凡人の遥かなる夢
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ガオオオ、グルルルル、ゴオオオオ…と、地響きに近い音が、扉の向こうからは絶えず聞こえている。閉じている扉の前に、受験者たちはまだかまだかとソワソワしている。
自然と無言になり、扉の上に設置されている時計の針が重なるのを、今か今かと待っていた。
「香水のニオイをたどったーっ!?」
「うん」
「お前…やっぱ相当変わってるな…。犬だろ、ほんとは……」
「シオも、よかった無事で」
「ゴンもきいとけよ。なんでシオが生き残ったか」
「キルアそんなに広めないでよ、自分でも奇跡だと思ってるんだから」
「えーいいじゃーん」
キルアが、間に合ったゴンと、そういう会話をしている。平和な、普通の会話を。
さっきまで、自分は死んだなって思ってたのに、自分よりも若い男の子たちが、平然としていて。
“せいぜい死ぬなよ”
あの、ヒソカが言っていた言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。自分が、緊張をしているのが自分でもわかる。漠然とした不安で、胸が苦しくて、のどがつっかえている。
心を落ち着かせる間もなく、針が重なり、扉が音を立てて開いた。そこにいたのは、次の試験官と思われる、女の人と、大きな、男の人。
「どお?おなかは大分すいてきた?」
「聞いての通りもーペコペコだよー」
どうやら、ずっと聞こえていた獣のような地響きの音は、男の人の、お腹の音だったのだ…。アッもう、だめだ。1つ1つに驚いていたらもう駄目になりそう。
「そんなわけで二次試験は、料理よ!!美食ハンターのあたし達を満足させる食事を用意してちょうだい」
“料理”が二次試験だ。
「美食…ハンター……、」
母と、同じ職種。
世界中のありとあらゆる料理と食材を探求し、さらに新たな美味の創造をめざすもの。自身も一流の料理人である場合が多いが……、母は、自分のお店を開くことはせず、ずっと父や私に作り続けてくれたなぁ。
「あたしたち2人が“おいしい”と言えば晴れて二次試験合格!試験はあたし達が満腹になった時点で終了よ」
「くそぉ、料理なんて作った事ねーぜ」
「こんな試験があるとはな」
まさかの料理がテーマに、受験者たちは動揺を隠せない。しかも、あんなインパクトのある試験官達の注文にこたえる料理だ。
いったいどんな料理が課題になるのか…。
「オレのメニューは、豚の丸焼き!オレの大好物!」
案外、普通の注文なのかも…?
「森林公園に生息する豚なら、種類は自由。それじゃ」
「二次試験、スタート!!!!」
→
(シオ、一緒に行こう……って、あれ?キルア?シオ?)
号令に合わせて、受験生が一斉に走りだす。この、森林公園に生息する豚、なら…きっと凶暴で、強いんだろうな。
ごぐり、と唾を飲み込み、震える足を奮い立たせながら、自分も森へと向かった。
「(怖がってられないよね)」
道を歩いていき、豚の鳴き声がしないか、耳を傾けながら、進んだ。
「い、たけど、まじか」
ぴぎぃと、高い音がして。そちらを見ると、ドォンッと、人が豚に吹き飛ばされる瞬間だ。豚の、鼻が、でかくて。
あんなの、ハンマーを付けたいのししだ。
「ひっ、た、たすけ…!」
「うわぁぁああ!」
ぐちゃり、とつぶされる音がする。
豚を狩りにいったのに、えさになりにいった受験生。へたり、と足の力がぬけたが、
でも、だめだ、ゆっくりしてられない。
あんなに大きな豚、そんなに数は食べられない。早くしなきゃ、母と、父のことを調べられなくなってしまう。
迷宮入りなんて、いやだ。
母が、どんな世界を見ていて、父がどんな危ないことをして命を狙われたのか、知りたいんだ。
「……、やらなきゃ、」
しゃら、と耳に着けている飾りが音をたてた。三日月の、耳飾り。母がくれた、大事なもの。フーッと息を吐いて、豚を見つめる。観察だ、何事も。相手を知らねばならない。
あれだけ、鼻を大きくしたならば、きっとその後ろにある顔面が弱点で、そこを守るために発達したのかもしれない。
だから、やけに鼻と顔面の間の皮膚が、ばねのように段になっていて。衝撃を緩和しているに違いない。
「頭を、狙うか……」
一か八か。やってみるしかないのだ。
ポーチに入っている、自分の武器、鈍器を握る。ただの腕力じゃ、一般男性にかなわないなら、物の大きさ、重さ、遠心力、体重、すべてを使って倍にするのみ。
「案外頭脳派なんだね。シオって」
「!」
やろう、やるぞ。とナイフに手をかけ、立ち上がった時だった。
なんの、音もなく。
後ろから声がしたのだ。
「お手並み拝見っと思ってね。あ、オレのことは気にしなくていーよ」
「……、キルア?」
「よっ」
「……なんで、」
オレ、あっちで豚さん焼いてる間暇だから。と言う。
なんでそんなに余裕なの?と思ったが、もう、終わったのだ。キルアは。豚を倒し、調理の過程に、いるのだ。実際に余裕なのである。武器も何も持っていないのに、あの大きな豚を、どうやって…?なんで、私のところに。
「……、キルアに見られると、ちょっと緊張しちゃうな」
「早くしないと、豚さんに気づかれるよ」
「!!」
キルアが、ほらーと言って、豚のいた方を指さした。つられて、私もそっちをみる。
あ、だめだ。気を抜いてしまっては。
「っ、キルア!」
「よっ、と」
もう既に、豚はこちらにむかってきていて、とっさにキルアに声をかけたが、軽く跳躍をすると、キルアは私よりも後ろに、素早く後退した。
そうだ。キルアは、すごいんだ。
だったら、キルアの事を気にしている場合ではない。自分の身は、自分で守れる。
後ろへ飛び、着地したと同時に横にはねた。豚は、直進でしか、突っ込んでこない。急な方向転換はできない様子だった。これなら、いける。
反復横跳びしながら、木に登り、飛び乗ろう。それしかない。
「フーン……。意外に動けんじゃん。」
頭を狙うなら、あの豚の上に飛び乗らなければいけない。私にそんな跳躍のスキルはない。ならば、森、という地形を利用しよう。周りには、豚に突進されても、びくともしない、とても太くて丈夫な木があるではないか。
「(一回、やってみたかったんだよね、壁キック…!)」
小さいころ、忍びが壁を利用し、屋根へ上がっていくのをみた。あの身のこなしをまねしたくて、何回か練習をしたことがあるのは内緒ね。
「ッデェッヤ!」
くるくる、と体をねじり、直殴りよりも力が加わるように、ナイフの刃の部分ではなく、持ち手の後ろをたたきつけた。
グリッと、中に押し込んだ感覚が、片腕に伝わってきた。
ピギィッと甲高い声で鳴いたあと、豚は動かなくなり、そのまま倒れる。
──無事に一匹、仕留めることができたようだ。
「ふぅ……、なんとか、なった」
息を吐き、額をぬぐう。
すると、パチパチと軽い拍手が送られた。
「ただのラッキーの持ち主かと思ったけど、やるじゃん。フツーに」
全てを見ていたキルアが、思っていることをそのまま言ってくる。ずっとキルアは、私のことを、ラッキーなやつ、と思っていたようだ。
いままでとは違った笑みを私に見せると、両手を頭の後ろで組み、あどけない表情で近寄ってきた。
「ねぇねぇ、今度そのかばんに入ってる武器一式見せてよ。そのナイフ銀製でしょ?」
「イイケド、全部はだめ」
「えー、けちー」
「あはは、ごめんね。キャンディーで我慢して」
「お。サンキュー」
微妙な距離感を感じていたが、今度はキルアが歩幅を合わせて、隣を歩いてくれている。豚が焼きあがるまで、一緒にキャンディーを食べて、他愛のない話をした。
キルアに、毒の耐性があるのは、小さいころから毒に慣れていたからだって。だから、銀製の食器は、あったはあったけど、色が変わっても意味なかったって。
「職業柄、命狙われる事なんて日常的だったし」
「命狙われる……。なんの職業なのか、気になるね……」
「何?知りたい?」
「っぇ」
目を細めて、こちらの顔を覗き込んでくるキルアに、思わず短く声が漏れた。
「キルア!シオ!」
「ゴン!」
タイミングよく声がかかった。そこには、豚を持ったゴンとレオリオ、クラピカ達だった。
合流し、お互いの豚を見せ合う。
クラピカやレオリオが、しみじみと私の豚を見てきた。ハンマーヘッドの後ろの部分にある、大きなへこみを見て、クラピカが声をかけてきた。
「見事な一撃の跡だな……。これはシオが?それとも……」
「あ、オレ手ぇ貸してないよ」
「ちょっと、頑張りました」
「なるほど。人は見かけによらないというものだな」
「おい!クラピカてめぇ」
「褒めているのだよ!」
だが言葉を選べ!とレオリオに口を挟まれているクラピカ。殺伐とした、ハンター試験だったのに、なんだか、ここだけ平和で平和で、可笑しくて。
豚に押しつぶされた受験者もいるのに。
何も状況は変わっていないのに、彼らの雰囲気に飲み込まれている。
「あはは、もう、豚、焼けましたよ。いきましょう」
豚の丸焼き、70頭完食。
料理審査、70名通過──。
できることなら、ぜひ彼らと、一緒にハンターを目指したいな。
fin