のことながら、縦揺れの次は横揺れが来た。
思っていたより大きめの揺れ。
街に被害が出るほどじゃないだろうな……
-『きゃあっ…!!』
欠片も心配していなかった俺の耳に、隣の部屋から悲鳴が聞こえた。
直後に、何かが落ちる音、散らばる音。
「柚子…!?」
考えるより先に、体が動いていた。
隣の部屋に繋がる扉を開いた俺の目の前には、ひどい光景。
倒れた椅子と、落ちているクリアケース、散らばった楽譜の中に…
仰向けで倒れて気を失っている柚子の姿があった。
「お、おい…柚子!!」
棚の上のケース、取ろうとしてたのか…?
何てタイミング悪いことを…!
咄嗟に抱き起こして、呼びかける。
「柚子!おい、大丈夫か!?柚子っ!!」
これでまた柚子の脳に悪影響が出ちまったら……
そう思うと、身が凍るような思いだった。
今度は目を覚まさないかも知れない、なんて一番恐ろしい想像も駆け巡る。
「目ぇ開けろっ、柚子……頼むっ……柚子っ…!」
久々に、触れた。
乱れた髪をかき分け、抱きしめる。
変わらない感触に、愛しさばかりがこみ上げて。
だからこそ、失うのが怖くなって。
「柚子…頼むから……」
その時、柚子の肩がぴくりと動いた。
抱きしめていた腕を緩め、柚子の顔を見つめる。
「柚子!柚子!!」
『う……、』
ゆっくりと、柚子は細く目を開けた。
俺の中に、安堵が溢れだす。
「大丈夫か?柚子…どこも痛くないか?」
ところが柚子は、俺の問いかけに答えずぼーっと俺を見つめ返すだけ。
頭を強く打ったのか、再び不安が背筋を冷たくする。
「おい、柚子…?」
もう一度呼びかけると、柚子は小さくゆっくりと、口を動かした。
『…沢田、さん……』
「そうだ、俺だよ。分かるか?」
『……今…“柚子”、って……』
意識がハッキリしない状態の柚子を前に、俺は固まった。
自分で距離を置いてたことを、忘れてたんだ。
「そ、それは……」
『どう、して……?』
涙を一粒零して、柚子は目を閉じた。
「お…おいっ、柚子、柚子!?」
「ツナ!どした!?」
「山本……柚子が…!」
俺の様子を見に来た山本が、柚子を病室まで運んでくれた。
シャマル曰く、頭を強く打っただけで軽い脳震盪らしい。
「大事には至らねーよ。良かったな、ボンゴレ坊主。」
「ああ…ありがとう。」
シャマルが退室した後、部屋には俺とリボーンだけが残った。
拳を握る俺に、リボーンが言う。
「随分回復したみてーだな、ツナ。今朝まですぐぶっ倒れそうな顔してやがったクセに。」
「…俺、必死で……」
「そこまでお前が柚子に執着してるってことだ。」
分かってる、
分かってるんだ、そんなこと。
それでも俺は、これ以上……
「情けねーぞ、ボンゴレ10代目候補だろ。」
「……そうだな、情けない。」
自嘲的にオウム返しをすると、リボーンは黙った。
眠っている柚子を見つめながら、俺は続ける。
「リボーン……俺、さっき思わず、呼んじまってさ…」
自分で決意した、ハズなのに。
もう関わらないと、一線を引いたのに。
「気付いたら…“柚子”って、何度も何度も、叫んでた……」
「……だろーな。」
「俺……何がしたいんだろうな…」
項垂れる俺に、リボーンはツカツカと歩み寄って、
思いきり胸倉を掴んで、言い放った。
「自分のことだろ。甘ったれてんじゃねぇ、ダメツナが。」
そうだ、俺のことだ。
分かってるんだよ、俺が自分で歩まなきゃいけないって。
リボーンはそれ以上何も言わずに、俺の胸倉を乱暴に放して出て行った。
残された俺は、眠る柚子を見てまた拳を固く握る。
「柚子……ごめんな、ごめん…」
記憶を取り戻したお前が、俺を嫌ってくれたらどんなにいいだろう。
そうなればきっと、俺は否応なく諦められる…ハズだ。
俺の傍にいても、巻き込まれてしまうだけだから。
もう、傷つけたくないから。
「…あ、あれ……?」
どうしてか分からない。
目頭が熱くなって、視界がぼやける。
ぼたぼたと、柚子の眠るシーツにシミが出来ていった。
「柚子っ…」
今まで無理に巻き込んで、ごめん。
危ない目にあわせて、ごめん。
怖い思いさせて、ごめん。
涙を流させて、ごめん。
謝っても、謝り切れない。
お前の人生を大きく狂わせるほどに影響しちまったんだ。
---『あたしは、7号館に居られて幸せです……だからっ…ツナさんにも、笑顔で幸せでいて欲しい…』
「俺の幸せ、か……」
柚子の言葉がフラッシュバックして、その頃が懐かしく思える。
正式な婚約者として発表されてなかった頃、本当に平和なあったかい日々を過ごしてた。
柚子、俺にとっての最上級の幸せを作れるのは、お前だけなんだ。
だからお前のいない世界は、俺からごっそり幸せを奪った世界ってことになる。
けど……お前の幸せは…?
お前の将来の夢は…?
考えて考えて、答えを出した。
意外にもすんなりと、覚悟を決められた。
柚子の手を軽く握って、髪を撫でる。
「なぁ柚子、俺、決めた。」
俺は今まで何を迷っていたんだろう。
どうして俺は、こんなに戸惑っていたんだろう。
混乱してただけだよな、うん、きっとそうだ。
始めから、道は決められていたんだ。
「愛して…ごめん……」
君を守るためなら、非情なヤツにもなれる。
俺は、マフィアなんだから。
もう二度と、もう決して、泣かないでくれ。
「さよなら……柚子、」
オブリガート
俺の大切な旋律は、もう決して傷つけさせない
continue…