うちの本丸
政府から特命調査の任が下った。何でも今回の舞台は慶長熊本らしく、歌仙さんにとってはとても縁があるようだ。歌仙さんに縁があるということは、元の主である細川忠興が今回の特命調査に関わっているのかもしれない。そしてこれまで特命調査の傾向からその時代の縁ある刀(初期刀)と関わりがあった刀が協力してくれている。今回も多分同じなのだろう。
「特命調査かい?」
「あ、ちょぎくん。今回は慶長熊本だって」
政府からの伝令を端末で眺めていたら本日の近侍でもあり、初めての特命調査で監査官を勤めていたちょぎくんが声をかけてくる。
「主が嫌いな催し物が始まるね」
「嫌いは語弊だって……ただちょっと苦手なだけ。ちょぎくんの時みたいに敵数の討伐で優貰えるのが良かったんだけどなー」
「主って意外と脳筋だよね……」
自分が脳筋審神者だと言うことは十分理解しているし、何よりちょぎくんもちょぎくんでそんな評価を下していたのだからお互い様な気がする。まぁ、そんな脳筋審神者なので特命調査の敵が逃げ回って追いかけるや爆弾の入った箱を見つけ出す等と言った調査を苦手としていた。でもまだ焙烙箱探しは簡単だった気がしたようにも思えたけれど。
「今回はどんな調査なのかな?いつも違うパターンでくるよね?」
「調査なんてその場その場によって異なるものだよ」
「それもそうなんだけどねぇー……比較的簡単でありますように……!!」
そんな事を願いつつ、私は慶長熊本基、歌仙さんの元主である細川忠興について調べてみることにした。特命調査なのだし、少しでも知っておこうと思ったので調べてみる。
細川忠興氏はあの織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の家臣であったようで、何でも信長の命令で明智光秀の三女・玉という女性と結婚したらしい。彼は敵にも味方にも容赦しない冷徹な人物であったとも言われており、家臣が記したとされる『茶道四祖伝書』の中では「忠興は天下一気が短い人」とまで書かれているほど短気のようだ。一方で愛妻家というより妻に対して行き過ぎた愛情が目立っていたらしい。何故歌仙さんが家臣を36人手討ちにしたという逸話があるのも、彼が妻に対して異様なまでの執着を見せていたからというのもあるのだろう。この話を知って、良くも悪くも情が深い人物であったのだろうと思った。
そして特命調査当日。本丸内のモニターから入電の知らせが入る。今回の調査員は見目麗しく、歌を好む人のようだった。いつもの様に「待っているので早く来てくださいね」的なニュアンスを含む感じで言われ、切られてしまう。今回の部隊は第一部隊を第二部隊に移行して部隊長だけは歌仙さんで出陣してもらうことに。また長期任務と言っても私の場合は七福賽を用いるのでそれほど長期という長期の任務にはならないのだけれど、一応大阪城、そして前回前々回の特命調査と同じように着いていくことになった。
「良かったのかい?今回の調査も着いてきて」
「直ぐに終わらせる予定だし、何よりみんなが守ってくれるから危ない目には合わないでしょ?」
「……ああ、そうだね。僕達が責任を持ってきみを守ろう」
歌仙さんは少し驚いたような、でも嬉しそうに微笑んで言った。私はみんなを信じているし、何より極最強部隊(歌仙さん除く)なのでどんな敵が来たって大丈夫。私はそんな事を考えながら時空転送装置を慶長熊本に合わせた。
程なくして熊本城下に転送された。空は1面灰色が支配しており、木々は所々枯れていた。あたりの空気は少し淀んでいるようなそんな感じがした。
「薄気味悪ぃな……」
「そうですね。毎回思いますが、重々しい雰囲気です」
貞ちゃんや前田くん、その他の部隊の子達も同じことを思っているようで、口々に思った感想を述べていた。今回はいつもよりも雰囲気、周りを取り巻く空間でさえも汚れているようなそんな感じで、やや風も強い気がする。
「……熊本城か。……風が強いな……」
「……天津風」
歌仙さんの独り言に問いかけるような声が聞こえてきた。声の聞こえてきた方を見てみると、この特命調査の調査員の人が立っていた。スラッとした、細身で可憐な立ち振る舞いは何処か儚げで、今にも消えてしまいそうな、そんな危うさを纏った人だった。歌仙さんと仲良さげに談笑している辺り、歌仙さんとは調査員さんが言うように昔馴染みで間違いないのだろう。その可憐で見目麗しい調査員さんの名前は「古今伝授の太刀」というようだ。何とも不思議な、変わった名前だなーとは思ったものの、彼の纏う雰囲気でその不思議で変わった名前は合っているような感じがした。
「さあ、参りましょう……花を愛でに」
古今さんの一言で、私たちは熊本城へと進軍して行った。やはり放棄された世界、時間遡行軍がうようよと群がってくる。そんな時間遡行軍と戦いながら先へと進む道中、古今さんと歌仙さんは談笑をしている。あれは談笑と言えるものなのかと疑いたくなるが、如何せん私は小豆さんと鳥さん(山鳥毛)の喧嘩のような、それでもお互いにとっては至極普通の会話らしい会話を耳したことがあるので、これはまだ微笑ましい方だろう。あの大人しい2人が喧嘩腰で話してるの滅茶苦茶怖いんだからな!
「さて、花は何処」
「本当に咲いていたら、風流だけどねぇ」
そう言って古今さんはそそくさと先へと進んでいく。古今さんが言った言葉に対して、歌仙さんがポツリと独り言を零していたようだけど、何て言ったのかあまり聞き取れなかった。だけれど、古今さんの『花』という単語が妙に引っ掛かりを覚えてしまうのは何故だろうか。ここは放棄された世界で、言わば歴史改変が成された世界線だ。そんな場所で花が咲いているのだろうか?彼が言う『花』というのはもっとまた別のものを指しているのではないか?……いやいやいや、考え過ぎだなこれは。私は先程浮かんだ考えを消し去るように頭を振ってから、先へと進んだ。
熊本城まで駒を進めた私たちは順調に敵を倒していった。熊本城まで来ると、敵も少々強くなっているみたいだが極最強部隊の前では余り違いがわからないほどだ。だけれど、この歴史改変の元凶に近付いているというのは、空気の淀みで理解することが出来た。近付く度に濃くなっているような気がするのだ。
「あなたの……いえ、あなたたちの力をお借りしたいのです」
相も変わらず、歌仙さんと談笑していたはずの古今さんが歌仙さんを含む私たちに視線を向けながら言った。どういうことなのだろうか、さっぱり話が見えない。元より調査員である古今さんの手助けをするべく派遣されたのが私たちなのだ。然しながら古今さんの必死な、縋るような目が伺えてそれ程までに彼は追い詰められているということなのか。
「……摘まねばならないのです……細川家に咲く、一輪の花を……」
「……そうか……ガラシャがいるんだね」
「はい……」
ガラシャとは、細川忠興に嫁いだとされる明智光秀の三女、玉という女性の別名だ。なるほど、彼女がこの世界の元凶と言うわけだ。確か彼女は細川忠興が九州に出陣している間にキリスト教に改心を受け、洗礼を受けた彼女は、洗礼名の「ガラシャ」という名を持ったそうだ。その後切支丹 となったことが夫にバレてしまい、激怒した細川忠興は彼女に「棄教しなければ侍女の鼻を削ぎ落す」とまで言ったが、彼女は棄教を拒否したため、侍女の鼻を削ぎ落とし追い出したのだ。
「何故、ガラシャを?」
「彼女の存在がこの世界を歪めているのです」
「だとしたら、やるべきことはひとつ」
「ええ、ですが……それを受け入れられないものがいるのです」
「ふうん、野暮なのか風流なのか」
「歌仙兼定……わたくしは、彼を救いたいのです」
そう言って古今さんはとても悲しそうな顔をしていた。彼を救いたいと言っていたが、それは誰のことなのだろうか。もしかすると最初に古今さんが言っていた『花』というのは細川玉さんの事でもあるだろうが、『救いたい彼』のことでもあるのだろう。そんな疑問はあれど、先に進まなければ。しかしこの先は闇り通路、名前の通り暗がりがずっと続いており、遠くを見渡すことが出来ず、更に道も相当入り組んでいるようだ。これは絶対に迷うなぁと独り言ちっていると歌仙さんが「熊本城は庭のようなものだ、任せてくれないか?」と言ってくれたので任せたのだが……。
「……迷ったのですか?」
「……」
「熊本城は庭のようなものだから任せろ、と言っていましたが……庭で迷いし歌仙兼定」
迷った歌仙さんを透かさず茶化す古今さんは何だかとても生き生きしている様に見えるが、古今さんが面白可笑しく「庭で迷いし歌仙兼定」なんて言うものだから、思わず吹いてしまう。そんな私を見た歌仙さんは、顔を赤らめて「主!笑わないでくれ!」と怒られてしまった。「ごめんごめん」と歌仙さんに謝りつつ、私は暗がりがずっと広がる道を宛もなく進んでいく。
闇の回廊基、闇がりの通路を随分と突き進んで来た気がする。すると、何やら誰かの声が聞こえてきた。その場所を照らすと少年が女性と思わしき人物に対して何やら逃げろと言っているようだ。
「あれは?」
「地蔵!地蔵行平!」
「古今伝授の太刀……すまぬ。姉上、行こう」
「お待ちなさい!……くっ」
「あれが……ガラシャ……かつての主が愛した……」
少年は地蔵行平というらしく、側にいた姉上と呼ばれていた女性は細川玉のようだ。地蔵くんは古今さんの静止も聞かず、玉さんを連れ奥へと進んで行ってしまった。そんな地蔵くんたちの姿を目の当たりにして、古今さんは苦虫を噛み潰したような顔をする。地蔵くんたちが進んで行った方向をただ見詰めてることしか出来ず、それは古今さんも同じのようで歌仙さんも古今さんに釣られたのか、同じ方向を見詰める。けれど先に進まなければならないので私たちは地蔵くんたちの後を追うように奥へと進んでいく。
「あの……地蔵行平さん、というのはどんな方なのですか?」
道中、平野くんが先程の少年について歌仙さんと古今さんに聞いていた。確かに私も彼のことはとても気になる。何故彼は細川玉を姉上と呼んでいたのか、あれ程までに彼女を庇っているのか。彼は味方なのか敵なのか。いや、これは愚問な疑問だ。古今さんのあの様子から察するに地蔵くんが『救いたい彼』なのだろう。
「地蔵行平。僕のかつての主である細川忠興が明智光秀に送った刀だ」
そうか。何故地蔵くんがあれ程までに彼女を守るのか合点がいった。それは細川忠興の妻、更には明智光秀の娘に当る彼女を守るのは当然といえば当然なのかもしれない。彼は細川忠興の手にあった時から彼女のことを守って来ていたんだろう。刀と人の絆か……。
闇の回廊を奥へ奥へと進んで行くとやっと熊本城内部へと出ることが出来た。やはり地下と言うだけあって空気が大変汚れていた気がする。しかしながらまだ油断はならない。何故ならばまだ彼女が、この世界に存在しているのだから。更に言えばここからはボスとの連戦になるだろう。
「……わたくしには……彼を傷付ける歌を詠むことは出来ない」
「優しいな」
「甘いとお思いでしょう?」
「いや……僕の知っている優しさとは違うってだけさ。僕にはきみほどの歌は詠めない……でも、僕には僕の歌がある。きみに聞かせよう……歌仙兼定の歌を」
歌仙さんがそう言うと時間遡行軍が群がってきた。直ぐに戦場へと変わるものの、やはり極最強部隊の足元にも及ばず時間遡行軍は倒されていく。そして私たちは最上階にある御殿までやってきた。御殿には玉さんの近くに地蔵くんが立ちはだかるように立っていた。すると歌仙さんが地蔵くんに対して言った。
「地蔵行平、きみも気付いているはずだ。そのものは……最早ガラシャであってガラシャではない」
「……言ってくれるな」
「地蔵、何故彼女を……」
「そなたたちには分からない」
「……ああ、分からないよ」
「姉上に刃を向けるのであれば、そなたたちであろうと!」
地蔵くんは自身の刀を鞘から抜いて構えながら言った。彼は本気なのだ、それ程までに彼にとって彼女は大切な存在なのだ。ただ、この世界がいけなかったのだ。この世界が彼にこうさせている。
「彼女を守りたいのであれば命がけで守るんだ……それが出来なくて死ぬまで後悔し続けた人を、僕は知っている」
「……!」
「地蔵!!!」
歌仙さんの言葉を聞いた地蔵くんが怯んだ一瞬の隙だった、彼の背後が赤く染まる。それは正しく地蔵くんの血で、斬りつけた本人は地蔵くんの後ろにいた細川玉だった。倒れた地蔵くんを見て悲痛な声で彼の名を呼ぶ古今さん。そんな、どうして……
「どうして、どうして地蔵くんを?!彼はあなたのために!!」
「主……」
「!……」
「……行こうガラシャ……忠興様の元へ返ろう」
歌仙さんは悲壮感に満ちた表情で私を静止しながらそう言うと、細川玉は持っていた薙刀を構えた。すると何処からともなく時間遡行軍が、彼女の周りに加勢するようにやってきた。私は倒れている地蔵くんを安全な場所へと運んだ。彼はまだ生きている。気に当てられ、ショックの余り気絶しているみたいだった。彼は刀剣男士、私の力で手入れすることは出来るだろう。心配そうに見守る古今さんに「大丈夫、絶対助けるから」と言う。気休めかも知らない、それでも私はこんなこの人たちを救いたいと思った気持ちに偽りはない。私の言葉を聞いた古今さんは少し吃驚したような顔をしたけれど「ありがとう、ございます……」と言いながら涙を流した。私が地蔵くんの手入れをして終わると、丁度細川玉に止めを刺した所だった。
『あり、が、とう……』
彼女は泣きながら、けれど笑いながらそう言って旅立って行った。その言葉を聞いて、古今さんは酷く驚いた顔をしていた。かくいう私もそう、けれど彼女は切支丹 。教義上自害をしたくても出来なかったのだ、だから自分の命を絶ってくれるものを待ち侘びていたのだろう。私はそんな彼女に酷いことを言ってしまった『どうして、どうして地蔵くんを?!彼はあなたのために!!』なんて彼女が一番理解しているし、彼を斬ったのだって……
「……!あ、姉上!……姉上!!」
彼女の肉体は既にこの世界から消滅してしまったけれど、彼女が着ていた衣服はその場に残されていた。その衣服を抱き締め泣きながら彼女の名前を呼び、悼む地蔵くんの姿はとても痛々しい。
「地蔵くん。ガラシャさん……うんうん、玉さんは君を大切に思っていたんだよ。君を傷付けたのだって、君に自分の最後の姿を見て欲しくなかったからだ。彼女は私たちがこの世界に現れていたときから死ぬつもりで……君を自分から開放して上げたくて、でも彼女は切支丹だからそれが出来なくてだから!……君を思っての行動だったんだよ」
「ガラシャは……きみを折ろうと思えばいつでも折れたはずだ」
「……姉上」
「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
歌仙さんが詠んだ歌は細川玉の辞世の句だった。その歌は、亡き細川玉と細川忠興、そして2人の刀剣男士に詠んだものだっただろう。こうして特命調査は幕を閉じた、無事に地蔵くんとそして、古今さんも我が本丸に向かい入れることが出来た。
「そう言えば主、よくガラシャが細川玉だって知っていたね?」
「ん?嗚呼、ちゃんと調べてたんだよ。細川忠興と細川玉のことをね。だから、あのとき玉さんが「ありがとう」って言ったとき、全てが繋がったんだ……」
「そうか……」
「歌仙さん……忠興さんと玉さんはあの世で再開出来たかな?」
「嗚呼、出来ているさ」
「特命調査かい?」
「あ、ちょぎくん。今回は慶長熊本だって」
政府からの伝令を端末で眺めていたら本日の近侍でもあり、初めての特命調査で監査官を勤めていたちょぎくんが声をかけてくる。
「主が嫌いな催し物が始まるね」
「嫌いは語弊だって……ただちょっと苦手なだけ。ちょぎくんの時みたいに敵数の討伐で優貰えるのが良かったんだけどなー」
「主って意外と脳筋だよね……」
自分が脳筋審神者だと言うことは十分理解しているし、何よりちょぎくんもちょぎくんでそんな評価を下していたのだからお互い様な気がする。まぁ、そんな脳筋審神者なので特命調査の敵が逃げ回って追いかけるや爆弾の入った箱を見つけ出す等と言った調査を苦手としていた。でもまだ焙烙箱探しは簡単だった気がしたようにも思えたけれど。
「今回はどんな調査なのかな?いつも違うパターンでくるよね?」
「調査なんてその場その場によって異なるものだよ」
「それもそうなんだけどねぇー……比較的簡単でありますように……!!」
そんな事を願いつつ、私は慶長熊本基、歌仙さんの元主である細川忠興について調べてみることにした。特命調査なのだし、少しでも知っておこうと思ったので調べてみる。
細川忠興氏はあの織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の家臣であったようで、何でも信長の命令で明智光秀の三女・玉という女性と結婚したらしい。彼は敵にも味方にも容赦しない冷徹な人物であったとも言われており、家臣が記したとされる『茶道四祖伝書』の中では「忠興は天下一気が短い人」とまで書かれているほど短気のようだ。一方で愛妻家というより妻に対して行き過ぎた愛情が目立っていたらしい。何故歌仙さんが家臣を36人手討ちにしたという逸話があるのも、彼が妻に対して異様なまでの執着を見せていたからというのもあるのだろう。この話を知って、良くも悪くも情が深い人物であったのだろうと思った。
そして特命調査当日。本丸内のモニターから入電の知らせが入る。今回の調査員は見目麗しく、歌を好む人のようだった。いつもの様に「待っているので早く来てくださいね」的なニュアンスを含む感じで言われ、切られてしまう。今回の部隊は第一部隊を第二部隊に移行して部隊長だけは歌仙さんで出陣してもらうことに。また長期任務と言っても私の場合は七福賽を用いるのでそれほど長期という長期の任務にはならないのだけれど、一応大阪城、そして前回前々回の特命調査と同じように着いていくことになった。
「良かったのかい?今回の調査も着いてきて」
「直ぐに終わらせる予定だし、何よりみんなが守ってくれるから危ない目には合わないでしょ?」
「……ああ、そうだね。僕達が責任を持ってきみを守ろう」
歌仙さんは少し驚いたような、でも嬉しそうに微笑んで言った。私はみんなを信じているし、何より極最強部隊(歌仙さん除く)なのでどんな敵が来たって大丈夫。私はそんな事を考えながら時空転送装置を慶長熊本に合わせた。
程なくして熊本城下に転送された。空は1面灰色が支配しており、木々は所々枯れていた。あたりの空気は少し淀んでいるようなそんな感じがした。
「薄気味悪ぃな……」
「そうですね。毎回思いますが、重々しい雰囲気です」
貞ちゃんや前田くん、その他の部隊の子達も同じことを思っているようで、口々に思った感想を述べていた。今回はいつもよりも雰囲気、周りを取り巻く空間でさえも汚れているようなそんな感じで、やや風も強い気がする。
「……熊本城か。……風が強いな……」
「……天津風」
歌仙さんの独り言に問いかけるような声が聞こえてきた。声の聞こえてきた方を見てみると、この特命調査の調査員の人が立っていた。スラッとした、細身で可憐な立ち振る舞いは何処か儚げで、今にも消えてしまいそうな、そんな危うさを纏った人だった。歌仙さんと仲良さげに談笑している辺り、歌仙さんとは調査員さんが言うように昔馴染みで間違いないのだろう。その可憐で見目麗しい調査員さんの名前は「古今伝授の太刀」というようだ。何とも不思議な、変わった名前だなーとは思ったものの、彼の纏う雰囲気でその不思議で変わった名前は合っているような感じがした。
「さあ、参りましょう……花を愛でに」
古今さんの一言で、私たちは熊本城へと進軍して行った。やはり放棄された世界、時間遡行軍がうようよと群がってくる。そんな時間遡行軍と戦いながら先へと進む道中、古今さんと歌仙さんは談笑をしている。あれは談笑と言えるものなのかと疑いたくなるが、如何せん私は小豆さんと鳥さん(山鳥毛)の喧嘩のような、それでもお互いにとっては至極普通の会話らしい会話を耳したことがあるので、これはまだ微笑ましい方だろう。あの大人しい2人が喧嘩腰で話してるの滅茶苦茶怖いんだからな!
「さて、花は何処」
「本当に咲いていたら、風流だけどねぇ」
そう言って古今さんはそそくさと先へと進んでいく。古今さんが言った言葉に対して、歌仙さんがポツリと独り言を零していたようだけど、何て言ったのかあまり聞き取れなかった。だけれど、古今さんの『花』という単語が妙に引っ掛かりを覚えてしまうのは何故だろうか。ここは放棄された世界で、言わば歴史改変が成された世界線だ。そんな場所で花が咲いているのだろうか?彼が言う『花』というのはもっとまた別のものを指しているのではないか?……いやいやいや、考え過ぎだなこれは。私は先程浮かんだ考えを消し去るように頭を振ってから、先へと進んだ。
熊本城まで駒を進めた私たちは順調に敵を倒していった。熊本城まで来ると、敵も少々強くなっているみたいだが極最強部隊の前では余り違いがわからないほどだ。だけれど、この歴史改変の元凶に近付いているというのは、空気の淀みで理解することが出来た。近付く度に濃くなっているような気がするのだ。
「あなたの……いえ、あなたたちの力をお借りしたいのです」
相も変わらず、歌仙さんと談笑していたはずの古今さんが歌仙さんを含む私たちに視線を向けながら言った。どういうことなのだろうか、さっぱり話が見えない。元より調査員である古今さんの手助けをするべく派遣されたのが私たちなのだ。然しながら古今さんの必死な、縋るような目が伺えてそれ程までに彼は追い詰められているということなのか。
「……摘まねばならないのです……細川家に咲く、一輪の花を……」
「……そうか……ガラシャがいるんだね」
「はい……」
ガラシャとは、細川忠興に嫁いだとされる明智光秀の三女、玉という女性の別名だ。なるほど、彼女がこの世界の元凶と言うわけだ。確か彼女は細川忠興が九州に出陣している間にキリスト教に改心を受け、洗礼を受けた彼女は、洗礼名の「ガラシャ」という名を持ったそうだ。その後
「何故、ガラシャを?」
「彼女の存在がこの世界を歪めているのです」
「だとしたら、やるべきことはひとつ」
「ええ、ですが……それを受け入れられないものがいるのです」
「ふうん、野暮なのか風流なのか」
「歌仙兼定……わたくしは、彼を救いたいのです」
そう言って古今さんはとても悲しそうな顔をしていた。彼を救いたいと言っていたが、それは誰のことなのだろうか。もしかすると最初に古今さんが言っていた『花』というのは細川玉さんの事でもあるだろうが、『救いたい彼』のことでもあるのだろう。そんな疑問はあれど、先に進まなければ。しかしこの先は闇り通路、名前の通り暗がりがずっと続いており、遠くを見渡すことが出来ず、更に道も相当入り組んでいるようだ。これは絶対に迷うなぁと独り言ちっていると歌仙さんが「熊本城は庭のようなものだ、任せてくれないか?」と言ってくれたので任せたのだが……。
「……迷ったのですか?」
「……」
「熊本城は庭のようなものだから任せろ、と言っていましたが……庭で迷いし歌仙兼定」
迷った歌仙さんを透かさず茶化す古今さんは何だかとても生き生きしている様に見えるが、古今さんが面白可笑しく「庭で迷いし歌仙兼定」なんて言うものだから、思わず吹いてしまう。そんな私を見た歌仙さんは、顔を赤らめて「主!笑わないでくれ!」と怒られてしまった。「ごめんごめん」と歌仙さんに謝りつつ、私は暗がりがずっと広がる道を宛もなく進んでいく。
闇の回廊基、闇がりの通路を随分と突き進んで来た気がする。すると、何やら誰かの声が聞こえてきた。その場所を照らすと少年が女性と思わしき人物に対して何やら逃げろと言っているようだ。
「あれは?」
「地蔵!地蔵行平!」
「古今伝授の太刀……すまぬ。姉上、行こう」
「お待ちなさい!……くっ」
「あれが……ガラシャ……かつての主が愛した……」
少年は地蔵行平というらしく、側にいた姉上と呼ばれていた女性は細川玉のようだ。地蔵くんは古今さんの静止も聞かず、玉さんを連れ奥へと進んで行ってしまった。そんな地蔵くんたちの姿を目の当たりにして、古今さんは苦虫を噛み潰したような顔をする。地蔵くんたちが進んで行った方向をただ見詰めてることしか出来ず、それは古今さんも同じのようで歌仙さんも古今さんに釣られたのか、同じ方向を見詰める。けれど先に進まなければならないので私たちは地蔵くんたちの後を追うように奥へと進んでいく。
「あの……地蔵行平さん、というのはどんな方なのですか?」
道中、平野くんが先程の少年について歌仙さんと古今さんに聞いていた。確かに私も彼のことはとても気になる。何故彼は細川玉を姉上と呼んでいたのか、あれ程までに彼女を庇っているのか。彼は味方なのか敵なのか。いや、これは愚問な疑問だ。古今さんのあの様子から察するに地蔵くんが『救いたい彼』なのだろう。
「地蔵行平。僕のかつての主である細川忠興が明智光秀に送った刀だ」
そうか。何故地蔵くんがあれ程までに彼女を守るのか合点がいった。それは細川忠興の妻、更には明智光秀の娘に当る彼女を守るのは当然といえば当然なのかもしれない。彼は細川忠興の手にあった時から彼女のことを守って来ていたんだろう。刀と人の絆か……。
闇の回廊を奥へ奥へと進んで行くとやっと熊本城内部へと出ることが出来た。やはり地下と言うだけあって空気が大変汚れていた気がする。しかしながらまだ油断はならない。何故ならばまだ彼女が、この世界に存在しているのだから。更に言えばここからはボスとの連戦になるだろう。
「……わたくしには……彼を傷付ける歌を詠むことは出来ない」
「優しいな」
「甘いとお思いでしょう?」
「いや……僕の知っている優しさとは違うってだけさ。僕にはきみほどの歌は詠めない……でも、僕には僕の歌がある。きみに聞かせよう……歌仙兼定の歌を」
歌仙さんがそう言うと時間遡行軍が群がってきた。直ぐに戦場へと変わるものの、やはり極最強部隊の足元にも及ばず時間遡行軍は倒されていく。そして私たちは最上階にある御殿までやってきた。御殿には玉さんの近くに地蔵くんが立ちはだかるように立っていた。すると歌仙さんが地蔵くんに対して言った。
「地蔵行平、きみも気付いているはずだ。そのものは……最早ガラシャであってガラシャではない」
「……言ってくれるな」
「地蔵、何故彼女を……」
「そなたたちには分からない」
「……ああ、分からないよ」
「姉上に刃を向けるのであれば、そなたたちであろうと!」
地蔵くんは自身の刀を鞘から抜いて構えながら言った。彼は本気なのだ、それ程までに彼にとって彼女は大切な存在なのだ。ただ、この世界がいけなかったのだ。この世界が彼にこうさせている。
「彼女を守りたいのであれば命がけで守るんだ……それが出来なくて死ぬまで後悔し続けた人を、僕は知っている」
「……!」
「地蔵!!!」
歌仙さんの言葉を聞いた地蔵くんが怯んだ一瞬の隙だった、彼の背後が赤く染まる。それは正しく地蔵くんの血で、斬りつけた本人は地蔵くんの後ろにいた細川玉だった。倒れた地蔵くんを見て悲痛な声で彼の名を呼ぶ古今さん。そんな、どうして……
「どうして、どうして地蔵くんを?!彼はあなたのために!!」
「主……」
「!……」
「……行こうガラシャ……忠興様の元へ返ろう」
歌仙さんは悲壮感に満ちた表情で私を静止しながらそう言うと、細川玉は持っていた薙刀を構えた。すると何処からともなく時間遡行軍が、彼女の周りに加勢するようにやってきた。私は倒れている地蔵くんを安全な場所へと運んだ。彼はまだ生きている。気に当てられ、ショックの余り気絶しているみたいだった。彼は刀剣男士、私の力で手入れすることは出来るだろう。心配そうに見守る古今さんに「大丈夫、絶対助けるから」と言う。気休めかも知らない、それでも私はこんなこの人たちを救いたいと思った気持ちに偽りはない。私の言葉を聞いた古今さんは少し吃驚したような顔をしたけれど「ありがとう、ございます……」と言いながら涙を流した。私が地蔵くんの手入れをして終わると、丁度細川玉に止めを刺した所だった。
『あり、が、とう……』
彼女は泣きながら、けれど笑いながらそう言って旅立って行った。その言葉を聞いて、古今さんは酷く驚いた顔をしていた。かくいう私もそう、けれど彼女は
「……!あ、姉上!……姉上!!」
彼女の肉体は既にこの世界から消滅してしまったけれど、彼女が着ていた衣服はその場に残されていた。その衣服を抱き締め泣きながら彼女の名前を呼び、悼む地蔵くんの姿はとても痛々しい。
「地蔵くん。ガラシャさん……うんうん、玉さんは君を大切に思っていたんだよ。君を傷付けたのだって、君に自分の最後の姿を見て欲しくなかったからだ。彼女は私たちがこの世界に現れていたときから死ぬつもりで……君を自分から開放して上げたくて、でも彼女は切支丹だからそれが出来なくてだから!……君を思っての行動だったんだよ」
「ガラシャは……きみを折ろうと思えばいつでも折れたはずだ」
「……姉上」
「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
歌仙さんが詠んだ歌は細川玉の辞世の句だった。その歌は、亡き細川玉と細川忠興、そして2人の刀剣男士に詠んだものだっただろう。こうして特命調査は幕を閉じた、無事に地蔵くんとそして、古今さんも我が本丸に向かい入れることが出来た。
「そう言えば主、よくガラシャが細川玉だって知っていたね?」
「ん?嗚呼、ちゃんと調べてたんだよ。細川忠興と細川玉のことをね。だから、あのとき玉さんが「ありがとう」って言ったとき、全てが繋がったんだ……」
「そうか……」
「歌仙さん……忠興さんと玉さんはあの世で再開出来たかな?」
「嗚呼、出来ているさ」