トリップ/友情より/アニメ沿い/オリジナル/落ち未定
1期連載
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夏未が譲ってくれた秘伝書には、こう書いてあった。『一人がびよーん!そしてもう一人がばーん!くるっとズババーン!!』
これぞ「イナズマ落とし」と。
「……」
「……」
沈黙がその場を制した。効果音ばかりで、何を表現しているのか分からず頭を抱える。円堂のおじいさんが語る「イナズマ落とし」がどんな技なのか、まったくイメージが沸かないのだ。字も汚いし、挿絵と思われる棒人間も、動きが全く分からない。とにかく、不明点が多すぎる。
「くるっとずばばーん?」
「うおおい!何してんだよ苗字!危ないだろうがッ!」
「染岡ごめん!こんな感じなのかぁって思ってやっちゃった。うーん、でも違うなって、ずばばーん?ってなに?」
「さぁ、僕に聞かれてもさっぱりだよ。染岡落ち着いて」
突然に蹴られたボールを受け止めた染岡は、続けて怪我したらどうしてくれるんだと言う。そんな彼を落ち着かせながら、マックスが軽く笑いながら、僕もお手上げだよと肩を竦めている。
「ったく、少しは周り見てから蹴ろ!」
「ん、ごめんね染岡」
今私がやったのはこうだ。
ボールを高く高く蹴り上げて、落ちてくる瞬間狙って回し蹴り。これが私にとってのくるっとズババーンのつもりだった。しかしそれでは、ボールの軌道がよく掴めない事態となり、蹴ったボールは染岡目掛けて飛んでいった。
「今のはくるっとずばばーんというか、ぐるりんぱって感じかな…?」
「ぐるりんぱってなんだよ」
「秘伝書リスペクトしてみた」
「勘弁してくれ」
イナズマ落としとはどういう技なのだろうか。この効果音はなにを表しているのか、みんなはどう思うのか、意見を交換している時だった。
「おーいみんな!イナズマ落としの意味がわかったぞ!」
円堂が明るい表情を浮かべながらみんなを集めるよう、声が響き渡った。
「まさかイナズマ落としがオーバーヘッドキックだったなんて…」
「2人技で、上から落とし込むシュートか。こりゃすげぇ技になりそうだな」
「ほんとにね!」
ーーこれが私たちが解釈したイナズマ落とし。自分たちなりに考えた、それぞれの役割に合わせた練習が始まる。
身体能力の高い野生中を前に、豪炎寺と壁山は必殺技の特訓中であった。その名もイナズマ落とし。高い位置からのシュートが鍵となるため、2人が同時にジャンプし、1人を踏み台にしてさらに上に飛ぶという特訓をしていた2人。
が、しかし。いざ、合わせるとなった時だった。
「ひぃぃいいっ!」
壁山の悲鳴に、特訓は一時中断され、がたがたと震える壁山に誰もがどうしたんだと問いかける。
「え、高い所がだめ…?」
青ざめた顔でこくりと頷く壁山に、練習が嫌だからとか、そういう理由ではないことを確信する。そう、壁山が実は、極度の高所恐怖症だということが発覚してしまったのだ。
一歩近づいたかと思えたが、また一歩下がってしまった。ならば高さを克服できない壁山を前に、いざ、克服するための特訓開始、というわけだ。
ここからは、今からのおはなし。
「あーい、まっすぐ歩いてねー壁山」
「め、目隠し必要ッスか?」
「ふっふっふー…もちのろんさ!」
「もちのろんって、せ、先輩古いッス」
壁山に目隠しをし、紐を持たせて誘導する。イメージとしては犬の散歩だ。壁山を連れて前を歩く姿を見ると、なんだか危ないプレイをしていると勘違いしてしまいそう。
「他に方法はなかったのか?」
「壁山が逃げない様にするにはあれがベストかな、と」
「なんかちょっと見てはいけないものを見ている気がする」
アレってちょっとイケナイことなのでは、と半田と風丸が若干は引きながら物申す。そりゃああんな公開羞恥プレイ、できることなら避けたいだろう。お年頃だし、嫌なものは嫌だものと自己完結する。
そんなわけで、私が壁山を声で誘導しながら、目的地へと向かった。水泳部のジャンプ台まで壁山を無事連行するという任務遂行中。
ギシギシと軋む音に、視界を奪われている壁山は時々上ずった声を出す。やれやれ、ほんとうに誤解をうむなぁ。「ひっ」とか「うっ」と短く悲鳴をあげる壁山に、だいじょうぶ!あと少し!と声をかけかけながらようやく目的地へと辿りついた。
ひゅうひゅうと風になびかれ、下を見下ろすと、円堂と秋が心配そうにこちらを見つめていた。壁山をプールの飛込み台の前の方まで連れて行き、プールサイドにいる円堂たちとアイコンタクトをとって、OKのサインを出す。
「目隠しをとれ!壁山!」
円堂の声に、壁山が恐る恐る目隠しを取った。少し間が空いて、彼は現状を把握する。視界が開けた壁山は、自分がどこにいるのか把握した瞬間に顔から色が抜けた。
「ななな、なんでこんなところにいるんッスかぁぁあ!」
壁山は、うわぁぁあと叫び声をあげると、とっさにしゃがみ込んでしまった。勢いよくしゃがみ込んだため、バネがきいた飛込み台は、ユサユサと上下に揺れる。足場が崩れたところで、彼は持っていた紐を自分の方に引き寄せてしまった。
「ちょっ壁山!落ち着いて!」
プールの飛込み台は安定していないし、体が突然のスリップに耐えられるわけがなかった。
ツルッ
と、やけに可愛いらしい音が響く。
「「え」」
壁山の重みに加えて、私の衝撃により、勢いよくビヨヨーンと飛込み台に弾き飛ばされる。足場がなくなるフッとした感覚にぞっとした。
「「ぎゃああああ!」」
足場がないのだから、自分の体重の重さにより、ぐんぐんと下へ落下していく。そうして私も壁山とともにプールへまっさかさまにダイブだ。怖いとかそう思う前に、絶叫した。
「苗字ーー!」
バッシャーンと激しい水飛沫をあげながら、一気に塩素の香りに包まれた。ぐぐもった聴覚からでも、明るく、芯のある円堂の声はちゃんとプールの底まで届いたよ。ごぼごぼとユニフォームが音を立てて水分を吸収していく。
ああ、最悪だ。
絶対このプール、ミトコンドリアとか、その他の微生物たくさんいるよ。とか思いつつ、ぎゅっと目を閉じていた。
「ごほっ、!………、うへ変な味がする」
「大丈夫か苗字⁉︎」
口の中に入ったプールの味や、プール特有の鼻の痛みに鼻をつまんだ。顔をしかめずにはいられない。
「す、す、すっすみませんッスうううう!」
勢いよく謝罪を入れる壁山に、円堂や秋までもが名前の顔色をうかがう。完全に彼女はどばっちりだ。当の本人はというと、濡れてしまったユニフォームを、雑巾のように絞っていた。力を入れてねじるたびに、びちゃびちゃびちゃと音を立てて水が落ちていく。
「壁山はへーき?」
ビクビクと様子を伺う壁山を見て、彼女はゆっくりと視線を合わせた。
「ははは、ハイッス!」
「ん、ならいい!」
にかっと歯を見せて笑う名前に、壁山は胸をなでおろす。髪の毛から滴る水を軽くタオルで拭いた彼女は、そのまま水分を飛ばすことなく、タオルを肩にかけた。見かねた秋が、新しいタオルを持ってきて、髪の毛を少しだけ掬った。
「もう、名前ちゃんってば。ちゃんと拭かないと風邪引いちゃうわ」
「ふへへっ、はーい」
秋の優しさに、つい笑顔になる。秋から渡された新しいふかふかのタオルで、言われた通りに髪の毛をふく。別に、壁山が心配しているように、怒っているわけではない。ただ、ユニホームがびっしょびしょになり、気分は最悪なだけだ。つまりはこうだ。怒っているわけじゃないか、気分は非常によくない。
水気を帯びたユニフォームが自分の素肌に纏わりついてくる感覚が気持ち悪い。小さく「はぁ」とため息をつくと、それが壁山には聞こえてしまったようで、びくりと肩を揺らした。
「ひぃぃぃぃ…!本当にすみませんッス苗字先輩!」
「大丈夫ちょっと目隠しはやりすぎたかもね、こっちこそごめんね。さて、着替えたら次行こうか壁山」
「はいっす!、え、」
「いい返事。円堂、次のプランお願い」
「お、おう!」
咄嗟に返事をしてしまった壁山は更に顔を青くする。思わず言ってしまった、と。
「うう、ユニフォーム気持ち悪い」
「部室に予備のユニフォームあるから名前ちゃんは部室で着替えるといいかも!」
「予備のユニフォーム!?ありがたい!」
「ついて行こうか?」
「んーん。1人でだいじょぶ。2人とも壁山のことよろしくね」
「おう!任せとけ!」
円堂と秋にそう伝え、一人部室へと引き返すことになった名前。彼女が去ったあとには小さな水たまりができていて、秋や円堂は苦笑いをこぼした。
その水の中に、うっすらと見える赤い色なんて、彼らには見えなかったようだが──。
きゅっきゅっと靴が音をならし、風が濡れた体を冷やす。早く着替えたい。その気持ちでいっぱいだった。ようやく辿りついた、サッカー部の看板が立て付けられた部室。勢い良く部室の扉を開けた。すると、視線が一気に名前に集まるが、次の瞬間にはギョッとした顔へと変わった。
「うわっ!お、おま、!円堂達と何してきたんだよ!」
「何って…壁山の特訓」
「まさか飛込んだんじゃ…」
「あはは2人仲良くじゃーんぷ」
手を使って、弧を描いて下へ落ちていく様を表現すれば皆が息をのんだ。
「ま、まじか…、」
鬱陶しそうに濡れた髪の毛をタオルで荒っぽく拭きながら、部室のロッカーを開ける。ザワザワと騒がしくなってはいるが、だれも冷やかしの声をあげるものはいない。
というか、できなかった。
なぜなら、彼女の雰囲気がそうさせていた。いつものおちゃらけた雰囲気ではなく、少し落ち着いていて、……うまく説明できないが、なんとも声をかけにくかった。微妙な空気のなか、名前はロッカーを開けてユニフォームを手に取った。
「そろそろ休憩おわりだな、お前ら一旦でるぞ」
「そっ、そうだな!」
染岡の言葉に続いてみんながぞろぞろと出て行く。染岡の心遣いに感謝だ。ちらりと染岡を盗み見すれば、耳をほんのりと赤くして、こちらを一切見ないようにしていた。不器用のくせに優しい、と思うと、すっと重かった気持ちが軽くなり、笑みがこぼれる。
「優しいなあ」
さすが私のオカンだと思う。濡れてしまったキャミソールを脱ぎ、学校指定のジャージの白いシャツを着る。さらにその上から予備のユニフォームに袖を通した。濡れてない服になっただけで、だいぶ気分が良い。ちょうど着替え終わったころだろうか、ガラガラと部室の扉が開く。
「名前」
「あれ、豪炎寺、どしたの」
豪炎寺が部室に戻ってきた。何か忘れ物をしたのだろうかと不思議に思ったが、彼は悠然とこちらに歩み寄ってくる。隣に来ると、小慣れた動作で私の肩にかけてあるタオルをスルリと奪った。
「わっぷ」
「もう少し水分を飛ばした方がいい。試合前に風邪を引く」
そう言って、ぐしぐしぐしと髪の毛が豪炎寺によって拭かれていた。んんん?ちょっとまてまて、何が起こっているのだ?と混乱する。
「んんんん⁉︎豪炎寺、?あの、」
「…………」
「えっ無視!?」
状況を理解した名前はカッと顔を真っ赤にして、「ぎゃああ!」と声をあげながら抵抗した。そんな抵抗も虚しく、自分の腕の中にいる名前を見て、豪炎寺はフッと笑みを浮かべる。
「少し大人しくしていろ」
「い、いや!その!!え!?」
豪炎寺は空いている片方の手で名前の頭に触れ、自分の胸に預けさせる。
ぽすっと音がして、豪炎寺の腕が頭を包み、抱きしめられているような、そんな体勢に赤面する。豪炎寺いい匂いするんですが。なんだかプールの臭いがする自分が恥ずかしくなった。やがて私は、豪炎寺の腕の中で、抵抗をやめて、体重を預けるような態勢になって、大人しくなった。
そんな私を見て、豪炎寺はクスリと笑う。
「抵抗はやめたのか?」
「………ん、いいかなって。豪炎寺お兄ちゃんみたい」
「フッ、俺にこんな大きな妹はいないがな」
「おにーちゃーん」
「……なんだ」
結局乗ってくれるのねと笑えば、豪炎寺も笑ってくれた。なんだかこうして髪の毛を拭いてもらうのなんてなかなかなかったものだから、安心してしまった。
「なんかありがとう豪炎寺」
「お前、怪我の調子はどうなんだ」
「ん?怪我ってなんのーー」
豪炎寺が何かを問いかけたとき、ガラガラと部室の扉がタイミングよく開き、外から見慣れた顔がひょっこりのぞきこんできた。
「そろそろ入ってもいい?お二人さん」
にやにやと笑うマックス、ときゃーと顔を赤くしている春奈ちゃんや、口をパクパクを開いている風丸たちがいた。みんなの反応に、とっさに豪炎寺を見つめると彼もこちらを見た。何だかおかしくて、ついつい二人して笑ってしまった。みんなが部室に戻ってくる前に、豪炎寺が何か言いかけたが、結局聞くことはできなかった。
「戻ってくるのが早かったな」
「んん、邪魔したくはなかったんだけどね。壁山が戻ったから、中間発表だってさ」
ニヤニヤ、と笑うマックス。その後すぐに円堂が部室に戻ってきたが、顔は苦笑いのまま。そうして横に振られる、首。
「ってことは」
「しょ、初歩段階から始めることに、」
「まじか」
「ま、まじだ」
そう、壁山の苦手克服は結局全て失敗に終わったらしい。それすなわち、もう人間の手で人工的に作るくらいの高さを試すしかない、ということだ。
「80cmクリアだね」
壁山は今、重ね重ねたドラム缶の上でガタガタと震えている。やっとの所でクリアがこれだ。もう皆は呆れ半分。たった80cmか、と、壁山の恐怖症の深刻さを思い知った。だが、野生中との試合では、得点するためのシュートが必要不可欠である。我々の技が効かないのであれば、勝ち目がないのだ。
「お、俺もう少し頑張ってみるッス」
壁山の意気込みに、答えるように乗っていたドラム缶が崩れた。それを引き金に、我々も特訓の続きだと腰をあげる。
「さて我々も、」
「壁山に負けてらんないな。おっしゃ!特訓しますか!」
さあさあ、壁山だけでなく、私たちも個人練習のスタートだ。
「いけ半田ー!」
「うおおおお!」
「かっこいいぞ染岡!」
ジグザグにコーンを設置し、ドリブルしながら、その先にいる、私に奪われたら負け。負けたらジュース一本奢る!という特訓を染岡と半田と私で実施中であるが。
「うっらぁ!」
「おっと、」
「お前!またヒールリフトっ、」
「えへん、練習しました。」
2人ともいい顔をして走っていると思う。何か目標を設定して物事に取り組むことの大切さをここから学ぶ。にこりと、口元が緩んだ。その瞬間、気がつけば前後に染岡と半田にはさまれていた。
「え、まさかの連携!?」
「2人いるのに協力しねぇわけねーよ」
「よし!染岡ー」
「おらよ!半田!」
まさかまさかの半田と染岡の連携に、私のボールはあっけなく奪われた。地面にひざをついてうなだれる私に、二人は満足そうに腰に手を当てて立っていて。
「この場合って……、」
ボールを足でしっかりと地面に押し付けた染岡は半田とハイタッチを交わす。そして愕然とする私をみて染岡はニヤリと笑った。
「俺たち2人におごりだな」
「いやああああああ!」
そんなこんなで、今日も時間がすぎてゆく。
今日は試合前日だというのに、イナズマ落としができたという報告はないまま、終わりを告げた。
((ゴチになるぜ))
(はいはい………、)
「先輩すごくサッカー上手くなりましたよね」
「お!ほんとかい少林寺君!」
「俺もそう思います。なんていうかこう、染岡さんのパワフルさと半田さんのドリブルの感じが混ざってるというかなんというか!」
「様になってるでヤンス!」
「えへへ後輩くんに褒められるのうれしいな」
バスでの移動中、私は広いところが良かったので、一番後ろの席に、一年生たちに混じって座らせてもらっている。するとどうだろう、試合前というのにすっかり話しに花が咲いてしまった。話題は私のサッカースキルについて。経験者の後輩君にほめられるなんてうれしいやと言えば、彼らは照れくさそうに頬や鼻を掻いた。
初心者だった頃に帝国と戦ったからか、体がだいぶサッカーに馴染んできたと自分ながらに思う。
「みんなー!まもなく野生中よ」
そんなこんなで会話に話を咲かせていたら、今日の目的地にたどり着いた。
バスを降りて、サワサワと風に揺られ、ぽかんと周りを見渡す。そこには、木が青々しく茂っていて、謎の鳥が鳴いているジャングルのような場所だった。
そこが今日の試合場所である野生中だ、が。
「今日って…試合であってる?」
「た、多分?」
「ここで間違ってないよなぁ」
ついつい疑ってしまうほどの自然だった。こんな自然の中に果たしてグランドはあるのだろうかと疑問に思ってしまうほど。ふと、視線を落とせばジャングルの中に似合わない一台の高級車が佇む。黒く光る車体が、その存在感を一層強くした。
そこに佇んでいるのは、赤髪の…
「なっちゃん!」
「あ、おい!?」
一瞬にして名前は、その車の方へと走っていく。
「…早」
風丸が手を伸ばしたらもう姿はなかった。一部始終を見ていた、風丸を初めとする半田や染岡達は、呆然と、理事長の娘に対してなんの配慮もなしに飛びつく名前を見ていた。
沈黙が彼らの間を支配するが、誰もが無意識のうちに彼女の背中を目で追っていた。そんなときに、ぽつりと一人、彼女の様子を見て口を開くものがいた。
「苗字ってさ、変わってるよね」
「まぁ、」
マックスの一言に、「確かに」と半田が思わず零す。否定の声は上がらなかった。それもそのはずだ。なんたって、あの円堂でさえ頭があがらない理事長の娘を、なっちゃん呼ばわり。しかも円堂によれば彼女は初対面のときから理事長室にいたとかなんとか。
「ま、僕たち彼女のことなーーんにも知らないんだけどね」
「それも確かに…!」
「半田それしかいえないの」
「や!だって!正論だし、」
そう、彼らは彼女のことをなーーんにも、知らないのだ。それは人間性だとか、名前だとか、性格だとか、そういう話ではなく。もっと単純かつ、簡単に分かるはずのことでさえ。
「そういえば学年すら知らないんだな、俺たち」
「まぁ、知らなくても問題はねーけどよ、」
そう、何日も一緒にいるのにクラスさえしらないのだから。
「謎だよな、」
染岡の言葉に皆がうなずいた。
彼女の制服はイレギュラーカラーの、あの理事長の娘と同じ、赤い色のリボンとスカートだ。 そこで、実はあいつは理事長となんらかの関係のある人なのか?と思った人が何人かいた。やはり、その存在を一言で言うのなら、彼女は「謎」なのだ。
「ま、あいつは変人だな」
「僕も異議なし」
「変人に落ち着くか、普通!ぶっふぅ!」
「あ、半田先輩吹いた」
そんな会話されてたなんて名前はまったく考えず、呑気に、理事長の娘こと、雷門夏未、なっちゃんとの会話に花を咲かせていた。
──時だった。
「これが車コケ!?」
「!? 」
キィーっという声と同時に、ばったんばったんと騒音が響く。思わず振り返ると、なっちゃんの車の上に乗っていたり、ボンネットの上で飛び跳ねていたりする、中学生達がいた。その生徒の特徴は一言で言うなれば野生的。
長い舌で車体を舐めているのを見たときにはなっちゃんと一緒に「ひっ」と顔を引きつらせた。ちょっとした騒動に、雷門イレブンもこちらに集まった。
「あ、みんなごめん。勝手に離れちゃってた」
「まったくだ」
「いでっ」
「個人プレイはだめだぞー」
「あ、あだっは、半田まで!」
風丸がため息をつきながら、チョップを。よろけた私を半田がひじで腹部を突いた。
「水前寺どうしたコケ?」
すると、内1人がスンスンと鼻をヒクヒクさせて、動きを止めた。何事だろうかと、雷門イレブンは彼を見る。まるでチーターのような鋭い眼光、鼻の形、髪型をした彼は、バッと勢いよく名前を見た。
「ッ!」
「お前……」
そしてまさに閃光のごとく。瞬時に、その距離を詰めてきた。突然目の前に、肉食動物のような目をした人が現れ、声も出せず、ひたすらにびっくりする。ドクンと心臓が音をたてた。スンスンと彼の鼻は相変わらず動いている。
なんなんだ、いったい。
「おい!名前になにしやがる!」
ザワつくギャラリーを気にもせず、今目の前にいる彼はニンマリと笑うと、距離を縮めてきて、耳元でぼそりと呟いた。誰にも聞こえないような、小さな小さな声で。
ぼそりと。
「お前、血の匂いがするな」
反射的に、腹部を押さえてしまった自分がいた。それだけ言うと彼は満足そうに、踵を返し、自分のチームメイトの元へ戻っていった。初対面の選手と、異例の距離感だったため、数名が動揺している。
「大丈夫か?苗字」
「あ、えっと、い、一応、なんか、匂いかがれた」
「は!?た、ったく、突然なんだよ、あいつ」
「……、」
匂いを嗅ぐ行為なんて、している姿をまさか見ることになろうとは。思いもしない回答に、照れていた染岡へ、適当に「ほんとねー」と相槌を打ちながら、チッと内心舌打ちする。匂いをかがれたことは問題ではない。いや、問題ではあるが、それよりも、さっきのあいつ、気づきやがった。
ドクンドクンと心臓が飛び跳ねている。痛くないはずの傷が脈立ち、熱を帯びてるかのように、自分にその傷の存在感をアピールしてくるではないか。みんなには、気づかれたくない。いや、気づかせない。
「あの俊派力すげえな」
「んねー」
半田や染岡にそれとなく返事を返しながら、笑顔を作って隠した。
「のせ、中ね」
その文字にふさわしい、鋭い感性をお持ちだと皮肉を心で吐いた。
まぁ、そんなこんなで。なんとかその場は収まり、それぞれの選手が用意されたベンチへと案内される。周りの観客たちは、そのほとんどが野生中の生徒たちだ。いわゆる、アウェイでの試合。応援の声援は一つも聞こえない。
そんな中での試合に、少なからず緊張が走る。
準備運動を終えて、みんながゴクリと息をのみ、フィールドに立つ。すると、準備が整ったのか、向こう側のキャプテンが、仲間内に向かって何かを叫んだ。
「おかし食べ放題だコケーッ!」
「食べ放題!?」
「お前が反応するな!」
「食べ放題」と聞いた選手たちは目の色を変えて、雄たけびをあげた。そんな彼らを見て、驚いているのか、呆れているのか分からない声色で半田が言う。
「なんか、野生的な生徒が多そうだな、今回の相手」
間違いない。彼らを一言で表現するならば、まさに野生だ。
「俺たちあいつらと戦うのかぁ」
「そーよ、がんばってね」
「そっか。地区予選、公式戦だから出れないんだっけか、」
試合に出れない旨伝えると、微妙な顔をする彼ら。いやいや、辛気臭い顔しないで、とぱんと軽めに背中を押せば、半田はフィールドに向かって走っていった。彼の背中を見送り、自分はベンチへと座る。
夏未が不思議そうにこちらを見ていたので笑顔を向ければ奇怪そうな顔をされた。その一連を、なっちゃんのとなりでこちらを伺っている土門も見ていた、なんて。普通に気づいた。
『さぁ、雷門中からのキックオフです!』
「角間くん今日もいる…、」
『雷門イレブンあるところに角間ありですから!』
「そうなの…」
あははと笑う秋と一緒に、自分も笑う。彼の実況は分かりやすいし、アウェイの中でも彼の実況は雷門サイドからしてくれるので、少しだけ心強いと感じた。
ピーっとホイッスルが鳴り、試合が始まる。
さっそく雷門側にチャンスが到来し、ボールを豪炎寺までつなぐことができた。幸運なことに、彼はノーマーク。安定した走りで敵からボールを守りきり、シュート体勢に入る。その瞬間だったのだ。
「なっ、」
「っと、」
「飛んだ……⁉」
ざわり、とフィールドがざわつく。野生中のキャプテンの彼の、あのジャンプ力は一体何なんだ…?いつまで経っても、豪炎寺から「ファイアトルネード」が打ち込まれることはなく、豪炎寺と同じ高さまで、いや、それ以上の高さで回り込んだ彼に、ボールは空中で奪われた。
『空中戦では、帝国をも凌ぐ。』
豪炎寺が言った言葉を思い出した。そうして、完全に攻撃体勢に入っていた雷門は、予想外の相手の反撃に対抗できず、やすやすとゴールのチャンスを与えてしまう。しかし、そこは円堂の熱血パンチで防ぐことができた。
「"ファイアトルネード"ダメだったか…」
一つ、必殺技が削られた。
そうして、次の展開で、染岡にボールを渡すことに成功。そして彼が「ドラゴンクラッシュ」の体勢に入る。染岡のシュートは、空中ではないから、途中の妨害はない、と信じて。
「ッ!?」
その瞬間の出来事だった。
地上の守備を担当している選手がボールごと染岡を吹っ飛ばしたのは。衝撃音のあとに、立ち込めた砂煙りに思わず、顔をしかめる。
キャア、と悲鳴がベンチであがる。
「監督!タイムを!!」
「染岡…っ!」
「おっとっと、俺らは行けないぜ。マネージャーに任せよう」
「っ、土門…、そ、そう、だね。ありがとう」
「いいってことよ」
土門に止められて、正気に戻る。染岡は無事だろうか。
不安げにフィールドに視線を戻すと、そこには苦痛に顔を歪める仲間の顔がそこにはあった。思わず駆け寄りそうになるが、そこは土門によって止められる。冷静さを失い、基礎的なことを忘れそうになっていた。
不安げに遠くから染岡を見つめるが、彼が起き上がることはない。足を押さえたまま、痛みに顔をしかめている。染岡が負傷してしまったのは一目瞭然だった。
「選手交代だ!」
「ちくっしょ、悪ぃ、円堂、みんな」
「任せろ!全力でお前の分までカバーしてやる!!」
「染岡、無理しないで」
「ああ、任せたぞ。土門、みんな」
染岡の交代で、土門がフィールドに入る。ああ、私は、この舞台では、戦えないのか。何を自惚れていたのだろう、今回も、私が、なんて。
染岡がベンチに運ばれ、隣で怪我の様子を見る。普通に座っているのでも辛そうであった。なんてことだ、染岡の大事な足が。万が一があったらどうしてくれるんだと腸が煮えくり返る。
「豪炎寺、試合が再開したら一回攻め込めたり、する?」
「……策はあるのか」
「ない。豪炎寺のファイアトルネードが奴らに防がれるなら、きっと他の必殺技だって」
「なら一度様子を見るべきじゃないか?」
「得点を取るには、あの高さを克服しないといけない。それしかないんだもん」
「イナズマ落とし、か」
「うん、あと、単純に、染岡の恨みつらみ」
「おまえ、」
感情で動くな、と最後に諭され、頭をポンと叩かれる。
ピーッと試合再開のホイッスルが鳴り、豪炎寺が率先して敵陣に走りこむ。ボールは、豪炎寺から半田へ。半田から風丸へ、そして、豪炎寺へとつながり、前へ前へと進んでいく。
『雷門イレブンッ、試合再開と同時に敵陣へ走り込んでいくぞぉおお⁉おっとここで打つのは豪炎寺!』
「させないコケ!獅子王!」
これまでの試合運びを見ていれば、野生中は、意表を突いたぐらいでどうにかなる相手ではないことぐらい分かっている。
素晴らしい反射神経を持っていることなど、あのチーターのような選手で想定済みだ。
向かってくるDF。さっき染岡を吹っ飛ばしたDFだ。きっとこのまま、豪炎寺がシュートを打てば、先程の染岡の二の舞になる。
「お願い、豪炎寺、私のぶんまで。私の気持ちを、」
でも、でも。ここまで予想できているのに、相手の出方をうかがうためにシュートを打たないのは違うだろう。それに、私は怒っているのだ。
「ッッこんの!染岡吹っ飛ばしやがって!やっちゃえ!豪炎寺!」
「!?」
「うおお、!?なんだよ急に!」
「私!怒ってるの!仲間に、こんなことしやがって!って!」
パチクリと驚いている染岡をよそに、試合を食い入るかのように前のめりになって観戦する。
フィールドでは、豪炎寺がボールを打ち込む瞬間だった。ボールが足元に当たると同時に、何かが彼に突っ込んできている。鋭いスライティングが彼のボールを弾き飛ばす。だか、負けじとボールを追いかける豪炎寺は、まさに実力のある選手としてのプレーだ。
「お前たまに感情的になるよな……ったく」
「だって、染岡に怪我させた、」
落ち着け、とチョップを入れながら、少し照れたように「怪我、大したことねえよ」もこつんと拳を作って当ててくれる染岡に、涙が出そうになる。涙をこらえながら、フィールドに視線を移した。
そうして前半開始まもなく、一名負傷し、メンバーを入れ替えたところだった。フットボールフロンティア地区予選、初戦である野生中。今回の相手は、本格的に必殺技が通用しない相手だと悟る。
「何気に土門の初試合だな」
「そうだね。そういえば土門は前の学校で戦ったことあるっていってたね、野生中と」
「そうだったな。へ、お手並み拝見だな」
「ブッ誰目線なの染オカン」
ちょっと偉そうに言う染岡があまりにもおかしくてつい笑ってしまう。緊張感のない会話だと我ながら思った。
「なんだか、こうして普通に染岡君と話してると、怪我なんてしてないように見えるけど…」
「本当は怪我してるんですよね…」
「あなた先に病院に行ったほうがいいのではなくて?」
秋に、春奈ちゃん、そして夏未に言われて、染岡と私は思わず目線を合わせ、苦笑いをこぼす。前線には壁山と豪炎寺がいる。「イナズマ落とし」のフォーメーションを取っているのだが、壁山はまだ、恐怖を打ち勝てていない。
だからこそ、ボールが前線に渡っても、恐怖は正気を上回る。せっかくのシュートチャンスも、潰れてしまうのだ。加えて、前線に出ている豪炎寺と壁山以外の周りのみんなは、ボールを追いかけるため、フィールドを往復しているようなものだった。
いうなれば、彼らと円堂以外の選手たちはみな、相手以上に動き回るため、体力の消耗が激しかった。
「壁山と豪炎寺にパスが通っても、壁山が怖がってて、シュートチャンスは失われる、の繰り返しで、みんな、疲弊しきってる」
「おうよ。それに、相手だって待ってくれちゃいねぇよな」
そうなのだ。もちろん相手もやられっぱなしではなく、チャンスがあれば攻めてくる相手。疲れ切った雷門イレブンを振り切り、野生中は円堂に向けて打ち込む、必殺技のオンパレードだった。
「くっそ!これじゃ円堂が持たねぇぞ…!」
「っ、円堂くん…!」
シュートの嵐をずっとパンチングで防ぎ続けている円堂。一方的と言っても過言ではない試合展開に、ベンチも言葉を失う。
「、なんなのこの試合」
「そりゃ勝つ気もなくなっちまうだろ」
ピーっとホイッスルが響き、ふぅとたまった息を一気に吐き出す。少しの間息を止めて試合を見ていたようだ。
お互いに得点しないまま前半が終わりを告げる。得点しないまま、と聞くと、責められながらもすごいのではないかと思うが、雷門イレブンの体力は限界に近い。ましてや、こちらの必殺技が相手に通用しないならば、この試合展開は最悪だといえよう。
体力の限界な状態で、誰が勝つ気力が残っていようか?
しんっとした空間のベンチは、まるでお通夜だった。そんなみんなの様子を見て、円堂はニッと笑う。
「みんなすごいじゃないか!」
「どこがだよ⁉俺たちボロボロじゃないか!」
「でも!あんなすごい奴らと俺たち同点だぜ?」
「っ…!」
確かにそうだ。あんなすごい奴らに同点であるが…、となんとも言えない雰囲気がその場を制し、誰もが口を噤んだ。
「そうだね、ボロ負けってわけじゃないもんね、」
「苗字…」
「そうだよ!みんな顔を上げて堂々としようぜ!」
一人一人の顔を見て、笑顔を向ける。そんな円堂を見て、地面ばかり見ていたみんなの顔を自然と上を向き、不安げな面持ちをみせた。あそこまでモチベーションの下がっているみんなの顔を、言葉だけで上げさせる円堂の前向きさには、本当に惚れ惚れする。
「……俺をDFに戻してください」
そんな中で壁山が弱音をぽつりと吐いた。彼だけは、未だに地面を見つめている。そこには自分の靴と地面と、地面で生きている蟻しか見えないだろうに。
壁山は、自分の弱さを知っているからこその諦めと弱音だった。何度ボールをあげられても、自分の恐怖に勝てないようか自分が、できる訳がない、と嘆いているのだ。
わかるよ。
何度も、何度も期待をかけられても努力しててもできないことだってある。期待が時には苦しくて、自分なりにもがいてもどうにもできなくて、「自分には無理だ」と諦めてしまうことも。
「どうせ俺なんか最初から無理だったんす…」
「そんなことないよ」
「え、」
いつもより低いトーンで言うと壁山はびくりと身体を揺らした。恐る恐る地面から視線をずらし、私と視線がパチリと合う。
「壁山は克服しようとしてたじゃん」
「それは…、でも、」
また下を向きそうになった壁山に近づいて、そして思いっきり、壁山のほっぺたを横に引っ張った。
「せせせ先輩⁉?いいいひゃいッス‼」
「努力家の自分を褒めてやりなよ壁山!」
「ひょんなこと言われたって…!いだだだだだ!!!」
涙目になりながら、大きな体をバタバタさせる壁山。それでも力を緩めなかった。むしろ力を入れてやった。
「『俺はやってやったんだ』って、『怖いけど、成功させたくて飛んだんだ』って」
壁山は想像してたのより、優しい言葉に目を開いて自分の頬で遊んでいる名前を見た。
「ねっ?どうして、壁山は無理だと思いながらも試合で何度も飛んでくれたのかな。それは一番壁山がわかってるでしょうに!」
手短で、簡潔な言葉に、はさめる言葉はなく壁山は唖然としていた。できないことを悩むのではなく、どうしたらできるかを悩めと、多くの人は言う。簡単にそれができたら、悩む人も、失敗を怖がるひともこの世にはいない。
「そうだぞ壁山」
「キャプテン…」
「俺は、お前をDFに戻すつもりもないし、いつまでもお前にボールを出し続ける!ゴールも絶対に決めさせない!」
壁山は思う。臆病で、飛べなくて、みんなの足を引っ張ってしまっている自分が惨めでしかたないと。それでも、キャプテンは、みんなは、自分を否定してこなかった。こんなにボロボロなのはお前のせいだと言われてもおかしくなかったのに、それでもみんなは、自分を信じて試合を続けてくれるのだ。
こんなに惨めな自分を信じてくれている仲間が、いるのだ、と。
「お前ちょっと円堂に似てきたよな」
「え、まじか」
「おう。恥ずかしいセリフさらりと言えるとことかよ」
「だってみんな壁山を信じてるのに何も言わないんだもん」
「!」
「みんな照れ屋さん~~」
「っるせぇ!!試合に集中しやがれ‼」
「うぇぇえ!?突然の理不尽!」
知ってるよ。雷門イレブンは、みんな仲間思いで、優しいことを。みんな、みんなが一人のために、そしてそれがチームのためになると、本気でそう思ってることなんて。
「へへ、だから燃えるんだよね!みんなを見てると!」
「わかったわかった!とりあえずその、恥ずかしいセリフ一旦やめろ!」
「照れてやんの〜〜」
私は、この物語が好きだ。超次元サッカーと謳われ、選手を育てて、チームを作り、物語を進めていく、この話が。一人一人が魅力的なのだ、
後半、野生中の攻撃を円堂は死守する。みんなも円堂が守ったボールを、負傷しながらも壁山に上げ続けた。成功するかもわからない必殺技を信じて、ボールを上げ続けるチームがこの世にいくつあるだろうか。
それは見ている私たちよりもプレイしている本人たちが一番痛感しているはずだ。
怖くても、みんなのために飛び続けた壁山が。そんな壁山なら、きっと「イナズマ落とし」を成功させてくれると信じたみんなが、そこにはいた。
「みんなは一人のために、一人はみんなのためにって感じのチームだよね!」
「そうね、」
その言葉に、ベンチにいたマネージャ含め、否定する人はいない。満場一致でそう思うプレーをマネージャーたちはずっとみてきたのだ。
野生中の必殺シュートが円堂に向かって放たれる。円堂の手は、数多くのシュートを防ぎまくったため、腫れてしまっているし、体力も限界で、ここであのシュートが決まってしまえば、もう勝つ兆しは見えなくなってしまうという、最悪の状況であるのに、誰一人として、「諦め」がない。
そんな状態でも、きっと大丈夫だと、円堂を、壁山を、みんなを信じていられた。
全力の信頼を壁山ならどうするだろう。優しい仲間思いの雷門イレブンの一員ならば、そんなみんなを裏切ることを、一番嫌うはずだ。
壁山はきっと、みんなのために、怖さと戦うだろう。
「"ゴットハンド"‼」
きた、とベンチのボルテージが上がる。円堂は本気で勝ちにきている。ここで、どんでん返しの時間だ、と。
円堂が止めたボールを、栗松や土門、影野が相手をディフェンスしながらボールの道を作る。そして小林寺が受け、宍戸、半田、マックス、風丸。そして壁山へとボールはつながった。
もう壁山は下を見ていない。上を、ボールだけを見ている。豪炎寺が空高くボールを蹴り上げ、二人が飛ぶ。それよりも高く、野生中も飛んだ。
「これが俺の、イナズマ落としぃぃい‼」
下を見なければいい、と。
高くて怖いのなら下を見なければ怖くないと、自分なりの正解を見出した壁山。
『ゴォォオルッ‼ついに野生中のゴールを打ち破りました!豪炎寺と壁山による、新しい必殺技だぁぁあ‼』
「やりましたね‼」
「まさか自分の腹を踏み台にするとは…!壁山の奴考えたな‼」
ピーッとホイッスルがフィールド内に響く。それが指し示すのは、壁山と豪炎寺の、みんなの「イナズマ落とし」が成功したということだ。
「よっしゃああああ!」
「やった!やったよ染岡あああ!」
お互いにわしゃわしゃと頭を撫で合い、喜びあう姿はまるで子どものようだった。だが忘れちゃいけない、二人は怪我していると。
「「ぐぁああああっ!!」」
「ちょっと二人とも!」
何やってるの!という秋の怒号を聞きながらも、痛みに涙を浮かべながら染岡と喜んだ。
イナズマ落としが成功し、1点が決まる。その1点は、雷門イレブンの勝ちを表していた。
『そしてここで試合終了ーーッ‼フットボールフロンティア地区予選一回戦を突破したのは……雷門中だぁぁぁああ‼』
勝った、勝ったのだと、喜びがじんじんと体中に染み込む。挨拶を終えてみんながベンチに戻ってくる。だれもが満足そうに、そしてキラキラした笑顔で壁山を囲んでいた。
「やったね壁山!」
「やったな!!」
壁山の背中を一回叩くと壁山は照れ臭さそうに笑った。そして笑顔を見せると、円堂が壁山に対して手を上げる。
え、まさかハイタッチでもする気じゃ…
「円堂、手大丈夫なの、」
「いっでぇぇえええ」
「わぁぁあああ大丈夫っすかキャプテン!」
ですよねーーー
円堂はグローブを外し、真っ赤に腫れあがった自身の手をふーふと冷やす。そこにふと、氷水が当てられた。
「、え」
「サッカーなんかにそこまで情熱をかけるなんて……馬鹿ね」
「うぇあ!馬鹿ってなんだよ!」
「名前、病院行くわよ」
「あっ、え!?な、なんで私!?染岡じゃ…」
「あら。とぼけるつもり?私が見逃すとでも?」
「っ、」
クスリと笑うなっちゃんに、その綺麗な笑みに何も言えなくなってしまった。押し黙った私を見て、みんなは疑問を浮かべている。
「え?どういうことだよ」
「おまえ、怪我してたのか?」
「帝国との試合で負傷した、腹部の怪我か」
「「!!?」」
豪炎寺の言葉に、肯定の意味を込めて、うなずく。するとみんなが驚いた。だっていつも通り、練習に参加して、特訓してたじゃないかと…。そこまで考えて、ハッとした。そうだ、彼女はチームのために、後輩のために身体を張って、特訓を、練習を、いつもよりも倍にやっていた、と。
それなのに、公式戦には参加ができないのだ。そんなの、辛い、悔しいなんてものではないだろう。
「苗字、俺、俺たち、」
「私は、ずっと練習には参加するよ」
「!」
「試合に出れないのは、ほんっっっっとに、残念だけど!でも、それよりもみんなと一緒にサッカーをしたいから、だから、」
一緒に頑張りたいんだ。と告げた彼女の顔は、凛々しく、まさに最高学年の風貌であった。決意に満ちた、揺るがない思い。
「怪我、黙ってたのはごめん。私の不注意で、瘡蓋とれちゃったみたい」
話を逸らしたかのように、てへっと笑い、ジャージを捲る。突然の行為に、みんなは思わずその捲られた腹部に目線をやってしまった。そしてそれが、女性の腹部だと意識をすると……。
「名前あなた!!!!」
「「ーーーっ!」」
顔を真っ赤にして怒るなっちゃんに謝罪を入れる。早く行くわよ、と若干呆れ気味に先を歩くなっちゃん。その後をついていけば、我に帰ったみんなの「苗字ーー!また学校でなー!」の声が聞こえた。その声がうれしくてうれしくて。
「なに泣いてるのよ」
結局、そのあと夏未が病院まで送ってくれた。稲妻総合病院での主治医である豪炎寺先生によると、前の腹の傷が開いたわけではなく、瘡蓋がはがれたことによる出血だとのことだった。勢いよくはがれたため、塞がりかけた皮が剥がれてしまったようで。激痛は特訓にのる打撲によるものだった。今後傷口にばい菌が入らないよう、消毒をしてもらい、ガーゼをもらい、大事に至ることはありませんでしたとさ。
ちゃんちゃん。
これぞ「イナズマ落とし」と。
「……」
「……」
沈黙がその場を制した。効果音ばかりで、何を表現しているのか分からず頭を抱える。円堂のおじいさんが語る「イナズマ落とし」がどんな技なのか、まったくイメージが沸かないのだ。字も汚いし、挿絵と思われる棒人間も、動きが全く分からない。とにかく、不明点が多すぎる。
「くるっとずばばーん?」
「うおおい!何してんだよ苗字!危ないだろうがッ!」
「染岡ごめん!こんな感じなのかぁって思ってやっちゃった。うーん、でも違うなって、ずばばーん?ってなに?」
「さぁ、僕に聞かれてもさっぱりだよ。染岡落ち着いて」
突然に蹴られたボールを受け止めた染岡は、続けて怪我したらどうしてくれるんだと言う。そんな彼を落ち着かせながら、マックスが軽く笑いながら、僕もお手上げだよと肩を竦めている。
「ったく、少しは周り見てから蹴ろ!」
「ん、ごめんね染岡」
今私がやったのはこうだ。
ボールを高く高く蹴り上げて、落ちてくる瞬間狙って回し蹴り。これが私にとってのくるっとズババーンのつもりだった。しかしそれでは、ボールの軌道がよく掴めない事態となり、蹴ったボールは染岡目掛けて飛んでいった。
「今のはくるっとずばばーんというか、ぐるりんぱって感じかな…?」
「ぐるりんぱってなんだよ」
「秘伝書リスペクトしてみた」
「勘弁してくれ」
イナズマ落としとはどういう技なのだろうか。この効果音はなにを表しているのか、みんなはどう思うのか、意見を交換している時だった。
「おーいみんな!イナズマ落としの意味がわかったぞ!」
円堂が明るい表情を浮かべながらみんなを集めるよう、声が響き渡った。
「まさかイナズマ落としがオーバーヘッドキックだったなんて…」
「2人技で、上から落とし込むシュートか。こりゃすげぇ技になりそうだな」
「ほんとにね!」
ーーこれが私たちが解釈したイナズマ落とし。自分たちなりに考えた、それぞれの役割に合わせた練習が始まる。
身体能力の高い野生中を前に、豪炎寺と壁山は必殺技の特訓中であった。その名もイナズマ落とし。高い位置からのシュートが鍵となるため、2人が同時にジャンプし、1人を踏み台にしてさらに上に飛ぶという特訓をしていた2人。
が、しかし。いざ、合わせるとなった時だった。
「ひぃぃいいっ!」
壁山の悲鳴に、特訓は一時中断され、がたがたと震える壁山に誰もがどうしたんだと問いかける。
「え、高い所がだめ…?」
青ざめた顔でこくりと頷く壁山に、練習が嫌だからとか、そういう理由ではないことを確信する。そう、壁山が実は、極度の高所恐怖症だということが発覚してしまったのだ。
一歩近づいたかと思えたが、また一歩下がってしまった。ならば高さを克服できない壁山を前に、いざ、克服するための特訓開始、というわけだ。
ここからは、今からのおはなし。
「あーい、まっすぐ歩いてねー壁山」
「め、目隠し必要ッスか?」
「ふっふっふー…もちのろんさ!」
「もちのろんって、せ、先輩古いッス」
壁山に目隠しをし、紐を持たせて誘導する。イメージとしては犬の散歩だ。壁山を連れて前を歩く姿を見ると、なんだか危ないプレイをしていると勘違いしてしまいそう。
「他に方法はなかったのか?」
「壁山が逃げない様にするにはあれがベストかな、と」
「なんかちょっと見てはいけないものを見ている気がする」
アレってちょっとイケナイことなのでは、と半田と風丸が若干は引きながら物申す。そりゃああんな公開羞恥プレイ、できることなら避けたいだろう。お年頃だし、嫌なものは嫌だものと自己完結する。
そんなわけで、私が壁山を声で誘導しながら、目的地へと向かった。水泳部のジャンプ台まで壁山を無事連行するという任務遂行中。
ギシギシと軋む音に、視界を奪われている壁山は時々上ずった声を出す。やれやれ、ほんとうに誤解をうむなぁ。「ひっ」とか「うっ」と短く悲鳴をあげる壁山に、だいじょうぶ!あと少し!と声をかけかけながらようやく目的地へと辿りついた。
ひゅうひゅうと風になびかれ、下を見下ろすと、円堂と秋が心配そうにこちらを見つめていた。壁山をプールの飛込み台の前の方まで連れて行き、プールサイドにいる円堂たちとアイコンタクトをとって、OKのサインを出す。
「目隠しをとれ!壁山!」
円堂の声に、壁山が恐る恐る目隠しを取った。少し間が空いて、彼は現状を把握する。視界が開けた壁山は、自分がどこにいるのか把握した瞬間に顔から色が抜けた。
「ななな、なんでこんなところにいるんッスかぁぁあ!」
壁山は、うわぁぁあと叫び声をあげると、とっさにしゃがみ込んでしまった。勢いよくしゃがみ込んだため、バネがきいた飛込み台は、ユサユサと上下に揺れる。足場が崩れたところで、彼は持っていた紐を自分の方に引き寄せてしまった。
「ちょっ壁山!落ち着いて!」
プールの飛込み台は安定していないし、体が突然のスリップに耐えられるわけがなかった。
ツルッ
と、やけに可愛いらしい音が響く。
「「え」」
壁山の重みに加えて、私の衝撃により、勢いよくビヨヨーンと飛込み台に弾き飛ばされる。足場がなくなるフッとした感覚にぞっとした。
「「ぎゃああああ!」」
足場がないのだから、自分の体重の重さにより、ぐんぐんと下へ落下していく。そうして私も壁山とともにプールへまっさかさまにダイブだ。怖いとかそう思う前に、絶叫した。
「苗字ーー!」
バッシャーンと激しい水飛沫をあげながら、一気に塩素の香りに包まれた。ぐぐもった聴覚からでも、明るく、芯のある円堂の声はちゃんとプールの底まで届いたよ。ごぼごぼとユニフォームが音を立てて水分を吸収していく。
ああ、最悪だ。
絶対このプール、ミトコンドリアとか、その他の微生物たくさんいるよ。とか思いつつ、ぎゅっと目を閉じていた。
「ごほっ、!………、うへ変な味がする」
「大丈夫か苗字⁉︎」
口の中に入ったプールの味や、プール特有の鼻の痛みに鼻をつまんだ。顔をしかめずにはいられない。
「す、す、すっすみませんッスうううう!」
勢いよく謝罪を入れる壁山に、円堂や秋までもが名前の顔色をうかがう。完全に彼女はどばっちりだ。当の本人はというと、濡れてしまったユニフォームを、雑巾のように絞っていた。力を入れてねじるたびに、びちゃびちゃびちゃと音を立てて水が落ちていく。
「壁山はへーき?」
ビクビクと様子を伺う壁山を見て、彼女はゆっくりと視線を合わせた。
「ははは、ハイッス!」
「ん、ならいい!」
にかっと歯を見せて笑う名前に、壁山は胸をなでおろす。髪の毛から滴る水を軽くタオルで拭いた彼女は、そのまま水分を飛ばすことなく、タオルを肩にかけた。見かねた秋が、新しいタオルを持ってきて、髪の毛を少しだけ掬った。
「もう、名前ちゃんってば。ちゃんと拭かないと風邪引いちゃうわ」
「ふへへっ、はーい」
秋の優しさに、つい笑顔になる。秋から渡された新しいふかふかのタオルで、言われた通りに髪の毛をふく。別に、壁山が心配しているように、怒っているわけではない。ただ、ユニホームがびっしょびしょになり、気分は最悪なだけだ。つまりはこうだ。怒っているわけじゃないか、気分は非常によくない。
水気を帯びたユニフォームが自分の素肌に纏わりついてくる感覚が気持ち悪い。小さく「はぁ」とため息をつくと、それが壁山には聞こえてしまったようで、びくりと肩を揺らした。
「ひぃぃぃぃ…!本当にすみませんッス苗字先輩!」
「大丈夫ちょっと目隠しはやりすぎたかもね、こっちこそごめんね。さて、着替えたら次行こうか壁山」
「はいっす!、え、」
「いい返事。円堂、次のプランお願い」
「お、おう!」
咄嗟に返事をしてしまった壁山は更に顔を青くする。思わず言ってしまった、と。
「うう、ユニフォーム気持ち悪い」
「部室に予備のユニフォームあるから名前ちゃんは部室で着替えるといいかも!」
「予備のユニフォーム!?ありがたい!」
「ついて行こうか?」
「んーん。1人でだいじょぶ。2人とも壁山のことよろしくね」
「おう!任せとけ!」
円堂と秋にそう伝え、一人部室へと引き返すことになった名前。彼女が去ったあとには小さな水たまりができていて、秋や円堂は苦笑いをこぼした。
その水の中に、うっすらと見える赤い色なんて、彼らには見えなかったようだが──。
きゅっきゅっと靴が音をならし、風が濡れた体を冷やす。早く着替えたい。その気持ちでいっぱいだった。ようやく辿りついた、サッカー部の看板が立て付けられた部室。勢い良く部室の扉を開けた。すると、視線が一気に名前に集まるが、次の瞬間にはギョッとした顔へと変わった。
「うわっ!お、おま、!円堂達と何してきたんだよ!」
「何って…壁山の特訓」
「まさか飛込んだんじゃ…」
「あはは2人仲良くじゃーんぷ」
手を使って、弧を描いて下へ落ちていく様を表現すれば皆が息をのんだ。
「ま、まじか…、」
鬱陶しそうに濡れた髪の毛をタオルで荒っぽく拭きながら、部室のロッカーを開ける。ザワザワと騒がしくなってはいるが、だれも冷やかしの声をあげるものはいない。
というか、できなかった。
なぜなら、彼女の雰囲気がそうさせていた。いつものおちゃらけた雰囲気ではなく、少し落ち着いていて、……うまく説明できないが、なんとも声をかけにくかった。微妙な空気のなか、名前はロッカーを開けてユニフォームを手に取った。
「そろそろ休憩おわりだな、お前ら一旦でるぞ」
「そっ、そうだな!」
染岡の言葉に続いてみんながぞろぞろと出て行く。染岡の心遣いに感謝だ。ちらりと染岡を盗み見すれば、耳をほんのりと赤くして、こちらを一切見ないようにしていた。不器用のくせに優しい、と思うと、すっと重かった気持ちが軽くなり、笑みがこぼれる。
「優しいなあ」
さすが私のオカンだと思う。濡れてしまったキャミソールを脱ぎ、学校指定のジャージの白いシャツを着る。さらにその上から予備のユニフォームに袖を通した。濡れてない服になっただけで、だいぶ気分が良い。ちょうど着替え終わったころだろうか、ガラガラと部室の扉が開く。
「名前」
「あれ、豪炎寺、どしたの」
豪炎寺が部室に戻ってきた。何か忘れ物をしたのだろうかと不思議に思ったが、彼は悠然とこちらに歩み寄ってくる。隣に来ると、小慣れた動作で私の肩にかけてあるタオルをスルリと奪った。
「わっぷ」
「もう少し水分を飛ばした方がいい。試合前に風邪を引く」
そう言って、ぐしぐしぐしと髪の毛が豪炎寺によって拭かれていた。んんん?ちょっとまてまて、何が起こっているのだ?と混乱する。
「んんんん⁉︎豪炎寺、?あの、」
「…………」
「えっ無視!?」
状況を理解した名前はカッと顔を真っ赤にして、「ぎゃああ!」と声をあげながら抵抗した。そんな抵抗も虚しく、自分の腕の中にいる名前を見て、豪炎寺はフッと笑みを浮かべる。
「少し大人しくしていろ」
「い、いや!その!!え!?」
豪炎寺は空いている片方の手で名前の頭に触れ、自分の胸に預けさせる。
ぽすっと音がして、豪炎寺の腕が頭を包み、抱きしめられているような、そんな体勢に赤面する。豪炎寺いい匂いするんですが。なんだかプールの臭いがする自分が恥ずかしくなった。やがて私は、豪炎寺の腕の中で、抵抗をやめて、体重を預けるような態勢になって、大人しくなった。
そんな私を見て、豪炎寺はクスリと笑う。
「抵抗はやめたのか?」
「………ん、いいかなって。豪炎寺お兄ちゃんみたい」
「フッ、俺にこんな大きな妹はいないがな」
「おにーちゃーん」
「……なんだ」
結局乗ってくれるのねと笑えば、豪炎寺も笑ってくれた。なんだかこうして髪の毛を拭いてもらうのなんてなかなかなかったものだから、安心してしまった。
「なんかありがとう豪炎寺」
「お前、怪我の調子はどうなんだ」
「ん?怪我ってなんのーー」
豪炎寺が何かを問いかけたとき、ガラガラと部室の扉がタイミングよく開き、外から見慣れた顔がひょっこりのぞきこんできた。
「そろそろ入ってもいい?お二人さん」
にやにやと笑うマックス、ときゃーと顔を赤くしている春奈ちゃんや、口をパクパクを開いている風丸たちがいた。みんなの反応に、とっさに豪炎寺を見つめると彼もこちらを見た。何だかおかしくて、ついつい二人して笑ってしまった。みんなが部室に戻ってくる前に、豪炎寺が何か言いかけたが、結局聞くことはできなかった。
「戻ってくるのが早かったな」
「んん、邪魔したくはなかったんだけどね。壁山が戻ったから、中間発表だってさ」
ニヤニヤ、と笑うマックス。その後すぐに円堂が部室に戻ってきたが、顔は苦笑いのまま。そうして横に振られる、首。
「ってことは」
「しょ、初歩段階から始めることに、」
「まじか」
「ま、まじだ」
そう、壁山の苦手克服は結局全て失敗に終わったらしい。それすなわち、もう人間の手で人工的に作るくらいの高さを試すしかない、ということだ。
「80cmクリアだね」
壁山は今、重ね重ねたドラム缶の上でガタガタと震えている。やっとの所でクリアがこれだ。もう皆は呆れ半分。たった80cmか、と、壁山の恐怖症の深刻さを思い知った。だが、野生中との試合では、得点するためのシュートが必要不可欠である。我々の技が効かないのであれば、勝ち目がないのだ。
「お、俺もう少し頑張ってみるッス」
壁山の意気込みに、答えるように乗っていたドラム缶が崩れた。それを引き金に、我々も特訓の続きだと腰をあげる。
「さて我々も、」
「壁山に負けてらんないな。おっしゃ!特訓しますか!」
さあさあ、壁山だけでなく、私たちも個人練習のスタートだ。
「いけ半田ー!」
「うおおおお!」
「かっこいいぞ染岡!」
ジグザグにコーンを設置し、ドリブルしながら、その先にいる、私に奪われたら負け。負けたらジュース一本奢る!という特訓を染岡と半田と私で実施中であるが。
「うっらぁ!」
「おっと、」
「お前!またヒールリフトっ、」
「えへん、練習しました。」
2人ともいい顔をして走っていると思う。何か目標を設定して物事に取り組むことの大切さをここから学ぶ。にこりと、口元が緩んだ。その瞬間、気がつけば前後に染岡と半田にはさまれていた。
「え、まさかの連携!?」
「2人いるのに協力しねぇわけねーよ」
「よし!染岡ー」
「おらよ!半田!」
まさかまさかの半田と染岡の連携に、私のボールはあっけなく奪われた。地面にひざをついてうなだれる私に、二人は満足そうに腰に手を当てて立っていて。
「この場合って……、」
ボールを足でしっかりと地面に押し付けた染岡は半田とハイタッチを交わす。そして愕然とする私をみて染岡はニヤリと笑った。
「俺たち2人におごりだな」
「いやああああああ!」
そんなこんなで、今日も時間がすぎてゆく。
今日は試合前日だというのに、イナズマ落としができたという報告はないまま、終わりを告げた。
((ゴチになるぜ))
(はいはい………、)
「先輩すごくサッカー上手くなりましたよね」
「お!ほんとかい少林寺君!」
「俺もそう思います。なんていうかこう、染岡さんのパワフルさと半田さんのドリブルの感じが混ざってるというかなんというか!」
「様になってるでヤンス!」
「えへへ後輩くんに褒められるのうれしいな」
バスでの移動中、私は広いところが良かったので、一番後ろの席に、一年生たちに混じって座らせてもらっている。するとどうだろう、試合前というのにすっかり話しに花が咲いてしまった。話題は私のサッカースキルについて。経験者の後輩君にほめられるなんてうれしいやと言えば、彼らは照れくさそうに頬や鼻を掻いた。
初心者だった頃に帝国と戦ったからか、体がだいぶサッカーに馴染んできたと自分ながらに思う。
「みんなー!まもなく野生中よ」
そんなこんなで会話に話を咲かせていたら、今日の目的地にたどり着いた。
バスを降りて、サワサワと風に揺られ、ぽかんと周りを見渡す。そこには、木が青々しく茂っていて、謎の鳥が鳴いているジャングルのような場所だった。
そこが今日の試合場所である野生中だ、が。
「今日って…試合であってる?」
「た、多分?」
「ここで間違ってないよなぁ」
ついつい疑ってしまうほどの自然だった。こんな自然の中に果たしてグランドはあるのだろうかと疑問に思ってしまうほど。ふと、視線を落とせばジャングルの中に似合わない一台の高級車が佇む。黒く光る車体が、その存在感を一層強くした。
そこに佇んでいるのは、赤髪の…
「なっちゃん!」
「あ、おい!?」
一瞬にして名前は、その車の方へと走っていく。
「…早」
風丸が手を伸ばしたらもう姿はなかった。一部始終を見ていた、風丸を初めとする半田や染岡達は、呆然と、理事長の娘に対してなんの配慮もなしに飛びつく名前を見ていた。
沈黙が彼らの間を支配するが、誰もが無意識のうちに彼女の背中を目で追っていた。そんなときに、ぽつりと一人、彼女の様子を見て口を開くものがいた。
「苗字ってさ、変わってるよね」
「まぁ、」
マックスの一言に、「確かに」と半田が思わず零す。否定の声は上がらなかった。それもそのはずだ。なんたって、あの円堂でさえ頭があがらない理事長の娘を、なっちゃん呼ばわり。しかも円堂によれば彼女は初対面のときから理事長室にいたとかなんとか。
「ま、僕たち彼女のことなーーんにも知らないんだけどね」
「それも確かに…!」
「半田それしかいえないの」
「や!だって!正論だし、」
そう、彼らは彼女のことをなーーんにも、知らないのだ。それは人間性だとか、名前だとか、性格だとか、そういう話ではなく。もっと単純かつ、簡単に分かるはずのことでさえ。
「そういえば学年すら知らないんだな、俺たち」
「まぁ、知らなくても問題はねーけどよ、」
そう、何日も一緒にいるのにクラスさえしらないのだから。
「謎だよな、」
染岡の言葉に皆がうなずいた。
彼女の制服はイレギュラーカラーの、あの理事長の娘と同じ、赤い色のリボンとスカートだ。 そこで、実はあいつは理事長となんらかの関係のある人なのか?と思った人が何人かいた。やはり、その存在を一言で言うのなら、彼女は「謎」なのだ。
「ま、あいつは変人だな」
「僕も異議なし」
「変人に落ち着くか、普通!ぶっふぅ!」
「あ、半田先輩吹いた」
そんな会話されてたなんて名前はまったく考えず、呑気に、理事長の娘こと、雷門夏未、なっちゃんとの会話に花を咲かせていた。
──時だった。
「これが車コケ!?」
「!? 」
キィーっという声と同時に、ばったんばったんと騒音が響く。思わず振り返ると、なっちゃんの車の上に乗っていたり、ボンネットの上で飛び跳ねていたりする、中学生達がいた。その生徒の特徴は一言で言うなれば野生的。
長い舌で車体を舐めているのを見たときにはなっちゃんと一緒に「ひっ」と顔を引きつらせた。ちょっとした騒動に、雷門イレブンもこちらに集まった。
「あ、みんなごめん。勝手に離れちゃってた」
「まったくだ」
「いでっ」
「個人プレイはだめだぞー」
「あ、あだっは、半田まで!」
風丸がため息をつきながら、チョップを。よろけた私を半田がひじで腹部を突いた。
「水前寺どうしたコケ?」
すると、内1人がスンスンと鼻をヒクヒクさせて、動きを止めた。何事だろうかと、雷門イレブンは彼を見る。まるでチーターのような鋭い眼光、鼻の形、髪型をした彼は、バッと勢いよく名前を見た。
「ッ!」
「お前……」
そしてまさに閃光のごとく。瞬時に、その距離を詰めてきた。突然目の前に、肉食動物のような目をした人が現れ、声も出せず、ひたすらにびっくりする。ドクンと心臓が音をたてた。スンスンと彼の鼻は相変わらず動いている。
なんなんだ、いったい。
「おい!名前になにしやがる!」
ザワつくギャラリーを気にもせず、今目の前にいる彼はニンマリと笑うと、距離を縮めてきて、耳元でぼそりと呟いた。誰にも聞こえないような、小さな小さな声で。
ぼそりと。
「お前、血の匂いがするな」
反射的に、腹部を押さえてしまった自分がいた。それだけ言うと彼は満足そうに、踵を返し、自分のチームメイトの元へ戻っていった。初対面の選手と、異例の距離感だったため、数名が動揺している。
「大丈夫か?苗字」
「あ、えっと、い、一応、なんか、匂いかがれた」
「は!?た、ったく、突然なんだよ、あいつ」
「……、」
匂いを嗅ぐ行為なんて、している姿をまさか見ることになろうとは。思いもしない回答に、照れていた染岡へ、適当に「ほんとねー」と相槌を打ちながら、チッと内心舌打ちする。匂いをかがれたことは問題ではない。いや、問題ではあるが、それよりも、さっきのあいつ、気づきやがった。
ドクンドクンと心臓が飛び跳ねている。痛くないはずの傷が脈立ち、熱を帯びてるかのように、自分にその傷の存在感をアピールしてくるではないか。みんなには、気づかれたくない。いや、気づかせない。
「あの俊派力すげえな」
「んねー」
半田や染岡にそれとなく返事を返しながら、笑顔を作って隠した。
「のせ、中ね」
その文字にふさわしい、鋭い感性をお持ちだと皮肉を心で吐いた。
まぁ、そんなこんなで。なんとかその場は収まり、それぞれの選手が用意されたベンチへと案内される。周りの観客たちは、そのほとんどが野生中の生徒たちだ。いわゆる、アウェイでの試合。応援の声援は一つも聞こえない。
そんな中での試合に、少なからず緊張が走る。
準備運動を終えて、みんながゴクリと息をのみ、フィールドに立つ。すると、準備が整ったのか、向こう側のキャプテンが、仲間内に向かって何かを叫んだ。
「おかし食べ放題だコケーッ!」
「食べ放題!?」
「お前が反応するな!」
「食べ放題」と聞いた選手たちは目の色を変えて、雄たけびをあげた。そんな彼らを見て、驚いているのか、呆れているのか分からない声色で半田が言う。
「なんか、野生的な生徒が多そうだな、今回の相手」
間違いない。彼らを一言で表現するならば、まさに野生だ。
「俺たちあいつらと戦うのかぁ」
「そーよ、がんばってね」
「そっか。地区予選、公式戦だから出れないんだっけか、」
試合に出れない旨伝えると、微妙な顔をする彼ら。いやいや、辛気臭い顔しないで、とぱんと軽めに背中を押せば、半田はフィールドに向かって走っていった。彼の背中を見送り、自分はベンチへと座る。
夏未が不思議そうにこちらを見ていたので笑顔を向ければ奇怪そうな顔をされた。その一連を、なっちゃんのとなりでこちらを伺っている土門も見ていた、なんて。普通に気づいた。
『さぁ、雷門中からのキックオフです!』
「角間くん今日もいる…、」
『雷門イレブンあるところに角間ありですから!』
「そうなの…」
あははと笑う秋と一緒に、自分も笑う。彼の実況は分かりやすいし、アウェイの中でも彼の実況は雷門サイドからしてくれるので、少しだけ心強いと感じた。
ピーっとホイッスルが鳴り、試合が始まる。
さっそく雷門側にチャンスが到来し、ボールを豪炎寺までつなぐことができた。幸運なことに、彼はノーマーク。安定した走りで敵からボールを守りきり、シュート体勢に入る。その瞬間だったのだ。
「なっ、」
「っと、」
「飛んだ……⁉」
ざわり、とフィールドがざわつく。野生中のキャプテンの彼の、あのジャンプ力は一体何なんだ…?いつまで経っても、豪炎寺から「ファイアトルネード」が打ち込まれることはなく、豪炎寺と同じ高さまで、いや、それ以上の高さで回り込んだ彼に、ボールは空中で奪われた。
『空中戦では、帝国をも凌ぐ。』
豪炎寺が言った言葉を思い出した。そうして、完全に攻撃体勢に入っていた雷門は、予想外の相手の反撃に対抗できず、やすやすとゴールのチャンスを与えてしまう。しかし、そこは円堂の熱血パンチで防ぐことができた。
「"ファイアトルネード"ダメだったか…」
一つ、必殺技が削られた。
そうして、次の展開で、染岡にボールを渡すことに成功。そして彼が「ドラゴンクラッシュ」の体勢に入る。染岡のシュートは、空中ではないから、途中の妨害はない、と信じて。
「ッ!?」
その瞬間の出来事だった。
地上の守備を担当している選手がボールごと染岡を吹っ飛ばしたのは。衝撃音のあとに、立ち込めた砂煙りに思わず、顔をしかめる。
キャア、と悲鳴がベンチであがる。
「監督!タイムを!!」
「染岡…っ!」
「おっとっと、俺らは行けないぜ。マネージャーに任せよう」
「っ、土門…、そ、そう、だね。ありがとう」
「いいってことよ」
土門に止められて、正気に戻る。染岡は無事だろうか。
不安げにフィールドに視線を戻すと、そこには苦痛に顔を歪める仲間の顔がそこにはあった。思わず駆け寄りそうになるが、そこは土門によって止められる。冷静さを失い、基礎的なことを忘れそうになっていた。
不安げに遠くから染岡を見つめるが、彼が起き上がることはない。足を押さえたまま、痛みに顔をしかめている。染岡が負傷してしまったのは一目瞭然だった。
「選手交代だ!」
「ちくっしょ、悪ぃ、円堂、みんな」
「任せろ!全力でお前の分までカバーしてやる!!」
「染岡、無理しないで」
「ああ、任せたぞ。土門、みんな」
染岡の交代で、土門がフィールドに入る。ああ、私は、この舞台では、戦えないのか。何を自惚れていたのだろう、今回も、私が、なんて。
染岡がベンチに運ばれ、隣で怪我の様子を見る。普通に座っているのでも辛そうであった。なんてことだ、染岡の大事な足が。万が一があったらどうしてくれるんだと腸が煮えくり返る。
「豪炎寺、試合が再開したら一回攻め込めたり、する?」
「……策はあるのか」
「ない。豪炎寺のファイアトルネードが奴らに防がれるなら、きっと他の必殺技だって」
「なら一度様子を見るべきじゃないか?」
「得点を取るには、あの高さを克服しないといけない。それしかないんだもん」
「イナズマ落とし、か」
「うん、あと、単純に、染岡の恨みつらみ」
「おまえ、」
感情で動くな、と最後に諭され、頭をポンと叩かれる。
ピーッと試合再開のホイッスルが鳴り、豪炎寺が率先して敵陣に走りこむ。ボールは、豪炎寺から半田へ。半田から風丸へ、そして、豪炎寺へとつながり、前へ前へと進んでいく。
『雷門イレブンッ、試合再開と同時に敵陣へ走り込んでいくぞぉおお⁉おっとここで打つのは豪炎寺!』
「させないコケ!獅子王!」
これまでの試合運びを見ていれば、野生中は、意表を突いたぐらいでどうにかなる相手ではないことぐらい分かっている。
素晴らしい反射神経を持っていることなど、あのチーターのような選手で想定済みだ。
向かってくるDF。さっき染岡を吹っ飛ばしたDFだ。きっとこのまま、豪炎寺がシュートを打てば、先程の染岡の二の舞になる。
「お願い、豪炎寺、私のぶんまで。私の気持ちを、」
でも、でも。ここまで予想できているのに、相手の出方をうかがうためにシュートを打たないのは違うだろう。それに、私は怒っているのだ。
「ッッこんの!染岡吹っ飛ばしやがって!やっちゃえ!豪炎寺!」
「!?」
「うおお、!?なんだよ急に!」
「私!怒ってるの!仲間に、こんなことしやがって!って!」
パチクリと驚いている染岡をよそに、試合を食い入るかのように前のめりになって観戦する。
フィールドでは、豪炎寺がボールを打ち込む瞬間だった。ボールが足元に当たると同時に、何かが彼に突っ込んできている。鋭いスライティングが彼のボールを弾き飛ばす。だか、負けじとボールを追いかける豪炎寺は、まさに実力のある選手としてのプレーだ。
「お前たまに感情的になるよな……ったく」
「だって、染岡に怪我させた、」
落ち着け、とチョップを入れながら、少し照れたように「怪我、大したことねえよ」もこつんと拳を作って当ててくれる染岡に、涙が出そうになる。涙をこらえながら、フィールドに視線を移した。
そうして前半開始まもなく、一名負傷し、メンバーを入れ替えたところだった。フットボールフロンティア地区予選、初戦である野生中。今回の相手は、本格的に必殺技が通用しない相手だと悟る。
「何気に土門の初試合だな」
「そうだね。そういえば土門は前の学校で戦ったことあるっていってたね、野生中と」
「そうだったな。へ、お手並み拝見だな」
「ブッ誰目線なの染オカン」
ちょっと偉そうに言う染岡があまりにもおかしくてつい笑ってしまう。緊張感のない会話だと我ながら思った。
「なんだか、こうして普通に染岡君と話してると、怪我なんてしてないように見えるけど…」
「本当は怪我してるんですよね…」
「あなた先に病院に行ったほうがいいのではなくて?」
秋に、春奈ちゃん、そして夏未に言われて、染岡と私は思わず目線を合わせ、苦笑いをこぼす。前線には壁山と豪炎寺がいる。「イナズマ落とし」のフォーメーションを取っているのだが、壁山はまだ、恐怖を打ち勝てていない。
だからこそ、ボールが前線に渡っても、恐怖は正気を上回る。せっかくのシュートチャンスも、潰れてしまうのだ。加えて、前線に出ている豪炎寺と壁山以外の周りのみんなは、ボールを追いかけるため、フィールドを往復しているようなものだった。
いうなれば、彼らと円堂以外の選手たちはみな、相手以上に動き回るため、体力の消耗が激しかった。
「壁山と豪炎寺にパスが通っても、壁山が怖がってて、シュートチャンスは失われる、の繰り返しで、みんな、疲弊しきってる」
「おうよ。それに、相手だって待ってくれちゃいねぇよな」
そうなのだ。もちろん相手もやられっぱなしではなく、チャンスがあれば攻めてくる相手。疲れ切った雷門イレブンを振り切り、野生中は円堂に向けて打ち込む、必殺技のオンパレードだった。
「くっそ!これじゃ円堂が持たねぇぞ…!」
「っ、円堂くん…!」
シュートの嵐をずっとパンチングで防ぎ続けている円堂。一方的と言っても過言ではない試合展開に、ベンチも言葉を失う。
「、なんなのこの試合」
「そりゃ勝つ気もなくなっちまうだろ」
ピーっとホイッスルが響き、ふぅとたまった息を一気に吐き出す。少しの間息を止めて試合を見ていたようだ。
お互いに得点しないまま前半が終わりを告げる。得点しないまま、と聞くと、責められながらもすごいのではないかと思うが、雷門イレブンの体力は限界に近い。ましてや、こちらの必殺技が相手に通用しないならば、この試合展開は最悪だといえよう。
体力の限界な状態で、誰が勝つ気力が残っていようか?
しんっとした空間のベンチは、まるでお通夜だった。そんなみんなの様子を見て、円堂はニッと笑う。
「みんなすごいじゃないか!」
「どこがだよ⁉俺たちボロボロじゃないか!」
「でも!あんなすごい奴らと俺たち同点だぜ?」
「っ…!」
確かにそうだ。あんなすごい奴らに同点であるが…、となんとも言えない雰囲気がその場を制し、誰もが口を噤んだ。
「そうだね、ボロ負けってわけじゃないもんね、」
「苗字…」
「そうだよ!みんな顔を上げて堂々としようぜ!」
一人一人の顔を見て、笑顔を向ける。そんな円堂を見て、地面ばかり見ていたみんなの顔を自然と上を向き、不安げな面持ちをみせた。あそこまでモチベーションの下がっているみんなの顔を、言葉だけで上げさせる円堂の前向きさには、本当に惚れ惚れする。
「……俺をDFに戻してください」
そんな中で壁山が弱音をぽつりと吐いた。彼だけは、未だに地面を見つめている。そこには自分の靴と地面と、地面で生きている蟻しか見えないだろうに。
壁山は、自分の弱さを知っているからこその諦めと弱音だった。何度ボールをあげられても、自分の恐怖に勝てないようか自分が、できる訳がない、と嘆いているのだ。
わかるよ。
何度も、何度も期待をかけられても努力しててもできないことだってある。期待が時には苦しくて、自分なりにもがいてもどうにもできなくて、「自分には無理だ」と諦めてしまうことも。
「どうせ俺なんか最初から無理だったんす…」
「そんなことないよ」
「え、」
いつもより低いトーンで言うと壁山はびくりと身体を揺らした。恐る恐る地面から視線をずらし、私と視線がパチリと合う。
「壁山は克服しようとしてたじゃん」
「それは…、でも、」
また下を向きそうになった壁山に近づいて、そして思いっきり、壁山のほっぺたを横に引っ張った。
「せせせ先輩⁉?いいいひゃいッス‼」
「努力家の自分を褒めてやりなよ壁山!」
「ひょんなこと言われたって…!いだだだだだ!!!」
涙目になりながら、大きな体をバタバタさせる壁山。それでも力を緩めなかった。むしろ力を入れてやった。
「『俺はやってやったんだ』って、『怖いけど、成功させたくて飛んだんだ』って」
壁山は想像してたのより、優しい言葉に目を開いて自分の頬で遊んでいる名前を見た。
「ねっ?どうして、壁山は無理だと思いながらも試合で何度も飛んでくれたのかな。それは一番壁山がわかってるでしょうに!」
手短で、簡潔な言葉に、はさめる言葉はなく壁山は唖然としていた。できないことを悩むのではなく、どうしたらできるかを悩めと、多くの人は言う。簡単にそれができたら、悩む人も、失敗を怖がるひともこの世にはいない。
「そうだぞ壁山」
「キャプテン…」
「俺は、お前をDFに戻すつもりもないし、いつまでもお前にボールを出し続ける!ゴールも絶対に決めさせない!」
壁山は思う。臆病で、飛べなくて、みんなの足を引っ張ってしまっている自分が惨めでしかたないと。それでも、キャプテンは、みんなは、自分を否定してこなかった。こんなにボロボロなのはお前のせいだと言われてもおかしくなかったのに、それでもみんなは、自分を信じて試合を続けてくれるのだ。
こんなに惨めな自分を信じてくれている仲間が、いるのだ、と。
「お前ちょっと円堂に似てきたよな」
「え、まじか」
「おう。恥ずかしいセリフさらりと言えるとことかよ」
「だってみんな壁山を信じてるのに何も言わないんだもん」
「!」
「みんな照れ屋さん~~」
「っるせぇ!!試合に集中しやがれ‼」
「うぇぇえ!?突然の理不尽!」
知ってるよ。雷門イレブンは、みんな仲間思いで、優しいことを。みんな、みんなが一人のために、そしてそれがチームのためになると、本気でそう思ってることなんて。
「へへ、だから燃えるんだよね!みんなを見てると!」
「わかったわかった!とりあえずその、恥ずかしいセリフ一旦やめろ!」
「照れてやんの〜〜」
私は、この物語が好きだ。超次元サッカーと謳われ、選手を育てて、チームを作り、物語を進めていく、この話が。一人一人が魅力的なのだ、
後半、野生中の攻撃を円堂は死守する。みんなも円堂が守ったボールを、負傷しながらも壁山に上げ続けた。成功するかもわからない必殺技を信じて、ボールを上げ続けるチームがこの世にいくつあるだろうか。
それは見ている私たちよりもプレイしている本人たちが一番痛感しているはずだ。
怖くても、みんなのために飛び続けた壁山が。そんな壁山なら、きっと「イナズマ落とし」を成功させてくれると信じたみんなが、そこにはいた。
「みんなは一人のために、一人はみんなのためにって感じのチームだよね!」
「そうね、」
その言葉に、ベンチにいたマネージャ含め、否定する人はいない。満場一致でそう思うプレーをマネージャーたちはずっとみてきたのだ。
野生中の必殺シュートが円堂に向かって放たれる。円堂の手は、数多くのシュートを防ぎまくったため、腫れてしまっているし、体力も限界で、ここであのシュートが決まってしまえば、もう勝つ兆しは見えなくなってしまうという、最悪の状況であるのに、誰一人として、「諦め」がない。
そんな状態でも、きっと大丈夫だと、円堂を、壁山を、みんなを信じていられた。
全力の信頼を壁山ならどうするだろう。優しい仲間思いの雷門イレブンの一員ならば、そんなみんなを裏切ることを、一番嫌うはずだ。
壁山はきっと、みんなのために、怖さと戦うだろう。
「"ゴットハンド"‼」
きた、とベンチのボルテージが上がる。円堂は本気で勝ちにきている。ここで、どんでん返しの時間だ、と。
円堂が止めたボールを、栗松や土門、影野が相手をディフェンスしながらボールの道を作る。そして小林寺が受け、宍戸、半田、マックス、風丸。そして壁山へとボールはつながった。
もう壁山は下を見ていない。上を、ボールだけを見ている。豪炎寺が空高くボールを蹴り上げ、二人が飛ぶ。それよりも高く、野生中も飛んだ。
「これが俺の、イナズマ落としぃぃい‼」
下を見なければいい、と。
高くて怖いのなら下を見なければ怖くないと、自分なりの正解を見出した壁山。
『ゴォォオルッ‼ついに野生中のゴールを打ち破りました!豪炎寺と壁山による、新しい必殺技だぁぁあ‼』
「やりましたね‼」
「まさか自分の腹を踏み台にするとは…!壁山の奴考えたな‼」
ピーッとホイッスルがフィールド内に響く。それが指し示すのは、壁山と豪炎寺の、みんなの「イナズマ落とし」が成功したということだ。
「よっしゃああああ!」
「やった!やったよ染岡あああ!」
お互いにわしゃわしゃと頭を撫で合い、喜びあう姿はまるで子どものようだった。だが忘れちゃいけない、二人は怪我していると。
「「ぐぁああああっ!!」」
「ちょっと二人とも!」
何やってるの!という秋の怒号を聞きながらも、痛みに涙を浮かべながら染岡と喜んだ。
イナズマ落としが成功し、1点が決まる。その1点は、雷門イレブンの勝ちを表していた。
『そしてここで試合終了ーーッ‼フットボールフロンティア地区予選一回戦を突破したのは……雷門中だぁぁぁああ‼』
勝った、勝ったのだと、喜びがじんじんと体中に染み込む。挨拶を終えてみんながベンチに戻ってくる。だれもが満足そうに、そしてキラキラした笑顔で壁山を囲んでいた。
「やったね壁山!」
「やったな!!」
壁山の背中を一回叩くと壁山は照れ臭さそうに笑った。そして笑顔を見せると、円堂が壁山に対して手を上げる。
え、まさかハイタッチでもする気じゃ…
「円堂、手大丈夫なの、」
「いっでぇぇえええ」
「わぁぁあああ大丈夫っすかキャプテン!」
ですよねーーー
円堂はグローブを外し、真っ赤に腫れあがった自身の手をふーふと冷やす。そこにふと、氷水が当てられた。
「、え」
「サッカーなんかにそこまで情熱をかけるなんて……馬鹿ね」
「うぇあ!馬鹿ってなんだよ!」
「名前、病院行くわよ」
「あっ、え!?な、なんで私!?染岡じゃ…」
「あら。とぼけるつもり?私が見逃すとでも?」
「っ、」
クスリと笑うなっちゃんに、その綺麗な笑みに何も言えなくなってしまった。押し黙った私を見て、みんなは疑問を浮かべている。
「え?どういうことだよ」
「おまえ、怪我してたのか?」
「帝国との試合で負傷した、腹部の怪我か」
「「!!?」」
豪炎寺の言葉に、肯定の意味を込めて、うなずく。するとみんなが驚いた。だっていつも通り、練習に参加して、特訓してたじゃないかと…。そこまで考えて、ハッとした。そうだ、彼女はチームのために、後輩のために身体を張って、特訓を、練習を、いつもよりも倍にやっていた、と。
それなのに、公式戦には参加ができないのだ。そんなの、辛い、悔しいなんてものではないだろう。
「苗字、俺、俺たち、」
「私は、ずっと練習には参加するよ」
「!」
「試合に出れないのは、ほんっっっっとに、残念だけど!でも、それよりもみんなと一緒にサッカーをしたいから、だから、」
一緒に頑張りたいんだ。と告げた彼女の顔は、凛々しく、まさに最高学年の風貌であった。決意に満ちた、揺るがない思い。
「怪我、黙ってたのはごめん。私の不注意で、瘡蓋とれちゃったみたい」
話を逸らしたかのように、てへっと笑い、ジャージを捲る。突然の行為に、みんなは思わずその捲られた腹部に目線をやってしまった。そしてそれが、女性の腹部だと意識をすると……。
「名前あなた!!!!」
「「ーーーっ!」」
顔を真っ赤にして怒るなっちゃんに謝罪を入れる。早く行くわよ、と若干呆れ気味に先を歩くなっちゃん。その後をついていけば、我に帰ったみんなの「苗字ーー!また学校でなー!」の声が聞こえた。その声がうれしくてうれしくて。
「なに泣いてるのよ」
結局、そのあと夏未が病院まで送ってくれた。稲妻総合病院での主治医である豪炎寺先生によると、前の腹の傷が開いたわけではなく、瘡蓋がはがれたことによる出血だとのことだった。勢いよくはがれたため、塞がりかけた皮が剥がれてしまったようで。激痛は特訓にのる打撲によるものだった。今後傷口にばい菌が入らないよう、消毒をしてもらい、ガーゼをもらい、大事に至ることはありませんでしたとさ。
ちゃんちゃん。
7/7ページ