未来編①
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イタリア戦線-----
ボンゴレの奇襲作戦を早期に察知したミルフィオーレは、
圧倒的戦力でボンゴレの連合ファミリーを追い詰め、勝負はついたかに見えた。
だがXANXUS率いるボンゴレ独立暗殺部隊ヴァリアーの急襲により、
僅か10分でミルフィオーレの指揮官のいる古城は占拠された。
しかしこれにより、32名しか隊員を持たないヴァリアーは、
四方を圧倒的兵力のミルフィオーレ勢に囲まれ、窮地に立たされることとなる……。
We are VARIA!!
「んもうっ、嫌になっちゃうわ!!」
ルッスーリアの不満が、古城に響く。
「籠城戦なんて退屈よ!!ディフェンスなんて性に合わないわ!!」
「残ったボンゴレ連合軍もあてになんねーしな。こんなことなら、跳ね馬日本に向かわせるんじゃなかったか?」
ベルの言葉に反発したのはレヴィ。
「何を弱気になっておる!!この程度の敵!我が手にかかれば造作もない!!」
「レヴィさーん、だったら1人で造作もなくやっちゃって下さーい、見てますんで。」
「何!?」
大きなカエルのかぶり物をつけた少年が、レヴィに向かって無気力に言う。
「だが地形上、敵が攻めて来る地点は限られている!!決して悪い状況ではない!!」
「“だが”の使い方おかしいだろ、変態雷オヤジ。」
「ぬおう!?貴様今、何と言った!?」
「ししっ♪」
「綺麗な空だなー。」
暴言を吐かれた挙句スルーされたレヴィをルッスーリアが宥め、ベルが笑う。
「で、皆の配置はどうするの?スクアーロ作戦隊長。」
「う"む……」
しばし考えたスクアーロは、それぞれに指示を出した。
レヴィとルッスーリアは城で待機して何かあればサポート、
東の抜け道を自分が守り、
南はベルとフランに任せる、と。
それを聞いてベルは顔をひきつらせた。
「ゲッ、俺がフランのお守り?」
「嫌なのはミーも同じですー、あいつ嫌なタイプですのでー。前任のマーモンって人の代わりだとかで、こんなかぶりもの強制的にかぶせられるのも納得いかないしー。」
「……スクアーロ作戦隊長、任務中、あのカエル死ぬかもしんない……俺の手によって。」
「ざけんなガキィ!!新米幹部はペーペー幹部が面倒みんに決まってんだろぉ!!」
「俺もうペーペーじゃねーし。」
どんなに騒がしいやりとりがあっても、カエルをかぶった少年・フランは見向きもしない。
「あーあ、本当ならあの辺に捕まってる檸檬さん、ミーが助ける予定だったのになー。」
「あ"?何か言ったかカエル。」
「何でもないでーす。」
黒い煙の向こうの森を見つめながら呟いたフランは、大きなため息を1つ吐いた。
その後ろでは、レヴィがベルに“フランを消せ☆”という目配せをしたが断られ、
スクアーロに蹴られていた。
「オラァ!分かったら行けぇ!!ザコ新兵は好きなトコへ連れて行け!」
「「ちっ、」」
スクアーロの命令に、ベルとフランは古城を発つ。
ルッスーリアが2人を見送るように声をかけた。
「いっぱい殺って来るのよ~~!!匣も忘れずにね~♪」
---
--------
-------------
日本のメローネ基地で、あたしはずっとさっきの入江さんの話を反芻していた。
あたしは、イタリアにいるべき存在だった。
あたしが勝手に空間移動で脱出したせいで、蜜柑を来日させてしまった。
『(あ……!)』
入江さんは、蜜柑が今自分のラボにいるって言ってた。
でももしも、そこでプログラムのデータを復元したら、その後は……
「檸檬?」
『恭弥、あたしちょっとツナと話して来る。すぐ済むから。』
「……傷は?」
『大丈夫、痛まないよ♪』
恭弥が群れるの嫌いだから、ツナ達とは数メートル距離があった。
無言の了承を得て、ツナに駆け寄る。
「あ、檸檬!大丈夫?その傷……」
『うん、今は平気。痛み止め打ったから。』
「そっか、良かった。」
『ツナは?』
「俺も、何とか…」
お互いの無事を再確認して、笑顔を見せた。
けど、あたしが今から言うことは、きっとその笑顔を崩しちゃうんだろうな…。
『あのね、ツナ、』
「ん?」
『許可が欲しいの。』
「へっ?な、何の…?てゆーか俺、別に檸檬の上司とかってワケじゃ……」
慌てふためくツナに、檸檬は真剣な表情で言った。
『ボンゴレ10代目直属として、申請します。あたしに……イタリア行きの許可を下さい。』
「なっ……えぇっ!!?」
「檸檬てめー!正気かよ!?」
ツナだけでなく、側にいた獄寺も驚いた。
ただ、リボーンだけが冷静に問い返す。
「おめーのことだ、理由があるんだろ?」
『リボーン…………うん。』
深く頷いて、口を開く檸檬。
『さっき入江さんが、蜜柑はまだこの基地に居るって言ってたでしょ?それで、考えたの。もしプログラムの保護が終わったら、蜜柑はどうするか…って。』
「まさか…ココに来るなんてことは…!」
『そう…きっとココに来る。あたしを追って。』
すると、奥にいたスパナが言った。
「いくら何でも無茶だ、蜜柑の左腕は使い物にならなくなってた。」
『え、あの…貴方は?』
「あぁごめん、ウチはスパナ、宜しく。」
『あ、宜しく!』
軽く会釈をして、檸檬は話を戻す。
『負傷してるのは、あたしも同じ。コレは蜜柑に撃たれたんだもの。』
「う、撃たれた…!?そんな状態でどうしてイタリアなんかに…!無理だよ檸檬!!」
『それでも、あたしは行かなくちゃ……せめてココを離れなくちゃいけない!』
「何で、そんなこと……」
檸檬の訴えに、ツナは少し気圧される。
「………自作だとかいう、蜜柑の匣だな。」
「え?」
『うん、さすがリボーン。』
リボーンが指摘すると、檸檬は穏やかな笑みを見せた。
『予想以上に強力だったの…。ココに蜜柑が来たとして、今のあたしじゃ皆を庇いきれない…。』
拳を握る檸檬の姿に、皆が衝撃を受けた。
これまで、そんな風に弱音を吐くのを見たことがなかったからである。
「で、でも…」
「もし檸檬の言う通り蜜柑がこっちに来るなら、かなり不利になるとウチも思う。」
「スパナさん…」
「俺もそれには同意するぞ。けどな檸檬、今のお前をイタリアに送ったところで、戦力になるとは思わねぇ。」
『それは…あたしもそう思う。けど移動したいのは、無理矢理戦力になりたいからじゃない!蜜柑を1キロでも遠ざけたいの!じゃないとっ……』
少し声を荒げた檸檬は、自分を落ち着かせるように一息置く。
『つまりあたしが言いたいのは……自己犠牲なんかじゃないよってこと…。それは結果として周りを悲しませるって、皆に教えてもらったから……』
「檸檬……」
「分かってんならいーぞ。」
「んなっ、リボーン!!?」
「お前はどう思うんだ?ツナ。許可を申請されてんのは、お前だぞ。」
「そ、そんなこと言われても…」
話を振られ、あたふたするツナ。
リボーンは檸檬に問い直す。
「移動先にイタリアを選んだのも、“仲間”がいる場所だからだろ?」
『うん。一人になったらまず、あたしが動けなくなっちゃうし……それに、心配かけちゃうし…』
「成長したな、檸檬。」
『あ、あたしが…!?ありがとうリボーン。』
目を丸くした後、檸檬は嬉しそうに微笑んだ。
直後に、考え込んでいたツナがグッと顔を上げて。
「ごめんね檸檬……俺はいつまで経っても、檸檬に庇われてばっかりで……色々考えたけど、俺も、今の俺達が蜜柑さんに勝てるとは思えない…」
スパナの部屋で対面した時、感じ取られた異常な雰囲気。
それは、蜜柑の異常なまでの強さを物語っているように、ツナは感じていた。
「許可、するよ。檸檬の身体に負担が掛からないならの話だけど……」
『うん、大丈夫だよ♪ありがとう、ツナ。』
申し訳なさそうにするツナに、檸檬は明るい笑顔を返す。
リボーンは、傍でニッと口角を上げていた。
「……ねぇ、まだ終わらないの?」
『あっ…恭弥……』
不意に後ろから声を掛けられ、ビクッとはねる檸檬。
雲雀の姿を見た途端、その表情を罪悪感一色に染めた。
それを、雲雀が感じ取らないハズがなく。
「どうしたの?檸檬。」
『あ、あのね恭弥、あたし……』
「檸檬はこれから、イタリアに向かうぞ。」
言葉を詰まらせた檸檬の代わりに、リボーンが雲雀に言った。
眼光を鋭くし、雲雀は問う。
「…どういう事。」
『さっき入江さんの話を聞いて、考えたの。あたしがココに留まってたら、すぐに蜜柑が嗅ぎつけて来る。そしたら……最悪、全滅することになる…って。』
「………僕の答えは、聞かなくても分かるよね。」
『分かってるけど……あたしはココから離れるべき存在なの…』
俯いてそう言った檸檬は、ベッドを押して戻って来た入江を見て、駆け寄った。
『あ、あの!入江さん!』
「へっ?な、何だい?」
『イタリアの主力戦が行われてる地点、分かりませんか!?』
「まさか…向かうつもりかい!?その怪我で…」
『あたしさえいなければ、怪我人がたくさんいるこの場所に蜜柑が来ることはありません!』
その一言で、入江は全てを理解したようだった。
躊躇いがちに「大体なら分かるよ…」と言い、緯度と経度を教える。
「恐らく森の中だ。ミルフィオーレは、古城に拠点を置いたと聞いてる。」
『ありがとうございます。』
「けど檸檬さん、無理はしない方が……」
『入江さん達の計画の一部を狂わせたのはあたしです。だから…償わせて下さい。』
檸檬の毅然とした態度に、入江は一瞬目を見開き、苦笑した。
「参ったな、本当に君と蜜柑さんはそっくりなんだね。」
『…双子ですから♪』
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イタリア、ミルフィオーレ仮設本部。
「失礼します。」
ノック音と言葉の後、入室する白い隊服の人間。
「ボス、やはり城を落としたのはボンゴレ独立暗殺部隊・ヴァリアーです!そして白蘭様より正式に、この戦いの総指揮をボスに任せるとの伝令が届きました。」
「……まぁ、当然でしょうな。」
黒スーツの執事がティーカップに紅茶を入れながら言う。
「前任の指揮官は無能極まりない人間でしたからな。私には白蘭様がわざと生贄に捧げたようにすら感じます。」
執事が話す相手の右手中指には、最高峰と謳われるマーレリング。
「ここを仕切るのは6弔花であるボスにこそ相応しい。………貴方様を見たら、さぞかし奴らも驚くでしょーな。」
ボスと呼ばれた男は、無言のままカップを手に取った。
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同じ頃、古城に続く南の抜け道。
スクアーロに言われた通り、ベルとフランが枝から枝へと飛んで移動していた。
「ベルセンパーイ、やっぱ前行って下さいよ。殺気が背中に痛いですー。」
「しししっ、ヤダね!脳と心臓どっち刺すか決めてやるから待ってろ。」
フランの後ろで、ベルはナイフを取り出しそう答える。
「ほんっと歪んじゃって、生き物として最悪ですよねー、堕王子って。」
「誰が堕王子だっ!」
苛立ちのままにフランの背中にナイフを投げるベル。
しかし…
「でっ」
2本のナイフが背中にグサッと刺さったにも関わらず、小さな声を1つあげるだけで移動し続けるフラン。
「あ~涙出て来た……絶対アホのロン毛隊長にちくりますー。センパイ殺す許可もらいますー。」
「おい……刺さったら死ねよ。」
「思うんですけどー、センパイそんなんで頭のネジ抜けてるから、本当は祖国を追いだされたんですよー。」
ベルの反応は無視して、フランは続ける。
「きっと家族とかに嫌われて帰れないから、ヴァリアー入ったんでしょ?」
「バーカ、それはねーよ。」
「うっ、」
再び投げられたナイフに刺さるが、フランはやはり声をあげるだけ。
「だって皆、殺しちまったもん♪」
「でっ…」
もう既にかなりのナイフが刺さっていたが、倒れるどころか血の一滴も流れない。
いつしかベルはサンドバックのように感じ始めていた。
「こーやって人を虐めるから、檸檬さんに嫌われたんじゃないんですかー?」
「は?嫌われてねーし。」
「自分で言うなんて相当ナルシストですよね。」
「うっせ!」
フランの背中に刺さるナイフの数が増えて行く。
「ミーはこんな雑務より檸檬さん奪還したかったですー。」
「誰がお前なんかに行かせるか!俺が行くハズだったんだっつの。」
「奪還の時に幻覚作るの、ミーの役割でしたしー。」
「んなモン有っても無くてもおんなじだろ!」
ベルの悪態には答えず、フランは斜め上の空を見上げる。
「見たいなー、若返った檸檬さん。」
「ふっざけんなこのバカガエル!」
どすどすどすっ、
「センパ~~イ、いー加減刺すのやめて下さーい。」
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“檸檬がイタリアに行く”……
そう、赤ん坊から聞いた時、何故かすぐに納得した自分がいた。
それはさっき、あの眼鏡の男の話を聞いたからなのか、
それとも檸檬の妹の強さを僕も知ってるからなのか、
とにかく理由は分からない。
けど、当然僕の脳内全てが納得したワケじゃない。
『あの、この辺の空間“使って”いいですか?』
「ココから直接行けるのかい!?」
『はい。ただ、少し時間が掛かるかも知れないので……数秒間ここの空間が歪みます。半径1メートル以内には近づかないで下さい。』
「半径1メートルだね、分かった。」
眼鏡の男に了解を得た檸檬は、僕と草食動物の方を向いた。
『じゃあ…行って来るね。』
「き、気をつけて…!」
待ちなよ、まだ納得してない。
聞きたいことも、たくさんある。
ふわりと床に座り込んだ檸檬は、両手を地につけ目を閉じた。
何してるの、
何をしに行くつもりなの、
何でまた…僕から離れてくの?
駆け寄ろうとした次の瞬間、檸檬の姿は僕の視界から消えた。
「んなっ!もう、行っちゃったの…!?」
「いや、時間が掛かるって言ってたから…僕らには見えないけど、今この周辺の波長が歪んでるんだ。檸檬さんはその中で、イタリアに繋がるひずみを探してるんだと思う。」
認めないよ。
まだ、何も聞いてない。
やっと見つけたのに、離れる意味が分からない。
「恭さん!?」
「ダメだ!歪んだ空間の中に入ったら、あらぬ場所に飛ばされるかも知れない!!」
関係ないよ、そんなの。
檸檬は、この中にいるんでしょ?
「雲雀さん!!」
檸檬が座ってた場所に向かって、僕も足を進めた。
途端に、体が動かなくなった。
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「(動かない…)」
そこは、何もない空間だった。
真っ白に見えるけど、白くもない気がする。
色も音も立体感も、重力すら無い、ただの空間。
そんな中に浮いているような感触を覚えた。
『恭弥っ…!?』
気がつくと目の前に、驚きで固まった檸檬がいた。
手を伸ばそうとしたけど、動かない。
「(何、コレ…)」
『どうしてココに…!』
僕が動けないのに、檸檬はいとも簡単に歩み寄り、哀しげな瞳を向けた。
言いたい事も聞きたい事もたくさんあるのに、僕の口は動かない。
それどころか、指一本すらも。
まるで、物理的な時間が止まってるみたいだった。
精神ばかり、頭の中ばかり、動いて回る。
『体力…もつかな…?』
そう呟いて、大きく深呼吸した後、檸檬はスッと両手を伸ばした。
僕の頭を引き寄せて、額と額を触れ合わせた。
『聞くから、言って。』
僕がこの空間で話せないことを知っているのか、檸檬はそう言った。
目を閉じて、僕の思考を読み取るみたいに。
ねぇ檸檬…
僕はまだ、何も教えて貰ってないよ。
何で檸檬がダークとか呼ばれてるのか、
第六感や空間移動の意味、
この世界で何が起きてるのか、
何でまた、檸檬が僕から離れていくのか。
言いたい事で頭を埋め尽くして、目の前の檸檬を見つめる。
閉じた瞳から、涙が一筋零れ落ちていた。
何で、泣いてるの?
『ごめんね…恭弥……』
触れ合った額から、檸檬の震えが伝わる。
抱きしめたいのに、動かない。
この空間は、一体何?
『全部が落ち着いたら、ちゃんと日本に……恭弥のトコに、帰って来る……約束する…』
あの日も、そうだったよね。
黒い服の奴らと戦って、
檸檬が血を吐いて倒れて、
イタリアで療養して帰って来た直後、
「帰って来て」って言ったのに、君は姿を消した。
やっと会えたと思ったら、未だに君を狙う双子の妹と戦ってた。
『本当に、ごめんなさい……あたし、恭弥に迷惑かけてばっかりで…』
謝るくらいなら、傍にいて。
もう一度、君を抱きしめたいんだ。
僕に笑顔を見せて欲しいんだ。
『ホントはね、一緒にいたい。恭弥とずーっと、一緒に笑っていたいの……』
額と額を触れ合わせたまま、
涙を流したまま、
檸檬は言う。
『今…抱きついちゃったら、多分…離れたくなくなっちゃう……』
それで、いいのに。
僕の隣にいてくれるだけで……
『あのね、恭弥。あたし……』
触れ合わせてた額を離し、檸檬は僕の手を握る。
その瞬間の笑顔は、壊れそうなほど綺麗だった。
『恭弥のこと、世界で一番大好きだよ。』
僕の体は動かないままだった。
そればかりか、思考まで停止した気がした。
檸檬からその台詞を受け取ったのが、初めてだった。
『だから、ね……もし全部が終わって、平和な過去に帰れたら………また、屋上で…2人で………』
願うように、紡がれていた檸檬の言葉は、途中で切れる。
『はぁっ…ぐっ……』
胸に手を当て、苦しそうにする檸檬。
駆け寄りたいのに、出来ない。
かつてない焦燥に襲われる僕の身体を、
檸檬は、後ろに突き飛ばした。
『ごめ、ね……こんな…下手な、甘え方しか…出来なくて……でもやっと………ちゃんと言え……』
ドサッ、
「恭さん!!」
「雲雀さん!!」
気がつけば、僕は元居た場所に座っていた。
檸檬の姿は何処にもない。
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雲雀が歪んだ空間に足を進めた直後、ツナ達にはその姿が消えたように見えた。
全員が息を呑んだ数秒後、どこからともなく、まるでマジックのように雲雀は戻って来た。
「き、奇跡だ……」
入江が言う。
「歪んだ空間に踏み込んで、元の場所に帰って来れたなんて…!凄い……これが檸檬さんの力……」
「ココに繋がるひずみに、雲雀を押し戻したってことか?」
「あぁ、恐らくね。雲雀君、檸檬さんに会ったのかい?」
リボーンに答えてから問いかけて来た入江に、雲雀は何も返さず立ち上がった。
その脳裏に渦巻くのは、途切れてしまった檸檬の言葉。
---『もし全部が終わって、平和な過去に帰れたら………また、屋上で…2人で………』
無意識に固く握られる雲雀の右拳。
まだ、檸檬に握られていた感触が残っていた。
「恭さん…」
「うるさい。」
その拳を見て呼びかけた草壁に、雲雀は背を向けた。
---
--------
--------------
イタリア、古城へと続く東の抜け道。
何かの気配を感じ取ったスクアーロは、枝を飛び移る足を止めた。
「んん"…?」
微かだが、何者かの息遣いが聞こえる。
弱っているのか、かなり細くて荒い。
「(敵かぁ…?)」
気配を消して接近するスクアーロ。
と、次の瞬間、向こうの気配も消えた。
「(少しは出来るみてーだなぁ………だが、)」
一気に接近し、相手が隠れている木の裏側から飛び出した。
キィンッ……
「なっ…!お、お前っ…!!」
『なーんだ、アロちゃんかー……良かったぁ…』
スクアーロの剣をナイフで受け止めながら安堵の笑みを見せたのは、空間移動でイタリアに来た檸檬だった。
しばし呆然とするスクアーロだったが、慌てて剣を下ろす。
「な、何でいやがる檸檬……確か日本に…」
『ん?今来たの。で、ちょっと体力ヤバかったから注射打って休んでた。』
「注射だぁ?」
『うん、リバウンド抑えるクスリ。』
「そぉかぁ…」
何にせよ、敵ではなかったという事実に溜め息をつくスクアーロ。
そんな彼を、檸檬はジーッと見つめた。
「……何だぁ?」
『え?あのね、アロちゃん大人っぽくなったなーって……』
「違ぇ!この音だぁ!!」
『音…?………あ、ホントだ。』
ガササ…と近づいて来る音。
そしてドシャッと落ちて来たのは…
「報告…します…」
『酷い怪我…!』
「なっ、誰にやられたぁ!?」
「ザンザス様です……」
「だとぉ?」
「肉が食べたいらしいのですが……用意…出来ず……」
何とも緊張感のない報告を持ってきた部下に、スクアーロは返す。
「なぁ?最高級のラム肉を持ってきたハズだぞぉ!!」
「そ、それが……牛肉を…食べたかったらしく………」
「和牛のサーロインも持ってきたハズだぁ!!他のコンテナをよく探せぇ!!」
『てゆーか…大丈夫?血、出てる…』
「あ、貴女は……もしや檸檬様!!?」
『“様”!?』
驚きながらスクアーロの方を向く檸檬。
しかし彼は「気にすんなぁ」と。
そこにまた、ボロボロになった部下が落ちて来た。
「それが…隊長……フィレ肉を食べたいとのことで………」
「そいつも持ってきたハズだぁ!!」
『また酷いダメージ受けてる…』
若干声が大きくなり始めるスクアーロと、オロオロし始める檸檬。
するとまた一人落ちて来た。
「それが…手が滑ったとかで床に落として………“こんなもの食えるか”と…………」
そこで、スクアーロの堪忍袋の緒が切れた。
檸檬も軽く苦笑する。
「あんのクソボス!!このクソ忙しい時に!!」
『ボスってば……』
怒鳴る彼の姿に、地に伸びた隊員3人は恐怖を覚える。
と、その時。
木々の間からさまざまな色の炎が見える。
「て…敵だ!!」
『えっ!?』
声を聞きつけたのか、集団で襲いかかって来たミルフィオーレの隊員達。
真っ直ぐスクアーロに向かって来る。
しかし迫られている本人は、見向きもせずに呟いた。
「…………う"お"ぉい、俺は今ムシの居所が……」
リングに灯された青い炎。
それがガチッと匣に注入される。
「…悪いんだぁ!!!」
暴雨鮫!!!
(スクアーロ・グランデ・ピオッジャ)
『わぁっ…!!』
匣から飛び出した巨大なサメは、文字通り敵を一掃した。
ボンゴレの奇襲作戦を早期に察知したミルフィオーレは、
圧倒的戦力でボンゴレの連合ファミリーを追い詰め、勝負はついたかに見えた。
だがXANXUS率いるボンゴレ独立暗殺部隊ヴァリアーの急襲により、
僅か10分でミルフィオーレの指揮官のいる古城は占拠された。
しかしこれにより、32名しか隊員を持たないヴァリアーは、
四方を圧倒的兵力のミルフィオーレ勢に囲まれ、窮地に立たされることとなる……。
We are VARIA!!
「んもうっ、嫌になっちゃうわ!!」
ルッスーリアの不満が、古城に響く。
「籠城戦なんて退屈よ!!ディフェンスなんて性に合わないわ!!」
「残ったボンゴレ連合軍もあてになんねーしな。こんなことなら、跳ね馬日本に向かわせるんじゃなかったか?」
ベルの言葉に反発したのはレヴィ。
「何を弱気になっておる!!この程度の敵!我が手にかかれば造作もない!!」
「レヴィさーん、だったら1人で造作もなくやっちゃって下さーい、見てますんで。」
「何!?」
大きなカエルのかぶり物をつけた少年が、レヴィに向かって無気力に言う。
「だが地形上、敵が攻めて来る地点は限られている!!決して悪い状況ではない!!」
「“だが”の使い方おかしいだろ、変態雷オヤジ。」
「ぬおう!?貴様今、何と言った!?」
「ししっ♪」
「綺麗な空だなー。」
暴言を吐かれた挙句スルーされたレヴィをルッスーリアが宥め、ベルが笑う。
「で、皆の配置はどうするの?スクアーロ作戦隊長。」
「う"む……」
しばし考えたスクアーロは、それぞれに指示を出した。
レヴィとルッスーリアは城で待機して何かあればサポート、
東の抜け道を自分が守り、
南はベルとフランに任せる、と。
それを聞いてベルは顔をひきつらせた。
「ゲッ、俺がフランのお守り?」
「嫌なのはミーも同じですー、あいつ嫌なタイプですのでー。前任のマーモンって人の代わりだとかで、こんなかぶりもの強制的にかぶせられるのも納得いかないしー。」
「……スクアーロ作戦隊長、任務中、あのカエル死ぬかもしんない……俺の手によって。」
「ざけんなガキィ!!新米幹部はペーペー幹部が面倒みんに決まってんだろぉ!!」
「俺もうペーペーじゃねーし。」
どんなに騒がしいやりとりがあっても、カエルをかぶった少年・フランは見向きもしない。
「あーあ、本当ならあの辺に捕まってる檸檬さん、ミーが助ける予定だったのになー。」
「あ"?何か言ったかカエル。」
「何でもないでーす。」
黒い煙の向こうの森を見つめながら呟いたフランは、大きなため息を1つ吐いた。
その後ろでは、レヴィがベルに“フランを消せ☆”という目配せをしたが断られ、
スクアーロに蹴られていた。
「オラァ!分かったら行けぇ!!ザコ新兵は好きなトコへ連れて行け!」
「「ちっ、」」
スクアーロの命令に、ベルとフランは古城を発つ。
ルッスーリアが2人を見送るように声をかけた。
「いっぱい殺って来るのよ~~!!匣も忘れずにね~♪」
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日本のメローネ基地で、あたしはずっとさっきの入江さんの話を反芻していた。
あたしは、イタリアにいるべき存在だった。
あたしが勝手に空間移動で脱出したせいで、蜜柑を来日させてしまった。
『(あ……!)』
入江さんは、蜜柑が今自分のラボにいるって言ってた。
でももしも、そこでプログラムのデータを復元したら、その後は……
「檸檬?」
『恭弥、あたしちょっとツナと話して来る。すぐ済むから。』
「……傷は?」
『大丈夫、痛まないよ♪』
恭弥が群れるの嫌いだから、ツナ達とは数メートル距離があった。
無言の了承を得て、ツナに駆け寄る。
「あ、檸檬!大丈夫?その傷……」
『うん、今は平気。痛み止め打ったから。』
「そっか、良かった。」
『ツナは?』
「俺も、何とか…」
お互いの無事を再確認して、笑顔を見せた。
けど、あたしが今から言うことは、きっとその笑顔を崩しちゃうんだろうな…。
『あのね、ツナ、』
「ん?」
『許可が欲しいの。』
「へっ?な、何の…?てゆーか俺、別に檸檬の上司とかってワケじゃ……」
慌てふためくツナに、檸檬は真剣な表情で言った。
『ボンゴレ10代目直属として、申請します。あたしに……イタリア行きの許可を下さい。』
「なっ……えぇっ!!?」
「檸檬てめー!正気かよ!?」
ツナだけでなく、側にいた獄寺も驚いた。
ただ、リボーンだけが冷静に問い返す。
「おめーのことだ、理由があるんだろ?」
『リボーン…………うん。』
深く頷いて、口を開く檸檬。
『さっき入江さんが、蜜柑はまだこの基地に居るって言ってたでしょ?それで、考えたの。もしプログラムの保護が終わったら、蜜柑はどうするか…って。』
「まさか…ココに来るなんてことは…!」
『そう…きっとココに来る。あたしを追って。』
すると、奥にいたスパナが言った。
「いくら何でも無茶だ、蜜柑の左腕は使い物にならなくなってた。」
『え、あの…貴方は?』
「あぁごめん、ウチはスパナ、宜しく。」
『あ、宜しく!』
軽く会釈をして、檸檬は話を戻す。
『負傷してるのは、あたしも同じ。コレは蜜柑に撃たれたんだもの。』
「う、撃たれた…!?そんな状態でどうしてイタリアなんかに…!無理だよ檸檬!!」
『それでも、あたしは行かなくちゃ……せめてココを離れなくちゃいけない!』
「何で、そんなこと……」
檸檬の訴えに、ツナは少し気圧される。
「………自作だとかいう、蜜柑の匣だな。」
「え?」
『うん、さすがリボーン。』
リボーンが指摘すると、檸檬は穏やかな笑みを見せた。
『予想以上に強力だったの…。ココに蜜柑が来たとして、今のあたしじゃ皆を庇いきれない…。』
拳を握る檸檬の姿に、皆が衝撃を受けた。
これまで、そんな風に弱音を吐くのを見たことがなかったからである。
「で、でも…」
「もし檸檬の言う通り蜜柑がこっちに来るなら、かなり不利になるとウチも思う。」
「スパナさん…」
「俺もそれには同意するぞ。けどな檸檬、今のお前をイタリアに送ったところで、戦力になるとは思わねぇ。」
『それは…あたしもそう思う。けど移動したいのは、無理矢理戦力になりたいからじゃない!蜜柑を1キロでも遠ざけたいの!じゃないとっ……』
少し声を荒げた檸檬は、自分を落ち着かせるように一息置く。
『つまりあたしが言いたいのは……自己犠牲なんかじゃないよってこと…。それは結果として周りを悲しませるって、皆に教えてもらったから……』
「檸檬……」
「分かってんならいーぞ。」
「んなっ、リボーン!!?」
「お前はどう思うんだ?ツナ。許可を申請されてんのは、お前だぞ。」
「そ、そんなこと言われても…」
話を振られ、あたふたするツナ。
リボーンは檸檬に問い直す。
「移動先にイタリアを選んだのも、“仲間”がいる場所だからだろ?」
『うん。一人になったらまず、あたしが動けなくなっちゃうし……それに、心配かけちゃうし…』
「成長したな、檸檬。」
『あ、あたしが…!?ありがとうリボーン。』
目を丸くした後、檸檬は嬉しそうに微笑んだ。
直後に、考え込んでいたツナがグッと顔を上げて。
「ごめんね檸檬……俺はいつまで経っても、檸檬に庇われてばっかりで……色々考えたけど、俺も、今の俺達が蜜柑さんに勝てるとは思えない…」
スパナの部屋で対面した時、感じ取られた異常な雰囲気。
それは、蜜柑の異常なまでの強さを物語っているように、ツナは感じていた。
「許可、するよ。檸檬の身体に負担が掛からないならの話だけど……」
『うん、大丈夫だよ♪ありがとう、ツナ。』
申し訳なさそうにするツナに、檸檬は明るい笑顔を返す。
リボーンは、傍でニッと口角を上げていた。
「……ねぇ、まだ終わらないの?」
『あっ…恭弥……』
不意に後ろから声を掛けられ、ビクッとはねる檸檬。
雲雀の姿を見た途端、その表情を罪悪感一色に染めた。
それを、雲雀が感じ取らないハズがなく。
「どうしたの?檸檬。」
『あ、あのね恭弥、あたし……』
「檸檬はこれから、イタリアに向かうぞ。」
言葉を詰まらせた檸檬の代わりに、リボーンが雲雀に言った。
眼光を鋭くし、雲雀は問う。
「…どういう事。」
『さっき入江さんの話を聞いて、考えたの。あたしがココに留まってたら、すぐに蜜柑が嗅ぎつけて来る。そしたら……最悪、全滅することになる…って。』
「………僕の答えは、聞かなくても分かるよね。」
『分かってるけど……あたしはココから離れるべき存在なの…』
俯いてそう言った檸檬は、ベッドを押して戻って来た入江を見て、駆け寄った。
『あ、あの!入江さん!』
「へっ?な、何だい?」
『イタリアの主力戦が行われてる地点、分かりませんか!?』
「まさか…向かうつもりかい!?その怪我で…」
『あたしさえいなければ、怪我人がたくさんいるこの場所に蜜柑が来ることはありません!』
その一言で、入江は全てを理解したようだった。
躊躇いがちに「大体なら分かるよ…」と言い、緯度と経度を教える。
「恐らく森の中だ。ミルフィオーレは、古城に拠点を置いたと聞いてる。」
『ありがとうございます。』
「けど檸檬さん、無理はしない方が……」
『入江さん達の計画の一部を狂わせたのはあたしです。だから…償わせて下さい。』
檸檬の毅然とした態度に、入江は一瞬目を見開き、苦笑した。
「参ったな、本当に君と蜜柑さんはそっくりなんだね。」
『…双子ですから♪』
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イタリア、ミルフィオーレ仮設本部。
「失礼します。」
ノック音と言葉の後、入室する白い隊服の人間。
「ボス、やはり城を落としたのはボンゴレ独立暗殺部隊・ヴァリアーです!そして白蘭様より正式に、この戦いの総指揮をボスに任せるとの伝令が届きました。」
「……まぁ、当然でしょうな。」
黒スーツの執事がティーカップに紅茶を入れながら言う。
「前任の指揮官は無能極まりない人間でしたからな。私には白蘭様がわざと生贄に捧げたようにすら感じます。」
執事が話す相手の右手中指には、最高峰と謳われるマーレリング。
「ここを仕切るのは6弔花であるボスにこそ相応しい。………貴方様を見たら、さぞかし奴らも驚くでしょーな。」
ボスと呼ばれた男は、無言のままカップを手に取った。
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同じ頃、古城に続く南の抜け道。
スクアーロに言われた通り、ベルとフランが枝から枝へと飛んで移動していた。
「ベルセンパーイ、やっぱ前行って下さいよ。殺気が背中に痛いですー。」
「しししっ、ヤダね!脳と心臓どっち刺すか決めてやるから待ってろ。」
フランの後ろで、ベルはナイフを取り出しそう答える。
「ほんっと歪んじゃって、生き物として最悪ですよねー、堕王子って。」
「誰が堕王子だっ!」
苛立ちのままにフランの背中にナイフを投げるベル。
しかし…
「でっ」
2本のナイフが背中にグサッと刺さったにも関わらず、小さな声を1つあげるだけで移動し続けるフラン。
「あ~涙出て来た……絶対アホのロン毛隊長にちくりますー。センパイ殺す許可もらいますー。」
「おい……刺さったら死ねよ。」
「思うんですけどー、センパイそんなんで頭のネジ抜けてるから、本当は祖国を追いだされたんですよー。」
ベルの反応は無視して、フランは続ける。
「きっと家族とかに嫌われて帰れないから、ヴァリアー入ったんでしょ?」
「バーカ、それはねーよ。」
「うっ、」
再び投げられたナイフに刺さるが、フランはやはり声をあげるだけ。
「だって皆、殺しちまったもん♪」
「でっ…」
もう既にかなりのナイフが刺さっていたが、倒れるどころか血の一滴も流れない。
いつしかベルはサンドバックのように感じ始めていた。
「こーやって人を虐めるから、檸檬さんに嫌われたんじゃないんですかー?」
「は?嫌われてねーし。」
「自分で言うなんて相当ナルシストですよね。」
「うっせ!」
フランの背中に刺さるナイフの数が増えて行く。
「ミーはこんな雑務より檸檬さん奪還したかったですー。」
「誰がお前なんかに行かせるか!俺が行くハズだったんだっつの。」
「奪還の時に幻覚作るの、ミーの役割でしたしー。」
「んなモン有っても無くてもおんなじだろ!」
ベルの悪態には答えず、フランは斜め上の空を見上げる。
「見たいなー、若返った檸檬さん。」
「ふっざけんなこのバカガエル!」
どすどすどすっ、
「センパ~~イ、いー加減刺すのやめて下さーい。」
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“檸檬がイタリアに行く”……
そう、赤ん坊から聞いた時、何故かすぐに納得した自分がいた。
それはさっき、あの眼鏡の男の話を聞いたからなのか、
それとも檸檬の妹の強さを僕も知ってるからなのか、
とにかく理由は分からない。
けど、当然僕の脳内全てが納得したワケじゃない。
『あの、この辺の空間“使って”いいですか?』
「ココから直接行けるのかい!?」
『はい。ただ、少し時間が掛かるかも知れないので……数秒間ここの空間が歪みます。半径1メートル以内には近づかないで下さい。』
「半径1メートルだね、分かった。」
眼鏡の男に了解を得た檸檬は、僕と草食動物の方を向いた。
『じゃあ…行って来るね。』
「き、気をつけて…!」
待ちなよ、まだ納得してない。
聞きたいことも、たくさんある。
ふわりと床に座り込んだ檸檬は、両手を地につけ目を閉じた。
何してるの、
何をしに行くつもりなの、
何でまた…僕から離れてくの?
駆け寄ろうとした次の瞬間、檸檬の姿は僕の視界から消えた。
「んなっ!もう、行っちゃったの…!?」
「いや、時間が掛かるって言ってたから…僕らには見えないけど、今この周辺の波長が歪んでるんだ。檸檬さんはその中で、イタリアに繋がるひずみを探してるんだと思う。」
認めないよ。
まだ、何も聞いてない。
やっと見つけたのに、離れる意味が分からない。
「恭さん!?」
「ダメだ!歪んだ空間の中に入ったら、あらぬ場所に飛ばされるかも知れない!!」
関係ないよ、そんなの。
檸檬は、この中にいるんでしょ?
「雲雀さん!!」
檸檬が座ってた場所に向かって、僕も足を進めた。
途端に、体が動かなくなった。
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「(動かない…)」
そこは、何もない空間だった。
真っ白に見えるけど、白くもない気がする。
色も音も立体感も、重力すら無い、ただの空間。
そんな中に浮いているような感触を覚えた。
『恭弥っ…!?』
気がつくと目の前に、驚きで固まった檸檬がいた。
手を伸ばそうとしたけど、動かない。
「(何、コレ…)」
『どうしてココに…!』
僕が動けないのに、檸檬はいとも簡単に歩み寄り、哀しげな瞳を向けた。
言いたい事も聞きたい事もたくさんあるのに、僕の口は動かない。
それどころか、指一本すらも。
まるで、物理的な時間が止まってるみたいだった。
精神ばかり、頭の中ばかり、動いて回る。
『体力…もつかな…?』
そう呟いて、大きく深呼吸した後、檸檬はスッと両手を伸ばした。
僕の頭を引き寄せて、額と額を触れ合わせた。
『聞くから、言って。』
僕がこの空間で話せないことを知っているのか、檸檬はそう言った。
目を閉じて、僕の思考を読み取るみたいに。
ねぇ檸檬…
僕はまだ、何も教えて貰ってないよ。
何で檸檬がダークとか呼ばれてるのか、
第六感や空間移動の意味、
この世界で何が起きてるのか、
何でまた、檸檬が僕から離れていくのか。
言いたい事で頭を埋め尽くして、目の前の檸檬を見つめる。
閉じた瞳から、涙が一筋零れ落ちていた。
何で、泣いてるの?
『ごめんね…恭弥……』
触れ合った額から、檸檬の震えが伝わる。
抱きしめたいのに、動かない。
この空間は、一体何?
『全部が落ち着いたら、ちゃんと日本に……恭弥のトコに、帰って来る……約束する…』
あの日も、そうだったよね。
黒い服の奴らと戦って、
檸檬が血を吐いて倒れて、
イタリアで療養して帰って来た直後、
「帰って来て」って言ったのに、君は姿を消した。
やっと会えたと思ったら、未だに君を狙う双子の妹と戦ってた。
『本当に、ごめんなさい……あたし、恭弥に迷惑かけてばっかりで…』
謝るくらいなら、傍にいて。
もう一度、君を抱きしめたいんだ。
僕に笑顔を見せて欲しいんだ。
『ホントはね、一緒にいたい。恭弥とずーっと、一緒に笑っていたいの……』
額と額を触れ合わせたまま、
涙を流したまま、
檸檬は言う。
『今…抱きついちゃったら、多分…離れたくなくなっちゃう……』
それで、いいのに。
僕の隣にいてくれるだけで……
『あのね、恭弥。あたし……』
触れ合わせてた額を離し、檸檬は僕の手を握る。
その瞬間の笑顔は、壊れそうなほど綺麗だった。
『恭弥のこと、世界で一番大好きだよ。』
僕の体は動かないままだった。
そればかりか、思考まで停止した気がした。
檸檬からその台詞を受け取ったのが、初めてだった。
『だから、ね……もし全部が終わって、平和な過去に帰れたら………また、屋上で…2人で………』
願うように、紡がれていた檸檬の言葉は、途中で切れる。
『はぁっ…ぐっ……』
胸に手を当て、苦しそうにする檸檬。
駆け寄りたいのに、出来ない。
かつてない焦燥に襲われる僕の身体を、
檸檬は、後ろに突き飛ばした。
『ごめ、ね……こんな…下手な、甘え方しか…出来なくて……でもやっと………ちゃんと言え……』
ドサッ、
「恭さん!!」
「雲雀さん!!」
気がつけば、僕は元居た場所に座っていた。
檸檬の姿は何処にもない。
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雲雀が歪んだ空間に足を進めた直後、ツナ達にはその姿が消えたように見えた。
全員が息を呑んだ数秒後、どこからともなく、まるでマジックのように雲雀は戻って来た。
「き、奇跡だ……」
入江が言う。
「歪んだ空間に踏み込んで、元の場所に帰って来れたなんて…!凄い……これが檸檬さんの力……」
「ココに繋がるひずみに、雲雀を押し戻したってことか?」
「あぁ、恐らくね。雲雀君、檸檬さんに会ったのかい?」
リボーンに答えてから問いかけて来た入江に、雲雀は何も返さず立ち上がった。
その脳裏に渦巻くのは、途切れてしまった檸檬の言葉。
---『もし全部が終わって、平和な過去に帰れたら………また、屋上で…2人で………』
無意識に固く握られる雲雀の右拳。
まだ、檸檬に握られていた感触が残っていた。
「恭さん…」
「うるさい。」
その拳を見て呼びかけた草壁に、雲雀は背を向けた。
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イタリア、古城へと続く東の抜け道。
何かの気配を感じ取ったスクアーロは、枝を飛び移る足を止めた。
「んん"…?」
微かだが、何者かの息遣いが聞こえる。
弱っているのか、かなり細くて荒い。
「(敵かぁ…?)」
気配を消して接近するスクアーロ。
と、次の瞬間、向こうの気配も消えた。
「(少しは出来るみてーだなぁ………だが、)」
一気に接近し、相手が隠れている木の裏側から飛び出した。
キィンッ……
「なっ…!お、お前っ…!!」
『なーんだ、アロちゃんかー……良かったぁ…』
スクアーロの剣をナイフで受け止めながら安堵の笑みを見せたのは、空間移動でイタリアに来た檸檬だった。
しばし呆然とするスクアーロだったが、慌てて剣を下ろす。
「な、何でいやがる檸檬……確か日本に…」
『ん?今来たの。で、ちょっと体力ヤバかったから注射打って休んでた。』
「注射だぁ?」
『うん、リバウンド抑えるクスリ。』
「そぉかぁ…」
何にせよ、敵ではなかったという事実に溜め息をつくスクアーロ。
そんな彼を、檸檬はジーッと見つめた。
「……何だぁ?」
『え?あのね、アロちゃん大人っぽくなったなーって……』
「違ぇ!この音だぁ!!」
『音…?………あ、ホントだ。』
ガササ…と近づいて来る音。
そしてドシャッと落ちて来たのは…
「報告…します…」
『酷い怪我…!』
「なっ、誰にやられたぁ!?」
「ザンザス様です……」
「だとぉ?」
「肉が食べたいらしいのですが……用意…出来ず……」
何とも緊張感のない報告を持ってきた部下に、スクアーロは返す。
「なぁ?最高級のラム肉を持ってきたハズだぞぉ!!」
「そ、それが……牛肉を…食べたかったらしく………」
「和牛のサーロインも持ってきたハズだぁ!!他のコンテナをよく探せぇ!!」
『てゆーか…大丈夫?血、出てる…』
「あ、貴女は……もしや檸檬様!!?」
『“様”!?』
驚きながらスクアーロの方を向く檸檬。
しかし彼は「気にすんなぁ」と。
そこにまた、ボロボロになった部下が落ちて来た。
「それが…隊長……フィレ肉を食べたいとのことで………」
「そいつも持ってきたハズだぁ!!」
『また酷いダメージ受けてる…』
若干声が大きくなり始めるスクアーロと、オロオロし始める檸檬。
するとまた一人落ちて来た。
「それが…手が滑ったとかで床に落として………“こんなもの食えるか”と…………」
そこで、スクアーロの堪忍袋の緒が切れた。
檸檬も軽く苦笑する。
「あんのクソボス!!このクソ忙しい時に!!」
『ボスってば……』
怒鳴る彼の姿に、地に伸びた隊員3人は恐怖を覚える。
と、その時。
木々の間からさまざまな色の炎が見える。
「て…敵だ!!」
『えっ!?』
声を聞きつけたのか、集団で襲いかかって来たミルフィオーレの隊員達。
真っ直ぐスクアーロに向かって来る。
しかし迫られている本人は、見向きもせずに呟いた。
「…………う"お"ぉい、俺は今ムシの居所が……」
リングに灯された青い炎。
それがガチッと匣に注入される。
「…悪いんだぁ!!!」
暴雨鮫!!!
(スクアーロ・グランデ・ピオッジャ)
『わぁっ…!!』
匣から飛び出した巨大なサメは、文字通り敵を一掃した。