偶然の確率に賭ける想い


8月に入って益々暑くなってきたこの日、朝からうさぎはなるの母親が経営している宝石店の前にいた。
目的は一つ。地場衛に会うためだ。
と言っても、待ち合わせをしていた訳では無い。一方的に待っているだけだった。

会える確証など何も無いが、この日にどうしても会いたい理由があった。
とは言え情報が少なく、家が何処なのかも分からない。知ってることと言えば元麻布高校にパス通学。そして、初めて会ったこの場所でサングラスにタキシードを着ているという事くらいだ。

だからと言う訳では無いが、藁をも掴む思いでこの場所で朝早く起きて待っていた。地場衛が来る保証はないが、運命という言葉が本当にあるとすれば必ず会えるとうさぎは信じていた。
あれ以来、約束も無いのに何度も偶然に出会っているのだ。今回も必ず会える。そんな予感がした。

一番手っ取り早いのは、衛が通う高校に行って待ち伏せする事だろう。けれど、それも夏休み故、衛が来ると言う保証は無い。

夏休み。それは今まで意図せず偶然会えていた確率を一気に下げる。休みなのは嬉しいが、そう言った意味では有難くない休みだ。

「って、これじゃあ私、アイツのこと……」

待ちながらドキドキして期待している自分自身に気付き、慌てて頭を横に振り、その考えを振り払う。
チャラい大学生二人組に助けて貰って以来、頭の中では衛の事ばかり考えるようになっていた。
しかし、自分にはタキシード仮面がいる。これでは浮気では無いか?いっその事、衛がタキシード仮面だったら……等と考えている事もあった。

「でも、あの時のあの動き……」

確かにあの時の衛は、普通の人とは違っているように見えた。華奢な衛が、年上の大学生二人を相手に戦う姿は、まるでタキシード仮面を彷彿とさせた。
いや、あの時のうさぎはただただ怖くて、普通の精神状態では無かった。そんな事も相まって、タキシード仮面の様に見えてしまったのかもしれない。
セーラームーンとして得体の知れない敵と戦うのと同じ様に、何を考えているか分からない大学生に怖い思いをしていた。重ねるのも当然だろう。

所謂、“吊り橋効果”と言う奴である。

「やっぱり、会えないか……」

夏休みで、偶然の確率はうんと下がり低くなった。
うさぎとて、その事は分かっていた。
何日か衛と会ったことのある場所を辿って会えるかどうかシュミレーションをしていた。しかし、会いたいと思う時に限って会えないものである。

「私にはタキシード仮面がいるもん!」

かれこれ二時間ほど待っただろうか?
木陰や日傘を差しているとはいえ、真夏。これ以上ここにいると熱中症になる。健康あってこそだ。家から持ってきていた予め凍らせておいたペットボトルのソルティライチもすっかり溶けていて、残り僅かとなっていた。

「お腹空いた……」

夏と言えども食いしん坊のうさぎは、昼を前に空腹になっていた。お昼ご飯は何だろうと雑念が入って来た。

「……これじゃあ私、まるでアイツのストーカーみたいじゃん」

空腹なのも相まってか、元々鈍い思考回路が更におかしな方向へと向かっていた。
ほとんど何も知らない相手を待ち伏せすると言う行為、これをストーカーと言わずしてなんと言う。
お腹も空いてきたことだし、時間切れと言ったところだろうか?
昼は余計に暑いから、夕方にリベンジすればいいか?と考えたうさぎは、食欲と家のクーラーが恋しくなり、踵を返して帰ろうと考えた。

「今日はまだ、始まったばっかだしね!」

言っても元々前向きな性格のうさぎは、決して諦めた訳では無い。
空腹な上に暑くては何も言いアイデアなど浮かばない。これは、うさぎなりの戦略的撤退なのだ。
腹が減ってはなんとやらと言う奴で、昼ごはんを食べてから又作戦を練り直そうと考えた。
それに、この場所にずっといても店の人達に迷惑だし、ある意味営業妨害だ。


「さて、帰ろう」

そう宣言して店から離れようと歩き出したその時だった。
聞き覚えのある声に呼び止められた。

「よう、お団子頭!夏休みの宿題は進んでるか?」

まさか?そんなはずは……と思いながら、声が聞こえてきた方向へと顔を向ける。
するとそこには、今まで考えていた待ち人である衛、その人の姿があった。

「よけーなお世話よ!」

憎まれ口を叩かれ、つい売り言葉に買い言葉で言い返してしまう。心と口は別の様だ。うさぎはいつまで経っても成長しない己を呪った。

「ま、先生に怒られないように頑張れよ!」

ムキになるうさぎの顔に満足した衛はからかうのを止めて、エールを送りクスッと笑った。

「いちいち嫌味な奴……」

あれ以来の再会に、心躍るうさぎだが、憎まれ口ばかりの衛に素直になれずにいた。
何故か素直になれない。心が乱される。ざわめく。今まで感じたことの無いものを衛に抱いていた。
それが、恋をしているという事だとも知らずに。

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