Bittersweet
「まーもちゃん」
いつものベンチに腰掛けるまもちゃんが目に映る。本を読み耽っている彼に、猫なで声で呼びかける。
「うさこ」
本から目を離して、笑顔でこっちを見るまもちゃん。
気になるのは、チョコと思しき物を貰っているかどうか……。
きっと放課後、ここに来るまでに女の人からいっぱい貰ったんだろうな。そんな予想をしていたから、荷物をキョロキョロして探す。
ベンチ周辺を見回すと、それらしいものが無くて、驚く。あれ?どうしてだろ?
「これ、バレンタインのチョコ。私の手作りだよ」
受け取って貰えないかも。そう思いながら、渡す。
「ありがとう、うさこ」
不安な気持ちとは裏腹に、まもちゃんは笑顔のまま、当然の様に受け取ってくれた。
横に座りながら、一先ずホッとする。
そして、次なる難関。食べてもらえるか?だ。
「良かった。受け取って貰えた」
「何でだよ?うさこからのは受け取るさ」
「もしかしたら、受け取って貰えないんじゃないかって、思って」
「どうして?」
「ここに来るまで、女の人達からいっぱい貰ってると思って」
「貰ってない!うさこ以外のはいらない。うさこのじゃないと嫌だ」
私以外はいらない?何で?チョコはまもちゃんの大好物なのに、いらないの?
「何で?どーして?まもちゃん、モテるでしょ?いっぱい女の人達持ってきたんじゃないの?」
「ああ、確かに何人かにチョコ渡されたよ」
ほら、やっぱりそうだ。渡されてたんだ。私が一番乗りじゃなかったんだ。
分かってたけど、いざ現実を突き付けられると辛いな。泣きそうになる。
「けど、そのどれも受け取りは拒否したよ」
「な、んで?」
「うさこに貰えるから。それに、彼女達全員、本命チョコだったから。気軽に貰えないと思って。期待させてしまうだろ?その気なんて更々無いのに」
それって告白、されたって事だよね。
告白だけ断って、チョコは貰えば良いのに。全て拒否られた子達が何だか可哀想に思えた。
「チョコだけ、貰えばよかったのに……」
「それじゃ不誠実だと思ったんだ。付き合う気無いのに、チョコだけ貰うなんて都合良すぎるだろ?期待させない為にも、心を鬼にしたんだ」
本音を言えば、チョコだけ欲しい。そう続けておどけて見せるまもちゃん。
私だったら、何も考えずに貰っちゃうな。
でも、それは中途半端って事なんだね。
「だから、チョコらしいもの、持ってなかったんだね?」
「ああ。全部断った。うさこから絶対、貰えると思ったから。楽しみにしてたんだ」
楽しみにしてくれていたこと、単純に嬉しかった。私の為に、ほかの女子からの告白を断ってくれていたことも、とても嬉しかった。
「まもちゃん……」
でも、フッと気になってしまった。過去の事。私と付き合う前の事が。
「でも、去年まではどうしてたの?貰ってたの?」
「去年までも、全部断ってたんだ。顔も名前も知らない人からのは貰えないし、付き合う気も無いし」
チョコが大好物なのに、無条件でいっぱい貰える日に貰う事すらしない。並大抵の覚悟じゃ出来ないとこだと、驚いた。
「それに、それどころじゃなかった。夢に出てくる女の人から“銀水晶を探して”と言われていたから。自分を取り戻すのに、必死だったんだ」
「そう、だったんだ……」
「だから、俺にはうさこだけだ」
「まもちゃん……」
“俺にはうさこだけ”その言葉がとても嬉しくて、心の中で何度も噛み締める。
「今後も、うさこ以外には貰わないから安心して」
にっこり笑って、そう宣言してくれた。
それって、この先もずっと私と一緒にいてくれるってこと?
将来の事、期待してもいいのかな?
「そろそろ開けていいか?」
「うん、勿論だよ!」
二つ返事で勢いづいてオッケーの返事をしたけど、フッと我に返る。初めてのお菓子作り。まこちゃんに手伝って貰ったとはいえ、お世辞にも美味しそうな見た目じゃ無い。
「チョコチップクッキーと生チョコか……豪華だな」
生チョコのブサイクな見た目はスルーされ、一先ずホッとする。
「ん、んまい!」
型のブサイクな生チョコを一つ、何の躊躇いも無く口に入れたまもちゃん。
みるみるうちに、笑顔になる。
「ホント?」
「ああ、うさこの愛情の味がする」
「そんな、大袈裟だよ」
まもちゃんはお世辞が上手だな。まもちゃんの笑顔で、私も自然と幸せな気持ちになって行った。
さっきまでの色々な不安。自分に自信がなくて勝手に自分で作り出した、不安。そんな物は、まもちゃんの笑顔でいつの間にか泡のように消えていた。
“まもちゃんの笑顔が見たい”
“まもちゃんをチョコで幸せな想い出にしてあげたい”
私の手作りチョコを食べて、笑顔で笑うまもちゃんを見て、その想いが成仏した様な気がした。
「まもちゃんには私がいるよ!寂しさを埋める為や、幸福感を得る為だけじゃなくて、私との幸せの想い出を増やす為のチョコにしようよ」
チョコはこれからもまもちゃんにとって、大切で必要な食べ物だと思う。
だけど、幸福感や寂しさを埋める為なんてやっぱり悲しい。そこに、私もいたい。あの日から、ずっとそう願っていた。
「うさこ……ああ、そうだな。これからはうさこもいるし、幸せだ。寂しくも無いな」
「そうだよ、私はいつでもまもちゃんのそばにいるよ」
まもちゃんの顔を見ると、優しい眼差しとぶつかった。
そのまま目を瞑って待っていると、柔らかい物が唇に触れた。まもちゃんの唇の感触だ。
暖かくて、柔らかい。優しいキス。
何度もして来たけれど、今日のキスはチョコの味がほんのりと香る。いつもと違うキス。
甘くて苦い。まるで、まもちゃんの今までの孤独な人生と、これからの幸せな人生が交差する様なキス。
そんな切なくて、でも晴れやかな未来の訪れを感じる様な、特別なキスだった。
おわり
いつものベンチに腰掛けるまもちゃんが目に映る。本を読み耽っている彼に、猫なで声で呼びかける。
「うさこ」
本から目を離して、笑顔でこっちを見るまもちゃん。
気になるのは、チョコと思しき物を貰っているかどうか……。
きっと放課後、ここに来るまでに女の人からいっぱい貰ったんだろうな。そんな予想をしていたから、荷物をキョロキョロして探す。
ベンチ周辺を見回すと、それらしいものが無くて、驚く。あれ?どうしてだろ?
「これ、バレンタインのチョコ。私の手作りだよ」
受け取って貰えないかも。そう思いながら、渡す。
「ありがとう、うさこ」
不安な気持ちとは裏腹に、まもちゃんは笑顔のまま、当然の様に受け取ってくれた。
横に座りながら、一先ずホッとする。
そして、次なる難関。食べてもらえるか?だ。
「良かった。受け取って貰えた」
「何でだよ?うさこからのは受け取るさ」
「もしかしたら、受け取って貰えないんじゃないかって、思って」
「どうして?」
「ここに来るまで、女の人達からいっぱい貰ってると思って」
「貰ってない!うさこ以外のはいらない。うさこのじゃないと嫌だ」
私以外はいらない?何で?チョコはまもちゃんの大好物なのに、いらないの?
「何で?どーして?まもちゃん、モテるでしょ?いっぱい女の人達持ってきたんじゃないの?」
「ああ、確かに何人かにチョコ渡されたよ」
ほら、やっぱりそうだ。渡されてたんだ。私が一番乗りじゃなかったんだ。
分かってたけど、いざ現実を突き付けられると辛いな。泣きそうになる。
「けど、そのどれも受け取りは拒否したよ」
「な、んで?」
「うさこに貰えるから。それに、彼女達全員、本命チョコだったから。気軽に貰えないと思って。期待させてしまうだろ?その気なんて更々無いのに」
それって告白、されたって事だよね。
告白だけ断って、チョコは貰えば良いのに。全て拒否られた子達が何だか可哀想に思えた。
「チョコだけ、貰えばよかったのに……」
「それじゃ不誠実だと思ったんだ。付き合う気無いのに、チョコだけ貰うなんて都合良すぎるだろ?期待させない為にも、心を鬼にしたんだ」
本音を言えば、チョコだけ欲しい。そう続けておどけて見せるまもちゃん。
私だったら、何も考えずに貰っちゃうな。
でも、それは中途半端って事なんだね。
「だから、チョコらしいもの、持ってなかったんだね?」
「ああ。全部断った。うさこから絶対、貰えると思ったから。楽しみにしてたんだ」
楽しみにしてくれていたこと、単純に嬉しかった。私の為に、ほかの女子からの告白を断ってくれていたことも、とても嬉しかった。
「まもちゃん……」
でも、フッと気になってしまった。過去の事。私と付き合う前の事が。
「でも、去年まではどうしてたの?貰ってたの?」
「去年までも、全部断ってたんだ。顔も名前も知らない人からのは貰えないし、付き合う気も無いし」
チョコが大好物なのに、無条件でいっぱい貰える日に貰う事すらしない。並大抵の覚悟じゃ出来ないとこだと、驚いた。
「それに、それどころじゃなかった。夢に出てくる女の人から“銀水晶を探して”と言われていたから。自分を取り戻すのに、必死だったんだ」
「そう、だったんだ……」
「だから、俺にはうさこだけだ」
「まもちゃん……」
“俺にはうさこだけ”その言葉がとても嬉しくて、心の中で何度も噛み締める。
「今後も、うさこ以外には貰わないから安心して」
にっこり笑って、そう宣言してくれた。
それって、この先もずっと私と一緒にいてくれるってこと?
将来の事、期待してもいいのかな?
「そろそろ開けていいか?」
「うん、勿論だよ!」
二つ返事で勢いづいてオッケーの返事をしたけど、フッと我に返る。初めてのお菓子作り。まこちゃんに手伝って貰ったとはいえ、お世辞にも美味しそうな見た目じゃ無い。
「チョコチップクッキーと生チョコか……豪華だな」
生チョコのブサイクな見た目はスルーされ、一先ずホッとする。
「ん、んまい!」
型のブサイクな生チョコを一つ、何の躊躇いも無く口に入れたまもちゃん。
みるみるうちに、笑顔になる。
「ホント?」
「ああ、うさこの愛情の味がする」
「そんな、大袈裟だよ」
まもちゃんはお世辞が上手だな。まもちゃんの笑顔で、私も自然と幸せな気持ちになって行った。
さっきまでの色々な不安。自分に自信がなくて勝手に自分で作り出した、不安。そんな物は、まもちゃんの笑顔でいつの間にか泡のように消えていた。
“まもちゃんの笑顔が見たい”
“まもちゃんをチョコで幸せな想い出にしてあげたい”
私の手作りチョコを食べて、笑顔で笑うまもちゃんを見て、その想いが成仏した様な気がした。
「まもちゃんには私がいるよ!寂しさを埋める為や、幸福感を得る為だけじゃなくて、私との幸せの想い出を増やす為のチョコにしようよ」
チョコはこれからもまもちゃんにとって、大切で必要な食べ物だと思う。
だけど、幸福感や寂しさを埋める為なんてやっぱり悲しい。そこに、私もいたい。あの日から、ずっとそう願っていた。
「うさこ……ああ、そうだな。これからはうさこもいるし、幸せだ。寂しくも無いな」
「そうだよ、私はいつでもまもちゃんのそばにいるよ」
まもちゃんの顔を見ると、優しい眼差しとぶつかった。
そのまま目を瞑って待っていると、柔らかい物が唇に触れた。まもちゃんの唇の感触だ。
暖かくて、柔らかい。優しいキス。
何度もして来たけれど、今日のキスはチョコの味がほんのりと香る。いつもと違うキス。
甘くて苦い。まるで、まもちゃんの今までの孤独な人生と、これからの幸せな人生が交差する様なキス。
そんな切なくて、でも晴れやかな未来の訪れを感じる様な、特別なキスだった。
おわり