恋人ですが、何か?


段々冷静になってきた衛は腕の中でうさぎが震えている事に気付いた。

「家まで送ってやるよ」
「そんな、悪いよ!そこまでして貰う義理ないもん……」

内心は嬉しかったが、そこまでして貰うのは流石に甘えすぎだと思い慌てて断る。
そして勢いで衛の腕を離れ、体を離してしまった。

「バカ!震えてるだろ!そんな怯えている奴、放っておけるほど人でなしじゃねぇよ」
「な、バ、バカって!でも……」
「また違う奴に絡まれる可能性も無いとは言いきれないだろ?黙って送らせろ」
「わ、分かったわ。お言葉に甘えさせて頂きます」

送って貰う道中は沈黙が続き、先程のこともあり、気まづい時間だった。
しかし、同時にまるでデートみたいだと浮かれていた。
チラチラ衛の横顔を見てはかっこいいとトキメキが止まらなくなり、油断すると好きになりそうになる。
しかし、タキシード仮面の事を思い出し、それはギリギリの所で思いとどまっていた。

“うさぎ、しっかりするのよ!この人はタキシード仮面とは別人よ!重なって見えたからって、うっかり好きになっちゃダメよ!後戻り出来なくなるわ!彼は地場衛であって、タキシード仮面では無いわ!”

心の中で恋に落ちそうになる自分に天使と悪魔が戦っていた。なけなしの理性が恋に落ちそうな自分を律していた。

一方の衛もまた自分の数々の行動に驚き、一体どうしたのかと思案していた。
助けるだけならまだしも、送って行く事にまでなるとは思ってもいなかった。
今までの自分では考えられない行動の数々に他でもない、衛自身がとても戸惑っていた。
成り行きで送る事になったものの、送る道中でその答えが出ればと思っていた。

「あ、あの……あ、りが、と」
「あ、嗚呼、当然の事をしただけだ。気にするな」
「でも、して貰ってばかりで申し訳なくて……。何かお礼……」
「そんなつもりで助けたんじゃないから、気持ちだけ貰っておくよ」
「でも……」
「お前が無事ならそれで十分だ」

うさぎにお礼を言われ、衛は驚いてしまった。
普段、失礼な事しか言わない彼女から感謝の言葉とお返しがしたいと、そんな単語が聞けるとは思わなかったから。
しかし、これで少し自分が何故彼女にこれ程突き動かされ、今日の数々の行動が分かった気がした。
彼女はとても礼儀正しくいい子なのかもしれない。

「じゃあ、うち、ここだから……」
「嗚呼、じゃあお大事にな」
「あの、今日は本当に助けてくれてありがとう」
「いや、何も無くてよかったよ」

見つめ合い、しばしの沈黙が流れ、お互い何か言いたそうになる。

「あの……それじゃ、また!」
「あ、ああ……」

そう言って駆け足に家に入っていくうさぎを呆気にとられながら目で追いかけて見守った。
家の中に入ったうさぎは、うっかり“好き”だと言ってしまいそうになるのを必死に抑えていた。
“恋人”なんて言われたからって自惚れてうっかり告白なんてしそうになるなんてどうかしてる。
頭が良くてかっこいいんだから恋人がいるかもしれない。
馬鹿な私を相手にするほど暇じゃないと必死で思いとどまった。

衛の方もまた、“好きだ”と言ってしまいそうになっていたが、うさぎがあまりにも突然駆け出してしまったので拍子抜けしてしまった。
まだ出会ってそんなに時間が経っていない。
そんな中で告白しても玉砕するだけだ。と命拾いする。

そう、彼女とは出会ったばかり。
ゆっくりと彼女を知り、関係性を築き上げればいい。
そんな事を考えながら衛は、うさぎが部屋に入ったのを呆然といつまでも見つめていた。




おわり

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