こころウラハラ



「まもちゃん、私と別れて下さい」

か細いが、確かな意識を持ち、凛とした声でうさぎはやっとの思いでこの言葉を口にした。
この突然のうさぎの言葉に衛の思考は止まった。近くにいるうさぎの言葉は確かに聞こえたし、意味も理解出来る。
しかし、肝心のうさぎの真意が読み取れない。頭がついて行かない。

「うさこ……今、なんて?」

聞き間違いでは無い事は分かっていても、現実を受け入れられずやっとの思いで聞き返す。

「私と、別れて欲しいの」

衛の顔を見られず伏し目がちに下を向いて、目にはいっぱいの涙を貯めてもう一度うさぎは先程と少し違うニュアンスの言葉を紡ぎ出す。
やはり聞き間違いでは無いと衛は確信した。しかし、何故別れたがっているのか?さっぱり皆目見当もつかない。

「どう……して?」

これまでのうさぎとの時間をフル回転で思い出そうと衛は考え始めた。
喧嘩はしていない。した事があったとしたらブラックムーンとの戦いの時の一度だけ。最近は全くしていない。
うさぎの言動も自身の言動も振り返るが思い当たる節が見当たらない。至って良好な関係で、何ならこのままずっと一緒に過ごしていくのだと思っていた。そう信じて疑わなかった。
だが目の前のうさぎは、そうでは無かった。そう思っていなかったのだ。同じ未来を歩んでいると思っていたのに、違っていたようだ。

「もう、終わりにしたいの」

うさぎは理由を言わず、変わらず別れたいと繰り返す。フルフルと頭を振り、目尻に貯めていた涙を流し、苦しんでいるように衛には見えた。
ここまで苦しみ、追い込まれるほど悩んでやっと出した別れると言う選択を選ばなければならないとは、どんな理由なのだろう。全く分からない。

「うさこ、どうか理由を話して欲しい」

涙を流し憔悴する程うさぎは一人で何を思い悩んでいたのだろう?どうして気づかなかったのか?いつも一緒にいたというのに。
先ず別れたいと思った理由を聞かなければ前には進めない。はい、そうですかと受け入れる事は難しい。
一体、別れたいと思う程の理由とはなんなのだろうか。

「……ちびうさ」
「え?」

うさぎの口からやっと出てきた言葉に、衛は衝撃の余り声を失った。
聞き間違いか?いや、先程から予想外のことばかりうさぎの口から出てきている。ちびうさが理由とは、どういうことなのだろうか?詳しく聞き出さないとと衛は考えた。

「ちびうさって、どういう事だ?」
「まもちゃん、最近ちびうさばかりに構ってた」
「それは、ちびうさが俺たちの未来の子供で、お二人に任されたから当たり前のことじゃないか」

うさぎが別れたがった原因、それがちびうさだと知り、衛は衝撃でショックを受けた。
ちびうさは衛とうさぎ、二人の未来の娘だった。今は未来から修行に来ていて、保護者はうさぎの両親が務めている。
ただ、本当の両親は衛とうさぎと言うことで、衛は本当の娘のように面倒を見ていた。何より大切なうさぎとの子供だ。大切にするのは当たり前で、義務だ。

「そうだよ。でも、今は違うよね?そうじゃ、ないよね?」
「……どういう事だ?」

うさぎが言わんとしている事が理解出来ず、衛は混乱する。“今は”とは、どう言う事なのだろう?

「あたし、産んでない!ちびうさ、産んでないよ!ちびうさはあたしの子供じゃ、ないんだよ?あたしは、母親じゃない!」

うさぎは泣きながら訴えかけた。

「まだ、14歳の女の子なの。親になりたかったわけじゃないんだよ?まもちゃんはこれからも産まないから変わらないと思うけど、あたしは違うの」

うさぎの訴えに、衛は静かに聞いていた。その苦しい心の内を初めて聞き、そんな事を思っていたのかと驚きを隠せなかった。
確かにうさぎの言う通りちびうさは未来の子供であって、今は親でも何でもない。それなのに、当たり前のようにちびうさをうさぎと衛の子供と錯覚して何かと気にかけていた。
その為、根本的な事を忘れ、見落として今の今まで来ていたことに気付かされた。うさぎが追い詰められ、別れを告げるその時まで。

「ちびうさは悪くないの。まもちゃんも。これは、あたしの心の問題……」
「いや、すまない。うさこだけじゃない。一人で抱え込まないでもっと早く言ってくれたら改善出来たはずだ。気づかなくてごめん」
「ううん。常にちびうさが一緒にいたもん。言えるわけないよ。まもちゃんは悪くない。ちびうさだって……」

ブラックムーンとの戦いが終わり、本格的な修行にやって来たちびうさは、うさぎと衛のデートにいつも着いてきていた。
その為、いつも三人での行動となってしまい、二人きりになる機会が中々設けられずにいた。そればかりか、ちびうさは衛が大好きでべったり。衛は衛で初めて出来た本当の家族のちびうさを溺愛し、うさぎとの間にはいつもちびうさがいて、恋人としての時間と言うより、既に家族、父親となっていた。
今日は久しぶりにちびうさ抜きでやっと恋人の時間を過ごせる日だった。
しかし、衛の家に来た時の衛の反応は、ちびうさがいないことにガッカリしているように見え、その上、話題の中心はその場に居ないちびうさのことばかり。ちびうさがいなくても、しっかりと存在している。
二人きりの時間でもちびうさがそこにいるかのようで、うさぎは耐えられず、とうとう我慢の糸がぷっつり切れてしまったのだ。

「そっか、そう……だったな」

言われてみれば、ずっとちびうさが一緒だった。言えるわけがなかった。
うさぎとて根は優しい子だ。ちびうさがいるのに本人を目の前に言えるはずがない。優しいが故に一人で抱え込み、苦しむ事になってしまったのだ。

「うさこは、ちびうさのことは嫌いか?」
「そんなわけ……!」

衛は一つ確認しておきたいことがあり、うさぎに質問をした。ちびうさのことをどう思っているのか?
嫌いかと言う質問には即答で否定した。その返答に衛は一先ず一安心で安堵した。
うさぎだっていっそ嫌いになれたら楽だっただろう。しかし、心優しいうさぎはちびうさを嫌いにはなれない。だからこそ苦しむのだ。衛の事もそうだ。どちらの事も嫌いになれないどころか、大好きなのだ。
けれど、これ以上一緒にいると二人とも嫌いになってしまうのではないか。そうなる前にと最悪の考えである別れると言う結論に至った。

「ただあたしは、まもちゃんと普通の恋人としての時間をもっと過ごしたかったなって。……わがままだって、分かっているけれど」

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