毒を喰らわば、
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『あの█が、どれだけの⬛︎の⬛︎を奪うことができてしまうのか、知っていて……!』
「大丈夫? どこか痛む?」
自身に対する呼びかけにハッとして、くらげが顔を上げると、心配そうにこちらの顔を覗き込む主治医と衝突しかけた。互いに顔を仰け反る直前、彼の青い瞳に映った自身の黒い瞳の泳ぎように、誰よりくらげが驚いた。
頭の中に響く、ノイズがかかったような声と、目の前の少年から発せられた声が重なって聴こえる。
────知らない。私は知らない。目の前の彼とはここで目覚めてから出会ったはずだ。知っているはずがない。自分と同じくらいの歳の子どもなんて、研究所でしか見たことがない。その中に、彼のような眼をした子どもはいなかった。みんな、みんな暗い眼をしていた。だから、彼の声に聞き覚えがあるはずがないのに。
それなのに、くらげの脳内でこだまする声は少年が発する声と全く同じものだった。
「く、びが、少し」
目覚めたときからそこにあった、首に巻かれた包帯に触れながらくらげが答える。すると主治医は、自身の患者を安心させるために笑みを浮かべるでもなく、処置に慌てるでもなく、ただ、ただ黙って、包帯を解いた。
「この傷は、研究所が解体されたときにできたものなのですか」
あらわになった自身の傷痕に、彼女が親指を這わせる。
「いつ、何があって、この傷を負ったのか。私は何ひとつ覚えていないけれど……あなたは知っていらっしゃるんですよね、七悪さま」
数回、〝七悪〟は口を開閉させた後、言葉を飲み込んだまま新しい包帯を取り出し再び傷を隠した。
あれだけ名前を知られぬよう二刃と共にくらげを欺き続けていた割に、くらげの目からは彼は随分と落ち着いているように見えた。
「何を言っても、言い訳にしか聞こえないと思う。けど、今はまだ教えられないんだ」
「では、いつになれば教えていただけるのですか」
くらげは続けて問いかけるが、七悪は首を横に振るばかりで答えようとしない。
「七悪さっ……」
「っごめんね……! ごめん、ごめんっなさ……!」
『もう一度だけっどうかもう一度だけ……!』
そんな七悪にくらげが手を伸ばした途端、彼の青い瞳から堰を切ったように涙が溢れ落ちていった。その瞬間、目の前の七悪とは似ても似つかない大男が涙声で懇願する姿がくらげの瞬きの裏側に現れる。
今の光景は一体、と呆然とするくらげの横で、自分でも予想外の出来事だったのか、七悪が慌てて取り繕おうと顔を伏せる。小さな手で必死に涙を拭う彼に伸ばしたまま、行き場を失った自身の手に視線を落とす。
日常生活で最低限不自由がないように、と親指だけを残して包帯で巻かれた四本の指は、その実あまり使われない。不便がないように身の回りの世話をしてくれる二人がいたからだ。二人がいてくれたから、くらげはどうして自分の手が封じられているのか考えようともしなかった。
「七悪さま……」
二人の優しさのお陰で、不自由だということに気付かなかった。しかし、この手では、あの日自分の涙を拭ってくれた七悪のように、彼の涙を止めることができないと、くらげは気付いてしまった。
「泣かないで、謝らないで、あなたは十分よくしてくれたじゃないですか」
くらげはそう言って、下ろした手を再び持ち上げ、七悪の頬に触れる。
寸前。くらげは何かに弾かれたように手を退けた。七悪が拒絶したわけではない。他でもない、彼女本人が自身の手を叩き落としたのだ。
自身の手が七悪の頬に触れるその瞬間、彼女の眼には、小鳥が見えた。あたたかくて、柔らかった小鳥を。冷たく、硬くなったあの日の小鳥を。
己の手の醜さを、思い出した。
「あ、あぁ、あああああ」
包帯の下に隠されたものを、思い出してしまった。
「大丈夫? どこか痛む?」
自身に対する呼びかけにハッとして、くらげが顔を上げると、心配そうにこちらの顔を覗き込む主治医と衝突しかけた。互いに顔を仰け反る直前、彼の青い瞳に映った自身の黒い瞳の泳ぎように、誰よりくらげが驚いた。
頭の中に響く、ノイズがかかったような声と、目の前の少年から発せられた声が重なって聴こえる。
────知らない。私は知らない。目の前の彼とはここで目覚めてから出会ったはずだ。知っているはずがない。自分と同じくらいの歳の子どもなんて、研究所でしか見たことがない。その中に、彼のような眼をした子どもはいなかった。みんな、みんな暗い眼をしていた。だから、彼の声に聞き覚えがあるはずがないのに。
それなのに、くらげの脳内でこだまする声は少年が発する声と全く同じものだった。
「く、びが、少し」
目覚めたときからそこにあった、首に巻かれた包帯に触れながらくらげが答える。すると主治医は、自身の患者を安心させるために笑みを浮かべるでもなく、処置に慌てるでもなく、ただ、ただ黙って、包帯を解いた。
「この傷は、研究所が解体されたときにできたものなのですか」
あらわになった自身の傷痕に、彼女が親指を這わせる。
「いつ、何があって、この傷を負ったのか。私は何ひとつ覚えていないけれど……あなたは知っていらっしゃるんですよね、七悪さま」
数回、〝七悪〟は口を開閉させた後、言葉を飲み込んだまま新しい包帯を取り出し再び傷を隠した。
あれだけ名前を知られぬよう二刃と共にくらげを欺き続けていた割に、くらげの目からは彼は随分と落ち着いているように見えた。
「何を言っても、言い訳にしか聞こえないと思う。けど、今はまだ教えられないんだ」
「では、いつになれば教えていただけるのですか」
くらげは続けて問いかけるが、七悪は首を横に振るばかりで答えようとしない。
「七悪さっ……」
「っごめんね……! ごめん、ごめんっなさ……!」
『もう一度だけっどうかもう一度だけ……!』
そんな七悪にくらげが手を伸ばした途端、彼の青い瞳から堰を切ったように涙が溢れ落ちていった。その瞬間、目の前の七悪とは似ても似つかない大男が涙声で懇願する姿がくらげの瞬きの裏側に現れる。
今の光景は一体、と呆然とするくらげの横で、自分でも予想外の出来事だったのか、七悪が慌てて取り繕おうと顔を伏せる。小さな手で必死に涙を拭う彼に伸ばしたまま、行き場を失った自身の手に視線を落とす。
日常生活で最低限不自由がないように、と親指だけを残して包帯で巻かれた四本の指は、その実あまり使われない。不便がないように身の回りの世話をしてくれる二人がいたからだ。二人がいてくれたから、くらげはどうして自分の手が封じられているのか考えようともしなかった。
「七悪さま……」
二人の優しさのお陰で、不自由だということに気付かなかった。しかし、この手では、あの日自分の涙を拭ってくれた七悪のように、彼の涙を止めることができないと、くらげは気付いてしまった。
「泣かないで、謝らないで、あなたは十分よくしてくれたじゃないですか」
くらげはそう言って、下ろした手を再び持ち上げ、七悪の頬に触れる。
寸前。くらげは何かに弾かれたように手を退けた。七悪が拒絶したわけではない。他でもない、彼女本人が自身の手を叩き落としたのだ。
自身の手が七悪の頬に触れるその瞬間、彼女の眼には、小鳥が見えた。あたたかくて、柔らかった小鳥を。冷たく、硬くなったあの日の小鳥を。
己の手の醜さを、思い出した。
「あ、あぁ、あああああ」
包帯の下に隠されたものを、思い出してしまった。
