毒を喰らわば、
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掴まれた手を振り払おうとして、くらげは身体が上手く動かないことに気が付く。身体中を誰かに押さえつけられているのかとも思ったが、先ほどとは景色が変わっていた。
夢、夢だったのだろうか? それとも、今見ているこれが夢なのだろうか?
辛うじて動く首で、くらげは辺りを見回す。白い寝具、点滴スタンド、白い壁、大きな窓、白い机と椅子、それからいくつかの扉がある。少女は、暗闇とは対極に位置するような、この白い部屋に寝かされていた。
すん、と匂いを嗅げば、何か植物のような香りが鼻腔を通り肺へと届く。現実味はないが、嗅覚があるならこれは現実なのだろう。
これが現実なのだとして、ここは一体どこなのか。研究所の、自分の部屋ではない。どうして研究所の外にいるのか、ここに至るまでの記憶がくらげは上手く思い出せなかった。
先生は、先生はどこにいる? 今日のバイタルチェックの結果を報告しに行かなければ、
「良かった、目が覚めたんだね」
くらげがどうにか自身の身体を動かそうとしていると、数回のノックの後自分とそう変わらない背丈の少年が部屋に入ってきた。
「あなた……誰……?」
「僕? 僕は……君の主治医、かな」
少年は慣れた手つきで点滴を取り替えながら、くらげの掠れた問いかけに返事をした。
「先生は、研究所は? ここはどっ……」
矢継ぎ早に質問しようとした喉が限界を迎え、咳き込む。主治医と名乗った少年は、上手く動かせない彼女の身体を支え、分厚い枕にもたれかからせた。
研究所以上に極悪な組織に捕まってしまったのではないと、このとき、この手の温もりでくらげは理解した。
「……まずは水を飲んで、食事をとって、元気になることが最優先! 何日も寝たきりだったんだからね!」
「でも……」
「医者の言うことは素直に聞くもんだね」
再び扉が開く音がして、聞き覚えのない声が響く。少年と同じほどの背丈の少女が、盆を持ってベッドまで近付いてきていた。
「野菜のスープだよ。具材がクタクタになるまで煮込んでるから、今のあんたでも食べられるはずさ」
「ありがとう、姉ちゃん」
まるで、絵本に出てくるお姫様のような服を着た少女と、彼女を姉と呼ぶ少年をくらげは交互に見やる。よく見てみれば確かに、二人の雰囲気は血の繋がりを感じさせた。
少女はベッド脇に置かれたテーブルに盆を置き、椅子を引き寄せた。一体何をするつもりかとくらげがその一挙手一投足を観察していると、少女はふわふわと湯気立つ皿にスプーンを浸し、掬い上げたスープを自身の口元に運んだ。
ふう、ふうと息を吹きかけ、そのままくらげの唇にスプーンをちょん、と当てた。
「さぁ、お食べ」
自分とさほど歳の変わらなさそうな少女から発せられる、有無を言わさないオーラにくらげは疑問のひとつもこぼさず従った。
人肌程度に冷まされたスープは、何日も眠り続けていたと言うくらげの口内に、身体に浸透するようだった。具材である野菜は少女の言葉通りとても柔らかく、舌だけで形を崩せるほどだった。
だが、不幸なことに毎日劇薬に浸された食事をとらされていたくらげの舌は、微かなスープの味付けを感じることができなかった。
それでも、
「おやおや、そんなに美味かったかい?」
味が分からなくとも、このスープを作ってくれたひとの優しさ、温もりは確かにくらげの心臓に届き、血管を通って凍りついたような彼女の全身を解していった。
「おかわりはたくさんあるからね」
雪解け水が流れるように、ぼろぼろとくらげの目から溢れ落ちる涙を少年はハンカチで優しく拭い、微笑む。
あたたかい日差しを浴びて、毒の入っていない食事をとり、自身に向けられた純粋な微笑みを噛み締める。たったそれだけのことだったが、くらげにとっては天国のように思えた。実験の末に自分は死んで、夢のような世界に来たのだとさえ思った。
ようやく、ようやく救われた! ずっとずっと苦しかったけれど、もう苦しむ必要はないんだ! あたたかい部屋、柔らかい寝具、痺れない食事、優しい誰か! ぜんぶぜんぶ、手に入った! 望むだけ無意味だと諦めていたすべてが叶った! 無価値だった一生が報われた! 幸せだ、幸せだ。幸せだ! 嗚呼いっそ、
いっそ──────────── !
頭の奥で、誰かが訴えかける声が聞こえたような気がしたが、脳内麻薬に侵されたくらげにはどれひとつとして届かなかった。
夢、夢だったのだろうか? それとも、今見ているこれが夢なのだろうか?
辛うじて動く首で、くらげは辺りを見回す。白い寝具、点滴スタンド、白い壁、大きな窓、白い机と椅子、それからいくつかの扉がある。少女は、暗闇とは対極に位置するような、この白い部屋に寝かされていた。
すん、と匂いを嗅げば、何か植物のような香りが鼻腔を通り肺へと届く。現実味はないが、嗅覚があるならこれは現実なのだろう。
これが現実なのだとして、ここは一体どこなのか。研究所の、自分の部屋ではない。どうして研究所の外にいるのか、ここに至るまでの記憶がくらげは上手く思い出せなかった。
先生は、先生はどこにいる? 今日のバイタルチェックの結果を報告しに行かなければ、
「良かった、目が覚めたんだね」
くらげがどうにか自身の身体を動かそうとしていると、数回のノックの後自分とそう変わらない背丈の少年が部屋に入ってきた。
「あなた……誰……?」
「僕? 僕は……君の主治医、かな」
少年は慣れた手つきで点滴を取り替えながら、くらげの掠れた問いかけに返事をした。
「先生は、研究所は? ここはどっ……」
矢継ぎ早に質問しようとした喉が限界を迎え、咳き込む。主治医と名乗った少年は、上手く動かせない彼女の身体を支え、分厚い枕にもたれかからせた。
研究所以上に極悪な組織に捕まってしまったのではないと、このとき、この手の温もりでくらげは理解した。
「……まずは水を飲んで、食事をとって、元気になることが最優先! 何日も寝たきりだったんだからね!」
「でも……」
「医者の言うことは素直に聞くもんだね」
再び扉が開く音がして、聞き覚えのない声が響く。少年と同じほどの背丈の少女が、盆を持ってベッドまで近付いてきていた。
「野菜のスープだよ。具材がクタクタになるまで煮込んでるから、今のあんたでも食べられるはずさ」
「ありがとう、姉ちゃん」
まるで、絵本に出てくるお姫様のような服を着た少女と、彼女を姉と呼ぶ少年をくらげは交互に見やる。よく見てみれば確かに、二人の雰囲気は血の繋がりを感じさせた。
少女はベッド脇に置かれたテーブルに盆を置き、椅子を引き寄せた。一体何をするつもりかとくらげがその一挙手一投足を観察していると、少女はふわふわと湯気立つ皿にスプーンを浸し、掬い上げたスープを自身の口元に運んだ。
ふう、ふうと息を吹きかけ、そのままくらげの唇にスプーンをちょん、と当てた。
「さぁ、お食べ」
自分とさほど歳の変わらなさそうな少女から発せられる、有無を言わさないオーラにくらげは疑問のひとつもこぼさず従った。
人肌程度に冷まされたスープは、何日も眠り続けていたと言うくらげの口内に、身体に浸透するようだった。具材である野菜は少女の言葉通りとても柔らかく、舌だけで形を崩せるほどだった。
だが、不幸なことに毎日劇薬に浸された食事をとらされていたくらげの舌は、微かなスープの味付けを感じることができなかった。
それでも、
「おやおや、そんなに美味かったかい?」
味が分からなくとも、このスープを作ってくれたひとの優しさ、温もりは確かにくらげの心臓に届き、血管を通って凍りついたような彼女の全身を解していった。
「おかわりはたくさんあるからね」
雪解け水が流れるように、ぼろぼろとくらげの目から溢れ落ちる涙を少年はハンカチで優しく拭い、微笑む。
あたたかい日差しを浴びて、毒の入っていない食事をとり、自身に向けられた純粋な微笑みを噛み締める。たったそれだけのことだったが、くらげにとっては天国のように思えた。実験の末に自分は死んで、夢のような世界に来たのだとさえ思った。
ようやく、ようやく救われた! ずっとずっと苦しかったけれど、もう苦しむ必要はないんだ! あたたかい部屋、柔らかい寝具、痺れない食事、優しい誰か! ぜんぶぜんぶ、手に入った! 望むだけ無意味だと諦めていたすべてが叶った! 無価値だった一生が報われた! 幸せだ、幸せだ。幸せだ! 嗚呼いっそ、
いっそ
頭の奥で、誰かが訴えかける声が聞こえたような気がしたが、脳内麻薬に侵されたくらげにはどれひとつとして届かなかった。
