🎼本編
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-「柚子……」
誰かが、呼んでる……誰だろう?
あっちから聞こえる…?
-「ごめんな、柚子……守れなくて…」
貴方は、誰ですか?
守るって、どういうことですか?
あたしは貴方と、どう関わってきたんですか?
ひどく寂しそうな後ろ姿。
スーツを着たそのシルエットを、あたしは知っているような気がした。
-『あの…!こっちを向いてくれませんか?』
呼びかけても、その人は背を向けたまま。
-『あたし、貴方を知っているような……』
-「俺はもう…決めたんだ……」
-『え…?』
意識が遠のく。
柔らかい毛布の感触に、あたしは目を開けた。
「あ、起こしちまったか…悪ぃ。」
『山本さん……?あたし、一体…』
「ごめんな、すっかり笹川先輩と白熱しちまって。」
『白熱……』
体を起こしてみると、そこはソファの上。
見れば、笹川さんと骸さんがテレビゲームをやっていて。
そうだ……あたし、山本さんと笹川さんのゲーム対決見てて、うとうとしちゃったんだ…。
『あ、あたしの方こそ、すみません…』
「いーっていーって!まだ柚子は本調子じゃねーもんなっ。」
今日までに分かったこと。
山本さんは、明るくて優しい人。
笹川さんは元気で全力な人。
骸さんは時々ふざけるけれど実は冷静で謎めいてる人。
雲雀さんはいつも一人離れた所に座ってる人。
獄寺さんは言葉使いが荒いけれど周りを見てる人。
リボーンさんとはあまり話さないけれど、いつもさりげなく傍にいてくれる。
シャマルさんはとても優しいお医者様。
皆さんを見てると、あたしは楽しくて充実したキャンパスライフを送っていたんだな、と感じる。
あたしは、皆さんに仲良くしてもらっていたんだ、と。
けれど、どうしてか……この空間には何か“欠け”があるような気がして。
それを言葉にできないまま、こうして過ごしてしまっているのだけれど。
一体何が、あたしの心をそわそわさせてるんだろう…。
山本さんと笹川さん、骸さんのゲームプレイを見ながら、ボーッと考えていた。
あたしには、真っ先に思い出さなきゃいけない何かがあるハズなのに…
「…何やら騒がしいと思えば、」
『あ、雲雀さん、おかえりなさい。』
「雲雀もやるか?このレーシングゲーム、マジ面白いぜっ!」
「極限ストレートおおお!!!」
「コースアウトしてますよ、笹川君。」
外出していた雲雀さんが帰って来た。
山本さんがゲームに誘ったけれど、「僕はいい」と。
『外、暑かったですよね。お飲み物、持ってきましょうか?』
あたしがそう言うと、雲雀さんは少し目を丸くしてからクスッと笑った。
『えっ、あたし、何かおかしなこと…』
「何でもないよ。どこかの家政婦みたいだと思っただけ。」
『家政婦……』
その単語が何だか引っかかって、目線を落として考える。
何か、思い出せそうな……
その響きが、懐かしいような……
頭、痛い……
「柚子、」
『は、はいっ、』
「無理しなくていいから。」
雲雀さんにそう言われて、ハッとした。
無意識に全身に力を入れてて、息苦しかった。
『はい……でもあたし、早く思い出したくて……皆さん、どうして優しくしてくれるのかなって…ちょっと不思議なくらいで……』
それに、さっきの夢。
あの人は、一体……?
あたしの深層心理が覚えているのなら、早くその記憶を引き出したいのに。
しゅんとしていると、ぽんっと頭に手が乗った。
いつの間にかゲームを終えた山本さんが、ゆっくりとあたしの頭を撫でつつ言う。
「確かに俺らも早く思い出して欲しいけどさ、それで柚子が体調崩したりすんのは勘弁ってこと。」
『山本さん…』
「そうだぞ、くれぐれも無理はするなよ。」
「人間の脳はデリケートですから。」
『笹川さん…骸さん………ありがとうございます、本当に…』
あたしは、こうして皆さんに助けられてきたのかな…
今まで、支えられてきたのかな…
「だったら、ヒントぐらいはあげようか。」
『え?』
「これ、あげる。」
雲雀さんが差し出したソレを受け取って、まじまじと見た。
これって……、
『笛、ラムネ……』
その瞬間、電撃が走ったような気がした。
頭のてっぺんから背筋を伝って爪先まで、ビビッと。
「柚子?」
『あ……あ、あたし……!コレ…!!』
心配そうに顔を覗き込む山本さんと目を合わせる。
目頭が熱くなって、同じように熱い雫がぼろぼろこぼれた。
どうして、今まで忘れてたんだろう。
何て薄情な娘なんだろう。
ごめん、ごめんね。
ちゃんと思い出したよ。
手の中の笛ラムネを握りしめ、頭の奥から出てきた“その単語”を口にした。
『“お父さん”っ……』
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コンコン、
「失礼します。10代目、昼食お持ちしました。」
「ありがとう、獄寺君。」
柚子が大広間で両親の記憶を取り戻した頃、獄寺は少し遅めの昼食をツナに差し入れた。
傷も治りかけでシャマルに「無理して動くな」と言われているツナは、ベッドに腰掛けた状態で獄寺の方を向いた。
「お加減はどうですか?」
「昨日よりはいいと思う。」
「良かったです。」
獄寺が食事を並べ、「いただきます」と食べ始めるツナ。
ただその姿は、事件前よりも弱々しい印象を獄寺に与えていた。
理由に関しては、嫌でも察しがついてしまう。
十中八九、柚子のことだった。
「…あの、10代目、」
「ん?」
「柚子には、会わないんですか?」
その問いに、ツナは箸の動きを止める。
「……俺に、会う権利があると思う?」
ツナが柚子の記憶障害を知って、まる2日が経とうとしていた。
混乱状態からは脱却し、周りに当たり散らすこともなく、ツナはシャマルに言われた通り安静にしていた。
しかし、獄寺から見てそれは、むしろ悪い変化だった。
柚子の記憶障害は自分のせいだと、ツナが自分を追い込んでいるのが目に見えていたからである。
実際、ツナは昨日からずっとため息ばかりつき、食事量も以前に比べ著しく減った。
「権利とか…必要ないっスよ。俺らが柚子に接することで、柚子の力になれるんです。10代目は…ずっと柚子の一番近くにいたじゃないスか…!だから、柚子のためにも、会うべきじゃないかって……」
「こんな状況にしたのは…俺なんだ。柚子に合わせる顔なんて無い。」
「そんなことは…」
「俺はもう、決めたんだ。」
それがどのような決意か、獄寺には見当がつかなかった。
だが、どんな方向性の決意かは、何となく察せた。
「…そうだ、獄寺君、頼みがあるんだ。」
「何ですか?」
「悪いんだけど……上の演奏室から、俺のバイオリンをケースごと持ってきてくれないかな?」
「構いませんけど、どうして急に…」
「何となく、傍に置いておきたいんだ。」
「分かりました、持ってきます。」
「ありがとう。」
獄寺はスッと一礼して、退室した。
少し静かになった大広間の方に目線をやった後、3階の演奏室へと向かった。
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柚子の記憶が一部戻った、とのことで、すぐにシャマルが呼ばれた。
彼は客間でリボーンと雑談をしていたため、1分もしないうちに大広間へやってきた。
「おめーらはホントすげぇな……柚子ちゃん、まずは良かったな。」
『はい……でも、あの…』
「俺らのことはまだ分からなくても大丈夫さ。人間の記憶ってのは、古い方が大事にされてる。だから失くしちまった時は、大事な方から出て来るんだよ。」
『じゃあ、あたし、次は皆さんのこと、ちゃんと思い出せるでしょうか…!?』
「もちろん。柚子ちゃんが思い出したいって思ってれば、スッと出て来る。」
シャマルの言葉にホッと胸を撫で下ろし、柚子はリボーンに尋ねた。
『あの、以前見せてもらった学生証に“音楽学部”って書いてありましたよね…?』
「ああ、そーだぞ。」
『あたしの父が…何か音楽を………そう、楽器……』
目を閉じ、柚子は小さく呟き始める。
シャマルやリボーンをはじめ、山本、了平、骸、雲雀はその姿を無言で見つめる。
『……フルート…』
しばしの沈黙を経て柚子がその単語を口にした瞬間、了平は思わず「おお…!」と小さな歓声をこぼした。
『あ、あたし……フルートを…持ってましたよね…!?あの、父の形見の…』
「アルコバレーノ、演奏室に案内してはどうでしょう。」
「そうだな。シャマル、いいか?」
「ああ、大丈夫だろう。」
「柚子、上の階に行くぞ。そのフルート、保管してある。」
『は、はいっ!』
リボーンたちは、ここ数日間あえて柚子を演奏室に近づけさせなかった。
というのも、一度にたくさんの情報を与えて脳にショックを与えないようシャマルが言っていたからだった。
だが今、柚子は自分で“フルート”という要素に辿りついた。
そこでシャマルも、記憶のヒントが散りばめられている演奏室への入室を許可したのである。
演奏室へは、リボーンに山本、骸が同行した。
了平は獄寺とツナに朗報を伝えようとツナの寝室へ向かったのだ。
「ここで俺ら、それぞれの楽器を演奏してたんだ。器楽サークルとしてな!」
『そうだったんですか!?すごい……とっても広いお部屋ですね…!』
「最近使ってなかったですし、少し散らかってますがね。」
「柚子、コレだぞ。」
『あ……!』
リボーンが差し出したケース入りのフルートを見て、柚子は目を見開く。
そうっと受け取り、再び涙を流した。
『良かった……そうです、コレです……お父さんのフルート…』
ぎゅっとフルートを抱きしめ、リボーンにお礼を言った柚子は、山本と骸に尋ねた。
『お2人は、何を弾いてらしたんですか?』
「ん?俺か?俺はそこにあるホルンをな♪」
「僕はビオラです。」
「ちなみに笹川先輩はティンパニで、獄寺はピアノで、雲雀はチェロな♪」
『でしたら、リボーンさんがバイオリンですか?』
「俺は指揮担当だ。一応は弾けるけどな。」
リボーンの返答を聞いた柚子は、首を傾げた。
ホルン、ビオラ、ティンパニ、ピアノ、チェロがいるのに、何故バイオリンだけいないのか。
何と言っても弦楽器の王道。
一般人ならば、弦楽器と言ってまず浮かぶのはバイオリンだろう。
それなのに、何故。
『皆さん、バイオリンはお嫌いなんですか…?』
「おや、音楽のことも少しずつ思い出しているようですね、柚子。」
『あ、まだ細かい用語や作曲家とか分かりませんけど……でも、器楽サークルならバイオリニストは必要なんじゃ…』
フルートを大事そうに抱えながら、恐る恐る尋ねる柚子。
それを見たリボーンは、何かを考え込む。
山本は話したくて仕方ない、という表情をしており、
骸はどこか優しく静かに微笑んだ。
「柚子、今日はまだいけるか?」
『え?』
「俺は、お前はいつかそのバイオリニストに会わないといけねぇと思ってんだ。ただ、そいつに会った時、お前の頭の中に膨大な情報が流れ込んで来るかもしれねぇ。」
『膨大な、情報…?』
「要するに、脳がパニックになるかも知れない、ということです。」
「今日は色々と思い出してたしよ……疲れてねぇか?」
心配そうに自分を見つめる3人を見回し、握りしめているフルートを見て、柚子は決心したように大きく頷いた。
『大丈夫です。あたし、その人に会いに行きます!会わせて下さい!』
それは、知識欲に似たような感情だったのかも知れない。
柚子には、そのバイオリニストこそ、夢の中で背を向けていた人物であるように思えたのだ。
苦しそうに、何も告げないまま、背を向けていたあの人物に。
同時に、その人物こそがキーパーソンのように思えた。
リボーンたちが敢えて今までその存在をきちんと口にしなかったのは、自分から思い出させようとしていたのではないかと。
それは、柚子自身が感じている“欠け”を埋める存在だからなのではないかと。
脳がパニックを起こす結果になったとしても、それでも会いに行くべきだと柚子は思った。
自分で切り開かなければ、何一つ見えてこないのだから。
周りに出来ることは限られていて、柚子が自分から動くことに意味があるのだから。
『お願いします、リボーンさん!』
「…本当に、お前は強ぇ奴だな、柚子。」
『強い、ですか?いいえ、皆さんがあたしに勇気を分けて下さってるんです。そのおかげで、あたしはもっと思い出したいって思えるんですよ?』
柚子の返答に、リボーンは小さく笑みをこぼし「そうか…」と。
そして、1階のとある部屋の前に柚子を案内した。
「ま、初対面のヤツじゃねぇからあんまり身構えなくてもいーぞ。」
『初対面じゃないんですか?あたし、てっきり…』
「一瞬だけ対面しただろ。こないだ体調悪くてパニクってたヤツだ。」
『…………あっ!』
柚子はハッとして、リボーンに『あの人、具合よくなったんですか?』と尋ねる。
シャマルが言うには、ツナの傷はまだ塞がりかけというところだったが、リボーンは「まぁ大丈夫だろ」と返した。
ただ一つ、不安要素があるとすれば……
柚子ではなく、ツナがパニックを起こすかも知れないということだった。
ひたすら自分を追い詰めている今のツナの精神状態で、果たしてきちんと対応できるのか、
リボーンには、そちらの方が難題に思えた。
「そこの部屋だ、行って来い。」
「小僧、俺ら一緒に行かなくていいのか?」
「部屋に獄寺君が居ますから、大丈夫でしょう。」
『では、えっと…会ってきますっ。』
「ああ。」
数メートル廊下を歩き、少し大きめの扉の前で立ち止まる。
深呼吸を一つして、小さくノックした。
「誰だ?」
『あっ、獄寺さんですか?柚子です。』
「柚子…!?」
何故か獄寺さんは焦ったような声を出して、ドアを半分開けた。
室内が見えないように立って、あたしに尋ねる。
「何しに来たんだよ、てか…山本たちはどした?」
『あの、あたし、バイオリニストさんに会いたくて……』
「なっ…何でお前、楽器のこと…」
『少しなんですけど、思い出したんです。大学に入る前の、ずっと昔のことを、少し……そしたらリボーンさんが、会ってこいって。』
「リボーンさんが…?ちょ、ちょっと待て…「いいよ、獄寺君。通しても。」
獄寺さんの言葉を遮って、ドアの向こうから別の声がした。
その声を聞いた瞬間、どうしてか心臓の鼓動が速くなった気がして。
何だろ…あたし、緊張してるのかな……?
「わ、分かりました…ほら柚子、入っていいってよ。」
『ありがとうございます、失礼します。』
ドアが全部開けられて、広い部屋があたしを迎え入れてくれた。
そして、一番奥にあるベッドに座っていたのは……
「何日かぶり、だね。」
『あっ、えと……お身体の方は…?』
「大丈夫。あ、獄寺君、ちょっと少しだけ外してもらっていい?」
「分かりました、何かあったら呼んでください。」
「うん。」
獄寺さんが退室する間、あたしは思い出していた。
2日前、確かお昼を食べていた時だった。
突然大広間にやって来て、あたしを…抱きしめた人。
その人が今、目の前にいる。
パタン、と扉が閉まる音がしてから、あたしは思いきって尋ねた。
『あの…お名前、聞いてもいいですか?』
「あ、そっか……俺は、沢田綱吉。」
『沢田さん、ですね。宜しくお願いします。』
「うん、宜しく……“柚子さん”。」
沢田さんは、とても落ち着いた人だった。
声も、表情も、雰囲気も。
そのおかげか、あたしも落ち着いてお話することが出来た。
お話と言っても、バイオリンや器楽サークルのことについて数分話しただけだったけれど。
コンコン、
「失礼します、宜しいですか?」
「いいよ。」
「柚子、シャマルが検査の時間だってよ。」
『あっ、はい、すぐ戻ります!沢田さん、お話してくれて、どうもありがとうございました。』
沢田さんと獄寺さんに一礼ずつして、あたしは部屋を出た。
大広間まで、小走りする。
『(沢田さん、優しい感じの人だったなぁ…)』
ちょっと気になったのは、皆さんはあたしを“柚子”って呼んでいたのに、沢田さんには“柚子さん”って呼ばれたこと。
その瞬間、何となくだけど胸の奥がチクッとしたような感じが……
ううん、気のせいよね。
「おっ、来た来た。」
『すみません、お待たせしてしまって…』
「いーっていーって、気にすんな。……ん?柚子ちゃん、元気な顔になったかい?」
『そうですか…?』
「俺には分かるよ~、一流の医者だし、何てたって女の子の表情を読み取るのは得意だからな♪」
「くだらねーこと言ってっと撃つぞ。」
「冗談だってリボーン、真に受けんなっての。」
シャマルさんの方が年上に見えるのに、リボーンさんの方が威圧感があって少し面白かった。
明日も、沢田さんとお話できればいいな。
もちろん彼の体調が良かったらの話だけれど。
少しワクワクしている自分が、何だか不思議に思えた。
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柚子が退室した数分後、ツナは重いため息をベッドの上に落としながら窓の外を見ていた。
「何で…あんなに明るく振舞ってんだよ…アイツ……」
「何で、はこっちの台詞だよ。」
ふと自分に向けられた言葉に、ツナは扉の方へと視線を移す。
そこには、少し眉間に皺を寄せた雲雀。
「…せめてノックはして下さいよ、雲雀さん。」
「沢田、一体どういうつもりだい?」
雲雀はツナの要望を流し、問いかける。
しかし問われたツナも、目を逸らして「何のことですか」と。
「あの医者の話は聞いたよね。」
「だったら何ですか。」
「柚子の記憶を呼び起こすには、周りの人間がこれまでと同じように接する必要がある………それを知ってて柚子への態度を変えたなら、納得できる理由があるんだろうね?」
「……ありますよ。もう、決めたんです。柚子がこうなったのは、俺のせいだから……俺はっ……」
震えるほどに力がこもったツナの拳は、すぐほどかれる。
力無く笑いながら、ツナは雲雀に告げた。
「柚子の記憶のことは、みんなに任せます。………けど、」
「けど?」
「俺のことは……もう、思い出さなくていい。」
キーパーソン
記憶を失くした彼女の世界は、鍵を欠けさせた状態で回る
continue...
誰かが、呼んでる……誰だろう?
あっちから聞こえる…?
-「ごめんな、柚子……守れなくて…」
貴方は、誰ですか?
守るって、どういうことですか?
あたしは貴方と、どう関わってきたんですか?
ひどく寂しそうな後ろ姿。
スーツを着たそのシルエットを、あたしは知っているような気がした。
-『あの…!こっちを向いてくれませんか?』
呼びかけても、その人は背を向けたまま。
-『あたし、貴方を知っているような……』
-「俺はもう…決めたんだ……」
-『え…?』
意識が遠のく。
柔らかい毛布の感触に、あたしは目を開けた。
「あ、起こしちまったか…悪ぃ。」
『山本さん……?あたし、一体…』
「ごめんな、すっかり笹川先輩と白熱しちまって。」
『白熱……』
体を起こしてみると、そこはソファの上。
見れば、笹川さんと骸さんがテレビゲームをやっていて。
そうだ……あたし、山本さんと笹川さんのゲーム対決見てて、うとうとしちゃったんだ…。
『あ、あたしの方こそ、すみません…』
「いーっていーって!まだ柚子は本調子じゃねーもんなっ。」
今日までに分かったこと。
山本さんは、明るくて優しい人。
笹川さんは元気で全力な人。
骸さんは時々ふざけるけれど実は冷静で謎めいてる人。
雲雀さんはいつも一人離れた所に座ってる人。
獄寺さんは言葉使いが荒いけれど周りを見てる人。
リボーンさんとはあまり話さないけれど、いつもさりげなく傍にいてくれる。
シャマルさんはとても優しいお医者様。
皆さんを見てると、あたしは楽しくて充実したキャンパスライフを送っていたんだな、と感じる。
あたしは、皆さんに仲良くしてもらっていたんだ、と。
けれど、どうしてか……この空間には何か“欠け”があるような気がして。
それを言葉にできないまま、こうして過ごしてしまっているのだけれど。
一体何が、あたしの心をそわそわさせてるんだろう…。
山本さんと笹川さん、骸さんのゲームプレイを見ながら、ボーッと考えていた。
あたしには、真っ先に思い出さなきゃいけない何かがあるハズなのに…
「…何やら騒がしいと思えば、」
『あ、雲雀さん、おかえりなさい。』
「雲雀もやるか?このレーシングゲーム、マジ面白いぜっ!」
「極限ストレートおおお!!!」
「コースアウトしてますよ、笹川君。」
外出していた雲雀さんが帰って来た。
山本さんがゲームに誘ったけれど、「僕はいい」と。
『外、暑かったですよね。お飲み物、持ってきましょうか?』
あたしがそう言うと、雲雀さんは少し目を丸くしてからクスッと笑った。
『えっ、あたし、何かおかしなこと…』
「何でもないよ。どこかの家政婦みたいだと思っただけ。」
『家政婦……』
その単語が何だか引っかかって、目線を落として考える。
何か、思い出せそうな……
その響きが、懐かしいような……
頭、痛い……
「柚子、」
『は、はいっ、』
「無理しなくていいから。」
雲雀さんにそう言われて、ハッとした。
無意識に全身に力を入れてて、息苦しかった。
『はい……でもあたし、早く思い出したくて……皆さん、どうして優しくしてくれるのかなって…ちょっと不思議なくらいで……』
それに、さっきの夢。
あの人は、一体……?
あたしの深層心理が覚えているのなら、早くその記憶を引き出したいのに。
しゅんとしていると、ぽんっと頭に手が乗った。
いつの間にかゲームを終えた山本さんが、ゆっくりとあたしの頭を撫でつつ言う。
「確かに俺らも早く思い出して欲しいけどさ、それで柚子が体調崩したりすんのは勘弁ってこと。」
『山本さん…』
「そうだぞ、くれぐれも無理はするなよ。」
「人間の脳はデリケートですから。」
『笹川さん…骸さん………ありがとうございます、本当に…』
あたしは、こうして皆さんに助けられてきたのかな…
今まで、支えられてきたのかな…
「だったら、ヒントぐらいはあげようか。」
『え?』
「これ、あげる。」
雲雀さんが差し出したソレを受け取って、まじまじと見た。
これって……、
『笛、ラムネ……』
その瞬間、電撃が走ったような気がした。
頭のてっぺんから背筋を伝って爪先まで、ビビッと。
「柚子?」
『あ……あ、あたし……!コレ…!!』
心配そうに顔を覗き込む山本さんと目を合わせる。
目頭が熱くなって、同じように熱い雫がぼろぼろこぼれた。
どうして、今まで忘れてたんだろう。
何て薄情な娘なんだろう。
ごめん、ごめんね。
ちゃんと思い出したよ。
手の中の笛ラムネを握りしめ、頭の奥から出てきた“その単語”を口にした。
『“お父さん”っ……』
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コンコン、
「失礼します。10代目、昼食お持ちしました。」
「ありがとう、獄寺君。」
柚子が大広間で両親の記憶を取り戻した頃、獄寺は少し遅めの昼食をツナに差し入れた。
傷も治りかけでシャマルに「無理して動くな」と言われているツナは、ベッドに腰掛けた状態で獄寺の方を向いた。
「お加減はどうですか?」
「昨日よりはいいと思う。」
「良かったです。」
獄寺が食事を並べ、「いただきます」と食べ始めるツナ。
ただその姿は、事件前よりも弱々しい印象を獄寺に与えていた。
理由に関しては、嫌でも察しがついてしまう。
十中八九、柚子のことだった。
「…あの、10代目、」
「ん?」
「柚子には、会わないんですか?」
その問いに、ツナは箸の動きを止める。
「……俺に、会う権利があると思う?」
ツナが柚子の記憶障害を知って、まる2日が経とうとしていた。
混乱状態からは脱却し、周りに当たり散らすこともなく、ツナはシャマルに言われた通り安静にしていた。
しかし、獄寺から見てそれは、むしろ悪い変化だった。
柚子の記憶障害は自分のせいだと、ツナが自分を追い込んでいるのが目に見えていたからである。
実際、ツナは昨日からずっとため息ばかりつき、食事量も以前に比べ著しく減った。
「権利とか…必要ないっスよ。俺らが柚子に接することで、柚子の力になれるんです。10代目は…ずっと柚子の一番近くにいたじゃないスか…!だから、柚子のためにも、会うべきじゃないかって……」
「こんな状況にしたのは…俺なんだ。柚子に合わせる顔なんて無い。」
「そんなことは…」
「俺はもう、決めたんだ。」
それがどのような決意か、獄寺には見当がつかなかった。
だが、どんな方向性の決意かは、何となく察せた。
「…そうだ、獄寺君、頼みがあるんだ。」
「何ですか?」
「悪いんだけど……上の演奏室から、俺のバイオリンをケースごと持ってきてくれないかな?」
「構いませんけど、どうして急に…」
「何となく、傍に置いておきたいんだ。」
「分かりました、持ってきます。」
「ありがとう。」
獄寺はスッと一礼して、退室した。
少し静かになった大広間の方に目線をやった後、3階の演奏室へと向かった。
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柚子の記憶が一部戻った、とのことで、すぐにシャマルが呼ばれた。
彼は客間でリボーンと雑談をしていたため、1分もしないうちに大広間へやってきた。
「おめーらはホントすげぇな……柚子ちゃん、まずは良かったな。」
『はい……でも、あの…』
「俺らのことはまだ分からなくても大丈夫さ。人間の記憶ってのは、古い方が大事にされてる。だから失くしちまった時は、大事な方から出て来るんだよ。」
『じゃあ、あたし、次は皆さんのこと、ちゃんと思い出せるでしょうか…!?』
「もちろん。柚子ちゃんが思い出したいって思ってれば、スッと出て来る。」
シャマルの言葉にホッと胸を撫で下ろし、柚子はリボーンに尋ねた。
『あの、以前見せてもらった学生証に“音楽学部”って書いてありましたよね…?』
「ああ、そーだぞ。」
『あたしの父が…何か音楽を………そう、楽器……』
目を閉じ、柚子は小さく呟き始める。
シャマルやリボーンをはじめ、山本、了平、骸、雲雀はその姿を無言で見つめる。
『……フルート…』
しばしの沈黙を経て柚子がその単語を口にした瞬間、了平は思わず「おお…!」と小さな歓声をこぼした。
『あ、あたし……フルートを…持ってましたよね…!?あの、父の形見の…』
「アルコバレーノ、演奏室に案内してはどうでしょう。」
「そうだな。シャマル、いいか?」
「ああ、大丈夫だろう。」
「柚子、上の階に行くぞ。そのフルート、保管してある。」
『は、はいっ!』
リボーンたちは、ここ数日間あえて柚子を演奏室に近づけさせなかった。
というのも、一度にたくさんの情報を与えて脳にショックを与えないようシャマルが言っていたからだった。
だが今、柚子は自分で“フルート”という要素に辿りついた。
そこでシャマルも、記憶のヒントが散りばめられている演奏室への入室を許可したのである。
演奏室へは、リボーンに山本、骸が同行した。
了平は獄寺とツナに朗報を伝えようとツナの寝室へ向かったのだ。
「ここで俺ら、それぞれの楽器を演奏してたんだ。器楽サークルとしてな!」
『そうだったんですか!?すごい……とっても広いお部屋ですね…!』
「最近使ってなかったですし、少し散らかってますがね。」
「柚子、コレだぞ。」
『あ……!』
リボーンが差し出したケース入りのフルートを見て、柚子は目を見開く。
そうっと受け取り、再び涙を流した。
『良かった……そうです、コレです……お父さんのフルート…』
ぎゅっとフルートを抱きしめ、リボーンにお礼を言った柚子は、山本と骸に尋ねた。
『お2人は、何を弾いてらしたんですか?』
「ん?俺か?俺はそこにあるホルンをな♪」
「僕はビオラです。」
「ちなみに笹川先輩はティンパニで、獄寺はピアノで、雲雀はチェロな♪」
『でしたら、リボーンさんがバイオリンですか?』
「俺は指揮担当だ。一応は弾けるけどな。」
リボーンの返答を聞いた柚子は、首を傾げた。
ホルン、ビオラ、ティンパニ、ピアノ、チェロがいるのに、何故バイオリンだけいないのか。
何と言っても弦楽器の王道。
一般人ならば、弦楽器と言ってまず浮かぶのはバイオリンだろう。
それなのに、何故。
『皆さん、バイオリンはお嫌いなんですか…?』
「おや、音楽のことも少しずつ思い出しているようですね、柚子。」
『あ、まだ細かい用語や作曲家とか分かりませんけど……でも、器楽サークルならバイオリニストは必要なんじゃ…』
フルートを大事そうに抱えながら、恐る恐る尋ねる柚子。
それを見たリボーンは、何かを考え込む。
山本は話したくて仕方ない、という表情をしており、
骸はどこか優しく静かに微笑んだ。
「柚子、今日はまだいけるか?」
『え?』
「俺は、お前はいつかそのバイオリニストに会わないといけねぇと思ってんだ。ただ、そいつに会った時、お前の頭の中に膨大な情報が流れ込んで来るかもしれねぇ。」
『膨大な、情報…?』
「要するに、脳がパニックになるかも知れない、ということです。」
「今日は色々と思い出してたしよ……疲れてねぇか?」
心配そうに自分を見つめる3人を見回し、握りしめているフルートを見て、柚子は決心したように大きく頷いた。
『大丈夫です。あたし、その人に会いに行きます!会わせて下さい!』
それは、知識欲に似たような感情だったのかも知れない。
柚子には、そのバイオリニストこそ、夢の中で背を向けていた人物であるように思えたのだ。
苦しそうに、何も告げないまま、背を向けていたあの人物に。
同時に、その人物こそがキーパーソンのように思えた。
リボーンたちが敢えて今までその存在をきちんと口にしなかったのは、自分から思い出させようとしていたのではないかと。
それは、柚子自身が感じている“欠け”を埋める存在だからなのではないかと。
脳がパニックを起こす結果になったとしても、それでも会いに行くべきだと柚子は思った。
自分で切り開かなければ、何一つ見えてこないのだから。
周りに出来ることは限られていて、柚子が自分から動くことに意味があるのだから。
『お願いします、リボーンさん!』
「…本当に、お前は強ぇ奴だな、柚子。」
『強い、ですか?いいえ、皆さんがあたしに勇気を分けて下さってるんです。そのおかげで、あたしはもっと思い出したいって思えるんですよ?』
柚子の返答に、リボーンは小さく笑みをこぼし「そうか…」と。
そして、1階のとある部屋の前に柚子を案内した。
「ま、初対面のヤツじゃねぇからあんまり身構えなくてもいーぞ。」
『初対面じゃないんですか?あたし、てっきり…』
「一瞬だけ対面しただろ。こないだ体調悪くてパニクってたヤツだ。」
『…………あっ!』
柚子はハッとして、リボーンに『あの人、具合よくなったんですか?』と尋ねる。
シャマルが言うには、ツナの傷はまだ塞がりかけというところだったが、リボーンは「まぁ大丈夫だろ」と返した。
ただ一つ、不安要素があるとすれば……
柚子ではなく、ツナがパニックを起こすかも知れないということだった。
ひたすら自分を追い詰めている今のツナの精神状態で、果たしてきちんと対応できるのか、
リボーンには、そちらの方が難題に思えた。
「そこの部屋だ、行って来い。」
「小僧、俺ら一緒に行かなくていいのか?」
「部屋に獄寺君が居ますから、大丈夫でしょう。」
『では、えっと…会ってきますっ。』
「ああ。」
数メートル廊下を歩き、少し大きめの扉の前で立ち止まる。
深呼吸を一つして、小さくノックした。
「誰だ?」
『あっ、獄寺さんですか?柚子です。』
「柚子…!?」
何故か獄寺さんは焦ったような声を出して、ドアを半分開けた。
室内が見えないように立って、あたしに尋ねる。
「何しに来たんだよ、てか…山本たちはどした?」
『あの、あたし、バイオリニストさんに会いたくて……』
「なっ…何でお前、楽器のこと…」
『少しなんですけど、思い出したんです。大学に入る前の、ずっと昔のことを、少し……そしたらリボーンさんが、会ってこいって。』
「リボーンさんが…?ちょ、ちょっと待て…「いいよ、獄寺君。通しても。」
獄寺さんの言葉を遮って、ドアの向こうから別の声がした。
その声を聞いた瞬間、どうしてか心臓の鼓動が速くなった気がして。
何だろ…あたし、緊張してるのかな……?
「わ、分かりました…ほら柚子、入っていいってよ。」
『ありがとうございます、失礼します。』
ドアが全部開けられて、広い部屋があたしを迎え入れてくれた。
そして、一番奥にあるベッドに座っていたのは……
「何日かぶり、だね。」
『あっ、えと……お身体の方は…?』
「大丈夫。あ、獄寺君、ちょっと少しだけ外してもらっていい?」
「分かりました、何かあったら呼んでください。」
「うん。」
獄寺さんが退室する間、あたしは思い出していた。
2日前、確かお昼を食べていた時だった。
突然大広間にやって来て、あたしを…抱きしめた人。
その人が今、目の前にいる。
パタン、と扉が閉まる音がしてから、あたしは思いきって尋ねた。
『あの…お名前、聞いてもいいですか?』
「あ、そっか……俺は、沢田綱吉。」
『沢田さん、ですね。宜しくお願いします。』
「うん、宜しく……“柚子さん”。」
沢田さんは、とても落ち着いた人だった。
声も、表情も、雰囲気も。
そのおかげか、あたしも落ち着いてお話することが出来た。
お話と言っても、バイオリンや器楽サークルのことについて数分話しただけだったけれど。
コンコン、
「失礼します、宜しいですか?」
「いいよ。」
「柚子、シャマルが検査の時間だってよ。」
『あっ、はい、すぐ戻ります!沢田さん、お話してくれて、どうもありがとうございました。』
沢田さんと獄寺さんに一礼ずつして、あたしは部屋を出た。
大広間まで、小走りする。
『(沢田さん、優しい感じの人だったなぁ…)』
ちょっと気になったのは、皆さんはあたしを“柚子”って呼んでいたのに、沢田さんには“柚子さん”って呼ばれたこと。
その瞬間、何となくだけど胸の奥がチクッとしたような感じが……
ううん、気のせいよね。
「おっ、来た来た。」
『すみません、お待たせしてしまって…』
「いーっていーって、気にすんな。……ん?柚子ちゃん、元気な顔になったかい?」
『そうですか…?』
「俺には分かるよ~、一流の医者だし、何てたって女の子の表情を読み取るのは得意だからな♪」
「くだらねーこと言ってっと撃つぞ。」
「冗談だってリボーン、真に受けんなっての。」
シャマルさんの方が年上に見えるのに、リボーンさんの方が威圧感があって少し面白かった。
明日も、沢田さんとお話できればいいな。
もちろん彼の体調が良かったらの話だけれど。
少しワクワクしている自分が、何だか不思議に思えた。
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柚子が退室した数分後、ツナは重いため息をベッドの上に落としながら窓の外を見ていた。
「何で…あんなに明るく振舞ってんだよ…アイツ……」
「何で、はこっちの台詞だよ。」
ふと自分に向けられた言葉に、ツナは扉の方へと視線を移す。
そこには、少し眉間に皺を寄せた雲雀。
「…せめてノックはして下さいよ、雲雀さん。」
「沢田、一体どういうつもりだい?」
雲雀はツナの要望を流し、問いかける。
しかし問われたツナも、目を逸らして「何のことですか」と。
「あの医者の話は聞いたよね。」
「だったら何ですか。」
「柚子の記憶を呼び起こすには、周りの人間がこれまでと同じように接する必要がある………それを知ってて柚子への態度を変えたなら、納得できる理由があるんだろうね?」
「……ありますよ。もう、決めたんです。柚子がこうなったのは、俺のせいだから……俺はっ……」
震えるほどに力がこもったツナの拳は、すぐほどかれる。
力無く笑いながら、ツナは雲雀に告げた。
「柚子の記憶のことは、みんなに任せます。………けど、」
「けど?」
「俺のことは……もう、思い出さなくていい。」
キーパーソン
記憶を失くした彼女の世界は、鍵を欠けさせた状態で回る
continue...