軌跡
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パチリ、と、特に何も思うこともなく、自然と目が開いた。目の前に広がるのは、見たこともない天井。
あの薄暗い地下でも、窓のない部屋でもない。かといって、見慣れた、暖かい実家の天井でもなかった。
ここはどこだろうか。
そう思うのに時間はかからなかった。
ふと、自分の服装に違和感を覚える。服は、ブラウスだけで、下がなんだかスースーするのだ。
「……………」
うそでしょう。まさかそんなことあるもんか、と恐る恐る、かけられている布団をめくった。……。
服が、ない。
いや、正式には、下半身が剥き出しというわけではない。シンドリアでヤムさんたちにもらった布製のワンピースがないのだ。
徐に投げ出された足には、間者であった証ともいえる足枷の痣。友人に笑って話すのではれば、寝相で服を脱いでしまった。ではあるが…。そもそもの服も見当たらない。
これは……
知らないベッドの上、乱れた服。錯乱している記憶…。
私は一線を越えてしまったのだろうか。見ず知らずの人と、一夜を共にしてしまったのか。と、頭を抱えたくなるレベルの恰好をしている。加えて、ずっと同じことを何度も何度も考えるぐらい、混乱をしているのだ。
どうしたものか、と頭を抱えた。
1つずつ、自分が意識を失う前の出来事を思い出そうと思考を巡らそうと、座った状態で上を向いた時だった。
「あっお前、起きたのか?しっかし、あんなところで倒れているから驚いたぜ……ってうおわぁっ⁉」
しゃらり、とカーテンを揺らしながら、綺麗な黄色が表れた。そして慌ただしくうねうねと動いたかと思うと、背中を見せた。
何をそんな驚いているのか、と思えば、自分に視線を落とす。ああ…、そうだった。いま私ブラウス一着しか着ていない。今時風にいうなれば、最高にエロさが際立つ格好なのだろう。
男女問わず、人を刺激するには十分な恰好ではある。
「っぁ、わ、悪い!悪気はなかったんだ。えっと……、その、お前に新しい服と、食事持ってきたんだ……。そのついでに様子を…」
赤面しながら、視線を泳がせつつ、聞いてもいない言い訳をべらべらと喋り出す。だが、ちらちらと視線をこちらに向けながら、へらり、と、困ったような笑顔をこちらに向けた。
「その……本当に悪気はなかったんだ。砂漠に倒れてて…。砂がついてたから、拭かないとと思ってそれで…。」
「ありがとうございます…。えっと、」
「や、別に……。そ、そうだ、自己紹介がまだだったな。オレはアリババ。よろしくな」
にこり、と笑った彼。きっと純粋な親切心から動いてくれたのだろう。笑顔からは悪意も策略もなにも感じなかった。ライラさんやサアサさんに、似たようなものを感じた。
「アリババ…。アリババさん……。ありがとうござます。私はうたです」
彼の人柄なのだろう。持ち合わせている人柄、雰囲気がそうさせてくれているのか。
飲めよ、と湯呑をこちらに渡してくる。なぜか、不思議な感覚で、彼からのものなら何でも飲めてしまいそうだった。
こくりと湯呑に口をつけると、白湯だった。ほかりと胃の中が暖かくなった。一息ついたのを見かねたアリババが、私が寝ていた布団の近くに座り込んだ。
きし、とアリババの重みで布団が鳴る。改まった面持ちに、こちらも緊張が走った。
「それで…。うたには聞きたいことがたくさんあるんだ……。」
「聞きたいことですか、」
「教えてくれないか、オレに。アラジンのことを……。いや、でも、その前に、オレの話を聞いてくれ!」
目を伏せて、顔に影が差す。彼が自分の手で手を握り、緊張に満ちた顔つきでそう答えた。
オレの話を聞いてくれ、と言った彼はぽつりぽつりと話始めた。"アラジン"という少年に出会ったこと。強く、そして凛々しい"モルジアナ"を救ったこと。一緒に世界中を旅しようと話をしたこと。
「そして、迷宮を攻略したんだ」
「ダンジョン……、」
そうだ。ダンジョン。その名前は記憶に新しい。私はあの、黒い、黒い人にダンジョンに入ったのだ。
「うた、お前も攻略者なんだろ…?」
攻略者。こうりゃくしゃ。そのダンジョンを攻略した人のことを指すらしい。それが、私もそうだというのだ。
もう、何のことなのだろうか。
アリババの話が、本当なら、本当にこの世界はおとぎ話の世界で。加えてなにか?私がその当事者だというのだ。
彼は、自分の武器である短剣の八芒星を見せてくれた。それと同じものが、私にもあると。
でも、私は、私にとっては、なんだそれは、という気持ちでいっぱいいっぱいだった。
「攻略時に貰った財宝を裁けば、うたの身よりは保証できる。うたがどんな状況なのか、詳しくは知らないけど…。あんな痣、それにいたるところにある傷……。そんなのを隠して過ごしてるお前を放っておけなくて、」
話をしているうちに、アリババは感情を出してきた。姿勢か徐々に前のめりになってきている。そして、ずっと呆けている私につかみかかる勢いで話を続ける。
「誰に何をされたかは聞かねぇ。だけど、見放せないんだ」
細いが、引き締まった腕が、私に伸びできた。外に出ている手首をスリスリとなでる。まるで、奴隷へ、虐げられている人へ、悲哀の思いを伝えるような。そんな優しい動作だ。
「オレは、これからバルバットへ行く。自分のけじめをつけに行く。だからその前に……」
そこまで言いかけて、彼は黙った。私も、何も話さなくなったアリババの顔を見る。彼は、じっと私の顔を見て、何かを考えていた。
「いや、なんでもねぇ…。オレは、明日にでもここを出るつもりだ。だけど、うたは好きに使ってくれ」
財宝はあるし、ここの家を買収できるほどの額になるだろうと彼は言った。
決意の顔を浮かべて、彼は立ち上がった。
その顔があまりにもすがすがしく、思わず腕を伸ばしていた。
「うぉ、っ⁉」
「っ、ごめんなさい、急に。でも、でも。アリババさん……、」
去ろうとしているその背中に、言葉を繋ぐ。
何か、何か私がこの人にできることはないのだろうか。ありがとう以外の言葉を、かけられないのだろうか。口が乾いてきた。水分をなくし、乾いた唇を動かした。
「アリババさんは、優しい人です。見ず知らずの私に、親切にしてくださった。少なくとも、私は救われました」
「そんな大袈裟な……」
「謙虚なところも、人柄だと思います」
「っ!」
あんな砂漠で、誰もいないところで盗賊の残党かもしれなかった私を一人、助けてくれた人だ。その行動力は、誰でも出来る事じゃない。それは、アリババが正義感にあふれている人だからだ。
「アリババさんがしようとしていることが何なのか、分かりません。でも、アリババさんなので応援したいです」
「っは、なんだそれ…。オレが怖い盗賊とかだったらどうするんだよ…」
「あはは、それは、どうしましょう。すみません。私も自分で何を言ってるのか分からなくなってきました…」
なんだか、可笑しいなぁ。ふふ、と笑みが漏れてくる。すると、引っ張っていた布が少し緩んだ。
「うただって、優しいんだな。ありがとう。」
ぽん、と頭を撫でたアリババの手は、本当に暖かい。
こっちにきてから、初めてのありがとう。いろいろなことがあったけれど、なんだかんだこの世界の人も優しい。優しいのだ。
シンドリア王国で起きたことも、結局は殺されはしなかった。身なりを整え、国を出る手立てをくれた。一人では何もできなかったことを、他人の力で、ここまで生きてこれたのだ。
私はもう被害者でも何でもない。他人の力を借りて生きているだけの、ただの人だ。ならば、私がこの世界で生きる意味が見えてきた。人から頼られる人になろう。そして、もとの世界に戻る手立てを探すことが私の生きる意味だ。
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