こころウラハラ



衛は、文字通り一人になった。
冷静になって考えなければならない事、それはうさぎとの今後のこと。ちびうさとの距離感や接し方。
優先すべきはうさぎのこころ。
うさぎだって別れたい訳では無いはずだ。それはうさぎの言動を見ても分かった。
恋人としての時間を大切にしたがっていたし、母親では無い事を訴えていた。
ちびうさを嫌いでは無い事も伝わって来た。

「はぁーーー。一体、どうすれば……」

一人になり、大きなため息を一つついた。衛が考えるべきこと。それはうさぎにとって最善の未来。ちびうさを傷つけず、それでいて消滅せず存在出来る未来。
衛にとって難題だった。どちらも大切だ。失いたくは無い。ちびうさに関しては未来の自分たちであるクイーンとキングから信頼されて預かっている。
更にそのちびうさは、うさぎの気持ちを知らない。うさぎはちびうさに自分たちの心の内を言ったりはしないだろう。変わらず知らないままに笑顔で衛に会いに来る。

衛だってうさぎと別れたくはない。
うさぎの言っていた通り、未来でうさぎと結婚して子供を一人設けていたことを知り、嬉しかった。未来を約束出来る。それが何より幸せだった。
前世に叶えられなかった願い。うさぎとずっと一緒に生きていきたい。その為にうさぎとこうして付き合っていたのではなかったか?
優先すべきはうさぎとの幸せな人生。うさぎとの時間を過ごすこと。

「ちびうさを、犠牲にするしか、ない、のか……?」

突然の別れの言葉とその理由。
14歳の少女が抱えるには余りに重い悩み。
その理由の数々に驚きはしたが、元来衛は冷静で頭が良い。その為、一人きりになり頭の中を整理するのにそう時間はかからなかった。
うさぎの心の闇を照らし、溶かしてやりたい。一緒に生きたい。今度こそ悩みに気づき、寄り添い、一緒に共有して苦しみを分け合いたい。
本来であれば未来から娘が来ることなど無いのだ。イレギュラーな出来事のはずだ。ちびうさの無茶な行動で、なし崩し的に今に至っている。
普通であれば一国のクイーンとキングと言う人が、ちびうさを禁忌と分かっていながら過去へ修行する様に言い渡さないはずである。
最も、前世にあれだけの禁忌を犯していた二人だ。麻痺していないとも限らない。しかし、二人に良識が備わっていたなら、そんな事を思いつかなかっただろう。

「うん、やはりこれしか無さそうだ」

衛はキングとクイーン宛に手紙を書き始めた。

うさぎの衝撃的な別れ話から数日がたった頃、久しぶりにちびうさが衛のマンションへと現れた。

「まーもちゃん♡」
「やあ、ちびうさ。いらっしゃい」

衛はちびうさを優しく家に上がる様に促した。嬉しそうにスリッパを履いて衛の後ろをパタパタと追いかけた。

「ちびうさに話があるんだ」
「なぁに?」

ちびうさがいつものソファーに腰掛けると、ジュースをテーブルに置きながら衛は真剣な面持ちでちびうさに伝えた。

「単刀直入に言う。ちびうさ、未来に帰ってくれないか?」
「え?」

周りくどく言っても仕方がないと思い、衛は端的にちびうさに伝えた。思いもしなかった言葉に、ちびうさは驚きを隠せないでいた。
当然である。ちびうさはうさぎと衛の話し合いを知らない。衛と同じで、今この時に初めて知る事になるのだ。

「でも、あたし、修行が……」

どうしてそんな事言うの?嫌だよ!いやいや!と首を横に振ってちびうさは抵抗した。

「すまない、ちびうさ。だけどこれ以外にいい方法が浮かばなかったんだ」
「どう言うこと?」

ちびうさが今、900歳で精神的にもうさぎより大人だと見込んで、先日のうさぎとの事を要点をまとめて話して聞かせた。

「あたし、二人の邪魔するつもりじゃ……」
「うん、それはうさこも分かってた。俺もそんな事、思ってないよ」

しかし、ちびうさがこの世界に留まり続ける限り、うさぎは救われない。このままでは未来は変わってしまう。そうなるとちびうさだって消滅してしまうだろう。
それを回避する打開策。それがあるとすれば、それはちびうさが元の未来の世界へと帰ること。それしか無かった。これが一番の最善策だった。

「じゃあ、あたしの修行は……?」

せっかく戦士として経験が積めると思っていたちびうさは、目に見えてガッカリした。

「せっかくまもちゃんとも一緒に過ごせていたのに。未来と違って普通の人として過ごせて楽しかったのに……」

未来ではプリンセスとして過ごしていて自由が無い。世間にも知られ、普通の人生は送れない。
更に両親は一国のキングとクイーンで多忙。余り一緒の時間を過ごせていないことは想像に固くない。衛自身も前世で王子として経験しているのだから、よく分かる。
しかしだからと言っていつかは戻るのだ。
だったら始まったばかりだが、今帰ってもいいのではないか。早すぎるが、事情を話せばお二人も解ってくれるだろうと衛は考えた。
可哀想だが仕方がない。苦渋の決断だった。

「修行が中途半端で終わるのは悪いと思っている。でも、解ってほしい。俺は、うさこが大切だ。失いたくない。ちびうさも大事だ。この先、ちびうさと出会うための前向きな別れだ。きっとお二人も理解してくれるだろう」

誠心誠意ちびうさにそう伝えながら衛は、先日キングとクイーンに渡そうと書いていた手紙をちびうさに手渡した。

「まもちゃん、これは?」
「ちびうさを未来に返す事になった理由がここに記してある。クイーンとキングに渡して読んでもらって欲しいんだ」
「パパとママ宛の手紙?……用意、いいね。まもちゃんにここまで言われたら帰るしかないね」

キングとクイーン宛の手紙をちびうさに手渡すと、納得したのか寂しそうに笑って帰ることを受け入れた。

「ありがとう、分かってくれて。流石はちびうさだな。もう充分俺たちより大人だ」
「もう、まもちゃんズルいよ!」

そう、ちびうさ自身も時々忘れてしまうが、900年生きている。何故か成長出来ずに止まっているが、本来ならばもうとっくに大人なのだ。
“ママの様な素敵なレディーになる”
それがちびうさの小さい時(今も小さいが、実年齢で小さい時)からの夢だった。
今回の修行は、その夢に一歩でも近付けるためのものでもあった。密かにちびうさは成長出来ることを楽しみにしていたのだ。
しかし、実際はやはりそう思い通りいかないものなのだとちびうさは悟った。
衛にここまで言われてしまえば、帰る以外の選択肢が無さそうだ。

4/5ページ
スキ