トリップ/友情より/アニメ沿い/オリジナル/落ち未定
1期連載
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あの後いろいろあって、ついに豪炎寺が雷門イレブンの仲間入りを果たした。全国大会出場経験もあり、何度か新聞やニュースでも取り上げられていた「炎のストライカー」こと、豪炎寺修也のサッカー部入部に、後輩たちは大喜びだった。弱小と蔑まれ続けた雷門中の確かな戦力。実に頼もしい限りだ。
「すご、豪炎寺ニュースにもなったことあるんだ」
「いや、昔のことだ」
「豪炎寺さんだ……!本物だぁ!」
携帯を取り出し、「豪炎寺 中学 サッカー」と検索をかければ、当時のネットニュースの記事がヒットした。思わず感心の声が漏れる。検索で引っかかったサイトの中に、「優勝目前で逃亡か!?エース不在まさかの木戸川敗北ーー」の文字が見えてしまい、豪炎寺の事情を何となく悟る。
「フン、」
「おや」
一年生たちが喜んで豪炎寺の入部を認めるさなか、雷門サッカー部が結成されてからずっと雷門イレブンのストライカーを務めている染岡が鬱陶しそうに鼻を鳴らした。元々強面な彼だが、今日は一層険しく、その眉間には皺が刻まれていく。ワナワナと震え、拳を作り、豪炎寺の入部を囃し立てる後輩達を睨みつけている。
「染岡、そんなに怒んないでー」
「は?怒ってねぇよ」
「ぎゃっ怒ってるじゃん!!」
「お前が茶化すからだろ」
「それはごめん」
素直に謝れば染岡は再び鼻を鳴らし、会話は終わってしまった。昨日河川敷で見せた青いドラゴンーーーそれは彼の力が具現化した姿だ。真っ直ぐにゴールに向かって咆哮し、シュートが決まる。エースストライカーとしての想いがこもった、唯一無二の彼の必殺技だ。
円堂は豪炎寺からの入部届を大切そうに皆にみせた。用紙には豪炎寺の名前がしっかりと記載されている。
「これで豪炎寺が仲間入りだ!」
ニカッと歯を見せて笑う円堂。そんな円堂の隣に並んでいる豪炎寺の表情は真顔だ。真顔である彼の顔をじっと見つめ、観察する。
今部室で話題の豪炎寺の顔はかなり整ってるし、きりりとした眉毛がまた素敵ときた。いや、うん。憧れの豪炎寺が入部してくれて騒ぐのもわかるよ可愛い後輩たちよ。ちょっとした有名人だもんね。うんうん、と頷いていると隣からため息が聞こえた。
「お前なぁ……」
「あり、半田も不機嫌?」
染岡に続いて半田までどしたのさ、と声をかければ、彼はむっと顔をしかめた。挙句の果てに理由は教えてもらえず、「知るか」と言ってそっぽを向いた。突然の反応に、むっとしたくなるのはこちらである。
「それにしても、豪炎寺の人気に嫉妬しちゃうね。ねっ染岡」
「チッ、雷門のエースストライカーは俺一人で十分だ!」
「え⁉」
いつもの調子で話を振ったつもりだった。いつもは同じ調子で会話をしてくれる相手から返ってきたのは、予想もしなかった罵声だった。あまりにも予想外のことに、一瞬だけじわりと涙腺が緩む。本当に、一瞬だけだ。
声を上げた染岡は、そのまま豪炎寺に歩み寄り威嚇をする。これが噂の新人潰しの染岡か、と呑気なことを考えつつ、未だにバクバクしてる心臓を隠した。ああ、嫌な汗をかいた。
一方染岡に噛み付かれた豪炎寺は、大して驚く様子もなく、相変わらず涼しい顔をしている。こういったことには慣れているのか、表情を崩さない。
「案外、小さいことに拘るんだな」
「なにぃ!?」
小さいことだと言われた染岡はさらに激昂し、顔を赤くしていた。
染岡の気持ちが分からない訳ではない。そりゃ誰だって悔しい気持ちになるでしょうよ。同じポジションで、自分より後に入ってきた選手にストライカーの座を奪われるなんて。プライドもそうだけど、これまでの自分の努力を踏み躙られるような言い方はされたくないものだ。
「なんだかなぁ…」
上手く言い表せない、やるせない気持ちだけが残った。同じ仲間なのに、敵対することないのにとモヤモヤした気持ちになった。
「みなさーん!!」
そんな雰囲気最悪状態の中、水を差すように誰かが現れる。ふんわりとしたショートヘアに赤ぶち眼鏡を前髪の上あたりにおいている。そう、あのかわいこちゃん。帝国との練習試合の、新聞部の子。
「あっ!先輩こんにちは!」
うん。相変わらず超可愛い。満面の笑みを向けてくれた。
「春奈ちゃん、」
「えへへ、コホンッ。改めまして、マネージャーになった音無春奈です!よろしくお願いします!!」
「新しく入ったマネージャーってまさか」
「はい!多分私のことかと」
「そうだったんだ!嬉しい!」
素直に思ったことを伝え、笑えば春奈ちゃんも人懐っこい笑みを浮かべてくれた。よろしくの挨拶として手を差し出すと、すっと手を握り返してくれた……のは両手。そしてのまま勢いに任せてズイっと顔を近づけてきた。余りの近さに「うわぁ」と情けない声が出る。
「私あの時からずっと苗字先輩に憧れてたんです!」
「お、音無が暴走してるぞ」
「最後まで諦めなかった姿勢、すごくすっごくかっこよくて……‼まさに凛としてって感じでした‼」
ノンブレス、早くでかつ超ストレートにべた褒めしてくる春奈ちゃん。目をキラキラと輝かせ、例の帝国学園との練習試合の感想を伝えてくれた。「カッコよくて」と言われる経験なんて滅多になく、多少のくすぐったさも感じる。
「あ、ありが」
「そんな姿をもう一度!そして今度は味方として見れるなんて……!私張り切っちゃいます!先輩!これからどうぞよろしくお願いしますね!」
この間の感想と、入部の挨拶を全てこの一瞬に詰め込んだ春奈ちゃん。私の両手をブンブンと上下に振り、満足げにお辞儀をしてくれた。そして上機嫌なのか、ふんふん鼻歌を歌いながら、一歩下がり、PCを抱えたまま秋の隣に立った。あまりの出来事に思わず、握手されてたままの姿勢で、立ち尽くす。手を見て、春奈ちゃんを見て、染岡、半田たちを見る。
「え、今のなに?」
「ぶっやめろ、おまっ、変な挙動するなよ!」
「露骨に困るな!なんか面白いの何でだよ!」
先ほどまでの空気を忘れさせるような、笑いが部室に溢れた。勢いの良さでいえばあの名前だって負けていない。が、そんな彼女が圧倒されたなんて、こんなレアなことはない。染岡や半田は、空気に負け、失笑してしまった。そんな彼らに引っ張られ1年生たちも、口元はしっかりと緩んでいた。
「、それで本題は?」
「ああ!はいっ、これです」
結局、全体的に緩い空気になったところで、豪炎寺が止めに入った。内容は、次の対戦相手だという「オカルト中」について。DVDを入手したと言い、PCの準備にとりかかる。
「"オカルト"中ねぇ、名前からもう嫌な予感しかしない。そもそも漢字どうやって書くのさ」
「……まぁ、分からないわけではないかもな」
「でしょー?」
さすが風丸。話がわかる。と、腕を組んで、手をさする。鳥肌がとまんないよと身振りをすると、意外にマックスが食いかかってきた。目がパチリと合うと彼は楽しそうにニンマリと笑った。
「ははーん?もしかして苗字さ、怖いの?」
「な!?」
「ホラーとか、オカルト系ダメな人かぁ~いるいる」
「そ、なわけないじゃん!!も~マックスったらーやめてー」
ぶんぶんと首をふり、「やだなぁ、そんなんじゃないよ。ホントに!まじで」と一生懸命否定する姿は誰が見ても嘘だとわかった。
「なんか納得できるな」
風丸が綺麗に微笑みながらそう言った。納得できると……?
「あは、苗字先輩苦手そうですもんねー」
少林寺の言葉にうんうんとうなずく皆。おいおい、ちょっとお待ち。どんなイメージだ。だが、一呼吸おいて冷静になってみる。ここで否定する意味はないため、素直に白状する。「オカルト系は、まじ無理」だと。そうしたらマックスが「知ってる」と笑った。……あれ、遊ばれてた?少し機嫌の直った(?)染岡がハンッと鼻で笑い飛ばしてきた。
「そんな怖いか?オカルトってよ」
「や、だって……。ねぇ、得体が知れないって、ねぇ」
「ハッ!ただの臆病者じゃねぇか」
「だまらっしゃいオカン」
「オカッ……!」
「オカンってなんだよ!」と叫びそうな染岡をマックスがなだめていた。なだめられた染岡は不服そうにそっぽ向く。……そういうのを見ると、マックスはやはりイレブン内でも一番のコミュ力を持っていると思う。
「なんで無理なんだ?」
風丸の質問に、皆が一度にこちらをむいた。あまりの息のぴったりさにこちらが引いてしまう。少し考えて、言葉にする。
「……、だって超常現象とかって怖くない?未確認飛行物体とかさ、謎のノイズが映り込んだりさ、あれなんなのほんとに。あ!あとたまに家が軋むやつ!あれとかほんとやめてほしいよね、夜になったらあんなに響くのとかさ、ほんとに無理」
「「「……」」」
「お前……もしかして」
「やめときなよ半田。それは禁句だと思うな」
「お、おう……」
「もっ、もしかして、苗字先輩も意外と怖がりなんッスか?」
「かべやまぁぁぁーッ!!!」
「ヒィッ!?や、だって、お、おれも苦手ッスから!先輩のその気持ちよく分かるッス!!!」
「「「・・・・・」」」
壁山の「怖がり」発言に、皆が一瞬名前の顔色をうかがった。せっかく半田を止めたのにと、マックスはため息をついた。しかしどうだろう、その少女はけろりとしていた。
「というか、壁山はただのビビりでヤンス」
栗松の一言で、あっ、なるほど!と妙な納得感の中、ギスギスしていた雰囲気は少し和らいでいた。主に染岡が震源地となり、ピリついていたのだが、今ではそんな染岡は別の話で気が紛れていた。この流れを作ったのは名前で、きっとこれが彼女の人柄なのだろう。
「じゃあ、再生しますね」
話にひと段落ついたところで、準備を終えた春奈ちゃんがPCの再生ボタンを押した。皆が話の本題を忘れてたかのように、ハッとしてパソコン画面に集中した。
最初こそは普通のサッカーの試合のように思えた。だがどうも相手チームの動きが悪く、ついにはオカルト中に対してなにもアクションしなくなる様が動画で流れている。
ごくり、と誰のもとも言えない音が響く。パソコンの画面に映っていたのは、動けない相手チームを攻略する、まさにオカルトの名に相応しい、尾刈斗中の不気味な姿だった。
「なんで相手チームは全く動けなくなったんだ?」
「オカルト相手にビビったんじゃねーの」
「まさに、オカルト的、ふ、フフフ」
「かっ、影野!ビビらせんな」
動画を見終えたあとに、みんなが口々に呪いだなんだと、会話をする。結局オカルト中の試合の様子を見ていても、相手チームが動かなくなる原因の仮説すら立てることができなかった。原因がわからないことが一番怖いと、改めて認識する。明日、こんな奴らと戦うのかと誰かが言った。ん、明日……?
「あ、明日少し遅れます、すみません」
「「「え!?」」」
ザワッと騒がしくなるみんなに、笑顔をみせながら、手を後頭部に持っていく。「いやぁ、検査してくるね」と笑ってみせると皆は眉間にしわを寄せた。
「検査って、おま」
「検査って言っても包帯変えるだけだし!」
「ケッ別にお前がいなくたって屁でもねぇよ」
「えぇぇ、っ!?オカンひどい‼」
「誰がオカンだ‼‼」
染岡に怒られちゃったと肩を落としていると、ぼそりと聞こえた。「心配して損した」と。その言葉に、自然と表情が緩んだのがわかる。ちくしょう、惚れるじゃねーかよぅ。でもやっぱり少し照れくさくて、自分も鼻の下をこする。
「あは、それじゃあオカンって呼ばれるよ、染岡」
「……マックスまで言うのかよ」
「まさかこの僕が聞き逃すとでも?」
「……はっ!なんのことだかサッパリだな」
「おーい?なんだよ染岡とマックスしてー。さっきからなんの話してんだよ?」
「「……」」
「なんだよ、その哀れみの顔は」
「いや、さすが半田だな、と」
「は!?」
「お前相変わらずブレねぇな……」
「は!?染岡に言われるとなんか深く刺さるんだけど……!」
わたしの知らない、楽しそうな彼らがそこにはいた。
*********
一眠りついて、日が昇る。学校が終わり、放課後。そうしてやってきた今日は、尾刈斗中との試合当日。そして現在地は雷門中ではなく、稲妻町にある大きな病院、稲妻総合病院。
帝国学園との練習試合の時に、検査入院をした病院だ。
「完治しているわけではない。あまり無理はしないように」
「はーい」
白いメッシュがあるお医者さんに言われて、適当に返事をする。あまりにも気の入っていない返事に、お医者さんの目つきが鋭くなったが、許してほしい。なんて言ったって今日は試合の日なんだ。気になるものは気になる。ずっとソワソワしているんだ。
そんな様子に看護師さんは苦笑いをこぼした。今日は包帯替えに来ただけだというのに、担当の看護師さんは、これでもかというくらい説教をしてきた。まだかさぶたが乾いているわけではないから、血が包帯にしみてきたら、包帯を定期的に変えろ。と言われた。
そうして包帯を何個も持たされた。
「お大事にー」
お会計をし、処方箋を受け取る。帰りに薬局もよって塗り薬貰わなきゃとやることを整理する。受付の美人さんの声に会釈をして、雷門中へと急いだ。
「試合、始まっちゃってるかな」
携帯のナビを片手に、小走りをした。生憎天気には恵まれておらず、先週に引き続いて、空はどんよりとしていた。そんな空を見上げながら、この道を真っ直ぐ行けばもう正門にたどり着くところまでやってきた時だ。
「ん……?だれ、あれ、」
自分が向かおうとしているそう遠くないところに人影が見えた。その人影も、こちらの足音に気がついて振り返る。バチリ、とその人物たちと視線がかち合った。そこには驚いたような顔をしている"彼ら"がいた。
「……、」
当たり前のように沈黙が訪れる。ふと、グランドに目をやるとまだ尾刈斗中は来ていないらしく、皆が準備運動をしていた。反射的に「よかった間に合った」と喜びの声をあげた。
「雷門は練習試合に遅刻するのが習慣なのか」
「ん、?」
意識がグランドに向いていたため、突然の言葉に驚いた。ハッとバカにしたような笑いに、ポカンとする。言葉を発したのは2人のうちの片方、眼帯を付けたセミロングの方ーー佐久間だった。
「……なんだその顔」
「あ、や……。えっと、遅刻といいますか、……」
なんというか、と言葉を濁しながら、手に持っていた病院の袋をその人物に見せる。最初こそは奇怪そうな顔をしていたが、その袋の中に、処方箋の文字を見つけて、目を見開く。バツが悪そうに視線を外す少年に苦笑いした。
「帝国の……2人、はさ、試合見に来てくれたの?ありがとう」
グランドに目線を戻してそう言った。視線の端っこで、眼帯の少年がこちらを見たのに気が付いたが、そのまま視線は変えずに会話に挑む。
「………恨んではないのか」
ずっと黙っていた帝国のキャプテン…ゴーグルにマントというまさに個性あふれる人物ーー鬼道が口を開いた。恨み?なんで?と疑問が思い浮かび、再びぽかんと口が開く。そして自然に頬がゆるんだ。
「まさか!むしろ感謝!」
名前は、ニカリと歯を見せて笑った。
*******
「変わった奴だな、鬼道」
「……嗚呼。そうだな、」
チームをぼろぼろにしたうえ、怪我までさせ、挙げ句の果てに病院送りした相手だ。そんなチームに笑いかける奴は初めてである。あんなラフプレーをするから、対戦した学校の人には恨みを買ったり、喧嘩を売られたりはあたりまえのことだった。そんなのは、馴れっこだった。なのにアイツは"ありがとう"と言った。それに、試合には応援ではなく偵察と言っても過言ではない。それにも関わらず、あのようなアホ面で感謝されたところで、何だというのだ。
だけどあんなにも真っ直ぐに笑顔を向けられたのなんて、いつぶりだったろうかと、鬼道と佐久間は自然と口角が上がっていた。
「苗字 名前、か」
ぱたぱたと子供のような足取りで雷門イレブンの元に走っていく名前の背中を見つめる2人がいた。
「すみません!!苗字 名前ただいま戻りました!」
声を上げて、ぺこりとお辞儀する。顔を上げると「こないと思った」と口々にし、驚いている皆がいた。その言葉を受けて、彼女はニンマリと、「何言ってるのさ、私は来たじゃん!」と笑った。快く受け入れてくれたみんなに感謝しつつ、一応顧問だし、冬海先生に挨拶をする。一応ね!!!嫌いだけどしょうがないからね!!!顧問だし!と言い聞かせながら挨拶を済ませて、鼻を鳴らしながら皆の方へ歩く。
「そんなに嫌ならしなきゃいいのに。ほんと面白いね」
「面白くない!」
クククと笑うマックスにツッコミを入れながら、挨拶をすませ、軽く準備運動をした。
「来たぞ円堂!」
風丸の声にふと顔を上げる。ゆっくりと、一歩一歩進んで、こちらに向かってくる集団がいた。……おお、おいでなすったと心の中で言う。ただならぬ雰囲気をだしながらの登場である。帝国のときとは別の意味で怖いと感じた。そう、まるで1人で怖い話を読んでいるような、とそこまで考えて、ゾクリとなんとも言えない寒気に襲われた。
もちろん私は監督の配慮により今回は出場不可と宣言されている。病み上がりもあるし、何より相手監督より承諾が出ていない。だからベンチ席にてマネージャーの秋と春奈ちゃん、そして目金と並んで腰掛けて試合を観戦するのだ。
「あちゃー皆ぎすぎすしてる、それもこれもあの監督のせいだ」
「フッフッフ!!精神攻撃は当たり前ですよ名前さん」
「ゲーム脳いいから」
「ヌァッ!?」
そんな目金と私の会話を聞いて、あはは、と秋や春奈ちゃんが苦笑いをする。ギスギスしている、というのは、相手の監督が軽い挑発を仕掛けてきたからだ。いつもなら言わせておけと、一番気にしなそうな染岡が、挑発に乗ってしまっている。
「でも分からなくもないかも。相手の監督が、豪炎寺君だけみたいな口ぶりだったもの。私もすこし腹が立っちゃった」
「ですね!みなさんのことまるで眼中にないみたいな感じで……あー感じ悪いですっ!!」
「それな!!ほんとそれな!!あーむかつく!!染岡!!!ぶちのめしちゃええええ!!」
「一番物騒なの名前さんじゃないですかぁ!!いいですか!我々が落ち着かないと選手たちも落ち着かないんですよ!」
「そ、そうね。私ったら、……目金君ありがとう」
「ですね!試合に集中しますっ!」
「………、ごめん目金」
ぼそり、とすごい小声でそう呟く。不本意だが、今の場合目金が一番の正論を言った。負はこちらにあると素直に思う。私が謝ったことが意外だったのか、目金がぽかんとこちらを見ていたが、全力で無視をした。そんなこんなで試合開始のホイッスルが鳴り響いた。
『さあ!どのような試合になるのか!?いよいよキックオフです!!』
「!?!?!」
突如現れた実況の角馬が語り出す。……もう驚かない。もう驚かないと言い聞かせ、ばくばくする心臓を落ち着かせた。
そうだ。今は、試合に集中集中──尾刈斗中との試合が始まった。一度は相手に"ファントムシュート"という必殺技を打たれるが、円堂の"ゴットハンド"で防いだ。あの時の、帝国との試合で一点獲得のカギとなったあの技だ。
「っ!モノにしたんだね円堂!!」
「すごい円堂君……、」
わぁっとプチ盛り上がりを見せるベンチに、雷門サイドは波に乗る。イライラしている染岡だったが、逆に、彼の闘争心に火をつけて、積極的に前に出るようになっていた。ボールが染岡に渡り、にたりと笑う染岡に、ベンチ側も手に汗を握る。
「見せてやるよ、俺の必殺シュート!!」
青くドラゴンが相手のゴールに向かって一直線に向かって行き、突き刺さった。ピーッというホイッスルに、われに返る。先取点は雷門だった。同時に喜びと驚きがベンチに湧き上がる。
「すごいシュートでしたね!」
「ね!染岡かっこいい!!」
「"ドラゴンクラッシュ"って!」
「くー痺れる!!」
きゃあきゃあと秋と春奈ちゃんが喜びの声をあげた。秋、私、春奈ちゃんという順に座っていたが為、私は2人にサンドウィッチされる。いやぁ……いい匂いがする。適度に合いの手を入れながら、染岡のシュートによる先制点に、興奮した。すると秋達の声に目金がきらりとメガネを光らせた。
「やはり素晴らしい……。僕のネーミングセンスは!」
「貴方がつけたの?」
「フッフッフ、あらゆるゲームを……」
「あ、むこうからのスローイングだ」
「!!」
何かを語り出す目金をスルーして、試合に集中した。
皆との連携もできてきて、再び染岡にボールが渡った。波に乗っている今が、失敗した時の反響は大きい。そう思うと嫌な予感がする。頭の中にはあまりいいとは言えない試合過程が浮かんでは消えていく。なんだっけ、と思い出すのもあほらしいと思い、試合経過を見つめた。
「"ドラゴンクラッシュ"!」
2点目のホイッスルが鳴り響いた。わぁわぁと喜んでいる中、向こうの監督が立ち上がるのが視界に入り、首をかしげた。なんだか、最初の温厚な雰囲気ではないような気がして、目を細める。
「いつまでも雑魚が!調子に乗ってんじゃねえぞ!!」
「な、なに?」
反対側のベンチにまで届くくらいの声量にこちらも驚く。するとどうだろう。監督の言葉に、盛大に選手たちがフィールドの中心に集まっていくではないか。
「てめぇら!!そいつらに地獄を見せてやれ!!」
荒々しい言葉遣いにドン引きしながら、試合経過を見つめる。今の指示がなんなのか、見極めなければと使命感に襲われる。そのとき、一人の選手が動きがあった。
「"ゴーストロック"」──マーレマレトマレ!!
その選手がその言葉を口にした瞬間のことである。
「な…!?」
何かがおかしい。そう思うと同時に、フィールドの選手たちは何かおかしいことをしだしたのだ。
「なんでみんな……」
仲間同士で、ディフェンスしてるの?何が起こったのか、こちらも分からないため凹凸のない声で秋が呟いた。この間部室で見た動画で見た状況と全く同じだった。
「相手が、動けない、」
フィールドに立っていないからなぜ彼らが動けないのか実感がなかった。とはいえど、フィールドの彼等は動けないのだから、ゴールもやすやすと奪われてしまう。尾刈斗中の怪しい攻撃の前にあっという間に逆転されてしまった。ホイッスルを聞きながら、なんとも言えない言葉がぽろりとこぼれる。
「ああっ!」
「逆転、ですね…」
ホイッスルが鳴り響き、思わず思考がとまってしまった。こうして、尾刈斗中の放ったゴーストロックを前に、ついに3点目が入ってしまった。動けない間にあっさりと逆転されてしまい、不甲斐なさ、もどかしさ、不満が募るなか、前半が終わった。
******
皆で部室にもどり、緊急ミーティングを始める。議題はもちろん、皆に起こった謎の現象だ。
「一体どうなっているんだ?」
「急に足が動かなくなるんなんてな、」
「まさか本当に呪いじゃ……」
「っ!そんなことあるわけないだろ!」
「じゃあっ……!なんで足が動かなくなるんだよ!」
説明のつかない身体の不調に、口々に言うことは"呪い"。非現実的で、信じ難い現象の前に、不穏な雰囲気が流れる。そんなみんなの言葉を聞きながら、自分なりに起こったことをまとめてみる。
「監督が、叫んでから……キャプテンの、"ゴーストロック"。……呪文、…あれ、呪文なんて言ってたっけ、」
「呪文……?」
「あ……えっと、」
気がつけば、みんながこちらをみていて、どうしようと言葉につまる。すると、円堂が一歩前に進んだ。
「なんだ?聞かせてくれ」
「……なんか、あっちの監督言ってなかった?よくわかんないカタカナみたいな、なんか」
「あぁ!?そんなん聞こえるわけねぇだろ」
「ッ、でも、なんか言ってた気が、」
「選手への指示じゃないのか」
「……、」
染岡に続き、風丸にも言われてしまい、言葉に詰まった。しまった、皆はイライラしている。曖昧なこの発言は、さらに皆をいらいらさせてしまうだけだと察する。
「呪文か……」
豪炎寺のつぶやきに、はっとする。
「っ!そう、マーレマレ……、」
「お前まで呪いだとか言うのか!?」
「ち、違うよ染岡!!」
「じゃあなんだよ呪文って!!」
「だから、呪いとか、そういうのじゃなくて、もっと単純な、」
パンパンッと乾いた音が部室になった。染岡も、私も我に返る。
「……時間だわ、行かないと」
秋の声に皆がしぶしぶとフィールドに向かう。結局なにも解決はしないまま、インターバルは終わってしまった。
*****
後半開始。
一抹の不安が残る中、自分の言うことを聞かない身体に皆がいらいらし始める。そして、折角のチャンスなのにシュートを打たなかった豪炎寺に矛先は向かう。
「豪炎寺!なんでシュートを打たないんだよ!!」
「、荒れてますね…」
「これじゃあ……」
「染オカン…」
喋ればいいといっても、今の染岡に言っても無駄だと思った。きっと、信じちゃもらえない。それどころか、頭おかしい人だと思われてしまうかも。
「だって、だって染岡さんのシュートじゃ入らないんですもん!!」
シュートを打ちにいかない豪炎寺に苛立ちをおぼえる染岡たち。ついに、雷門イレブンは仲間割れを始めてしまった。なんで豪炎寺にパスしなかっただの、シュート打たないんだの…染岡じゃだめだの………、は?今染岡じゃダメだって言ったか?
ぷつん
「……なんの音?」
「監督、タイムを」
「え、えぇぇ!?」
私の中で何かが切れた。監督がタイムを入れる前に、声が出る。監督もぽかんとしてタイムを入れるのを忘れていて、でもとまらなかった。
「うああああああーーーっ!!!」
「「!?」」
ベンチからの突然の叫びに、グランドにいた選手全員がそちらを見る。その発信源になっているの名前を、なんだなんだとみんなが凝視した。
「まともにプレーできてないじゃん!!何やってんの!」
「そんなこと言ったって……!」
「なんで豪炎寺が打たないのかって?理由があるからだよ!動けない?もっとよく、周りをみて!耳障りなのない!?」
「また呪いか!?そんなもんねぇよ!!シュートを打ちにいかない、それは事実だ!!」
「ッ、豪炎寺が意味のないことを!試合中にする奴だと思う!?」
「っ、そ、それは」
「それにっ、あの先制点は染岡の努力の賜物なんだよ!どさくさに紛れて否定すんな!!」
「ヒィッ、す、すみませぇん!」
「もうなんでもいいからっ……みんな冷静になってよ!!」
その言葉に円堂はハッとした。円堂だけじゃない、冷静になれと、彼女は言った。そうだ自分たちは冷静じゃなかったと皆が顔を上げる。
「さっき、名前が言ってた呪文、…………!」
円堂は目をつぶって、周りに耳を傾けるとさっきから聞こえていた声に気がつく。それを自分の口で呟いてみた。
「"マーレマレトマレ"……止まれ!?そうかわかったぞ!!」
円堂は何か理解したようだ。円堂は両手をパチン、と叩いて。
「ゴロゴロドカーーン!!」
「「!?」」
「え、円堂君!?」
と叫んだ。円堂の行動により、電光のような何かが皆の体を駆け抜ける。それはもちろん、ベンチで冷静さをなくし、叫んでいた私にも届く。自分が彼らに向かって偉そうなことを言っていたのだとはっとした。同時に、流れが止まっていた試合も再開され、皆が走りだす。その瞬間にやってきたのは、後悔だった。
「やってしまった……」
怒鳴ったあとに、力なく、ストンとベンチに座った名前に目金は少しの恐怖を覚えたと同時に、意外と打たれ弱いのだと悟る。冷静じゃなかったのは自分じゃないかと自己嫌悪に陥る。
「ご、ごめん」
「名前ちゃん」
「!、」
肩に手がおかれた。この優しい声色は、秋だ。私は怖くて振り返れなかった。絶対、引かれた。皆の何が分かるんだって。みんなだって、試行錯誤してるんだって。偉そうに口出すなって、
「皆、気づいてくれたよ」
一瞬頭が真っ白になり、反応に遅れてしまった。試合で奮闘してたみんなに罵声をあげてしまった愚かな私に、秋が優しい言葉をかけくれた。
「「"ドラゴントルネード"!!」」
「!!」
グランドから聞こえてきたのは染岡と豪炎寺の声だった。そのにいるのは、豪炎寺の炎を纏った、染岡の赤いドラゴン。私がそのシュートを見たのを確認すると秋は微笑んだ。秋に続いて、横から春奈ちゃんが顔をのぞかせる。
「先輩、格好良かったですよ!!」
二人とも笑いかけくれた。
『試合終了!雷門イレブン、まさかの勝ち越しです!』
ぽかんとする私を置いて、実況者が閉めの文言を話し出す。
「勝ち……?」
「ええ」
「はいっ!!」
「染岡と、豪炎寺のシュート、で?」
「そう!みんなの勝ち!」
秋の言葉にじんわりと、胸があつくなる。勝った、勝ったのだ。彼らの力で、みんなで。新たに加わった豪炎寺を加えて、順応したのだ。
「名前ちゃん、顔あげてみて」
「!」
秋の言葉に、前をみる。気が付けば、試合終了の挨拶を終えたみんながベンチの周りに集まっていた。何かを言いたげな染岡や半田、風丸を前に、胸がいっぱいになる。
「苗字、その、悪──」
その続きの言葉を発する人はいなかった。そこには、泣き笑顔の名前が見えた。みんなで掴んだ勝利が嬉しくてたまらないといった顔をしていて、ここで必要なのは、謝る言葉ではないのだと、みなが思う。
「……ありがとうな。お前の喝きいたぜ、名前」
染岡が拳を名前に向けてのばした。コツン、と心地の良い音がその場に響いた気がした。初めての衝突、初めての勝利は、皆でつかんだものだった。
「というかお前がキレたの染岡へのバッシングだったよな」
「ヒャ!あああ、あれは!本当に、すみませんでしたぁぁあぁ」
「はは、1年がビビってる」
「だって許せなかったんだもん」
「染岡さぁん、ごめんなさいッスぅぅうう」
「けっ!お前に言われなくても俺は雷門のエースストライカーの座は安易とやるもんかよ」
「いいじゃん、かっこいい」
「、ふん」
試合の前は仲が悪かったのに、試合の後で染岡と豪炎寺が良い表情をしていて、握手をしていた。呪いだなんだ、未知のものに諦めず足掻いた結果の勝利。嬉しくないわけがなかった。
fin
(やっと、みんなと同じフィールドに立てた気がする。そう、思ってもいいよね)
「すご、豪炎寺ニュースにもなったことあるんだ」
「いや、昔のことだ」
「豪炎寺さんだ……!本物だぁ!」
携帯を取り出し、「豪炎寺 中学 サッカー」と検索をかければ、当時のネットニュースの記事がヒットした。思わず感心の声が漏れる。検索で引っかかったサイトの中に、「優勝目前で逃亡か!?エース不在まさかの木戸川敗北ーー」の文字が見えてしまい、豪炎寺の事情を何となく悟る。
「フン、」
「おや」
一年生たちが喜んで豪炎寺の入部を認めるさなか、雷門サッカー部が結成されてからずっと雷門イレブンのストライカーを務めている染岡が鬱陶しそうに鼻を鳴らした。元々強面な彼だが、今日は一層険しく、その眉間には皺が刻まれていく。ワナワナと震え、拳を作り、豪炎寺の入部を囃し立てる後輩達を睨みつけている。
「染岡、そんなに怒んないでー」
「は?怒ってねぇよ」
「ぎゃっ怒ってるじゃん!!」
「お前が茶化すからだろ」
「それはごめん」
素直に謝れば染岡は再び鼻を鳴らし、会話は終わってしまった。昨日河川敷で見せた青いドラゴンーーーそれは彼の力が具現化した姿だ。真っ直ぐにゴールに向かって咆哮し、シュートが決まる。エースストライカーとしての想いがこもった、唯一無二の彼の必殺技だ。
円堂は豪炎寺からの入部届を大切そうに皆にみせた。用紙には豪炎寺の名前がしっかりと記載されている。
「これで豪炎寺が仲間入りだ!」
ニカッと歯を見せて笑う円堂。そんな円堂の隣に並んでいる豪炎寺の表情は真顔だ。真顔である彼の顔をじっと見つめ、観察する。
今部室で話題の豪炎寺の顔はかなり整ってるし、きりりとした眉毛がまた素敵ときた。いや、うん。憧れの豪炎寺が入部してくれて騒ぐのもわかるよ可愛い後輩たちよ。ちょっとした有名人だもんね。うんうん、と頷いていると隣からため息が聞こえた。
「お前なぁ……」
「あり、半田も不機嫌?」
染岡に続いて半田までどしたのさ、と声をかければ、彼はむっと顔をしかめた。挙句の果てに理由は教えてもらえず、「知るか」と言ってそっぽを向いた。突然の反応に、むっとしたくなるのはこちらである。
「それにしても、豪炎寺の人気に嫉妬しちゃうね。ねっ染岡」
「チッ、雷門のエースストライカーは俺一人で十分だ!」
「え⁉」
いつもの調子で話を振ったつもりだった。いつもは同じ調子で会話をしてくれる相手から返ってきたのは、予想もしなかった罵声だった。あまりにも予想外のことに、一瞬だけじわりと涙腺が緩む。本当に、一瞬だけだ。
声を上げた染岡は、そのまま豪炎寺に歩み寄り威嚇をする。これが噂の新人潰しの染岡か、と呑気なことを考えつつ、未だにバクバクしてる心臓を隠した。ああ、嫌な汗をかいた。
一方染岡に噛み付かれた豪炎寺は、大して驚く様子もなく、相変わらず涼しい顔をしている。こういったことには慣れているのか、表情を崩さない。
「案外、小さいことに拘るんだな」
「なにぃ!?」
小さいことだと言われた染岡はさらに激昂し、顔を赤くしていた。
染岡の気持ちが分からない訳ではない。そりゃ誰だって悔しい気持ちになるでしょうよ。同じポジションで、自分より後に入ってきた選手にストライカーの座を奪われるなんて。プライドもそうだけど、これまでの自分の努力を踏み躙られるような言い方はされたくないものだ。
「なんだかなぁ…」
上手く言い表せない、やるせない気持ちだけが残った。同じ仲間なのに、敵対することないのにとモヤモヤした気持ちになった。
「みなさーん!!」
そんな雰囲気最悪状態の中、水を差すように誰かが現れる。ふんわりとしたショートヘアに赤ぶち眼鏡を前髪の上あたりにおいている。そう、あのかわいこちゃん。帝国との練習試合の、新聞部の子。
「あっ!先輩こんにちは!」
うん。相変わらず超可愛い。満面の笑みを向けてくれた。
「春奈ちゃん、」
「えへへ、コホンッ。改めまして、マネージャーになった音無春奈です!よろしくお願いします!!」
「新しく入ったマネージャーってまさか」
「はい!多分私のことかと」
「そうだったんだ!嬉しい!」
素直に思ったことを伝え、笑えば春奈ちゃんも人懐っこい笑みを浮かべてくれた。よろしくの挨拶として手を差し出すと、すっと手を握り返してくれた……のは両手。そしてのまま勢いに任せてズイっと顔を近づけてきた。余りの近さに「うわぁ」と情けない声が出る。
「私あの時からずっと苗字先輩に憧れてたんです!」
「お、音無が暴走してるぞ」
「最後まで諦めなかった姿勢、すごくすっごくかっこよくて……‼まさに凛としてって感じでした‼」
ノンブレス、早くでかつ超ストレートにべた褒めしてくる春奈ちゃん。目をキラキラと輝かせ、例の帝国学園との練習試合の感想を伝えてくれた。「カッコよくて」と言われる経験なんて滅多になく、多少のくすぐったさも感じる。
「あ、ありが」
「そんな姿をもう一度!そして今度は味方として見れるなんて……!私張り切っちゃいます!先輩!これからどうぞよろしくお願いしますね!」
この間の感想と、入部の挨拶を全てこの一瞬に詰め込んだ春奈ちゃん。私の両手をブンブンと上下に振り、満足げにお辞儀をしてくれた。そして上機嫌なのか、ふんふん鼻歌を歌いながら、一歩下がり、PCを抱えたまま秋の隣に立った。あまりの出来事に思わず、握手されてたままの姿勢で、立ち尽くす。手を見て、春奈ちゃんを見て、染岡、半田たちを見る。
「え、今のなに?」
「ぶっやめろ、おまっ、変な挙動するなよ!」
「露骨に困るな!なんか面白いの何でだよ!」
先ほどまでの空気を忘れさせるような、笑いが部室に溢れた。勢いの良さでいえばあの名前だって負けていない。が、そんな彼女が圧倒されたなんて、こんなレアなことはない。染岡や半田は、空気に負け、失笑してしまった。そんな彼らに引っ張られ1年生たちも、口元はしっかりと緩んでいた。
「、それで本題は?」
「ああ!はいっ、これです」
結局、全体的に緩い空気になったところで、豪炎寺が止めに入った。内容は、次の対戦相手だという「オカルト中」について。DVDを入手したと言い、PCの準備にとりかかる。
「"オカルト"中ねぇ、名前からもう嫌な予感しかしない。そもそも漢字どうやって書くのさ」
「……まぁ、分からないわけではないかもな」
「でしょー?」
さすが風丸。話がわかる。と、腕を組んで、手をさする。鳥肌がとまんないよと身振りをすると、意外にマックスが食いかかってきた。目がパチリと合うと彼は楽しそうにニンマリと笑った。
「ははーん?もしかして苗字さ、怖いの?」
「な!?」
「ホラーとか、オカルト系ダメな人かぁ~いるいる」
「そ、なわけないじゃん!!も~マックスったらーやめてー」
ぶんぶんと首をふり、「やだなぁ、そんなんじゃないよ。ホントに!まじで」と一生懸命否定する姿は誰が見ても嘘だとわかった。
「なんか納得できるな」
風丸が綺麗に微笑みながらそう言った。納得できると……?
「あは、苗字先輩苦手そうですもんねー」
少林寺の言葉にうんうんとうなずく皆。おいおい、ちょっとお待ち。どんなイメージだ。だが、一呼吸おいて冷静になってみる。ここで否定する意味はないため、素直に白状する。「オカルト系は、まじ無理」だと。そうしたらマックスが「知ってる」と笑った。……あれ、遊ばれてた?少し機嫌の直った(?)染岡がハンッと鼻で笑い飛ばしてきた。
「そんな怖いか?オカルトってよ」
「や、だって……。ねぇ、得体が知れないって、ねぇ」
「ハッ!ただの臆病者じゃねぇか」
「だまらっしゃいオカン」
「オカッ……!」
「オカンってなんだよ!」と叫びそうな染岡をマックスがなだめていた。なだめられた染岡は不服そうにそっぽ向く。……そういうのを見ると、マックスはやはりイレブン内でも一番のコミュ力を持っていると思う。
「なんで無理なんだ?」
風丸の質問に、皆が一度にこちらをむいた。あまりの息のぴったりさにこちらが引いてしまう。少し考えて、言葉にする。
「……、だって超常現象とかって怖くない?未確認飛行物体とかさ、謎のノイズが映り込んだりさ、あれなんなのほんとに。あ!あとたまに家が軋むやつ!あれとかほんとやめてほしいよね、夜になったらあんなに響くのとかさ、ほんとに無理」
「「「……」」」
「お前……もしかして」
「やめときなよ半田。それは禁句だと思うな」
「お、おう……」
「もっ、もしかして、苗字先輩も意外と怖がりなんッスか?」
「かべやまぁぁぁーッ!!!」
「ヒィッ!?や、だって、お、おれも苦手ッスから!先輩のその気持ちよく分かるッス!!!」
「「「・・・・・」」」
壁山の「怖がり」発言に、皆が一瞬名前の顔色をうかがった。せっかく半田を止めたのにと、マックスはため息をついた。しかしどうだろう、その少女はけろりとしていた。
「というか、壁山はただのビビりでヤンス」
栗松の一言で、あっ、なるほど!と妙な納得感の中、ギスギスしていた雰囲気は少し和らいでいた。主に染岡が震源地となり、ピリついていたのだが、今ではそんな染岡は別の話で気が紛れていた。この流れを作ったのは名前で、きっとこれが彼女の人柄なのだろう。
「じゃあ、再生しますね」
話にひと段落ついたところで、準備を終えた春奈ちゃんがPCの再生ボタンを押した。皆が話の本題を忘れてたかのように、ハッとしてパソコン画面に集中した。
最初こそは普通のサッカーの試合のように思えた。だがどうも相手チームの動きが悪く、ついにはオカルト中に対してなにもアクションしなくなる様が動画で流れている。
ごくり、と誰のもとも言えない音が響く。パソコンの画面に映っていたのは、動けない相手チームを攻略する、まさにオカルトの名に相応しい、尾刈斗中の不気味な姿だった。
「なんで相手チームは全く動けなくなったんだ?」
「オカルト相手にビビったんじゃねーの」
「まさに、オカルト的、ふ、フフフ」
「かっ、影野!ビビらせんな」
動画を見終えたあとに、みんなが口々に呪いだなんだと、会話をする。結局オカルト中の試合の様子を見ていても、相手チームが動かなくなる原因の仮説すら立てることができなかった。原因がわからないことが一番怖いと、改めて認識する。明日、こんな奴らと戦うのかと誰かが言った。ん、明日……?
「あ、明日少し遅れます、すみません」
「「「え!?」」」
ザワッと騒がしくなるみんなに、笑顔をみせながら、手を後頭部に持っていく。「いやぁ、検査してくるね」と笑ってみせると皆は眉間にしわを寄せた。
「検査って、おま」
「検査って言っても包帯変えるだけだし!」
「ケッ別にお前がいなくたって屁でもねぇよ」
「えぇぇ、っ!?オカンひどい‼」
「誰がオカンだ‼‼」
染岡に怒られちゃったと肩を落としていると、ぼそりと聞こえた。「心配して損した」と。その言葉に、自然と表情が緩んだのがわかる。ちくしょう、惚れるじゃねーかよぅ。でもやっぱり少し照れくさくて、自分も鼻の下をこする。
「あは、それじゃあオカンって呼ばれるよ、染岡」
「……マックスまで言うのかよ」
「まさかこの僕が聞き逃すとでも?」
「……はっ!なんのことだかサッパリだな」
「おーい?なんだよ染岡とマックスしてー。さっきからなんの話してんだよ?」
「「……」」
「なんだよ、その哀れみの顔は」
「いや、さすが半田だな、と」
「は!?」
「お前相変わらずブレねぇな……」
「は!?染岡に言われるとなんか深く刺さるんだけど……!」
わたしの知らない、楽しそうな彼らがそこにはいた。
*********
一眠りついて、日が昇る。学校が終わり、放課後。そうしてやってきた今日は、尾刈斗中との試合当日。そして現在地は雷門中ではなく、稲妻町にある大きな病院、稲妻総合病院。
帝国学園との練習試合の時に、検査入院をした病院だ。
「完治しているわけではない。あまり無理はしないように」
「はーい」
白いメッシュがあるお医者さんに言われて、適当に返事をする。あまりにも気の入っていない返事に、お医者さんの目つきが鋭くなったが、許してほしい。なんて言ったって今日は試合の日なんだ。気になるものは気になる。ずっとソワソワしているんだ。
そんな様子に看護師さんは苦笑いをこぼした。今日は包帯替えに来ただけだというのに、担当の看護師さんは、これでもかというくらい説教をしてきた。まだかさぶたが乾いているわけではないから、血が包帯にしみてきたら、包帯を定期的に変えろ。と言われた。
そうして包帯を何個も持たされた。
「お大事にー」
お会計をし、処方箋を受け取る。帰りに薬局もよって塗り薬貰わなきゃとやることを整理する。受付の美人さんの声に会釈をして、雷門中へと急いだ。
「試合、始まっちゃってるかな」
携帯のナビを片手に、小走りをした。生憎天気には恵まれておらず、先週に引き続いて、空はどんよりとしていた。そんな空を見上げながら、この道を真っ直ぐ行けばもう正門にたどり着くところまでやってきた時だ。
「ん……?だれ、あれ、」
自分が向かおうとしているそう遠くないところに人影が見えた。その人影も、こちらの足音に気がついて振り返る。バチリ、とその人物たちと視線がかち合った。そこには驚いたような顔をしている"彼ら"がいた。
「……、」
当たり前のように沈黙が訪れる。ふと、グランドに目をやるとまだ尾刈斗中は来ていないらしく、皆が準備運動をしていた。反射的に「よかった間に合った」と喜びの声をあげた。
「雷門は練習試合に遅刻するのが習慣なのか」
「ん、?」
意識がグランドに向いていたため、突然の言葉に驚いた。ハッとバカにしたような笑いに、ポカンとする。言葉を発したのは2人のうちの片方、眼帯を付けたセミロングの方ーー佐久間だった。
「……なんだその顔」
「あ、や……。えっと、遅刻といいますか、……」
なんというか、と言葉を濁しながら、手に持っていた病院の袋をその人物に見せる。最初こそは奇怪そうな顔をしていたが、その袋の中に、処方箋の文字を見つけて、目を見開く。バツが悪そうに視線を外す少年に苦笑いした。
「帝国の……2人、はさ、試合見に来てくれたの?ありがとう」
グランドに目線を戻してそう言った。視線の端っこで、眼帯の少年がこちらを見たのに気が付いたが、そのまま視線は変えずに会話に挑む。
「………恨んではないのか」
ずっと黙っていた帝国のキャプテン…ゴーグルにマントというまさに個性あふれる人物ーー鬼道が口を開いた。恨み?なんで?と疑問が思い浮かび、再びぽかんと口が開く。そして自然に頬がゆるんだ。
「まさか!むしろ感謝!」
名前は、ニカリと歯を見せて笑った。
*******
「変わった奴だな、鬼道」
「……嗚呼。そうだな、」
チームをぼろぼろにしたうえ、怪我までさせ、挙げ句の果てに病院送りした相手だ。そんなチームに笑いかける奴は初めてである。あんなラフプレーをするから、対戦した学校の人には恨みを買ったり、喧嘩を売られたりはあたりまえのことだった。そんなのは、馴れっこだった。なのにアイツは"ありがとう"と言った。それに、試合には応援ではなく偵察と言っても過言ではない。それにも関わらず、あのようなアホ面で感謝されたところで、何だというのだ。
だけどあんなにも真っ直ぐに笑顔を向けられたのなんて、いつぶりだったろうかと、鬼道と佐久間は自然と口角が上がっていた。
「苗字 名前、か」
ぱたぱたと子供のような足取りで雷門イレブンの元に走っていく名前の背中を見つめる2人がいた。
「すみません!!苗字 名前ただいま戻りました!」
声を上げて、ぺこりとお辞儀する。顔を上げると「こないと思った」と口々にし、驚いている皆がいた。その言葉を受けて、彼女はニンマリと、「何言ってるのさ、私は来たじゃん!」と笑った。快く受け入れてくれたみんなに感謝しつつ、一応顧問だし、冬海先生に挨拶をする。一応ね!!!嫌いだけどしょうがないからね!!!顧問だし!と言い聞かせながら挨拶を済ませて、鼻を鳴らしながら皆の方へ歩く。
「そんなに嫌ならしなきゃいいのに。ほんと面白いね」
「面白くない!」
クククと笑うマックスにツッコミを入れながら、挨拶をすませ、軽く準備運動をした。
「来たぞ円堂!」
風丸の声にふと顔を上げる。ゆっくりと、一歩一歩進んで、こちらに向かってくる集団がいた。……おお、おいでなすったと心の中で言う。ただならぬ雰囲気をだしながらの登場である。帝国のときとは別の意味で怖いと感じた。そう、まるで1人で怖い話を読んでいるような、とそこまで考えて、ゾクリとなんとも言えない寒気に襲われた。
もちろん私は監督の配慮により今回は出場不可と宣言されている。病み上がりもあるし、何より相手監督より承諾が出ていない。だからベンチ席にてマネージャーの秋と春奈ちゃん、そして目金と並んで腰掛けて試合を観戦するのだ。
「あちゃー皆ぎすぎすしてる、それもこれもあの監督のせいだ」
「フッフッフ!!精神攻撃は当たり前ですよ名前さん」
「ゲーム脳いいから」
「ヌァッ!?」
そんな目金と私の会話を聞いて、あはは、と秋や春奈ちゃんが苦笑いをする。ギスギスしている、というのは、相手の監督が軽い挑発を仕掛けてきたからだ。いつもなら言わせておけと、一番気にしなそうな染岡が、挑発に乗ってしまっている。
「でも分からなくもないかも。相手の監督が、豪炎寺君だけみたいな口ぶりだったもの。私もすこし腹が立っちゃった」
「ですね!みなさんのことまるで眼中にないみたいな感じで……あー感じ悪いですっ!!」
「それな!!ほんとそれな!!あーむかつく!!染岡!!!ぶちのめしちゃええええ!!」
「一番物騒なの名前さんじゃないですかぁ!!いいですか!我々が落ち着かないと選手たちも落ち着かないんですよ!」
「そ、そうね。私ったら、……目金君ありがとう」
「ですね!試合に集中しますっ!」
「………、ごめん目金」
ぼそり、とすごい小声でそう呟く。不本意だが、今の場合目金が一番の正論を言った。負はこちらにあると素直に思う。私が謝ったことが意外だったのか、目金がぽかんとこちらを見ていたが、全力で無視をした。そんなこんなで試合開始のホイッスルが鳴り響いた。
『さあ!どのような試合になるのか!?いよいよキックオフです!!』
「!?!?!」
突如現れた実況の角馬が語り出す。……もう驚かない。もう驚かないと言い聞かせ、ばくばくする心臓を落ち着かせた。
そうだ。今は、試合に集中集中──尾刈斗中との試合が始まった。一度は相手に"ファントムシュート"という必殺技を打たれるが、円堂の"ゴットハンド"で防いだ。あの時の、帝国との試合で一点獲得のカギとなったあの技だ。
「っ!モノにしたんだね円堂!!」
「すごい円堂君……、」
わぁっとプチ盛り上がりを見せるベンチに、雷門サイドは波に乗る。イライラしている染岡だったが、逆に、彼の闘争心に火をつけて、積極的に前に出るようになっていた。ボールが染岡に渡り、にたりと笑う染岡に、ベンチ側も手に汗を握る。
「見せてやるよ、俺の必殺シュート!!」
青くドラゴンが相手のゴールに向かって一直線に向かって行き、突き刺さった。ピーッというホイッスルに、われに返る。先取点は雷門だった。同時に喜びと驚きがベンチに湧き上がる。
「すごいシュートでしたね!」
「ね!染岡かっこいい!!」
「"ドラゴンクラッシュ"って!」
「くー痺れる!!」
きゃあきゃあと秋と春奈ちゃんが喜びの声をあげた。秋、私、春奈ちゃんという順に座っていたが為、私は2人にサンドウィッチされる。いやぁ……いい匂いがする。適度に合いの手を入れながら、染岡のシュートによる先制点に、興奮した。すると秋達の声に目金がきらりとメガネを光らせた。
「やはり素晴らしい……。僕のネーミングセンスは!」
「貴方がつけたの?」
「フッフッフ、あらゆるゲームを……」
「あ、むこうからのスローイングだ」
「!!」
何かを語り出す目金をスルーして、試合に集中した。
皆との連携もできてきて、再び染岡にボールが渡った。波に乗っている今が、失敗した時の反響は大きい。そう思うと嫌な予感がする。頭の中にはあまりいいとは言えない試合過程が浮かんでは消えていく。なんだっけ、と思い出すのもあほらしいと思い、試合経過を見つめた。
「"ドラゴンクラッシュ"!」
2点目のホイッスルが鳴り響いた。わぁわぁと喜んでいる中、向こうの監督が立ち上がるのが視界に入り、首をかしげた。なんだか、最初の温厚な雰囲気ではないような気がして、目を細める。
「いつまでも雑魚が!調子に乗ってんじゃねえぞ!!」
「な、なに?」
反対側のベンチにまで届くくらいの声量にこちらも驚く。するとどうだろう。監督の言葉に、盛大に選手たちがフィールドの中心に集まっていくではないか。
「てめぇら!!そいつらに地獄を見せてやれ!!」
荒々しい言葉遣いにドン引きしながら、試合経過を見つめる。今の指示がなんなのか、見極めなければと使命感に襲われる。そのとき、一人の選手が動きがあった。
「"ゴーストロック"」──マーレマレトマレ!!
その選手がその言葉を口にした瞬間のことである。
「な…!?」
何かがおかしい。そう思うと同時に、フィールドの選手たちは何かおかしいことをしだしたのだ。
「なんでみんな……」
仲間同士で、ディフェンスしてるの?何が起こったのか、こちらも分からないため凹凸のない声で秋が呟いた。この間部室で見た動画で見た状況と全く同じだった。
「相手が、動けない、」
フィールドに立っていないからなぜ彼らが動けないのか実感がなかった。とはいえど、フィールドの彼等は動けないのだから、ゴールもやすやすと奪われてしまう。尾刈斗中の怪しい攻撃の前にあっという間に逆転されてしまった。ホイッスルを聞きながら、なんとも言えない言葉がぽろりとこぼれる。
「ああっ!」
「逆転、ですね…」
ホイッスルが鳴り響き、思わず思考がとまってしまった。こうして、尾刈斗中の放ったゴーストロックを前に、ついに3点目が入ってしまった。動けない間にあっさりと逆転されてしまい、不甲斐なさ、もどかしさ、不満が募るなか、前半が終わった。
******
皆で部室にもどり、緊急ミーティングを始める。議題はもちろん、皆に起こった謎の現象だ。
「一体どうなっているんだ?」
「急に足が動かなくなるんなんてな、」
「まさか本当に呪いじゃ……」
「っ!そんなことあるわけないだろ!」
「じゃあっ……!なんで足が動かなくなるんだよ!」
説明のつかない身体の不調に、口々に言うことは"呪い"。非現実的で、信じ難い現象の前に、不穏な雰囲気が流れる。そんなみんなの言葉を聞きながら、自分なりに起こったことをまとめてみる。
「監督が、叫んでから……キャプテンの、"ゴーストロック"。……呪文、…あれ、呪文なんて言ってたっけ、」
「呪文……?」
「あ……えっと、」
気がつけば、みんながこちらをみていて、どうしようと言葉につまる。すると、円堂が一歩前に進んだ。
「なんだ?聞かせてくれ」
「……なんか、あっちの監督言ってなかった?よくわかんないカタカナみたいな、なんか」
「あぁ!?そんなん聞こえるわけねぇだろ」
「ッ、でも、なんか言ってた気が、」
「選手への指示じゃないのか」
「……、」
染岡に続き、風丸にも言われてしまい、言葉に詰まった。しまった、皆はイライラしている。曖昧なこの発言は、さらに皆をいらいらさせてしまうだけだと察する。
「呪文か……」
豪炎寺のつぶやきに、はっとする。
「っ!そう、マーレマレ……、」
「お前まで呪いだとか言うのか!?」
「ち、違うよ染岡!!」
「じゃあなんだよ呪文って!!」
「だから、呪いとか、そういうのじゃなくて、もっと単純な、」
パンパンッと乾いた音が部室になった。染岡も、私も我に返る。
「……時間だわ、行かないと」
秋の声に皆がしぶしぶとフィールドに向かう。結局なにも解決はしないまま、インターバルは終わってしまった。
*****
後半開始。
一抹の不安が残る中、自分の言うことを聞かない身体に皆がいらいらし始める。そして、折角のチャンスなのにシュートを打たなかった豪炎寺に矛先は向かう。
「豪炎寺!なんでシュートを打たないんだよ!!」
「、荒れてますね…」
「これじゃあ……」
「染オカン…」
喋ればいいといっても、今の染岡に言っても無駄だと思った。きっと、信じちゃもらえない。それどころか、頭おかしい人だと思われてしまうかも。
「だって、だって染岡さんのシュートじゃ入らないんですもん!!」
シュートを打ちにいかない豪炎寺に苛立ちをおぼえる染岡たち。ついに、雷門イレブンは仲間割れを始めてしまった。なんで豪炎寺にパスしなかっただの、シュート打たないんだの…染岡じゃだめだの………、は?今染岡じゃダメだって言ったか?
ぷつん
「……なんの音?」
「監督、タイムを」
「え、えぇぇ!?」
私の中で何かが切れた。監督がタイムを入れる前に、声が出る。監督もぽかんとしてタイムを入れるのを忘れていて、でもとまらなかった。
「うああああああーーーっ!!!」
「「!?」」
ベンチからの突然の叫びに、グランドにいた選手全員がそちらを見る。その発信源になっているの名前を、なんだなんだとみんなが凝視した。
「まともにプレーできてないじゃん!!何やってんの!」
「そんなこと言ったって……!」
「なんで豪炎寺が打たないのかって?理由があるからだよ!動けない?もっとよく、周りをみて!耳障りなのない!?」
「また呪いか!?そんなもんねぇよ!!シュートを打ちにいかない、それは事実だ!!」
「ッ、豪炎寺が意味のないことを!試合中にする奴だと思う!?」
「っ、そ、それは」
「それにっ、あの先制点は染岡の努力の賜物なんだよ!どさくさに紛れて否定すんな!!」
「ヒィッ、す、すみませぇん!」
「もうなんでもいいからっ……みんな冷静になってよ!!」
その言葉に円堂はハッとした。円堂だけじゃない、冷静になれと、彼女は言った。そうだ自分たちは冷静じゃなかったと皆が顔を上げる。
「さっき、名前が言ってた呪文、…………!」
円堂は目をつぶって、周りに耳を傾けるとさっきから聞こえていた声に気がつく。それを自分の口で呟いてみた。
「"マーレマレトマレ"……止まれ!?そうかわかったぞ!!」
円堂は何か理解したようだ。円堂は両手をパチン、と叩いて。
「ゴロゴロドカーーン!!」
「「!?」」
「え、円堂君!?」
と叫んだ。円堂の行動により、電光のような何かが皆の体を駆け抜ける。それはもちろん、ベンチで冷静さをなくし、叫んでいた私にも届く。自分が彼らに向かって偉そうなことを言っていたのだとはっとした。同時に、流れが止まっていた試合も再開され、皆が走りだす。その瞬間にやってきたのは、後悔だった。
「やってしまった……」
怒鳴ったあとに、力なく、ストンとベンチに座った名前に目金は少しの恐怖を覚えたと同時に、意外と打たれ弱いのだと悟る。冷静じゃなかったのは自分じゃないかと自己嫌悪に陥る。
「ご、ごめん」
「名前ちゃん」
「!、」
肩に手がおかれた。この優しい声色は、秋だ。私は怖くて振り返れなかった。絶対、引かれた。皆の何が分かるんだって。みんなだって、試行錯誤してるんだって。偉そうに口出すなって、
「皆、気づいてくれたよ」
一瞬頭が真っ白になり、反応に遅れてしまった。試合で奮闘してたみんなに罵声をあげてしまった愚かな私に、秋が優しい言葉をかけくれた。
「「"ドラゴントルネード"!!」」
「!!」
グランドから聞こえてきたのは染岡と豪炎寺の声だった。そのにいるのは、豪炎寺の炎を纏った、染岡の赤いドラゴン。私がそのシュートを見たのを確認すると秋は微笑んだ。秋に続いて、横から春奈ちゃんが顔をのぞかせる。
「先輩、格好良かったですよ!!」
二人とも笑いかけくれた。
『試合終了!雷門イレブン、まさかの勝ち越しです!』
ぽかんとする私を置いて、実況者が閉めの文言を話し出す。
「勝ち……?」
「ええ」
「はいっ!!」
「染岡と、豪炎寺のシュート、で?」
「そう!みんなの勝ち!」
秋の言葉にじんわりと、胸があつくなる。勝った、勝ったのだ。彼らの力で、みんなで。新たに加わった豪炎寺を加えて、順応したのだ。
「名前ちゃん、顔あげてみて」
「!」
秋の言葉に、前をみる。気が付けば、試合終了の挨拶を終えたみんながベンチの周りに集まっていた。何かを言いたげな染岡や半田、風丸を前に、胸がいっぱいになる。
「苗字、その、悪──」
その続きの言葉を発する人はいなかった。そこには、泣き笑顔の名前が見えた。みんなで掴んだ勝利が嬉しくてたまらないといった顔をしていて、ここで必要なのは、謝る言葉ではないのだと、みなが思う。
「……ありがとうな。お前の喝きいたぜ、名前」
染岡が拳を名前に向けてのばした。コツン、と心地の良い音がその場に響いた気がした。初めての衝突、初めての勝利は、皆でつかんだものだった。
「というかお前がキレたの染岡へのバッシングだったよな」
「ヒャ!あああ、あれは!本当に、すみませんでしたぁぁあぁ」
「はは、1年がビビってる」
「だって許せなかったんだもん」
「染岡さぁん、ごめんなさいッスぅぅうう」
「けっ!お前に言われなくても俺は雷門のエースストライカーの座は安易とやるもんかよ」
「いいじゃん、かっこいい」
「、ふん」
試合の前は仲が悪かったのに、試合の後で染岡と豪炎寺が良い表情をしていて、握手をしていた。呪いだなんだ、未知のものに諦めず足掻いた結果の勝利。嬉しくないわけがなかった。
fin
(やっと、みんなと同じフィールドに立てた気がする。そう、思ってもいいよね)