毒を喰らわば、
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「宇宙一カワイイぞ六美ィ〜!!」
「分かったから、静かにしててお兄ちゃん」
シスコン長男による妥協を許さない六美のドレス選びは三日三晩と続いた。最終的に体力気力共に限界を迎えた六美にドレスの選択権を投げられた凶一郎は、自分好みのドレスを最愛の妹が着てくれるという事実だけで残りの四日を狂ったように過ごしていた。
そんなこんなで迎えた発表会当日。会場は、他殺の証拠も残さない毒を一目見ようと集まった裏社会の住人たちで溢れ返っていた。
「あの子……」
「どうかした? 六美姉ちゃん」
凶一郎の猛攻を防ぎながら、六美が会場内のある一点を凝視する。視線の先を七悪が辿ると、
「女の子だ、僕と同い歳くらいかなぁ?」
背の丈は百四十やそこらに見える、白い髪の少女が自身の頭より大きいトレンチを片手に招待客へドリンクを配っていた。
夜桜家の長女のように、実年齢よりかなり若く見える人間もいるにはいるだろうが、彼女には年齢を積み重ねてきたという貫禄が感じられない。
「六美」
言外に行くな、と六美の肩に乗せた手に力を込める凶一郎を見上げ、六美が唇を揺らす。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。それに、何かの手がかりになるかもしれない」
凶一郎に比べれば何てことはない、赤子同然の力で、六美は肩の手を払い除けた。六美の安全を思えば、何と言われようと止めるべきだったが、その気持ちは止められなかった。
幼い子どもを心配する気持ちまでは、凶一郎には止められなかった。
「あの、」
接客をしているその背中に六美が手を伸ばし、声をかけると、小さな少女の肩が大きく跳ね上がった。
「っ……」
同時、ガラスの砕け散る音が辺りに響く。トレンチから滑り落ちたグラスを片付けようと、しゃがみ込んだ少女の手が不自然に止まる。
その手を覗き込むと、慌てたせいかガラス片で指を切ってしまったようで、透明のガラスに赤が滲んでいた。
「あなた、血が……」
「さっ触らないで」
ハンカチを差し出した六美の手を、少女が払い除けた。床に落ちたハンカチと、叩かれた六美の白い手を交互に見つめてから、少女は狼狽えた様子でその場を去った。
「あの女……俺の可愛い六美の可愛い手を! 女神のような慈しみを!」
「兄ちゃん落ち着いて!」
暴れる凶一郎を羽交い締めする七悪に、六美は冷静に告げる。
「七悪、お兄ちゃんはいいから零れたドリンクの成分を調べて」
「う、うんっ」
拭き残された水分に試験紙を浸し、検査キットに翳してみるが、鑑定結果には毒物が検知されなかった。完全に新種の毒物であればそういった結果になることもある。
七悪の体内に取り込み、毒性を調べようと指先で液体に触れた。瞬間。
「七悪っ!」
触れた七悪の指先が、数秒と待たずどろりと溶けた。
「大丈夫……ちょっと爪先が溶けただけだから」
「七悪、六美を連れて離脱しろ」
突然何を、と六美が顔を上げると、会場内に悲鳴が響き渡る。乾杯もしていないのにドリンクに口をつけた客がいたのだろう。
電流が走るように、パニックが伝染していく。我先に出口へと駆け出す客の波が三人に襲いかかってきた。
主催者である研究所関係者を取り押さえに向かうため、凶一郎がその波に穴を開ける。
「俺は犯人を確保しに行く。七悪は成分を解析して解毒剤を用意しておいてくれ」
無関係の招待客まで薙ぎ倒して会場の奥へと消えた凶一郎に六美は密かに溜息を吐き、指示通り離脱しようと踵を返す。
出口へ向かう途中、白い影が六美の視界の端を掠める。
「待って七悪! さっきの女の子がいる!」
「六美姉ちゃん!?」
会場の隅、パニックの様子をぼんやりと眺めている少女の姿がそこにあった。六美と少女の視線がかち合うと、少女は出口とは別の扉へと姿を消した。
その後を追い、扉を開けると少し先で少女が二人の方を見て固まっていた。
「どうして……」
「それはこちらの台詞よ。あなたには逃げなければいけない理由でもあるのかしら?」
一歩、一歩と六美が距離を詰めるのに比例して、少女も同じだけ後退る。
「君は……あの飲み物の中身が毒だって、知っていたの?」
七悪の問いかけに、少女は目を見開く。バツが悪そうに目を逸らす辺り、毒のことは知っていたのだろう。
「あの毒が、どれだけのひとの命を奪うことができてしまうのか、知っていて……!」
「くらげ」
三人のものではない、声と足音が廊下にこだまする。床を見つめたまま微動だにしない少女の背後から、男が一人現れた。
「何をしている? ターゲットを目の前にして」
「せんせい」
少女の口から〝先生〟と呼ばれた男は、真っ直ぐに六美を見つめている。七悪がその視線から庇うように前に出ると、不躾なそれは六美から少女────くらげへと注がれる。
「夜桜は、あのひとは、ほんとうに悪いひとなのですか」
命を奪われて当然の命なのですか、と床の一点を見つめたまま、少し震えた声でくらげが問う。男は、何でもないことのように、それに答えを出した。
「そうだと言えばどうする? そうでないと言えば? どちらであっても、お前の毒が誰かを殺したことに変わりはないだろう」
その答えを聞いて、パッと顔を上げたくらげの横っ面を、男が打った。
「いつからそんな悪い子になったんだ?」
六美が間に割って入ろうとするのを抑えながら、七悪は迂闊に近寄ることができない自分に歯軋りをする。
七悪の体格なら、近付いてさえしまえば男を取り押さえるくらい簡単なことだが、七悪の肌を溶かしたあの毒を隠し持っているかもしれない。その上、六美から離れて彼女に何かあれば本末転倒だ。
「だって、だってっ! そのひとは、わたしに優しくしてくれた、からっ」
「たかがそんなことで────」
涙声で途切れ途切れにそう叫んだくらげの髪を掴み上げ、男が拳を振り被る。
堪え切れず、二人が飛び出そうとするその直前、黒い〝糸〟が男の腕を縛り上げた。
「六美の優しさを〝そんなこと〟呼ばわりとは、余程命が惜しくないらしい」
「夜桜……凶一郎……!」
ついでにその手を離せ、と顳かみに青筋を浮かべた凶一郎が現れた。男は冷や汗を浮かべながら凶一郎の顔を睨み上げる。
並々ならぬ憎悪を滾らせた表情を向ける男の顔を、凶一郎は慣れた様子で見下ろす。
「聞こえなかったか? 手を離せと言ったんだが」
「なぜ、お前がこれを気遣う?」
「妹と弟が嫌がっている。それ以外に理由はない」
「そうか。そうだろうな。お前は自分の家族さえ幸せならそれで良い人間だ」
笑みを浮かべた男がくらげの髪を手放す。と同時に、袖口に忍ばせていた小型ナイフを手に取る。男を完全に拘束するべきか、六美たちを庇うべきか、どちらを優先すべきか瞬時に見極め、凶一郎は後者を選んだ。
空気を裂くような、そんな音が凶一郎の鼓膜に辿り着くと、間髪空けずに生暖かいものがその頬を、黒いスーツを赤く染め上げた。
自分であれば、小刀ごときに傷付けられるわけはない。だから凶一郎は二人を自身の背に隠すことを優先したが、その刃は六美や七悪はおろか、凶一郎にすら向いていなかった。
凶一郎に降り注いだ〝赤〟は、切りつけられたくらげの白い首筋から噴き出した血液だった。
「お前を、夜桜を殺すために作った特製の毒だ。まさか本命で経過観察をする羽目になるとは思わなかったが……本望だろう?」
言葉を返そうと口を開いた凶一郎の喉が声を発することはなかった。くらげの身体を回収して、立ち去ろうとする男を捕らえようと凶一郎は手を伸ばすが、自分が今どの方向に手を伸ばしているのかすら分からなかった。
「凶一郎兄ちゃん! しっかり……て……ちゃ……!」
回り続ける視界の中、七悪が身体を揺する度吐き気が込み上げてくる。六美の前で醜態を晒すわけにはいかない、と平静を装うとするが、自身の身体が床に転がっていることすら知覚できていない凶一郎は遠のいていく兄妹の声を聞き逃さまいとするだけで精一杯だった。
「分かったから、静かにしててお兄ちゃん」
シスコン長男による妥協を許さない六美のドレス選びは三日三晩と続いた。最終的に体力気力共に限界を迎えた六美にドレスの選択権を投げられた凶一郎は、自分好みのドレスを最愛の妹が着てくれるという事実だけで残りの四日を狂ったように過ごしていた。
そんなこんなで迎えた発表会当日。会場は、他殺の証拠も残さない毒を一目見ようと集まった裏社会の住人たちで溢れ返っていた。
「あの子……」
「どうかした? 六美姉ちゃん」
凶一郎の猛攻を防ぎながら、六美が会場内のある一点を凝視する。視線の先を七悪が辿ると、
「女の子だ、僕と同い歳くらいかなぁ?」
背の丈は百四十やそこらに見える、白い髪の少女が自身の頭より大きいトレンチを片手に招待客へドリンクを配っていた。
夜桜家の長女のように、実年齢よりかなり若く見える人間もいるにはいるだろうが、彼女には年齢を積み重ねてきたという貫禄が感じられない。
「六美」
言外に行くな、と六美の肩に乗せた手に力を込める凶一郎を見上げ、六美が唇を揺らす。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。それに、何かの手がかりになるかもしれない」
凶一郎に比べれば何てことはない、赤子同然の力で、六美は肩の手を払い除けた。六美の安全を思えば、何と言われようと止めるべきだったが、その気持ちは止められなかった。
幼い子どもを心配する気持ちまでは、凶一郎には止められなかった。
「あの、」
接客をしているその背中に六美が手を伸ばし、声をかけると、小さな少女の肩が大きく跳ね上がった。
「っ……」
同時、ガラスの砕け散る音が辺りに響く。トレンチから滑り落ちたグラスを片付けようと、しゃがみ込んだ少女の手が不自然に止まる。
その手を覗き込むと、慌てたせいかガラス片で指を切ってしまったようで、透明のガラスに赤が滲んでいた。
「あなた、血が……」
「さっ触らないで」
ハンカチを差し出した六美の手を、少女が払い除けた。床に落ちたハンカチと、叩かれた六美の白い手を交互に見つめてから、少女は狼狽えた様子でその場を去った。
「あの女……俺の可愛い六美の可愛い手を! 女神のような慈しみを!」
「兄ちゃん落ち着いて!」
暴れる凶一郎を羽交い締めする七悪に、六美は冷静に告げる。
「七悪、お兄ちゃんはいいから零れたドリンクの成分を調べて」
「う、うんっ」
拭き残された水分に試験紙を浸し、検査キットに翳してみるが、鑑定結果には毒物が検知されなかった。完全に新種の毒物であればそういった結果になることもある。
七悪の体内に取り込み、毒性を調べようと指先で液体に触れた。瞬間。
「七悪っ!」
触れた七悪の指先が、数秒と待たずどろりと溶けた。
「大丈夫……ちょっと爪先が溶けただけだから」
「七悪、六美を連れて離脱しろ」
突然何を、と六美が顔を上げると、会場内に悲鳴が響き渡る。乾杯もしていないのにドリンクに口をつけた客がいたのだろう。
電流が走るように、パニックが伝染していく。我先に出口へと駆け出す客の波が三人に襲いかかってきた。
主催者である研究所関係者を取り押さえに向かうため、凶一郎がその波に穴を開ける。
「俺は犯人を確保しに行く。七悪は成分を解析して解毒剤を用意しておいてくれ」
無関係の招待客まで薙ぎ倒して会場の奥へと消えた凶一郎に六美は密かに溜息を吐き、指示通り離脱しようと踵を返す。
出口へ向かう途中、白い影が六美の視界の端を掠める。
「待って七悪! さっきの女の子がいる!」
「六美姉ちゃん!?」
会場の隅、パニックの様子をぼんやりと眺めている少女の姿がそこにあった。六美と少女の視線がかち合うと、少女は出口とは別の扉へと姿を消した。
その後を追い、扉を開けると少し先で少女が二人の方を見て固まっていた。
「どうして……」
「それはこちらの台詞よ。あなたには逃げなければいけない理由でもあるのかしら?」
一歩、一歩と六美が距離を詰めるのに比例して、少女も同じだけ後退る。
「君は……あの飲み物の中身が毒だって、知っていたの?」
七悪の問いかけに、少女は目を見開く。バツが悪そうに目を逸らす辺り、毒のことは知っていたのだろう。
「あの毒が、どれだけのひとの命を奪うことができてしまうのか、知っていて……!」
「くらげ」
三人のものではない、声と足音が廊下にこだまする。床を見つめたまま微動だにしない少女の背後から、男が一人現れた。
「何をしている? ターゲットを目の前にして」
「せんせい」
少女の口から〝先生〟と呼ばれた男は、真っ直ぐに六美を見つめている。七悪がその視線から庇うように前に出ると、不躾なそれは六美から少女────くらげへと注がれる。
「夜桜は、あのひとは、ほんとうに悪いひとなのですか」
命を奪われて当然の命なのですか、と床の一点を見つめたまま、少し震えた声でくらげが問う。男は、何でもないことのように、それに答えを出した。
「そうだと言えばどうする? そうでないと言えば? どちらであっても、お前の毒が誰かを殺したことに変わりはないだろう」
その答えを聞いて、パッと顔を上げたくらげの横っ面を、男が打った。
「いつからそんな悪い子になったんだ?」
六美が間に割って入ろうとするのを抑えながら、七悪は迂闊に近寄ることができない自分に歯軋りをする。
七悪の体格なら、近付いてさえしまえば男を取り押さえるくらい簡単なことだが、七悪の肌を溶かしたあの毒を隠し持っているかもしれない。その上、六美から離れて彼女に何かあれば本末転倒だ。
「だって、だってっ! そのひとは、わたしに優しくしてくれた、からっ」
「たかがそんなことで────」
涙声で途切れ途切れにそう叫んだくらげの髪を掴み上げ、男が拳を振り被る。
堪え切れず、二人が飛び出そうとするその直前、黒い〝糸〟が男の腕を縛り上げた。
「六美の優しさを〝そんなこと〟呼ばわりとは、余程命が惜しくないらしい」
「夜桜……凶一郎……!」
ついでにその手を離せ、と顳かみに青筋を浮かべた凶一郎が現れた。男は冷や汗を浮かべながら凶一郎の顔を睨み上げる。
並々ならぬ憎悪を滾らせた表情を向ける男の顔を、凶一郎は慣れた様子で見下ろす。
「聞こえなかったか? 手を離せと言ったんだが」
「なぜ、お前がこれを気遣う?」
「妹と弟が嫌がっている。それ以外に理由はない」
「そうか。そうだろうな。お前は自分の家族さえ幸せならそれで良い人間だ」
笑みを浮かべた男がくらげの髪を手放す。と同時に、袖口に忍ばせていた小型ナイフを手に取る。男を完全に拘束するべきか、六美たちを庇うべきか、どちらを優先すべきか瞬時に見極め、凶一郎は後者を選んだ。
空気を裂くような、そんな音が凶一郎の鼓膜に辿り着くと、間髪空けずに生暖かいものがその頬を、黒いスーツを赤く染め上げた。
自分であれば、小刀ごときに傷付けられるわけはない。だから凶一郎は二人を自身の背に隠すことを優先したが、その刃は六美や七悪はおろか、凶一郎にすら向いていなかった。
凶一郎に降り注いだ〝赤〟は、切りつけられたくらげの白い首筋から噴き出した血液だった。
「お前を、夜桜を殺すために作った特製の毒だ。まさか本命で経過観察をする羽目になるとは思わなかったが……本望だろう?」
言葉を返そうと口を開いた凶一郎の喉が声を発することはなかった。くらげの身体を回収して、立ち去ろうとする男を捕らえようと凶一郎は手を伸ばすが、自分が今どの方向に手を伸ばしているのかすら分からなかった。
「凶一郎兄ちゃん! しっかり……て……ちゃ……!」
回り続ける視界の中、七悪が身体を揺する度吐き気が込み上げてくる。六美の前で醜態を晒すわけにはいかない、と平静を装うとするが、自身の身体が床に転がっていることすら知覚できていない凶一郎は遠のいていく兄妹の声を聞き逃さまいとするだけで精一杯だった。
