🎼本編
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『う~~~ん……』
フルートコンクール本選当日の午前5時。
扉を全開にしたクローゼットの前で、あたしは悩んでいた。
そこには、イタリアで初めて婚約者を名乗った時のドレスから、ついこないだイタリアで着たドレスまで、ざらっと並んでいたのだ。
『てゆーかまず、こんなにたくさんドレス買った覚え無いのに……』
全部特注な上、全額負担させられてるっていうね……
一体何年後に返済出来るのかな…
いけないいけない!
コンクール当日にブルーなことは考えちゃダメ!
『もーいいや、コレ着てこ。』
適当に、一番端っこにあったドレスを出した。
----
---------
物音で、目が覚めた。
聞こえてくるのは、隣の部屋から。
「(あぁ、柚子か……)」
ぼんやりとそう思って、寝返りを打つ。
あんな言葉聞いちまったら、もう……近づけない。
---『7号館にいると…苦しいっ……』
俺はずっと、柚子を苦しめてたんだって。
無理に巻き込んだのは俺だけど、せめて笑顔でいてくれたら…
そんな願いは、所詮叶わないものだったんだって実感して。
情けなくて、仕方ない。
悔しくて、堪らない。
なのに、ちっぽけなプライドのせいで、面と向かって謝ることも出来ないまま。
柚子の苦しみを和らげる術も、分からないまま。
「(どーすりゃいんだよ……)」
溜め息をついたその時、
柚子の気配が俺の部屋のドアの前で止まったのを感じた。
入って来るのか、起こしに来たのか、
そんな風に思って、寝たふりをしようとしたけど……違った。
『えと………行ってきます。』
ドア越しに、一言だけ。
直後に廊下に響く、ヒールの音。
そっか、今日ってコンクール本選………
ん?待てよ…
「(柚子のヤツ、どーやって会場まで行くんだ?)」
6時ちょっと前か…雲雀さんやリボーンなら起きてるかな。
山本や了平さんはロードワークしに行ってるだろーし。
考えてるうちに、7号館のドアが閉まる音がした。
まさか柚子……一人で行った?
半ば呆然とする俺。
ふと、部屋のドアが開いた。
「………どういうつもりなんだい?」
「雲雀さん…」
いつも敵に向けられる強烈な殺気が直接俺に向けられたのは、久々だった。
ベッドに座りっ放しの俺に、ツカツカ歩み寄ってトンファーを向ける。
「柚子を巻き込む代わりに守る……そう言ったのは誰だい?」
「………分かってますよ、」
「今の君には何も分かってないよ。その上、柚子を弱らせてる。」
柚子が…弱ってる…!?
想定外なことを言われて目を見開いた俺に、雲雀さんは更に殺気を込めた視線を突きさした。
「確かに隠してたみたいだ、コンクールもあったしね。けどそれくらい見抜けたハズだよ、少なくとも…前の君なら。」
「…………んですよ…」
あぁ、こんな弱音吐いたら、殴られるんだろうな。
雲雀さん、何だかんだ言って柚子を気に入ってるから。
「俺……、柚子の笑顔…奪ってたみたいで………全部、俺が原因だったみたいなんですよ…」
直後、トンファーが風を切る音がした。
「(やっぱり殴られるか…)」
諦めと許容で目を閉じた俺。
けど、いつまで経っても衝撃は無くて。
「(あれ…)」
ゆっくりと目を開けたら、トンファーがピッタリと寸止めされていた。
その向こうには、心底気に食わないという表情の雲雀さん。
「…殴られたいなら、赤ん坊に殴られるんだね。」
そう吐き捨てて、雲雀さんは踵を返した。
寸止めなんて…初めてされた。
今の俺は、殴るにも値しないってことかな…
「そーだぞ。」
「……今度はお前かよ、リボーン…」
「追いかけねーのか?柚子は電車で行くって言ってたぞ。」
「俺がいたら弱まるんだろ?柚子のメンタルが。」
「そーやって逃げんのか。」
「るさい…」
無意識のうちに、拳を握る力が強まる。
リボーンは言った。
「柚子、出掛ける前に俺んトコ来たんだ。“いつもありがとうございます、今日は一人で頑張って来ます”ってな。」
「なら…いーじゃんかよ……」
そう返したら、ぐっと胸倉を掴まれた。
こーなった時に言われる言葉はいつも………
俺の痛いトコ突くんだよな。
「本気でそう思ってねぇことは分かってんだ、このダメツナ。」
「……放せよ…」
「柚子はお前のフィアンセだぞ、ノーマークで外出させる意味が分かってんだろーな?」
「けど柚子が護衛を望んでないんだろ。」
ガッ、
「ぐっ…!」
「…撃ち殺してぇくらいだ。自分から掘った溝をセメントで固めてる暇があったら、死ぬ気でその溝埋めやがれ。」
リボーンは一発殴って、出て行った。
「ふっ………はははっ…」
俺の口から洩れたのは、他ならない自分への嘲笑だった。
最愛の人を傷つけて、笑顔奪って、
周りから「どーすんだ」って詰め寄られて、
逃げて逃げて見ないフリして……
「最低だな、俺………」
本当に好きな人が目の前に居て、
苦しみこらえて笑ってて、
その苦しみの原因が自分だったら、
一体どーすればいい?
----
-------
--------------
電車に揺られながら、右手ではしっかりとフルートのケースを握ってた。
左肩には楽譜とか書類を入れたカバン。
遠いなぁ……
今までもそれなりに遠い会場だったのに、皆さんのおかげで足が疲れなかった。
でも今回は、違う。
あたしは、あたしの足で会場に近付いてって、
一人で曲と審査員と向き合う。
応援もいない。
あるのは、ハルさんから貰ったブレスレットだけ。
『(ううん、これがあれば充分だよ。)』
審査員の方はきっと、あたしの父を知ってるだろう。
何たって本選だもん。
演奏者は、あたしの他に3人しかいない。
どれだけ審査員を揺さぶれるか。
あたしの本気が試されるんだ。
『うっわー……』
改めて見上げると、大きなホールだった。
そっか、一度だけ来たことあるんだ……
いつだったか、お父さんがココで演奏した。
それに付いて来たんだっけ。
「おはようございます。演奏者の方ですね。」
『はい、宜しくお願いします。』
「係の者が控室までご案内します。お荷物は…」
『あ、大丈夫です。自分で持ちますから。』
親切な受付の方に一礼して、あたしは係の人について行った。
---
------
-------------
3時間半ぐらい経った。
その間に一人ずつ通し練習をさせてもらい、今はまた控室にいる。
着替えて、メークして…
あとはもう、精神統一のみ。
周りは皆、ライバル。
一般聴衆の中にも、あたしの味方はいない。
どうしよ…本当にどうしよう……
誰もあたしの演奏が成功することなんて、祈ってない。
そんな人、このホールの何処にもいない。
『ツナさん…』
呟いてから、ハッとした。
あたし、バカみたい。
一人で戦うって決めたのに、今頃怖くなり始めて。
しかも呼んだのが、あんな横暴ボスだなんて……
「牧之原さん、そろそろお時間です。」
『あ、はいっ。』
前の人の演奏、とっても綺麗だった。
あたしも同じように……それ以上に、吹けるかな…?
長くて短い通路を踏みしめ、たくさんのライトの中に進み出た。
深いお辞儀を1つして、指揮者に視線を送る。
あたしの戦いが、始まった。
---
ふわふわする。
モーツァルトの“フルート協奏曲第1番・ト長調”………
フルートの良さを引き出していると言われてる。
もともと彼自身はフルートが好きじゃなかったらしいけど、
依頼されて作ったこの曲は、素晴らしいものとして後世に伝わってる。
『(あ……)』
思えば、あたしの7号館生活もそんな感じで。
望んでないのに同居。
だけどいざ暮らしてみれば、あたしには勿体ないほど素晴らしい生活。
身分違いの一般人が覗きこんでしまった、彼らの世界……
それは恐怖心を煽ること・不満に思うことが多々あったけど、
何にも代えがたい美しい日々だった。
だからほら、いつか離れると思った瞬間、寂しくて苦しくて堪らなくなる。
あたしはこんなに……皆さんに依存してた。
いつからだったか分からないけど、
『(惹かれてたんだ……ツナさんに…)』
駅前でディーノさんに抱きしめられて、自覚してしまった。
あたしが好きなのは、ツナさんの腕の中。
7号館にいて苦しくなるのは、
ツナさんと一緒にいられるけれど、
いつかは離れてしまうから。
卒業したら、家政婦生活も婚約者役も、
全部全部おしまいだから。
それが分かってるから、嬉しいのと苦しいのでごちゃごちゃ。
だけど…
『(出会えて良かった……その気持ちは、本物ですから…)』
依頼の為に、モーツァルトは乗り気じゃないまま作曲したのかもしれない。
でも、こうして素晴らしい評価を得て受け継がれているこの曲を、誇りに思ってくれてるといいなぁ…。
-----
会場は、不意にざわつき始めた。
理由は至極簡単なこと。
「あの演奏者………泣いてる…?」
「でも音はぶれてませんよ…」
同時に、審査員席でも。
「彼女は一体……」
「曲に深い思い入れでもあるんですかねぇ…?」
「書類を見せてくれ………ふむ、牧之原柚子……まだ19か…」
そこまで言って一旦口を閉ざした審査員長は、もう一度柚子の名に目をやった。
「(この、“牧之原”という名字………まさか…!)」
------
世界がひっくり返っても、あり得ないと思った。
あんな横暴ボスを好きになるなんて。
---「柚子は、ガード緩すぎんだよ。」
---「俺の幸せの9割、柚子だから。」
---「柚子が好きだよ。」
---「大丈夫じゃねぇなら、俺がココにいるから。」
本当に、いつからだったのかな。
言動全てに、惹かれてた。
家族じゃない誰かに、あんなにも大切にされたのが初めてだったから…?
ううん、きっと違う。
あたしは本当は、あの瞬間に……
バイオリンを弾いていたツナさんの姿に、
心の一番奥を、奪われてたんだ。
言葉を音楽にして、届ける。
フルートが好き。
7号館が好き。
お父さんの演奏が好き。
ツナさんが、好き。
あたしが感じてるたくさんの“好き”を、
フルート好きの為に作られたこの曲に、乗せる。
後悔をしないように、一音一音を紡いでいった。
ヘテロドックス
芽生えた気持ちを乗せた音楽は、周りの瞳に“異端”と映った
continue...
フルートコンクール本選当日の午前5時。
扉を全開にしたクローゼットの前で、あたしは悩んでいた。
そこには、イタリアで初めて婚約者を名乗った時のドレスから、ついこないだイタリアで着たドレスまで、ざらっと並んでいたのだ。
『てゆーかまず、こんなにたくさんドレス買った覚え無いのに……』
全部特注な上、全額負担させられてるっていうね……
一体何年後に返済出来るのかな…
いけないいけない!
コンクール当日にブルーなことは考えちゃダメ!
『もーいいや、コレ着てこ。』
適当に、一番端っこにあったドレスを出した。
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---------
物音で、目が覚めた。
聞こえてくるのは、隣の部屋から。
「(あぁ、柚子か……)」
ぼんやりとそう思って、寝返りを打つ。
あんな言葉聞いちまったら、もう……近づけない。
---『7号館にいると…苦しいっ……』
俺はずっと、柚子を苦しめてたんだって。
無理に巻き込んだのは俺だけど、せめて笑顔でいてくれたら…
そんな願いは、所詮叶わないものだったんだって実感して。
情けなくて、仕方ない。
悔しくて、堪らない。
なのに、ちっぽけなプライドのせいで、面と向かって謝ることも出来ないまま。
柚子の苦しみを和らげる術も、分からないまま。
「(どーすりゃいんだよ……)」
溜め息をついたその時、
柚子の気配が俺の部屋のドアの前で止まったのを感じた。
入って来るのか、起こしに来たのか、
そんな風に思って、寝たふりをしようとしたけど……違った。
『えと………行ってきます。』
ドア越しに、一言だけ。
直後に廊下に響く、ヒールの音。
そっか、今日ってコンクール本選………
ん?待てよ…
「(柚子のヤツ、どーやって会場まで行くんだ?)」
6時ちょっと前か…雲雀さんやリボーンなら起きてるかな。
山本や了平さんはロードワークしに行ってるだろーし。
考えてるうちに、7号館のドアが閉まる音がした。
まさか柚子……一人で行った?
半ば呆然とする俺。
ふと、部屋のドアが開いた。
「………どういうつもりなんだい?」
「雲雀さん…」
いつも敵に向けられる強烈な殺気が直接俺に向けられたのは、久々だった。
ベッドに座りっ放しの俺に、ツカツカ歩み寄ってトンファーを向ける。
「柚子を巻き込む代わりに守る……そう言ったのは誰だい?」
「………分かってますよ、」
「今の君には何も分かってないよ。その上、柚子を弱らせてる。」
柚子が…弱ってる…!?
想定外なことを言われて目を見開いた俺に、雲雀さんは更に殺気を込めた視線を突きさした。
「確かに隠してたみたいだ、コンクールもあったしね。けどそれくらい見抜けたハズだよ、少なくとも…前の君なら。」
「…………んですよ…」
あぁ、こんな弱音吐いたら、殴られるんだろうな。
雲雀さん、何だかんだ言って柚子を気に入ってるから。
「俺……、柚子の笑顔…奪ってたみたいで………全部、俺が原因だったみたいなんですよ…」
直後、トンファーが風を切る音がした。
「(やっぱり殴られるか…)」
諦めと許容で目を閉じた俺。
けど、いつまで経っても衝撃は無くて。
「(あれ…)」
ゆっくりと目を開けたら、トンファーがピッタリと寸止めされていた。
その向こうには、心底気に食わないという表情の雲雀さん。
「…殴られたいなら、赤ん坊に殴られるんだね。」
そう吐き捨てて、雲雀さんは踵を返した。
寸止めなんて…初めてされた。
今の俺は、殴るにも値しないってことかな…
「そーだぞ。」
「……今度はお前かよ、リボーン…」
「追いかけねーのか?柚子は電車で行くって言ってたぞ。」
「俺がいたら弱まるんだろ?柚子のメンタルが。」
「そーやって逃げんのか。」
「るさい…」
無意識のうちに、拳を握る力が強まる。
リボーンは言った。
「柚子、出掛ける前に俺んトコ来たんだ。“いつもありがとうございます、今日は一人で頑張って来ます”ってな。」
「なら…いーじゃんかよ……」
そう返したら、ぐっと胸倉を掴まれた。
こーなった時に言われる言葉はいつも………
俺の痛いトコ突くんだよな。
「本気でそう思ってねぇことは分かってんだ、このダメツナ。」
「……放せよ…」
「柚子はお前のフィアンセだぞ、ノーマークで外出させる意味が分かってんだろーな?」
「けど柚子が護衛を望んでないんだろ。」
ガッ、
「ぐっ…!」
「…撃ち殺してぇくらいだ。自分から掘った溝をセメントで固めてる暇があったら、死ぬ気でその溝埋めやがれ。」
リボーンは一発殴って、出て行った。
「ふっ………はははっ…」
俺の口から洩れたのは、他ならない自分への嘲笑だった。
最愛の人を傷つけて、笑顔奪って、
周りから「どーすんだ」って詰め寄られて、
逃げて逃げて見ないフリして……
「最低だな、俺………」
本当に好きな人が目の前に居て、
苦しみこらえて笑ってて、
その苦しみの原因が自分だったら、
一体どーすればいい?
----
-------
--------------
電車に揺られながら、右手ではしっかりとフルートのケースを握ってた。
左肩には楽譜とか書類を入れたカバン。
遠いなぁ……
今までもそれなりに遠い会場だったのに、皆さんのおかげで足が疲れなかった。
でも今回は、違う。
あたしは、あたしの足で会場に近付いてって、
一人で曲と審査員と向き合う。
応援もいない。
あるのは、ハルさんから貰ったブレスレットだけ。
『(ううん、これがあれば充分だよ。)』
審査員の方はきっと、あたしの父を知ってるだろう。
何たって本選だもん。
演奏者は、あたしの他に3人しかいない。
どれだけ審査員を揺さぶれるか。
あたしの本気が試されるんだ。
『うっわー……』
改めて見上げると、大きなホールだった。
そっか、一度だけ来たことあるんだ……
いつだったか、お父さんがココで演奏した。
それに付いて来たんだっけ。
「おはようございます。演奏者の方ですね。」
『はい、宜しくお願いします。』
「係の者が控室までご案内します。お荷物は…」
『あ、大丈夫です。自分で持ちますから。』
親切な受付の方に一礼して、あたしは係の人について行った。
---
------
-------------
3時間半ぐらい経った。
その間に一人ずつ通し練習をさせてもらい、今はまた控室にいる。
着替えて、メークして…
あとはもう、精神統一のみ。
周りは皆、ライバル。
一般聴衆の中にも、あたしの味方はいない。
どうしよ…本当にどうしよう……
誰もあたしの演奏が成功することなんて、祈ってない。
そんな人、このホールの何処にもいない。
『ツナさん…』
呟いてから、ハッとした。
あたし、バカみたい。
一人で戦うって決めたのに、今頃怖くなり始めて。
しかも呼んだのが、あんな横暴ボスだなんて……
「牧之原さん、そろそろお時間です。」
『あ、はいっ。』
前の人の演奏、とっても綺麗だった。
あたしも同じように……それ以上に、吹けるかな…?
長くて短い通路を踏みしめ、たくさんのライトの中に進み出た。
深いお辞儀を1つして、指揮者に視線を送る。
あたしの戦いが、始まった。
---
ふわふわする。
モーツァルトの“フルート協奏曲第1番・ト長調”………
フルートの良さを引き出していると言われてる。
もともと彼自身はフルートが好きじゃなかったらしいけど、
依頼されて作ったこの曲は、素晴らしいものとして後世に伝わってる。
『(あ……)』
思えば、あたしの7号館生活もそんな感じで。
望んでないのに同居。
だけどいざ暮らしてみれば、あたしには勿体ないほど素晴らしい生活。
身分違いの一般人が覗きこんでしまった、彼らの世界……
それは恐怖心を煽ること・不満に思うことが多々あったけど、
何にも代えがたい美しい日々だった。
だからほら、いつか離れると思った瞬間、寂しくて苦しくて堪らなくなる。
あたしはこんなに……皆さんに依存してた。
いつからだったか分からないけど、
『(惹かれてたんだ……ツナさんに…)』
駅前でディーノさんに抱きしめられて、自覚してしまった。
あたしが好きなのは、ツナさんの腕の中。
7号館にいて苦しくなるのは、
ツナさんと一緒にいられるけれど、
いつかは離れてしまうから。
卒業したら、家政婦生活も婚約者役も、
全部全部おしまいだから。
それが分かってるから、嬉しいのと苦しいのでごちゃごちゃ。
だけど…
『(出会えて良かった……その気持ちは、本物ですから…)』
依頼の為に、モーツァルトは乗り気じゃないまま作曲したのかもしれない。
でも、こうして素晴らしい評価を得て受け継がれているこの曲を、誇りに思ってくれてるといいなぁ…。
-----
会場は、不意にざわつき始めた。
理由は至極簡単なこと。
「あの演奏者………泣いてる…?」
「でも音はぶれてませんよ…」
同時に、審査員席でも。
「彼女は一体……」
「曲に深い思い入れでもあるんですかねぇ…?」
「書類を見せてくれ………ふむ、牧之原柚子……まだ19か…」
そこまで言って一旦口を閉ざした審査員長は、もう一度柚子の名に目をやった。
「(この、“牧之原”という名字………まさか…!)」
------
世界がひっくり返っても、あり得ないと思った。
あんな横暴ボスを好きになるなんて。
---「柚子は、ガード緩すぎんだよ。」
---「俺の幸せの9割、柚子だから。」
---「柚子が好きだよ。」
---「大丈夫じゃねぇなら、俺がココにいるから。」
本当に、いつからだったのかな。
言動全てに、惹かれてた。
家族じゃない誰かに、あんなにも大切にされたのが初めてだったから…?
ううん、きっと違う。
あたしは本当は、あの瞬間に……
バイオリンを弾いていたツナさんの姿に、
心の一番奥を、奪われてたんだ。
言葉を音楽にして、届ける。
フルートが好き。
7号館が好き。
お父さんの演奏が好き。
ツナさんが、好き。
あたしが感じてるたくさんの“好き”を、
フルート好きの為に作られたこの曲に、乗せる。
後悔をしないように、一音一音を紡いでいった。
ヘテロドックス
芽生えた気持ちを乗せた音楽は、周りの瞳に“異端”と映った
continue...