🎼本編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
3次予選の曲の練習をしまくる為に、一日の休みが2時間半に増えた。
あたしが演奏室にこもる間は、バジルさんが掃除などなどやってくれるということで。
「柚子殿、少し宜しいですか?」
『はい、何でしょう?』
「洗濯に使う新しい石鹸はどれですか?」
『石鹸…?』
バジルさんが“洗剤”と言わなかった理由は、すぐに分かった。
彼は洗濯板で8人分の洗濯をしようとしていたのだ。
『ば、バジルさんっ!洗濯機使って下さい!いくらなんでもキツいですよ!!』
「そうですか?拙者はいつもコレで…」
初めて見た…
洗濯板使っちゃう外人さん……
「しかし、このソースがなかなか落ちなくて…」
『え?』
見ると、了平さんのだろうか、ワイシャツにソースの小さなシミがあった。
『あ、コレはですね、まず生地の裏から叩いて……』
「おお…!柚子殿は家庭的ですね。」
『へっ?い、いえ!そんな事は…///』
家政婦やってて初めて言われたかも…!
バジルさん大好きっ。
「拙者もやってみます!」
『あ、はい!どうぞ!』
使い捨て歯ブラシとワイシャツを渡す。
あたしの作業を真似たようだけど、どうも手つきがぎこちない。
『あのですね、もうちょっとこう…』
バジルさんの手の上から歯ブラシを持って、シミを叩く。
『こんな感じの力加減で………バジルさん??』
「あ、あの……///」
何故か赤面(?)なバジルさんの視線を辿ると、重ねた手。
『あっ、ごっ…ごめんなさいっ!!///』
「い、いえ…!///」
「何してんの?」
その場が、一瞬にして北極と化した。
『(この…この全てを凍らせる吹雪のような冷たい声は……!)』
「俺抜きでバジル君と甘い展開繰り広げてるって、どーゆー事?」
『つ、ツナさ……』
「すみません沢田殿っ!!拙者にとって一生の不覚…!」
えぇええぇええ!!?
そこまで頭下げて謝ることなんですか!?
確かに今現在のツナさんの腹黒スマイルはもんのすごーく怖いけれども!
「バジル君は悪くないよ、今のは柚子から手ぇ重ねてたし。」
『い、いつからいらっしゃったんですかぁっ!!』
「結構前。」
ヤバい…
コレって確実にあたしがお咎め受けるパターンじゃん……
「つーワケで、ちょっと来い。」
『きゃっ…!』
腕を引かれて立たされて、そのまま廊下を歩いてく。
あぁごめんなさいバジルさん、
洗濯機の使い方教えて差し上げたかった…。
「でさ、」
『は、はい…』
ツナさんの部屋に連行され、窓際に追い詰められた。
「アレは自然な行為だったワケ?」
『あ、当たり前じゃないですか!シミ抜きの仕方教えるくらい…』
「違う。」
即座に否定されて、あたしは思わず首をかしげる。
ツナさん、どうしたんだろう…
「柚子は何の躊躇いも無しに男の手、握れるんだな。」
『なっ…意味分かりませんっ。』
「頭撫でられるのも抱きつかれんのも、もう慣れた?」
『え……えぇっ!?』
あたしに、免疫付けざるを得なくしたのは誰だと思ってんだろうか。
環境に順応する本能ってのは、動物みんなにあるものだし。
あたしが今、詰問されてる意味が分からない。
そう思ってムッとし始めるあたしに、ツナさんは徐に手を差し出した。
『……何ですか?』
「握ってみろよ。」
『え…?』
いつもの強要口調だった。
だけど、表情がまるで違う。
腹黒スマイルどころじゃない、押しつぶすような重さの空気を放つ表情。
怖い……
直感で、あたしの腕が震えた。
『どうしたんですか?急に…』
「命令、聞けない?」
あたしの質問は流されて、一歩近寄るツナさん。
差し出された手と、あたしの手との距離が縮まる。
大丈夫よ、柚子。
手を握るだけ、
手を、握る……だけ…
『わかり、ました…』
そうっと、手を伸ばす。
大丈夫、よね?
何もないんですよね…?
…ううん、違う。
手を握るだけだったら、怖くならない。
何かされる、
何か言われる、
それが、怖いんだ。
こんな表情のツナさん、初めてだから。
本当に、普段と比べ物にならない恐怖を感じる。
怒りが……混ざってる…?
「……出来ないんだろ。」
『そ、そんな事っ…』
「バジル君には出来て、俺には出来ないんだよな。」
シチュエーションの差に決まってる…!
なんて、反論できる空気じゃなかった。
ツナさんは、あたしの耳の真横の壁にバンと手をつく。
反射で体が震えた。
何で?
どうしてあたし、こんな圧力かけられてるの?
本当に…意味分からないっ…!!
『…どうして、ですか……』
「何がだよ。」
『怒ってるんならハッキリ怒ればいいじゃないですか!こんなっ…回りくどいプレッシャーかけるのやめて下さいっ…!!』
「柚子が分かってないからだろ!!」
募ってた不満をぶつけたら、
怒鳴り声が帰って来た。
至近距離だから、ちょっと耳が痛い。
鼻の先と先が30センチくらいの距離で、ツナさんは続ける。
「柚子さ、どう思ってんの?」
『……何をですか。』
「男ばっかに囲まれて暮らしてる、この状態。」
脈絡が無いように感じた。
今までの話と、その質問がどうゆう風に関係してるのか。
「思ってること、洗いざらい言えよ。」
『そんな事、何で急に……』
「いいから答えろよ。」
皆さんに囲まれて、何を思ってるのか?
確か前にも誰かに聞かれた。
皆さんはあたしには勿体ない人たちで、
本来関わるハズじゃなかったかも知れなくて、
だから一緒に暮らせるだけで幸せ、
赤面はしょっちゅうだし、
横暴も日常茶飯事だし、
怯える事もしばしばあるけど、
こんなに素敵なキャンパスライフを送れるあたしは、
本当に……恵まれた、運のいい一般人なんだって……
『………今更、何言ってんですか…』
「柚子?」
総合すると7号館生活はあたしにとってプラスだけど、
今それを口に出すのは物凄くイヤ!
『こんな時ばっかりわざわざ言わせないで下さい!いつもみたいに読心術すればいいじゃないですかっ、ツナさんのバカーっ!!!』
どんっと押しのけて、あたしは飛び出した。
いつ以来かな、こんな風に飛び出すの。
『あ……』
気がつけば、前に飛び出した時と同じように、
ポロポロ涙が零れていた。
意味分かんない。
何で泣いてんのよ、あたしってば。
あたしは悪くないもん。
あ、“バカ”は言い過ぎだったかな…
走って走って、商店街まで来てしまった。
『(どーしよ……あ、夕飯の買い物でもしようかな…)』
とりあえず目をこすりながら、ポケットに財布が入ってるのを確認する。
よし、入ってた。
「柚子さんっ?」
『え…?』
不意に後ろから呼ばれ、振り向く。
と、そこには…
『イーピンちゃん!』
「やっぱり柚子さんだ。……どうかしましたか?」
『あ、えっと…』
「目、赤いですけど…」
ば、バレちゃった……
ヤダな、すぐ目が赤くなっちゃうんだよね……
『な、何でも無いです…』
「そう、ですか?あ!でしたら、ちょっと公園寄りません?」
『え?』
「柚子さんに、是非召し上がって欲しいものがあるんです!」
『あたしに…?』
---
------
------------
「クフフ…柚子に一本取られましたね、綱吉。」
「何だよ骸、盗み聞きなんて趣味悪いな。」
「これは失礼、2人の大きな声が廊下まで響いていたものですから。にしても、久々でしたね、綱吉のSモード。」
可笑しそうに笑う骸に、ツナは眉間に皺を寄せる。
と、そこに。
「ねぇ沢田、さっき柚子が飛び出してったけど……」
「おや、雲雀君。」
ドゴッ、
「クハッ…!」
はち合わせた骸を殴った雲雀は、そのままツナに言う。
「何か言ったみたいだね、柚子に。」
「雲雀さんには関係無いですよ。」
「あるよ。隙があれば僕は、奪うつもりだから。」
挑発的な笑みを見せながらそう言って、雲雀は立ち去った。
しばし窓の外を見ていたツナは、大きなため息を1つついて。
「ったく……だから鈍いのは苦手なんだよ…」
走って、部屋を飛び出した。
---
-------
--------------
「どうぞ!」
『ありがとうございます。』
あたしとイーピンちゃんは、公園のベンチに腰かけた。
持っていたビニール袋からイーピンちゃんが取り出したのは、おいしそうなワッフルだった。
「これ、季節限定なんですよ。甘夏クリームが挟んであるんです。」
『あの、ホントにあたしが頂いていいんですか…?』
「はい!どうせランボのですし。遠慮しないで下さいな。」
イーピンちゃんが可愛く笑うから、お言葉に甘えて一口かじる。
あ…甘夏の実も小さく刻まれて入ってるんだ……
ふんわりと伝わる、甘酸っぱい香り。
「どうです?実は私、まだ食べてないんですよね。」
『えっ?あ、とってもとってもおいしいですっ…!本当に……とっても……』
おかしいな、また…涙出て来た……。
「柚子さん…」
『美味しいですよっ、あの…コレは勝手に流れてきただけでっ……』
涙を必死に拭いながら言うと、イーピンちゃんはクスッと笑った。
「分かってます。」
『え…?』
「柚子さんは今、自然に泣いてしまっただけ。それは、柚子さんの今の正直な心が表れただけなんですよ。」
『正直な、心…』
「美味しいものを食べたり、美しい音を聴いたり……とにかく五感に優しい刺激を与えると、自然と心が出てくるんです。」
それはまるで、心を覆ってた氷が溶けたかのように。
溢れ出て来て、自分を正直にしてしまう。
「だって、難しいでしょう?美味しいものを食べて“不味いです”って顔をするのは。」
『確かに…』
「人間は自然体でいることが大事なんです。修業も、力んでばかりいては進歩しません。…あ、これは師匠の受け売りなんですけどね。」
『お師匠様…?』
「はい、中国にいらっしゃるんです。」
『そうなんですか…』
相槌を打つあたしの目からは、まだ涙がぽろぽろと。
「喧嘩、なさったんですか?沢田さんと。」
『……多分…』
けど、涙が零れる理由は違う。
ツナさんが怖かったからじゃない。
『あたし…あたしが……ツナさんを傷付けちゃったんじゃないかって…』
「そう、沢田さんが…?」
『ハッキリ言ってくれたらどんだけマシだったか……ツナさん、いっつも言ってくれないんですもんっ…』
だから、不安になる。
あたしのどんな言動が、ツナさんを傷付けたのか。
それは理不尽なものかも知れない。
あたしには理解できないかも知れない。
だけど、伝えて欲しかった。
あたしにも…ツナさんのことを教えて欲しかった。
『あたし…頼りないんですかね…?もう、3か月近く一緒に住んでるのに……』
未だに、家事しか任せられない間柄?
腹黒スマイルで、感情を全部隠されてしまう程度の関係性?
「そんなことないです。柚子さんと沢田さんは、とってもお似合いですよ。」
『えっ?あ…えと……』
そっか…イーピンちゃんはあたしが本当の婚約者だと思ってるんだった…。
「喧嘩は、初めてですか?」
『わ、割と毎日…?』
あたしの返答に、イーピンちゃんはクスクス笑う。
「でしたら、痴話喧嘩というものですね。」
『え……えぇえっ!!?そ、それは違いますっ…!///』
「痴話喧嘩は、愛情がある証拠だと聞いたことがあります。」
『な、無いですよそんなの…!』
---「柚子、好きだよ。」
あ…あたしってば何てタイミングで思い出しちゃってんの!!?///
ないないないない、絶対ない!!!
性格はともかく権力・財力・将来性、全てにおいて完璧と言っても過言でないツナさんは、
あたしにとって高嶺の花なのよ!
てか、あたしがまず別に好きじゃないし!!
「大丈夫です、きっとすぐに仲直りできますよ。」
『む、無理ですよっ、今回ばかりはあたしだって冷戦覚悟ですから!!』
そうよ、思ってることを言ってくれないツナさんが悪い!
自分は読心術使ってあたしの脳内読むくせにさ!
「へぇ…じゃあ、どっちが西側陣営で、どっちが東側なワケ?」
『え"……?』
まさか、
まさか、そんなハズは……
「あ!沢田さん!」
「久しぶり、イーピン。」
イーピンちゃんと横暴ボスが挨拶を交わす中、あたしは振り向いたポーズのまま固まっていた。
何故……一体どうしてこの短時間で見つかっちゃったのーー!!?
「超直感なめんな。」
『はぅっ!』
また読まれるし…(泣)
「では、私はこれで。沢田さん、柚子さん、またいつか。」
「うん、また遊びに来いよ。」
「はいっ!」
『あ!ワッフル、ありがとうございました…!!』
「いえいえ。」
イーピンちゃんはニコニコ笑顔で去って行ってしまった。
残されたあたしとツナさんの間には、嫌な沈黙が流れる。
「で、どっちが資本主義で、どっちが社会主義?」
『まっ、まだ冷戦ネタ引きずるんですか!』
「冷戦するっつったの、柚子だろ。」
『じゃあっ…』
ベンチから立ちあがって、ツナさんと真っ直ぐ向きあった。
改めて見たら、結構な身長差があった。
『会談しましょう!』
「……は?」
『一個だけ、言わせてもらいます。』
「…何だよ。」
深呼吸をして、口に出した。
『あたしは、ツナさんが不機嫌になるポイントが未だによく分かりません!』
あ、ツナさんがちょっとムッとした…
と思ったら、大きなため息を1つ。
「……だろうな。」
『ですからっ…あの……不機嫌警報が出たら、教えて下さいっ!あ、注意報でもいいです!』
ギュッと両手で一個の拳を作って、俯いたまま喋る。
『それで…あの……ちょっとずつでも、直せたらなって…思うんです、けど……』
こんな言い方じゃ、ダメかな…
『あたしは、7号館に居られて幸せです……だからっ…ツナさんにも、笑顔で幸せでいて欲しい…』
思い切って、顔を上げた。
ツナさんは、いつもより少しだけ瞳を大きくしていた。
「俺、にも…?」
『勿論、不機嫌の根源があたしなら、今すぐにでも7号館を出ます。元は一人暮らしの予定でしたし、全然問題な………』
「バカ柚子、」
『わっ…!』
突然引き寄せられて、腕の中に収められた。
『つ、ツナさ…///』
「俺の不機嫌の理由の7割は、柚子関連。」
『え、あ、ごめんなさい……』
うわ…めちゃくちゃ居なくなるべき存在じゃん、あたし…
「けど、」
『へ?』
ツナさんの、腕が強まる。
苦しいくらいに、あったかい。
「俺の幸せの理由の9割、柚子だから。」
『えっ…?』
そ、そんなに…?
そこまでいくと、残りの1割が逆に気になるかも…
「そこでそーゆー思考回路になんのかよ。」
『あっ、すみません…!』
「ま、いーけど。」
あたしに寄りかかるように抱きしめ続けるツナさんに、
勇気を振り絞って訊いてみた。
『あのっ…』
「ん?」
『今は、どっちですか?』
不機嫌も、幸せも、原因があたしなんだとしたら。
今はどっちなんだろう。
『あ、ノーコメント可ですから…』
「幸せだよ、すっごく。」
こらえようと思ったけど、ダメだった。
耳元で囁かれた言葉に、
鼓動の速度も、顔の熱も、増す一方だった。
ワッフル
あたし達を包んだ空気は、口の中に柔らかく広がった甘さに似ていた。
continue...
あたしが演奏室にこもる間は、バジルさんが掃除などなどやってくれるということで。
「柚子殿、少し宜しいですか?」
『はい、何でしょう?』
「洗濯に使う新しい石鹸はどれですか?」
『石鹸…?』
バジルさんが“洗剤”と言わなかった理由は、すぐに分かった。
彼は洗濯板で8人分の洗濯をしようとしていたのだ。
『ば、バジルさんっ!洗濯機使って下さい!いくらなんでもキツいですよ!!』
「そうですか?拙者はいつもコレで…」
初めて見た…
洗濯板使っちゃう外人さん……
「しかし、このソースがなかなか落ちなくて…」
『え?』
見ると、了平さんのだろうか、ワイシャツにソースの小さなシミがあった。
『あ、コレはですね、まず生地の裏から叩いて……』
「おお…!柚子殿は家庭的ですね。」
『へっ?い、いえ!そんな事は…///』
家政婦やってて初めて言われたかも…!
バジルさん大好きっ。
「拙者もやってみます!」
『あ、はい!どうぞ!』
使い捨て歯ブラシとワイシャツを渡す。
あたしの作業を真似たようだけど、どうも手つきがぎこちない。
『あのですね、もうちょっとこう…』
バジルさんの手の上から歯ブラシを持って、シミを叩く。
『こんな感じの力加減で………バジルさん??』
「あ、あの……///」
何故か赤面(?)なバジルさんの視線を辿ると、重ねた手。
『あっ、ごっ…ごめんなさいっ!!///』
「い、いえ…!///」
「何してんの?」
その場が、一瞬にして北極と化した。
『(この…この全てを凍らせる吹雪のような冷たい声は……!)』
「俺抜きでバジル君と甘い展開繰り広げてるって、どーゆー事?」
『つ、ツナさ……』
「すみません沢田殿っ!!拙者にとって一生の不覚…!」
えぇええぇええ!!?
そこまで頭下げて謝ることなんですか!?
確かに今現在のツナさんの腹黒スマイルはもんのすごーく怖いけれども!
「バジル君は悪くないよ、今のは柚子から手ぇ重ねてたし。」
『い、いつからいらっしゃったんですかぁっ!!』
「結構前。」
ヤバい…
コレって確実にあたしがお咎め受けるパターンじゃん……
「つーワケで、ちょっと来い。」
『きゃっ…!』
腕を引かれて立たされて、そのまま廊下を歩いてく。
あぁごめんなさいバジルさん、
洗濯機の使い方教えて差し上げたかった…。
「でさ、」
『は、はい…』
ツナさんの部屋に連行され、窓際に追い詰められた。
「アレは自然な行為だったワケ?」
『あ、当たり前じゃないですか!シミ抜きの仕方教えるくらい…』
「違う。」
即座に否定されて、あたしは思わず首をかしげる。
ツナさん、どうしたんだろう…
「柚子は何の躊躇いも無しに男の手、握れるんだな。」
『なっ…意味分かりませんっ。』
「頭撫でられるのも抱きつかれんのも、もう慣れた?」
『え……えぇっ!?』
あたしに、免疫付けざるを得なくしたのは誰だと思ってんだろうか。
環境に順応する本能ってのは、動物みんなにあるものだし。
あたしが今、詰問されてる意味が分からない。
そう思ってムッとし始めるあたしに、ツナさんは徐に手を差し出した。
『……何ですか?』
「握ってみろよ。」
『え…?』
いつもの強要口調だった。
だけど、表情がまるで違う。
腹黒スマイルどころじゃない、押しつぶすような重さの空気を放つ表情。
怖い……
直感で、あたしの腕が震えた。
『どうしたんですか?急に…』
「命令、聞けない?」
あたしの質問は流されて、一歩近寄るツナさん。
差し出された手と、あたしの手との距離が縮まる。
大丈夫よ、柚子。
手を握るだけ、
手を、握る……だけ…
『わかり、ました…』
そうっと、手を伸ばす。
大丈夫、よね?
何もないんですよね…?
…ううん、違う。
手を握るだけだったら、怖くならない。
何かされる、
何か言われる、
それが、怖いんだ。
こんな表情のツナさん、初めてだから。
本当に、普段と比べ物にならない恐怖を感じる。
怒りが……混ざってる…?
「……出来ないんだろ。」
『そ、そんな事っ…』
「バジル君には出来て、俺には出来ないんだよな。」
シチュエーションの差に決まってる…!
なんて、反論できる空気じゃなかった。
ツナさんは、あたしの耳の真横の壁にバンと手をつく。
反射で体が震えた。
何で?
どうしてあたし、こんな圧力かけられてるの?
本当に…意味分からないっ…!!
『…どうして、ですか……』
「何がだよ。」
『怒ってるんならハッキリ怒ればいいじゃないですか!こんなっ…回りくどいプレッシャーかけるのやめて下さいっ…!!』
「柚子が分かってないからだろ!!」
募ってた不満をぶつけたら、
怒鳴り声が帰って来た。
至近距離だから、ちょっと耳が痛い。
鼻の先と先が30センチくらいの距離で、ツナさんは続ける。
「柚子さ、どう思ってんの?」
『……何をですか。』
「男ばっかに囲まれて暮らしてる、この状態。」
脈絡が無いように感じた。
今までの話と、その質問がどうゆう風に関係してるのか。
「思ってること、洗いざらい言えよ。」
『そんな事、何で急に……』
「いいから答えろよ。」
皆さんに囲まれて、何を思ってるのか?
確か前にも誰かに聞かれた。
皆さんはあたしには勿体ない人たちで、
本来関わるハズじゃなかったかも知れなくて、
だから一緒に暮らせるだけで幸せ、
赤面はしょっちゅうだし、
横暴も日常茶飯事だし、
怯える事もしばしばあるけど、
こんなに素敵なキャンパスライフを送れるあたしは、
本当に……恵まれた、運のいい一般人なんだって……
『………今更、何言ってんですか…』
「柚子?」
総合すると7号館生活はあたしにとってプラスだけど、
今それを口に出すのは物凄くイヤ!
『こんな時ばっかりわざわざ言わせないで下さい!いつもみたいに読心術すればいいじゃないですかっ、ツナさんのバカーっ!!!』
どんっと押しのけて、あたしは飛び出した。
いつ以来かな、こんな風に飛び出すの。
『あ……』
気がつけば、前に飛び出した時と同じように、
ポロポロ涙が零れていた。
意味分かんない。
何で泣いてんのよ、あたしってば。
あたしは悪くないもん。
あ、“バカ”は言い過ぎだったかな…
走って走って、商店街まで来てしまった。
『(どーしよ……あ、夕飯の買い物でもしようかな…)』
とりあえず目をこすりながら、ポケットに財布が入ってるのを確認する。
よし、入ってた。
「柚子さんっ?」
『え…?』
不意に後ろから呼ばれ、振り向く。
と、そこには…
『イーピンちゃん!』
「やっぱり柚子さんだ。……どうかしましたか?」
『あ、えっと…』
「目、赤いですけど…」
ば、バレちゃった……
ヤダな、すぐ目が赤くなっちゃうんだよね……
『な、何でも無いです…』
「そう、ですか?あ!でしたら、ちょっと公園寄りません?」
『え?』
「柚子さんに、是非召し上がって欲しいものがあるんです!」
『あたしに…?』
---
------
------------
「クフフ…柚子に一本取られましたね、綱吉。」
「何だよ骸、盗み聞きなんて趣味悪いな。」
「これは失礼、2人の大きな声が廊下まで響いていたものですから。にしても、久々でしたね、綱吉のSモード。」
可笑しそうに笑う骸に、ツナは眉間に皺を寄せる。
と、そこに。
「ねぇ沢田、さっき柚子が飛び出してったけど……」
「おや、雲雀君。」
ドゴッ、
「クハッ…!」
はち合わせた骸を殴った雲雀は、そのままツナに言う。
「何か言ったみたいだね、柚子に。」
「雲雀さんには関係無いですよ。」
「あるよ。隙があれば僕は、奪うつもりだから。」
挑発的な笑みを見せながらそう言って、雲雀は立ち去った。
しばし窓の外を見ていたツナは、大きなため息を1つついて。
「ったく……だから鈍いのは苦手なんだよ…」
走って、部屋を飛び出した。
---
-------
--------------
「どうぞ!」
『ありがとうございます。』
あたしとイーピンちゃんは、公園のベンチに腰かけた。
持っていたビニール袋からイーピンちゃんが取り出したのは、おいしそうなワッフルだった。
「これ、季節限定なんですよ。甘夏クリームが挟んであるんです。」
『あの、ホントにあたしが頂いていいんですか…?』
「はい!どうせランボのですし。遠慮しないで下さいな。」
イーピンちゃんが可愛く笑うから、お言葉に甘えて一口かじる。
あ…甘夏の実も小さく刻まれて入ってるんだ……
ふんわりと伝わる、甘酸っぱい香り。
「どうです?実は私、まだ食べてないんですよね。」
『えっ?あ、とってもとってもおいしいですっ…!本当に……とっても……』
おかしいな、また…涙出て来た……。
「柚子さん…」
『美味しいですよっ、あの…コレは勝手に流れてきただけでっ……』
涙を必死に拭いながら言うと、イーピンちゃんはクスッと笑った。
「分かってます。」
『え…?』
「柚子さんは今、自然に泣いてしまっただけ。それは、柚子さんの今の正直な心が表れただけなんですよ。」
『正直な、心…』
「美味しいものを食べたり、美しい音を聴いたり……とにかく五感に優しい刺激を与えると、自然と心が出てくるんです。」
それはまるで、心を覆ってた氷が溶けたかのように。
溢れ出て来て、自分を正直にしてしまう。
「だって、難しいでしょう?美味しいものを食べて“不味いです”って顔をするのは。」
『確かに…』
「人間は自然体でいることが大事なんです。修業も、力んでばかりいては進歩しません。…あ、これは師匠の受け売りなんですけどね。」
『お師匠様…?』
「はい、中国にいらっしゃるんです。」
『そうなんですか…』
相槌を打つあたしの目からは、まだ涙がぽろぽろと。
「喧嘩、なさったんですか?沢田さんと。」
『……多分…』
けど、涙が零れる理由は違う。
ツナさんが怖かったからじゃない。
『あたし…あたしが……ツナさんを傷付けちゃったんじゃないかって…』
「そう、沢田さんが…?」
『ハッキリ言ってくれたらどんだけマシだったか……ツナさん、いっつも言ってくれないんですもんっ…』
だから、不安になる。
あたしのどんな言動が、ツナさんを傷付けたのか。
それは理不尽なものかも知れない。
あたしには理解できないかも知れない。
だけど、伝えて欲しかった。
あたしにも…ツナさんのことを教えて欲しかった。
『あたし…頼りないんですかね…?もう、3か月近く一緒に住んでるのに……』
未だに、家事しか任せられない間柄?
腹黒スマイルで、感情を全部隠されてしまう程度の関係性?
「そんなことないです。柚子さんと沢田さんは、とってもお似合いですよ。」
『えっ?あ…えと……』
そっか…イーピンちゃんはあたしが本当の婚約者だと思ってるんだった…。
「喧嘩は、初めてですか?」
『わ、割と毎日…?』
あたしの返答に、イーピンちゃんはクスクス笑う。
「でしたら、痴話喧嘩というものですね。」
『え……えぇえっ!!?そ、それは違いますっ…!///』
「痴話喧嘩は、愛情がある証拠だと聞いたことがあります。」
『な、無いですよそんなの…!』
---「柚子、好きだよ。」
あ…あたしってば何てタイミングで思い出しちゃってんの!!?///
ないないないない、絶対ない!!!
性格はともかく権力・財力・将来性、全てにおいて完璧と言っても過言でないツナさんは、
あたしにとって高嶺の花なのよ!
てか、あたしがまず別に好きじゃないし!!
「大丈夫です、きっとすぐに仲直りできますよ。」
『む、無理ですよっ、今回ばかりはあたしだって冷戦覚悟ですから!!』
そうよ、思ってることを言ってくれないツナさんが悪い!
自分は読心術使ってあたしの脳内読むくせにさ!
「へぇ…じゃあ、どっちが西側陣営で、どっちが東側なワケ?」
『え"……?』
まさか、
まさか、そんなハズは……
「あ!沢田さん!」
「久しぶり、イーピン。」
イーピンちゃんと横暴ボスが挨拶を交わす中、あたしは振り向いたポーズのまま固まっていた。
何故……一体どうしてこの短時間で見つかっちゃったのーー!!?
「超直感なめんな。」
『はぅっ!』
また読まれるし…(泣)
「では、私はこれで。沢田さん、柚子さん、またいつか。」
「うん、また遊びに来いよ。」
「はいっ!」
『あ!ワッフル、ありがとうございました…!!』
「いえいえ。」
イーピンちゃんはニコニコ笑顔で去って行ってしまった。
残されたあたしとツナさんの間には、嫌な沈黙が流れる。
「で、どっちが資本主義で、どっちが社会主義?」
『まっ、まだ冷戦ネタ引きずるんですか!』
「冷戦するっつったの、柚子だろ。」
『じゃあっ…』
ベンチから立ちあがって、ツナさんと真っ直ぐ向きあった。
改めて見たら、結構な身長差があった。
『会談しましょう!』
「……は?」
『一個だけ、言わせてもらいます。』
「…何だよ。」
深呼吸をして、口に出した。
『あたしは、ツナさんが不機嫌になるポイントが未だによく分かりません!』
あ、ツナさんがちょっとムッとした…
と思ったら、大きなため息を1つ。
「……だろうな。」
『ですからっ…あの……不機嫌警報が出たら、教えて下さいっ!あ、注意報でもいいです!』
ギュッと両手で一個の拳を作って、俯いたまま喋る。
『それで…あの……ちょっとずつでも、直せたらなって…思うんです、けど……』
こんな言い方じゃ、ダメかな…
『あたしは、7号館に居られて幸せです……だからっ…ツナさんにも、笑顔で幸せでいて欲しい…』
思い切って、顔を上げた。
ツナさんは、いつもより少しだけ瞳を大きくしていた。
「俺、にも…?」
『勿論、不機嫌の根源があたしなら、今すぐにでも7号館を出ます。元は一人暮らしの予定でしたし、全然問題な………』
「バカ柚子、」
『わっ…!』
突然引き寄せられて、腕の中に収められた。
『つ、ツナさ…///』
「俺の不機嫌の理由の7割は、柚子関連。」
『え、あ、ごめんなさい……』
うわ…めちゃくちゃ居なくなるべき存在じゃん、あたし…
「けど、」
『へ?』
ツナさんの、腕が強まる。
苦しいくらいに、あったかい。
「俺の幸せの理由の9割、柚子だから。」
『えっ…?』
そ、そんなに…?
そこまでいくと、残りの1割が逆に気になるかも…
「そこでそーゆー思考回路になんのかよ。」
『あっ、すみません…!』
「ま、いーけど。」
あたしに寄りかかるように抱きしめ続けるツナさんに、
勇気を振り絞って訊いてみた。
『あのっ…』
「ん?」
『今は、どっちですか?』
不機嫌も、幸せも、原因があたしなんだとしたら。
今はどっちなんだろう。
『あ、ノーコメント可ですから…』
「幸せだよ、すっごく。」
こらえようと思ったけど、ダメだった。
耳元で囁かれた言葉に、
鼓動の速度も、顔の熱も、増す一方だった。
ワッフル
あたし達を包んだ空気は、口の中に柔らかく広がった甘さに似ていた。
continue...