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小話

博愛者はもとからそうであったわけではない。

「また裏切られた」
頬に三つの傷のある大人はそうつぶやいて自らをあざ笑うように笑みを深めた。手足に力はなく、投げ出され、襟付きの白いシャツは赤い血に濡れていた。
「航海の途中であった僕は後悔の最中であった、なんて笑えるな」
その2文字を薄っすらと瞳に宿し、彼は息も絶え絶えだ。飄々とした、現実に追いついていないその表情の歪さは、今もうすぐにでも死ぬという生者のソレではなかった。冗談を言う余裕があるわけではないし、彼は不死身の生物でもない。しかし彼は気づいてしまった。
 この死は繰り返していると。初めてではないと。正しくは『裏切りによる死』はで何度も何度も体験してきたことであると。
「あー、ふざけんなよ」
彼はそう最後まで口に笑みを貼り付けたまま今世を終えた。

「裏切られても嫌いになれないとは、皮肉だな強欲。俺だったら来世のソイツに復讐してやる」
「まあそういわないでよ、憤怒。みんな事情があったんだ。それにその過去があったから僕は魔法使いとしてここにいるわけだし、そう考えると裏切りは素敵なプレゼントだろう?愛おしいじゃないか」
白いティーカップをそれぞれ片手に持ち、強欲と呼ばれた金髪の少年(しかし多腕である)と憤怒と呼ばれたマントが特徴的な少年(そして目立つ緑の髪である)が対話していた。
 黒のペンキをひっくり返したように真っ暗な空間。そこには彼らの椅子と椅子に座る彼らしかいなかった。
「はっ」
「鼻で笑わないでよ、酷いなぁ。でもそんな君も君らしくて好きだよ」
強欲はそう言ってカップを唇に持っていく
「博愛主義者の戯言はいい。茶菓子にしては甘すぎだ」
「え?砂糖入れすぎたかな」
「貴様のその作られた天然も雑味だ」
次いで憤怒が茶を啜る。彼の茶の色は赤色だった。
「ふふふ、憤怒、それを言ったらこの行為そのもの全てに意味がないよ。僕らの存在と役割以外全部不必要になってしまうよ」
「ほう?」
「君の復讐劇だってなんの意味があるの?君の気持ちの問題だろう、過去に整理がつけれない君の。でもそれって悲しいじゃないか、心を否定されるみたいでさ。だからすべてを僕が愛して、全てを肯定してあげないと__」
「反吐が出る、何が愛だ。愛に裏切られた結果が貴様だというのに」
苦虫を噛み潰したような表情を憤怒が浮かべる。その反応に怯みもせずに強欲は続けて口を開いた。
「それでもいいんだよ、僕は強欲だからね」
「意味がわからん、不毛だ、気分が悪くなる、怒りさえ湧くぞ、その愛とやらに。みな愛など…」
「憤怒、落ち着いて」
「煩い。減らず口」
憤怒はそう言うとマントを翻して椅子から降り、ローファーの靴底を暗闇で奏でながら姿を消した。
 強欲は気にした様子もなく、しかし気にするかのように肩を落とす仕草だけをし
「憤怒は相変わらず僕のことが嫌いだよね、色欲」
と暗闇に言葉を吐いた。その一言を最後に空のティーカップを手から放し、眠りについた。
「茶も飲まずに憤怒の話が聞けるのはあなたくらいだよ、強欲」
色欲は新品同然のカップを手に収め、口づけをした。
 いつも彼のカップには茶の残り露一つも残っていない。




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