トリップ/友情より/アニメ沿い/オリジナル/落ち未定
1期連載
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先日の試合結果のとおり、豪炎寺とのわだかまりも解け、見事尾刈斗中に勝利した私たちは、チームメイトとして絆が深まったように感じる。部員たちは練習に積極的に参加し、部室でゲームをする姿はどこにもない。
練習試合に見事勝ちを納め、少しずつ部員の士気が高まってきているのも事実だった。
「えぇえ⁉何それ聞いてないよ」
「あー、そういえばお前が病院行ってた間だった気が……」
「そんなビッグニュース、すぐにでも知りたかったな」
そんな会話をしながら半田と道を歩く。練習も通じて個人の関わり合いも増えてきた。ここは通学路。同じ目的地を目指す生徒たちが、各々校舎を目指すのだ。今ではこのように、通学路で見かけたチームメイトに声をかけ、一緒に登校するほどだ。数日前の自分じゃ考えられない。
「いやまさかでも、ここまで事が進むなんてね」
「ほんとそれだよな。帝国学園と試合する前の俺たちじゃ、想像もできなかったよ」
「本当。いやぁ次は全国大会、ね」
「まずは地区予選だけどな」
「そっか地区予選か」
我々雷門イレブンは、練習試合に勝ったことで、全国一のサッカーチームを決める"フットボールフロンティア"へ出場が決定した。まずは最初の地区予選。どこが対戦校でも、負けん気で挑むさと、半田は語ってくれた。
「円堂のことだし、今日は特訓だろうな!」
「特訓か、じゃあ相手なってよ半田」
「おう。望むところ!」
そうして私たちはお互いに顔を見つめ合わせて、ニカっと笑いあった。こうして日常は簡単にすぎてゆく。そんな日常にーーーーまさかあんな緊急ミッション発生するなんて、誰が想定していただろうか。
半田は、あの後すぐに宿題忘れてたとかなんとかで私を置いていった。そのため、今は一人で下駄箱を目指している。雷門中の校門をくぐると、今が登校時間のピークらしく、沢山の学生がいた。ふと視界にはいったのは、見知ったシルエット。にんまりと口角をあげ、そのシルエットに向かって、背中に突撃した。
「おっはよー少林寺君と壁山君!」
ワッと声が上がり、他の生徒たちがなんだなんだと一瞬視線を集める。
「せ、先輩⁉」
「びびびびっくりしたッス!」
身長差のある二人がお互いに引っ付き合っているのをみて、面白いと心の中で思う。想像以上のリアクションを貰えて満足した。
「あー可愛いなーもう」
「な、こ、子供扱いしないでくださいよぅ!」
「嬉しくないッス!」
可愛い可愛いと言えば、今度はぎゃーぎゃーと嫌そうに反抗してくる姿がまた可愛いらしい。そんな癒しにひたっていると、遠くから何かが聞こえてきた。聞き覚えのある声が、後ろから段々と近づいてくる。
「フットボールフロンティアァァァァア‼」
そして風が吹いたかと思えば、今度は声が遠ざかっていった。
「「!?」」
「きゃ、キャプテン?」
「これは円堂しかありえない」
目にも留まらぬ速さで、叫び、学校に入った円堂にクスクスと笑う。地面から一歩浮いて走っているような円堂は、見ていてとっても面白かった。
「そんなに嬉しいもんなの?フットボール…、フェスティバル?」
「先輩、フロンティアです」
「フェスティバルって間違える人初めてッス…」
「うわ、なんか恥ずかしい」
顔を覆っていると、二人はあははと笑いだした。それから一息つくと、壁山がお腹を押さえながら、ぽつりと口をひらく。
「キャプテン燃えてるッスね」
「……ね、フットボールフロンティアだからね」
円堂が向かった方向を見て、しみじみと語る二人。そんな後輩たちをみて、円堂達はずっとフットボールフロンティア出場を目標に練習をしていたことを思い出す。嬉しくないわけないか、と納得した。また、円堂だけじゃなくこの2人も嬉しそうなのが嬉しい。
円堂の背中を見ながら思い出にふける3人の間を、サァサァと涼しい風が吹く。
円堂に気をとられていたため、3人に近づいてくる人影には、誰も気がついていないようだった。
「チーッス!よっ俺土門、よろしく!」
「うわぁ⁉」
音もなく、突然した声に3人は声をあげて振り返る。そこには褐色肌の、背の高い男子生徒が1人いた。
「おどかしてごめんねー、んで校長室ってどっち?」
こちらはバクバクする心臓を抑えつけているというのに、彼は笑いながら言葉を続ける。彼は妙に明るく、親しみやすそうという印象を受けた。いろいろと少林寺君と壁山君が彼に説明しているなか、私の目に入っていたのは、彼の、くの字にくびれたセクシーな腰だった。
「その隣にありまーー…えっせっ、先輩⁉」
するりと手を伸ばし、土門と名乗る少年の腰を狙う。くびれてるところから、すうっと撫でるように腰に触れる。うわー細いなーいいなーと思っていれば、ククッと笑った声が降ってきて、血の気が引く。
「ブッ、キミ随分と大胆なことするねぇ」
我にかえり、今自分が触れているくびれを見た。自分は、一体、なにを?恐る恐るこのくびれの持ち主を見上げ、自分がしてしまっていることを考える。それに対して、じわじわと、遅れて羞恥心が込み上げてきた。
「あ、あ」
じわりと、恥ずかしさのあまり涙がでる。そして、顔を真っ赤にしながら、拳をつくった。その様子をみて、被害者のかれはギョッとしていたが、あいにく当事者の私はそれどころではない!!!これ以上ここにいたくないと、衝動にかられ、気づいた時には……
「すっ、すみませんでしたぁぁぁぁあっ‼」
一目散に自分のクラスを目指していた。
「ブッフォ…‼な、なんか…台風みたいだね、彼女…クッ」
「あわわ、す、すみませんなんか」
「はー、笑った。いやいや、いいって事よ」
先輩の尻拭いをするしっかりした後輩たちは、その転校生を校長室へと案内するべく、足を動かした。
「面白いもの見れたし」
そう呟いた転校生の顔は、よく見えなかった。
そうして濃い朝の登校時間は瞬く間に過ぎていき、授業を終えて、時はすでに放課後。部活動の時間が始まろうとしていた。私も部活に行こうと、サッカー部の部室前まで足を運んだのだが………、
「(時間前なのにミーティングしてるしぃぃい)」
部室の前まできて、中から話し声がし、すでにミーティングを始めている事実にズンッと落胆する。時間前、というのは、部活動にて学年もクラスも違うため、終わる時間はいつもバラバラ。従って三学年全員がちゃんと公平に集まれるよう、集合時間は配慮して設定されているが…、どうしてこうサッカー部は早いのだろうと糸目になる。
しぶしぶ、部室の扉に手をかけた。
「すみません。授業が長引いて遅れーー」
「皆ーっ!分かってるなー‼」
「「「おおー‼」」」
「いよいよフットボールフロンティアが始まるんだっ‼」
「「おおー‼」」」
素直に遅くなった旨謝罪をしたが、部室内の熱気に反射的にガラララピシャン、と扉を閉めた。しまったな、タイミングミスった。と考えているとーー勝手に目の前の扉が開く。
「苗字!やっと来たか!よしっ、じゃあ皆集まってくれ‼」
「円堂」と、声を出す前に、勢いよくぐいっと腕を引かれて、部室の中にぽいっと投げ入れられた。
「うっわっわ!」
「悪い、先に始めちゃってたぞ!」
「潔すぎるよ円堂!」
あまりのテンポの良さに、謝罪を入れる暇も、ツッコミを入れる暇もなく。勢いよく部室に転がり込んだ私を、みんなが笑っていた。笑う部室の中で、私は口を尖らせながら、空いていそうな場所を探す。すると目が合った半田が、自分のところを開けていてくれたみたいで、「ここ」と教えてくれた。
「半田ありがとう」
「どういたしまして!」
「授業か?」
「んにゃ、あ、豪炎寺だ」
半田が示してくれたタイヤの上に、半田と背中合わせでのように座る。顔をあげれば壁に寄りかかる豪炎寺が近くにいた。「やっほー」と挨拶すれば、フッと花で笑われる。
「授業って何やってたんだよ?」
豪炎寺の話題を拾い、半田が体重を私に乗せながら聞いてきた。
「古典!あの先生鐘鳴ってるのにずっーーとやるんだもん」
「あーあの古典のな」
「そう!くから、くかり、し、き、かる、けれ、かれってずうっっとさぁぁあー!あーまだ頭に先生いるぅうう」
「…なんて?」
「未然連用終止連体仮定命令とかやってらんないよね!ほんっっと!」
「「……」」
ぽかんとしている半田に、不思議に思ってどうしたのか尋ねれば、みんなが同じような顔をしてこっちを見ていた。
「お、お前のところ随分進んでるんだな、古典」
「俺らやっと竹取物語入るとこだぜ」
風丸と染岡に続き、円堂以外の二年生は「うんうん」と同意をする。一年生は「古典…」と苦笑いしている。
「なぁなぁ」
そんな中で、一際大きな円堂の声に、シンッと部室が静かになる。何を言うのかと、身構えて、誰もがごくりと唾液を飲んだ。円堂が息を吸い、青い顔で、ゆっくりと口を動かしーーー、
「みんな…今なんの話してるんだ…?」
「……」
「……すまない円堂」
ドシャァっと、だれもがずっこけた。
気を取り直して、再びミーティングを行う。ざっくりまとめると、フットボールフロンティアの詳細について、みんなで話し合ってたところだそうだ。
「で、相手はどこなんだ?」
「相手は!」
風丸が聞くと、皆は思わず緊張した顔つきへと変化した。念願のフットボールフロンティア、初戦の相手はどこなのか、緊張が走る。誰の、とはいわない。みんなの喉がゴクリ鳴る。
「知らない!」
誰もが脱力し、空回りした気合いが、まぬけな顔をつくりだした。知らないのかよ!とツッコミを入れたい気分だ。まったく。あははと苦笑いに包まれる部室に、ガラリと扉が開いた。
「野生中ですよ」
「あっ冬海、……せんせ、」
「おま、呼び捨て…!
タイミングよく入ってきたのは、一応監督の冬海先生だった。初戦の相手を聞いた円堂は挨拶も忘れて、対戦校についてでいっぱいいっぱいのようだった。
「野生中はたしか、」
「昨年の地区予選の決勝戦で帝国と戦っています」
「すっげー!」
冬海先生の言葉に続けるようしして春奈ちゃんが答える。帝国と戦うほどの、実力を持つ学校だと知ると、円堂はさらにテンションを上げる。そしてまた冬海が口を開いた
「初戦大差で敗退、なんてことは勘弁してほしいですね」
嫌味な口調に、一瞬部室の雰囲気が凍りつく。
「あ、それから……」
前言撤回もせず、そのまま続けた先生は一歩部室の中に入り込んできて、誰かを招き入れた。彼は、長身で、褐色肌の男子生徒で……、
「チーッス!俺土門飛鳥、一応DF希望ね」
ビギッと顔が引きつった。だらだらと冷や汗が流れる。なにこれ、デジャヴかな、と混乱する。まずい、まずいと、思わず半田の背中に隠れた。
「お前本当冬海嫌いだよな、」
隠れたのを何かと勘違いをした半田が重圧をかけてきて、ヒソヒソと話しかけてくる。無視する理由もないため、素直に頷く。
「うん嫌い」
「一応監督なのに」
「一応ね」
練習も見にこないから、半田も否定できないみたいで、返しに困っているようだった。土門を紹介し終えた冬海は部室を出て行く。円堂は興奮したように、土門の入部を喜んでいた。あまりの浮かれた雰囲気に、土門は頬を引きつらせていて、一息つくと、ぽつり、声をだす。
「相手野生中だろ?大丈夫か?」
「なんだよ、新人が偉そうに」
おおっでました!染岡の新人いびり!!反射的に染岡のほうを振り返る。そこには腕を組んで、いつものようにしゃくれている染岡がいた。染岡にひるむことなく、土門は円堂に回された肩の調子を整えながら、単調で答えた。
「前の中学で戦ったことあるからね。瞬発力、起動力も大会屈指だ。特に高さ勝負に強いのは確かだ」
前の学校で戦ったことがある、というソースに誰もが聞き入る。素晴らしい解析力に返す言葉もなく、唖然とするしかなかった。可愛い後輩ちゃんたちも、聞いただけで怖気つきそうな情報にぶるりと体を震わせていた。
「高さなら大丈夫だ!俺たちには“ファイアトルネード”“ドラゴンクラッシュ”それに“ドラゴントルネード”があるだぜ?」
あと苗字もな、と付け足す円堂。私の名前を口にした途端、土門は一度ちらりと部室を見渡した。その際にバチリと視線が合った。
「……女子選手も登録はどうかなぁ。公式戦だと今のところでれないし。あと、あいつらのジャンプ力とんでもねーよ?ドラゴントルネードとか上から抑え込まれちゃうかも」
「えっ!?苗字出れないのか!?」
「円堂嘘だろ今知ったのか」
「ええええ、何だよそれ、」
「少なくともこの地区予選では女子選手は出場はできないんじゃないの?」
土門はなにもなかったかのように、手を動かしてそうジェスチャーをし、会話を続けた。その言葉に円堂やみんなはうーんと頭を動かす。攻撃主役の染岡が、上から押さえ込まれるなんてそんな訳ねぇだろとぼやくが、豪炎寺は一人、肯定の意味を込めてこくりと頷き、吠える染岡を静止させた。
「土門の言う通りだ。俺もあいつらと戦ったことがある。空中戦だけなら、帝国をも凌ぐ」
妙な説得力がある。と思ったのは私だけではなく、半田がおお、まじかと口を半開きにしていた。そして、誰もが必殺技として頼りにしている“ドラゴントルネード”が効かないかもという情報を得て、攻撃手段がないことこの状況により、上がっていたモチベーションは下がった。
「っ、新必殺技だー!!」
水が刺したように、円堂の声が部室に響く。
「必殺技?」
「新必殺技を生み出すんだよ!」
円堂は天井に向けて大きく、手を上げた。その場を一声で制した円堂に、誰もが円堂の手を視線で追いかけた。
「空を制するんだ!」
堂々宣言した円堂は、我先にと部室を飛び出していった。そして、皆が円堂に続いた。
「よっ、朝ぶり」
「っ!?」
ちょんちょん、と肩を叩かれ振り返る。パチンとウインクされ、その人物が土門だと理解すると血が一気に下がった。
「ぎゃっ!朝のっ……!」
「サッカー部だったんだね。よろしく」
「す、すみませんでしたああああ!!」
「「「!?」」」
数名の吹き出した音は無視した。きっと壁山や少林寺くんたちだろう。可愛いから許す。反射的に腰を折って土門に謝れば、彼は、いいっていいってー、語尾を伸ばしながら軽快に許してくれた。
「同じDF同士仲良くしような」
「……う、うん!」
出された手を握り返し、二カリと笑って見せる。そんなこんなで、土門飛鳥君が雷門中サッカー部に入部しましたとさ。軽い足取りで土門に続いて部室を出た。が、まてよ、と足を止める。私土門にポジションの話したっけ…?
「おーい、何ぼーっとしてんだよ?」
「はっ!」
「早く円堂のとこいこーぜ」
「うん、ごめんー!」
半田に促され、我に帰る。ところで、空を制するんだと言った円堂は一体何をするつもりなのだろう。
「…ハシゴ車?」
ぽかんっと口が開けっ放しで空を見上げる。これは、誰がどう見てもハシゴ車だった。
「円堂これって、」
「小さいことは気にするな!次、苗字!」
「ええっ、小さい事!?」
円堂がハシゴ車の上からボールを投げるモーションに入る。相手が地面から、投手がはしご車の上から、というかなりの距離でするべき会話ではない、と思った人は数人いたとか。特に、親しい風丸や半田は無言でそれを指差し、やれやれ、と肩を竦めていたのだった。
「行くぞ!」
円堂がボールを投げると、ボールは待ち構えていた名前がいた所へはいかず、風に吹かれてあらぬ方向へ飛んで行ってしまった。
「円堂ー!私は球拾い係りじゃないんですけどー!」
少し遠くへ行ってしまったため、小走りボールを拾いに走りにいく。無駄な往復だ。
「ごめんごめん、投げてくれ!」
「もー…」
にかっと笑う円堂に怒る気も失せ、拾ったボールを地面に置く。おいた瞬間に少しざわつく、が、止まらず足を振り上げる。
「おりゃー!」
「バカっ!そのまま蹴ったら真っ直ぐ飛ぶだけだぞ...!」
「え」
風丸の声にはっとするが、時すでに遅し。ボールはハシゴ車の車体に当たり、跳ね返ってきた。これはリバウンドという。
「うわっ、」
「「「……」」」
蹴ったボールは自分に戻ってきた。だから頭を下げて華麗に交わせば、ボールはまた転がっていく。みんなの冷たい視線が突き刺さる。
「あ、はははは、失敗失敗」
再び往復して、ボールを拾うはいいが、ボールは投げても投げても上まで届かず、投げた球はひたすらに自分に返ってきた。3回目ぐらいだろうか。投げて、落ちてくるボールが頭に当たり、そして地に落ちる。まぁ予想はしてた、と豪炎寺は腕組みをして目を潰りながら薄く笑っていた。
「ボールの分際でぇ!」
「ついにボールに当たりやがった!」
「苗字、蹴ってみたらどうだ?」
「蹴るって、どうやって…」
哀れに思ったのか風丸が肩を叩いてアトバイスをしてくれた。風丸曰く、ボールを地面に置くのではなく、手に持って、落として、タイミング蹴るらしい。
「……ナルホド」
言われたように思いっ切り空に向かってボールを蹴りあげた。するとどうだろう。どうも届かなかったボールが、すっぽりと円堂の手に収まった。
「よし!次っ風丸!」
ボールは見事円堂の手元に渡った。
「ありがと風丸」
「いや、大したことじゃない」
にこりと笑う風丸にこちらも笑顔でかえす。すれ違いざまにお礼を言った。
「おーおー、精がでるねぇ」
「古株さん!」
古株さん、という整備のおじちゃんが姿を現し、この謎の特訓を褒めてくれた。そりゃそうだろう、はしご車を手配するぐらいなのだから、相当な手間がかかっただろうに。
「この間の試合すごかったよ」
「この間…?」
「もしかして尾刈斗中との?」
みんなが顔を見合わせ、円堂がはしご車から降りてくる。円堂が率先して、尾刈斗中の試合の話をふると、古株さんはぽつりと言った。
「まるで“イナズマイレブン”の再来だったねぇ…」
「“イナズマイレブン”?」
古株さんの言葉に円堂は首を傾げたが、古株さんが“大介さんの孫が知らない?”と逆に首を傾げていた。それはいけない、とでも言うようにイナズマイレブンについて語り始めるのだった。そこで、みんなで話を聞くべく、特訓を中断して業務員の古株さんからイナズマイレブンの話を聞くことになった。
「イナズマイレブンは40年前、雷門中にあった伝説のチームでなぁ」
古株さん曰く、イナズマイレブンと呼ばれた彼らは、すごくバカ強いチームだったらしく、彼らなら世界をも相手にできたかもしれないという。全国を超えて、世界まで相手にできるなんてと、想像もできないほどの強さを思い浮かべ、胸があつくなる。
「うー…カッコイイ!超絶対カッコイイ!!」
「世界か……」
「世界を相手にできる強さってだいぶだよね」
みんながそれぞれ思い思いの強さを思い浮かべる中、円堂はただひたすらに興奮していた。
「そのチームを率いてたのが、円堂大介、おまえのじいさんだ」
「じいちゃんが…、」
円堂のおじいさんはその伝説のチームを作り上げた男らしく人物像がサッカーそのものだと言う。サッカーそのもの…?と想像はつかないが、彼の人生はきっとサッカー一色だったのだろうと推測できた。円堂はそのイナズマイレブンの血を引き継いでいるらしい。そんなことを言われて、興奮しない男ではない円堂は思わず立ち上がった。
「よーし、俺絶対イナズマイレブンみたいになってやる!」
「一人でなる気かよ?」
だけどそれは円堂だけではなくて。この話を聞いて誰がテンション下がろう。誰もが皆が、燃えたぎるようなキラキラした瞳をしていた。円堂もそれを認識しており、まさに太陽のような眩しい笑顔をみんなに見せた。
「もちろん皆で!」
そんな円堂の無垢な笑みに口元が緩んだ。
「俺達は、イナズマイレブンみたいになってみせる!」
「「「おおーっ!」」」
黒い陰謀なんかに絶対潰させはしない。歪ませてでも、野生中には勝たせてみせる。――見てろよ冬海。車庫の影にいる冬海を睨んでから、ニヤリ、と似合わない悪役の顔をうかべた。脅かす存在が誰なのか、冬海が彼に従う理由は、何かに怯えながらも何かを守るため。
「鬼道さん、苗字名前は特別強いというわけでもない普通の子でした。地区予選も出れないし、これ以上監視する必要ないかと、」
「……総帥の指示だ」
「……、わかりました。監視を続けます」
そんなことよりも、どうしよう。古株さんの話を聞いて、体がうずうずしている。
******
雷雷軒に帰りドアを壊れるくらいに、力を込めて開け放つ。がらがらピシャッとすごく嫌な音が店内に響いた。
「響木さん!響木さん!」
響木さんの顔に青筋がぴきり、と浮かんだ。
「ドアは静かに開けろと言たんだがな」
「響木さん!皿洗いします!」
「……その前に手を洗わんか」
帰ってくるなり、開口一番にそれかと響木さんはヒゲの下の口元を緩ませる。やがてため息をついて、じゃじゃ馬ぶりに呆れを覚えるのだった。学校帰りはまっすぐに雷雷軒へ向かい、一枚でも多くの皿を洗うのだ。これが私の日課の一つ。そして、響木さんと私の大切なコミュニケーションの時間だ。
(響木さんっ今日はねー!古株さんから面白い話を聞いたんだー)
(そうか。よかったな)
「新必殺技」とはいうものの、そう簡単に身につけられるものではなくて、昨日のハシゴ車での特訓は必殺技の鍵にはならなかった。ってなわけで、今日は河川敷での練習だ。
「「新必殺技!ジャンピングサンダー!」」
「…………、」
栗松と少林寺君との謎のシュートは、結局二人ともバランスが崩れ撃沈。
「シャドーヘアー!」
宍戸君は自慢のアフロにボールを二つ隠しただけの無意味なダッシュ。みんな独自の特訓に明け暮れるが成果はでなかった。まぁ殆ど、必殺技と言えるようなボール裁きやシュートではなかったが。
「壁山…スピン!」
「……ぶふっ」
壁山は一味違うか?と思いきやボールの周りを回転しながら回ってるだけである。
「あっははははは!無理、限界…!壁山スピンとかっ、もはやボール触れてないじゃんっ!うはははは!!」
「先輩笑いすぎッス!」
「いやいや、笑うわ!無茶苦茶すぎ!」
ツッコミ入れるのを堪えていた名前は涙が出るくらいに爆笑していた。笑われた一年生たちは自分たちのしていた無意味な技に恥を覚え始め、顔を赤くしていた。そんな様子をみた秋が、苦笑いをこぼす。
「、野生中との試合の前に新必殺技なんてできるのかしら……」
「できる!って断言はできないかも、この様子じゃ…、ぶっふ」
「た、確かに」
「「「ま、マネージャーまでぇぇ」」」
秋の言葉に、さらに爆笑するしかなかった。やがて笑っていると染岡がずんずんと近づいてきて、ボールを蹴ってきた。
「おっと、」
「お前は笑ってないで技に磨きをかけろ!」
「ごめっ、やるっ!やるやる、ごめん染岡」
「最初からやれよ、おめーはよ!」
きっと待っててくれたんだなと解釈し、ふぅ、と落ち着いたところで、ボールを蹴り出す。
「でりゃぁっ!」
帝国の試合時に出来たようなシュートをもう一度できるようになりたい。と思ったが、感覚が鈍っており、技ができない。足りないものと言えば、少量の回転か高さか。ピンと来るものはない。何かやはり手応えがないのだ。ふと、横にいた染岡がぼつりと息を吐いた。
「いつ見てもすげー球打つよな」
「え、そ、そうかな」
「なに一丁前に照れてんだよばーか」
「えっと。素直に染岡に褒められたのがうれしくて、」
そういえば染岡は一瞬ぽかんとし、そして一気に顔を赤くした。
「なっば、おま!そういうこと言うなよ!」
俺まで恥ずかしくなったじゃねーかと怒鳴られた。くそ、理不尽。だけど一言ありがとうと言えば、間をあけた後、おうと短く返事をしてくれた。この一発で、今日の部活は終わりを迎えた。
「私のシュート、なんか微妙に違うんだよなぁ…?」
食器を洗っている手が止まる。
「どうした、手が止まっているぞ」
「ああっ、すみません」
響木さんに言われて、さらに増えた洗いものを一枚一枚洗ってゆく。
「できたーっ!」
ぴかぴかになった流し台を自慢げに、にまにまと見つめる。山盛りてんこもりだった食器を全て洗い終え、達成感に満ちあふれている時だ。ガララと扉の開く音がして、そりゃ人気店だし、人はくるよね。
「いらっしゃーい………」
「あれ苗字?」
「ん?」
訪問しに来た客は円堂と風丸と豪炎寺でした。
******
「野生中相手に、必殺技無しにどうやって戦うんだよ」
野生中を前に必殺技が見つからなくて不安をかくせない風丸が円堂に言う。
「俺は皆を信じる」
円堂は風丸の言葉にそう言った。不思議と円堂から向けられる期待と信頼は、じんわりと心が暖かくなる。
「必殺技がなくったって、やってくれるよ!思い出してみろよ。俺達、イナズマイレブンになるんだぜ?」
昨日の古株さんの話だろう、風丸も豪炎寺も、昨日の話を聞いて燃えているのだ。バカ強いチームは一体どんな技を使っていたのかと、当然の疑問が浮上する。
「イナズマイレブンの秘伝書がある……」
キャベツを刻みながら響木さんが答える。
「秘伝書なんてあるんだ…」
3人は『へぇ』軽く流す。少々間が空く。
「「秘伝書!?」」
「すご技特訓ノートなら俺ん家にあるけど、」
「……ノートは秘伝書の一部にすぎん」
響木さんが振り返るとそこには好奇心の目を注ぐ円堂がいた。響木さんはそのキラキラした真っ過ぐな瞳を見て、そして一言。
「お前円堂大介の孫か」
質問に答え、円堂は肯定のために頷く。
「そうか大介さんの孫か!アッハッハッハ!!」
響木さんは初めて会話したときのようにいきなり高らかに笑った。手に持っていたおたまを円堂に向けると円堂は椅子から転がり落ちる。反撃する間もなく再び円堂におたまを突き出す響木さん。
「秘伝書はお前に災いをもたらすかもしれんぞ」
円堂の覚悟を試すような質問。それでも、見たいか?と圧をかけて響木さんは問いただす。円堂は迷わず、肯定の返事をした。あの真っ直ぐな視線を受けて、熱意が伝わらないわけがない。ーーそう響木さんは熱い男なのだ。
(なぜカウンターのお前がドヤ顔しているんだ)
(ふふふ、響木さんかっこいいでしょー)
(おたまで圧かける人が…!?)
********
「ってことがあってね」
「よかったじゃない。それにしても、あなたがここにくるのなんて久しぶりね」
「本当に久しぶりだね。なっちゃん」
「ええ。聞いたわよ。サッカー部に入部したのね」
久しぶりの昼食。ここにくるのは本当に久しぶりだった。クラスに馴染めたのもそうだが、円堂達サッカー部と関わるようになってから本当に忙しくなり、ここ理事長室に足を運ぶことがめっきり減っていた。
「怪我はどうなのよ」
「んぇ、あ、知って、るのか」
「ええ。サッカー部のところへは何度か顔を出していたのよ。そこで聞いたわ」
「えええええ!?そうだったの!?」
お洒落な食器を持ち上げ、紅茶を口に含む。一呼吸置いて、「ええ」と続ける夏未に、タイミングが悪くて言い出せなかったことを指摘され、何だか悪いことをしてしまった気分に襲われる。
「本当は、貴方の口から聞きたかったのだけれどね」
「っ、ごめん」
「あら、勘違いしないでくださる?私、貴方に謝ってほしいわけじゃないのよ」
少しだけ寂しそうに、眉尻を下げた夏未に、私はもう隠し事はやめようと思った。怪我のこと、サッカーのこと、円堂のこと、そして響木さんのこと、時系列を追って、1つずつ話をする。
「今は、円堂たちがFFに勝つために秘伝書を探してるの」
「秘伝書ってーー貴方そんな大事なこと」
「なっちゃんだから言ったの」
「!」
突然帝国学園からの練習試合の申し込みがあってから、ずっとサッカー部のことを追っかけていたのだろう。だから私の怪我のことも知っているし、私が理事長室にこなかった間も、色々リサーチしていたはずだ。でなければ、練習試合の結果がどうだったとか、その時に怪我をしてその後の展開がどうだったのかとか、すんなりと、話が通じるわけがないのだ。
「今年の雷門中サッカー部は一味違うんだ!だから、期待しててね」
「そんなこと言っても貴方は出られないじゃない」
「ああああ、それもご存じかー?そうなんだよね、なんか選手登録はできるらしいけど」
「、選手登録できるの?」
「詳細全然わかんないんだけどね。冬海せんせー教えてくれないし」
「…、」
「なっちゃん?」
普通、大会のこととかは顧問が教えてくれるはずなのだが、冬海先生は練習に姿も見せない。土門の入部の時以来だ。少し愚痴のようになってしまったが、ぽつりと漏らした「女子枠で選手登録ができる」を聞いて、そのあとの時間、夏未がずっと何かを考え込んでいた。
その後は他愛もない話をして、理事長室を後にした。今日の部活はおそらく秘伝書探しで終わるよなーなんて考えながら、夏未に大きく手を振る。姿が見えなくなったところで、自分も3年の教室に戻った。
「夏未?また何か悩んでいるのかね」
「お父様、聞きたいことがあるのだけれどーー」
*****
「「「秘伝書!?」」」
「しーっ!」
「外まで聞こえてるよ!」
「アッ、」
スパァンと勢いよく部室の扉を開け放つ。部室の外までみんなの声が聞こえており、思わずツッコミを入れずにはいられなかった。
「部室にきてみれば……、ここは何かの密集地ですか」
昨日秘伝書の話を聞いたメンバーはもちろん、1年生まで集まっており、ここまで作戦会議があからさまだと、すでに誰かに広まっているのではと思ってしまった。いや、既に私が夏未に言ってはいるが。
「で、秘伝書があるのが……」
「「「あるのが?」」」
ふと止まった会話に、どうしたのだろうと円堂をみた。
「え?」
円堂が私を見つめてくる。円堂につられて他のみんなも私を見た。
「なに!?」
思わず座ろうとしていた体制から、ぴんっと背筋を伸ばした。流石に数十人に一度に見つめられることなんて慣れていない。さっきまで秘伝書の話をしていたのに!と嫌な予感がする。
円堂がすごい勢いでこちらににじり寄ってきた。そして一言。「力を貸してくれないか!?」と。反射的に「は?」と出てしまったのは許してほしい。だってそうだろう、秘伝書がある場所に、先陣切ってほしいなんて。そんなことあるか!?
「いーやーだー!なんで先頭に私なのさ!?薄情者!!」
「だってお前が一番理事長の娘と仲がいいじゃないか!なっ!?」
「ああ!」
円堂や風丸にグイグイと押されて、理事長室のドア前にいる私。お昼休みに訪れた場所だけど!放課後、目的が理事長室の金庫から秘伝書を取り出すなんてあまりにもリスクが高すぎる。
「いいか、サッと入れよ?サッと…、」
「なにがサッとだよ!!」
「しーっ!」
何だかとても悪いことをしているようで、罪悪感を覚える。実際悪いことではあるのだが、夏未に引き目を感じつつも扉に手をかける。キィ…と、音を立てて小さく開いた隙間を除く。
中には誰もーーー。
「うぁ?!」
理事長室の中を確認しようとした瞬間だった。急に背中が押され、その重みに逆らえず横転する。同時に痛みが体を襲った。
「いだぁぁああ!?」
さて、お分かりいただけただろうか。理事長室の扉を開ける。後ろにいた雷門イレブンが名前を押し退けて中を見ようとする。その勢いで先頭の名前の体勢が崩れる。その上に積木状態になったではないか。
下敷きになった痛みを訴える名前。
「くそ!この足噛み付いてやろうか!!」
「す、すまん俺の足だ」
「しー!」
「(だからしー!じゃねーよぉぉおおお)」
ダーっと流れる涙をかみしめて、立ち上がる。その衝撃に、ちくり、と腹部が痛んだのは内緒だ。痛みが引いていたはずの腹部がズキン、ズキン。と痛みを主張し、熱を帯びて脈だってくる。
「よし、任せろ!」
理事長室に誰もいないことを確認すると、円堂が金庫を開こうとダイヤルを回した。下敷きはごめんだと思い、1人離れて理事長室の扉の前で待つ。こうして遠目で見てみると、理事長室の金庫の周りに11人もの男子中学生がいるというのは、本当に怪しい光景だった。
まさか秘伝書があるのが理事長室だなんて。勝手に侵入したこと怒るかな、と引け目を感じながらふと人の気配を感じた。
「あ、」
ふわり、と長くて綺麗な髪を靡かせながら夏未が姿を見せた。そして、彼女の手にはおそらく、彼らが求めている秘伝書と思われるノートがある。夏未と視線が合うと、彼女はしーっと人差し指を口元に持っていき、にっこりと笑みを浮かべた。
「なにが任せろだよ!」
「見つかったらどうすんだよ!?」
「もうとっくに見つかってるんだけど?」
夏未の姿を見てうろたえる雷門イレブン。そして子供でも騙されないような嘘をつく。
「こっこれは…!れ、練習だよ!」
「そ、そうそう!」
とっさの嘘はまるわかりだった。苗字も何か言えよ!という視線を感じるが、お生憎様、夏未にかくしごとはしないのだ。
「(ふははは!許せ皆!!)」
「「「(あ、悪意を感じる!!)」」」
フイと顔を逸らした。
「はぁ………あんた達の探してるのってこれでしょ?」
夏未が大袈裟にため息をまたつくと、手に持っていたノートを皆に見せた。その表紙には、恐ろしく汚い時で、何か書いてある。露骨な秘伝書だった。
「でも意味ないわよ」
「なんでだよ?」
「読めないもの」
「「ええー!?」」
部室に戻るときすれ違い様になっちゃんに声をかける。
「なっちゃんありがとう、秘伝書必ず戦力にする」
「!!」
なっちゃんが振り返ったときはそこに名前の姿はなかったが。
「……期待してるわ」
特に理事長室に忍び込み、金庫を開けようとしたことへのお咎めは奇跡的になく、夏未に感謝だ。彼女が見つけてくれた秘伝書ノートを貰い、さっそく部室に持ち帰って開く。
「読めないって言ってたね」
「暗号で書かれてるのか?」
「外国の文字かなんかッスかねぇ?」
「(横、回る?ぐるぐる、ダイジ……あれまた回転?)」
「いや、おっそろしく汚い字だ」
たまたま円堂が開いたページにはこんなこと書いていたが、理解不能だ。こんなもののために、理事長室に侵入し、金庫を開けようとしたのかと思うとなんか腹立つ。
「でも読めないんじゃ…」
「意味ない……」
「そりゃ使えねーよ...」
パラパラとめくり続ける円堂をよそに、他の皆はずぅうんとしょげている。精神的ショックはでかい。夏未が放った、無駄足と断定するには十分すぎた「読めない」攻撃は、彼らにとって結構大きいダメージのようだ。
「「円堂!」」
自らを危険に曝してまで確認しようとしたのが、まさか無駄になるなんて。そんなのない!と言わんばかりに風丸と染岡は額に青筋を立てて怒鳴った。
「すっげーよ!ゴットハンドの極意だってさ!!」
「「読めるのかよ!!」」
おお、ナイスツッコミ。円堂を真ん中にして隣に風丸が座った。私は半田の隣で1年生達に混じれて座る。
「読むぞ…」
「「「…ゴクリ」」」
―…一人がビョーンて飛ぶ!もう一人がバーンとなってクルッとなってズバーン!
「“これぞイナズマ落としの極意!え、!?」
かなりの擬態語にずるっとこけた。否、宇宙語だ。わけわからん。力をが抜けた。脱力し、ズッコケた姿はコントのごとく。何はともあれ、解読できる人がいてよかった。
*****
「それと―、苗字が時折お腹を抑えては、動きが鈍くなることが…、っと。休憩終わり」
電柱で先ほどから顔をタオルで拭きながら、ボソボソと、独り言にしては長い何かが聞こえた。そして流れるかのように、休憩を終えた彼は再びランニングに戻る。そして後に続いて電柱の影から出てきたのは、ゴーグルをかけた彼だった。誰にも見つからず、不自然に見えないように二人は反対方向へ歩いていく。
もちろん、彼らにとっては誰にも見られていない、完璧な密偵のはずだった。鬼道は私に気がつく前にすぐ手前の角を曲がってしまい、後ろを走っていた私に気がつくことは奇跡的になかった。なんてタイミングだ。
「ってか私の怪我関係なくね?」
盗み聞きって趣味悪いなぁ。と苦笑いをこぼす私がいるとも知らずに。なんだか居心地が悪く、ぽりぽりと頬を掻いた。そうして私も、ランニングをする彼の後ろを追いかけた。
********
「これが本日のメインイベントだ‼」
バーン!と効果音がつくレベルで、染岡はドヤ顔で私たちに見せてきた。そのイベントとは…
「えっとぉ、それは…」
「あ?見ればわかるだろ。タイヤに布団だよ」
「タイヤに布団⁉」
意味がわからない!と半ば叫ぶように言えば、一年生たちがひぃっと声をあげた。それほどにも、彼が準備しているものは、おかしい。いや、割とがちで。
「だいぶタフな特訓だぜ?さぁ行くぞ!」
しかも、その凶器とも言えるタイヤに勢いをつけるのが染岡ともなると、いろいろと相乗効果でさらに危険度がますのではと、みんなの脳裏には”危険”の文字が浮かぶ。構えた染岡の前からは、誰もがささーっと避けた。
「が、頑張れ!」
「はいっす!」
「おし、最初は宍戸!お前からだ!!」
「って、へ?」
一人逃げ遅れた宍戸くんは、流されに流され、最初の犠牲者となった。
「あるぇえええ⁉」
宍戸君は勢いを増したタイヤに吹き飛ばされ、どこかへ飛んで行ったしまったのである。
そして一年が逃げ腰なのを見抜いた染岡は一年生を指名し、強制的に特訓に付き合わせていた。あ、哀れ一年生たちよ…!と、顔を引きつらせる。また一人、また一人と空を舞う。そんな様子を少し離れたところで見つめる三人の影があった。風丸と私と、それから半田だ。人が吹っ飛ぶレベルって相当だぞと、風丸が呟く。
「これって意味あるのか?」
「意味は…‥思い浮かばないなぁ、」
「だよな、」
「でもやるだけ損はないんじゃないか…?」
「とか言いながら半田も風丸も顔が真っ青」
「……苗字だって」
「……」
「……」
「「あ、はははは」」
顔を見合わせて、三人で笑いあう。こうは言っちゃあれだが、あのように惨めに吹き飛ばされる姿なんて見せたくないのが本音だ。
「おら!行くぞ壁山!!逃げんな!!」
「い、嫌っす!!」
「あぁ!?」
次は誰が指名されるのか、もしかしたら自分かもしれないという恐怖感に、3人はゴクリとのどを鳴らしてタイヤを眺めていた。いつ自分の番がくるか、いつくるかと染岡を見つめる。いつくるかわからない自分の番を待つ時間はとても嫌である。
そんな時だ。
「みんな集まってくれー!イナズマ落しのことが少しだけわかったんだ!」
「!」
「仕方ねーな、特訓は一時止めだな」
「「「おう!」」」
声が聞こえたと、3人は言った。円堂の元へ小走りで向かう3人の足取りは軽く、また、心なしか3人の表情は明るかった。
「ふむふむ、一人がびょーんが壁山で……もう一人が高く飛ぶために、最初の人を踏み台にしてずばーんっと…不安定な最後のオーバーヘッド?キックは豪炎寺ってこと?」
「みたいだな」
「へぇ、なんかかっこいいねー」
円堂の言っていたイナズマ落としのこととは、どうもそういうことらしい。その為に、必殺技要員として壁山と豪炎寺が円堂と共に別行動だ。
「俺たちもイナズマ落としにつなげるために他の技術特訓するぞ」
「ああ、そうだな!」
こうして本格的に二手にわかれ、イナズマ落とし練習が始まった。皆が、やる気に満ちている。
「よーし皆!野生中との試合まで頑張るぞ!!」
「「「おお!!」」」
皆で見た夕日は、まるで勝ち星のように綺麗に輝いて空に焼き付いていた。
fin
(いててて、)
(おーい苗字ー?)
(ああごめんごめん、いくよー)
(?変な奴ー)
練習試合に見事勝ちを納め、少しずつ部員の士気が高まってきているのも事実だった。
「えぇえ⁉何それ聞いてないよ」
「あー、そういえばお前が病院行ってた間だった気が……」
「そんなビッグニュース、すぐにでも知りたかったな」
そんな会話をしながら半田と道を歩く。練習も通じて個人の関わり合いも増えてきた。ここは通学路。同じ目的地を目指す生徒たちが、各々校舎を目指すのだ。今ではこのように、通学路で見かけたチームメイトに声をかけ、一緒に登校するほどだ。数日前の自分じゃ考えられない。
「いやまさかでも、ここまで事が進むなんてね」
「ほんとそれだよな。帝国学園と試合する前の俺たちじゃ、想像もできなかったよ」
「本当。いやぁ次は全国大会、ね」
「まずは地区予選だけどな」
「そっか地区予選か」
我々雷門イレブンは、練習試合に勝ったことで、全国一のサッカーチームを決める"フットボールフロンティア"へ出場が決定した。まずは最初の地区予選。どこが対戦校でも、負けん気で挑むさと、半田は語ってくれた。
「円堂のことだし、今日は特訓だろうな!」
「特訓か、じゃあ相手なってよ半田」
「おう。望むところ!」
そうして私たちはお互いに顔を見つめ合わせて、ニカっと笑いあった。こうして日常は簡単にすぎてゆく。そんな日常にーーーーまさかあんな緊急ミッション発生するなんて、誰が想定していただろうか。
半田は、あの後すぐに宿題忘れてたとかなんとかで私を置いていった。そのため、今は一人で下駄箱を目指している。雷門中の校門をくぐると、今が登校時間のピークらしく、沢山の学生がいた。ふと視界にはいったのは、見知ったシルエット。にんまりと口角をあげ、そのシルエットに向かって、背中に突撃した。
「おっはよー少林寺君と壁山君!」
ワッと声が上がり、他の生徒たちがなんだなんだと一瞬視線を集める。
「せ、先輩⁉」
「びびびびっくりしたッス!」
身長差のある二人がお互いに引っ付き合っているのをみて、面白いと心の中で思う。想像以上のリアクションを貰えて満足した。
「あー可愛いなーもう」
「な、こ、子供扱いしないでくださいよぅ!」
「嬉しくないッス!」
可愛い可愛いと言えば、今度はぎゃーぎゃーと嫌そうに反抗してくる姿がまた可愛いらしい。そんな癒しにひたっていると、遠くから何かが聞こえてきた。聞き覚えのある声が、後ろから段々と近づいてくる。
「フットボールフロンティアァァァァア‼」
そして風が吹いたかと思えば、今度は声が遠ざかっていった。
「「!?」」
「きゃ、キャプテン?」
「これは円堂しかありえない」
目にも留まらぬ速さで、叫び、学校に入った円堂にクスクスと笑う。地面から一歩浮いて走っているような円堂は、見ていてとっても面白かった。
「そんなに嬉しいもんなの?フットボール…、フェスティバル?」
「先輩、フロンティアです」
「フェスティバルって間違える人初めてッス…」
「うわ、なんか恥ずかしい」
顔を覆っていると、二人はあははと笑いだした。それから一息つくと、壁山がお腹を押さえながら、ぽつりと口をひらく。
「キャプテン燃えてるッスね」
「……ね、フットボールフロンティアだからね」
円堂が向かった方向を見て、しみじみと語る二人。そんな後輩たちをみて、円堂達はずっとフットボールフロンティア出場を目標に練習をしていたことを思い出す。嬉しくないわけないか、と納得した。また、円堂だけじゃなくこの2人も嬉しそうなのが嬉しい。
円堂の背中を見ながら思い出にふける3人の間を、サァサァと涼しい風が吹く。
円堂に気をとられていたため、3人に近づいてくる人影には、誰も気がついていないようだった。
「チーッス!よっ俺土門、よろしく!」
「うわぁ⁉」
音もなく、突然した声に3人は声をあげて振り返る。そこには褐色肌の、背の高い男子生徒が1人いた。
「おどかしてごめんねー、んで校長室ってどっち?」
こちらはバクバクする心臓を抑えつけているというのに、彼は笑いながら言葉を続ける。彼は妙に明るく、親しみやすそうという印象を受けた。いろいろと少林寺君と壁山君が彼に説明しているなか、私の目に入っていたのは、彼の、くの字にくびれたセクシーな腰だった。
「その隣にありまーー…えっせっ、先輩⁉」
するりと手を伸ばし、土門と名乗る少年の腰を狙う。くびれてるところから、すうっと撫でるように腰に触れる。うわー細いなーいいなーと思っていれば、ククッと笑った声が降ってきて、血の気が引く。
「ブッ、キミ随分と大胆なことするねぇ」
我にかえり、今自分が触れているくびれを見た。自分は、一体、なにを?恐る恐るこのくびれの持ち主を見上げ、自分がしてしまっていることを考える。それに対して、じわじわと、遅れて羞恥心が込み上げてきた。
「あ、あ」
じわりと、恥ずかしさのあまり涙がでる。そして、顔を真っ赤にしながら、拳をつくった。その様子をみて、被害者のかれはギョッとしていたが、あいにく当事者の私はそれどころではない!!!これ以上ここにいたくないと、衝動にかられ、気づいた時には……
「すっ、すみませんでしたぁぁぁぁあっ‼」
一目散に自分のクラスを目指していた。
「ブッフォ…‼な、なんか…台風みたいだね、彼女…クッ」
「あわわ、す、すみませんなんか」
「はー、笑った。いやいや、いいって事よ」
先輩の尻拭いをするしっかりした後輩たちは、その転校生を校長室へと案内するべく、足を動かした。
「面白いもの見れたし」
そう呟いた転校生の顔は、よく見えなかった。
そうして濃い朝の登校時間は瞬く間に過ぎていき、授業を終えて、時はすでに放課後。部活動の時間が始まろうとしていた。私も部活に行こうと、サッカー部の部室前まで足を運んだのだが………、
「(時間前なのにミーティングしてるしぃぃい)」
部室の前まできて、中から話し声がし、すでにミーティングを始めている事実にズンッと落胆する。時間前、というのは、部活動にて学年もクラスも違うため、終わる時間はいつもバラバラ。従って三学年全員がちゃんと公平に集まれるよう、集合時間は配慮して設定されているが…、どうしてこうサッカー部は早いのだろうと糸目になる。
しぶしぶ、部室の扉に手をかけた。
「すみません。授業が長引いて遅れーー」
「皆ーっ!分かってるなー‼」
「「「おおー‼」」」
「いよいよフットボールフロンティアが始まるんだっ‼」
「「おおー‼」」」
素直に遅くなった旨謝罪をしたが、部室内の熱気に反射的にガラララピシャン、と扉を閉めた。しまったな、タイミングミスった。と考えているとーー勝手に目の前の扉が開く。
「苗字!やっと来たか!よしっ、じゃあ皆集まってくれ‼」
「円堂」と、声を出す前に、勢いよくぐいっと腕を引かれて、部室の中にぽいっと投げ入れられた。
「うっわっわ!」
「悪い、先に始めちゃってたぞ!」
「潔すぎるよ円堂!」
あまりのテンポの良さに、謝罪を入れる暇も、ツッコミを入れる暇もなく。勢いよく部室に転がり込んだ私を、みんなが笑っていた。笑う部室の中で、私は口を尖らせながら、空いていそうな場所を探す。すると目が合った半田が、自分のところを開けていてくれたみたいで、「ここ」と教えてくれた。
「半田ありがとう」
「どういたしまして!」
「授業か?」
「んにゃ、あ、豪炎寺だ」
半田が示してくれたタイヤの上に、半田と背中合わせでのように座る。顔をあげれば壁に寄りかかる豪炎寺が近くにいた。「やっほー」と挨拶すれば、フッと花で笑われる。
「授業って何やってたんだよ?」
豪炎寺の話題を拾い、半田が体重を私に乗せながら聞いてきた。
「古典!あの先生鐘鳴ってるのにずっーーとやるんだもん」
「あーあの古典のな」
「そう!くから、くかり、し、き、かる、けれ、かれってずうっっとさぁぁあー!あーまだ頭に先生いるぅうう」
「…なんて?」
「未然連用終止連体仮定命令とかやってらんないよね!ほんっっと!」
「「……」」
ぽかんとしている半田に、不思議に思ってどうしたのか尋ねれば、みんなが同じような顔をしてこっちを見ていた。
「お、お前のところ随分進んでるんだな、古典」
「俺らやっと竹取物語入るとこだぜ」
風丸と染岡に続き、円堂以外の二年生は「うんうん」と同意をする。一年生は「古典…」と苦笑いしている。
「なぁなぁ」
そんな中で、一際大きな円堂の声に、シンッと部室が静かになる。何を言うのかと、身構えて、誰もがごくりと唾液を飲んだ。円堂が息を吸い、青い顔で、ゆっくりと口を動かしーーー、
「みんな…今なんの話してるんだ…?」
「……」
「……すまない円堂」
ドシャァっと、だれもがずっこけた。
気を取り直して、再びミーティングを行う。ざっくりまとめると、フットボールフロンティアの詳細について、みんなで話し合ってたところだそうだ。
「で、相手はどこなんだ?」
「相手は!」
風丸が聞くと、皆は思わず緊張した顔つきへと変化した。念願のフットボールフロンティア、初戦の相手はどこなのか、緊張が走る。誰の、とはいわない。みんなの喉がゴクリ鳴る。
「知らない!」
誰もが脱力し、空回りした気合いが、まぬけな顔をつくりだした。知らないのかよ!とツッコミを入れたい気分だ。まったく。あははと苦笑いに包まれる部室に、ガラリと扉が開いた。
「野生中ですよ」
「あっ冬海、……せんせ、」
「おま、呼び捨て…!
タイミングよく入ってきたのは、一応監督の冬海先生だった。初戦の相手を聞いた円堂は挨拶も忘れて、対戦校についてでいっぱいいっぱいのようだった。
「野生中はたしか、」
「昨年の地区予選の決勝戦で帝国と戦っています」
「すっげー!」
冬海先生の言葉に続けるようしして春奈ちゃんが答える。帝国と戦うほどの、実力を持つ学校だと知ると、円堂はさらにテンションを上げる。そしてまた冬海が口を開いた
「初戦大差で敗退、なんてことは勘弁してほしいですね」
嫌味な口調に、一瞬部室の雰囲気が凍りつく。
「あ、それから……」
前言撤回もせず、そのまま続けた先生は一歩部室の中に入り込んできて、誰かを招き入れた。彼は、長身で、褐色肌の男子生徒で……、
「チーッス!俺土門飛鳥、一応DF希望ね」
ビギッと顔が引きつった。だらだらと冷や汗が流れる。なにこれ、デジャヴかな、と混乱する。まずい、まずいと、思わず半田の背中に隠れた。
「お前本当冬海嫌いだよな、」
隠れたのを何かと勘違いをした半田が重圧をかけてきて、ヒソヒソと話しかけてくる。無視する理由もないため、素直に頷く。
「うん嫌い」
「一応監督なのに」
「一応ね」
練習も見にこないから、半田も否定できないみたいで、返しに困っているようだった。土門を紹介し終えた冬海は部室を出て行く。円堂は興奮したように、土門の入部を喜んでいた。あまりの浮かれた雰囲気に、土門は頬を引きつらせていて、一息つくと、ぽつり、声をだす。
「相手野生中だろ?大丈夫か?」
「なんだよ、新人が偉そうに」
おおっでました!染岡の新人いびり!!反射的に染岡のほうを振り返る。そこには腕を組んで、いつものようにしゃくれている染岡がいた。染岡にひるむことなく、土門は円堂に回された肩の調子を整えながら、単調で答えた。
「前の中学で戦ったことあるからね。瞬発力、起動力も大会屈指だ。特に高さ勝負に強いのは確かだ」
前の学校で戦ったことがある、というソースに誰もが聞き入る。素晴らしい解析力に返す言葉もなく、唖然とするしかなかった。可愛い後輩ちゃんたちも、聞いただけで怖気つきそうな情報にぶるりと体を震わせていた。
「高さなら大丈夫だ!俺たちには“ファイアトルネード”“ドラゴンクラッシュ”それに“ドラゴントルネード”があるだぜ?」
あと苗字もな、と付け足す円堂。私の名前を口にした途端、土門は一度ちらりと部室を見渡した。その際にバチリと視線が合った。
「……女子選手も登録はどうかなぁ。公式戦だと今のところでれないし。あと、あいつらのジャンプ力とんでもねーよ?ドラゴントルネードとか上から抑え込まれちゃうかも」
「えっ!?苗字出れないのか!?」
「円堂嘘だろ今知ったのか」
「ええええ、何だよそれ、」
「少なくともこの地区予選では女子選手は出場はできないんじゃないの?」
土門はなにもなかったかのように、手を動かしてそうジェスチャーをし、会話を続けた。その言葉に円堂やみんなはうーんと頭を動かす。攻撃主役の染岡が、上から押さえ込まれるなんてそんな訳ねぇだろとぼやくが、豪炎寺は一人、肯定の意味を込めてこくりと頷き、吠える染岡を静止させた。
「土門の言う通りだ。俺もあいつらと戦ったことがある。空中戦だけなら、帝国をも凌ぐ」
妙な説得力がある。と思ったのは私だけではなく、半田がおお、まじかと口を半開きにしていた。そして、誰もが必殺技として頼りにしている“ドラゴントルネード”が効かないかもという情報を得て、攻撃手段がないことこの状況により、上がっていたモチベーションは下がった。
「っ、新必殺技だー!!」
水が刺したように、円堂の声が部室に響く。
「必殺技?」
「新必殺技を生み出すんだよ!」
円堂は天井に向けて大きく、手を上げた。その場を一声で制した円堂に、誰もが円堂の手を視線で追いかけた。
「空を制するんだ!」
堂々宣言した円堂は、我先にと部室を飛び出していった。そして、皆が円堂に続いた。
「よっ、朝ぶり」
「っ!?」
ちょんちょん、と肩を叩かれ振り返る。パチンとウインクされ、その人物が土門だと理解すると血が一気に下がった。
「ぎゃっ!朝のっ……!」
「サッカー部だったんだね。よろしく」
「す、すみませんでしたああああ!!」
「「「!?」」」
数名の吹き出した音は無視した。きっと壁山や少林寺くんたちだろう。可愛いから許す。反射的に腰を折って土門に謝れば、彼は、いいっていいってー、語尾を伸ばしながら軽快に許してくれた。
「同じDF同士仲良くしような」
「……う、うん!」
出された手を握り返し、二カリと笑って見せる。そんなこんなで、土門飛鳥君が雷門中サッカー部に入部しましたとさ。軽い足取りで土門に続いて部室を出た。が、まてよ、と足を止める。私土門にポジションの話したっけ…?
「おーい、何ぼーっとしてんだよ?」
「はっ!」
「早く円堂のとこいこーぜ」
「うん、ごめんー!」
半田に促され、我に帰る。ところで、空を制するんだと言った円堂は一体何をするつもりなのだろう。
「…ハシゴ車?」
ぽかんっと口が開けっ放しで空を見上げる。これは、誰がどう見てもハシゴ車だった。
「円堂これって、」
「小さいことは気にするな!次、苗字!」
「ええっ、小さい事!?」
円堂がハシゴ車の上からボールを投げるモーションに入る。相手が地面から、投手がはしご車の上から、というかなりの距離でするべき会話ではない、と思った人は数人いたとか。特に、親しい風丸や半田は無言でそれを指差し、やれやれ、と肩を竦めていたのだった。
「行くぞ!」
円堂がボールを投げると、ボールは待ち構えていた名前がいた所へはいかず、風に吹かれてあらぬ方向へ飛んで行ってしまった。
「円堂ー!私は球拾い係りじゃないんですけどー!」
少し遠くへ行ってしまったため、小走りボールを拾いに走りにいく。無駄な往復だ。
「ごめんごめん、投げてくれ!」
「もー…」
にかっと笑う円堂に怒る気も失せ、拾ったボールを地面に置く。おいた瞬間に少しざわつく、が、止まらず足を振り上げる。
「おりゃー!」
「バカっ!そのまま蹴ったら真っ直ぐ飛ぶだけだぞ...!」
「え」
風丸の声にはっとするが、時すでに遅し。ボールはハシゴ車の車体に当たり、跳ね返ってきた。これはリバウンドという。
「うわっ、」
「「「……」」」
蹴ったボールは自分に戻ってきた。だから頭を下げて華麗に交わせば、ボールはまた転がっていく。みんなの冷たい視線が突き刺さる。
「あ、はははは、失敗失敗」
再び往復して、ボールを拾うはいいが、ボールは投げても投げても上まで届かず、投げた球はひたすらに自分に返ってきた。3回目ぐらいだろうか。投げて、落ちてくるボールが頭に当たり、そして地に落ちる。まぁ予想はしてた、と豪炎寺は腕組みをして目を潰りながら薄く笑っていた。
「ボールの分際でぇ!」
「ついにボールに当たりやがった!」
「苗字、蹴ってみたらどうだ?」
「蹴るって、どうやって…」
哀れに思ったのか風丸が肩を叩いてアトバイスをしてくれた。風丸曰く、ボールを地面に置くのではなく、手に持って、落として、タイミング蹴るらしい。
「……ナルホド」
言われたように思いっ切り空に向かってボールを蹴りあげた。するとどうだろう。どうも届かなかったボールが、すっぽりと円堂の手に収まった。
「よし!次っ風丸!」
ボールは見事円堂の手元に渡った。
「ありがと風丸」
「いや、大したことじゃない」
にこりと笑う風丸にこちらも笑顔でかえす。すれ違いざまにお礼を言った。
「おーおー、精がでるねぇ」
「古株さん!」
古株さん、という整備のおじちゃんが姿を現し、この謎の特訓を褒めてくれた。そりゃそうだろう、はしご車を手配するぐらいなのだから、相当な手間がかかっただろうに。
「この間の試合すごかったよ」
「この間…?」
「もしかして尾刈斗中との?」
みんなが顔を見合わせ、円堂がはしご車から降りてくる。円堂が率先して、尾刈斗中の試合の話をふると、古株さんはぽつりと言った。
「まるで“イナズマイレブン”の再来だったねぇ…」
「“イナズマイレブン”?」
古株さんの言葉に円堂は首を傾げたが、古株さんが“大介さんの孫が知らない?”と逆に首を傾げていた。それはいけない、とでも言うようにイナズマイレブンについて語り始めるのだった。そこで、みんなで話を聞くべく、特訓を中断して業務員の古株さんからイナズマイレブンの話を聞くことになった。
「イナズマイレブンは40年前、雷門中にあった伝説のチームでなぁ」
古株さん曰く、イナズマイレブンと呼ばれた彼らは、すごくバカ強いチームだったらしく、彼らなら世界をも相手にできたかもしれないという。全国を超えて、世界まで相手にできるなんてと、想像もできないほどの強さを思い浮かべ、胸があつくなる。
「うー…カッコイイ!超絶対カッコイイ!!」
「世界か……」
「世界を相手にできる強さってだいぶだよね」
みんながそれぞれ思い思いの強さを思い浮かべる中、円堂はただひたすらに興奮していた。
「そのチームを率いてたのが、円堂大介、おまえのじいさんだ」
「じいちゃんが…、」
円堂のおじいさんはその伝説のチームを作り上げた男らしく人物像がサッカーそのものだと言う。サッカーそのもの…?と想像はつかないが、彼の人生はきっとサッカー一色だったのだろうと推測できた。円堂はそのイナズマイレブンの血を引き継いでいるらしい。そんなことを言われて、興奮しない男ではない円堂は思わず立ち上がった。
「よーし、俺絶対イナズマイレブンみたいになってやる!」
「一人でなる気かよ?」
だけどそれは円堂だけではなくて。この話を聞いて誰がテンション下がろう。誰もが皆が、燃えたぎるようなキラキラした瞳をしていた。円堂もそれを認識しており、まさに太陽のような眩しい笑顔をみんなに見せた。
「もちろん皆で!」
そんな円堂の無垢な笑みに口元が緩んだ。
「俺達は、イナズマイレブンみたいになってみせる!」
「「「おおーっ!」」」
黒い陰謀なんかに絶対潰させはしない。歪ませてでも、野生中には勝たせてみせる。――見てろよ冬海。車庫の影にいる冬海を睨んでから、ニヤリ、と似合わない悪役の顔をうかべた。脅かす存在が誰なのか、冬海が彼に従う理由は、何かに怯えながらも何かを守るため。
「鬼道さん、苗字名前は特別強いというわけでもない普通の子でした。地区予選も出れないし、これ以上監視する必要ないかと、」
「……総帥の指示だ」
「……、わかりました。監視を続けます」
そんなことよりも、どうしよう。古株さんの話を聞いて、体がうずうずしている。
******
雷雷軒に帰りドアを壊れるくらいに、力を込めて開け放つ。がらがらピシャッとすごく嫌な音が店内に響いた。
「響木さん!響木さん!」
響木さんの顔に青筋がぴきり、と浮かんだ。
「ドアは静かに開けろと言たんだがな」
「響木さん!皿洗いします!」
「……その前に手を洗わんか」
帰ってくるなり、開口一番にそれかと響木さんはヒゲの下の口元を緩ませる。やがてため息をついて、じゃじゃ馬ぶりに呆れを覚えるのだった。学校帰りはまっすぐに雷雷軒へ向かい、一枚でも多くの皿を洗うのだ。これが私の日課の一つ。そして、響木さんと私の大切なコミュニケーションの時間だ。
(響木さんっ今日はねー!古株さんから面白い話を聞いたんだー)
(そうか。よかったな)
「新必殺技」とはいうものの、そう簡単に身につけられるものではなくて、昨日のハシゴ車での特訓は必殺技の鍵にはならなかった。ってなわけで、今日は河川敷での練習だ。
「「新必殺技!ジャンピングサンダー!」」
「…………、」
栗松と少林寺君との謎のシュートは、結局二人ともバランスが崩れ撃沈。
「シャドーヘアー!」
宍戸君は自慢のアフロにボールを二つ隠しただけの無意味なダッシュ。みんな独自の特訓に明け暮れるが成果はでなかった。まぁ殆ど、必殺技と言えるようなボール裁きやシュートではなかったが。
「壁山…スピン!」
「……ぶふっ」
壁山は一味違うか?と思いきやボールの周りを回転しながら回ってるだけである。
「あっははははは!無理、限界…!壁山スピンとかっ、もはやボール触れてないじゃんっ!うはははは!!」
「先輩笑いすぎッス!」
「いやいや、笑うわ!無茶苦茶すぎ!」
ツッコミ入れるのを堪えていた名前は涙が出るくらいに爆笑していた。笑われた一年生たちは自分たちのしていた無意味な技に恥を覚え始め、顔を赤くしていた。そんな様子をみた秋が、苦笑いをこぼす。
「、野生中との試合の前に新必殺技なんてできるのかしら……」
「できる!って断言はできないかも、この様子じゃ…、ぶっふ」
「た、確かに」
「「「ま、マネージャーまでぇぇ」」」
秋の言葉に、さらに爆笑するしかなかった。やがて笑っていると染岡がずんずんと近づいてきて、ボールを蹴ってきた。
「おっと、」
「お前は笑ってないで技に磨きをかけろ!」
「ごめっ、やるっ!やるやる、ごめん染岡」
「最初からやれよ、おめーはよ!」
きっと待っててくれたんだなと解釈し、ふぅ、と落ち着いたところで、ボールを蹴り出す。
「でりゃぁっ!」
帝国の試合時に出来たようなシュートをもう一度できるようになりたい。と思ったが、感覚が鈍っており、技ができない。足りないものと言えば、少量の回転か高さか。ピンと来るものはない。何かやはり手応えがないのだ。ふと、横にいた染岡がぼつりと息を吐いた。
「いつ見てもすげー球打つよな」
「え、そ、そうかな」
「なに一丁前に照れてんだよばーか」
「えっと。素直に染岡に褒められたのがうれしくて、」
そういえば染岡は一瞬ぽかんとし、そして一気に顔を赤くした。
「なっば、おま!そういうこと言うなよ!」
俺まで恥ずかしくなったじゃねーかと怒鳴られた。くそ、理不尽。だけど一言ありがとうと言えば、間をあけた後、おうと短く返事をしてくれた。この一発で、今日の部活は終わりを迎えた。
「私のシュート、なんか微妙に違うんだよなぁ…?」
食器を洗っている手が止まる。
「どうした、手が止まっているぞ」
「ああっ、すみません」
響木さんに言われて、さらに増えた洗いものを一枚一枚洗ってゆく。
「できたーっ!」
ぴかぴかになった流し台を自慢げに、にまにまと見つめる。山盛りてんこもりだった食器を全て洗い終え、達成感に満ちあふれている時だ。ガララと扉の開く音がして、そりゃ人気店だし、人はくるよね。
「いらっしゃーい………」
「あれ苗字?」
「ん?」
訪問しに来た客は円堂と風丸と豪炎寺でした。
******
「野生中相手に、必殺技無しにどうやって戦うんだよ」
野生中を前に必殺技が見つからなくて不安をかくせない風丸が円堂に言う。
「俺は皆を信じる」
円堂は風丸の言葉にそう言った。不思議と円堂から向けられる期待と信頼は、じんわりと心が暖かくなる。
「必殺技がなくったって、やってくれるよ!思い出してみろよ。俺達、イナズマイレブンになるんだぜ?」
昨日の古株さんの話だろう、風丸も豪炎寺も、昨日の話を聞いて燃えているのだ。バカ強いチームは一体どんな技を使っていたのかと、当然の疑問が浮上する。
「イナズマイレブンの秘伝書がある……」
キャベツを刻みながら響木さんが答える。
「秘伝書なんてあるんだ…」
3人は『へぇ』軽く流す。少々間が空く。
「「秘伝書!?」」
「すご技特訓ノートなら俺ん家にあるけど、」
「……ノートは秘伝書の一部にすぎん」
響木さんが振り返るとそこには好奇心の目を注ぐ円堂がいた。響木さんはそのキラキラした真っ過ぐな瞳を見て、そして一言。
「お前円堂大介の孫か」
質問に答え、円堂は肯定のために頷く。
「そうか大介さんの孫か!アッハッハッハ!!」
響木さんは初めて会話したときのようにいきなり高らかに笑った。手に持っていたおたまを円堂に向けると円堂は椅子から転がり落ちる。反撃する間もなく再び円堂におたまを突き出す響木さん。
「秘伝書はお前に災いをもたらすかもしれんぞ」
円堂の覚悟を試すような質問。それでも、見たいか?と圧をかけて響木さんは問いただす。円堂は迷わず、肯定の返事をした。あの真っ直ぐな視線を受けて、熱意が伝わらないわけがない。ーーそう響木さんは熱い男なのだ。
(なぜカウンターのお前がドヤ顔しているんだ)
(ふふふ、響木さんかっこいいでしょー)
(おたまで圧かける人が…!?)
********
「ってことがあってね」
「よかったじゃない。それにしても、あなたがここにくるのなんて久しぶりね」
「本当に久しぶりだね。なっちゃん」
「ええ。聞いたわよ。サッカー部に入部したのね」
久しぶりの昼食。ここにくるのは本当に久しぶりだった。クラスに馴染めたのもそうだが、円堂達サッカー部と関わるようになってから本当に忙しくなり、ここ理事長室に足を運ぶことがめっきり減っていた。
「怪我はどうなのよ」
「んぇ、あ、知って、るのか」
「ええ。サッカー部のところへは何度か顔を出していたのよ。そこで聞いたわ」
「えええええ!?そうだったの!?」
お洒落な食器を持ち上げ、紅茶を口に含む。一呼吸置いて、「ええ」と続ける夏未に、タイミングが悪くて言い出せなかったことを指摘され、何だか悪いことをしてしまった気分に襲われる。
「本当は、貴方の口から聞きたかったのだけれどね」
「っ、ごめん」
「あら、勘違いしないでくださる?私、貴方に謝ってほしいわけじゃないのよ」
少しだけ寂しそうに、眉尻を下げた夏未に、私はもう隠し事はやめようと思った。怪我のこと、サッカーのこと、円堂のこと、そして響木さんのこと、時系列を追って、1つずつ話をする。
「今は、円堂たちがFFに勝つために秘伝書を探してるの」
「秘伝書ってーー貴方そんな大事なこと」
「なっちゃんだから言ったの」
「!」
突然帝国学園からの練習試合の申し込みがあってから、ずっとサッカー部のことを追っかけていたのだろう。だから私の怪我のことも知っているし、私が理事長室にこなかった間も、色々リサーチしていたはずだ。でなければ、練習試合の結果がどうだったとか、その時に怪我をしてその後の展開がどうだったのかとか、すんなりと、話が通じるわけがないのだ。
「今年の雷門中サッカー部は一味違うんだ!だから、期待しててね」
「そんなこと言っても貴方は出られないじゃない」
「ああああ、それもご存じかー?そうなんだよね、なんか選手登録はできるらしいけど」
「、選手登録できるの?」
「詳細全然わかんないんだけどね。冬海せんせー教えてくれないし」
「…、」
「なっちゃん?」
普通、大会のこととかは顧問が教えてくれるはずなのだが、冬海先生は練習に姿も見せない。土門の入部の時以来だ。少し愚痴のようになってしまったが、ぽつりと漏らした「女子枠で選手登録ができる」を聞いて、そのあとの時間、夏未がずっと何かを考え込んでいた。
その後は他愛もない話をして、理事長室を後にした。今日の部活はおそらく秘伝書探しで終わるよなーなんて考えながら、夏未に大きく手を振る。姿が見えなくなったところで、自分も3年の教室に戻った。
「夏未?また何か悩んでいるのかね」
「お父様、聞きたいことがあるのだけれどーー」
*****
「「「秘伝書!?」」」
「しーっ!」
「外まで聞こえてるよ!」
「アッ、」
スパァンと勢いよく部室の扉を開け放つ。部室の外までみんなの声が聞こえており、思わずツッコミを入れずにはいられなかった。
「部室にきてみれば……、ここは何かの密集地ですか」
昨日秘伝書の話を聞いたメンバーはもちろん、1年生まで集まっており、ここまで作戦会議があからさまだと、すでに誰かに広まっているのではと思ってしまった。いや、既に私が夏未に言ってはいるが。
「で、秘伝書があるのが……」
「「「あるのが?」」」
ふと止まった会話に、どうしたのだろうと円堂をみた。
「え?」
円堂が私を見つめてくる。円堂につられて他のみんなも私を見た。
「なに!?」
思わず座ろうとしていた体制から、ぴんっと背筋を伸ばした。流石に数十人に一度に見つめられることなんて慣れていない。さっきまで秘伝書の話をしていたのに!と嫌な予感がする。
円堂がすごい勢いでこちらににじり寄ってきた。そして一言。「力を貸してくれないか!?」と。反射的に「は?」と出てしまったのは許してほしい。だってそうだろう、秘伝書がある場所に、先陣切ってほしいなんて。そんなことあるか!?
「いーやーだー!なんで先頭に私なのさ!?薄情者!!」
「だってお前が一番理事長の娘と仲がいいじゃないか!なっ!?」
「ああ!」
円堂や風丸にグイグイと押されて、理事長室のドア前にいる私。お昼休みに訪れた場所だけど!放課後、目的が理事長室の金庫から秘伝書を取り出すなんてあまりにもリスクが高すぎる。
「いいか、サッと入れよ?サッと…、」
「なにがサッとだよ!!」
「しーっ!」
何だかとても悪いことをしているようで、罪悪感を覚える。実際悪いことではあるのだが、夏未に引き目を感じつつも扉に手をかける。キィ…と、音を立てて小さく開いた隙間を除く。
中には誰もーーー。
「うぁ?!」
理事長室の中を確認しようとした瞬間だった。急に背中が押され、その重みに逆らえず横転する。同時に痛みが体を襲った。
「いだぁぁああ!?」
さて、お分かりいただけただろうか。理事長室の扉を開ける。後ろにいた雷門イレブンが名前を押し退けて中を見ようとする。その勢いで先頭の名前の体勢が崩れる。その上に積木状態になったではないか。
下敷きになった痛みを訴える名前。
「くそ!この足噛み付いてやろうか!!」
「す、すまん俺の足だ」
「しー!」
「(だからしー!じゃねーよぉぉおおお)」
ダーっと流れる涙をかみしめて、立ち上がる。その衝撃に、ちくり、と腹部が痛んだのは内緒だ。痛みが引いていたはずの腹部がズキン、ズキン。と痛みを主張し、熱を帯びて脈だってくる。
「よし、任せろ!」
理事長室に誰もいないことを確認すると、円堂が金庫を開こうとダイヤルを回した。下敷きはごめんだと思い、1人離れて理事長室の扉の前で待つ。こうして遠目で見てみると、理事長室の金庫の周りに11人もの男子中学生がいるというのは、本当に怪しい光景だった。
まさか秘伝書があるのが理事長室だなんて。勝手に侵入したこと怒るかな、と引け目を感じながらふと人の気配を感じた。
「あ、」
ふわり、と長くて綺麗な髪を靡かせながら夏未が姿を見せた。そして、彼女の手にはおそらく、彼らが求めている秘伝書と思われるノートがある。夏未と視線が合うと、彼女はしーっと人差し指を口元に持っていき、にっこりと笑みを浮かべた。
「なにが任せろだよ!」
「見つかったらどうすんだよ!?」
「もうとっくに見つかってるんだけど?」
夏未の姿を見てうろたえる雷門イレブン。そして子供でも騙されないような嘘をつく。
「こっこれは…!れ、練習だよ!」
「そ、そうそう!」
とっさの嘘はまるわかりだった。苗字も何か言えよ!という視線を感じるが、お生憎様、夏未にかくしごとはしないのだ。
「(ふははは!許せ皆!!)」
「「「(あ、悪意を感じる!!)」」」
フイと顔を逸らした。
「はぁ………あんた達の探してるのってこれでしょ?」
夏未が大袈裟にため息をまたつくと、手に持っていたノートを皆に見せた。その表紙には、恐ろしく汚い時で、何か書いてある。露骨な秘伝書だった。
「でも意味ないわよ」
「なんでだよ?」
「読めないもの」
「「ええー!?」」
部室に戻るときすれ違い様になっちゃんに声をかける。
「なっちゃんありがとう、秘伝書必ず戦力にする」
「!!」
なっちゃんが振り返ったときはそこに名前の姿はなかったが。
「……期待してるわ」
特に理事長室に忍び込み、金庫を開けようとしたことへのお咎めは奇跡的になく、夏未に感謝だ。彼女が見つけてくれた秘伝書ノートを貰い、さっそく部室に持ち帰って開く。
「読めないって言ってたね」
「暗号で書かれてるのか?」
「外国の文字かなんかッスかねぇ?」
「(横、回る?ぐるぐる、ダイジ……あれまた回転?)」
「いや、おっそろしく汚い字だ」
たまたま円堂が開いたページにはこんなこと書いていたが、理解不能だ。こんなもののために、理事長室に侵入し、金庫を開けようとしたのかと思うとなんか腹立つ。
「でも読めないんじゃ…」
「意味ない……」
「そりゃ使えねーよ...」
パラパラとめくり続ける円堂をよそに、他の皆はずぅうんとしょげている。精神的ショックはでかい。夏未が放った、無駄足と断定するには十分すぎた「読めない」攻撃は、彼らにとって結構大きいダメージのようだ。
「「円堂!」」
自らを危険に曝してまで確認しようとしたのが、まさか無駄になるなんて。そんなのない!と言わんばかりに風丸と染岡は額に青筋を立てて怒鳴った。
「すっげーよ!ゴットハンドの極意だってさ!!」
「「読めるのかよ!!」」
おお、ナイスツッコミ。円堂を真ん中にして隣に風丸が座った。私は半田の隣で1年生達に混じれて座る。
「読むぞ…」
「「「…ゴクリ」」」
―…一人がビョーンて飛ぶ!もう一人がバーンとなってクルッとなってズバーン!
「“これぞイナズマ落としの極意!え、!?」
かなりの擬態語にずるっとこけた。否、宇宙語だ。わけわからん。力をが抜けた。脱力し、ズッコケた姿はコントのごとく。何はともあれ、解読できる人がいてよかった。
*****
「それと―、苗字が時折お腹を抑えては、動きが鈍くなることが…、っと。休憩終わり」
電柱で先ほどから顔をタオルで拭きながら、ボソボソと、独り言にしては長い何かが聞こえた。そして流れるかのように、休憩を終えた彼は再びランニングに戻る。そして後に続いて電柱の影から出てきたのは、ゴーグルをかけた彼だった。誰にも見つからず、不自然に見えないように二人は反対方向へ歩いていく。
もちろん、彼らにとっては誰にも見られていない、完璧な密偵のはずだった。鬼道は私に気がつく前にすぐ手前の角を曲がってしまい、後ろを走っていた私に気がつくことは奇跡的になかった。なんてタイミングだ。
「ってか私の怪我関係なくね?」
盗み聞きって趣味悪いなぁ。と苦笑いをこぼす私がいるとも知らずに。なんだか居心地が悪く、ぽりぽりと頬を掻いた。そうして私も、ランニングをする彼の後ろを追いかけた。
********
「これが本日のメインイベントだ‼」
バーン!と効果音がつくレベルで、染岡はドヤ顔で私たちに見せてきた。そのイベントとは…
「えっとぉ、それは…」
「あ?見ればわかるだろ。タイヤに布団だよ」
「タイヤに布団⁉」
意味がわからない!と半ば叫ぶように言えば、一年生たちがひぃっと声をあげた。それほどにも、彼が準備しているものは、おかしい。いや、割とがちで。
「だいぶタフな特訓だぜ?さぁ行くぞ!」
しかも、その凶器とも言えるタイヤに勢いをつけるのが染岡ともなると、いろいろと相乗効果でさらに危険度がますのではと、みんなの脳裏には”危険”の文字が浮かぶ。構えた染岡の前からは、誰もがささーっと避けた。
「が、頑張れ!」
「はいっす!」
「おし、最初は宍戸!お前からだ!!」
「って、へ?」
一人逃げ遅れた宍戸くんは、流されに流され、最初の犠牲者となった。
「あるぇえええ⁉」
宍戸君は勢いを増したタイヤに吹き飛ばされ、どこかへ飛んで行ったしまったのである。
そして一年が逃げ腰なのを見抜いた染岡は一年生を指名し、強制的に特訓に付き合わせていた。あ、哀れ一年生たちよ…!と、顔を引きつらせる。また一人、また一人と空を舞う。そんな様子を少し離れたところで見つめる三人の影があった。風丸と私と、それから半田だ。人が吹っ飛ぶレベルって相当だぞと、風丸が呟く。
「これって意味あるのか?」
「意味は…‥思い浮かばないなぁ、」
「だよな、」
「でもやるだけ損はないんじゃないか…?」
「とか言いながら半田も風丸も顔が真っ青」
「……苗字だって」
「……」
「……」
「「あ、はははは」」
顔を見合わせて、三人で笑いあう。こうは言っちゃあれだが、あのように惨めに吹き飛ばされる姿なんて見せたくないのが本音だ。
「おら!行くぞ壁山!!逃げんな!!」
「い、嫌っす!!」
「あぁ!?」
次は誰が指名されるのか、もしかしたら自分かもしれないという恐怖感に、3人はゴクリとのどを鳴らしてタイヤを眺めていた。いつ自分の番がくるか、いつくるかと染岡を見つめる。いつくるかわからない自分の番を待つ時間はとても嫌である。
そんな時だ。
「みんな集まってくれー!イナズマ落しのことが少しだけわかったんだ!」
「!」
「仕方ねーな、特訓は一時止めだな」
「「「おう!」」」
声が聞こえたと、3人は言った。円堂の元へ小走りで向かう3人の足取りは軽く、また、心なしか3人の表情は明るかった。
「ふむふむ、一人がびょーんが壁山で……もう一人が高く飛ぶために、最初の人を踏み台にしてずばーんっと…不安定な最後のオーバーヘッド?キックは豪炎寺ってこと?」
「みたいだな」
「へぇ、なんかかっこいいねー」
円堂の言っていたイナズマ落としのこととは、どうもそういうことらしい。その為に、必殺技要員として壁山と豪炎寺が円堂と共に別行動だ。
「俺たちもイナズマ落としにつなげるために他の技術特訓するぞ」
「ああ、そうだな!」
こうして本格的に二手にわかれ、イナズマ落とし練習が始まった。皆が、やる気に満ちている。
「よーし皆!野生中との試合まで頑張るぞ!!」
「「「おお!!」」」
皆で見た夕日は、まるで勝ち星のように綺麗に輝いて空に焼き付いていた。
fin
(いててて、)
(おーい苗字ー?)
(ああごめんごめん、いくよー)
(?変な奴ー)