原作タキムンSSログ
『黄昏花火(タキムン)』
うさぎは今の状況にうっとりしていた。
隣にタキシード仮面がいる。それだけで何だか夢見心地で、現実離れしている。
実際もしかしたら夢なのではないかと思うが、先程受けた無数の傷がズキズキと痛む。ただそれだけで現実である事を実感していた。
今ここに至るまでは凡そ現実離れしているが、そのお陰とも言えるご褒美をこうして貰ったように思えた。
「わぁー、綺麗」
先程から都会の空を彩る大輪の花火が何発も少し遠くの方で鳴り響く。
うさぎ、いや、今はセーラームーンの姿をしてそれを眺め、思わず感嘆の声が漏れた。
一人で見ていたならばここまで感動などしなかっただろう。ここに、隣にタキシード仮面がいたからこそ感動も一入。
更には敵を倒した直後の出来事ゆえ、うさぎにとってはかけがえのない瞬間となっていた。
「ああ、素晴らしいな」
タキシード仮面である衛もうさぎにつられて感嘆の声を漏らす。
セーラームーンが月野うさぎだと知りながらも、好きだと自覚してから止まらなくなっていた想い。
対象的にうさぎは自身の正体には気付いていない。タキシード仮面が好きなのであり、自分に向けられる愛情では無い事を分かっている。
その為、うさぎと会う口実や誘う理由を持ち合わせていない。
だが、こうして今、バッドなのかグッドなのかナイスなタイミングで敵が襲って来て、夏休みに入り、バッタリと遭遇するという運命的な演出が途絶えたが、空気の読めない様で読める敵の襲来に感謝すらしていた。
こうして好きな子に会える夏休み。未だ嘗てこんな高揚した気持ちで夏休みを過ごした記憶はなかった。
自分でもワクワクしている事が意外で驚いている。
「え?」
花火等に興味無さそうな漆黒の騎士の一言にセーラームーンは驚いた。
自分はタキシード仮面と花火を見られる事は念願で、この上なく嬉しいのだけれど、タキシード仮面はどうなのだろう。迷惑では無かっただろうかと心配だった。
しかし、仮面と宵闇で隠れて見えない瞳は花火を映し、楽しんでいる事がこの一言で伺えて、セーラームーンは嬉しく思った。
「素敵……」
夏休みに入って少し経ったこの日の夜、敵が襲って来たとルナから連絡が入り、うさぎはその場所へと向かった。
やっと手に入れた長期の休みも敵は手を緩めない。安息も休暇もあったものでは無いと落胆しながら変身して敵と戦っていた。
徐々に戦い慣れはしてきたが、敵も強さを増していて四人だけではピンチを迎えていた。そこにタキシード仮面が現れ、窮地を救われた。
やっとの思いで倒したタイミングでパンッと破裂音が鳴り響き、その方向を見ると大輪の花が咲き誇った。
「そう言えば花火大会だっけ」
夏休み前に商店街の至る所に貼ってあったポスターを見て、タキシード仮面と見られたらなどと考えながらそんな勇気もなければ、どこの誰だかも分からず、忘れていた。
しかし、チャンスが訪れた。これは神様からのプレゼント。そう思い、ダメ元で思い切って一緒に見ないかと誘うと二つ返事でOKされて今に至る。
正体不明でどこの誰だか分からない。しかし今のうさぎにはそんなことどうでもよかった。重要なのは、想い人とこうして甘い時間を過ごすこと。それ以外は大したことでは無いのだ。
「敵と戦うのは怖いけど、こんな事もあるなら戦うのも悪くない、かな……」
「そう、だな」
二人の熱い視線がぶつかる。
決して恋人では無いし、そんな事を楽しむことすら今は許されない。しかし、確実に二人は想いあっている。それは互いの顔や空気で分かる。
願わくば来年以降は正体を明かして恋人として。出来れば敵の襲来など無い平和に戻った世界で見たい。
それぞれ心の中でそう思いながら、最後までこの一時を楽しんだ。
おわり
20240723