軌跡
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『……ん、?』
雨の水を吸ってか、自分の制服はまだ濡れていた。少しの寒気を覚えて、目が覚める
ここはどこだろうか
まずそう思った。目を開けても真っ暗。何度か瞬きをして周りがだんだんとグレーに見えてきたことでここが電気のない空間だと理解した。理解したのはいいが……、どこをどう見ても病院ではない。ならここは一体何処なんだ、という話だ
ぐらぐらする体を何とか立たせて、ぐるりと周りを見渡す
ふと目に入った明かりに導かれるように体が動く。そこはどうやら窓のようだった
『どこか、の部屋……?』
じっと窓の空を覗いてみると、今までに見ないくらい大きくてまんまるで……
それはそれは綺麗な月がありました
『とても、綺麗な、つき』
01、この日の月は赤かった気がする
********
──私は"あの時"死んだのだ
雨のせいで足を滑らせて階段から落ち、最悪なことに偶然突っ込んできた大型トラックに轢かれてしまった。あの時のことは繊細に覚えている──突風にまみれ、視界が暗転した。と同時に眩しい程の逆光を浴びたのだ
『……死んだ、よね』
そして気が付いた時にはもうここにいたわけだ。何が何だかわからない。たらりと冷や汗が出るのがわかる。この薄暗い空間に、大きな窓、美しい月……。何もかもが恐怖の対象だった
それでも月を見つめていた。もしかしたら、ここは天国なんじゃないだろうかと錯覚するぐらいに、月は美しかった
しかし見惚れている場合ではない。現状は何一つ分かってないのだ。死んだはずの自分が、なぜ生きているのか。ここは、どこなのか。ひとまず考えてみることにしよう
さっき歩いてみてわかったが、この部屋の広さは尋常じゃない
そして一つの疑惑が私を襲う
『これって家宅侵入罪……?』
これ、犯罪じゃん。と理解して、ふらりと足元がふらつく。な、なんてこった。そんな理不尽な、私の意志ではないのに。そんなことを考えて、「ふー」と深く深呼吸をする。それでもなんとか立っていられるのがやっとのほど、ひどく混乱していた
──その時だった。
『い"──ッ!?』
ドスッと鈍い音が私の腹部あたりを襲った
ガラガラガラと聞いたことのない崩れ去る音と、感じたこともない痛みが自分の右半分を襲った。もはや痛いという感覚を越えて、ただただ熱いだけである。脳が、頭がぐわんぐわんと揺さぶられているような、奇妙な感覚に気持ちが悪くなる。「吐きそう」なんて思う暇もなく、自分の身体は地面にたたきつけられた
ほんの一瞬の出来事である
『カハッ……!』
痛い、痛い、痛い。熱い、熱い、焼けるように熱い。苦しい、苦しい、上手く呼吸ができない。時々漏れる声は言葉にならなくて、むしろ胃液だけが口から出た
「……やりすぎだぞ。マスルール」
「ッス……」
「しまった侵入者はどうなった?…ジャーファル」
「わかってますよ」
『……!?』
腹部へのダメージが大きすぎて、うまく顔をあげられないが話し声から男が、3人いると分かった。……いま、私は何をされた?
『ひっ…!?』
痛みに悶えている場合などではなかった。
ゴホゴホ、と噎せ返っている暇なんて無く、さらに追い打ちをかけるように、ギュッと締め上げられる。赤い紐のようなものの先には鋭い刃物のようなものが付いていて、少しでも動けば肌に刺さりそうだった。さらに軋む自分の体と、第六感が警報を鳴らしていた
──このままだと死ぬ
少しでも喉を動かせば、その刃物は私の喉をいとも簡単に切り裂くだろう
床に押さえつけられた頬に、生ぬるい液体を感じながら、痛みをまったく感じない私の体に笑いそうになった
「シン、捕らえました」
『ッ!』
地面に俯せで、両手は体と一緒に縛られ、喉には刃物という無様な恰好で、誰かに髪を引っ張られ無理やり顔を上げさせられた
間近に炎のようなものを近づけられ、そのまぶしさに思わず目を閉じる
「──どれ、間者の顔を拝見………って、子供、?」
(ああ、もう誰なのこの人たち)
「……しかも女の子じゃないか!」
「は、」
「手荒な真似をしてすまない。御嬢さん、怪我の方は大丈夫かな」
「ちょ、」
私が女だと分かると、その長髪の男がころりと変わった。……な、なんだこいつ。するり、と頬を撫でられ、あまりにも優しい手つきに鳥肌が立つ
「シン!マスルールがいなければあなたは今頃死んでいたかもしれないんですよ!?」
それをのんきに!と叱咤を入れる一人の人の口調に、思わずしっかり者の友人の姿を思い出した。逆に叱咤を入れられている男の方は関心したように笑っている
「ああ、わかってるさ」
暗かった部屋は一転し、明かりがともされ人の顔が見れる明るさになる
そこにいたのはガタイの良い、目が特徴的な赤髪の人と、なんだかシスターみたいな服装で、銀髪でソバカスの人。そして紫の長髪の男だ。そして服装がとてもどこぞのアラビアンな服装で。目が飛び出そうになったのをなんとか堪える
こんなカラフルなひと、原宿でもみたことがない──…、と思った
「──さて」
『ッ』
ぐっと首にある刃物から伝わった、シスターの服装のようなものを着た人の動きにビクリと体が跳ねた。女だろうと侵入者は侵入者。聞くことは聞かないとな、と長髪の男は言った
じっとしばらく見つめられる
「……見かけない服装だな。どう思うマスルール君」
「はぁ、まぁ、少数民族の衣装ッスかね……」
じろじろと見られる視線に、なんだか急に恥ずかしくなり視線をそらす
『(み、民族衣装って……)』
私は着ているのは民族衣装などではない。これは学生ならば誰でもわかるような、制服だ。カルチャーショックにも近いものが私を襲う。一体ここは何処なんだ、
いやしかし、この人たちは日本語をしゃべっている
ならここは日本でいいはずだ
でも、でもでも──日本にこんな人たちは見かけない
二つの意見が、私の頭でごちゃごちゃに組み合っていく
そんな私の様子に、紫の彼が口を開いた
「ジャーファル。彼女が怖がっている。放してあげなさい」
「は、?」
「このままだと話もできなさそうだからな」
ニコリと人の好さそうな笑顔を浮かべる彼だが、私にとっては恐怖の塊でしかない
どうしよう、どうしてこの場に女の子がいないのだろう。男ばかりだと、どうも気が狂いそうになってしまう。なんというか……息がつまりそうだ
せめて女の子がいたら…←
「ジャーファル」
「……わかりました。しかし拘束は解きませんよ」
息苦しいのに変わりはないが、首に突き立てられていた刃物がなくなったのが分かり「ひゅっ」と息が漏れる。刃物がなくなっただけでも少しだけ安堵した
紫の人は、座り込んでいる私の目線に屈んで視線を合わせてきた。ばちり、とぶつかった視線からは逃げられるわけもなく、しっかりと彼の眼は私を映していた
「話せるか?」
優しそうな声色でそう問いかけてくる。こくりと肯定の意を込めてうなずく。すると彼はまた笑い「よかった」といい頭を撫でてきた
その行為にびくりと肩が跳ねる
「どこの国から来たんだ?」
『どこ、の国……、に、日本です』
「にほん…?」
これでいいのか、と自問自答するが、生憎これ以上の答えが見当たらない
"日本"その言葉を発したとたん、ぴくりと目の前にいる人が反応した
自分は他人の顔つきにこんなに敏感じゃないほうだ。きっとこの人が分かりやすいのか、それとも……本当に知らない単語なのか
「そうか。じゃあどうやってこの部屋に入って来たのかな?」
『……わからない、です』
「ほう、?」
目が覚めたら、ここにいました。
すぅっと細められた視線に、私の脳は呑気にもこう考えていた
ああ、私死んだかもしれない
これで、私は不法侵入罪で罪に問われ裁判にかけられ、前科として一生身に重りとなってのしかかるのかな
(私が視線を落としたら彼はたちあがった)
「やはりどこかの間者でしょう」
「まあ待てジャーファル」
呆然と座り込む私など、そっちのけで。紫の彼のペースになっていく
そんな彼の様子に何かを感じたのか、背後にいるジャーなんとかさんは切羽詰まったような口調で「あんたまさか!」と言った
それでも、この紫の人も、背後で私を押さえつけている人も警戒は解いていないという事に、私はさらに身震いをする
彼は私に顔を上げるよう指図すると、胸を張って自分のことを説明しだした
「俺はシンドバットだ!」
『しんど、ばっと……?』
「!…知らないのか?」
こくり、と頷く
私の反応がいまいちだったのか、彼は面食らったように目を見開きそう聞いてきた。"シンドバット"なんて名前、物語でしか聞いたことがない
シスターみたいな人はさらに冷ややかな、その視線だけで人の心臓を握りつぶしてしまいそうな視線を投げかけてきた
しかもこの至近距離で、気が付かないフリなどできるほど私も肝は据わっていない
「白々しい…。ここに侵入したのは紛れもない証拠。これを間者と言わずどう説明するおつもりですか」
「君の名を聞こう!」
「あんたねぇ……!」
事の参事を理解していますか!とまた叱咤する彼。それに対照的に、自分のペースを乱すことなく両手を広げて私に問いかけてきた
「お嬢さん。君の名前は?」
「シン!」
言うのをやめた方がいいのか、と思い、ちらりとシンドバットさんを見上げる
彼は相変わらず笑顔のままで
『………うた、です』
「そうか、うたか。」
復唱した彼はまた人受けのよさそうな笑みを私に向けた
再び、同じように屈み視線を交わされる
「君の話を聞かせてくれるかな」
ぽんぽん、とリズミカルな彼の手に恐怖を覚えたのはなんでだろうか
ただ一言"ここはどこですか"って聞きたい
すがりたくなる気持ちから、素直に震えながらも口を開く……つもりだった
「ダメです」
『い"ッ、あ!?』
ぎゅっと体に巻きつかれていた紐に力がこもり、身体に痛みが走る
そした再び後頭部に手をかけられた、と思うと同時に顔面を床に押さえつけられた
ギリッと食い込む紐に簡単に千切れたらな、と思う。でも、いっその事このまま絞殺されて、はい夢でしたーっていうオチだったらな。と願ってる自分もいた
彼の一捻りで私はきっと死ねる
この人シンドバットさんよりも偉いんじゃないかと我ながら思った
「マスルール。この間者を牢屋に」
「おいジャーファル!何を勝手に、」
「シンは私が。任せましたよ」
「ッス」
『ま、まって……、まって』
「………」
ズリズリと逃げるように後ろに体を引いたが、拘束している赤い紐がそうさせない。その恐怖に、力が全身から抜けていく。ぶわりと冷や汗があふれ出し、寒さだけが自分の体を支配した
牢屋って、罪人が入れられる鉄の檻だったような
そこで行われるのは、拷問──…?
今からそこに連れて行かれる?
訳も分からないまま?
ぐるぐると回る思考回路を乱すように、ジャーなんとかさんはクズでも見るような視線で私を見ていた
ゾクリ、と背筋が凍る
こみ上げる恐怖にカタカタカタと膝が笑た
マスルールと呼ばれた赤髪は、無表情のままのしっと足を動かして私の目の前に来る
すぅっと伸びてくる片手に、動けない私の体
逃げたい逃げたい、逃げられない、いやだ、嘘だ嘘だ嘘だ!怖い怖い怖い怖い怖い怖いいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ怖い、いやだ…怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いいやだいやだ、死にたくない、死にたくない…!
やだ
『──た す け て 』
ぼろっといつの間にかたまってたのか分からない、生暖かいものが頬を流れるのを最後に、視界が暗転した