原作エンセレSSログ



『幸福花火(エンセレ)』


「キャッ」

セレニティは短く驚いた。

「どうした?」

隣にいたエンディミオンにセレニティは抱きつくと、エンディミオンは優しく抱き締め返して優しく聞いた。

「これ、何の音?」

耳を澄ますと確かに遠くの方から音が聞こえた。
ドンドンと言う破裂音。パチパチパチと言う高い音。シューと言う音。色んな音が規律的に、時に不規則に聞こえてくる。

「ああ、この音は花火だね」
「はな、び……!?」

聞き馴染みのない言葉に、セレニティはキョトンとする。
その顔が可愛らしくて、エンディミオンはクスクスっと笑顔になる。

「夜空に色とりどりの花が咲き誇るんだよ」

花が好きなセレニティだ。そう説明すると食いついてくるだろうとエンディミオンは考えた。
その予想通り、説明を聞いたセレニティは驚きで出来た不安顔から見る見る笑顔になり、興味津々になった。

「まぁ、素敵ね!空にもお花が咲き誇るの?見たいわ」
「そう言うと思ったよ。行こう!」

歩き出したエンディミオンはセレニティの手を取り引っ張り、エスコートした。
花火が見えるポイントに移動しながら、そう言えば今日は花火大会だとネフライトがはしゃいでいたなとエンディミオンは思い出した。
女性でも誘って見に行くのだろうか。相手はあのジュピターか。だから今日の護衛はネフライトとジュピターだったのか。
自分が言うのは何だが、公私混同や護衛とデートを一緒にするとはこれ如何に。

「ここなら落ち着いてゆっくり見られるな」

ほら、と言いながらエンディミオンは右手の人差し指で夜空に向かって指さした。
するとそこにはちょうど一つ、花火が開花したところだった。

「まぁ、綺麗♪」

セレニティは見るなり目を輝かせ、夢中になって花火を見入った。

「凄いわ!」

関心がすっかり花火へと移ったセレニティの横顔をエンディミオンは少し寂しい気持ちで見つめた。
上がる花火を見る度にコロコロ変わる笑顔を見ると、放っておかれて花火に夢中になっているセレニティに満足した。
花火が上がる度に映し出されるセレニティの横顔はとても美しく、エンディミオンの心を簡単に溶かした。

「君の方が綺麗だよ」
「え?何か言った?」
「いや、何も」

在り来りな言葉が出るが、花火の爆音にかき消され、言葉は空に消えていった。

「花火、綺麗だけれど……」

ここまで幸せそうに笑顔で花火を見ていたセレニティだったが、エンディミオンに向けられた顔は少し曇ってしまっていた。
その顔を見たエンディミオンは、自分が何か失礼なことをしたのではないかと不安になった。

「ん、どうしたの?」
「うん……」

歯切れが悪い。

「地上に咲いている花と違って、どれも一瞬で勿体ないなって、思ってしまったの」
「ああ、そうだな。火で上げられているから長くは続かないんだ」
「そう、なのね」

エンディミオンの説明を聞き、益々顔が曇り暗くなってしまった。

「どうした?」
「え?……うん、花火と私たちの関係を重ねてしまっていたの」
「そっか……」

セレニティの顔が曇った理由、それは自分達の関係。
恋人同士ではあるが、周りに言えない。それどころか歓迎されない。神の絶対的な掟である地球と月のものが通じてはいけない。ましてや恋愛関係にあるなど以ての外。
それ故に何れはこの関係を終わらせなければいけない。本来ならば一刻も早く。今この時も。すぐにでも関係を辞めるべきなのだ。
しかし、それが出来ない。この先、例えどんな苦難や困難が待ち受け、地獄に落ちようとも手遅れだった。
そんな関係が花火と重なったのだとセレニティは胸を締め付けられながら語った。

「花火、見なければ良かった?」
「いいえ、貴方とこうして見られて幸せよ。連れて来てくれてありがとう」
「こちらこそ、喜んでくれてありがとう」
「また、貴方と見たいわ」

その時は、願わくば地球の王子だとか、月の姫だとか関係なく、もっと周りにも認めて祝福してもらえる立場で堂々とデートの一環で来られたらとセレニティはひっそりと花火に祈った。
その願いはやがて46億年も先に果たされる事になるとは、今の二人には全く想像もつかない。




おわり

20240807 花の日

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