誕生日に向けて


「そ、そんなぁ~~~~~~~~」

7月中旬のある日の午後、うさぎの大絶叫が響き渡る。
今度は月野家ではなく、衛の家でマンション中に迷惑なくらいの声で叫ぶうさぎ。
何故絶叫するに至ったかというと、それは本の数分前の話。

うさぎの脳内はすっかり夏休みに入っていて、衛と毎日会えると喜んでいた。
衛の予定を何の気なしに聞いてみると想定外の言葉が返ってきた。

「8月1日から5日までは勉強合宿でここにはいない」
「うっそー!何で?ってか勉強合宿って何?」

会えない日がある事は愚か、聞きなれない単語にうさぎは困惑する。

「進学校だから勉強合宿は必須なんだよ。受験だから仕方ない」
「仕方なくなぁ~~~~~い!まもちゃんの誕生日にかぶってるじゃん!また誕生日には会えないじゃん……」

衛としては毎年の事で何ら悲しむ事ではなく、学校から通知を貰って確認した瞬間から普通に受け入れていた。
しかしこうしてうさぎが衛の誕生日に会えない事に悲しんでくれている姿を見ていると、段々うさぎと会えない自分の誕生日が悲しくなって来た。

「そうか、俺の誕生日だったな……」
「そうだよ!忘れちゃダメだよ!まもちゃんが産まれた大切な日だもん!2人でお祝いしたかったのに……」

当然の様にうさぎは衛の誕生日を祝おうとしてくれていて衛は胸が熱くなる。

「一緒にまもちゃんの誕生日に夏の大三角観たかったのになぁ……」
「……おあずけになっちまったな?」
「うぅっ私の誕生日に続いてまもちゃんの誕生日まで会えないなんて……呪われてるとしか……」

何とかならないのか?行かないという選択肢はないのか?とうさぎは無理だと分かりつつも望みがありそうなお願いをしてわがままを言う。
いくらうさぎの頼みだとしても聞くことは出来ない決定事項だけにどうしようもない。
気持ちは分かる。先月はうさぎの誕生日に早々に会えない事が決まってしまった。
結果的に当日は頑張って勉強したうさぎへのプレゼントとして限られた時間ではあったが、会える事になった。
しかし、今度は間違いなく会えない。

衛は毎年この時期に勉強合宿がある事が去年までは実はとてもありがたかった。
自身の誕生日であり、両親も記憶も失った日。この呪われた日を勉強合宿と言う名の現実逃避はとても救われていた。
行かなければ行けないであろう両親の墓参りも行かずに済んでいたし、嫌な事、孤独である事に向き合わずに済んでいたから。

しかし、今年からは状況が一変していた。
一緒にいてくれる大切な恋人であるうさぎがいる。
そのうさぎが誕生日を一緒に祝いたがってくれている。
衛だって一緒にこの日を迎えたいという気持ちが無い訳では無い。
しかし学校行事に欠席は内申点にも響くし、この合宿を欠席した事により命取りになり、志望校に合格出来ないなんて事になりかなねなくも無い。
うさぎには悪いが、勉強合宿の出席をする事に決めた。

「うさ、気持ちは有難いが、これはもう決まった事なんだ。来年は一緒に過ごそうな」
「でも……初めてのまもちゃんの誕生日なのに」

そうは言われてもやはり今年と来年は意味合いが違う。
衛と付き合って初めての衛の誕生日、どうしても一緒に過ごしたかった。
自身の誕生日と言い、お互いが受験生だからといってこんなに勉強に阻まれるのかと悔しくなってくる。
と同時に私たちカップルはきっと呪われているに違いない!
きっと前世で徳を積んで無かったせいでこんな事になってるんだと思わざるを得なかった。
そして衛が自分では無く勉強をあっさり取ってしまった事に憤りを感じていた。
“私と勉強、どっちが大事なの?”そう我儘任せに最低な質問をしそうになった所をうさぎは既のところで押さえ込んだ。
これを言ってしまうと取り返しがつかない事になるだろうと予想出来たから。

「……分かったわ。でもその代わり勉強合宿の日以外のまもちゃんの夏休みの時間、私に全部頂戴!」
「仰せのままに、わがままプリンセス♪」

衛とてうさぎと会えないのは寂しい。
この最大限のわがまま位は聞いてやりたいという気持ちだった。


☆☆☆☆☆


半ば納得出来ないまま衛のマンションから自宅へと帰宅したうさぎは、ただいまも言えずに2階の自分の部屋へと真っ直ぐに向かった。
その姿を目撃したちびうさが気付いて楽しそうに話しかけてきた。

「うっさぎぃ~元気ないけどどうしたの?まもちゃんと喧嘩?」
「違うわよ!まもちゃんの誕生日、会えなくなったの……」

力無くことえるうさぎに今度はちびうさが衝撃を食らった。

「えぇぇ~~~~~どうして?」
「勉強合宿でここにはいないんだって……」
「そんなぁ~~~~~!」
「どうしてあんたが落ち込むのよ?」
「落ち込むわよ!まもちゃんの誕生日祝ってあげたかったのに……」
「私が、まもちゃんと2人きりで祝ってあげたかったのよ!あんたはお邪魔よ!でもまぁ、それも出来ないから無意味な争いよ……」

ちびうさと言い争いながら衛と会えない現実が更に大きなものとなって襲ってきてしまい、絶望する。
ちびうさはちびうさで衝撃に打ちひしがれていた。
去年までは30世紀の未来で父親であるキングエンディミオンを毎年母親であるネオ・クイーン・セレニティと3人でお祝いするのが恒例行事となっていた。
今年は30世紀にはいないし、帰る予定もないため、漠然と普通にうさぎと一緒に衛を祝うつもりでいた。
しかし、うさぎからは思いもよらぬ言葉でそれが叶わないと知り、どうしたらいいか思考回路がショートしそうになる。
キングも衛も祝えない。そんな8月3日を迎えていいのか?と……。

頭のいいちびうさは閃いた!
キングにはルナPを介して誕生日おめでとうメッセージを贈ろうと。
しかし、衛の方はいい方法が思い付かず八方塞がり。
まさかうさぎに聞いたところでいい方法なんか全く無いだろう。
チラッとみるとまだ落ち込んで浮上出来ないでいるから余計期待など出来ない。

そんなちびうさとは裏腹にうさぎはまた誕生日を一緒に祝えない事に打ちのめされていた。
2度目とはいえ、ショックな事には変わらない。
寧ろ自分の時より打撃が凄い。
あの時は勉強せざるを得ない状況に追い込まれ、忙しい日々を過ごしていたから何気にあっという間に時間が過ぎた。
毎日衛と通信機で連絡も取っていたから寂しさもあまり無かった。

しかし、今度はどうだろうか?
勉強合宿がどれだけ厳しいものかは分からない。
だけど確実に通信機で連絡が取れない環境下にあるに違いない。
段々冷静に考えられる様になった頭で余計に悲しくなりそうな事ばかり閃いて凹んでしまう。
この5日間をどう乗り切るか?が今のうさぎには課題だった。

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