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うちの本丸

おれがこの本丸に顕現されてから、2週間ぐらいの月日が経っており、その頃には随分と人間の身体にもこの本丸にも慣れていた。そんなある日、おれは主から近侍の任を賜った。何でもこの本丸の近侍制度は主が指名しない限り、代わる代わる回しているらしい。どうしておれを名指ししたのだろうか、という疑問が残るが主に言われた以上従わなければならないので、主が待つ執務室へと向かった。


「あ、北谷くん!いらっしゃーい」


執務室の近くまで行くとその近くの縁側でのんびりとしている主と目が合い、軽い挨拶を交わす。主は、おれを態々縁側で待っていたようで隣に座るように促した。おれが隣に座ると主は側にあった急須からお茶を注ぐとおれに渡してくれる。おれは渡された器から仄かに香る匂いがとても懐かしい、嗅いだことのある匂いがした。


「これって……」

「あ、気付いた?さんぴん茶だよ。北谷くん好きかなー?と思って茶葉買ってみたんだ、と言っても沖縄産とかではなく普通のジャスミン茶なんだけどね」

「うんうん、おれ嬉しいよー。久しぶりに嗅いだ匂いだから、なんだかすっごく懐かしいなー」


「それなら良かったよ」と、主は言ってからお茶請けにちんすこうを出してくれた。まさかちんすこうまで出てくるなんて思わなくて、吃驚したけどそれでも主の気遣いが堪らなく嬉しかった。


「……なぁ、主。どうして急におれを近侍にしたんだー?」

「ん?ああ、それは北谷くんとゆっくり話して見たかったからだよ」

「そっか……主はおれの逸話を知ってるかい?」

「え、知らないけど……?あれ、北谷くん逸話合ったの?」


キョトンとしながら言った主を見て、毒気を抜かれてしまう。こういう所が主の長所でもあるんだろうけど、短所でもあるんだろうな、なんて少々飽きれながらおれは主におれの逸話を話した。

北谷村という村の農婦は持っていた包丁で振る真似をしただけで、触れてもいないのに離れた場所にいた赤子の首を切ってしまった。農婦は暫く呆然としていたが、自分が振るった包丁で愛おしい我が子を殺めてしまったと気付くと泣き叫んで狂わんばかりとなった。家族や周囲の人々は実子殺しの悪魔女として農婦を平等所につきだした。取り調べの結果、殺意がないことはわかったが過失によるものでもなく不思議だったので一匹の山羊を取り寄せて再現をしたところ、同様にこの包丁で振る真似をしただけで山羊の首が切れた。これで農婦の無実が証明され、この不思議な包丁は王家に献上されて刀に打ち直し、宝刀として秘蔵された。


「それがおれなんだなー」

「じゃあ北谷くんは離れた所を斬れるってこと?」

「離れた場所を斬る!?ないない、そんな力あったら、もっと強いって……けどおれは命を奪うより、家事の方がしょうに合ってるよー。血生臭いのはもう懲り懲りなんだぁ……」

「じゃあ、戦わなくていいんじゃない?」

「へ?」


主におれの逸話を話して、ちょっとした本音を零したら主はとんでもないことを言い出した。戦いたくないなら戦わなくていい、なんて……。おれは戦うための道具へと作り替えられた道具なのに、どうしてそんなことを……。


「北谷くんだけじゃないよ、戦いたくないって思ってる人。江雪さんや鶯丸さんは戦いを好んでいないし、江雪さんに至っては、私がそんなに戦いたくないなら戦わなくて良いよって言ってあるからね」

「けどおれは殺める為の道具なんだよー?」

「殺めるだけが刀の務めだとは思わないよ。守るのも私は務めだと思うけどなー?だって守刀って言うでしょ?」

「あっはは、主それは駄洒落かい?それだったら全然面白くないよー?」


くすくすと笑いながら言う主を見て、くだらない駄洒落まで言われてまた飽きれてしまうが、それでもなんだか救われた気がした。おれは顕現された初日の千代金丸が言っていた言葉を思い出す。「今の主だったら、お前の重荷を軽くしてくれるかも知れないな」そう言っておれの頭に手を乗せて言っていたけど、その意味が今になって分かった気がして、おれはこの本丸に顕現されて良かったと思った。それからおれは江雪と同じで金平糖を用いて練度を上げることになった。

そして主がさんぴん茶(ジャスミン茶)が苦手だったということを後に知ることになるのだった。

「え?!主、さんぴん茶嫌いなのかー?」

「嫌いって言うか、苦手かな?あのちょっと独特な風味がどうも、ね」

「無理して飲まなけりゃいいのにー」

「だって、北谷くんと飲むの好きだし」

「だったら別の茶葉にすればいいだろー?」


そう言うと主は嬉しそうに笑って「分かった」と元気よく言う。後日一緒にお茶をした時、おれはいつものさんぴん茶だったけど主はあーるぐれい?っていう西洋のお茶を飲んでいた。
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