旧作まもうさSSログ
太陽からの木漏れ日の眩しさで、目を覚ます。
この時期は特に天気が良く、朝の目覚めは良好。
元々早起きは得意だったが、最近は輪をかけて早く起きる様になっていた。
その理由は、数ヶ月前にセレニティから貰った月の土で、花を育てているからだ。
「月の土でもお花が咲くかしら?」
基本的に月には草木は人工的に作られるものであり、自然に咲くものでは無い。
月の土が草木を育てるのには向いていないのか。はたまた月そのものの環境が育たない原因なのか……。
花を愛でることが好きな彼女が、とても残念そうに話しているのが印象深くて。どうにかしてやりたいと、俺が買って出た。
「地球で育ててみようか?地球の環境で月の土で育てたら、咲くかもしれない」
「まぁ、ありがとう。エンディミオン」
そうして彼女は、次の逢瀬で月で取ってきた土を持ってきてくれた。
ただ、月の王女である彼女が重い土を持つわけにもいかないと言う事と、地球に来る事を見つかってしまったセレニティ。一人では無く、珍しく護衛を連れて来ていた。
「初めまして、セーラージュピターと申します。いつもうちのプリンセスがご迷惑をおかけしてすみません」
ジュピターと名乗った彼女は、緑の戦闘服に薔薇ピアスが良く似合う戦士だった。
深々とお辞儀をする、礼儀正しい中にも体育会系の雰囲気をまとっていた。
「私はプリンス・エンディミオン。地球国第一王子だ。宜しく」
「突然来てしまってすみません。プリンセスに土を持たせられなかったので、私が勝手でました」
「ジュピターはね、とっても力持ちなの」
「プリンセス!」
「本当の事じゃない。それと、私と同じで緑が大好きなの」
「そうでしたか。ゆっくり見ていってください」
セレニティの端的な説明のお陰で、どうしてジュピターが護衛としてここに降りたったのか納得いった。
怪力で、緑が好き。今回、こんなに打って付けの人物は彼女の他にいなかっただろう。緑の戦闘服も彼女らしさが出ている。
「でね、是非育て方とか聞きたいんですって」
「参ったな……俺も育てるのは得意じゃなくてね」
とは言え、知識がない訳では無い。
そう思った俺は、2人を王宮の庭園へと案内した。
「うわぁーー、素敵」
「花がいっぱいだ」
王宮の敷地内故、お忍びで会っているセレニティにも案内していなかった場所。初めて来て、目にする光景に、予想以上に驚いていた。
「お気に召して頂けましたか、お姫様方?」
「ええ、とっても!」
「想像以上の景色です」
目の前に広がる沢山の草花を目の当たりにして、2人は言葉も出ない程、感動している様だ。
「早速この土を埋めて、育てようか?」
「宜しくお願いします」
ジュピターが率先して手伝ってくれる。慣れた手つきで土を耕す。
なるほど、好きなだけあって手馴れている。
「これを育ててみようと思う」
見せた苗は赤い薔薇だった。花言葉は“情熱、愛情、美”で、セレニティにピッタリだと思ったから。そして、ちょうど植えるタイミングだったのもある。
「素敵ね!どんな花を咲かせるか、とても楽しみだわ」
「愛情を持って育てるよ」
そうしてこの日から俺は、バラの花を咲かせる為に毎朝早起きをする事になった。
月から頂いた貴重な土。どの様な性質なのかは分からないが、せっかくの月の土だ。絶対に無駄にはしたくないとの想いで、育てていた。
「この前一緒に植えた花は今、どうなっているのかしら?」
セレニティは、その日から地球へ降り立つ度に花の様子を聞いてきた。
余程楽しみで仕方ないのだろう。気持ちは分かるが、すぐに育つものでは無いので、あまり変わらない。
「残念ながら、あまり変化は無いよ」
ことある事に見に行きだがったが、咲いてからのお楽しみにしたかった俺は、適度に言いくるめる。
残念そうにしていたから騙しているようで心苦しいけど、我慢だ。ちゃんと育っているのだから。
そして、月日は過ぎ去り、薔薇は開花の時期を迎えた。月では育ちにくいとされた花は、こちらではとても生き生きと咲き誇っている。
「これは、セレニティが喜ぶぞ」
毎朝早起きをして、セレニティの喜ぶ顔を思い浮かべながら育てた薔薇。彼女の無垢な明るさが花にも伝わったのか、明るく育ってくれた。
「セレニティ、渡したい物があるんだ」
「まぁ、何かしら?」
次に彼女が地球に降り立った時にと、薔薇を収穫していた。兎に角元気に育ってくれたので、何百本と出来上がった。
その一部を収穫して、棘をちゃんと抜く事も忘れず。そして、花束を作る。
「はい、セレニティ。俺からの気持ち、受け取って」
「わぁ、お花!素敵ね」
案の定、渡すと眩しいほどの笑顔を見せて喜んでくれた。何も伝えずこの笑顔だから、きっと月の土で育てた物だ。なんて言えば、もっと喜ぶだろうな。
「薔薇って言うんだ。月からの土で育てた物だ。いっぱい育ったから、君にプレゼントだよ」
「月の土から育ったお花なの?まぁ、なんて素敵なのかしら」
予想通り彼女は、とても喜んでくれた。ならばと思い、もう一度あの場所へと案内する事にした。
「まぁ、これがあの時の?」
植えた場所を覚えていたセレニティは、そこに目線をやって感嘆の意を示した。
無理も無い。あの時は植えたばかりで、その後はここに来る事もなかったのだから。
「凄いだろ?こんなに元気に咲いてくれるなんて、俺も予想だにしなかったよ」
「地球の、エンディミオンの力ね?」
「いや、月の、セレニティのお陰さ」
お互いに謙遜し合うが、多分どちらも間違っていないだろうと思う。
何故なら、月の土に地球の土も足してみていた。すくすく育っていたので、俺が欲張ってもっといっぱい育てたい。その想いがあったから。
そうすると、どんな化学反応かは知らないが、兎に角強く逞しく育った。
薔薇を一本詰んだ俺は、地面に投げてみた。
すると、アスファルトにも突き刺さるほどの強固。
月へ持って帰っても、手入れさえしっかりすればきっと長持ちしてくれるだろう。
「ありがとう、エンディミオン。こんな立派に育ててくれて……」
お礼を言う彼女の頬には、一筋の涙が伝っていた。
「もしもまた、違う形で会う事があったらその時は、この薔薇を約束の印としてプレゼントして欲しいわ」
俺たちの恋は、決して結ばれない禁断の恋。それ故に、未来はなくて。
それでも、結ばれる世界があるならと望まずにはいられない。こんなにも互いに愛し合っているのだから。
「ああ、約束するよセレニティ。その時は、必ず薔薇を贈ろう。互いに見つけやすいように」
それは、禁忌を犯して罪を背負い、愛し合っている俺たちの、将来を誓い合う究極の愛の言葉だった。
約束しよう、セレニティ。君がどんな姿形になろうとも、きっとまた見つけて恋に落ちるとーー。
おわり