🎼本編
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君の笑顔が、浮かんで消えた。
---『ツナさーんっ!』
あれ、俺……どうしてたんだっけ?
ここ、何処だ…?
体中を包むふかふかした感触。
7号館の自室のベッドに寝ている状態なんだと気付いた。
けど、どうして………俺……ダメだ、あちこちだるい…
「……代目……大丈夫ですか、10代目…!」
「獄寺、君…?」
「俺が分かるんスね!?よ、良かったっス!!10代目、痛みは無いですか?冷たい水、お飲みになりますか?」
「あぁ…うん……頼むよ…」
何だかやけに、頭がボーッとする。
俺、いつの間に寝た…?
どうして獄寺君は、俺を病人みたいに扱って…………
「……柚子!!」
記憶の糸を手繰り寄せて、ようやく思い出した。
俺は、柚子を攫った男と戦って、柚子と一緒に森に落ちたんだ。
全身の節々に僅かに残る痛みも、森に落ちたとなれば納得がいく。
きっと俺たちは気を失って、みんなに保護されたんだ…。
だとしたら、柚子は…?
起き上がって隣の部屋を見に行こうとしたその時、獄寺君が戻って来た。
ベッドから出ようとする俺を見て、青ざめる。
「10代目!今は無理をなさらないで下さい!!まだ傷が…」
「獄寺君、柚子は……柚子は何処に!?」
「柚子は……、」
コップを持つ獄寺君の手が、少し震えた。
「大丈夫っスよ……もう起きて、元気に喋ってます。」
「……ならどうして、」
どうしてそんなにぎこちない返事になるのか。
そう問い返そうとすると、ドアが開いた。
「起きたみてーだな、ツナ。」
「リボーン……」
「安心しろ。エストラーネオの残党とはケリがついた。一般人を巻き込んだこともあるしな、9代目が同盟ファミリーと話し合って厳重処分を…」
「柚子は、隣の部屋にいるのか?」
敵の処分の話なんて、どうでもよかった。
それよりも、柚子だ。
「……大広間で山本たちと昼食中だ。」
「じゅ、10代目も何か召し上がりますか?すぐ用意できると思うんで……」
「二人ともさ、俺に超直感があるってこと……忘れてない?」
俺の言葉に、獄寺君は明らかに動揺し、リボーンはハットのつばで目元を隠した。
柚子が無事なら、何で柚子の話題になっただけでこんな空気になるんだよ。
何で、俺を部屋から出さないような立ち位置なんだよ。
「…そんなに会いてーか?」
「当たり前だろ。」
「先に言っとくけどな……相当の覚悟がいるぞ。」
「覚悟…?」
リボーンの声色から、冗談ではないと察した。
だとしたら、柚子に何が…?
昼食をとれるぐらいには回復してるハズ……
もしかしたら足が動かせない、とか…?
「(……いや、)」
さっき、獄寺君は何て言った?
俺が目を覚ました時、名前を呼んだ時……
“俺が分かるんスね!?”って………
「…覚悟は出来たか?ツナ。」
「う……嘘だ……嘘だっ!!!」
次の瞬間、俺は体中の痛みを堪えて部屋を飛び出した。
「10代目っ…!!」
後ろから、獄寺君が「待って下さい」と叫ぶ声がした。
けど構わず大広間に向かって走った。
柚子に会いたい。
柚子の笑顔が見たい。
柚子の声が聞きたい。
この手でまた、抱きしめたい。
少し重たい扉を、勢いに任せて開け放った。
「柚子…!!」
ドアに背を向ける位置の席に座っていた彼女は、ビクッと肩を震わせた。
変わらない、陽光を反射する色素の薄い髪。
ゆるいウェーブのかかったその髪が、振り向きざまにふわりと揺れて。
何だよ、どこにも大きな怪我とかしてねーじゃんか…。
リボーンめ、迫真の演技しやがって。
そんな風に考えながら、瞳を丸くする柚子に歩み寄って、抱きしめた。
「柚子……」
『あっ、……え、っと……あの、』
「良かった……無事で……」
これでまた、いつもの生活に戻れる………そう、信じた。
柚子の次の言葉を聞くまでは。
『す、すみません……あの、ど、どちら様、ですか…?』
困惑のあまり、悪寒すら感じた。
「……は?柚子、お前何言って……」
『ご、ごめんなさいっ…!あの、一緒に、ここで暮らしてる方なんですよね?あたし、その……』
リボーンが、「覚悟がいるぞ」と言った意味が分かった。
けど、信じたくなかった。
信じられるハズが、なかった。
柚子の両肩を掴んだまま呆然とする俺は、傍にいた男に話しかけられる。
「ボンゴレ、一旦ちょっと離れよーな。」
「シャマル……何でココに、」
「可愛い可愛い柚子ちゃんと、ついでにお前も、俺が診てやったんだよ。説明するから、ちょっとこっち来い。」
柚子の肩から俺の手をそっと剥がし、広間の外へと促すシャマル。
と、柚子が躊躇いがちにシャマルに呼びかける。
『あの、シャマルさん…』
「心配いらねーよ柚子ちゃん、そこの坊主たちとランチ続けてな。」
『はい、分かりました。』
「頼むぜ、お前ら。」
「ウィッス。」
「極限任せろ!」
山本と了平さんが返事をして、柚子と会話を始めた。
けれどその内容を聞く暇もなく、俺は呆然とした状態のまま別室に連れだされた。
2階の資料室にて。
俺とシャマルとリボーン、そして獄寺君で状況の整理を始めた。
重たい空気の中、最初に口を開いたのはシャマルだった。
「ボンゴレ坊主、まずは朗報から言うぜ。お前がしっかり抱えてたおかげで、柚子ちゃんには外傷がほとんど無かった。かすり傷と打撲だけだな。」
「体調もどんどん回復して異常は無いっス……10代目は出血多量で危険な状態にもなりましたが…柚子は、4日も前に目覚めたんです。」
「綺麗な指も、ぜーんぶ無事だ。フルート奏者としての道も、断たれてねぇ。」
「吹き方を思い出せばの話だけどな。」
シャマルの言葉に付け足したリボーンの声色は、朗報だらけの空気を真っ二つにした。
窓際に立ってた俺は、近くの壁に拳をぶつける。
「10代目…!」
「シャマル、教えてくれ……柚子の記憶は、何年ぐらい前のまで残ってる…?」
「時期で区切るより、カテゴリーで抜けちまってんだ。」
「カテゴリー…?」
「自分を含めた“人物”の記憶と、“音楽に関する”記憶だ。」
落下させられたショックによる記憶障害……
後天的な記憶障害に見られるパターンの一つだとシャマルは言った。
日常生活が出来る程度の知識は消えていないのに、自分が何者であるか、どんな人生を送って来たかを思い出せなくなってしまうケースだ、と。
「……何だよ、それっ………何で俺じゃなくて!!柚子なんだよ!!結局っ…守れなかったってことじゃねーか!!」
「泣きごとばっか吐いてんじゃねぇ、ダメツナが。」
「リボーンさん!!」
叫んだ俺のこめかみに、リボーンが銃口を当てていた。
今なら、このまま撃たれてもいいと、うっすら思った。
俺は柚子を守れなかったんだ……
大切な人の、大切な記憶を、根こそぎ消させてしまったんだ……
「今のお前より、柚子の方が強ぇな。お前が愛した太陽を、ちったぁ見習え。じゃねーと本当にドタマかち割るぞ。」
俺は、どんな顔でリボーンと向き合っていたのか分からない。
ただ一つ確かなことは、相当情けない顔だった、ってこと。
「……シャマル、戻るぞ。」
「そーだな。可愛い可愛い柚子ちゃんが俺を待ってるからな~♪」
「お前もドタマかち割られてーか?」
「冗談だって、冗談。」
「獄寺、ツナは一応怪我人だ。寝室で安静にさせとけ。」
「はい。」
どうしたらいいか分からないまま、俺は獄寺君と自室に戻った。
さっきこの手で柚子を抱きしめた時、その感触は変わっていなかった。
けれど柚子は、ひどく困って慌てふためいていた。
「……獄寺君、」
「はい、」
「柚子は、柚子の記憶は……戻る、かな…?」
自分でも、相手を困らせる質問をしていると思った。
でも獄寺君は静かに、力強く、「はい」と一言。
「10代目、俺は…10代目がまだ目を覚ましていない時に、記憶のない柚子と話しました。なのに柚子のヤツ、全然俺のこと怖がらないんスよ。」
「…忘れてる、から?」
「それは分からないスけど…でも柚子はどこかで俺たちを覚えてて、だから親しみを感じてんじゃないかって思うんス。」
「親しみ……」
「ですから10代目、今は傷をゆっくり治して、落ち着いたら柚子と話してみて下さい。きっと10代目にも分かります。柚子は変わってないってことが。」
獄寺君は、俺を安心させるように笑いかけたワケでもなく、ただ、真剣にそう言った。
まだ希望は捨てないで欲しいと、縋るような雰囲気が感じられた。
その後、獄寺君にいれて貰ったハーブティーを飲んで、俺はしばらく眠るよう言われた。
柚子のことは、傷が治ってからでも遅くない……と。
「では10代目、何かありましたら俺に言って下さい。」
「分かった…ありがとう。」
「失礼します。」
扉の閉まる音がして、俺は寝たままの状態で窓の外を見た。
「…柚子……」
遅いとか、早いとか、そういう問題じゃない。
俺は、とんでもない事態を引き起こしてしまったんだ…
柚子は変わってないって獄寺君は言ったけど、そんなハズない。
だってもう、柚子は今までのことを……俺のことを……
---『大好き、です…』
頬を紅潮させながら、俺の腕の中でぼそっと言った柚子は、もういない。
戻って来るかも分からないんだ。
何がいけなかった?
どうして柚子が、こんな目に……
あぁでも、俺と柚子の立場が逆じゃなくて良かったのかも知れない。
こんな思いは……柚子にさせたくないから。
「………そうだよな、」
俺の、せいなんだ。
俺が、全ての元凶だ。
「ごめん……ごめんな、柚子…」
謝って赦されることじゃないって、分かってる。
分かってるけど、謝罪をこぼさずにはいられなかった。
---
------
----------
大広間に戻る途中、シャマルは隣を歩くリボーンに問いかけた。
「で、どーすんだ?柚子ちゃんの親御さんには…」
「ついこないだコンクールで再会させといて正解だったな、少しの間は隠したまま様子見できるぞ。」
「……隠す気満々かよ。」
「仕方ねーだろ。もうじき夏休みだが、帰ってきたら記憶ぶっ飛んでた、なんて笑えねー冗談だからな。とりあえず、8月中は黙っとくぞ。」
「んじゃあ学校の方はどーする、試験とかあるだろーよ。」
「演奏の実技試験ならコンクール銀賞で少しは単位認定されるみてーだな。レポート提出も済ませてるみてーだし、最低限は取れそうだ。いくつか落っことすけどな。」
リボーンの答えに、シャマルは「落っことすのは可哀想だなぁ」とぼやく。
と、今度はリボーンから問いかけた。
「日常生活のフォローは俺たちが出来る。けどそっちはどーなんだ?柚子の記憶が戻るまで、どれだけかかる?」
「…個人差もあるし、推測しかできねーな……まぁ夏休みだし、おめーらが柚子ちゃんの脳に呼びかけ続ければ、それほど時間はかからないハズだ。」
「…そーか。」
「というより、確かに非常事態っちゃあ非常事態だが……俺は悲観してねぇぜ?」
「どういう意味だ」と尋ねるような視線を向けるリボーンに、シャマルは何も答えず到着した大広間の扉を押し開ける。
そこに広がる光景は、とても和やかなものだった。
「おっ!なかなか上手じゃねーか!」
『いえ、山本さんのお手本を真似しただけです。』
「クフフ、柚子は器用ですね。それに引き換え…」
「うおおおーーっ!!!何故こんなに絡まるのだーっ!!!」
『あの…大丈夫ですか…?』
山本、骸、了平と共にあやとりをやっている柚子は、まるでそれが日常とでも言うように自然に接している。
大広間の窓際にあるソファには、一人で静かに座る雲雀の姿。
「柚子ちゃんは強い。思い出せない恐怖をたった2日で乗り越えて、思い出そうと積極的にあいつらと関わってんだ。」
「明るく振舞ってんのは、うわべだけかも知れねぇぞ。」
「だとしても、立派なもんだ。そうそういないさ。」
聞こえないように会話するシャマルとリボーンの気配を察知したのか、柚子がふっと振り返る。
『あっ、シャマルさん!リボーンさん!』
「おめーらもっとマシな遊びねーのか?あやとりなんて幼稚だぞ。」
「山本君が野球、笹川君がボクシングを提案し譲らないので、僕が仕方なくコレにしたんです。病み上がりの柚子にスポーツは酷ですからね。」
『ありがとうございます、骸さん。』
「いえいえ。」
礼を言いながらふわりと笑う柚子に、骸も微笑を返す。
『シャマルさん、あの……さっき、獄寺さんと一緒にいらした人は…?』
「あー……ちーっと具合悪くて休んでるが……あいつが気になるか?」
『い、いえ……でも、あの人もココで一緒に暮らしてる人、なんですよね…?ご挨拶しないと、って思いまして…』
躊躇いがちに言う柚子の頭を、シャマルは優しく撫でる。
「柚子ちゃんは良い子だな。けど、あいつへの挨拶はまた今度な。」
『はい。具合、早く良くなるといいですね。』
「そーだな、柚子ちゃんがそう願ってれば、すぐ良くなるさ。」
「それより柚子、お前は大丈夫か?あまり無理して起きてなくていーんだぞ。」
『大丈夫です、リボーンさん。ありがとうございます。あたし、もう少し皆さんとあやとりしたいんですけど……いいですか?』
主治医のシャマルに恐る恐る尋ねる柚子。
彼が「んじゃあ、もうちょっとしたら検査しような」と言うと、『はい!』と元気に返事をする。
そしてまた、山本たちとあやとりを始めた。
「よし、それじゃー次はコレだ!こう、パパッとやって、ビッとなったら、ホイッと!」
『わーっ!すごいです!』
「ぬおおお!!さっぱり分からんぞ!!!」
「笹川君はまず拳をほどくところから始めてはどうです?」
感覚的な山本の指導に一生懸命ついていこうとする柚子。
その傍では、不器用な了平に呆れる骸。
そして、興味がないかのように欠伸を一つする雲雀。
広間の全体像を眺め、シャマルは言った。
「記憶を取り戻して欲しいっつーあいつらの気持ちに、柚子ちゃんも精一杯応えようとしてるんだ。だから…なるようになるさ。」
ケセラセラ
言い聞かせるようなその言葉は、未来に対する願望の表れ
continue...
---『ツナさーんっ!』
あれ、俺……どうしてたんだっけ?
ここ、何処だ…?
体中を包むふかふかした感触。
7号館の自室のベッドに寝ている状態なんだと気付いた。
けど、どうして………俺……ダメだ、あちこちだるい…
「……代目……大丈夫ですか、10代目…!」
「獄寺、君…?」
「俺が分かるんスね!?よ、良かったっス!!10代目、痛みは無いですか?冷たい水、お飲みになりますか?」
「あぁ…うん……頼むよ…」
何だかやけに、頭がボーッとする。
俺、いつの間に寝た…?
どうして獄寺君は、俺を病人みたいに扱って…………
「……柚子!!」
記憶の糸を手繰り寄せて、ようやく思い出した。
俺は、柚子を攫った男と戦って、柚子と一緒に森に落ちたんだ。
全身の節々に僅かに残る痛みも、森に落ちたとなれば納得がいく。
きっと俺たちは気を失って、みんなに保護されたんだ…。
だとしたら、柚子は…?
起き上がって隣の部屋を見に行こうとしたその時、獄寺君が戻って来た。
ベッドから出ようとする俺を見て、青ざめる。
「10代目!今は無理をなさらないで下さい!!まだ傷が…」
「獄寺君、柚子は……柚子は何処に!?」
「柚子は……、」
コップを持つ獄寺君の手が、少し震えた。
「大丈夫っスよ……もう起きて、元気に喋ってます。」
「……ならどうして、」
どうしてそんなにぎこちない返事になるのか。
そう問い返そうとすると、ドアが開いた。
「起きたみてーだな、ツナ。」
「リボーン……」
「安心しろ。エストラーネオの残党とはケリがついた。一般人を巻き込んだこともあるしな、9代目が同盟ファミリーと話し合って厳重処分を…」
「柚子は、隣の部屋にいるのか?」
敵の処分の話なんて、どうでもよかった。
それよりも、柚子だ。
「……大広間で山本たちと昼食中だ。」
「じゅ、10代目も何か召し上がりますか?すぐ用意できると思うんで……」
「二人ともさ、俺に超直感があるってこと……忘れてない?」
俺の言葉に、獄寺君は明らかに動揺し、リボーンはハットのつばで目元を隠した。
柚子が無事なら、何で柚子の話題になっただけでこんな空気になるんだよ。
何で、俺を部屋から出さないような立ち位置なんだよ。
「…そんなに会いてーか?」
「当たり前だろ。」
「先に言っとくけどな……相当の覚悟がいるぞ。」
「覚悟…?」
リボーンの声色から、冗談ではないと察した。
だとしたら、柚子に何が…?
昼食をとれるぐらいには回復してるハズ……
もしかしたら足が動かせない、とか…?
「(……いや、)」
さっき、獄寺君は何て言った?
俺が目を覚ました時、名前を呼んだ時……
“俺が分かるんスね!?”って………
「…覚悟は出来たか?ツナ。」
「う……嘘だ……嘘だっ!!!」
次の瞬間、俺は体中の痛みを堪えて部屋を飛び出した。
「10代目っ…!!」
後ろから、獄寺君が「待って下さい」と叫ぶ声がした。
けど構わず大広間に向かって走った。
柚子に会いたい。
柚子の笑顔が見たい。
柚子の声が聞きたい。
この手でまた、抱きしめたい。
少し重たい扉を、勢いに任せて開け放った。
「柚子…!!」
ドアに背を向ける位置の席に座っていた彼女は、ビクッと肩を震わせた。
変わらない、陽光を反射する色素の薄い髪。
ゆるいウェーブのかかったその髪が、振り向きざまにふわりと揺れて。
何だよ、どこにも大きな怪我とかしてねーじゃんか…。
リボーンめ、迫真の演技しやがって。
そんな風に考えながら、瞳を丸くする柚子に歩み寄って、抱きしめた。
「柚子……」
『あっ、……え、っと……あの、』
「良かった……無事で……」
これでまた、いつもの生活に戻れる………そう、信じた。
柚子の次の言葉を聞くまでは。
『す、すみません……あの、ど、どちら様、ですか…?』
困惑のあまり、悪寒すら感じた。
「……は?柚子、お前何言って……」
『ご、ごめんなさいっ…!あの、一緒に、ここで暮らしてる方なんですよね?あたし、その……』
リボーンが、「覚悟がいるぞ」と言った意味が分かった。
けど、信じたくなかった。
信じられるハズが、なかった。
柚子の両肩を掴んだまま呆然とする俺は、傍にいた男に話しかけられる。
「ボンゴレ、一旦ちょっと離れよーな。」
「シャマル……何でココに、」
「可愛い可愛い柚子ちゃんと、ついでにお前も、俺が診てやったんだよ。説明するから、ちょっとこっち来い。」
柚子の肩から俺の手をそっと剥がし、広間の外へと促すシャマル。
と、柚子が躊躇いがちにシャマルに呼びかける。
『あの、シャマルさん…』
「心配いらねーよ柚子ちゃん、そこの坊主たちとランチ続けてな。」
『はい、分かりました。』
「頼むぜ、お前ら。」
「ウィッス。」
「極限任せろ!」
山本と了平さんが返事をして、柚子と会話を始めた。
けれどその内容を聞く暇もなく、俺は呆然とした状態のまま別室に連れだされた。
2階の資料室にて。
俺とシャマルとリボーン、そして獄寺君で状況の整理を始めた。
重たい空気の中、最初に口を開いたのはシャマルだった。
「ボンゴレ坊主、まずは朗報から言うぜ。お前がしっかり抱えてたおかげで、柚子ちゃんには外傷がほとんど無かった。かすり傷と打撲だけだな。」
「体調もどんどん回復して異常は無いっス……10代目は出血多量で危険な状態にもなりましたが…柚子は、4日も前に目覚めたんです。」
「綺麗な指も、ぜーんぶ無事だ。フルート奏者としての道も、断たれてねぇ。」
「吹き方を思い出せばの話だけどな。」
シャマルの言葉に付け足したリボーンの声色は、朗報だらけの空気を真っ二つにした。
窓際に立ってた俺は、近くの壁に拳をぶつける。
「10代目…!」
「シャマル、教えてくれ……柚子の記憶は、何年ぐらい前のまで残ってる…?」
「時期で区切るより、カテゴリーで抜けちまってんだ。」
「カテゴリー…?」
「自分を含めた“人物”の記憶と、“音楽に関する”記憶だ。」
落下させられたショックによる記憶障害……
後天的な記憶障害に見られるパターンの一つだとシャマルは言った。
日常生活が出来る程度の知識は消えていないのに、自分が何者であるか、どんな人生を送って来たかを思い出せなくなってしまうケースだ、と。
「……何だよ、それっ………何で俺じゃなくて!!柚子なんだよ!!結局っ…守れなかったってことじゃねーか!!」
「泣きごとばっか吐いてんじゃねぇ、ダメツナが。」
「リボーンさん!!」
叫んだ俺のこめかみに、リボーンが銃口を当てていた。
今なら、このまま撃たれてもいいと、うっすら思った。
俺は柚子を守れなかったんだ……
大切な人の、大切な記憶を、根こそぎ消させてしまったんだ……
「今のお前より、柚子の方が強ぇな。お前が愛した太陽を、ちったぁ見習え。じゃねーと本当にドタマかち割るぞ。」
俺は、どんな顔でリボーンと向き合っていたのか分からない。
ただ一つ確かなことは、相当情けない顔だった、ってこと。
「……シャマル、戻るぞ。」
「そーだな。可愛い可愛い柚子ちゃんが俺を待ってるからな~♪」
「お前もドタマかち割られてーか?」
「冗談だって、冗談。」
「獄寺、ツナは一応怪我人だ。寝室で安静にさせとけ。」
「はい。」
どうしたらいいか分からないまま、俺は獄寺君と自室に戻った。
さっきこの手で柚子を抱きしめた時、その感触は変わっていなかった。
けれど柚子は、ひどく困って慌てふためいていた。
「……獄寺君、」
「はい、」
「柚子は、柚子の記憶は……戻る、かな…?」
自分でも、相手を困らせる質問をしていると思った。
でも獄寺君は静かに、力強く、「はい」と一言。
「10代目、俺は…10代目がまだ目を覚ましていない時に、記憶のない柚子と話しました。なのに柚子のヤツ、全然俺のこと怖がらないんスよ。」
「…忘れてる、から?」
「それは分からないスけど…でも柚子はどこかで俺たちを覚えてて、だから親しみを感じてんじゃないかって思うんス。」
「親しみ……」
「ですから10代目、今は傷をゆっくり治して、落ち着いたら柚子と話してみて下さい。きっと10代目にも分かります。柚子は変わってないってことが。」
獄寺君は、俺を安心させるように笑いかけたワケでもなく、ただ、真剣にそう言った。
まだ希望は捨てないで欲しいと、縋るような雰囲気が感じられた。
その後、獄寺君にいれて貰ったハーブティーを飲んで、俺はしばらく眠るよう言われた。
柚子のことは、傷が治ってからでも遅くない……と。
「では10代目、何かありましたら俺に言って下さい。」
「分かった…ありがとう。」
「失礼します。」
扉の閉まる音がして、俺は寝たままの状態で窓の外を見た。
「…柚子……」
遅いとか、早いとか、そういう問題じゃない。
俺は、とんでもない事態を引き起こしてしまったんだ…
柚子は変わってないって獄寺君は言ったけど、そんなハズない。
だってもう、柚子は今までのことを……俺のことを……
---『大好き、です…』
頬を紅潮させながら、俺の腕の中でぼそっと言った柚子は、もういない。
戻って来るかも分からないんだ。
何がいけなかった?
どうして柚子が、こんな目に……
あぁでも、俺と柚子の立場が逆じゃなくて良かったのかも知れない。
こんな思いは……柚子にさせたくないから。
「………そうだよな、」
俺の、せいなんだ。
俺が、全ての元凶だ。
「ごめん……ごめんな、柚子…」
謝って赦されることじゃないって、分かってる。
分かってるけど、謝罪をこぼさずにはいられなかった。
---
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大広間に戻る途中、シャマルは隣を歩くリボーンに問いかけた。
「で、どーすんだ?柚子ちゃんの親御さんには…」
「ついこないだコンクールで再会させといて正解だったな、少しの間は隠したまま様子見できるぞ。」
「……隠す気満々かよ。」
「仕方ねーだろ。もうじき夏休みだが、帰ってきたら記憶ぶっ飛んでた、なんて笑えねー冗談だからな。とりあえず、8月中は黙っとくぞ。」
「んじゃあ学校の方はどーする、試験とかあるだろーよ。」
「演奏の実技試験ならコンクール銀賞で少しは単位認定されるみてーだな。レポート提出も済ませてるみてーだし、最低限は取れそうだ。いくつか落っことすけどな。」
リボーンの答えに、シャマルは「落っことすのは可哀想だなぁ」とぼやく。
と、今度はリボーンから問いかけた。
「日常生活のフォローは俺たちが出来る。けどそっちはどーなんだ?柚子の記憶が戻るまで、どれだけかかる?」
「…個人差もあるし、推測しかできねーな……まぁ夏休みだし、おめーらが柚子ちゃんの脳に呼びかけ続ければ、それほど時間はかからないハズだ。」
「…そーか。」
「というより、確かに非常事態っちゃあ非常事態だが……俺は悲観してねぇぜ?」
「どういう意味だ」と尋ねるような視線を向けるリボーンに、シャマルは何も答えず到着した大広間の扉を押し開ける。
そこに広がる光景は、とても和やかなものだった。
「おっ!なかなか上手じゃねーか!」
『いえ、山本さんのお手本を真似しただけです。』
「クフフ、柚子は器用ですね。それに引き換え…」
「うおおおーーっ!!!何故こんなに絡まるのだーっ!!!」
『あの…大丈夫ですか…?』
山本、骸、了平と共にあやとりをやっている柚子は、まるでそれが日常とでも言うように自然に接している。
大広間の窓際にあるソファには、一人で静かに座る雲雀の姿。
「柚子ちゃんは強い。思い出せない恐怖をたった2日で乗り越えて、思い出そうと積極的にあいつらと関わってんだ。」
「明るく振舞ってんのは、うわべだけかも知れねぇぞ。」
「だとしても、立派なもんだ。そうそういないさ。」
聞こえないように会話するシャマルとリボーンの気配を察知したのか、柚子がふっと振り返る。
『あっ、シャマルさん!リボーンさん!』
「おめーらもっとマシな遊びねーのか?あやとりなんて幼稚だぞ。」
「山本君が野球、笹川君がボクシングを提案し譲らないので、僕が仕方なくコレにしたんです。病み上がりの柚子にスポーツは酷ですからね。」
『ありがとうございます、骸さん。』
「いえいえ。」
礼を言いながらふわりと笑う柚子に、骸も微笑を返す。
『シャマルさん、あの……さっき、獄寺さんと一緒にいらした人は…?』
「あー……ちーっと具合悪くて休んでるが……あいつが気になるか?」
『い、いえ……でも、あの人もココで一緒に暮らしてる人、なんですよね…?ご挨拶しないと、って思いまして…』
躊躇いがちに言う柚子の頭を、シャマルは優しく撫でる。
「柚子ちゃんは良い子だな。けど、あいつへの挨拶はまた今度な。」
『はい。具合、早く良くなるといいですね。』
「そーだな、柚子ちゃんがそう願ってれば、すぐ良くなるさ。」
「それより柚子、お前は大丈夫か?あまり無理して起きてなくていーんだぞ。」
『大丈夫です、リボーンさん。ありがとうございます。あたし、もう少し皆さんとあやとりしたいんですけど……いいですか?』
主治医のシャマルに恐る恐る尋ねる柚子。
彼が「んじゃあ、もうちょっとしたら検査しような」と言うと、『はい!』と元気に返事をする。
そしてまた、山本たちとあやとりを始めた。
「よし、それじゃー次はコレだ!こう、パパッとやって、ビッとなったら、ホイッと!」
『わーっ!すごいです!』
「ぬおおお!!さっぱり分からんぞ!!!」
「笹川君はまず拳をほどくところから始めてはどうです?」
感覚的な山本の指導に一生懸命ついていこうとする柚子。
その傍では、不器用な了平に呆れる骸。
そして、興味がないかのように欠伸を一つする雲雀。
広間の全体像を眺め、シャマルは言った。
「記憶を取り戻して欲しいっつーあいつらの気持ちに、柚子ちゃんも精一杯応えようとしてるんだ。だから…なるようになるさ。」
ケセラセラ
言い聞かせるようなその言葉は、未来に対する願望の表れ
continue...