こころウラハラ
ブラックムーンとの戦いが終わり、今度は修行と言う名目でやって来たちびうさ。相変わらず衛にお熱でべったりで、衛の行くところ行くところに着いてくる。うさぎとのデートもお構い無し。小さな身体を最大限活かして甘える。
そんなちびうさを衛は父親の予行演習と捉え、そこに父親以上の愛情は無くとも、甘えて頼ってくるちびうさに答える日々。
この先もずっとこれが続くのかと考えるとうさぎは限界だった。
「それは、不可抗力だ。何も覚えていない。とは言え迂闊だった。すまない」
この日、初めて洗脳されていた時のことを聞かされた衛は衝撃を受けた。ちびうさとキスをしたと言う事実。
本当にちびうさは衛のことが好きだったと知り、愕然とした。
“まだ小学生”と思って接していた衛だったが、うさぎが言う様に“小さくてもオンナ”だった。うさぎが早くからちびうさの恋心に気づき、恋のライバルとして認め、警鐘を鳴らしていたと言うのに、全く相手にしていなかったばかりか、隙を与え、操られ、うさぎの前で飛んだ行動を取ってしまったのは不甲斐ない。
謝っても許されることでは無い。しかし、誠意を持って謝るしかなかった。
「俺が好きなのは、うさこだ。うさこだけだ、誓って……」
だから別れたくはないんだと衛は力強く訴える。
しかし、うさぎは首を縦には降ってはくれない。ずっと横に振るばかりだ。
「まもちゃんといると、ツライよ。ツライんだよ……一緒にいたい。だけど、あの未来から逃れられないんだって思ったら……あたし、あたし……」
どうしたって戦いが付き纏う。出会いが戦いの中だったから仕方がないのだろうが、うさぎはダークキングダムとの戦いが終わればもう戦いもないと思っていた。
しかし、実際は終わらなかった。ちびうさが来たと同時にまた戦場に逆戻り。
更にその戦いの中でちびうさの両親であるクイーンとキングは衛とうさぎの未来の姿と知る。知らなくて済んだのに、未来ではクイーンとなり地球を統べる存在となっていた。
衛と生涯を共にすること。それは即ち使命を捨てられない。
月の王国を継ぐこと無く絶命し、転生してメタリアと戦うことで祈りの力を解放した事により蘇ったムーンキャッスル。その女王となって欲しいと懇願したルナに、月を捨て、地球で暮らすと啖呵をきった。
これでやっと過去の楔を断ち切ったと思ってホッとして衛と本格的に恋人として付き合い始め、順調だったと言うのに。
まさかこんな形で使命からも過去からも逃れられないと知る事になるとは思いもしなかった。それ程うさぎが持つ銀水晶と言う聖石は、強大で偉大なのかとまざまざと突きつけられた気持ちだった。
決まってしまった未来。そこに向かって生きていくのかと考えるとうさぎはやりきれなかった。せめてこの世では、自分自身で未来を決めて開拓したかった。
そりゃあ今のうさぎには衛や美奈子、亜美たちの様に具体的な将来の夢などない。漠然と好きな人のお嫁さんでしかないが、それでも可能性は無限大だと信じていた。
それが、未来を見聞きして知ってしまった今、未来に期待が持てない。
「どうしていつも未来は決まっているの?普通の人生を送れないの?送っちゃ、いけないの?」
ただ普通に幸せな人生を送りたかっただけなのにとうさぎは泣きながら訴えた。
「ごめんね?まもちゃんが悪いわけじゃないのに……」
「いや、気づいてやれなくて、こっちこそすまなかった」
うさぎがこんなに苦しんでいるとは、全く気づけなかった衛は心を痛めた。
ちびうさに気にかけていて優先している間に、うさぎはこんなに色々考えて苦しんでいたのかと。
「嫌なことばっか言ってごめんね」
「別れたい理由を知りたがったのは俺だ。大丈夫。だけど、やはり色々あって驚いている」
別れの理由は、そりゃあ色々あるのだろうと思っていたが、衛が考えていた以上に色々あるばかりか、どれも重苦しいものだった。
14歳の女の子が一人で抱え切れるものでは無い。それを今までたった一人で抱え込んでいた。その事に心を痛めた。
本来であれば、恋人である衛と共有し、一緒に悩むべき問題ばかりだ。
衛としては決して恋人のうさぎを疎かにはしているつもりは無かったのだが、結果的に悩みに気づかない程放ったらかしにしていた事は紛れもない事実だった。
「でも、いい事もあったんだよ?」
ちびうさがいる事で嫌な事ばかりではなかったとうさぎはここに来て初めて少し笑顔を見せて話し始めた。
「まもちゃんとずっと一緒にいられる未来がある事は、単純に嬉しかったよ。まもちゃんと結婚して子供が作れる未来があるって知って幸せだなって思ったの」
「うさこ……」
前世、神の掟に背く未来が約束出来ない限りある恋をしていた二人。それでも命をかけた大恋愛。どれだけ一緒になりたいと願ってもどうする事も出来ない恋だった。
しかし、生まれ変わって状況は一変した。神の掟など関係なくなった。自由にいつでも会えて愛を育める。その先に確かに二人一緒に生きていける未来がある。
それは即ち、うさぎにとって幸せな事だった。
「ちびうさを大切にしている姿を見て、将来子供が出来たら同じ様に大切にしてくれるんだろうなって言うのも想像出来た。未来のまもちゃんの父親像をそこに見た気がしたの」
「それはだって、うさことの未来の子供だから」
「でもそれだけで大切に出来る?普通は無理だよ。あたしは無理だった」
うさぎの言う様に衛はちびうさの面倒を率先してやっていた。紛れもない愛するうさぎとの子供だから。でもそれは未来の話。今は違う。
きっとそれは衛の今まで育って来た環境も大きく影響しているだろう。
6歳で両親を亡くし、同時に記憶喪失。天涯孤独。いきなり突きつけられた現実に、精神的に大人にならざるを得なかった。
同じくどこの誰だか分からないが、うさぎと銀水晶を狙い一人孤独だった謎の少女ちびうさが、どこか衛と重なって見えた。
だからこそ力になってやりたいと思い、いつもちびうさに寄り添って来た。
だがそれがいけなかった。うさぎを孤独にしてしまった。最愛の恋人に寂しい思いをさせ、傷つけてまですることではなかったのだ。
「まもちゃんはこれから先も子供を産まない。だから変わらないし分かんないだろうけど、やっぱり女性は違うの」
産んでないから母親では無い。母性など芽生えてはいない。子供としては可愛い。でも子育てとなると話は別だ。とうさぎは訴える。
衛とうさぎの決定的違い。産むか産まないか。それと精神的に成熟しているかいないか。
ずっと一人で何もかもして乗り越えてきた衛に対してうさぎは家庭環境は整っていてずっと甘えて生きてきた。
それがいきなり未来の子供だから世話してね?と未来の自分に言われたからと言って、はいそうですかと二つ返事は出来ない。
何ならまだまだ恋に焦がれて女の子として恋愛を楽しみたい時期なのだ。14歳なのだから子供を産める年齢としても危険が高い。
衛とは夫婦ではなく恋人として過ごしたい。
しかし肝心の衛は17歳にしては大人びているせいですんなりこの状況を受けいれ、父親となっていた。その為、うさぎにも母親役を求めてしまっていた。自分と同じだと思い込んでいた。
家族が長らくいないばかりか、記憶すら無くしている分、ちびうさを介して家族ごっこを越え、本当の家族だと錯覚していた。
「あたし、まもちゃんとはまだまだ恋人でいたいよ……だって、まだそんなに付き合って無いよ?」
なのにどうしてこんな事になっちゃったの?とまた泣き出してしまった。
理想と現実が余りにもかけ離れ過ぎて今の状況にうさぎの心が全くついていけなかった。いや、うさぎ以外にもそうなるだろう。
「これからまもちゃんとゆっくり付き合って色々経験して、愛を育んでいくはずだったのにな……。確かにあたし達、子供が出来る行為はしているよ?でも、まだ出来てないし、産んでないのに……あたしに母親役を求めないで!」
衛とうさぎは付き合って暫く経って自然な流れで身体の関係を持った。数少ないが、それなりに大人の関係を持っていた。
それも衛が勘違いする要因にもなっているのではないかとうさぎは考えていた。
男と女ではこんなにも違うのかとうさぎだけではなく、衛も互いに衝撃的だった。
先程からうさぎはまだ産んでいないことを繰り返し訴え、声を大にして来た。それがいきなり順序を色々すっ飛ばして母親になってしまっていた。現実が受け容れられない。
衛と一緒にいられることは嬉しい。しかし、それは親としてではない。恋人としてだ。
うさぎだって考えていなかった訳では無い。衛との間に子供が欲しい。それは、セレニティとしてエンディミオンを愛した時から心の中で密かに願っていたこと。
しかし、それは現実としては叶わない願いだった。
前世からの悲願。今度こそ衛と結婚して子供を作る。今の自分たちにはそれが可能。
だが、それはやはり“今”では無い。もっと先ーーー少なくとも二十歳を超えてから本格的に考えることだ。
母親では無い。母親役を求められても応えられない。うさぎの悲痛な叫びだった。
「そうだったな。俺たちはまだ結婚の約束すらしていない。何故、勘違いしていたのだろう……」
何故、今の今までうさぎが指摘するまで気づかなかったのだろう。簡単な話ではないかと衛は愕然とした。
では、どうすればいいか?それもシンプルなはずだ。だが、余りにも色々な理由があり過ぎて一本の糸は複雑に絡まってしまって解くのに時間を要しそうだ。
「だから、これ以上は一緒にはいられないと思ったの」
衛の近くで座って話していたうさぎが立ち上がった。話したい事は全て話した。もう何も無いと言う合図である事は衛も察知した。
「今日はもう帰るね」
「正直、別れたくはない。だけど、考える時間が欲しい。お互い、冷静に考える時間が必要だと思うんだ」
「……そうだね。じゃあ、ね」
“またね”と言う言葉は言わず、うさぎは衛の家から出て行った。