桜嵐



もう切り札も無く、為す術なく佇んでいるとどこからか桜の花びらがひらりひらりと舞い散り、美奈達との冷めた空間を優しく彩った。
ああ、桜はこんな時も綺麗だな。
ん?桜が、綺麗?
俺は何かを忘れていないか?重要な、何かを。
思い出せ、俺!
……ソメイヨシノ、ソメイヨシノ、ソメイヨシノ
さくら………

「あっ!桜だ、桜!」

俺の突然の大きな声に、先程から黙って俯いて涙を流していたうさが、ビクッとして、そこで初めて顔を上げた。今日初めてうさの顔を見た。何だかホッとする。泣いているから目が真っ赤だ。そこから更に大粒の涙が流れる。
しまった。火に油か?

「うえーん、さくらってだれぇ〜?ひっく」
「違う、うさ。待ってくれ!ソメイヨシノって、桜だよ!桜の種類!」

更に女の名前を連呼したと思い、疑問と共にうさは涙を滝のように溢れさせた。
うさは今、冷静ではない。だから、ゆっくり一呼吸置く必要がある。

「ああ、枝垂れ桜とか山桜とか豆桜とかみたいに、桜もソメイヨシノってありますね」

更に酷いことになりそうだった俺とうさに、浅沼は閃いたとばかりに俺の言葉に助け舟の説明をしてくれた。浅沼も藁にもすがる思いなのだろう。必死だ。必死さが伝わってくる。

「……さくらの種類?」
「ああ、そうさ」
「そうですよ、うさぎ先輩!衛先輩は浮気なんかしません!うさぎ先輩一筋です」
「ほんとうに?」
「ああ、この前開花したソメイヨシノを浅沼と見ていて、綺麗だと呟いただけだ。なぁ、浅沼?」
「はい、その通りです。桜のソメイヨシノ、とっても綺麗でした!」
「じゃああたし、勘違いしていたの?」
「まぁ、そういう事だな」
「なんだぁ〜。ごめんなさい、まもちゃん」
「分かってくれたらそれでいい。俺も勘違いさせる様な言動を言ってすまない」

晴れて仲直りをした。
うさは素直に勘違いを謝ってくれた。
俺は勘違いさせた事を陳謝した。
浅沼は、巻き込まれたが、結果、浅沼がいなければこの場は切り抜けられなかったので、素直に感謝だ。この場面で味方がいたのが俺的にはかなり大きく、心の支えとなった。

一方の美奈は、この機会に別れさせるチャンスだったが、結果的に愛を深めることになったので心底面白くない顔をしてご丁寧にチッと舌打ちまでしていた。
まこちゃんはまこちゃんでつまらなさそうな顔をしていた。

後日、冷静さを取り戻した俺は、ソメイヨシノと聞いてまこちゃんともあろう人が桜の種類だと知らないはずはないとふと思い、聞いてみると。

「面白そうだから乗った。美奈も流石に知ってたぜ。知らなかったのはうさぎだけで、終始暗かったんだ」

あっけらかんと悪びれること無く白状された。
結局、美奈の手のひらで転がされていたらしい。どっと疲れたが、うさに何か酷いことをしたらどうなるかの片鱗は見た。俺は、学習能力が付き、一つレベルが上がった。





おわり

20240327 桜の日

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