凡人の遥かなる夢
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ヌメーレ湿原が「詐欺師の塒」と呼ばれている所以を、サトツさんは説明してくれた。
ここに生息している生き物たちは、ありとあらゆる方法で獲物を欺き、捕食しようとするらしい。標的を騙して買い物にする生物たちの生態系だと。
「騙されることのないよう注意深く、しっかりと私のあとをついて来てください」
だまされるなよ、と釘を刺され、受験生に緊張が走る。
なによりも、試験会場からここまでの、あの距離をあのスピードでサッサッと歩いていったくせに、汗ひとつかかず、息さえ乱れていない、バケモノのような試験官の注意だ。
聞かなきゃ死が待っているだろう。と、誰のものでもない、唾液をゴクリと飲み込む音がした。
「ウソだ!!そいつはウソをついている!!」
「!?」
受験生が落ち着く間も無く、怒鳴り声が響いた。化け物並の試験管、サトツさんに向けて「そいつはウソをついている」と。
馬鹿げてる。
試験会場の最初に現れたのはサトツさんだし、人数も場所完璧に把握してるサトツさんが偽物なわけがない。
そんなことを考えていると、その男は引き立っていた猿をこちらに投げてきた。
「そいつはここに生息する人面猿!!」
その猿は確かにサトツさんの髪型を真似ており、ひょろひょろとしている。うんたらかんたら、ぐだぐだと、その猿について語る、サトツさんを偽物だと言う男。
「ライセンスカードはそいつに取られたんだ!俺が本物の試験管 だッ………」
阿呆らしい、さっさと先に進もうとサトツさんの方をみた瞬間だった。何かが、飛んできた。そして同時に後ろの方で、ザシュッと刺さる音がした。
チラリと視線を向けると、トランプがあの偽物の男の顔に突き刺さっているではないか。普通の紙製のトランプであるのになぜ人の顔をあんなに簡単にさっくり、と疑問に思った。
「くっく♠ なるほどなるほど」
ゾクリと背筋が凍った。下でのあの騒ぎを起こした、あのピエロではないか。ということは、このトランプ投げたのはあのピエロ…?
サトツさんはあのトランプを見事にキャッチしており、対する偽物の男は顔面にトランプを受け、命を落としていた。そして死んだふりをしていたあの猿が逃げようとした瞬間、その猿の方を見ることなく、トランプをひとふり。
あの猿は、一瞬で生き絶えた。
「これで決定♣ そっちが本物だね♦」
なにこの次元。
わたし、生きていける自信ない。
なにやら、ピエロがハンター試験の試験管について解説しているが、頭に入ってこなかった。それよりも、あのピエロのレベルの高さ、技術、強さに圧倒され、手足がふるふると震えだした。
「そうだ、シオも一緒に行く?」
ヒソヒソ、と声をかけてきたのは、ゴンだった。突然のことに、ぽかんとした表情になる。
「え……」
「やめとこうぜゴン。多分、ついてこれない」
何かを言いかけたゴンに、キルアはじっと私を見つめてきた。その視線を追って、ゴンも私を見る。そして何かを察したかのように、あ、と声をもらした。
「シオ……、それ、」
キルアの言っている意味を理解する。きっと、彼に悪気はない。ただ単に、あの距離でもう既に足がもつれていて、精神が弱くなっているし、何よりあのピエロに"恐怖"しているのが伝わったのだろう。
かたかたと震えが止まらない私を見て、ゴンは、キルアは何を思ったのだろう。
「……ん、お姉さんはゆっくり後ろを付いていくよ」
「そっか、」
ギャアギャアとハゲワシのような生き物に、死んだ後もなお食べ殺されていく偽物の男を視界に入れながら、手を握った。
「それではまいりましょうか。二次試験会場へ」
湿原に潜む生物の気配を感じながら、詐欺師の塒へと足を踏み入れた。ちらちらと心配そうにこちらを伺うゴンに、早く前に行こうとゴンを急かすキルア。
そんな二人の背中を見送りながら大きく息を吸って、吐き出した。
こんなところで、立ち止まってはいけない。怖くても、少しずつ前へ、前へ進めばいつかはゴールが見えてくるはずだ。
踏み入れた第一歩目は、重く、そしてぬかるんでいた。
ハッハッハ、と短い呼吸。ビチャッと足が水場に埋もれる音。そして、ギャアアアアとあちらこちらで響く、断末魔。
これは終わったかもしれないと、悟りを開く。
マラソンが再開されて、すぐに霧に視界が支配された。うっすらだったものはどんどんと濃くなっていき、今ではサトツさんはおろか、先頭集団など見えやしない。
自分がちゃんと正しい方向に走っているのか、そもそもまっすぐ進めているのかも怪しい。
「っあ!?」
そんな時だった。つんっと何かに躓いたのは。ズサァッと派手に転び、少々苛立ちを覚えながらその原因となった物体に目を向ける。
「ッ、なに、これ」
思わず口元に手を抑えた。そして、察する。自分は完全にはぐれていることを。そして、霧に乗じて、あの殺人美学が、暴れていることを。一枚のトランプが物体の体に突き刺さっていて、かつ、血があまり出ていない。急所を一撃でやられている。
ナンバープレートには、70とある。受験者の一人だ。そして周りを見て絶句した。周りは、死体だらけだった。もう気がおかしくなりそう。
「ッ、どうか安らかに」
一度手を合わせて、とりあえず70のナンバープレートと、その他周りにあるプレートを自分のブラウスの左胸のポケットに入れ、ぬかるんだ地面を蹴り、先を目指した。
そして見えてきたのは……。
「全員不合格。残るは君たち三人だけだね♡ ……おや、四人かな♠」
ピエロの背中と、階段でスパートをかけていた半裸の男と、その背中を追いかけていった、金髪の……美人さん。そして、帽子が特徴的な男。
うそだろ、最悪だ。そしてもっと最悪なことに、三人が作戦をたて、なんとか伝えようと私にも目線でサインをしてくるが、まったくわからない。首をコクコクと動かし、なにやらタイミングを図っているようにもみえるが、一体何を伝えたいというのだ。
「さて…、君からイクかい?」
ユラユラと方向を変えながら、にたりと目を細めるピエロ。その言葉と同時に、向かい側にいた三人が各方向に散っていった。
嘘だろぉおおおお逃げるのかよおおおおお、さっきの首の動きは逃げるのサインかよおおお、分かるわけないだろおおお!と、心の中で全力でツッコミを入れる。
「なるほど、いい判断だ♣……で、君は逃げないのかい♦」
「ッ逃げ遅れただけよ、」
「いいねぇ、素直な子は好きだよ♠」
もうこの際どうにでもなれ。
カバンにしまっていたシルバーフォークをいくつか取り出し、構えれば彼は、にこぉと妖艶な笑みを浮かべ、そして彼の凶器、トランプを構えた。
「クック、君はどっちかな♦」
どっち?ってなんだ、と思う暇もなく、ピッとトランプが頬を切った。そして生ぬるい液体が頬を伝う。そしてぽたりと地面に血が落ちると同時に、ピエロが前へ、そして私が後ろへと飛んだ。どうしよう、あのピエロ、本気で殺しに来てる。
どうしようどうしよう、死ぬかもしれない。なんとかしなきゃ、あの三人は逃げきれた?なんとか追いついた?ピエロ今度はどこから仕掛けてくる?
サクサクサクと、とてつもないスピードで自分がいた場所がトランプだらけになっていく。靴にかすったり、カバンをかすったり。
どれも、間一髪である。
「アーッハッハハァ♡ いいねぇ君……いいよ♠」
ぐるぐると思考回路がめぐるも、考えなどまとまらずにいると、左手に握っていたキィンッとシルバーフォークがトランプによって飛んでいく。「しまった」と思い、反射的にピエロから視線をそらした瞬間、トスっと何かに撃ち抜かれた。
視線を下に落とすと、ナンバープレートにトランプが刺さっていた。その勢いに、体がそのまま後ろへと倒れる。
「でも残念♦」
残念と言いながらも、笑みを崩さないピエロに恐怖を覚えながらも、少し、ほんの少しだけ、スリルがあって、ゾクゾクした、なんて。
「サヨナラ♠」
そして最後に、残念と言いながらトランプをパラパラと捨てたピエロに、背中を見せたピエロに、私は自然と笑みがこぼれた。
ありがとう、最後まで油断してくれて。
ちょうどさっき投げたフォークが、彼の足に届いてる頃だろうかな。痛みがいつまでもやってこないまま、静かに、目を閉じた。
ふわふわしていて、気持ちい。
これがアドレナリン効果なのかな。
なんて思いながら、意識がどこかへと飛んで行った。
fin