軌跡
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「お、おい今、なんていった……?」
「もー耳まで遠くなっちゃったの?シャル~。名付けて、うたちゃんをサポートし隊だってば~」
「どういうことだよ!マスルール!」
「いや、俺に聞かれても困ります」
「んあぁぁああ!!」
ガシガシと髪を掻くシャルルカン。顔には決して出さないが少しだけ動揺をしているのは、赤髪の男、マスルールも同じだった。例の少女、と言えば大抵察しがつくだろう。
マスルールは、言い方は悪いが実行犯のようなものだった。あの時、侵入者が子供で、しかも脆い女の子だと分かり、とっさに手加減はしたからあばら骨などがいってしまうことはなかっただろうが、対する少女は全く受け身を取らずに吹き飛んでしまったのだ。無傷なわけがないだろう。
実をいうと、その時点でその侵入者が手練れとは思っておらず暗殺者の可能性は皆無だったのだ。しかし、残っている可能性があった。それは、その少女が"密偵"である可能性。
「で、具体的にはなにすんだよ……。その……、なんとかし隊とやらは」
「うたちゃんに協力するんだ~。歩けるようにね!たまにはおんぶとかして、お庭に行ったりとかどうかなっ」
「おんぶ……」
「この中だと……、マスルールの背中が一番安定しそうだねぇ」
「ご指名じゃん、マスルールくん?」
「先輩、……」
「うぉ!?え、あ。痛ぇ!?」
ゴッと鈍そうな音が鳴り、シャルルカンが突然痛みに悶える。しかし、誰もが知らん顔だった。
「というわけで」
「えっ」
「は……」
「早速いってらっしゃーい!!」
「ちょ、」
グイグイとピスティに押されてシャルルカンは一人、バタムと部屋を追い出される。対するマスルールはどっしりとしていて、一ミリも動かなかった。
「も、も~!?マスルール!!動いてよ!!」
「……」
この二人がなぜこんなにも乗り気じゃないのか。それは、マスルールにも、シャルルカンにも例の少女については少しの気まずさを持ち合わせていたからだった。
怪我を負わせてしまった相手、独房で面談していた相手。……何事もなかったかのように触れ合うなどできるわけがなかった。
ピスティに泣かれてしまうまえに、マスルールはひょいと体を動かして、自ら扉を出る。そこには出たばかりのシャルルカンがいた。一瞬だけ、間があく。
「まぁ、確かに、俺らの、あれは。ジャーファルさんに比べたら俺らなんてまだ可愛いものだろうけど……」
「シンさんに言われたなら仕方ないっすよね、」
「やるしかねぇの……?」
「……俺、パスで」
「な!?ず、ずりぃぞ!!先輩命令だ!!」
「めんどくさい」という顔もちをしながらマスルールは廊下を歩こうとした。しかしそれをシャルルカンが巨体に抱き着くようにして邪魔をする。それを軽くあしらうマスルールと、負けじと食らいつくシャルルカン。その場は、ぎゃーぎゃーと騒がしくなった。
「……、先輩」
そこに、カタンと物音が一つ。
ぴくりと動いた感覚が、しっかりとその音をキャッチした。2人は、念の為と言い二手に分かれて道を進んだ。
そして、マスルールの選んだ道は偶然か。例の少女の部屋がある方向だった。
「た、立てるけど……まだ少し力が入らない、かも」
ペタリ、と壁に手を付けてベットから立ち上がる。ようやく歩き方を覚えてきたような感覚だった。その感覚に、どれだけ座りっきりだったのだろうと、思わず笑いそうになる。
顔を上げると、正面前方に扉が見える。あの扉を、抜ければ。出られるのだ。いま私を拘束しているものはない。人も、いないようだった。
ごくりと生唾を飲み込む。
震える足を恐る恐る前に出してみた。
「ッ、!?」
その瞬間の出来事だった。ベットの下から何かがシュッと横切る。あまりの速さに思わず出しかけた足を引っ込める。……ま、まさか。例のアレじゃないだろうな、と恐る恐る、出てきた物体を確認する。
まず目に飛び込んできたのは……可愛らしい尻尾のようなものから小動物が顔を出している、といものだった。数匹いる。思わず「えっ」と声が出てしまうほどの、不思議な物体だった。ゆらゆらと、尻尾が揺れている。
すると、音に敏感なのか、その物体はぐるりと回転し顔が見えると思いきや、こちらに向かって走ってきた。
「わ、わぁ!?ちょ、ちょっと待って、こっちくる……、!?」
構えるわけにもいかず、反射的に両手を壁から放してしまった。するとどうだろう──、ずるりと力が抜けて重心が下へと落ちていくではないか。
──転ぶ。
意識した瞬間に、お尻に痛みが走った。と同時にお腹に何やら体重を感じる。
「──パンダ……?いや、リス……?」
自分の倒れたお腹の上いるその物体をじっとみつめると──、くりくりとした丸い黒目が二つ。可愛い丸い鼻があって、それはぴくぴくと動いている。尻尾からのぞいていた小動物はもぐもぐと何かを食べていた。
「わたしの、ご飯だ、」
ぱちぱち、と何度か瞬きを繰り返す。モモモ、と食べ進めていくなぞの動物に思わず顔が緩んだ。なんだ、例のアレじゃなかった。と安堵の息を漏らす。改めてその動物を見ると、とてもかわいらしく見えた。
スリスリとすり寄ってくる姿に、悶絶しそうになる。
お腹の上で食べかすをこぼしながら食べ続ける動物に、手を伸ばそうとした時──。カチャリと扉が音を立てて開いた。
「……、!」
こんな時に、と心臓が高鳴る。いつまでたっても、扉の向こうからの言葉はなく、緊張した空気が走った。本気で怖くなって、冷や汗がでる。そして心音が聞こえるぐらいにバクバクと音を立てていた。
「……その動物、」
「!」
この声、
「オラミー、っすか」
ゆっくりと、声のした方へ顔を向ける。座りながらお腹の上に動物を置いている私と、扉を開けて立っているのは、赤い髪をした……
あの時の、人だ。
ゾワリと鳥肌が立ってしまった。体が硬直してしまい、その人を見つめる。その人はしばらくじっと私を見てから、のそのそと部屋に入ってきた。
たった数メートルの距離だったが、徐々に近づいてくる足音はまるで、あの場所のような気がして。
相変わらず例の動物は、私のお腹の上で咀嚼していた。
もぐもぐと、小刻みに。
その振動は私のお腹から足にかけて、揺らしていた。
fin