軌跡
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ここは薄暗い個室。門番と、もう一人なにかをしかけてくる人。と、私。何をしゃべっても、反応は良いものじゃなくて、何が本当のことなのか自分も分からなくなりそうだった。っでも、これだけは本当なの、わたしは、気付いたら、ここに。
あ、やめて、ひっぱらないで、いたいいたいたいたいいたいいたいいたい。もう、膝がすりむけてボロボロなの、かさぶたが、治らないの
ああ、今度は水をかけるの?
寒いの。その水、とても冷たいの、だから、お願い、もう寝ない、寝ないから……
「ッ!!」
バシャンと自分に水が飛んできた──ところであまりの寒気に反射的に体を起こした。びくりと体が飛び跳ね、心臓がバクバクとなっている。加えて呼吸も荒い
はぁはぁはぁ、と過呼吸のような、聞いているこちらが苦しくなってくるような呼吸の仕方にいたたまれなくなった
「目がさめたかな」
不意に横からした声に、ちらりとみるとそこには長い髪を流しているシンドバットがいた
「……、しん、どばっとさ」
反射的に体がむくりと起き上がる
「おっとそのまま寝ていても構わない。今水を用意しよう、ちょっと待っててくれ」
起き上がろうとすると王様…、は少し慌てたように私の肩を抑えてベットに戻してきた。あれ、私……
「すまなかった。なかなか君の無実を証明することができずにいた」
そうだ、魔道士さん。あの日のことを魔法で見せてもらったのだ。水でできた、不思議な、不思議な人形たちが。
思い出したところで、部屋をぐるりと見渡す。ここはあのひんやりとした、鉄格子に囲まれた部屋とは違った。ふかふかのベット、だろうか?少し暖かく、どこかの個室のようだった。部屋の中にはシンドバットさんを含めて5人。確か、扉の近くから、ジャーファルさん、ヤムライハさん、シャルルカンさん、だっけか。そして見たことのない、金髪の女の子……?かな、私と同じぐらいの人がいた。
確認したところで、もう一度シンドバットさんを見た。すると彼は、スッと腕を伸ばしてくる。
叩かれる……?
思わず体が強張った。強張ったのが伝わってしまったのか、シンドバットさんは手を引っ込める
「──これは少しの償いだ。気が済むまでここにいていい。君の安全は保障しよう。何か要望があれば聞こう!なんでも言ってくれ。できる限りは尽す」
そう言って、薄く笑ったシンドバットさんに、なにか裏がある気がしてしまった。視界の隅っこにいたジャーファルさんが少し動いたのが見える。そこから独断の判断なのだろうと思った。独断の判断ということは……?ジャーファルさんが黙っている訳がない。今も、きっとまだ疑っているに違いない。だって、だって…。理由はどうあれ、ジャーファルさん達側から見たら、侵入者に変わりはないのだ。……改めて自覚してみると、ぞわりと鳥肌が立った。
ここにいてくれて、いい、?
私に居場所はあるの…?
………、いや、わたしは"招かるざる客"だ。
「あの……」
「なんだ?言ってみろ」
「ちょ、王サマ」
「み、3つだけ、聞いてもらえませんか、」
「3つと言わずとも」
「あんた何言ってんですか!!」
「ジャーファルさん落ち着いて!!」
ジャーファルさんの慌て様に、改めて自分の立ち位置を確認する。わたしはまだ、彼らの中で怪しまれていると。疑われることが、こんなに苦しいなんて。悲しい気持ちになるが、それが普通の反応だろう。殺されなかっただけ、ありがといと思う。
「わた、しが、着ていた服を、返していただけませんか……」
「・・・・え?」
数秒の間が空いた
誰が想像しただろうか。この言葉を
特に、ジャーファルに至ってはぽかんと口を開けたままであった。予想はずれにもほどがある。あの流れからすれば、非があるのはこちらで例えば生活を保証してくれなどと言われてもおかしくなかったのだ。特に、こういった身寄りのない場合は。しかし、今目の前にいた少女は、なんと…?
「……いいだろう!ピスティ持ってきてあげなさい」
「う、わ、わかった……」
パタパタと走って行った金髪の美少女を合図に、シンドバットさんはにこりと笑った。
「その願いでいいのか?」
「……はい。わたしにとって、とてもとても、大事なものなんです」
"その"なんてレベルじゃない。私にとって、唯一の私が私だった物なんだ。そう聞いて、すこし間が空いた。そして、シンドバットさんが切り出す。
「じゃあ2つ目はなんだ?」
「………、」
そこで少女は黙り、少し考えた。
その様子にジャーファルさんは警戒を強める。今度こそ、おこがましい願いをぶつけてくるはずだと、そう思いたかった。
「──私、に」
やはり、か
ジャーファルはため息をついてシンドバットに近づこうとした。
「いま、この国から、出る許可を、ください」
「………は」
思わず声が出たのは、ジャーファルだけだった。想定外のお願いに、想定外の許可。まさかここから出る許可を、"なんでも"の願いにいれることに、少なからずシンドバットは冷や汗をかいた。何も考えていないようで、何かを秘めている、そんな何かを見た気がしたからだ
「……許可しよう。だが!」
「っ!」
「今すぐにとは言わない」
「そ、な!」
「その体じゃ、まだ立てないだろう」
「立てます、立てますから、!!」
「俺の気がすまない。せめて償わせてくれないか」
「ッ」
絶望したような顔で見上げる彼女を見て、拒絶されると思ってはいたが、こうも見えてしまうとずきりと胸が痛んだ。彼等も、罪悪感がないとは言えない。過ぎた行為をさせてしまったと、反省はしているのだ。それっきり、黙ってしまった少女に、声をかけようとしたら、ドアからバタバタとピスティが戻ってきた。その手には彼女のものがあった。しかし、それは元のままとは言いにくく、ブラウスと、変に短くなったスカートで……。
「……ごめんね。キミの身元を調べるためにこの白いの上に着てた布は……」
もうないんだ。と告げられる
「これしか、残ってないけど……、」
柔らかい素材の毛糸で、細かく編まれたようなものを受け取ると、少女は顔をうずめた。
「ッありっ、ありがとう、ございます……!」
震える肩と、震えた声。
……お礼を言われるようなことはしていない。──チクリと胸が痛んだ。居た堪れなくなったのか、ヤムライハは口を手で押さえ、小さく「なんてことを」と呟いた。次の3つ目のお願いを催促するような行為を、シンドバットはしなかった。目の前で泣く少女を撫でることはできず、周りにいたジャーファル達に目線でで部屋を出ていくよう指示した。
一人一人部屋を出ていき、最後にシンドバットが出て行った。部屋では一人、少女がうずくまって、意味を成さなくなった制服を抱きしめて、声に出さず、泣いていた。
ずっと、ずっと着てきた制服が、友人たちとおそろいの制服が。
「い、や……!」
わけが分からなくなって、日本が伝わらない世界にきてしまって、暗殺かなんかの犯罪者と間違われ、まったく意味の分からない状況に陥って、………本当に自分がどこからきたのか、分からなくなりそうだった。だけど、制服さえ、制服さえあれば、私が確かに日本という国にいて、そこで生きていた証拠になるのだ。
なのに、なのに、その制服を主張するセーターはもう着ることは不可能になった。形さえ、残されていない。短くして、先生に怒られたスカートだって、引きちぎられたように糸崩れしており、もはや縫い直せるレベルではなかった。いずれ着れなくなってしまうと分かっていた制服だけれど、こんな形で手放すことになるなんて思いもしなかった。どこにでもあるようなブラウス以外は、ぼろぼろに。
もう、着ることは叶わないのだ。
「あぁぁ、あ、あ」
唯一の心の支えが砕け散った瞬間だった。
この世界に来る前に、私は確かに死んだ。だから会えない、と悲しんでるわけではない。ただ、もとのいた世界へ帰りたいだけなのだ。この、理不尽な世界から。温かい、人たちのいる、私を、信じてくれる人のいる、世界へ。
「かえりたい、かえりたい!ッ、かえして、かえしてください、お、おねがいしま、す……どうか、かみさま、わたしを、かえして、わたしは、わたしは、なんなの……なんで、まだいきてるの……?」
"わたしは なに?"
"元の世界にかえりたい"という、3つ目のお願いは、誰にも叶えることはできないものだった。
ぼろりとあふれる本音と、止まることを知らない涙は、毛糸と化した制服にしみこんでいく。扉の外では、さっき出て行った人たちが様子を見にきていて、そして中の様子を窺っては、自分たちのしてしまったこと、そしてあの上質な布が彼女にとって本当に大事なものだったということに、罪悪感を募らせていた。
fin