凡人の遥かなる夢
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「とにかくあたしの結論は変わらないわ!二次試験後半の料理審査、合格者はゼロよ!」
「……」
「冗談じゃねーぜ」
ザワザワ…と周りの受験生たちが騒ぎ出す。彼女の言う、合格者ゼロ宣言は、ここでハンター試験の終了を告げるものだ。
不服だ。納得できない。と声を荒げるものもいたが、自分はどうだろう。罵声は自然と出ず、むしろ、これで終わりなのかと呆けている自分がいた。これから食材を捌きにいくところだったのに、本当に残念だ。
自分の腕で息絶えている豚を見つめる。不思議と自分の中に、下された不合格には異論ではなかった。
ただ純粋に『えっもう終わってしまったの!?』という感想だった。
「もっと試作品作りたかったな。んん、この豚ちゃんどうしよう」
「そこかよ。呑気な奴だな」
キルアが呆れながら肩をすくめている。キルアはポッケに手を入れながらどうすっかなーと呟き、面接官を見ている。相変わらず思考回路が読めない。
豚ちゃんごめんだけどどうしよう。と1人場違いなことを考えていた時だった。
ドゴオオォンと、騒音が会場に響き渡った。
音源を探るように振り返ると、そこには自身の拳を調理台に叩きつけた、一人の巨漢がいた。
「納得いかねぇな。とてもハイそーですかと言って帰る気にならねぇな」
怒りを染み出し声高らかに宣言したその受験者は、まるで感情に任せてなにも判断できない、試験会場に来る前の受験生を彷彿とさせた。
合格者0という判定に、ギャンギャンと吠える受験生に、少しばかり嫌気がさす。そこまでならまだ嫌気が差しただけだったが。
「美食ハンターごときに合否を決められたくねぇなぁ!!!」
「……ごとく?」
「!」
ざわ…と毛が逆立ちしそうな感覚に襲われる。何かを察知したのか、キルアは勢いよくこちらを向く。でも私はお構いなしに巨漢の男を見た。
この男はさっきなんて言った?
美食ハンターごとく、と言ったか?わかっているさ。それはもちろん、当たり前だが私の母に向けた言葉ではない。でもなぜかその言葉が冒涜に聞こえたのだ。
ザワリ、ザワリと胸がざわついていて、気持ちが悪い。
「(これ……シオだよな)」
私が怒っているのを傍に、試験監督と受験生は距離を縮めていく。そして、いまにも飛びかかりそうな受験生に向けて、また来年がんばれば?と最高の煽り文句を言ってのけた。
怒りを煽ったのだから、当然受験生は拳を握り、試験官の前に躍り出た。が、その瞬間、
「あっ…、」
パァンと高い音が鳴ったと同時に、殴った受験者が飛んでいった。どうやら、体の大きな方、ブハラさんが手を出したのだろう。抵抗できないまま、グダッと投げ飛ばされた男は、鼻から血を流している。
圧倒的な強さだ。
臨戦態勢に入っていたのは、ブハラさんだけでなく、メンチさんも同じだった。両手に刃物を持ち、立っている。
これがプロのハンターだというのか。
音もなく武器を構えて、殺気を出さずに戦う準備をする。なんて凛々しくて、美しいのだろうか。彼らの姿に、憧れさえ抱く。私も、あんな風に、なりたい。彼らの身のこなしも血の滲むような経験をしてきたのだろう。
「どのハンターになるかなんて関係ないのよ。ハンターたるもの、誰だって武術の心得があって当然!」
なんてやりがいのある、目指したい仕事なんだろう。
そう思うと、ゾクゾクした。
「あたしが知りたいのは、未知のものに挑戦する気概なのよ!」
「それにしても、合格者ゼロはちと厳しすぎやせんか?」
「あれは…!!!」
「ハンター協会のマーク!審査委員会か!!!」
ゴウンゴウン、と空から音がする。空を見上げるとそこには、ハンター協会のマースがあしらわれていた。
そして、何かが落ちてきたかと思うと……ドォン!!と音を立てて地面に着地した。
下駄を履いた、お爺さん。空高い上空から下駄で、しかも直立に着地したけど無傷のようだ。このおじさん、ただものではない。
何事もなかったかのようにざっざっと地面を踏みしてます、メンチさんの所へ歩み寄る。
「審査委員会のネテロ会長。ハンター試験の最高責任者よ」
「ま、責任者と言ってもしょせん裏方。こんな時のトラブル処理係みたいなもんじゃ。さて、メンチくん」
「はい!」
最高責任者がでてきちゃった…。さっきまでこの場をしきっていたメンチが緊張した面持ちで、ネテロさんと対等する。
「未知のものに挑戦する気概を彼らに問うた結果、全員その態度に問題あり、不合格と思ったわけかね?」
「……いえ。テスト生に料理を軽んじる発言をされてついカッとなり…頭に血が昇っているうちに腹がいっぱいにですね……」
「つまり自分でも審査不十分だとわかっとるわけだな?」
「……はい」
とんとんと話が進んでいくのを、ボゥッと見つめる。一体どうなってしまうのだろうか。メンチさんが自分は審査員失格だと、そう言うがネテロさんは別案を提示してきた。
それは、新しいテストは審査員のメンチさんにも実演という形で参加する、というものだった。そのほうがテスト生も合否に納得がいきやすいからとのことだ。
「そうですね。それじゃ、ゆで卵」
「!?」
「会長。私たちをあの山まで連れて行ってくれませんか」
メンチさんの提案にネテロさんは快諾した。ハンター協会のマークが入った飛行船が降りてきて、受験生たちを乗せる。
ネテロさんの登場に、場の空気は一転した。ほっ、と喉につっかえてきた息を吐き出す。
「シオさん、それどうするの?」
「あーー。ね、非常食として?持っていこうかな」
「は!?いやいやいや、置いてけよ。お荷物じゃん」
ゴンの視線を追って自分がいまだに抱っこしている豚を見つめる。さっきからキルアがキレのいいツッコミをしてくれているが、せっかく捉えた命、いただかずに捨てるのはいささかどうなのか。
豚を持ち帰る置いてく問題に悶々としていたら、ふと、大きな気配が背後にやってきた。
「それならオレが貰うよ」
「ブハラちゃっかりしてんじゃない。そーよ、とっとと飛行船に乗りなさいよあなたたち」
抱えていた、まだ小さいグレイトスタンプー。割って入ってきたブハラさんがひょいっと豚を取り上げた。あっという前にブハラさんは飛行船に乗り込んでいく。
彼なら、美味しく食べてくれるだろう。それは間違いない。
「ん〜子豚の丸焼きは小腹が空いた時にちょうどいいねえ」
ありがとう〜。とお礼を言われ、こちらこそと返した。
そして、受験生を乗せた飛行船はこれまた険しい谷に降り立つ。
ヒュウウと強めの風が、下から吹き込んでくるのを感じる。恐る恐る、下を見れば、底が見えないほど深い谷底があった。
「それじゃお先に」
トンッと軽やかに地面を蹴り、谷にダイブしたたメンチさん。命綱なしに飛び降りて行った彼女を動揺した様子で見つめる。
「マフタツ山に生息するクモワシ。その卵をとりに行ったのじゃよ」
「クモワシ…」
「クモワシは陸の獣から卵を守るため、谷の間に丈夫な糸を張り卵をつるしておく。その糸にうまくつかまり、1つだけ卵をとり戻ってくる」
ネテロさんの言葉に、何人の受験者が喉を鳴らしただろうか。そしてあっという間に卵を1つだけ持ち帰ってきたメンチさん。
もちろん無傷だ。苦戦した様子もない。
簡単に言っているが、こんなの簡単ではないだろうと普通の人は思うはずなのだ。もちろん、私もその1人だった。だけど、だけどどうしても、そのゆで卵を私は食べてみたいと、思ってしまった。
「あーよかった」
「こーゆーのを待ってたんだよね」
「走るのやら民族料理よりよっぽど早くてわかりやすいぜ」
「キルアとゴンはわかるけどまさかレオリオさんまで」
「へっ。悪いかよ!そういうシオも腕まくりして気合い入ってんじゃねぇか、よ!」
「ゆで卵、食べたいからね!っと!」
「食い意地かよ!?」
「ホッホッ。さぁて、他はどうするかの」
ゴン、キルア、レオリオ、クラピカ、私、そして受験生が一斉に飛び降りた。
好奇心、食欲、まさに人を動かす、未知という世界。それに魅了された人を、ハンターと呼ぶ。そしてこの試験は、そのハンターとなるための試験なのだ。
高まる鼓動を抑えきれず、体は軽く、谷底でもなんでも足は向かう。これが興奮した人の思考回路だ。
ああ、早く未知のたまごを食べたい。
「美味しく食べるからね」
ぺろり、と舌なめずりをして、クマワシの巣から卵を一つ拝借。欲にまみれてもう一つ欲しくなってしまった。いかんいかん、欲張ってはダメだ。
さっさと上に戻ろう。谷の上昇気流が私たちの後押しとなってスタート地点に戻ってきた。
谷に戻れば、飛び降りれなかった他の受験生が唖然とした顔でこちらを見ている。まぁ、普通はそうだよな。こんな崖に飛び降りなんて、自殺行為もいいところ。
私もきっと、こんな特殊な場所でとれるような卵でつくるゆで卵なんて絶対美味しい!と判断してなければ、ひよっていただろう。
谷に戻るとそこには、グツグツと煮えた大きな鍋が用意されていた。
「こっちが市販の卵で、こっちがクモワシの卵。さあ比べてみて」
持ち帰ったゆで卵と、市販のゆで卵。食べ比べなんて幸せだ。ホクホクと湯気をだし、つやつやの白身が早く食べてと、食欲を掻き立てる。
「美味しい…!」
ほう、と目を細める。舌の上で何ががとろけている。そしてこの味。非常に濃厚で、まさに幻の卵だ。
「おいしいものを発見した時の喜び!少しは味わってもらえたかしら。こちとらこれに命かけてんのよね」
お母さんも、そうだったのかな。私と一緒に過ごしたときはお母さんだったけど、現役の時はすごかったんだろうなぁ。
ますますハンターという職業に魅了されていく。持久走のとき、ヒソカと刃を交える前の自分だったら、きっともうリタイアしてただろう。だけど、出会った人たちが徐々に自分に影響を与えてるのがわかる。
ああ、次はどんな試験が待ち受けているのだろう。ーーー楽しみだ。
「……いいねぇ♦︎」
無事、第二次試験後半。
メンチの料理ーー合格者 43名
Fin
8/8ページ