🎼本編
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ベンチに座るあたしとツナさんの間には、沈黙。
ツナさんはただ、あたしの手を握ったまま正面をボーッと見つめてた。
あたしは、握られたその手を見つめて……
不安になる。
どうやって言えばいいのか、
どうやって告げればいいのか、
まだ自分の中でも整理できていなかった。
「柚子は、さ…」
『あ、はい…!』
突然ツナさんが口を開いて、問いかける。
「この世界が……嫌いか?」
ツナさんの目は、正面の景色を映しているだけだった。
だからきっと、困惑だらけのあたしの表情なんて、ちっとも見えてないに違いない。
『え、っと…』
ツナさんが言った“この世界”っていうのは、
間違いなく“マフィアの世界”ってことで。
皆さんと出会って間もない頃は、確かに関わりたくないと思っていた世界で。
「ま、何となく分かるよ。初めてヴァリアーと対面した時、柚子、ビビってたしな。」
『そ、それは…!』
あんな怖い方達見たら、誰だってビビりますって!
具体例が極端すぎる気がして、あたしは必死に別の例を探した。
『あ、でも!ディーノさんは素敵な方だなって思いましたよ!』
「……あ、そう。」
不機嫌スイッチ押しちゃったーーー!!!
あぁもう違う!!
そーゆーんじゃなくて!!
何て言ったらいいんだろう…
出会わなければ良かったなんて、そんな風に思ってなんかいないのに。
『ですから、そのっ……』
「俺は……嫌いだよ。」
『……へ?』
俯いてぐるぐる考えていたけど、ツナさんの思いもよらない発言に、バッと顔を上げた。
相変わらず、こっちを見てくれないまま正面の景色だけ映す瞳。
「だって、そうだろ?自由奪われて、次期ボスに任命されて、ヤバい連中に囲まれてさ。」
ツナさんの渇いた笑い声に、
何故か、とてつもなく胸が苦しくなった。
「もちろん、皆のことは大切な仲間だって思ってる。出会えて良かったって。けど……」
握っていた手を引いて、ツナさんは崩れるようにあたしを抱き寄せた。
強い強いその腕には、軋む心が表れてるようで。
『ツナさ……』
「俺は…ボンゴレを……壊したい…!」
『え…!?』
「ボンゴレも、マフィアも……全部ぶっ壊してやりたんだ…!!」
少しだけ震えるその身体に、あたしの心はまた締め付けられる。
ツナさんは……ツナさんも、自由を望んでるの…?
「だから決めたんだ、ボスになって……壊すって。」
『ツナさん……』
「って、何でこんなこと柚子に話してんだろーな、俺。」
ははっと笑ってから、真剣な瞳をあたしに向ける。
「多分、さ……柚子も理由の一つなんだよ。」
『あたしが、ですか…?』
ツナさんが“マフィアを壊したい”と思う理由に、あたしが入ってるの…?
きょとんとしていたら、額にキスが降って来た。
「俺には一生、柚子だけだから。」
『え……えぇっ!?///』
「政略結婚なんてやってられっかよ、俺のパートナーは俺が決める。」
パートナー………
『あ…あたしで、いいんですか…?』
「柚子がいいんだよ、何度も言わせんな。」
『で、でも!あたしは一般人で、ツナさんは…』
「だからそのために、俺がボスになったらすぐボンゴレ解体して、マフィア界も変えるんだよ。」
ちゃんと話に付いて来い、と小突かれた。
小さく謝るあたしに、ツナさんは愉しそうに笑う。
あぁずるい。
ツナさんが笑うと、見とれちゃうのに。
「それこそ、政略結婚なんて無い世界にする。そうすれば俺も、ずっと柚子の傍に居られるから。」
あたしが考えてるよりも、ずっと先を見てる。
ツナさんは……凄い人だ。
「大人数を動かせる権力なんていらない。俺には……柚子と、柚子を守れる力があれば、それでいい。」
“なかなか質素な望みだろ?”
そう言いながら、ツナさんは微笑した。
あたし……バカだった。
ツナさんの言葉……好きって言葉、疑って。
一人で勝手に寂しくなって。
自覚したら、急に視界が滲んだ。
「柚子?」
『な、何でもないんです……ただ、』
いつもいつも、あたしばっかり照れちゃうから、
今日だけは……ちゃんと言おう。
『やっぱりツナさん……カッコいいです。』
だからきっと、好きになったんだ。
無意識のまま、惹かれてしまったんだ。
少し目を丸くしたその表情が可笑しくて、思わず笑った。
「……ったく、」
『え?きゃっ…!』
「不意打ちは卑怯だろ。」
突然こうして抱きしめたのが、あなたの照れ隠しだといいな。
嬉しさのあまり、あたしの方からもきゅっと抱きつく。
すると、ツナさんが急にあたしの肩に顔を埋めて。
『つ、ツナさんっ!?///』
「ジッとしてろ。」
『えっ…?』
その声は、2秒前とは違って真剣で。
あたしはそのままの状態で固まる。
『ど、どしたんですかツナさ…』
「ジッとしてろよ、何があっても。」
『え、あのっ………』
次の瞬間、あたしの足は地についてなくて。
『ツナさんっ!?』
「舌かむから黙ってろよ。」
そう言われたからには黙ってるしかない。
けどこの体勢……
『(お姫さま抱っこなんて…!!)』
恥ずかし過ぎる!!
しかもどうしてツナさん全力疾走してるの!?
さっきまでのほのぼの空気が恋しい…
「柚子、」
公園を出て曲がり角を曲がった所で、小さく呼びかけられる。
ふっと顔を上げると、ツナさんは走りながら言った。
「俺の胸ポケットから、ケータイ出してリボーンにかけろ。」
『えっ…』
「いいから早く!」
あまりにも必死に頼まれてしまったから、仕方なく走り中のツナさんの胸ポケットに手を入れる。
手こずると思ったけど、意外にすんなり取り出せた。
『(えーっとアドレス帳、アドレス帳……)』
人のケータイ操作するの苦手なのにーっ!!
何とかしてアドレス帳を開いて、リボーンさんに電話する。
ワンコールで出てくれたことに感動。
-「何だ?」
「リボーン、今すぐ車出してくれ。」
ツナさんが喋り出したから、咄嗟にケータイをツナさんの口元に寄せた。
そんな言い方であのリボーンさんが出してくれるんだろうか…
てゆーかそれ以前に、どうしてツナさんはあたしをお姫さま抱っこしながら走ってるんだろう?
何かから…逃げてる??
え、でも、あの公園に誰かいたっけ??
普通の人しかいなかったような……
-「……貸し一つだぞ。何処だ?」
「ナミモリーヌの店裏。」
-「…5分後だ。」
「分かった。」
短い会話を終えると、リボーンさんが電話を切った音がした。
「同じトコしまっといて。」
『はいっ。』
入り組んだ逃走をした後、ツナさんはようやく後ろを向いた。
やっぱり、誰かに追いかけられてたのかな…?
あたし、ちっとも気付かなかった…。
『あの、ツナさん…』
「心配すんな。」
『へ?』
ツナさんの呼吸がほんの少しだけ乱れてて、もうちょっとダイエットしておけば良かったと心の隅で後悔する。
そんなあたしをまた抱きしめて、ツナさんは囁く。
「柚子のことは…俺が守るから。」
どうしてか、その腕の力をいつもより強く感じて。
まるで、ツナさんがしがみついているように思って。
『あ…あたしなんかより、ツナさんの方が危ないと思いますよ…?ほら、トップなんですし……』
「バカ柚子、俺は戦えるけどお前は常に丸腰だろ。」
『でも…』
「あくまで柚子は一般人だから……俺が…命をかけても守る。」
何で急に、そんな風に言うんですか?
聞きたかったけど、出来なかった。
あたしはいつも言葉を喉で止めてしまう……
ホントに弱虫。
でも不安で不安で、ツナさんを抱きしめ返した。
『命なんて、懸けないでくださいっ…!』
ツナさんはもう、あたしの世界の大部分だから。
いなくなってしまったら、あたしも潰れてしまうだろうから。
「柚子…」
『いなくなったら、許しませんから…!』
さっき、あたしとあたしを守る力があればいいって言ってくれたツナさん。
けどあたしには、そんなざっくり必要と不必要を切り分けられない。
だって全部大事なんだもの。
けれど、大事なものを増やしてくれたのは……ツナさんだから。
『あたしには……フルートとツナさんが必要なんですっ…』
「…フルートが最優先かよ。ま、いーけど。」
その時、ブレーキの音がして黒い車がミニバンが一台停まった。
運転席の窓が開いて、リボーンさんが文句を言う。
「手間かけさせやがって、ダメツナが。」
「ありがとな、リボーン。」
『あ、ありがとうございます!わざわざお迎えに来て下さって…』
「……まぁ、柚子に免じて文句は一言にしといてやる。乗れ。」
「うん。」
『はい!』
結局、あたしには追跡者の正体は分からなかった。
ただツナさんが、キャンパスの外ではなるべく傍を離れるなって何度も念を押して来た。
車の中で一応頷いたけど、やっぱり意味は分からないまま。
どうして今更、守備がこんなに厳重になり始めているのか……
「あーあ、折角柚子と買い物デートしたかったのにさ。」
『お買い物できないくらい危ない人に狙われてるんですか?ツナさんって。』
「だから俺じゃ………うん、そうだよ。今日は気配が多かったから、柚子連れて買い物するのは危険かなって。」
マフィアのボスも大変なんだなーと思う。
『あ、でしたら!週末のトゥーランドットは安心ですね♪お客さんがいっぱい入るでしょうから、ツナさんもきっと見つからないと思いますし。』
ね、と笑ってみせたのに、ツナさんは少し寂しそうに笑い返して。
「あぁ…そうだな……」
『ツナ、さん…?』
ぽふっと頭に手が乗って、髪やら頬やら撫でられる。
『な、何ですか……もう。』
「何でもない。トゥーランドット、楽しみだな。」
『はいっ♪』
生でオペラを見れると思うと、今からワクワクしちゃう。
そのまま7号館に戻って、その日は冷蔵庫にある食材で夕飯を作ることにした。
『(うーん……マカロニが余ってるからグラタンでも作ろうかなー…ホウレンソウとキノコあったっけ?)』
やっぱり買い物できないとメニュー選びが不自由だな、とか思って溜め息を一つ。
すると、玄関のドアが開いて閉じる音がした。
『(誰か帰って来たのかな…)』
ふっと顔を覗かせると、そこには身一つで帰宅した雲雀さん。
本当に手ぶらで、何処に行ってたのか見当もつかない。
授業を受けて来たワケじゃなさそうだな、とは感じた。
『おかえりなさい、雲雀さん。』
「柚子……ただいま。」
雲雀さんは滅多に見せてくれない微笑を見せて、あたしの頭を撫でる。
何だろ……
頭撫でるの、流行ってんのかな?
『今日はどちらまで?手ぶらみたいですけど…』
「別に、散歩だよ。」
『お散歩、ですか…………あ。』
「ん?」
ふと、雲雀さんのスーツの袖に黒いシミを見つける。
『あの、そのスーツ…クリーニングに出すのでお預かり…』
「いい。」
『へ?』
あたしの視線を辿った雲雀さんは、くるっと背を向けた。
「夕飯の支度してるんでしょ、戻りなよ。」
『で、でも……汚れたままじゃ、』
「いいから。」
『あっ…』
話してる途中なのに、部屋に戻って行ってしまった雲雀さん。
あのシミ……早く落とさないと落ちなくなっちゃうかもしれないのに。
『(何着も持ってるから構わないってこと、なのかな?)』
気になったのは、同じようなシミがズボンの裾にも数か所あったこと。
黒っぽいけど、泥じゃなさそうだったし……
『……ま、いっか。』
今は夕飯のメニューの方が大事だと思って、キッチンに戻る。
そのシミが戦闘による血痕だと分かるのは、それからだいぶ先の話。
ソナタ
幸せと共に奏でられ始めたのは、悲劇への奏鳴曲
continue...
ツナさんはただ、あたしの手を握ったまま正面をボーッと見つめてた。
あたしは、握られたその手を見つめて……
不安になる。
どうやって言えばいいのか、
どうやって告げればいいのか、
まだ自分の中でも整理できていなかった。
「柚子は、さ…」
『あ、はい…!』
突然ツナさんが口を開いて、問いかける。
「この世界が……嫌いか?」
ツナさんの目は、正面の景色を映しているだけだった。
だからきっと、困惑だらけのあたしの表情なんて、ちっとも見えてないに違いない。
『え、っと…』
ツナさんが言った“この世界”っていうのは、
間違いなく“マフィアの世界”ってことで。
皆さんと出会って間もない頃は、確かに関わりたくないと思っていた世界で。
「ま、何となく分かるよ。初めてヴァリアーと対面した時、柚子、ビビってたしな。」
『そ、それは…!』
あんな怖い方達見たら、誰だってビビりますって!
具体例が極端すぎる気がして、あたしは必死に別の例を探した。
『あ、でも!ディーノさんは素敵な方だなって思いましたよ!』
「……あ、そう。」
不機嫌スイッチ押しちゃったーーー!!!
あぁもう違う!!
そーゆーんじゃなくて!!
何て言ったらいいんだろう…
出会わなければ良かったなんて、そんな風に思ってなんかいないのに。
『ですから、そのっ……』
「俺は……嫌いだよ。」
『……へ?』
俯いてぐるぐる考えていたけど、ツナさんの思いもよらない発言に、バッと顔を上げた。
相変わらず、こっちを見てくれないまま正面の景色だけ映す瞳。
「だって、そうだろ?自由奪われて、次期ボスに任命されて、ヤバい連中に囲まれてさ。」
ツナさんの渇いた笑い声に、
何故か、とてつもなく胸が苦しくなった。
「もちろん、皆のことは大切な仲間だって思ってる。出会えて良かったって。けど……」
握っていた手を引いて、ツナさんは崩れるようにあたしを抱き寄せた。
強い強いその腕には、軋む心が表れてるようで。
『ツナさ……』
「俺は…ボンゴレを……壊したい…!」
『え…!?』
「ボンゴレも、マフィアも……全部ぶっ壊してやりたんだ…!!」
少しだけ震えるその身体に、あたしの心はまた締め付けられる。
ツナさんは……ツナさんも、自由を望んでるの…?
「だから決めたんだ、ボスになって……壊すって。」
『ツナさん……』
「って、何でこんなこと柚子に話してんだろーな、俺。」
ははっと笑ってから、真剣な瞳をあたしに向ける。
「多分、さ……柚子も理由の一つなんだよ。」
『あたしが、ですか…?』
ツナさんが“マフィアを壊したい”と思う理由に、あたしが入ってるの…?
きょとんとしていたら、額にキスが降って来た。
「俺には一生、柚子だけだから。」
『え……えぇっ!?///』
「政略結婚なんてやってられっかよ、俺のパートナーは俺が決める。」
パートナー………
『あ…あたしで、いいんですか…?』
「柚子がいいんだよ、何度も言わせんな。」
『で、でも!あたしは一般人で、ツナさんは…』
「だからそのために、俺がボスになったらすぐボンゴレ解体して、マフィア界も変えるんだよ。」
ちゃんと話に付いて来い、と小突かれた。
小さく謝るあたしに、ツナさんは愉しそうに笑う。
あぁずるい。
ツナさんが笑うと、見とれちゃうのに。
「それこそ、政略結婚なんて無い世界にする。そうすれば俺も、ずっと柚子の傍に居られるから。」
あたしが考えてるよりも、ずっと先を見てる。
ツナさんは……凄い人だ。
「大人数を動かせる権力なんていらない。俺には……柚子と、柚子を守れる力があれば、それでいい。」
“なかなか質素な望みだろ?”
そう言いながら、ツナさんは微笑した。
あたし……バカだった。
ツナさんの言葉……好きって言葉、疑って。
一人で勝手に寂しくなって。
自覚したら、急に視界が滲んだ。
「柚子?」
『な、何でもないんです……ただ、』
いつもいつも、あたしばっかり照れちゃうから、
今日だけは……ちゃんと言おう。
『やっぱりツナさん……カッコいいです。』
だからきっと、好きになったんだ。
無意識のまま、惹かれてしまったんだ。
少し目を丸くしたその表情が可笑しくて、思わず笑った。
「……ったく、」
『え?きゃっ…!』
「不意打ちは卑怯だろ。」
突然こうして抱きしめたのが、あなたの照れ隠しだといいな。
嬉しさのあまり、あたしの方からもきゅっと抱きつく。
すると、ツナさんが急にあたしの肩に顔を埋めて。
『つ、ツナさんっ!?///』
「ジッとしてろ。」
『えっ…?』
その声は、2秒前とは違って真剣で。
あたしはそのままの状態で固まる。
『ど、どしたんですかツナさ…』
「ジッとしてろよ、何があっても。」
『え、あのっ………』
次の瞬間、あたしの足は地についてなくて。
『ツナさんっ!?』
「舌かむから黙ってろよ。」
そう言われたからには黙ってるしかない。
けどこの体勢……
『(お姫さま抱っこなんて…!!)』
恥ずかし過ぎる!!
しかもどうしてツナさん全力疾走してるの!?
さっきまでのほのぼの空気が恋しい…
「柚子、」
公園を出て曲がり角を曲がった所で、小さく呼びかけられる。
ふっと顔を上げると、ツナさんは走りながら言った。
「俺の胸ポケットから、ケータイ出してリボーンにかけろ。」
『えっ…』
「いいから早く!」
あまりにも必死に頼まれてしまったから、仕方なく走り中のツナさんの胸ポケットに手を入れる。
手こずると思ったけど、意外にすんなり取り出せた。
『(えーっとアドレス帳、アドレス帳……)』
人のケータイ操作するの苦手なのにーっ!!
何とかしてアドレス帳を開いて、リボーンさんに電話する。
ワンコールで出てくれたことに感動。
-「何だ?」
「リボーン、今すぐ車出してくれ。」
ツナさんが喋り出したから、咄嗟にケータイをツナさんの口元に寄せた。
そんな言い方であのリボーンさんが出してくれるんだろうか…
てゆーかそれ以前に、どうしてツナさんはあたしをお姫さま抱っこしながら走ってるんだろう?
何かから…逃げてる??
え、でも、あの公園に誰かいたっけ??
普通の人しかいなかったような……
-「……貸し一つだぞ。何処だ?」
「ナミモリーヌの店裏。」
-「…5分後だ。」
「分かった。」
短い会話を終えると、リボーンさんが電話を切った音がした。
「同じトコしまっといて。」
『はいっ。』
入り組んだ逃走をした後、ツナさんはようやく後ろを向いた。
やっぱり、誰かに追いかけられてたのかな…?
あたし、ちっとも気付かなかった…。
『あの、ツナさん…』
「心配すんな。」
『へ?』
ツナさんの呼吸がほんの少しだけ乱れてて、もうちょっとダイエットしておけば良かったと心の隅で後悔する。
そんなあたしをまた抱きしめて、ツナさんは囁く。
「柚子のことは…俺が守るから。」
どうしてか、その腕の力をいつもより強く感じて。
まるで、ツナさんがしがみついているように思って。
『あ…あたしなんかより、ツナさんの方が危ないと思いますよ…?ほら、トップなんですし……』
「バカ柚子、俺は戦えるけどお前は常に丸腰だろ。」
『でも…』
「あくまで柚子は一般人だから……俺が…命をかけても守る。」
何で急に、そんな風に言うんですか?
聞きたかったけど、出来なかった。
あたしはいつも言葉を喉で止めてしまう……
ホントに弱虫。
でも不安で不安で、ツナさんを抱きしめ返した。
『命なんて、懸けないでくださいっ…!』
ツナさんはもう、あたしの世界の大部分だから。
いなくなってしまったら、あたしも潰れてしまうだろうから。
「柚子…」
『いなくなったら、許しませんから…!』
さっき、あたしとあたしを守る力があればいいって言ってくれたツナさん。
けどあたしには、そんなざっくり必要と不必要を切り分けられない。
だって全部大事なんだもの。
けれど、大事なものを増やしてくれたのは……ツナさんだから。
『あたしには……フルートとツナさんが必要なんですっ…』
「…フルートが最優先かよ。ま、いーけど。」
その時、ブレーキの音がして黒い車がミニバンが一台停まった。
運転席の窓が開いて、リボーンさんが文句を言う。
「手間かけさせやがって、ダメツナが。」
「ありがとな、リボーン。」
『あ、ありがとうございます!わざわざお迎えに来て下さって…』
「……まぁ、柚子に免じて文句は一言にしといてやる。乗れ。」
「うん。」
『はい!』
結局、あたしには追跡者の正体は分からなかった。
ただツナさんが、キャンパスの外ではなるべく傍を離れるなって何度も念を押して来た。
車の中で一応頷いたけど、やっぱり意味は分からないまま。
どうして今更、守備がこんなに厳重になり始めているのか……
「あーあ、折角柚子と買い物デートしたかったのにさ。」
『お買い物できないくらい危ない人に狙われてるんですか?ツナさんって。』
「だから俺じゃ………うん、そうだよ。今日は気配が多かったから、柚子連れて買い物するのは危険かなって。」
マフィアのボスも大変なんだなーと思う。
『あ、でしたら!週末のトゥーランドットは安心ですね♪お客さんがいっぱい入るでしょうから、ツナさんもきっと見つからないと思いますし。』
ね、と笑ってみせたのに、ツナさんは少し寂しそうに笑い返して。
「あぁ…そうだな……」
『ツナ、さん…?』
ぽふっと頭に手が乗って、髪やら頬やら撫でられる。
『な、何ですか……もう。』
「何でもない。トゥーランドット、楽しみだな。」
『はいっ♪』
生でオペラを見れると思うと、今からワクワクしちゃう。
そのまま7号館に戻って、その日は冷蔵庫にある食材で夕飯を作ることにした。
『(うーん……マカロニが余ってるからグラタンでも作ろうかなー…ホウレンソウとキノコあったっけ?)』
やっぱり買い物できないとメニュー選びが不自由だな、とか思って溜め息を一つ。
すると、玄関のドアが開いて閉じる音がした。
『(誰か帰って来たのかな…)』
ふっと顔を覗かせると、そこには身一つで帰宅した雲雀さん。
本当に手ぶらで、何処に行ってたのか見当もつかない。
授業を受けて来たワケじゃなさそうだな、とは感じた。
『おかえりなさい、雲雀さん。』
「柚子……ただいま。」
雲雀さんは滅多に見せてくれない微笑を見せて、あたしの頭を撫でる。
何だろ……
頭撫でるの、流行ってんのかな?
『今日はどちらまで?手ぶらみたいですけど…』
「別に、散歩だよ。」
『お散歩、ですか…………あ。』
「ん?」
ふと、雲雀さんのスーツの袖に黒いシミを見つける。
『あの、そのスーツ…クリーニングに出すのでお預かり…』
「いい。」
『へ?』
あたしの視線を辿った雲雀さんは、くるっと背を向けた。
「夕飯の支度してるんでしょ、戻りなよ。」
『で、でも……汚れたままじゃ、』
「いいから。」
『あっ…』
話してる途中なのに、部屋に戻って行ってしまった雲雀さん。
あのシミ……早く落とさないと落ちなくなっちゃうかもしれないのに。
『(何着も持ってるから構わないってこと、なのかな?)』
気になったのは、同じようなシミがズボンの裾にも数か所あったこと。
黒っぽいけど、泥じゃなさそうだったし……
『……ま、いっか。』
今は夕飯のメニューの方が大事だと思って、キッチンに戻る。
そのシミが戦闘による血痕だと分かるのは、それからだいぶ先の話。
ソナタ
幸せと共に奏でられ始めたのは、悲劇への奏鳴曲
continue...