永遠の花ーMemento Moriー


晴れた秋の昼下がり。いつもの様に月からセレニティが俺に逢いに降りてきていた。
夏とは違い、気温も下がり過ごしやすい気候。花たちは生き生きとしていて、そこかしこに秋の花々が咲き誇っていた。

「とっても綺麗だわ」

何度となく地球へと降り立っているはずのセレニティは、本物の花を見ては感嘆の溜息を漏らしている。
その表情はまるで少女のようであり、憂いを帯びた大人のようでもあった。

「君の方が綺麗だよ」
「まぁ、エンディミオンったら」

いつでも見られる花よりも余り会うことの出来ないセレニティの方が余程俺には綺麗に見える。
素直に出てきた心からの言葉にセレニティは頬を赤らめて喜びながら照れて赤面する。そんな顔もまた綺麗だと心の中で俺は一人呟いた。

「お世辞じゃ無くて、本当にそう思っているんだ。ここにある花たちは、君の綺麗さを際立たせる役目をしているんじゃないかと思う程さ」
「ありがとう、エンディミオン」

照れながらセレニティはそう短くお礼を言ってきた。

「ねぇ、エンディミオン?」
「何だい?」
「この花の名は、何というの?」

色んな種類の花が咲いている中、今回セレニティが気になったのはとても可憐で繊細な花。

「それは、コスモスという花だよ」
「コスモス?素敵な名前ね」

そう、その花の名は“コスモス”。
その見た目はとても可憐。そして白く透き通る様な繊細な見た目をしている。この時期になると毎年咲く花だ。

「君のような花だね」
「そうかしら?」
「ああ、可憐で繊細で。今にも消えてしまいそうな、そんな所が似ているなと感じたんだ」
「まぁ、エンディミオンったら。可憐だなんて」

コスモスの白く儚い見た目と、銀の髪に透き通る様なガラスのドレスという出で立ちのセレニティが重なって見えた。

「この花は君だね。君の花だ」
「あたしの、はな?」
「ああ、コスモスってのは宇宙と言う意味も同時に持っているんだ。月の女神の君にピッタリだと俺は思うんだ」
「まぁ、素敵ね。花でもあり、宇宙でもあるなんて」

セレニティがコスモスに惹かれたのは、きっと必然なのだろうと俺は感じた。
見た目だけじゃ無い。花言葉や二つ名。どれをとってもセレニティそのもの。まるでセレニティの為の花なのでは無いかと運命と言う物を感じざるを得ない。

「ねぇ、エンディミオン?」
「何だい?」

もう一度セレニティから話しかけられ、そちらを見る。セレニティの手には一輪の花が眠っていた。そう、文字通りーーー

「このお花は?」
「この花は……」

俺は、そこで初めてセレニティの質問に言い淀んだ。
セレニティ自身、初めて見るその花。名前を知りたいのだろうと思う。
けれど、俺はそうでは無くてその姿をどう説明するべきか言葉に詰まってしまった。

「同じコスモスだけれど、枯れているんだ」

俺は、意を決してそのまま説明する事にした。

「カレテイル?」

聞き覚えの無い言葉に、セレニティは棒読みになる。顔はキョトンとして何を言っているのか分からないと言った様子だ。
無理もないだろう。月で育てている花は、枯れることも無いだろうから。

「ああ、その花はもう寿命が来てしまったんだ」
「じゅみょう……」

俺が説明した言葉を繰り返して噛み締めるセレニティ。

「人間としての“死”だよ。花は死ぬと枯れてしまうんだ。その寿命はとても短い」
「そう、死んでしまったのね……」

枯れた花が意味するところを理解したセレニティは、静かに涙を流して頬を濡らした。
その雫はやがて枯れた花へと零れ落ちる。
涙で潤ったコスモスは、気持ち少し元気を取り戻した様に見えた。しかし、完全に元に戻る事は無かった。

「生命には限りがあるからね。それ故に尊く儚いんだ」
「花の命は短いのね」
「ああ、なのに苦しい時が多いんだ」
「そうなのね……」
「生きとし生けるものは必ず死ぬ。それは避けては通れない運命さ」

俺の説明に一つ一つに真剣に耳を傾けて理解しようとしているセレニティ。
その間もずっと涙を流し続けている。
やはりセレニティは、優しい。

「仕方がないさ。だからこそ、四季折々多種多様の花が咲くのだから。今まで色々見てきた花は、多くの犠牲の元により強く咲こうと頑張っているんだ」

1000年と言う長寿を生きるセレニティには、これまで死を目の当たりにする事が無かったのだろう。
中々理解する事は難しいと思う。
だからだろう。月では花は人工だと言う。それはきっと本当に咲かせられる環境であれば、長寿故、枯れることは無い。死は訪れない。
月という環境が、命の繁栄には不向きなのだろうと感じた。

そしてそれは、“地球と月の者は通じてはならない”と言う神の掟にも通ずるだろう。
1000年を生きる長寿国家である月の住人と、せいぜい長生きしても50年程である短命の我々地球人。時の流れがそもそも違う。
共に生きられないからこそ、絶対的な神の掟が存在するのだ。きっと、それは残された物が深い悲しみに囚われ、苦しむからだろう。

それは俺だって最初から分かっていた。
だが、恋に落ち、セレニティを愛する事を止められなかった。
神の掟に背き、逢瀬を繰り返している俺たちはいずれは神の裁きを受けなければならないだろう。覚悟は出来ている。だけれど、今だけは……

「人の命も短いの?」
「そうだな。花ほどでは無いが、セレニティ達月の住人とは違ってとても短いよ」
「あなたも私より先に死んでしまうの?」
「ああ、悲しいけれどそれが地球人の運命だからね」
「そんな……」

俺の言葉で現実を突きつけられたセレニティは、衝撃の事実に絶句した。無理もない。突然、別れが間近に迫っていることを突きつけられたのだから。

今まで守護戦士達に口酸っぱく“地球に降り立つな!王子とは会うな”と言われていただろう。
だけどそれはセレニティとしてはただ月の王国のプリンセスであるが故、伴侶を得て継がなければならないから。そう考えていただけだろうと推測出来る。
だが実際は違っていた。それ以外にどうしても越えられない壁があるのだと知る事になった。

「どうする事も出来ない事実なんだ」
「でも!それでも私は、ずっとあなたを愛しているわ」
「俺だってそうさ」

これからの運命に絶望した俺たちは、時間が許す限りお互いにキツく抱きしめ合った。
例えこの世が滅びても君と出会った愛は永遠だ。

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