トリップ/友情より/アニメ沿い/オリジナル/落ち未定
1期連載
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「うぁっ!?」
ビクリと体が飛び跳ねた。目が覚めて、ハッキリと天井を写す。何度か瞬きを繰り返し、無言になった。しかし、決して落ち着いている訳ではなく、鼓動はうるさいほどドクドクと脈立っていた。
なぜこんなにも混乱しているのか?
夢に彼が出てきたからだ。しかも、あの繋がれた手の感触もリアルで、思わず自分の手のひらを見つめる。飛び降りたい人だと思われたのは解せないが、彼は見ず知らずの私を助けようとしてくれた。ゆるぎない、正義の心だ。そんなぬくもりを思い出しながら、息を整える。
「ゆ、め……。そ、そう、夢だったんだ」
まさか自分の好きなアニメの主人公が、私の名前を呼び、"サッカーやろうぜ"と笑いかけてくれるなんて、誰が想像できるだろうか。
なんだかまだ夢を見てるみたいだと、半分笑いながら、起こした体を再び倒し、横になるべく寝返りを打った。自分の見た愚かな夢だと決まれば、もう彼に会うことはないな。きっと目が覚めれば私は学校の階段の踊り場か、病院のベッドにいるはずだ。
(そうだよね。そんなことありえないもん)
夢でよかったと思う反面、少し残念だと思ってしまっている自分もいて、複雑だがしかたない。と寝返りを打つ。すると、横になった視界には布団から少し離れたところで、こちらの様子を伺う丸メガネのひげがいた……、え、?丸メガネのひげ、?
「目が覚めたようだな」
「………ん!?」
丸メガネのひげから、渋く、漢らしい声が聞こえた。ドサッと音を立てて、ベットから転がり落ちる。
「おい大丈夫か?」
「ひぃぃい!?」
やばい動いた。いやいや、それが当たり前じゃないかと自問自答した。え、夢じゃなかったのだろうか、とさらに頭が痛くなる。
だって隣に響木さん。え、これ何フラグふぅ(吐血)
再び2回目の絶叫
彼が私にくれた『サッカーやろうぜ!』
──それは、魔法の呪文。浴びたものは彼のその純粋な気持ちに感化され、じわじわと魅了されてしまう。そして彼と一緒にサッカーをするのが楽しくなってしまうのだ。
さて、目覚めて頭が覚醒するや否や、若干のパニックに陥った私は、響木さんの鉄槌をくらってからなんとか落ち着きを取り戻した。見かねた響木さんは、話があると一言だけ言って私に座るように声をかけた。
まるで尋問されるかのような雰囲気に、思わず冷や汗が出た。ピリッと緊張が全身に走る。ヘマをしてはいけないのだ。響木さんは私を知らないし、ましてや私は響木さんとは今が初対面なのだ。その気持ちを悟られないように、ベッドの上で正座をした。ゴクリと喉を鳴らす。
「さて……」
「ッ」
「お前は誰だ。名乗ってもらおう」
「苗字 名前です」
「苗字……」
一応会話はできたが……。復唱すると響木さんは黙ってしまった。それだけならまだしも、ジッと、あの丸メガネがこちらを見てくるのだから、何を思われているのか分からず、非常に居心地が悪い。ああああああ、もうどうしたものか……!!
っていうかどうしてこうなったんだ!?私は円堂とあって?その後の経緯がよくわかっていない。なぜ私は今、彼とこうして向き合っているのか?そんなの私が聞きたいわ!!
ど う し て こ う な っ た
「おい──」
ぐぅううううう、きゅるるる
「………」
「………」
「………はぁ」
「う、す、すみません」
な ぜ 今 鳴 っ た。全力で、消えたくなった。いや、まじで。いや、でも、仕方ない。だって午前授業でお昼ご飯食べてないもん。私の正直者、ばかっ。
「ッく、」
顔に熱がこもると同時に、目の前の響木さんが急に笑い出した。
「ははは!腹が減っては戦はできない。まさにこのことだな」
「え、戦……?」
「すまないな。ちと苛めすぎた。おい苗字、ついてこい」
「あ、は、はい!!」
急に立ち上がり、歩いていく響木さんの後をついていく。ガラガラとあけた扉の中からは、ふわりと香ばしいにおいがした。
「──!!」
すごく、いい匂い。
思わず夢中になって、すんすんと嗅ぐ。その様子を響木さんが見て、ひとりでに笑っていた。すると、響木さんはカウンターの中に入り、エプロンを身に付けた。響木さんは私に目の前のカウンター席にかけるよう促した。オズオズと座れば、響木さんはニヤリと笑った。一体何をするつもりだろうか。
──数分後
「食え」
ドン!
という効果音がつきそな勢いで置かれたのは……いろいろな具が乗った、贅沢な丼だった。あまりのおいしそうな見た目と、香りに、泣きそうになる。
「ッ──!!!」
「冷めないうちにな」
「で、でも、あの私……お金、」
「いい。俺のオゴリだ」
じわじわと目尻が熱くなり、視界が滲んでいく。これは、空腹だからではないと分かる。あぁ、もう……。円堂といい、響木さんといい、どうしてこの世界はこんなに温かいんだ。こんな怪しい奴、放っておけばいいのに。
「ありがとう、ございます……」
ぽろぽろと暖かいものが目から流れてくる。やさしい。やさしすぎるのだ。混乱してて、不安でいっぱいの私を包んでくれるような優しさに、我慢できるはずがなかった。
私は馬鹿みたいに泣きながら、ご飯を口にした思えばこの瞬間から物語は始まったんだと思う。
古典の先生が教えてくれた。異世界で食べ物を口にしてしまうと、元の世界に戻れなくなるのよ、と。こちらの世界で絆を、作ってしまったから異世界帰れなくなるのよ、と。
他人と自分ではなく、その他で生命に関わるような何かで、深いつながりとなりうるものが、この世界に繋がれてしまった。
私が食べている間、響木さんは黙ってこちらを見ているだけだった。
*******
カチャカチャと、食器と箸がぶつかる音が響く。丼を目の前で食している少女の様子を、カウンター越しに見つめた。コイツを連れてきた奴は、こいつが河川敷の橋のところで飛び降りようとしてたと聞いた。本当にそうだろうか。
とにかく怪しい。
その印象しかない少女の身元を探るため、スクールカバンに入っていた生徒手帳を拝借した。もちろん寝ている間に元に戻した。名前や住所を少しでも偽れば、こいつはクロだ。
そう思って身構え、名前を聞いた。
するとどうだろう。この少女は迷うことなく、さらりと本名を口に出す。しかもフルネームで。その眼差しは決して揺らがなく、まっすぐこちらを見据えてくる。
その瞬間に長年の勘が、この少女、苗字 名前はシロだと訴えてきた。
「ウマいか」
「!!」
そう問えば、咀嚼しながらコクコクと勢いよく首を振った。そのスピード感がマナーモードのようにカクカクとしていて、思わず顔が緩む。
「ごちそうさまでした……」
お腹をすかせていたのか、例の丼をつくって与えると、泣きながら平らげた。いい食いっぷりだ。
「俺は響木正剛だ。ここ、雷雷軒の店主をしている」
そう言えば、苗字は勢いよく机に突っ伏した。……少々痛々しい音がしたが大丈夫だろうか。「大丈夫か」と聞けば「おけです」との返事があった。額を押さえて、顔を起こす。眉は下がり、口元はふにゃりと半開きで。まさに、曖昧な顔をしていた。
「はっははは!気に入ったぞ、名前」
「ッ!?!?」
大笑いをすれば困ったように慌て始めて、さらに挙動不審へとなる。
「苗字 名前」
手に持っていたオタマを、その少女に向ける。彼女はびくっと肩を揺らし、明らかにきゅうっと小さくなったが、やはりあの瞳は嘘偽りなく、真っ直ぐにこちらを見つめている。
「住んでたところはどこだ?」
響木さんは真っ直ぐそういった。見えないナイフが自分に突き刺ったのが分かる。住んでたところ、か。過去形ということは何か誤解されているのかもしれない。
ごくりと唾液を飲み込む。言うか言うまいか、一瞬にして言葉に詰まってしまった。だって、大の大人が異世界から来ましたと言って信じるか否かなんて。そんなのわかりきってる。
「……っ、そ、れは」
"ない"のだ。ここに場所は。たったそれだけなのに言いたくなかった。思い知る。自分の家族も、住んでたところも友人も、誰ひとりとしてここには居ないんだ。……自分は孤独の身であると。
「住所と、連絡先は、生徒手帳に、あります」
隣の席に置いていたカバンの中から生徒手帳を取り出し、響木さんに差し出す。そして、連絡手段用にポケットに入れていた自分の携帯電話も一緒に差し出した。それを見た響木さんは、オタマをこちらに向けたまま、無言を貫いていた。
果たして、そこに記載されているうそ偽りのない私の情報は、この世界に当てはまるのだろうか。
生徒手帳と携帯に視線を落とす響木さん。つられて私も自分の生徒手帳を見た。ぎこちない顔で写っている自分の写真と、生年月日、年齢、そして、学校印。中を開けば、自分用のメモに、住所と連絡先が書いてある。
そこに連絡して、誰にもつながらなくて。不審者として、生きていかなきゃいけなくなるのかな。ここからでていけと、怒鳴られるのかな。そんなことばかり考えていると、ふるふる、と無意識のうちにからだが震えた。
「……」
「響木、さん?」
いつまでたっても動きのない響木さんに、思わず不安になって声をかけた瞬間だった。
「っ、!」
響木さんの、ゴツい、職人の手が私の頭をやんわりと撫でた。なでてきたのだ。不思議なことに、響木さんの大きな手はすごく安心した。
「ないのならここに住むか?」
「!?」
響木さんは私を撫でたままそう言った。は????住む?見ず知らずの人を?まさかそんな。それに、お金だって、ない。都合のいい方に考えちゃだめ、だ。不安に押しつぶされ、何かに縋りたい気持ちを隠すように、ぎゅうっと服を握る手に力が入る。
「でもっ、」
「俺は本気だ。だからそんな泣きそうな顔をするな」
ぽん、ぽんとリズミカルになでる響木さんの手は、まるで子供をあやめるかのようで。優しく、温かい。ぼろっと出た涙を見透かすかのように響木さんは頭を包むようにして撫でてくれた。
「ッ、ありがとうございます……響木さん」
その言葉は、ずびびっという鼻水の音によって掻き消された。が響木さんはただニカリと笑っていた。
「ちょうどここ、雷雷軒の上の部屋が空き部屋でな。好きに使っていいと言われている。だからお前が使え」
「せめて何か手伝います!!」
「……お前、料理はできるか?」
「はぅっ……!」
「……」
自分が料理をあまりできない事を忘れていた。ましてや、自家製ラーメンを作れるほどの腕前は持ち合わせていない。卵焼きならかろうじていけるが、そんなものどうラーメンに生かせと……。
だらだらと流れる冷や汗を見抜いた響木さんがため息をつく。そして響木さんは口の端を上げると、仁王立ちして言った。
「お前ができることはなんだ」
「私の、できること……」
「そうだ」
空腹感、あの圧迫感。夢にしては、随分リアルだった。それに、夢で痛みを感じることなんて、ないはずだ。いい加減に自覚したはず、ここは、この世界は夢などではなく、現実だ──と。
「あっ、お皿洗い!!」
再びニカリと歯を見せた響木さんに笑顔で自分も答えた。
「いい返事だ!」
「っ!!!はいっ!」
そんなわけで、今日から住み込みで働くことになりました。
──そんな記憶が新しい。一人で起きることも慣れ始め、響木さんとの生活にもだいぶ慣れが出てきた今日このころ。
響木さんには本当にいろいろしてもらい、申し訳なさと感謝でいっぱいである。また、自分の持ち物を全て響木さんに託せば、新しくなった携帯と、赤いリボンに赤いスカートの制服が返ってきた。
「この制服……」
「ここの学区内の中学校の制服だ。義務教育だからな、手続きはしておいた」
「で、でも!」
「この制服はその学校の理事長から譲り受けたものだ。だから一銭も発生してないがな」
にやりと悪い大人の笑みを浮かべる響木さんに、喉が詰まった。なんとお礼を言えばいいの、ここまでしてもらって、いいのかな。
「あり、がっと、ござ、います」
カラッカラの声でそう言えば、響木さんは大きな大きな手で頭をポンポンしてくれたっけな。
「ホント、感謝しきれないや。響木さんにも理事長さんにも……」
そんなことを思い出しながら、譲り受けたその制服を身にまとう。この制服を譲ってくれた彼女を思い出して、ふふっと笑いがこみ上げた。
「よし…!」
ふわりと香る香ばしい匂いに、響木さんが朝の仕込みに入ったことを知る。トントンと階段を下れば、そこにはいつもの響木さんの姿があった。
「起きたか」
「へへ、おはよう響木さん」
「お早う」
そう言って、鞄を斜めにかけながら響木さんに差し出されたおにぎりをほおばる。「うまー」と言えば「当たり前だ」と叩かれた。
ちなみに朝と夜は、雷雷軒の使わない部分の材料で作られているためコストは0だ。なんともオイシイ。あ、ちなみに、材料費は私の給料と引き換えだから、少しずつ還元はできているのかな。
「あ、鬼瓦さんもお早うございます」
「おう。嬢ちゃん、邪魔してるぞ」
「いえいえ、響木さんご飯御馳走様でした!!今日も美味しかった」
「ああ、」
ザーッと食べた食器を洗いながら、響木さんの返事を聞いてと嬉しそうに笑う。洗い物を終えれば、今度は身だしなみチェックだ。フンフンと鼻歌を歌いながら髪を梳かす姿はただの中学生だ。実に、まったりとした時間が流れて…。
「おい、そんなゆっくりしていいのか?」
「まだ余裕なはず──ひぁああ!?まずい、もう8:00!?」
「早く行かないか!」
「ま、まってまだ歯磨きしてないぃいい!!」
バタバタと奥に走っていく姿を見て、鬼瓦さんと響木さんはため息をつき、少し呆れていた。ゆっくり味わってくれるのはありがたいが、時間を少し気にしてくれと思う響木である。
「あ、しまった携帯!」
歯ブラシを加えたまま、今度は二階へと走っていく。その姿を見て鬼瓦はぽかんと口を開ける。
「じゃ、じゃじゃ馬のごとくだな」
「フン、全く世話の焼ける……」
どたどたと今度は慌ただしく姿を見せた少女に、本当にじゃじゃ馬だな、と鬼瓦は笑った。
「じゃ、じゃあ行ってきます!!ひぃっ、もう10分たってるぅぅう」
「ああ、気を付けてな」
「はぁーい!!」
ぴしゃりと扉を閉めて、小走りで学校に向かう。足音が遠くなったと同時に、鬼瓦が失笑する。笑い声を聞いた響木が眉を吊り上げた。
「何がおかしい」
「いや、お前さんも懐かれたもんだな。あの嬢ちゃんに」
「手間のかかるじゃじゃ馬"娘"だけどな」
「そうかい。さて響木よ、例の件だが」
扉が閉まり、完全に少女が離れたのを確認した後のこと。これでやっと本題ができる、と体勢を変えた鬼瓦刑事。ここから先の会話は、きっと2人にしか分からない。
「ここからなら10分でつくから、よかった、間に合う、」
とりあえず遅刻の心配はなさそうだと、ホッと胸を撫で下ろす。商店街から雷門中までならなんとか大丈夫そうだ。足元を見れば、視界に入る雷門中の制服のスカート。そこで改めて自分が雷門中の生徒であることを実感した。
雷門中、あのイナズママークがシンボルの独特な校舎。ことごとく、私は自分の好きな世界にいるのだと、強制的に認知させられていた。
一連の出来事は全て現実だった。一向に夢は終わらないし、寝ても覚めても、世界は変わらなかった。感覚は当たり前のように自分を駆け巡っていて、私は確かにここで生活をしている。
おはようと挨拶が聞こえる校門。校門を潜れば出迎えてくれるのは大きなグランド。
グランドでは数名の男子が自由に遊んでいる姿が見えた。盛り上がっているのか、ワーワーと楽しそうな声が聞こえる。雷門中のいけないところと言えば、校門入ってすぐグランドなところだよなと思いながら、そこの横を通り過ぎようと歩いた。
「おいどこ蹴ってんだよ染岡ー、外野も取れないじゃんか!」
「悪ぃ、思いっきり蹴りすぎた──って、やべぇ!!」
「あ、危ない!!」
「──へ?」
騒然としたグランドに、好奇心に負けてちらりを後ろを振り向く。すると、ものすごい勢いでボールがこちらに向かっているのが見えた。
「ひぃ!?」
「しかも女子……!最悪だ…、おいっ避けろよ!なに突っ立ってんだ!!」
やばい!という雰囲気がグランド中にあふれた。あのままでは女子にボールが当たってしまう。そうしたら大事件だと。しかし当の本人はどうだろう。きょとんとした顔で普通に受け止めた。ボールは普通に女子の手の中にある。
「……、え?」
あまりにも自然な流れで、ぽかんとグランドにいた生徒全員が口を開ける。いま何が起こった?と。それはその女子生徒にも言えることで。
「危な、」
「あの!」
「ん、ん!?」
染岡、と呼ばれた人物ではなく、別の人物がボールを取りにきた。その人物は、頭の頂点に2本のアホ毛がある人で。ここで仮名、双葉君としよう。叫びたい衝動を抑えて、その人物と視線を合わせた。
「……その、すみません!ボール、」
「い、急いでるから蹴るね!」
「えぇ!?」
蹴ると言われて思わず構えてしまった少年に、少女は少し笑った。これが癖かぁなんて思いながら、蹴られたボールは綺麗に弧を描き、彼のもとへ飛んで行った。
「──!あ、さ、サンキュ!!」
双葉君の後ろから、生徒指導の先生が追いかけてきた。
「君!怪我は……」
キーンコーンカーンコーン、というチャイムの音に皆が我に返る。それは少女にも言えることだった。
「はぅっ!?じゃ、じゃあ!!」
「君!クラスと名前を言いたまえ!!」
「すみません!!──組、苗字 名前ですぅうう!」
何の予鈴だ!?と思いながら校舎へと走る。そういえばさっき誰かに声をかけられたような……?いやいや、悩んでいる暇はない、ここから自分の教室まではまだ距離があるのだ。急がねばならない。
「……──行ってしまったか。まぁいい。ほら予鈴鳴ったぞ、お前らもクラスに戻れ」
「はい!」
グランドの方でも、生徒指導の先生からの呼びかけもあり、各々教室へ戻っていく。それはボールを外野に蹴り出してしまった染岡や半田もそうだった。
「今のすげぇ気持ちいボールだったな……」
ストンと、ピンポイントで自分のところに蹴ってくれた、赤いスカートの少女。名前を最後に先生に言ってたけど、よく聞こえなかった。名前も知らない、顔も見たことない生徒だったな、と全速力で校舎に入って行った少女を思い返していた。
「サッカー、やってたのかな」
「悪ぃな半田」
「お?ホント染岡はよー。パワーだけはピカイチだもんなー」
*******
「はぁ……お昼はまたここにくるのかしら?」
一連の流れを、大きなガラス窓から赤髪の少女も見ていた、なんて誰が想像するだろうか。きれいに飾られた双眼鏡を手に、くすりと笑い、お昼休みに来るであろう人物を想像して、赤髪の少女は立ち上がった。
色々あったがなんとか8:30からのホームルームには間に合いました。息切れが激しく、クラスメイトに心配と爆笑をされながら、今日も授業を受けーーーあっという間にお昼の時間はやってきた。
「ここに来るのは何回目でして?名前」
「なっちゃん!お昼一緒に食べよ!」
「また貴方は!"なっちゃん"はやめてって言ってるでしょう」
顔を真っ赤にして反発したなっちゃん、否、雷門夏未。
「えー、ちゃんは嫌?じゃあなっちん?」
「……なっちゃんで構わないわ」
頭痛くなってきたわ、とこめかみを押さえる夏未。動きに合わせてさらりと流れる長い髪に、つくづく美しいなと思う。
ここは理事長室のとある一角。
そこには私と同じ制服を着ている夏未がいる。そう、そう、この制服は理事長の娘さんである、夏未が譲ってくれたのだ。
響木さんから話をもらって、私のことを訳あり少女ということで、色々と協力してくれた。年齢が近いこともあり、夏未とは交流が続き、今ではこのようにご飯を一緒に食べる仲である。
「もう。訳ありと聞いていたけれど、心配不要だったかしら」
「いやいや、なっちゃんのおかげだよ。やっとクラスにも慣れてきた」
「それはよかったじゃないの。ならどうしてご飯をここで食べるのかしら」
「んー?それは、なっちゃんに会うための口実かな」
「なっ…!」
いぇい、と笑えば夏未は顔を真っ赤にして、照れ隠しのように紅茶をくぃっと飲む。
「もうっ…!」
「へへへっ」
「そうだ、なっちゃん」
「……何よ」
「ここのサッカー部って有名なの?」
「あら、どうして?」
何かを察したのか、なっちゃんは赤い瞳を細めて口元を上げて笑う。理由!?なんて答えよう…!と、思わずドキッとしてしまった。
「サッカーグランド、あったからさ!なんか気になっちゃって……」
嘘、実は今どのくらいの時間枠なのかを知りたいだけ。我ながら苦しいいい訳だと思う。なっちゃんがここにいるってことは、フットボールフロンティアが始まる前の時間軸だと思うけど、でもそれは自分の考えでしか過ぎないのだ。
「残念だけど、うちのサッカー部は廃部になるかもしれないわ。もうすぐ顧問の先生も呼んでお話を、と」
「ふーんそうなん……ぶっ!?」
「ちょっと!お、お下劣よ!!」
「ごほっ、ごほっ!」
「だ、大丈夫なの?」
思わず口に含んでいた紅茶を出してしまった。ふきふきとハンカチで拭きながら、むせた呼吸を整える。なっちゃんがバシバシと背中を叩いてくれるのは嬉しいけど、ちょっと痛いかな。
「こ、顧問って、誰なの?」
「え、サッカー部の?……冬海先生──」
冬海先生ーーー。その名前を聞いて、不快感を覚えるあたり、私の中に自分の好きな世界の展開を思い出していた。
ふと、がちゃりとドアが開き、誰かが入ってくる。開いたドアの向こう側に校長先生と、冬海先生が姿を見せた。理事長室の中に、生徒が2人いるのを見て冬海先生は挙動不審になり、あわあわと校長先生と理事長を交互に見た。
「あ、貴方達、なな、なにをしてるんですか……!!」
「お邪魔しています、理事長先生」
「ははは、なに、構わないさ」
「りっ理事長!?」
うろたえている冬海先生をよそに、理事長さんは「君たちは本当に仲が良いね」と笑ってくれた。
夏未や私がいるにも関わらず、理事長先生と冬海先生はサッカー部についての話をすすめている。なにやら聞いたことのある単語がちらほら聞こえていたが、特に気にせずご飯を食べていた。
でも夏未は、聞いた内容に疑問を持ったようで険しい顔をしていた。
「なぜ今頃……?」
冬海先生たちの話が終わったところで夏未がぽつりと呟く。顎に手を持っていき、きゅっと細められた瞳に思わずぞくりとした。
「よかったわね名前。貴方が気になっていたこれからサッカー部の部長もくるわよ」
「えー部長は別に気になってないかなぁ」
「あらそうなの?」
夏未がクスクスと笑う。これからここにくるであろう、サッカー部の部長こと「彼」を思い浮かべ、ここから彼らのサッカー物語は始まるのだと、高鳴る私がいた。
こんこん、とノックの後に「円堂守です!しっ失礼します!」と、少し緊張した声色が聞こえてきた。きた。彼だ。
「は、は、話ってなんですかっ!」
「来たわね」
「……?誰だお前、」
円堂は入ってくるなり、にっこりと佇むなっちゃんを視界に入れた。そしてその流れで隣にいた私を見て「あっ!」と声を上げる。
何かを言いかけた円堂だが、ここは理事長室。改まってちらりと理事長の方を見て、冬海先生を見つめた。それを合図に、冬海先生は咳払いをひとつし、口を開く。
「いきなりですけど、明日久しぶりに練習試合を行いたいと思います………」
「どうか廃部だけは──って練習試合!?」
「?は、はぁ。そうですが……相手は帝国学園です」
「って、帝国……!?」
声を上げた円堂に、私も思わずその対戦校を口にする。
「帝国学園……」
「さすがの名前もご存じ?」
頭の中で整理してみよう。この世界の時間軸を。冬海先生がサッカー部の顧問として存在している。雷門が弱小と言われていて、廃部の可能性があり、帝国との練習試合が告げられている。そして、現時刻、お昼休み。
(き、記念すべきアニメ第一話じゃあないですか!!)
これで全てが揃ってしまった。もう否定はできない。イナズマイレブンの世界に来てしまったという事実を。なんていうの?トリップとかなんとか?もしかしたら違う世界線かもと思っていたが、そのまま私の知っている展開へと向かっているようだった。
だからあえてもう一度言わせてもらう。もう、否定はできない。認めるしか、受け入れるしかないのだ。
「い、いま部員は7人しかいませんし……」
「足りないのなら、部員を集めたらいかが?」
「……部員をあつめる、?」
「ん?」
夏未の言葉に、円堂の視線が横にずれる。バチッと視線が合い、円堂が何かを言おうとした瞬間にキーンコーンカーンコーンと予鈴がなった。昼休み終わりを告げる、校内放送が響いた。
「では、話はここまでです」
「ああっやってやるさ!部員集めてやる!!」
「苗字 名前さんも、もう自分のクラスに戻りなさい」
「なっちゃんまたね、理事長先生失礼いたしました。ではさようなら冬海先生」
「えぇ……」
「うむ、またいつでも来なさい」
「ありがとうございます!」
そこで私も強制的に教室へ戻された。……冬海先生に。ぐいぐいと背中を押されながら。理事長室を退室した。衝撃の事実を受けてから、頭を抱えた。いかんせん、これは事実でもう紛れも無い現実で。
「これがいわゆる、トリップってやつ、?」
一度は夢見たことがあるだろう、自分の好きな世界に、自分が、または自分で創作したキャラを組み込ませ、世界に入り込むことを。
「ははは、笑っちゃうね、」
乾いた笑いが出た。キュッと音を鳴らして廊下を歩けば、なんだか自分の身体がすごく重く感じて。
「とりあえず、生きよう」
──時間はすぎに過ぎて、放課後がやってくる。
部活に所属していない自分は、さっさと帰宅するために、廊下を歩いていた。
「ねぇっ君君!!サッカー部入らない?」
「ぎゃぁぁあ!?」
「うわぁっ、ご、ごめん!」
自分の顔の横にぬうっといきなり顔がでてきたら誰でも驚くと思う。反射的に鞄を投げてしまったが、声をかけてきた人は、いとも簡単に避けてこちらに近づいてきた。
あ、あぁ鞄が!!
「心臓が口から出るとこだったよ!」
「ええ!?そりゃ大変だ!!」
「……、本当にでるわけないじゃん!!」
「なっ!?」
ばくばくとうるさい心臓を押さえて、ずるりと座りこむ。頼むからさ、もっと心臓に優しくでてきてよ、と嘆く私。そんなのお構いなしに円堂はニカッと笑ってしゃがみこんできた。
「まぁまぁ、元気になったじゃないか!よかったよかった!いきなりだけど、苗字!サッカー部入らないか?」
「本当に唐突だね君!!」
「だってサッカーやってたんだろ?」
「え、」
目が豆になる。私そんなこと一言も言ってないですが……。そんな状況なのに円堂はうっきうっきと語り始めた。
①橋の件で気になってた。
②今朝のボールを蹴るのを見てた
③校長室にいた
④=サッカー関係者!
「そうなんだろ?」
「はい違います!全然違いまーす!!」
「俺、お前にサッカー教えたかったんだよ!」
「というか自殺ってなに!?」
「サッカーって楽しいんだ!」
「お願いだから話を聞いてぇえええ!」
「えっ、じゃあ違うのか!?」
「そうだよ!」
「なんだ、俺はてっきり……」
「その先はもう言わなくていいから!」
円堂にはきっちりと、これでもか、と言う位に力説したら円堂は分かってくれたようだった。周りから見たら、確かに飛び降りようとしてる人だっただろうけど、その意思がないことを伝えた。
「とにかく!サッカーやろうぜ苗字!」
「初心者、だよ、私」
「おう!」
「未経験者」
「おう!」
「……女の子」
「やろうぜ!」
思わず潤んでしまった。
純粋でまっすぐで、根拠なんて無いし、お節介さんだし、熱血だし、口を開けばサッカーサッカーだし。だけど、あの時助けてくれたのは、円堂で。
「俺、どうしてもお前とサッカーしたいんだ!」
お前とサッカーしたら、絶対楽しい!と満面の笑みを向けられて、ほんわかと胸が熱くなる。まるで、わたしにこの世界での存在意義を与えてくれているようにも聞こえて。
「だけど、帝国と戦って勝たなきゃ、サッカー部が…、頼む!!」
円堂の力になりたい。背中を押したい、と思ってしまった。わたしが少しでも、円堂の力になれるのであれば。
「円堂、その、私にサッカー、教えて欲しい、」
「っっ!!苗字!!」
「ひぎゃっ!え、え、えええ、ッ」
がばちょ、とハグをしてきた円堂。
あまりにも唐突すぎて顔が赤くなった。あまりこういうスキンシップに免疫のない自分にとっては、どう反応していいのかも変わらない。顔から火が出る思いだ。そして何事もなかったかのようにハグをやめて両手をとってブンブンと手を振り回す。
「ありがとうな、苗字!」
にかりと見せてくれた笑顔に、どうしようもなく嬉しくなってしまった私は、すごく都合の良い女に思えてしまった。でも結局、その後円堂が何人かに声をかけたが、サッカー部入ってくれる人はいなかった。部活の時間を削って勧誘をし続けた円堂に、拍手である。
そして、歩きながらもサッカーの基本的なルールを教えてもらっていた。
「これでポジションは大体分かったな!」
「ゴールを守るGK、攻撃から守るDF、ボールを繋ぐMF、シュートを決めるFW……」
「ちなみに俺はGKだ!」
円堂からサッカーの基本的な動作をレクチャーしてもらうため、鉄塔広場を目指す。歩いている間、サッカーのルールを教えてもらったが、結局よく分からなかった。勉強しよう。
「とにかく、ボール蹴って点取って、勝てばいいんだね!!」
「おう!」
これ、名言じゃない?え、名言じゃない……?そ、そうか。まぁ、こんな会話をしながら私たちは一緒に歩いている。階段を一段一段歩いて行けば、夕日が差し込んできた。
「うわぁ……!」
きれい、とそう思う。
「豪炎寺!」
「(ん?)」
その綺麗な夕日に顔が綻んでいると、円堂が隣から消えた。どうやら鉄塔広場に先客がいたようだ。
「(ごうえんじ、って呼んだ?)」
円堂が走っていった方向をみると、そこには私の知る豪炎寺がいた。豪炎寺は円堂を見ると、すかさずその場を離れようと動く。しかし円堂はその前に立って勧誘し続けた。
「俺さ、お前とサッカーしたいんだよ!」
「……もう俺に話しかけるな」
豪炎寺はそう言って、木の柵の手をかけてひらりと飛び越えた。その身軽な動きから、やはり運動慣れしているんだろうなとわかる。
「っ、じゃあなんでボールを蹴った!!」
「ッ」
飛び越え、見事着地する豪炎寺に、運動力の強さを見せつけられた気がした。そのまま、豪炎寺は一言も返さず、その場を去っていく。一連のことをただ見てた私を表現するなら、置いてけぼり、だろう。
「……よし!」
残された円堂は、勢いよくこちらを振り返る。そして私と目が合うと、ニッコリと笑ってくれた。
「苗字!!サッカーやろうぜ!」
円堂がタイヤに縄を吊るし、思いっきり投げてそれを両手で押さえる、とジェスチャーをしていた。蹴れないじゃん、と声に出さずつっこむ。
「円堂?これに何をしろと?」
「ん?このタイヤをな、蹴るんだ!」
「これ、を?」
指差された方向を見れば、古いタイヤが吊されている。それはどこかに飛んでいかないようにか、地面につくぐらいに設置されていた。弁慶の泣き所に入ったら痛いだろうな、と想像しただけでも鳥肌が立った。
「蹴ればいいって―――うわ!?何してるの円堂!!」
「キーパーの特訓だ!」
背中にタイヤを背負い、よたよたで古いタイヤのところまで歩いてくる円堂がいた。タイヤのところまで辿り着くと、彼は笑い、思いっ切りタイヤを投げ出す。
「俺はこっちで、GKの特訓だ!!うぉぉおお!!」
「えええええ!?」
片足を膝から斜め上へ上げ、体を少しねじるように両手を足とは逆の方へ持っていく。……まるで漫画でいう「えぇえ!」なポーズだ。変なポーズをして、円堂から少し距離を取る。
円堂は腰を引いて、構えていたがタイヤの威力は容赦なくて、ドカァッと音を立てて円堂を吹き飛ばした。
「円堂大丈夫!?け、怪我は!?」
「大丈夫だ!これぐらいなんとも!!」
「い、いつか怪我しちゃうよこんなの」
思わずそう聞くが、円堂は闘士のように鼻息を荒くして立ち上がった。タイヤ相手になんて無茶なことを、と改めて思う。
「今まで怪我したことないから平気さ!さぁ苗字も蹴ってみろって!」
私の返事を聞く前に円堂はタイヤを投げていて、気がついたときにはタイヤが視界一杯に広がっていた。
「ぐふぅっ!」
「苗字大丈夫か!?」
大丈夫なわけあるかと、声が出かける。もちろん、受け身なんて取っていなくて。思いっきりタイヤと正面衝突だ。地味にいたい。そして今度は畳み掛けるように円堂の突進だ。そりゃ背中にタイヤを背負っているのだから支えられても逆に私が支えなければいけないという……なんの特訓?これ。
「い"ぃい!?」
これ青タンできるな、なんて思いながら、倒れこんできた円堂に手を貸してもらって、立ち上がる。ホントに、いつ怪我してもおかしくないよ、この特訓。
「円堂。私がタイヤ円堂に向かって放つから、円堂は止めることに集中しなよ」
「え、い、いいの!?」
「タイヤ重いから、ね。一人二役はつらいでしょ?」
「っ~~~サンキューな!苗字!!」
「ッってうわぁそのまま飛びつくのは──!?」
ガバチョと勢いよく円堂にハグされる。そして折角立ち上がったのに二人はまた地面に逆戻りだ。
「も、もー!!円堂!?」
「わ、悪い!で、でも俺嬉しくて!えっと……そうだ!言えばいいんだよな!!」
「それ以前の問題だよぉぉお!!」
ぐさぐさと顔を刺してくる円堂の前髪を掴みあげて少しの抵抗をする。すると円堂は「イデデデ」と声を上げた。
「よし!じゃあ特訓の続きしようぜ!!」
「よしじゃない!」
「さぁ投げてくれ!」
ドンとこい!と目を輝かせている円堂を見て、本当にサッカーバカなんだなと感想を持つ。はぁ、と息を吐いて、制服についた砂をポンポンと払い、ぎちっと音を立ててタイヤを後ろに引っ張った。
そして──
「いくよ」
ぱっと手を放した。
「もっと強く!」
「こ、こう!?」
「ぐっ!あ!」
「ひぃっ、え、円堂!」
「大丈夫、どんと!こい!!」
ギチチ、ドカッという音を何度繰り返しただろう。気が付けば二人とも肩で息をしている状態だった。
また.同じようにギチチ、と音を立てて、限界まで後ろに引っ張る。タイヤが反発し、元の位置に戻ろうとするのを自分の体重でなんとか阻止する。自然に二人の間には息切れの声だけで、沈黙が訪れた。そんな中で、円堂がニッと笑った。
「サッカー部入ってくれてありがとな、苗字」
「うぁ、?」
「俺さ、帝国とどうしても戦いたかったんだ」
笑顔で言う円堂に、ぽかんとして話を聞く。
円堂が今のサッカー部について教えてくれた。最初の頃はみんながやる気だっただとか。
だけど、今は弱小と言われ、他の部活から馬鹿にされ、ついにはグランドを借りることもできず、人数が足りないために試合に出ることもできなくて、皆のやる気が下がってしまっていること、とか。
その話を聞いて無意識に目が細まる。
「そっか」
ぱっとタイミングを見て、タイヤを放す。少しだけ自分の投げる力も上乗せして。すると今まで以上に強いタイヤが円堂に向かっていった。
「でもさ俺、皆がきっとサッカーしたいんだって信じてる!!」
「!!あ、」
そう言うと共に、黄色の光が手にたまってタイヤを受け止めた。あの、勢いを増したタイヤを、だ。
「や、やった、と、止めたぞ!!苗字!!」
すると円堂はこっちを向いてニカッと笑った。その笑顔につられて私も笑顔に──。
「あ、苗字やっと笑っ……ぐぇ!?」
「円堂ぅう!?」
気を緩めた円堂は、止めて弾かれたタイヤが戻ってきた衝撃に耐えられず、そのまま飛んで行った。
「――無茶苦茶だな。その特訓」
「ん?」
「あ、風丸!」
明るい声が頭から降ってきて、見上げればそこには、片目が髪の毛で隠れており、後ろ髪はポニーテールという、絶大な美少年が現れた。お、おう……、今日だけでいろんな人に会うな、と心のどこかで思う。
話を聞いていると彼らは幼馴染?なのかな?仲がよさそうに見えた。……ちょっと、うらやましい、かもしれない。風丸は円堂の恰好に苦笑いしながら、吹っ飛んだ円堂に手を差し伸べた。そんな二人を少し遠めに見ていると、一人の私はさびしくなった。
いいな、なんて思いながら、円堂が持ってきていたサッカーボールを足でいじる。トントン、といい音がする。
「あ、いい感じかもしれない」
調子にのって、ボールをつま先で転がしながらドリブルをしてみた。少しぎこちないけど、なんとなくコツはつかんできたかもしれない。確か、こうして、こうして……ボールを蹴れば、弧を描くはずだと、ボールを蹴ってみる。
「ん、いい感じ……?」
「苗字!!」
「ふぉ!?」
急にかけられた声にビビる。変な声が出たと恥ずかしがる暇もなく、ずしっと重みが畳み掛けてきた。
「!?え、円──」
「「円堂!」」
「「キャプテン!!」」
重みの正体が、倒れそうな円堂だと理解すると同時に、多くの声が聞こえた。「ん?」と思いながら声のした方を見ると、風丸をはじめとする、サッカー部の、部員たちで。
「皆に紹介したくてさ!苗字、こいつらがさっき話したサッカー部の仲間だ!!」
「仲間、……」
「あ、お前今朝の!!染岡のボールが当たりそうになってた女子じゃ……」
「何言ってんだ半田。そんな偶然あるわけないだ、……、まじかよ」
「あ、ボール取りにきた双葉君だ」
「ふっ!?」
そうだ、双葉君。
もとい、半田──彼はサッカー部だったから受け身がすごく上手だったんだね、と笑う。そういえば半田は少し照れたようにぽりぽりと頬を掻いた。
「その、お前も、ボール取りやすかったぜ」
「!」
そう言ってちょっと照れくさそうにしてる半田を見て、なぜかすごく嬉しくなった。
「こいつら、俺が来る前からいたんだぞ」
「そうなのか!?」
「キャプテンが頑張ってる姿見てたら……、ね」
「はいッス」
「俺感動したでヤンス…!」
えへへと照れたように笑う一年生であろう4人に。私がジーンときた。円堂も隣でジーンとしている。
「俺らも一緒に戦うよ、円堂」
「このまま廃部なんて嫌だしな」
「お、お前らぁ~……!」
「よかったね、円堂」
「ああっ!これで帝国とも戦える…!!」
感動に浸る円堂に、皆も照れ臭そうに笑っていた。そして、風丸がちらりと私を見る。そうして皆も、私を見た。皆の視線に気が付いた円堂が、どんと私の背中を押した。
「皆聞いてくれ!!サッカー部に入ってくれた苗字 名前だ!!」
「助っ人じゃなく入部者連れてきたのかお前……」
「まじかよ……」
「えへへ、ま、まぁ!いいってことだろ?」
「まぁ、そうだな。円堂の特訓に付き合ってくれたんだろ?なら文句はねーぜ」
「苗字とか言ったな?足は引っ張るなよ」と言ったのは染岡。双葉君は半田。ヤンス口調が栗松。ッス口調が壁山。小柄でまた髪型が特徴的なのが少林寺君。アフロな宍戸君。そして──
「俺は風丸一郎太。よろしくな苗字」
「改めまして、苗字 名前です。よろしくね」
ぎゅっと握手を交わした。響木さんやなっちゃん以外との繋がり。その手はとても暖かかった。こうして私は、物語に組み込まれていくことを選んでしまった。
だけど後悔はない。彼らも、私も。今を生きてる。同じ人間として彼らの力になりたいと思っただけなのだから。
fin
(ところで、制服で運動するのはよくないぞ苗字)
(へ?あぁ、スカート……大丈夫だよ、中は短パンだから)
(((捲るなぁぁああ!!)))
(な、なんかすごいね苗字先輩って)
(でヤンス)(ッス)
ビクリと体が飛び跳ねた。目が覚めて、ハッキリと天井を写す。何度か瞬きを繰り返し、無言になった。しかし、決して落ち着いている訳ではなく、鼓動はうるさいほどドクドクと脈立っていた。
なぜこんなにも混乱しているのか?
夢に彼が出てきたからだ。しかも、あの繋がれた手の感触もリアルで、思わず自分の手のひらを見つめる。飛び降りたい人だと思われたのは解せないが、彼は見ず知らずの私を助けようとしてくれた。ゆるぎない、正義の心だ。そんなぬくもりを思い出しながら、息を整える。
「ゆ、め……。そ、そう、夢だったんだ」
まさか自分の好きなアニメの主人公が、私の名前を呼び、"サッカーやろうぜ"と笑いかけてくれるなんて、誰が想像できるだろうか。
なんだかまだ夢を見てるみたいだと、半分笑いながら、起こした体を再び倒し、横になるべく寝返りを打った。自分の見た愚かな夢だと決まれば、もう彼に会うことはないな。きっと目が覚めれば私は学校の階段の踊り場か、病院のベッドにいるはずだ。
(そうだよね。そんなことありえないもん)
夢でよかったと思う反面、少し残念だと思ってしまっている自分もいて、複雑だがしかたない。と寝返りを打つ。すると、横になった視界には布団から少し離れたところで、こちらの様子を伺う丸メガネのひげがいた……、え、?丸メガネのひげ、?
「目が覚めたようだな」
「………ん!?」
丸メガネのひげから、渋く、漢らしい声が聞こえた。ドサッと音を立てて、ベットから転がり落ちる。
「おい大丈夫か?」
「ひぃぃい!?」
やばい動いた。いやいや、それが当たり前じゃないかと自問自答した。え、夢じゃなかったのだろうか、とさらに頭が痛くなる。
だって隣に響木さん。え、これ何フラグふぅ(吐血)
再び2回目の絶叫
彼が私にくれた『サッカーやろうぜ!』
──それは、魔法の呪文。浴びたものは彼のその純粋な気持ちに感化され、じわじわと魅了されてしまう。そして彼と一緒にサッカーをするのが楽しくなってしまうのだ。
さて、目覚めて頭が覚醒するや否や、若干のパニックに陥った私は、響木さんの鉄槌をくらってからなんとか落ち着きを取り戻した。見かねた響木さんは、話があると一言だけ言って私に座るように声をかけた。
まるで尋問されるかのような雰囲気に、思わず冷や汗が出た。ピリッと緊張が全身に走る。ヘマをしてはいけないのだ。響木さんは私を知らないし、ましてや私は響木さんとは今が初対面なのだ。その気持ちを悟られないように、ベッドの上で正座をした。ゴクリと喉を鳴らす。
「さて……」
「ッ」
「お前は誰だ。名乗ってもらおう」
「苗字 名前です」
「苗字……」
一応会話はできたが……。復唱すると響木さんは黙ってしまった。それだけならまだしも、ジッと、あの丸メガネがこちらを見てくるのだから、何を思われているのか分からず、非常に居心地が悪い。ああああああ、もうどうしたものか……!!
っていうかどうしてこうなったんだ!?私は円堂とあって?その後の経緯がよくわかっていない。なぜ私は今、彼とこうして向き合っているのか?そんなの私が聞きたいわ!!
ど う し て こ う な っ た
「おい──」
ぐぅううううう、きゅるるる
「………」
「………」
「………はぁ」
「う、す、すみません」
な ぜ 今 鳴 っ た。全力で、消えたくなった。いや、まじで。いや、でも、仕方ない。だって午前授業でお昼ご飯食べてないもん。私の正直者、ばかっ。
「ッく、」
顔に熱がこもると同時に、目の前の響木さんが急に笑い出した。
「ははは!腹が減っては戦はできない。まさにこのことだな」
「え、戦……?」
「すまないな。ちと苛めすぎた。おい苗字、ついてこい」
「あ、は、はい!!」
急に立ち上がり、歩いていく響木さんの後をついていく。ガラガラとあけた扉の中からは、ふわりと香ばしいにおいがした。
「──!!」
すごく、いい匂い。
思わず夢中になって、すんすんと嗅ぐ。その様子を響木さんが見て、ひとりでに笑っていた。すると、響木さんはカウンターの中に入り、エプロンを身に付けた。響木さんは私に目の前のカウンター席にかけるよう促した。オズオズと座れば、響木さんはニヤリと笑った。一体何をするつもりだろうか。
──数分後
「食え」
ドン!
という効果音がつきそな勢いで置かれたのは……いろいろな具が乗った、贅沢な丼だった。あまりのおいしそうな見た目と、香りに、泣きそうになる。
「ッ──!!!」
「冷めないうちにな」
「で、でも、あの私……お金、」
「いい。俺のオゴリだ」
じわじわと目尻が熱くなり、視界が滲んでいく。これは、空腹だからではないと分かる。あぁ、もう……。円堂といい、響木さんといい、どうしてこの世界はこんなに温かいんだ。こんな怪しい奴、放っておけばいいのに。
「ありがとう、ございます……」
ぽろぽろと暖かいものが目から流れてくる。やさしい。やさしすぎるのだ。混乱してて、不安でいっぱいの私を包んでくれるような優しさに、我慢できるはずがなかった。
私は馬鹿みたいに泣きながら、ご飯を口にした思えばこの瞬間から物語は始まったんだと思う。
古典の先生が教えてくれた。異世界で食べ物を口にしてしまうと、元の世界に戻れなくなるのよ、と。こちらの世界で絆を、作ってしまったから異世界帰れなくなるのよ、と。
他人と自分ではなく、その他で生命に関わるような何かで、深いつながりとなりうるものが、この世界に繋がれてしまった。
私が食べている間、響木さんは黙ってこちらを見ているだけだった。
*******
カチャカチャと、食器と箸がぶつかる音が響く。丼を目の前で食している少女の様子を、カウンター越しに見つめた。コイツを連れてきた奴は、こいつが河川敷の橋のところで飛び降りようとしてたと聞いた。本当にそうだろうか。
とにかく怪しい。
その印象しかない少女の身元を探るため、スクールカバンに入っていた生徒手帳を拝借した。もちろん寝ている間に元に戻した。名前や住所を少しでも偽れば、こいつはクロだ。
そう思って身構え、名前を聞いた。
するとどうだろう。この少女は迷うことなく、さらりと本名を口に出す。しかもフルネームで。その眼差しは決して揺らがなく、まっすぐこちらを見据えてくる。
その瞬間に長年の勘が、この少女、苗字 名前はシロだと訴えてきた。
「ウマいか」
「!!」
そう問えば、咀嚼しながらコクコクと勢いよく首を振った。そのスピード感がマナーモードのようにカクカクとしていて、思わず顔が緩む。
「ごちそうさまでした……」
お腹をすかせていたのか、例の丼をつくって与えると、泣きながら平らげた。いい食いっぷりだ。
「俺は響木正剛だ。ここ、雷雷軒の店主をしている」
そう言えば、苗字は勢いよく机に突っ伏した。……少々痛々しい音がしたが大丈夫だろうか。「大丈夫か」と聞けば「おけです」との返事があった。額を押さえて、顔を起こす。眉は下がり、口元はふにゃりと半開きで。まさに、曖昧な顔をしていた。
「はっははは!気に入ったぞ、名前」
「ッ!?!?」
大笑いをすれば困ったように慌て始めて、さらに挙動不審へとなる。
「苗字 名前」
手に持っていたオタマを、その少女に向ける。彼女はびくっと肩を揺らし、明らかにきゅうっと小さくなったが、やはりあの瞳は嘘偽りなく、真っ直ぐにこちらを見つめている。
「住んでたところはどこだ?」
響木さんは真っ直ぐそういった。見えないナイフが自分に突き刺ったのが分かる。住んでたところ、か。過去形ということは何か誤解されているのかもしれない。
ごくりと唾液を飲み込む。言うか言うまいか、一瞬にして言葉に詰まってしまった。だって、大の大人が異世界から来ましたと言って信じるか否かなんて。そんなのわかりきってる。
「……っ、そ、れは」
"ない"のだ。ここに場所は。たったそれだけなのに言いたくなかった。思い知る。自分の家族も、住んでたところも友人も、誰ひとりとしてここには居ないんだ。……自分は孤独の身であると。
「住所と、連絡先は、生徒手帳に、あります」
隣の席に置いていたカバンの中から生徒手帳を取り出し、響木さんに差し出す。そして、連絡手段用にポケットに入れていた自分の携帯電話も一緒に差し出した。それを見た響木さんは、オタマをこちらに向けたまま、無言を貫いていた。
果たして、そこに記載されているうそ偽りのない私の情報は、この世界に当てはまるのだろうか。
生徒手帳と携帯に視線を落とす響木さん。つられて私も自分の生徒手帳を見た。ぎこちない顔で写っている自分の写真と、生年月日、年齢、そして、学校印。中を開けば、自分用のメモに、住所と連絡先が書いてある。
そこに連絡して、誰にもつながらなくて。不審者として、生きていかなきゃいけなくなるのかな。ここからでていけと、怒鳴られるのかな。そんなことばかり考えていると、ふるふる、と無意識のうちにからだが震えた。
「……」
「響木、さん?」
いつまでたっても動きのない響木さんに、思わず不安になって声をかけた瞬間だった。
「っ、!」
響木さんの、ゴツい、職人の手が私の頭をやんわりと撫でた。なでてきたのだ。不思議なことに、響木さんの大きな手はすごく安心した。
「ないのならここに住むか?」
「!?」
響木さんは私を撫でたままそう言った。は????住む?見ず知らずの人を?まさかそんな。それに、お金だって、ない。都合のいい方に考えちゃだめ、だ。不安に押しつぶされ、何かに縋りたい気持ちを隠すように、ぎゅうっと服を握る手に力が入る。
「でもっ、」
「俺は本気だ。だからそんな泣きそうな顔をするな」
ぽん、ぽんとリズミカルになでる響木さんの手は、まるで子供をあやめるかのようで。優しく、温かい。ぼろっと出た涙を見透かすかのように響木さんは頭を包むようにして撫でてくれた。
「ッ、ありがとうございます……響木さん」
その言葉は、ずびびっという鼻水の音によって掻き消された。が響木さんはただニカリと笑っていた。
「ちょうどここ、雷雷軒の上の部屋が空き部屋でな。好きに使っていいと言われている。だからお前が使え」
「せめて何か手伝います!!」
「……お前、料理はできるか?」
「はぅっ……!」
「……」
自分が料理をあまりできない事を忘れていた。ましてや、自家製ラーメンを作れるほどの腕前は持ち合わせていない。卵焼きならかろうじていけるが、そんなものどうラーメンに生かせと……。
だらだらと流れる冷や汗を見抜いた響木さんがため息をつく。そして響木さんは口の端を上げると、仁王立ちして言った。
「お前ができることはなんだ」
「私の、できること……」
「そうだ」
空腹感、あの圧迫感。夢にしては、随分リアルだった。それに、夢で痛みを感じることなんて、ないはずだ。いい加減に自覚したはず、ここは、この世界は夢などではなく、現実だ──と。
「あっ、お皿洗い!!」
再びニカリと歯を見せた響木さんに笑顔で自分も答えた。
「いい返事だ!」
「っ!!!はいっ!」
そんなわけで、今日から住み込みで働くことになりました。
──そんな記憶が新しい。一人で起きることも慣れ始め、響木さんとの生活にもだいぶ慣れが出てきた今日このころ。
響木さんには本当にいろいろしてもらい、申し訳なさと感謝でいっぱいである。また、自分の持ち物を全て響木さんに託せば、新しくなった携帯と、赤いリボンに赤いスカートの制服が返ってきた。
「この制服……」
「ここの学区内の中学校の制服だ。義務教育だからな、手続きはしておいた」
「で、でも!」
「この制服はその学校の理事長から譲り受けたものだ。だから一銭も発生してないがな」
にやりと悪い大人の笑みを浮かべる響木さんに、喉が詰まった。なんとお礼を言えばいいの、ここまでしてもらって、いいのかな。
「あり、がっと、ござ、います」
カラッカラの声でそう言えば、響木さんは大きな大きな手で頭をポンポンしてくれたっけな。
「ホント、感謝しきれないや。響木さんにも理事長さんにも……」
そんなことを思い出しながら、譲り受けたその制服を身にまとう。この制服を譲ってくれた彼女を思い出して、ふふっと笑いがこみ上げた。
「よし…!」
ふわりと香る香ばしい匂いに、響木さんが朝の仕込みに入ったことを知る。トントンと階段を下れば、そこにはいつもの響木さんの姿があった。
「起きたか」
「へへ、おはよう響木さん」
「お早う」
そう言って、鞄を斜めにかけながら響木さんに差し出されたおにぎりをほおばる。「うまー」と言えば「当たり前だ」と叩かれた。
ちなみに朝と夜は、雷雷軒の使わない部分の材料で作られているためコストは0だ。なんともオイシイ。あ、ちなみに、材料費は私の給料と引き換えだから、少しずつ還元はできているのかな。
「あ、鬼瓦さんもお早うございます」
「おう。嬢ちゃん、邪魔してるぞ」
「いえいえ、響木さんご飯御馳走様でした!!今日も美味しかった」
「ああ、」
ザーッと食べた食器を洗いながら、響木さんの返事を聞いてと嬉しそうに笑う。洗い物を終えれば、今度は身だしなみチェックだ。フンフンと鼻歌を歌いながら髪を梳かす姿はただの中学生だ。実に、まったりとした時間が流れて…。
「おい、そんなゆっくりしていいのか?」
「まだ余裕なはず──ひぁああ!?まずい、もう8:00!?」
「早く行かないか!」
「ま、まってまだ歯磨きしてないぃいい!!」
バタバタと奥に走っていく姿を見て、鬼瓦さんと響木さんはため息をつき、少し呆れていた。ゆっくり味わってくれるのはありがたいが、時間を少し気にしてくれと思う響木である。
「あ、しまった携帯!」
歯ブラシを加えたまま、今度は二階へと走っていく。その姿を見て鬼瓦はぽかんと口を開ける。
「じゃ、じゃじゃ馬のごとくだな」
「フン、全く世話の焼ける……」
どたどたと今度は慌ただしく姿を見せた少女に、本当にじゃじゃ馬だな、と鬼瓦は笑った。
「じゃ、じゃあ行ってきます!!ひぃっ、もう10分たってるぅぅう」
「ああ、気を付けてな」
「はぁーい!!」
ぴしゃりと扉を閉めて、小走りで学校に向かう。足音が遠くなったと同時に、鬼瓦が失笑する。笑い声を聞いた響木が眉を吊り上げた。
「何がおかしい」
「いや、お前さんも懐かれたもんだな。あの嬢ちゃんに」
「手間のかかるじゃじゃ馬"娘"だけどな」
「そうかい。さて響木よ、例の件だが」
扉が閉まり、完全に少女が離れたのを確認した後のこと。これでやっと本題ができる、と体勢を変えた鬼瓦刑事。ここから先の会話は、きっと2人にしか分からない。
「ここからなら10分でつくから、よかった、間に合う、」
とりあえず遅刻の心配はなさそうだと、ホッと胸を撫で下ろす。商店街から雷門中までならなんとか大丈夫そうだ。足元を見れば、視界に入る雷門中の制服のスカート。そこで改めて自分が雷門中の生徒であることを実感した。
雷門中、あのイナズママークがシンボルの独特な校舎。ことごとく、私は自分の好きな世界にいるのだと、強制的に認知させられていた。
一連の出来事は全て現実だった。一向に夢は終わらないし、寝ても覚めても、世界は変わらなかった。感覚は当たり前のように自分を駆け巡っていて、私は確かにここで生活をしている。
おはようと挨拶が聞こえる校門。校門を潜れば出迎えてくれるのは大きなグランド。
グランドでは数名の男子が自由に遊んでいる姿が見えた。盛り上がっているのか、ワーワーと楽しそうな声が聞こえる。雷門中のいけないところと言えば、校門入ってすぐグランドなところだよなと思いながら、そこの横を通り過ぎようと歩いた。
「おいどこ蹴ってんだよ染岡ー、外野も取れないじゃんか!」
「悪ぃ、思いっきり蹴りすぎた──って、やべぇ!!」
「あ、危ない!!」
「──へ?」
騒然としたグランドに、好奇心に負けてちらりを後ろを振り向く。すると、ものすごい勢いでボールがこちらに向かっているのが見えた。
「ひぃ!?」
「しかも女子……!最悪だ…、おいっ避けろよ!なに突っ立ってんだ!!」
やばい!という雰囲気がグランド中にあふれた。あのままでは女子にボールが当たってしまう。そうしたら大事件だと。しかし当の本人はどうだろう。きょとんとした顔で普通に受け止めた。ボールは普通に女子の手の中にある。
「……、え?」
あまりにも自然な流れで、ぽかんとグランドにいた生徒全員が口を開ける。いま何が起こった?と。それはその女子生徒にも言えることで。
「危な、」
「あの!」
「ん、ん!?」
染岡、と呼ばれた人物ではなく、別の人物がボールを取りにきた。その人物は、頭の頂点に2本のアホ毛がある人で。ここで仮名、双葉君としよう。叫びたい衝動を抑えて、その人物と視線を合わせた。
「……その、すみません!ボール、」
「い、急いでるから蹴るね!」
「えぇ!?」
蹴ると言われて思わず構えてしまった少年に、少女は少し笑った。これが癖かぁなんて思いながら、蹴られたボールは綺麗に弧を描き、彼のもとへ飛んで行った。
「──!あ、さ、サンキュ!!」
双葉君の後ろから、生徒指導の先生が追いかけてきた。
「君!怪我は……」
キーンコーンカーンコーン、というチャイムの音に皆が我に返る。それは少女にも言えることだった。
「はぅっ!?じゃ、じゃあ!!」
「君!クラスと名前を言いたまえ!!」
「すみません!!──組、苗字 名前ですぅうう!」
何の予鈴だ!?と思いながら校舎へと走る。そういえばさっき誰かに声をかけられたような……?いやいや、悩んでいる暇はない、ここから自分の教室まではまだ距離があるのだ。急がねばならない。
「……──行ってしまったか。まぁいい。ほら予鈴鳴ったぞ、お前らもクラスに戻れ」
「はい!」
グランドの方でも、生徒指導の先生からの呼びかけもあり、各々教室へ戻っていく。それはボールを外野に蹴り出してしまった染岡や半田もそうだった。
「今のすげぇ気持ちいボールだったな……」
ストンと、ピンポイントで自分のところに蹴ってくれた、赤いスカートの少女。名前を最後に先生に言ってたけど、よく聞こえなかった。名前も知らない、顔も見たことない生徒だったな、と全速力で校舎に入って行った少女を思い返していた。
「サッカー、やってたのかな」
「悪ぃな半田」
「お?ホント染岡はよー。パワーだけはピカイチだもんなー」
*******
「はぁ……お昼はまたここにくるのかしら?」
一連の流れを、大きなガラス窓から赤髪の少女も見ていた、なんて誰が想像するだろうか。きれいに飾られた双眼鏡を手に、くすりと笑い、お昼休みに来るであろう人物を想像して、赤髪の少女は立ち上がった。
色々あったがなんとか8:30からのホームルームには間に合いました。息切れが激しく、クラスメイトに心配と爆笑をされながら、今日も授業を受けーーーあっという間にお昼の時間はやってきた。
「ここに来るのは何回目でして?名前」
「なっちゃん!お昼一緒に食べよ!」
「また貴方は!"なっちゃん"はやめてって言ってるでしょう」
顔を真っ赤にして反発したなっちゃん、否、雷門夏未。
「えー、ちゃんは嫌?じゃあなっちん?」
「……なっちゃんで構わないわ」
頭痛くなってきたわ、とこめかみを押さえる夏未。動きに合わせてさらりと流れる長い髪に、つくづく美しいなと思う。
ここは理事長室のとある一角。
そこには私と同じ制服を着ている夏未がいる。そう、そう、この制服は理事長の娘さんである、夏未が譲ってくれたのだ。
響木さんから話をもらって、私のことを訳あり少女ということで、色々と協力してくれた。年齢が近いこともあり、夏未とは交流が続き、今ではこのようにご飯を一緒に食べる仲である。
「もう。訳ありと聞いていたけれど、心配不要だったかしら」
「いやいや、なっちゃんのおかげだよ。やっとクラスにも慣れてきた」
「それはよかったじゃないの。ならどうしてご飯をここで食べるのかしら」
「んー?それは、なっちゃんに会うための口実かな」
「なっ…!」
いぇい、と笑えば夏未は顔を真っ赤にして、照れ隠しのように紅茶をくぃっと飲む。
「もうっ…!」
「へへへっ」
「そうだ、なっちゃん」
「……何よ」
「ここのサッカー部って有名なの?」
「あら、どうして?」
何かを察したのか、なっちゃんは赤い瞳を細めて口元を上げて笑う。理由!?なんて答えよう…!と、思わずドキッとしてしまった。
「サッカーグランド、あったからさ!なんか気になっちゃって……」
嘘、実は今どのくらいの時間枠なのかを知りたいだけ。我ながら苦しいいい訳だと思う。なっちゃんがここにいるってことは、フットボールフロンティアが始まる前の時間軸だと思うけど、でもそれは自分の考えでしか過ぎないのだ。
「残念だけど、うちのサッカー部は廃部になるかもしれないわ。もうすぐ顧問の先生も呼んでお話を、と」
「ふーんそうなん……ぶっ!?」
「ちょっと!お、お下劣よ!!」
「ごほっ、ごほっ!」
「だ、大丈夫なの?」
思わず口に含んでいた紅茶を出してしまった。ふきふきとハンカチで拭きながら、むせた呼吸を整える。なっちゃんがバシバシと背中を叩いてくれるのは嬉しいけど、ちょっと痛いかな。
「こ、顧問って、誰なの?」
「え、サッカー部の?……冬海先生──」
冬海先生ーーー。その名前を聞いて、不快感を覚えるあたり、私の中に自分の好きな世界の展開を思い出していた。
ふと、がちゃりとドアが開き、誰かが入ってくる。開いたドアの向こう側に校長先生と、冬海先生が姿を見せた。理事長室の中に、生徒が2人いるのを見て冬海先生は挙動不審になり、あわあわと校長先生と理事長を交互に見た。
「あ、貴方達、なな、なにをしてるんですか……!!」
「お邪魔しています、理事長先生」
「ははは、なに、構わないさ」
「りっ理事長!?」
うろたえている冬海先生をよそに、理事長さんは「君たちは本当に仲が良いね」と笑ってくれた。
夏未や私がいるにも関わらず、理事長先生と冬海先生はサッカー部についての話をすすめている。なにやら聞いたことのある単語がちらほら聞こえていたが、特に気にせずご飯を食べていた。
でも夏未は、聞いた内容に疑問を持ったようで険しい顔をしていた。
「なぜ今頃……?」
冬海先生たちの話が終わったところで夏未がぽつりと呟く。顎に手を持っていき、きゅっと細められた瞳に思わずぞくりとした。
「よかったわね名前。貴方が気になっていたこれからサッカー部の部長もくるわよ」
「えー部長は別に気になってないかなぁ」
「あらそうなの?」
夏未がクスクスと笑う。これからここにくるであろう、サッカー部の部長こと「彼」を思い浮かべ、ここから彼らのサッカー物語は始まるのだと、高鳴る私がいた。
こんこん、とノックの後に「円堂守です!しっ失礼します!」と、少し緊張した声色が聞こえてきた。きた。彼だ。
「は、は、話ってなんですかっ!」
「来たわね」
「……?誰だお前、」
円堂は入ってくるなり、にっこりと佇むなっちゃんを視界に入れた。そしてその流れで隣にいた私を見て「あっ!」と声を上げる。
何かを言いかけた円堂だが、ここは理事長室。改まってちらりと理事長の方を見て、冬海先生を見つめた。それを合図に、冬海先生は咳払いをひとつし、口を開く。
「いきなりですけど、明日久しぶりに練習試合を行いたいと思います………」
「どうか廃部だけは──って練習試合!?」
「?は、はぁ。そうですが……相手は帝国学園です」
「って、帝国……!?」
声を上げた円堂に、私も思わずその対戦校を口にする。
「帝国学園……」
「さすがの名前もご存じ?」
頭の中で整理してみよう。この世界の時間軸を。冬海先生がサッカー部の顧問として存在している。雷門が弱小と言われていて、廃部の可能性があり、帝国との練習試合が告げられている。そして、現時刻、お昼休み。
(き、記念すべきアニメ第一話じゃあないですか!!)
これで全てが揃ってしまった。もう否定はできない。イナズマイレブンの世界に来てしまったという事実を。なんていうの?トリップとかなんとか?もしかしたら違う世界線かもと思っていたが、そのまま私の知っている展開へと向かっているようだった。
だからあえてもう一度言わせてもらう。もう、否定はできない。認めるしか、受け入れるしかないのだ。
「い、いま部員は7人しかいませんし……」
「足りないのなら、部員を集めたらいかが?」
「……部員をあつめる、?」
「ん?」
夏未の言葉に、円堂の視線が横にずれる。バチッと視線が合い、円堂が何かを言おうとした瞬間にキーンコーンカーンコーンと予鈴がなった。昼休み終わりを告げる、校内放送が響いた。
「では、話はここまでです」
「ああっやってやるさ!部員集めてやる!!」
「苗字 名前さんも、もう自分のクラスに戻りなさい」
「なっちゃんまたね、理事長先生失礼いたしました。ではさようなら冬海先生」
「えぇ……」
「うむ、またいつでも来なさい」
「ありがとうございます!」
そこで私も強制的に教室へ戻された。……冬海先生に。ぐいぐいと背中を押されながら。理事長室を退室した。衝撃の事実を受けてから、頭を抱えた。いかんせん、これは事実でもう紛れも無い現実で。
「これがいわゆる、トリップってやつ、?」
一度は夢見たことがあるだろう、自分の好きな世界に、自分が、または自分で創作したキャラを組み込ませ、世界に入り込むことを。
「ははは、笑っちゃうね、」
乾いた笑いが出た。キュッと音を鳴らして廊下を歩けば、なんだか自分の身体がすごく重く感じて。
「とりあえず、生きよう」
──時間はすぎに過ぎて、放課後がやってくる。
部活に所属していない自分は、さっさと帰宅するために、廊下を歩いていた。
「ねぇっ君君!!サッカー部入らない?」
「ぎゃぁぁあ!?」
「うわぁっ、ご、ごめん!」
自分の顔の横にぬうっといきなり顔がでてきたら誰でも驚くと思う。反射的に鞄を投げてしまったが、声をかけてきた人は、いとも簡単に避けてこちらに近づいてきた。
あ、あぁ鞄が!!
「心臓が口から出るとこだったよ!」
「ええ!?そりゃ大変だ!!」
「……、本当にでるわけないじゃん!!」
「なっ!?」
ばくばくとうるさい心臓を押さえて、ずるりと座りこむ。頼むからさ、もっと心臓に優しくでてきてよ、と嘆く私。そんなのお構いなしに円堂はニカッと笑ってしゃがみこんできた。
「まぁまぁ、元気になったじゃないか!よかったよかった!いきなりだけど、苗字!サッカー部入らないか?」
「本当に唐突だね君!!」
「だってサッカーやってたんだろ?」
「え、」
目が豆になる。私そんなこと一言も言ってないですが……。そんな状況なのに円堂はうっきうっきと語り始めた。
①橋の件で気になってた。
②今朝のボールを蹴るのを見てた
③校長室にいた
④=サッカー関係者!
「そうなんだろ?」
「はい違います!全然違いまーす!!」
「俺、お前にサッカー教えたかったんだよ!」
「というか自殺ってなに!?」
「サッカーって楽しいんだ!」
「お願いだから話を聞いてぇえええ!」
「えっ、じゃあ違うのか!?」
「そうだよ!」
「なんだ、俺はてっきり……」
「その先はもう言わなくていいから!」
円堂にはきっちりと、これでもか、と言う位に力説したら円堂は分かってくれたようだった。周りから見たら、確かに飛び降りようとしてる人だっただろうけど、その意思がないことを伝えた。
「とにかく!サッカーやろうぜ苗字!」
「初心者、だよ、私」
「おう!」
「未経験者」
「おう!」
「……女の子」
「やろうぜ!」
思わず潤んでしまった。
純粋でまっすぐで、根拠なんて無いし、お節介さんだし、熱血だし、口を開けばサッカーサッカーだし。だけど、あの時助けてくれたのは、円堂で。
「俺、どうしてもお前とサッカーしたいんだ!」
お前とサッカーしたら、絶対楽しい!と満面の笑みを向けられて、ほんわかと胸が熱くなる。まるで、わたしにこの世界での存在意義を与えてくれているようにも聞こえて。
「だけど、帝国と戦って勝たなきゃ、サッカー部が…、頼む!!」
円堂の力になりたい。背中を押したい、と思ってしまった。わたしが少しでも、円堂の力になれるのであれば。
「円堂、その、私にサッカー、教えて欲しい、」
「っっ!!苗字!!」
「ひぎゃっ!え、え、えええ、ッ」
がばちょ、とハグをしてきた円堂。
あまりにも唐突すぎて顔が赤くなった。あまりこういうスキンシップに免疫のない自分にとっては、どう反応していいのかも変わらない。顔から火が出る思いだ。そして何事もなかったかのようにハグをやめて両手をとってブンブンと手を振り回す。
「ありがとうな、苗字!」
にかりと見せてくれた笑顔に、どうしようもなく嬉しくなってしまった私は、すごく都合の良い女に思えてしまった。でも結局、その後円堂が何人かに声をかけたが、サッカー部入ってくれる人はいなかった。部活の時間を削って勧誘をし続けた円堂に、拍手である。
そして、歩きながらもサッカーの基本的なルールを教えてもらっていた。
「これでポジションは大体分かったな!」
「ゴールを守るGK、攻撃から守るDF、ボールを繋ぐMF、シュートを決めるFW……」
「ちなみに俺はGKだ!」
円堂からサッカーの基本的な動作をレクチャーしてもらうため、鉄塔広場を目指す。歩いている間、サッカーのルールを教えてもらったが、結局よく分からなかった。勉強しよう。
「とにかく、ボール蹴って点取って、勝てばいいんだね!!」
「おう!」
これ、名言じゃない?え、名言じゃない……?そ、そうか。まぁ、こんな会話をしながら私たちは一緒に歩いている。階段を一段一段歩いて行けば、夕日が差し込んできた。
「うわぁ……!」
きれい、とそう思う。
「豪炎寺!」
「(ん?)」
その綺麗な夕日に顔が綻んでいると、円堂が隣から消えた。どうやら鉄塔広場に先客がいたようだ。
「(ごうえんじ、って呼んだ?)」
円堂が走っていった方向をみると、そこには私の知る豪炎寺がいた。豪炎寺は円堂を見ると、すかさずその場を離れようと動く。しかし円堂はその前に立って勧誘し続けた。
「俺さ、お前とサッカーしたいんだよ!」
「……もう俺に話しかけるな」
豪炎寺はそう言って、木の柵の手をかけてひらりと飛び越えた。その身軽な動きから、やはり運動慣れしているんだろうなとわかる。
「っ、じゃあなんでボールを蹴った!!」
「ッ」
飛び越え、見事着地する豪炎寺に、運動力の強さを見せつけられた気がした。そのまま、豪炎寺は一言も返さず、その場を去っていく。一連のことをただ見てた私を表現するなら、置いてけぼり、だろう。
「……よし!」
残された円堂は、勢いよくこちらを振り返る。そして私と目が合うと、ニッコリと笑ってくれた。
「苗字!!サッカーやろうぜ!」
円堂がタイヤに縄を吊るし、思いっきり投げてそれを両手で押さえる、とジェスチャーをしていた。蹴れないじゃん、と声に出さずつっこむ。
「円堂?これに何をしろと?」
「ん?このタイヤをな、蹴るんだ!」
「これ、を?」
指差された方向を見れば、古いタイヤが吊されている。それはどこかに飛んでいかないようにか、地面につくぐらいに設置されていた。弁慶の泣き所に入ったら痛いだろうな、と想像しただけでも鳥肌が立った。
「蹴ればいいって―――うわ!?何してるの円堂!!」
「キーパーの特訓だ!」
背中にタイヤを背負い、よたよたで古いタイヤのところまで歩いてくる円堂がいた。タイヤのところまで辿り着くと、彼は笑い、思いっ切りタイヤを投げ出す。
「俺はこっちで、GKの特訓だ!!うぉぉおお!!」
「えええええ!?」
片足を膝から斜め上へ上げ、体を少しねじるように両手を足とは逆の方へ持っていく。……まるで漫画でいう「えぇえ!」なポーズだ。変なポーズをして、円堂から少し距離を取る。
円堂は腰を引いて、構えていたがタイヤの威力は容赦なくて、ドカァッと音を立てて円堂を吹き飛ばした。
「円堂大丈夫!?け、怪我は!?」
「大丈夫だ!これぐらいなんとも!!」
「い、いつか怪我しちゃうよこんなの」
思わずそう聞くが、円堂は闘士のように鼻息を荒くして立ち上がった。タイヤ相手になんて無茶なことを、と改めて思う。
「今まで怪我したことないから平気さ!さぁ苗字も蹴ってみろって!」
私の返事を聞く前に円堂はタイヤを投げていて、気がついたときにはタイヤが視界一杯に広がっていた。
「ぐふぅっ!」
「苗字大丈夫か!?」
大丈夫なわけあるかと、声が出かける。もちろん、受け身なんて取っていなくて。思いっきりタイヤと正面衝突だ。地味にいたい。そして今度は畳み掛けるように円堂の突進だ。そりゃ背中にタイヤを背負っているのだから支えられても逆に私が支えなければいけないという……なんの特訓?これ。
「い"ぃい!?」
これ青タンできるな、なんて思いながら、倒れこんできた円堂に手を貸してもらって、立ち上がる。ホントに、いつ怪我してもおかしくないよ、この特訓。
「円堂。私がタイヤ円堂に向かって放つから、円堂は止めることに集中しなよ」
「え、い、いいの!?」
「タイヤ重いから、ね。一人二役はつらいでしょ?」
「っ~~~サンキューな!苗字!!」
「ッってうわぁそのまま飛びつくのは──!?」
ガバチョと勢いよく円堂にハグされる。そして折角立ち上がったのに二人はまた地面に逆戻りだ。
「も、もー!!円堂!?」
「わ、悪い!で、でも俺嬉しくて!えっと……そうだ!言えばいいんだよな!!」
「それ以前の問題だよぉぉお!!」
ぐさぐさと顔を刺してくる円堂の前髪を掴みあげて少しの抵抗をする。すると円堂は「イデデデ」と声を上げた。
「よし!じゃあ特訓の続きしようぜ!!」
「よしじゃない!」
「さぁ投げてくれ!」
ドンとこい!と目を輝かせている円堂を見て、本当にサッカーバカなんだなと感想を持つ。はぁ、と息を吐いて、制服についた砂をポンポンと払い、ぎちっと音を立ててタイヤを後ろに引っ張った。
そして──
「いくよ」
ぱっと手を放した。
「もっと強く!」
「こ、こう!?」
「ぐっ!あ!」
「ひぃっ、え、円堂!」
「大丈夫、どんと!こい!!」
ギチチ、ドカッという音を何度繰り返しただろう。気が付けば二人とも肩で息をしている状態だった。
また.同じようにギチチ、と音を立てて、限界まで後ろに引っ張る。タイヤが反発し、元の位置に戻ろうとするのを自分の体重でなんとか阻止する。自然に二人の間には息切れの声だけで、沈黙が訪れた。そんな中で、円堂がニッと笑った。
「サッカー部入ってくれてありがとな、苗字」
「うぁ、?」
「俺さ、帝国とどうしても戦いたかったんだ」
笑顔で言う円堂に、ぽかんとして話を聞く。
円堂が今のサッカー部について教えてくれた。最初の頃はみんながやる気だっただとか。
だけど、今は弱小と言われ、他の部活から馬鹿にされ、ついにはグランドを借りることもできず、人数が足りないために試合に出ることもできなくて、皆のやる気が下がってしまっていること、とか。
その話を聞いて無意識に目が細まる。
「そっか」
ぱっとタイミングを見て、タイヤを放す。少しだけ自分の投げる力も上乗せして。すると今まで以上に強いタイヤが円堂に向かっていった。
「でもさ俺、皆がきっとサッカーしたいんだって信じてる!!」
「!!あ、」
そう言うと共に、黄色の光が手にたまってタイヤを受け止めた。あの、勢いを増したタイヤを、だ。
「や、やった、と、止めたぞ!!苗字!!」
すると円堂はこっちを向いてニカッと笑った。その笑顔につられて私も笑顔に──。
「あ、苗字やっと笑っ……ぐぇ!?」
「円堂ぅう!?」
気を緩めた円堂は、止めて弾かれたタイヤが戻ってきた衝撃に耐えられず、そのまま飛んで行った。
「――無茶苦茶だな。その特訓」
「ん?」
「あ、風丸!」
明るい声が頭から降ってきて、見上げればそこには、片目が髪の毛で隠れており、後ろ髪はポニーテールという、絶大な美少年が現れた。お、おう……、今日だけでいろんな人に会うな、と心のどこかで思う。
話を聞いていると彼らは幼馴染?なのかな?仲がよさそうに見えた。……ちょっと、うらやましい、かもしれない。風丸は円堂の恰好に苦笑いしながら、吹っ飛んだ円堂に手を差し伸べた。そんな二人を少し遠めに見ていると、一人の私はさびしくなった。
いいな、なんて思いながら、円堂が持ってきていたサッカーボールを足でいじる。トントン、といい音がする。
「あ、いい感じかもしれない」
調子にのって、ボールをつま先で転がしながらドリブルをしてみた。少しぎこちないけど、なんとなくコツはつかんできたかもしれない。確か、こうして、こうして……ボールを蹴れば、弧を描くはずだと、ボールを蹴ってみる。
「ん、いい感じ……?」
「苗字!!」
「ふぉ!?」
急にかけられた声にビビる。変な声が出たと恥ずかしがる暇もなく、ずしっと重みが畳み掛けてきた。
「!?え、円──」
「「円堂!」」
「「キャプテン!!」」
重みの正体が、倒れそうな円堂だと理解すると同時に、多くの声が聞こえた。「ん?」と思いながら声のした方を見ると、風丸をはじめとする、サッカー部の、部員たちで。
「皆に紹介したくてさ!苗字、こいつらがさっき話したサッカー部の仲間だ!!」
「仲間、……」
「あ、お前今朝の!!染岡のボールが当たりそうになってた女子じゃ……」
「何言ってんだ半田。そんな偶然あるわけないだ、……、まじかよ」
「あ、ボール取りにきた双葉君だ」
「ふっ!?」
そうだ、双葉君。
もとい、半田──彼はサッカー部だったから受け身がすごく上手だったんだね、と笑う。そういえば半田は少し照れたようにぽりぽりと頬を掻いた。
「その、お前も、ボール取りやすかったぜ」
「!」
そう言ってちょっと照れくさそうにしてる半田を見て、なぜかすごく嬉しくなった。
「こいつら、俺が来る前からいたんだぞ」
「そうなのか!?」
「キャプテンが頑張ってる姿見てたら……、ね」
「はいッス」
「俺感動したでヤンス…!」
えへへと照れたように笑う一年生であろう4人に。私がジーンときた。円堂も隣でジーンとしている。
「俺らも一緒に戦うよ、円堂」
「このまま廃部なんて嫌だしな」
「お、お前らぁ~……!」
「よかったね、円堂」
「ああっ!これで帝国とも戦える…!!」
感動に浸る円堂に、皆も照れ臭そうに笑っていた。そして、風丸がちらりと私を見る。そうして皆も、私を見た。皆の視線に気が付いた円堂が、どんと私の背中を押した。
「皆聞いてくれ!!サッカー部に入ってくれた苗字 名前だ!!」
「助っ人じゃなく入部者連れてきたのかお前……」
「まじかよ……」
「えへへ、ま、まぁ!いいってことだろ?」
「まぁ、そうだな。円堂の特訓に付き合ってくれたんだろ?なら文句はねーぜ」
「苗字とか言ったな?足は引っ張るなよ」と言ったのは染岡。双葉君は半田。ヤンス口調が栗松。ッス口調が壁山。小柄でまた髪型が特徴的なのが少林寺君。アフロな宍戸君。そして──
「俺は風丸一郎太。よろしくな苗字」
「改めまして、苗字 名前です。よろしくね」
ぎゅっと握手を交わした。響木さんやなっちゃん以外との繋がり。その手はとても暖かかった。こうして私は、物語に組み込まれていくことを選んでしまった。
だけど後悔はない。彼らも、私も。今を生きてる。同じ人間として彼らの力になりたいと思っただけなのだから。
fin
(ところで、制服で運動するのはよくないぞ苗字)
(へ?あぁ、スカート……大丈夫だよ、中は短パンだから)
(((捲るなぁぁああ!!)))
(な、なんかすごいね苗字先輩って)
(でヤンス)(ッス)