うちの本丸

今日の近侍は膝丸さんだ。しかしながら膝丸さんはとても思い詰めたような顔をしていた。そんな顔してたら普通に心配になるので、話を聞いてみることに。


「実は……この本丸に来てまだ日は浅いが、兄者に名前を呼ばれたことがないのだ……」


凄く寂しそうというか、落ち込んでいる膝丸さん。無理もないだろう、私も髭切さんが膝丸さんのことを名前で呼んでいる姿を目にしたことがない。何時も髭切さんは「弟の……う~んと、なんだったかな?」と言って完全に忘れてしまっている。その度に「膝丸さんだよ」と言うと、決まって「そうそう、その弟の〜」とは言うものの、名前は言わなかったりする。


「兄者はあの性格だろう?俺の名を忘れていても、仲の良い兄弟には間違いないのだが、それでもちゃんと名前を呼ばれたい」

「なるほどね。膝丸さんの気持ちは分かった、それなら私が一肌脱いであげよう!」

「本当か主!」


私の言葉を聞いて、伏せていた顔をバッと勢いよく上げる膝丸さんの目は期待の眼差しでキラキラと輝いていた。任せておきなさい主に!いい事を思いついたから!ふふふ、名付けて髭切さんに名前を呼ばれたいだーい作戦!

と、言うことで膝丸さんには髭切さんを呼んできてもらう。「どうしたんだい主?僕に何かようかな?」と言いながら私の部屋へとやってきた髭切さん。何処かソワソワとし出す膝丸さん。待っていてね、膝丸さん!目一杯髭切さんに貴方の名前を呼んでもらうから。


「髭切さん。膝丸さんに向かって私の言葉に続けて鸚鵡返ししてね」

「うん?いいよ」


私がそう言うと髭切さんは疑問に思いながらも従ってくれる。兄者!素直過ぎるぞ!髭切さんは自分の後ろにいた膝丸さんの方へ向く。よし、これでオッケー!それじゃあスタート!


「膝丸」

「膝丸」


お、成功した!やっぱり鸚鵡返しだったら髭切さんも忘れるなんてことはしないみたいだ。そして、名前を呼ばれて膝丸さんが口に手を当てて、見るからに滅茶苦茶喜んでいる。良かったね、膝丸さん!でも、まだまだ本番はこれから。


「ひ、ざ、ま、る」

「ひ、ざ、ま、る」

「ひざまる」

「ひざまる」

「膝丸」

「膝丸」


膝丸さんが嬉しさのあまり「兄者ぁ……!」と言いながら感動している。それには髭切さんも吃驚のご様子。うん、私もこんなに喜んで貰えるとは思わなかったから、髭切さんの気持ち分かるよ。


「髭切さん、膝丸って10回言ってみて」

「膝丸、膝丸、膝丸、膝丸、膝丸、膝丸、膝丸、膝丸、膝丸、膝丸」

「この人の名前は?」

「膝丸?」


おお!髭切さんがついに膝丸さんの名前を呼んだ!洗脳って言うのは少し怪しい気がするけど、それでも成功した!あの有名な「ピザって10回言ってみて?」の膝丸さんのバージョンというか、応用である。これには膝丸さん、嬉し過ぎて固まってしまった。あれれ?膝丸さんには刺激が強過ぎたかな?


「おーい、膝丸さーん」

「ハッ!す、すまない。兄者が俺の、俺の名を呼んでくれたことが嬉し過ぎて動揺してしまった。」


「少し風に当たってくる!」と言ってそそくさと部屋を出ていく膝丸さん。思った以上の効果があったようだ。それもそうだろう、あんなに名前を呼ばれたいと願っていて、それが叶ったのだから。主として膝丸さんの願いを叶えることが出来てよかったよかった。


「弟に頼まれたのかい?」

「あはは……バレました?だって髭切さん、こうでもしないと膝丸さんの名前呼ばないでしょ?」

「そんなことないけどなぁ〜」


髭切さんは苦笑いしながら答える。偶にこの人はわざと膝丸さんの名前を呼ばないんじゃないかと錯覚してしまう。それは髭切さんのみぞ知るってね。後日、髭切さんは膝丸さんのことを「弟丸」と呼ぶようになったそうな。
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