毒を喰らわば、
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「その門より一歩でも外に出れば、首の装置が作動し貴様の心臓は止まるぞ」
くらげが門に手をかけたそのとき、背後から誰かの声がした。勢いよく振り返る体力もなく、ゆるゆると声の方へ視線を向けると、黒い革靴が視界に映る。目に雨が入ったせいでよく見えないが、傘を差した全身を黒に包んだ男がくらげの背後に立っていた。
通り過ぎたときには誰も立っていなかったのに、と考えながら首に触れる。七悪が包帯を替えたときには傷痕以外存在しなかったが、眠っていた間に何か付けられたのだろう。いや、それよりも自分はいつ夢から覚めていた? これは現実なのか? それとも、まだ夢を見ているのか。
「死にたければ止めはしないが……どうした? 束の間の自由はすぐそこだぞ」
男が門を指差す。くらげはその指の動きを追って、立ち尽くす。そして上手く回らない頭で、自分の処遇を考察していた。
本来であれば、あのとき処分されるべきだったくらげを保護するに当たり、協会から〝安全装置〟の着用義務を条件として出されていた。
安全装置とは、くらげが許可なく敷地の外へ出た瞬間、チョーカー型のそれから電気が流れ、外傷なく彼女の息の根を止めるというものだった。
真相に近しい答えに辿り着いたくらげは、門を掴む手に力を込める。
「私は……死ななければいけない。生きていては、いけないんです。私だけ、私だけ生きているなんて」
許されない、とこぼしたくらげに、男は笑うように息を吐いた。
「俺はお前に〝何がしたい〟かを聞いたんだ。お前の〝すべきこと〟に興味はない。もう一度聞く。お前は死にたいのか?」
「死にたいとか死にたくないとかの話じゃなくて、私は生きていてはいけないから、だからっ」
「そうは言っても、さっきから足が動いていないぞ? 本当は死ぬのが怖いんだろう。だからそうも必死に言い聞かせている。〝自分は死ななくてはいけないのだから、早く死ね〟と」
全くの図星だった。くらげの足は動かず、手は力を込めていなければみっともなく震えていたことだろう。
自分の情けなさを言い当てられた羞恥からか、それとも依然として濡れ続ける身体が冷えてきたからか、くらげは震え始めた唇を一度強く噛み締め、門に向き直る。
「えぇ、えぇ! そうです! あなたの言う通り、死ぬのは怖いですよ! 痛いのだって嫌……っ! でも、でも! 私は! 散々命を奪ってきたくせに、〝死にたくない〟と思ってしまう自分が一番嫌っ! そんなの許せない、許されない、許してはいけない……!」
くらげは再度、門を乗り越えようと手を掴み直すが、やはりそれを乗り越えることはできなかった。口だけで、実行に移すことができない自分が彼女は何より恥ずかしく、そして何より許し難かった。
「どうして、あのとき死なせてくれなかったんですか!? あのまま死なせてくれていたら、こんなに苦しむことも、こんなに自分を許せなくなることもなかったのに! どうして!」
そう男に恨み言をぶつけながら、地面に崩れ落ちたくらげは地面を殴り付ける。こんなものは八つ当たりだと、くらげも分かっていた。分かっていても、誰かに、何かにぶつける以外に溢れ出す激情をやり過ごす術を彼女は持たなかった。
泥水で汚れた拳の包帯を見て、自分は飼い殺されるために生まれてきたように思えて、くらげから自嘲の笑いがこぼれた。
「どうして、どうして助けたんですか……」
くらげの白い頬の上を、水滴が流れていく。そのとき、少女の頭上に絶え間なく降り注いでいた雨が止んだ。
「七悪が世話になった。兄として、礼を言う」
邪魔だった雨粒が途切れ、くらげが顔を上げると、彼女の方へと傘を傾ける男と視線が交わる。
あの日、くらげが意識を失う直前に見た、死神のようなあの男、凶一郎が目の前にいた。
「奪った命もあったかもしれん。だが、お前が救った命も確かにあった。それは事実だ」
命を狙われたり、狙ったりなんていう話は裏社会では日常茶飯事だ。と話しながら凶一郎がくらげの手を取る。
「でも、きっと、許されません……私みたいなのが生きているなんて」
「お前が誰に許されたいのかなんて俺の知ったことではない。が、お前が生きることを夜桜家十代目当主が許している」
凶一郎がくらげの手の包帯を解くと、左手薬指に眩い輝きを放つ指輪がはまっていた。
くらげはそれを、夢で見た、力強くも柔らかくあたたかい、あの光のようだと思った。
凶一郎は、くらげのものとよく似たデザインの指輪をはめた手で、彼女の薬指を一撫ぜした。
「居もしない誰かに許しを乞う暇があるのならば、夜桜家の一員として、当主である六美のためにその血、その命を使うことだけを考えろ」
それがこれからのお前のすべきことだ、と告げて凶一郎が立ち上がる。玄関へと向かう凶一郎の背中をくらげは呆然と見つめていた。
「それ以上身体を冷やせば七悪が黙ってないぞ」
ついてくる気配のないくらげに、数歩離れた場所から凶一郎が言葉を投げかけると、くらげは唇を揺らす。
「わたし、ここに、いても……良いのでしょうか」
ずぶ濡れになった髪の先から、顎の先から、地面にぱたぱたと水滴が散る。
「良いも何も、ここはもうお前の家でもある。好きにしろ」
好きにしろと言われても、くらげには自分の好きにするということがまだ分からない。分からないが、くらげは初めて〝ここにいたい〟と思った。そう思う自分自身を責めずにいられた。
立ち上がりはしたが、雨や泥でぐちゃぐちゃな上に、ここまでやって来る途中負ったであろう擦り傷だらけの身体では、屋敷に上がれない。どうしたら良いのだろうか、とモタモタするくらげに、凶一郎が溜息を吐く。
「いい、お前は動くな」
そう言うと、鋼蜘蛛で自分の傍まで引き寄せたくらげを軽く片腕で抱き上げ、兄妹たちが待つ玄関へと歩き出す。
「俺はお前を殺さないし、死なせない。この身に代えても、誰にもお前を殺させない」
降ろされる間際、聞こえた言葉に顔を上げようとしたくらげは、口を開く前に全身を覆うほどのタオルで揉みくちゃにされた。
「生きてちゃいけないなんて、二度と言わないで」
タオル越しに強く抱き締められ、そんな声が聞こえる。折れそうになったくらげを何度も鼓舞した、あの優しい声だ。
「死にたいなんて、もう絶対言わせないから」
記憶のものより、少し震えているその声に釣られるように、くらげの目の奥が熱を帯びる。
「絶対、絶対言わせないんだから」
くらげは相槌を打つように、何度も何度も頷きながら彼女────六美を抱き返す。瞼の裏で、先生がこちらを見つめていたが、彼はもう何も言わなかった。
くらげと六美は、二刃に「いつまでも泣いてないで早く風呂に入ってきな!」と尻を叩かれるまでそのまましばらく抱き合っていた。
ちなみに、長男は「俺も六美に抱き締められたい」とハンカチを噛み締め、次男は二人以上に号泣し、次女と三男はそんな次男をいじり、四男は「身体があったまる飲み物作っておくね」と少し赤くなった目元を隠して笑っていたとかなんとか。
くらげが門に手をかけたそのとき、背後から誰かの声がした。勢いよく振り返る体力もなく、ゆるゆると声の方へ視線を向けると、黒い革靴が視界に映る。目に雨が入ったせいでよく見えないが、傘を差した全身を黒に包んだ男がくらげの背後に立っていた。
通り過ぎたときには誰も立っていなかったのに、と考えながら首に触れる。七悪が包帯を替えたときには傷痕以外存在しなかったが、眠っていた間に何か付けられたのだろう。いや、それよりも自分はいつ夢から覚めていた? これは現実なのか? それとも、まだ夢を見ているのか。
「死にたければ止めはしないが……どうした? 束の間の自由はすぐそこだぞ」
男が門を指差す。くらげはその指の動きを追って、立ち尽くす。そして上手く回らない頭で、自分の処遇を考察していた。
本来であれば、あのとき処分されるべきだったくらげを保護するに当たり、協会から〝安全装置〟の着用義務を条件として出されていた。
安全装置とは、くらげが許可なく敷地の外へ出た瞬間、チョーカー型のそれから電気が流れ、外傷なく彼女の息の根を止めるというものだった。
真相に近しい答えに辿り着いたくらげは、門を掴む手に力を込める。
「私は……死ななければいけない。生きていては、いけないんです。私だけ、私だけ生きているなんて」
許されない、とこぼしたくらげに、男は笑うように息を吐いた。
「俺はお前に〝何がしたい〟かを聞いたんだ。お前の〝すべきこと〟に興味はない。もう一度聞く。お前は死にたいのか?」
「死にたいとか死にたくないとかの話じゃなくて、私は生きていてはいけないから、だからっ」
「そうは言っても、さっきから足が動いていないぞ? 本当は死ぬのが怖いんだろう。だからそうも必死に言い聞かせている。〝自分は死ななくてはいけないのだから、早く死ね〟と」
全くの図星だった。くらげの足は動かず、手は力を込めていなければみっともなく震えていたことだろう。
自分の情けなさを言い当てられた羞恥からか、それとも依然として濡れ続ける身体が冷えてきたからか、くらげは震え始めた唇を一度強く噛み締め、門に向き直る。
「えぇ、えぇ! そうです! あなたの言う通り、死ぬのは怖いですよ! 痛いのだって嫌……っ! でも、でも! 私は! 散々命を奪ってきたくせに、〝死にたくない〟と思ってしまう自分が一番嫌っ! そんなの許せない、許されない、許してはいけない……!」
くらげは再度、門を乗り越えようと手を掴み直すが、やはりそれを乗り越えることはできなかった。口だけで、実行に移すことができない自分が彼女は何より恥ずかしく、そして何より許し難かった。
「どうして、あのとき死なせてくれなかったんですか!? あのまま死なせてくれていたら、こんなに苦しむことも、こんなに自分を許せなくなることもなかったのに! どうして!」
そう男に恨み言をぶつけながら、地面に崩れ落ちたくらげは地面を殴り付ける。こんなものは八つ当たりだと、くらげも分かっていた。分かっていても、誰かに、何かにぶつける以外に溢れ出す激情をやり過ごす術を彼女は持たなかった。
泥水で汚れた拳の包帯を見て、自分は飼い殺されるために生まれてきたように思えて、くらげから自嘲の笑いがこぼれた。
「どうして、どうして助けたんですか……」
くらげの白い頬の上を、水滴が流れていく。そのとき、少女の頭上に絶え間なく降り注いでいた雨が止んだ。
「七悪が世話になった。兄として、礼を言う」
邪魔だった雨粒が途切れ、くらげが顔を上げると、彼女の方へと傘を傾ける男と視線が交わる。
あの日、くらげが意識を失う直前に見た、死神のようなあの男、凶一郎が目の前にいた。
「奪った命もあったかもしれん。だが、お前が救った命も確かにあった。それは事実だ」
命を狙われたり、狙ったりなんていう話は裏社会では日常茶飯事だ。と話しながら凶一郎がくらげの手を取る。
「でも、きっと、許されません……私みたいなのが生きているなんて」
「お前が誰に許されたいのかなんて俺の知ったことではない。が、お前が生きることを夜桜家十代目当主が許している」
凶一郎がくらげの手の包帯を解くと、左手薬指に眩い輝きを放つ指輪がはまっていた。
くらげはそれを、夢で見た、力強くも柔らかくあたたかい、あの光のようだと思った。
凶一郎は、くらげのものとよく似たデザインの指輪をはめた手で、彼女の薬指を一撫ぜした。
「居もしない誰かに許しを乞う暇があるのならば、夜桜家の一員として、当主である六美のためにその血、その命を使うことだけを考えろ」
それがこれからのお前のすべきことだ、と告げて凶一郎が立ち上がる。玄関へと向かう凶一郎の背中をくらげは呆然と見つめていた。
「それ以上身体を冷やせば七悪が黙ってないぞ」
ついてくる気配のないくらげに、数歩離れた場所から凶一郎が言葉を投げかけると、くらげは唇を揺らす。
「わたし、ここに、いても……良いのでしょうか」
ずぶ濡れになった髪の先から、顎の先から、地面にぱたぱたと水滴が散る。
「良いも何も、ここはもうお前の家でもある。好きにしろ」
好きにしろと言われても、くらげには自分の好きにするということがまだ分からない。分からないが、くらげは初めて〝ここにいたい〟と思った。そう思う自分自身を責めずにいられた。
立ち上がりはしたが、雨や泥でぐちゃぐちゃな上に、ここまでやって来る途中負ったであろう擦り傷だらけの身体では、屋敷に上がれない。どうしたら良いのだろうか、とモタモタするくらげに、凶一郎が溜息を吐く。
「いい、お前は動くな」
そう言うと、鋼蜘蛛で自分の傍まで引き寄せたくらげを軽く片腕で抱き上げ、兄妹たちが待つ玄関へと歩き出す。
「俺はお前を殺さないし、死なせない。この身に代えても、誰にもお前を殺させない」
降ろされる間際、聞こえた言葉に顔を上げようとしたくらげは、口を開く前に全身を覆うほどのタオルで揉みくちゃにされた。
「生きてちゃいけないなんて、二度と言わないで」
タオル越しに強く抱き締められ、そんな声が聞こえる。折れそうになったくらげを何度も鼓舞した、あの優しい声だ。
「死にたいなんて、もう絶対言わせないから」
記憶のものより、少し震えているその声に釣られるように、くらげの目の奥が熱を帯びる。
「絶対、絶対言わせないんだから」
くらげは相槌を打つように、何度も何度も頷きながら彼女────六美を抱き返す。瞼の裏で、先生がこちらを見つめていたが、彼はもう何も言わなかった。
くらげと六美は、二刃に「いつまでも泣いてないで早く風呂に入ってきな!」と尻を叩かれるまでそのまましばらく抱き合っていた。
ちなみに、長男は「俺も六美に抱き締められたい」とハンカチを噛み締め、次男は二人以上に号泣し、次女と三男はそんな次男をいじり、四男は「身体があったまる飲み物作っておくね」と少し赤くなった目元を隠して笑っていたとかなんとか。
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