Precious Time


「そ、そんなぁ~~~~~~~~」

ある日の休日、月野家のリビングに、いや、近所に響き渡るほどの迷惑なうさぎの大絶叫が響き渡る。
何故うさぎが絶叫するに至ったかというと、それは数分前の母親育子からのある言葉だった。

「7月の期末テストまで遊ぶの禁止!勿論、あなたの誕生日も勉強よ!分かったわね?」

三年生になり、受験の年になった。
しかし、相変わらずうさぎはその自覚は無く、5月の中間テストの結果はどれも良いとは言えず、散々なものばかり。
6月に入っても勉強をする気配が無いばかりか、衛の事で浮かれているうさぎに育子ママの堪忍袋の緒が遂に切れ、激怒したのである。

「嘘でしょ!?酷いよママ……まもちゃんと過ごす初めての誕生日なのに……」
「酷いのはあなたの成績でしょ?恨むなら日頃勉強しなかった自分を恨みなさい!勿論、衛くんとも会うのは禁止よ!」

正論で畳みかけてくる育子ママにぐうの音も出ないうさぎはリビングにいた父親に助けを求める。

「パパァ……」
「まぁ、仕方ないんじゃないか?受験生だし勉強は避けては通れないしな」

唯一味方をしてくれると思っていた父親にまで見放されてしまう始末。
それもそのはずで、うさぎに彼氏がいる事を知り、会えない口実があるならそれでいいと内心ホッとしていた。
そうとは知らないうさぎは当てが外れて目に見えてとてもガッカリする。
そんな傷心のうさぎに弟の進悟が追い打ちをかける。

「悔しかったら俺みたいに満点取ってみろよ!」

そう言って見せてきたのは先日受けて戻ってきた満点のテスト用紙。
水戸黄門のスケさんカクさんよろしく“この紋所が目に入らぬか!”ばりにドヤ顔で突きつけてくる光り輝く満点のテスト用紙にうさぎはたじろいだ。
そして思った。同じ兄弟にもかかわらずどうしてこんなに違うのかと。同時に己の馬鹿さ加減に嫌気がさした。

「そーよ!もっと頑張って勉強していい成績取りなさいよ!」

応戦してきたちびうさも水戸黄門のスケさんカクさんみたく満点の答案用紙をうさぎの目の前に持ってきて威張り散らかしている。
完全にカウンターパンチを食らったうさぎは気力なくリビングを立ち去って行った。

2階の自分の部屋に入るとリビングで様子を見ていてそのまま付いてきたルナが話しかけて来た。

「育子ママの言う通りよ。観念して大人しく勉強しなさい!将来クイーンになるんだから勉強はとっても大切よ!それにね、彼女がバカなんてまもちゃんがあまりにも不憫よ」

やっと喋れると思ったのか、無言だった反動で言いたい放題言ってきた。
傷心の心に塩が塗られ、余計に気持ちが沈むうさぎに今度はまた追ってきたちびうさからトドメの一撃を食らわされた。

「昔のママがこんなにバカだなんて娘の私もすっごく可哀想よ!」

そう、ちびうさは未来の衛とうさぎの娘。
未来から修行にやって来たのだ。
衛の血を引いているだけあり、頭がいい。
うさぎの未来の姿であるネオクイーンセレニティがとても偉大だった為、過去へ来ておっちょこちょいでバカだったからとても驚き、ガッカリしていた。同時にホッとしたのも事実。
だけど、まさかこんなにバカだったとは想定外でとても衝撃だった。

「2人して酷いよ……」
「事実なんだから仕方ないじゃない!」
「そうよ!勉強してないうさぎが悪い!」
「まもちゃんと誕生日にデート出来るって思ってたのに……」
「大丈夫よ、うさぎ!私もその日は誕生日だから、代わりにまもちゃんとデートしといてあ・げ・る!」
「どうしてそーなるのよ!」
「うさぎに代わって、まもちゃんとデートよ~♪アハハハ~」

そう言ってちびうさは楽しそうにうさぎの部屋から出ていった。
部屋に残されたうさぎは通信機を取り出し、衛に連絡を取る事にした。

「うさ、どうした?敵が現れたのか?」
「……ううん、そうじゃないの」
「どうした?元気無いな?」

目に見えて落ち込んでいるうさぎを見て衛はとても心配になる。
その優しい声と眼差しに、家族の前では我慢していた涙が止めどなく溢れだしてくる。

「うさ?」

いきなり泣き崩れるうさぎを目の前にして、どうしていいか分からず衛はただただ狼狽えるばかり。
そこにまだ部屋にいたルナが泣いて受け答え出来ずにいるうさぎの代わりに説明しようと通信機に近付いてきた。

「ルナ、一体うさに何があったんだ?」
「うん、ただのわがままよ!心配する程ではないわ!自業自得だもの」
「どういう事だ?」
「あのね、中間テストの成績が悪くてママに怒られて期末テスト終わるまで遊ぶの禁止された、それだけの事よ!」
「ちょっと待て、って事はうさの誕生日は……」

ルナから紡ぎ出された言葉に愕然となり、衛は確認の言葉を言い淀んで続けて言えなくなった。

「そう、当然会えないわね?まぁ仕方ないわよ。うさぎちゃんの将来の為だもの、少しくらい我慢出来るわよね?これからいくらだって誕生日祝えるんだから」

言葉が続けられない衛に変わり、ルナが言葉を引き取り、色々尾ひれはひれ付けて説明してきた。
確かにルナの言う通り30世紀までずっと過ごすという未来が約束されている。いくらだってうさぎの誕生日を祝えるのは事実だが、そう言う問題では無い。
“15歳の誕生日”は1度だけだ。
そしてあろう事か、付き合って初めてのうさぎの誕生日。
そんな特別な日に会えないと言う事実に衝撃を受け頭が真っ白になる。
衛は初めてのうさぎの誕生日をどう過ごそうか?何をプレゼントしようかと最近そればかり考えていたし、昨日までうさぎに必要以上にアピールされていた事もあり、うさぎの喜ぶ顔がみたくて色々考えていた。
それだけにとても残念な事だった。
うさぎ同様、衛にとってもこの“うさぎの誕生日は会えない”と言う言葉は死刑宣告ぐらいの破壊力を持っていた。

「まもちゃん?大丈夫?」

うさぎと同じく固まったまま黙ってしまった衛を心配したルナは話しかける。

「その代わりにちびうさちゃんがデートするんだって言ってたわよ?」
「……ちびうさ?どうして?」
「ちびうさちゃんもうさぎちゃんと同じ誕生日だからだそうよ?」

だからと言ってうさぎの代わりにはならないだろうと思いつつも、衛はそれならちびうさにも誕生日プレゼントをあげないといけないと瞬時に頭を切りかえた。

「そっか、ちびうさもうさと同じ誕生日なのか……」

衛はその時初めてちびうさの誕生日を知った。
うさぎの誕生日を知ったのもブラックムーン一族との戦いが終わって暫くして落ち着いた時だった。
うさぎとちびうさが同じ日と言う事は未来の自分であるキングエンディミオンは毎年この時期とても大変な思いをしているのではないかと未来の自分に思いを馳せ、労をねぎらう。

「そうみたいね?偶然にしては出来すぎてるけど……」

ジト目で何か言いたそうにルナは語尾に何か含みを持たせてくる。
それは未来の俺がした事だから今の自分に言わないでくれと心の中で思った。
気まづくなり、飲みかけて冷えそうになっているコーヒーを一口すする。

「じゃあその日はうさじゃ無くてちびうさと会う事になるのか……」

辛いが、さっさと事実を受け入れる事にした衛。
しかし、実際口に出すとズッシリと悲しみがのしかかってきて殺傷能力が半端じゃなかった。

「うぇ……まもちゃん……」

漸く口を開いたうさぎだが、辛くて言葉が続かない。
自分とは違い、案外とあっさり誕生日だけでは無く暫く会えない口実を受け入れてしまった衛に衝撃を受け、言葉が出てこない。涙も収まらない。

「うさ……仕方ないが、うさの将来の為だ。期末テストいい点取って育子ママ見返して思う存分会えるようにしような!」
「まもちゃん……うん、うん、そーする!」
「それに会うなとは言われたけど、話すなとは言われてないわけだろ?毎日通信機で連絡取ればいいよ。それなら顔も見られて一石二鳥だ!」

衛に励まされ、漸く前向きに考えられる様になるうさぎ。
それを見ていたルナは単純で良いなと呆れていると衛からのとんでもない提案に驚いて目がとび出そうになる。

「通信機はそんな事に使う為に渡したんじゃないわよ!まもちゃんともあろう人がそんな悪知恵働かせるなんて……」

信じられないと悪態をつくルナ。

「頼むよルナ、うさのやる気をあげるためにもさ?」
「お願いルナ!分からないところとか聞きたいし」

それらしい事を言っているが、結局衛を前にすると絶対勉強などしないだろうとルナは見透かしていた。それだけに黙って見過ごせない。
発言しようとしたその時、通信機の向こう側で電話がなる音がして遮られる。

「電話だ。じゃあ、また」
「うん、まもちゃんまたね♪」

電話がなった事でこの日の通信は強制終了した。


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