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軌跡

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 サクサクと、心地のいい音が部屋に響く。動物が咀嚼する音が大きいわけではない。咀嚼音がハッキリと聞こえるほどに、部屋は静寂に包まれているのだ。



「………」


「………」



見下されながら数秒が経過するが、彼は何も話しかけてこないし、少しも動かない。ただただ、じっとこちらを見ているだけだった。
なんとも言えない空気感に耐え切れず、ごくり、と唾を飲み込む。



「ッ」


何か、してしまっただろうか。布団から、出たのがいけなかったのだろうか。いかんせん、彼がここにいる理由は一つ。何かを察したからだろう。


「あ、のッ、」


ふと彼が、ちらりと扉を見た。そして、また私を見る。出かけた言葉は、止まってしまった。きっと彼は頭の中でわたしがしようとしていたことを察しているかもしれない。



「……足、」


「!」


喋った。


驚いて、彼を見つめ返すと、彼はそれ以上喋ることはせず、再び黙り込む。少しの気まずさを覚えて、足に力を込めた。裸足で、膝を立てて座り混む私。視線を落とせば、足首は血色の悪そうな色で、くっきりと型が残っている。

ぎゅうっと口をかみしめた。一体彼は、何しにきたんだろうか。また私を、あの場所に、なんて考えた。



視線を外し、動物を見ようとしたとき──。ふと影が差して顔を上げようとしたら、間近に、赤髪の人の、顔があった。


「!?!?」


ギョッとして身を引くも、後ろは壁である。そしてあろうことか、彼は、床と膝との少しの空間に手を滑りこませてきた。

突然のことに足を引っ込める。


「落ちるっすよ」


「ッ、!」


その一言によって、ささやかな抵抗は無効化された。そして言われるがままに、私の体はあっと言う間に中へと浮かぶ。──さて、お分かりいただけただろうか。


「ひぃ……!?」


「舌、噛むんで。閉じてください」



ぱくぱくと口を開閉している私に気が付いていたのか、彼は目だけをこちらに向けて、そう言い放った。思わず口をつぐむ。


そう、私は、お腹に動物を乗せた格好のまま、赤髪の人に抱き上げられたのだ。
訳が分からない。ええ、まったく。少しパニック状態に陥りながら、せめてお腹の上の動物が落ちないよう両手で押さえてあげる。


「(これ、って。お姫様だっこ……)」


恥ずかしい。と思いながらぎゅっと目をつぶる。身構えていると、何が起こったのか、一瞬だけ凄まじい風が自分の髪の毛を揺らした。ほんとうに一瞬で、何が起こったのか認識さえもできなかった。


「──?」



真っ暗な視界だったが、微かに香る草木の香り。ちゅんちゅんと鳴く生物の声。さわさわと流れる風の音が聞こえてきた。


恐る恐る目を開ける。すると、眩しくも暖かな光が視界を照らす。
ぱしゃぱしゃと音を立てて流れていく噴水のようなものが、太陽の光を浴びて反射し、キラキラと光っている。


「わ、」


ぁ。と声が漏れた。目の前に広がっている、"外の風景"に感動する。
すると声に反応した彼が、のそのそと歩き出し、スッと腰を折る。その行動に一瞬体が跳ね上がった。そうして噴水の近くに私を下す。ぽかんと見上げる私を、また無言で見てくる彼。

数秒間が空いた後、彼も隣にストンと座った。それだけだったのに、再びビクリとする。


そして訪れる、静寂。

サァサァと水の音が心地よい。




なんだ、これ。



なんだか、おかしいな。と笑いがこみあげてくる。一方的にびくりびくりと、身構えてばかりだったが、仕掛けてくるどころか、ただ、様子をうかがわれているだけのようだった。
恐怖心が消えたわけじゃないが、ふっと力が抜けた。


相変わらず私のお腹のモグモグしている動物を見つめて、その小さな頭をなでてやる。



ぽん、と。



自分の頭に、大きく、そして硬い何かが置かれた。トンッとすこしだけ頭が下がる。


あれ、あれ……?



「……、?」


ちらり、と伸びてきている手を追ってみるとそこには真顔の赤髪の人がいて。



「似てるっすね。オラミーに」


「お、らみー……」



繰り返すと、彼は頭に手を置いたまま、視線でわたしの座の上にいるこのパンダのような、リスのような動物を見ていた。なるほど。どうやらこの動物は、オラミーというのか。


「……わたし、外に出ちゃいけないんじゃ」


「俺がいるんで」


「……、そうですよね」


「そっすね」


「……」


「……」



「ありがとうございます、」


「……どうも」




久し振りの外の空気は、とてもおいしかった。気が付けば、口元は緩く弧を描いていて。それに彼は気付いていた。

自然な流れで、沈黙が続く。そして突然にオラミーが膝から逃げ出してしまった。名残押しそうにその背中を視線で追っていると、横から声が落ちてきた。


「マスルール」


「え、」


「マスルールだ」


「ます、るーる……さん?」



聞き返せば、こくりと頷いた。そうか、赤髪の彼は、マスルールさんというのか。
いなくなってしまったオラミーをさびしく思い、自分の膝のうえにある食べかすを見つめる。


「食事、食ってないんすね」


「……。すみません、」



マスルール、さんに言われて、再びうつむく。自分の膝小僧を見つめながら、黙り込んでいると、のしり、と頭に重みがやってきた。


「………歩きたいなら食え。この国から出たいなら食え。死にたいのか」


そう言ったマスルールさんはまた頭をぽんぽんと2,3度ほど撫でた。
ぽたぽた、と涙が出てくる。そうだ、私はこの国から出るためには、自分の足で立たなけれないけない。誰かの力を借りてとかじゃなくて、自分の足で、だ。


「……しにたく、ないです」


「ならいい」


ぐしぐしと鼻をすする私に対して、マスルールさんは何も言わずに、ただただ隣にいてくれた。世間話とか、そういうのも全くなかったのに、とても心が穏やかになった。


人の優しさに、触れて。


やっぱり怖いのは怖いけど、それでも生きたい。と思った



fin
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